「ふぁ〜・・・ん?」
目を覚ますといつものベットだった。おかしいな、確か帰宅した後は部屋に入ってすぐに寝た記憶があるんだけど、でも今はベッドにいる。ということは・・・・
「無意識にベッドに移動したってことなのね!もう、私ったら流石なんだから!!」
「な訳ないでしょっ!私が運んであげたのよ!?」
ベッドの横からここ最近よく聞く声が耳に響く。
・・・・違ったのか。いやまぁ解ってはいたけど、いざそうなるとなんかこう、虚しくなるね。
「ざんね〜ん・・・・・おはよ」
「ハイハイおはよ・・・・じゃないわよ!散々人を振り回しておいて、呑気に寝るとか、どういう性格してんの!?」
ベッドから出て伸びしていると叔母さん、もとい紗奈お姉ちゃんが近寄ってくる。
「こういう性格ですけど?」
「ドヤ顔で言う内容じゃないでしょっ!?」
パシッと快音が響くと同時に頭が痛くなる。なんてことだ、この叔母、突っ込みにキレが増しているだと!?
「反省しないで失礼なこと考えてるようなら・・・・おかわり入れてあげようかしら?」
「・・・・・!」
ブンブンと首を何度も横に振る。顔はにこやかだけど、有無を言わさぬ雰囲気を発している。この叔母、手強い!・・・でも、ここで負けるわけには・・・・
「・・・・っ!!まだ何も言ってないのにぃ、なんでぇ?」
再びパシッと音が響く。痛む頭を抑えて抗議する。
「声にしてないだけで、失礼なこと考えてたんでしょ、わかってるのよ?」
「・・・・・・ちっ」
「オイコラ今なんで舌打ちした。起こってないから教えてごらんなさいよ、ん?」
「・・・・・血は争えないんだなって」
「どういう意味かはよくわかんないけど、喧嘩売ってるのよねそれは。いいわよ、乗ってあげるわよその挑発」
「別に遊んでくれるのは嬉しいけど、一輝さんの試合間に合わなくなるけどいいの?」
「・・・・・は?」
「詳しくは時計をご覧下さい」
壁に掛けられている備え付けの時計を示してあげると紗奈お姉ちゃんの表情はどんどん青ざめていく。なんか百面相してて面白いから、もっと追い詰めてやろうかしら?
時計の針は十四時を指し示している。確か一輝さんの試合が始まるのは十三時半、つまりは遅刻である。幸いなことに今日は紗奈の試合はないから別に観戦しなくても怒られはしないのだが、真面目な同居人は直接見ないと気が済まないようである。選抜戦期間中は授業は午前中のみで、午後からは夕方まで選抜戦が行われる。もちろん火曜日である今日も、その前日である
「急いだ方がいいと思うけど?」
「うっそ、アンタの悪戯じゃないのアレ!?」
「確かにそう思われても仕方ないけど、でも私がやって得すると思うかしら?特に目的もなく悪戯するほど暇してないわよ私」
「た、確かにそれもそうね。わかったわ。じゃあ私行ってくるから!」
慌てながらも準備を済ませていく同居人を尻目に、再びベッドに戻ろうとする。
「あんたも後から来なさいよ!」
「・・・・ハイハイ、行ってら〜」
ガチャリと扉が閉まり、この空間には自分一人だけしかいない状況になる。
「さ〜てと」
そして同居人が完全に離れたのを確認し扉の鍵を閉め、ベッドに戻る前に先程示した時計へと向かい壁から外す。
そして慣れた手付きで時計の裏側から針を動かし、指し示されている時間を元に戻す。
「アナログっていいよね〜。楽に操作できるし簡単に騙せたり出来るし、でもってバレたとしても偶然とかうっかりとかで誤魔化せるしぃ」
そう、実は那澄、以前紗奈がシチューを食べて
一体何故かって?
その答えは至極単純。
「この世に二度寝ほど幸せなものなんて存在しないってお父さんも言ってたものね〜。最初は反対だったけど、今じゃ大賛成よねぇ」
なんてことのない
時計の針を
「はっ・・・・はっ・・・・・ふぅ、到着っと!」
一輝さんの試合が行われる第四訓練場は寮からそれほど離れていないとはいえ、開始時刻を過ぎているとあっては観戦席も空いていないだろうが、それでも急いでしまう。最悪、立って観戦することになるだろうがそれも仕方ない、諦めるほかないだろう。
しかし、そこで違和感に気づいた。そう、歓声が聞こえないある。昨日行われたステラ・ヴァーミリオン戦と黒鉄珠雫戦、どちらも物凄く盛り上がっていた。今年度の主席と次席なのだから注目されるのも当然だろう。
そして、本人には申し訳ないが、色んな意味で注目されている黒鉄一輝さんも相応に注目されているのだが。
「静かなのね・・・・・あ」
そう、騒がしくないのである。昨日の二人は開始前から騒がれていたから一輝さんもそうなのかと思っていたのだが、違うのか。そして中に入ろうとした矢先、受付に向かおうとしている一輝を見つける。
「一輝さーん!」
「・・・・やぁ紗奈さん、どうしたの?」
「いや、“どうしたの”はこっちのセリフですよ!だってもう開始時間過ぎてるじゃないですか!なんでまだ準備してないんですか!?」
「なんでって・・・・」
まるで何を言われているのか解らないと言わんばかりの表情で答える一輝と急かす紗奈。先に動いたのは一輝だった。
「まだ二十分も余裕があるんだけど」
「・・・・・ふぇ?」
そう言って一輝は訓練場の前に建てられている柱時計を指差した。紗奈はそれを目で追うまま時計を見る。そして状況を理解したのか、その表情は驚愕から憤怒へと変化した。
「・・・・・・・・アイツ!」
「あはは、でも嬉しいよ。理由が何であれ、試合前に友人に会えて緊張も解れたからね」
そして何かを察したのか苦笑いをしながら一輝は口を開いた。
「一輝さんも緊張・・・・・するんですか?」
「もちろん!だって僕にとっては久しぶりのチャンスなんだから。必ず勝つから見ててよ!じゃあそろそろ行くね!」
そして一輝さんは訓練場へと入っていった。
「・・・・・・?」
でも何か引っかかる。だってさっきのは、昨日まで見てきた表情とは何かが違った気がした。何がとは言えないけど、でも違ったんだ。いくら考えても思いつかないから諦めて観客席に向おうと向きを変えると再び時計が目に入る。
(確かにそう思われても仕方ないけど、でも私がやって得すると思うかしら?特に目的もなく悪戯するほど暇してないわよ私)
「・・・・・・っとに、どの口が言ってんのよ!」
「どうかしたんですか、紗奈さん?」
愚痴りながら歩いていると後ろから声をかけられる。振り向くと黒鉄珠雫と有栖院凪が揃っていた。
「・・・・あっ、黒鉄さんと有栖院さんじゃないの。二人も応援しに来たの?」
「当然じゃないですか。私がお兄様の応援をしないなんて天地がひっくり返っても有り得ないですよ」
「・・・・・・そうよぉ、せっかく一輝の勇姿を目にする機会だもの、直接見ないと勿体ないわ。アナタもでしょう?もし良かったら一緒しない?」
「え、でも・・・」
「別に私としても断る理由はないですし、お兄様を応援して下さると言うなら大歓迎ですよ」
「・・・・ね!」
迷惑ではないか、そう思って断ろうと思ったがどうやら杞憂の様だ。
「じゃあ、お言葉に甘えてよろしくね黒鉄さん、有栖院さん」
「んもう、アリスって呼んで頂戴!さん付けなんてくすぐったいわ!」
「私も珠雫でいいですよ。名字だとお兄様と混ざりますから」
「わかったわ、なら私のことも紗奈でいいわ。そうしてもらえると那澄と混ざらないでしょうから」
「うふ、いいわねこういうの。女子会!って感じで」
・・・・・女子会?いや、うん。まぁ・・・・・触れちゃいけないわよね。
アリスの発言に多少の引っかかりを覚えつつも、そのまま言い出すような野暮なことはしない。
「それで、その“那澄さん”はどうしたんですか?まさかお兄様の試合を見ないつもりなんですか?」
その一言が色々と思い出させた。
「本人は来るつもりみたいよ、一応」
「ではなぜまだ来ていないんですか?確かに倒れたとは聞いていますが、ひょっとして思っていた以上に重症なんですか?」
「えっと・・・・・ね」
一緒したばかりで申し訳ないが、愚痴を聞いてもらわなければ理性を保てないかもしれない。いっそのこと、一度
「・・・・・・・ふわぁ」
父の教え通り二度寝を達成した那澄の顔色は良好であった。悪戯が成功したこともあって、普段よりも若干ハイテンション気味なのは言うまでもない。
時計の針は十三時半を過ぎている。一輝の試合はとっくに始まっているのだが、それを気にする那澄ではない。慌てる素振りなど微塵も感じさせない、ゆっくりとした動きでベッドから出て着替えなどの準備を済ませる。
行かなくてもいいか、そう考えていると同居人に言われた言葉を思い出す。
(あんたも後から来なさいよ!)
「悪戯しておいて行きませんでした・・・・・・・は怒られるわよね流石に」
あとあとキツ目に怒られるのと、今から向かって少しお小言もらう程度で済ませる。普段から気怠げな那澄がどちらを選ぶのか、答えはとっくに決まっている。
「・・・・・うわ、眩しっ」
時間帯は既に昼過ぎだが、彼女にとっては関係ない。目を覚ますと、時間帯を問わずその瞬間こそが那澄にとっては朝なのである。
扉を開けて太陽の光を手で遮りながら外に出る。
「・・・・・・何、これ」
訓練場の観客席、その端っこに着いた途端、そこは異常だった。森に囲まれ不可視の矢に嬲られ続ける一輝さんと、それを心配する素振りを見せず寧ろ嘲笑い指差す生徒たち。その光景は間違いなく地獄だった。
『Fランク風情が七星剣王になったら卒業!?有り得ねぇだろうがっ!』
『この前のAランクとの試合だって八百長だって話だろ!親が偉いと楽出来ていいよなぁ!?』
『そうだそうだ、身の程を知れってんだよ!!』
不可視の矢のみならず全方向からの罵声にも曝される。いくら私でもその心境を推し量れない程、間抜けになったつもりはない。根拠のない空想にも関わらず、なぜ生徒たちは信じるのか。その理由は容易に想像出来る。
学生騎士の大半を占めているランクはEとD。彼らは自分よりも遥かな高みに存在する『天才』という人種を日々見上げ続けている。そんな彼らにしてみればFランク騎士は数少ない格下。天才と呼ばれる存在よりも、自分よりも下の存在を蔑むことで自身の優位を保とうとしている。言い換えるならそれは、
だからこそ
『もういい加減、現実を受け入れなって黒鉄君。雑魚はどんなに上を目指そうとしたところで雑魚のまま。生まれ持った『格』を変えることなんて出来やしないのさ!」
『見苦しい!』
『引っ込め七光り!』
『落ちこぼれが!』
恐らく周りを扇動したであろう対戦相手が、尚も姿を見せぬまま一輝さんの精神を蝕んでいく。
「だまれぇぇぇぇええええええ!!」
一輝さんを責め立てる罵声を、嘲笑を、蔑視を止めたのは《紅蓮の皇女》の叫び声。火炎の燐光を散らすその姿は、不可視の刃である侮蔑を止めるに十分すぎるほどの威力を秘めていた。
前回、前々回の回想編を終えてからいきなり一輝の選抜戦に入って困惑された方、申し訳です。ハイ、いつも通り作者の文章力がアレなせいです。(実は作者が一番困惑してたりしますが、それは内緒の話・・・・ハッ!?
さて、ここ最近勝手に恒例にしているすっとぼけをやり遂げて満足したので今回は、この辺で。
次回からは、今回に引き続き選抜戦に沿って進めていくつもりです。
それではまた次回。