研究成果によって、薬から善人へと変えることが可能になる。誰もが自由に手にすることを推奨され、それにより世界は新たな秩序を獲得した

1 / 1


「座りたまえ」

部屋には机と、パイプ椅子のみで、対面の仕切り、窓もなく、一切の飾り気なさを主張した空間が広がっており、男が一人、ポマード香るオールバックで、年季ある丸眼鏡、(ろう)で固めたカイゼル髭を蓄え、古典的推理探偵らしくも似合わぬ異質な格好をまとい、無表情ながら私を(にら)みつけ、私が座につくまで一度も視線を()らすことなく、決して不断な振る舞いをさせなかった。私が座ると男は、軽くにっと表情を緩め、「やあ」と、声で話しかける。しかし、私はそれに応答せず、一室に沈黙が訪れる。

「君は暗い性格のようだね」

男は左足を組み、やれやれと腕も組んだ。

「なんのようですか」

私は尋ねる。

「君が呼ばれることに、そこまで選択肢があるとは思えない。君の想定することだ」

男は不敵な笑みで応えた。

「私が死刑にされるくらい、むろん承知済みです。ただ、ここは明らかにその目的と異なる場所です。だから、()いているんですよ」

私は再び尋ねた。

「警戒するのも無理ない。確かにその通りだろう」

男は不要に笑いながら、葉巻に火をつけた。

「この一帯は確か、禁煙のはずです。貴方はここの関係者ではないと見据えます。誰ですか?」

私は男の指した葉巻を眺めて尋ねた。

「ああ、そうなのか。すまない」

男は持っていた簡易ライターの火を止め、そのままポケットに入れた。

「別に名のるような人間ではない。私とは今日かぎりの関係だろう。とはいえ、君をからかいに来たわけではない。ちょっと君に興味があって来ただけなんだよ」

男は飄々(ひょうひょう)と数秒間私を観察した後に、自身も両手を軽く広げ、手のひらを見せることで一切の敵意を示さない素振りをした。

「一体なんの話ですか?」

私は男の広げた両手を見て言った。

「君は、情報誌を読んでいるかね」

男は尋ねる。

「読んでいませんよ。あれから誰とも関わっていません」

私は男が求める意図がわからず、そわそわとまごついた。

「結局わざわざ無知をからかいにきたわけですか?」

私は尋ねる。

「そうではない」

男は両手を降りながら応えた。

「ただ、ちょっとここで君の話を聞いて、どう思うか知りたいだけなんだ」

男は左足をかけ直し、そのまま少し前のめりになって小声でささやくようにいう。

「その前に、いくつか()きたいのだが、まず君は収容されるような罪は働いていない。それに逮捕される決定的証拠も不十分だ。複数の情報誌を見たが、いずれも掲示された内容は記者らの主観的憶測で脚色(きゃくしょく)されている。それに、この施設は囚人が増加の傾向から、個人の尊重が希薄になり、人権のない粗末な環境下で、食事もろくに貰えていないらしい。抗議すれば、多少の配慮が可能だと思わないか?」

男は良心的かつ野心的な態度でいう。

「いいえ。思っていません」

しかし、私はひとことできっぱりと否定し、男は想定していない様子で、怪訝(けげん)な顔つきを見せた。

「それはなぜだい?」

男は爪先で頭をかきながら尋ねる。

「私がやったことは承知のうえだからです。そのときに、私ができることをやりました。それによって、もちろん社会にも迷惑をかけています。だから、今の結果も、想定の域に過ぎません」

「それは、君が選んだ結末かい?」

「はい」

私が断言すると、男は理解に苦しむ様子で、眉をひそめながら、さっきより声をあらげていった。

「君は自分が何故ここにいるのか、という自覚はあるのか?」

男の声は狭い空間を軽くこだました。その声に気づいた男は自省するように平静を取り戻す。

「それが結末だからです」

私は物怖じすることなく、機械的な言葉で応える。

「君は自分の罪を背負い、罰を受けるだろう。君はそれをただの結果としか受け止めないのか、ということだよ」

男は続けて事態を解釈する。

「つまり、君の内面ではこの状況を1つの現象のように捉えてしまっているのだ」

そういい男は再び腰をおろした。男は自分が感情的にあらげることに気づく性格であり、しかし同時に他人との傾聴(けいちょう)よりも、侃々諤々(かんかんがくがく)とした議論で解決を進める人間だと私は思った。

「なぜ、君はそこまでして自分を受け入れているんだ。自分の行動を意識出来るなら、初めからこの状況も変えられただろう」

私は再び沈黙する。男はそのまま続けて、

「しかし、君はそれをしなかった。それには理由があったのかもしれない。ただ、私はそのことに興味を持っていない。それは個人的な葛藤(かっとう)でしかないからね。私が()きたいのは、君の理念そのものなんだ」

男は相互解決よりも、敢えて自身への利益の追及だけを表す。仮に虚偽なことをいったとしても、矛盾(むじゅん)がなければ安易に信用すると私は思った。

「それを応える必要はありますか?」

私は尋ねる。男はそれに対して断言するように、

「意味はないかもしれない。しかし、話すことで今よりは前進する。つまり、変化を与える。これは普遍(ふへん)の真理で、私の経験上まだ覆っていないんだよ」

男は仮説的な言葉で繕い、若干微笑しながら相応の態度を求めた。その後、少しの沈黙の間が訪れ、それが実際に何も進展しないと悟った私は口を開き返報する。

「…さまざまな理由が交差していたので、行動動機をはっきりと申し上げることはできません。ただ、そのひとつ、この世界で生きることに嫌気が差したことです。これで終わることなら、私にとって都合が良いように思いました。だから、後悔もありません」

私はのべつまくなしに応える。そこに嘘を通すことも可能と知りながらも、語るに落ちたのは、今の私には依存がないからだった。というのは、私は関心も持たずただ男の吐露(とろ)を聴き流す策士を考えながらも、その中に特別の興味を抱いていた。それは、未来への拮抗(きっこう)を外したときに生じる、ただの一点の曇りなき純粋無垢な好奇を感じていたからだった。

「つまり、君は自身の不安を解消するために行動を起こしたのか、それとも、融通無碍(ゆうずうむげ)な現状を過信したキチガイなのかい?」

男は酷く嘲謔(ちょうぎゃく)的な口調でいい、まるで私を(もてあそ)ぶように反応を待つ。

「それは、もう記憶にないです。両方の思考かもしれない」

私の言葉に男は再びケラケラと笑った。

「それとも、社会が君をそう動かしたのか、或いは、君が社会から抽選で選ばれた代表に過ぎないのか、考えるだけなら無限通りがある」

男はそういい、さらに視野を広げ、幾通りのパターンを語り始める。次第に私自身の意志そのものが、実は誰か別の意思によって誘導されていたような気がした。同時に、それが(むな)しさにも変わった。

「貴方は私に何を伝えにここへ来たのですか?」

私は再び、この男の存在意義を尋ねる。

「私の存在は君にとって、ただの分岐材料に過ぎない。それに、既に勘づいているだろう。私は看守らと職種が異なる者だ。間接的な関係もない。だから、君を拘束する義務もない。君の判断で私は何にでもなる。それに、君もこんな時間を持て余すほど暇はなかろう」

男は再び言葉を(にご)しながら、自身の立場を客観的な言葉で尋ねる。別に困らないといった素振りで、肘を机に留めた。それを見た私は、()らしていた目を合わせ、男の行動に注意を向ける。

「私のことは構わないです。それに、貴方が現れたことは私に無意味だと思えません。この意図を察するには、この後、始末する予定になるでしょう。私もここに長くいます。でなければ、ここの人が気安くこんな対談に応じさせるとは思えません」 

私は主観的な言葉を使い、かえって身に起こる現状をいった。というのも、ここの看守役人は部屋の外で対談が終わるまで腕時計を眺めながら待機していたからである。ただ、私は定められた時間は聞いておらず、想定の時間が過ぎても、連行される気配はなかった。

「このことは事前に関係者からはいわぬよう伝えられていたが、気づいていることなら、わざわざ断る必要もないだろう」

男は遠回しながら黙認することなく現実を述べる。

「ただ、私自身もただ君を傾聴(けいちょう)しにきたのではない」

男は前置きを挟みながら、初めて意見をいう。

「君は今、世界がどのような事態なのか知る必要がある。なぜなら、君が知らないこの数年の間に世界では、1つの薬が常識を覆っているからだ。そして、その薬はあまりに効力があり、ある人には劇薬、ある人には命の良薬と毀誉褒貶(きよほうへん)で相半ばの評価になっている。しかし、時が進むほどその混沌も解消され、薬局の腹痛薬のように浸透しているのが現状になっている」

男は昔話をするように、滔々(とうとう)と述べる。

「一体何の話をしているのですか?」

私は男の言葉に反射的な対応でいう。

「薬といったが、決して医療的なものではない。つまり、『人を善良に変える薬』なんてあるとすれば、それは君にとってどう受け止めるのか。君はその薬を摂るとどうなるのかを知りたい。そのために私は来た」

男は漏洩(ろうえい)させるように白状した。

「そんな話、にわかに信じられません。そもそも、なぜ私に協力を(あお)る必要があるのですか」

さっきまでの論議を続けていた男とは、まるで別人のように見え、緩和(かんわ)された私の心は空気の抜けたゴム球のように萎縮(いしゅく)する。

「まあ、そうであろう。しかし、事実起こってしまったのだから、受けとめねばなるまい」

男は虚勢を張る子供を諭す大人の威厳のようにいった。

「しかし、この薬はそれだけのではない。なぜなら、秩序すら変えてしまったからだ。もし君が服用すれば、それだけで君は救済される。この薬1つで刑は免除、しかも、そのまま返上されながら、晴れてより一般社会へでられるのだ」

男は机を掴み、まるで叩き売り業者のような口調でいった。ただし、男の表情には口振り似つかわしくない冷静さで、救済の二字の言葉にも相手を救う意図を感じさせなかった。

「はあ、それは妙な薬ですね」

私は感嘆するばかりで、信用までには至らなかった。ただし、それは摂取したところで、生きる希望を見出すようには思えなかったからだ。というのは、決して、生死の不安、鬱病や不足的な疾患があるわけでもなく、また、死への好奇を持つような思想を持っていないからだった。

「薬学なら確かに凄い話です。ただ、無関係な情勢にまで進出する必要がありますか?」

私は空回りを紐解くように尋ねる。

「むろん、これはあちらで伏在する裏の話。私は伝達者に過ぎないから、起きていること以外は話せない」

男は井戸端で語る他人事のように、酷く単簡にいった。

「それに君はそこまで質疑を問う様子をみて、その薬を飲むと受けとって構わないか?」

男は続けざまにことを終わらせるようにいった。私は数秒の間沈黙し、

「いえ、まだ分からないことが多いので、すぐには実行に移せません」

と、その中にある葛藤で遠回しに拒否した。というのも、拘置所にいたこれまでの期間、既にほとんどの未練をなくしていたため、生死の問題以前に、まだ思考が追いつかぬ相談があった。それは、薬を服用する瞬時に結果が分かれるためと理解しているため、私にはその時間を稼ぐ必要があり、少しの時間を惜しみ、一時的にも適当な話を広げるしかなかったからだった。

「なるほど。確かに私は少々急かしているらしい。何より本人の問題だ」

男は自身の発言の流れを客観的に評価し、自粛するように口を抑えた。

「なら、話をもう少し拡げ、この薬について実例をあげたほうがよいだろう」

男はもう片方のポケットに手を入れ、雪のように白い粉が入った包み紙を取り出した。

「これが、実際の薬サンプル。これで存在証明くらいはなるだろう。怪しい取引みたいだからすぐに片付けるがね」

そう話す束の間に、男は再びポケットに戻した。

「まず、経緯をざっくり説明すると、最初はあるスラム地域で、実験的に麻薬販売の撲滅(ぼくめつ)と称し、研究者自らがギャングに扮装(ふんそう)して例のものを提供した。そして摂取した人々は浄化するように、徐々に改心し、荒れた地域は復興に力を注いだことから、短期間で危険区域の指定すら無くすほど人畜無害な環境になった。そのことが、一部の民衆で奇跡と呼び、あとはその実態へと迫ったメディアを中心に告白され、芋づる式で間接的に世界へと、(またた)く間に認知されるようになったわけだ」

「全く知りませんでした」

私はやや演技まじりの反応をした。もっともそれはあまりに突拍子もないからに過ぎず、御都合主義さながらの物語のように感じるからだった。それを見据えた男も、私の反応を無視し、滔々(とうとう)と話を続ける。

「ここからは私の解釈だが、気になるのはその後で、この薬が認知と、世間一般に利用される密接な因果に説得力が足りないことだ。なぜなら、その期間があまりに短過ぎることと、その期間に疑いもなく何かしらの変遷(へんせん)すら表れてないないことだ。これは少し妙ではないかと思ってね」

男は、軽く眉をひそめ、(いぶか)しげに語る。私は男の言葉通りだと、何事でもないようにも聞こえた。しかし、なぜか同時に背筋を伝うような、危険性も感じていた。 

「確かにこれほどのものが、認知までに何もないのは変です。変ですが、何も起こらないことが、そこまで疑うほど奇妙ですか?」

私はおうむ返しのように復唱して男に尋ねる。男はしばらく沈黙し、私の頭上を眺めながら、独り言のようにいった。

「気のせいかもしれない。残念ながら確信を持つ根拠がないからね」

男はこれまでの口調から一転、自信のないあいまいな表情で、初めて私から数秒視線を()らした。私は何か()いてはいけないことをいったような気がした。ただ、同時にこの沈黙から全てが終わるような感覚に襲われ、私は不意に、次の言葉を求めなければならないと急かされ、寂寞(せきばく)を破るべく口を動かした。

「私は本当にこの薬を飲むべきでしょうか?私には貴方から、実のところ、私自身もこの薬から、一抹の不安を禁じ得ません。それが何か、適当な言葉が見つからないのです」

私は()()ぎに、朧気(おぼろげ)ながら、言の葉を紡ぐようにいった。これは男への斟酌でもあり、他のためでもあった。とはいえ、これと男の持つ不安が必ずしも、一致する期待はしない。不得手に濁したのは、話を広げる手段であり、何より口を動かせば何かが進展するのは明白だと思った。それはこの男にとっての沽券(こけん)に関わる問題でもあった。私が話し始めたとき、男は私を安心させるように、何の(よど)みもなく冷静な口調でいう。

「私に決定意志はない。また、私の意思で判断されても困るんだ。いや、君にこの話はよくなかったかもしれない。ただ、仮に摂取するなら、ひとつ撤回させてもらう。もし君はこの薬に危機感を感じる理由が、副作用的な不安であるなら、それは杞憂(きゆう)に過ぎない。なぜなら、既に多くの人が使用しているからだ」

男はそれだけをいって、再び反応に(きゅう)した。男は、安全性の指南として、使用者の数で算段した。しかし、それは結果的要素が多く、論理としての説明とは言えない、と懸念しつつも、深く考える問題ではないと私は振り切った。ただ、男の説明への後悔に対しては疑問が残り、解せない私はまごついたまま椅子から腰を据えた。

「多分ですが、作用についてはこだわっていません。ただ、この薬の持つ抵抗。その抵抗が何か、説明ができないことが不安なのです」

私はこの不安問題ついて解こうとした。主観で多分を使い繕ったのも、その言葉にできない不安のためだった。

「それは構わない。まだ時間はある。それに摂らなくても一向に問題ではない。生きるかどうかは君の問題だ」

男は腕を組み、腰を深く()えた。

「しかし、残念だがこれ以上この薬の情報はない。あとは君がどうするかにかかっている」

そういうと、男は目を閉じながら事の進展を待機した。私はしばらく自分の顔に写る人影を眺め、沈黙した後に尋ねた。

「さきほどこの薬は多くの人が使っている、といいましたが、それは私と境遇の異なる一般の人のことですか、それとも、私と似た境遇の人が多いということでしょうか?」

「いや、一般人も利用している。むしろ、そちらのほうが多いだろう」

男は身体を動かさないまま応える。

「何のためにですか?」

私は再び尋ねる。

「例えば、仲良しな友人がいたとしよう。しかし、お互いに善意のみで関わりあえるとは限らない。幼ければ不要な対立や喧嘩もする。不安定な人間関係は、焦燥(しょうそう)や精神的苦痛を起こしかねない。だから、信頼と安心の証明として、この薬を摂取する。そうすれば、下手な争いもなく、円満良好に関わりあえるわけだ。また同様に、暗晦(あんかい)たる夫婦仲でも効果を得られている。使用した直後、晴れてお互いに愛を喝采(かっさい)することになる」

「それは本当に薬の効果で、お互いの関係が変わったからですか?」

私は確認するように尋ねた。

「薬が効いたと錯覚しているだけかもしれないと思いたいが、これまで例外なく効果を発揮している」

男は滔々(とうとう)と述べる。私は再び尋ねる。

「今の外の世界は抵抗もなく摂取している。そしてもし、規模が広がればどのようになりますか?」

私は小さな確信を得たように、男に確認を求めた。そして確信を得るほどに、私はこの薬に対して一層の危機感に変わっていた。男は何か可笑しいことかのように応える。

「既に世界は聖人君主が溢れているよ。実際はまだ浸透していない地域もあるが、のちに、世界全体を覆うだろうと予想している」

冷淡にせせら笑いを浮かべた男には、笑いの中に一抹の悲壮(ひそう)を感じた。男は世界を擬人的に嘲笑(あざわら)うようにも見え、またそんな自身すらも自虐(じぎゃく)的に笑うようにも見えた。

「貴方はこんな世界をどう見ているのですか?まるで世界が明るくなることを望まないようにすら私には見えます」

男の表情を汲み取って眺め、私は尋ねた。もっとも、それは私自身に対する自問自答でもあった。なぜなら、私自身でも自答して導けないからだった。しかし、男は迷うことなく、決まりきったように答える。

「私は世界が望むなら、それを受け入れたほうがよいだろう」

「それは答えですか?」

と私が尋ねようとする間にも挟み、男は続けざまにいう。

「しかし、私はどちらとも受け入れつつも、同時に受け入れずにいたい。だから答えは天に委ねるしかないんだ。これは私の、人の持つ意思だけでは動かせない、荷が重い問題だと思っている」

男は諦観したように応える。この解答には、お互いが交わさなければ、一見何の考えを持たない盲従者のように判断されかねない解釈だった。ただ、それが男の導いた、唯一残した抜け道としての生き方のように私は思った。

「私が持っているこの薬も、元々は私が使う予定で購入したものだった。ただ、その前に、どうしてもそれを使っていない純粋で、不純な人と話したいと思ってね。別に、理解されなくても良かった」

男は呟くような口調を使い、かつてない悲哀に満ちた固い覚悟の中にある、もろい儚さを私は感じ取った。

「貴方以外に、その考えを持つ人はいないのですか?」

私は尋ねる。

「いるだろうと考えてはいた。しかし、可能性があったところで、確認する術がないのだから、不可能だろう」

男は続けて、

「君が私の言葉をきいたところで、判断は君次第だ。これからこの世界はより高度に進展するだろう。しかし、私はそれが必ずしも明るいだけの未来とは思えない。それがそう感じるのは、まだ、薬を摂らない側だけが許される感覚かもしれない。この認識もまた、悪でしかないのだろうか。いや、悪なのだろう。仮に、君が摂取したところで、私は止めようとはしない。それそのものが、悪でしかないからね。善人が悪を駆逐する。これのどこに間違いがあるだろうか?」

私は、次にいうべき言葉が見つからず、お互いが無言のまま、男から差し出された薬を受け取り、その場で包み紙を荒くやぶり、水を含まずに飲み込んだ。

 

 




この作品はあまり読まないでください


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。