いつかを夢見て、私は騎士を目指す   作:怠惰ご都合

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お久しぶりですねと挨拶から入ります作者です。前回の続きということで今回は後編です。実は中編も含めた三部構成にしようかとも思いましたが、グダりそうだったので辞めましたとは口が裂けても言えません。ナイショなのですえっへん(・・・・あっ)




親子の形(後編):いつまでもアナタの事を

 

 「大丈夫、普段の訓練どおりにやれば倒せるよ」

 

 「・・・・・うん」

 

 お父さんと一緒に偽物のところまで近づく。ヘルメットの人たちはピクリとも動かない。すべてこの偽物がやったのかそう思うと恐怖が押し寄せてくる。手が震える。呼吸が浅くなる。私もこの人たちのようになってしまうのか、一度そう考えると、さっきまでのように体を動かせない。

 

 「大丈夫、独りじゃない。俺が一緒にいるから」

 

 お父さんの言葉が頭に響く。

 大丈夫、ダイジョウブ、だいじょうぶ、わたしはひとりじゃない。

 

 「那澄、どこに行ってたんだ?心配したんだぞ。それに、隣いるのは誰だ?」

 

 偽物が話しかけてくる。

 

 「耳を貸してはダメだ。アイツは、君を騙そうとしているんだよ」

 

 「怒ってる訳じゃないんだ。ただ説明している時間がなくて、あぁするしかなかったんだ。だからほら、こっちに・・・・」

 

 「ほら、ね。アイツは君を取り込もうとしてるんだ」

 

 さっきから自らの言葉を遮るお父さんに苛立ったのか、偽物が声を荒げる。

 

 「おいお前。コイツ等の仲間なんだよな?さっきから人の言葉遮って、どうしようってんだ!」

 

 「そんな偽物は倒さないと、始末しないといけない」

 

 始末、偽物は始末しないと。そしてお父さんとまた一緒に。

 

 「・・・・・塗り潰せ、不知火」

 

 優しく木霊するお父さんの言葉に従って、私は漆黒の大鎌を展開する。

 

 「ッ!?・・・・・那澄!」

 

 驚いた偽物が私を止めようと叫ぶけど、構うものか。私にはお父さんがいればそれだけでいい。

 

 「・・・・・ッ!」

 

 鎌を斜め下に構えたまま接近し、逆袈裟に切り上げる。

 

 「ッ!、研ぎ澄ませ、蒸気霧(けあらし)!」

 

 眼の前に立つ偽物はナイフ型の固有霊装(デバイス)を展開し、防ぐ。止められた以上、次に移るしかない。固有霊装(デバイス)としてはサイズの大きい不知火は、重い。重力だってかかるし、なにより上からの抑えられていては、その重さはいつもの比ではない。

 

 「・・・・なら!」

 

 不知火を引き戻すことで、ナイフによる制約を無くす。急に重量がなくなったことで偽物は体勢を崩した。それを見逃さず、左足で頭を狙う。

 

 「ぐっ!?」

 

 それでも、防がれる。左足を戻した勢いを利用し、今度は半回転しながら不知火を横殴り気味に振る。

 

 「!?」

 

 しかし、それすらもナイフで防がれてしまう。

 

 「那澄!どうして、話を聞いてくれない!?俺はただ、那澄の無事を!」

 

 偽物が、何か叫んでいるがそんな事は、知らない。でも、何故だろう。偽物なのに、お父さんに変装した悪いやつなのに、名前を呼ばれると、心が温かくなる。

 

 「騙されないで、そんなやつの言うことなんて聞く必要はない。俺はいつだって君と一緒にいる。でも目の前のやつはそれを邪魔しようしている。だから俺たちの安全を脅かす存在は消さなきゃ」

 

 お父さんの言葉が、温かくなった心を冷やしていく。まるで余計な熱を持つなと、そう言われているかのような。そうだ、私にはお父さんがいてくれれば、他には何も要らない。

 

 「誰なんだお前はっ!?そっくりな見た目しやがって。答えろ、那澄をこんな風にしたのはお前なんだろっ!?」

 

 「誰だと言われても、俺は空戸春澄だよ」

 

 「ふざけんな!?」

 

 「至って真面目だよ?だってほら、見てご覧よ。同じ顔に一緒の服装」

 

 「黙れよ!」

 

 「やれやれ、喋れと言われたから伝えたのに、今度は黙れだって?いやいや随分と自分勝手な輩がいたものだね。那澄、遠慮することはないよ。コイツは僕の姿に化けて君を騙そうとしているだけだ。悩む必要なんてないよ」

 

 「・・・・うん、お父さん」

 

 不知火が余計に重くなったように感じる。

 

 「那澄!・・・・・くぅっ!?」

 

 「それに、どっちが本物かなんて、それを決めるのは那澄だ。自分を否定する春澄()と、全てを肯定してくれる春澄()。どっちが那澄にとっての父親なのか・・・・・まぁ今の状況を見れば明らかだけどね」

 

 「違うっ‼俺は彼女に無事でいて欲しくて避難を・・・・・そうか、お前は!?」

 

 「おっと、それ以上は彼女の為にならないんじゃないかな?それこの状況だって元を辿れば全て、君の無駄な正義感が生み出した結果じゃないか」

 

 「うるさいっ!那澄、聞こえてるんだろう返事をしてくれ!?違うんだ、あの時日本に行かせようとしたのは・・・・」

 

 「ふふっ、まったく仕方ないなぁ那澄は。いつの間にそんなに遊ぶのが上手くなったんだい?いいよ、なら僕も一緒しよう。親子二人、協力して偽物を倒すんだ」

 

 「・・・・・・うん」

 

 お父さんの声が、私の心に浸透していく。良かった、お父さんが協力してくれるって、だったら張りきらなくちゃ、不知火を握る力に更に力が入るのを感じる。目の前で激昂しているこの人も馬鹿よね、お父さんに逆らって、こんなに当たり散らして。・・・・・・でも、不思議だわ。偽物(この人)の声が、姿が、立ち振舞がひどく懐かしく思えるの。まるで凍りきった私の心をゆっくりと溶かしていくかのようにさえ感じるのはどうしてかしら。偽物なのに、この人の目を見ると安心するのは一体何故?

 

 「貴様っ!!・・・・・そうだよ、お前の言う通りこうなったのは俺のせいだ。つまらない正義感で何もかも救おうと必死になって、その結果がこのザマだ。それでもアイツらがやってきたことはやっぱり間違ってる。人を道具のように扱って、使えなくなったら最初から存在しなかったかのように振る舞う。何かがかけている俺にだってわかるんだ、あの光景はやはり許される事じゃないんだって」

 

 「・・・・ならどうして、私を拾ったの?」

 

 この人に一体何があったのか知らないけど、知りたいとは思わないけど、この人がまるで自分を見ているみたい・・・・・そう思ったらこの口が勝手に動いていた。

 

 「那澄、一体どうしたんだい?さっきまであんなにはしゃいでいたじゃないか。疲れちゃったのかな?相手の口車に乗せられて、手を止めて話を聞いてしまうなんてまるで別人のようだ」

 

 その言葉に体がビクッと跳ねる。失望されるのは嫌。突っぱねられるのもイヤ。私が望む言葉をくれないお父さんも、いや。

 

 「・・・・・っ!」

 

 「・・・那澄」

 

 さっきまで軽かったはずの不知火が、やけに重く感じる。でもそんなことは知らない。私を悩ませるコイツは邪魔だ。私は再び鎌を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おやおや、思わぬ効果だね。たかが言葉一つにあんなにも動揺するなんて。まるで嫌われたくない、見放されたくないと必死に立ち振る舞う幼子のようだ。

 ったく、それに比べて部下共(コイツラ)ときたら、足止めすら満足に果たせねぇってのかよ。あんなガキでも己の身一つ必死に従おうとするのに、武器も人数も揃ってるお前らが、一人残らず倒されるとか、使えなさ過ぎて吐き気がする。

 しかもそのガキですら一瞬手が止まるとか、従うなら最後まで使い潰されてくれよ。処分すんのが面倒だろうが。

 

 「《欲望の先(彼方へ)》!」

 

 「・・・・うん?」

 

 背後にアイツが姿を現した。なんだ?アイツは今まさにあのガキと対峙しているはず・・・・・・・あぁなんだ伐刀絶技(ノウブルアーツ)かよ。ったく面倒なモン使いやがって。

 

 「このっ!」

 

 「落ち着いて那澄、この程度どうってことはないよ。こっちは俺がなんとかしておくから慌てないで」

 

 さっさとしろってのに、まだ攻めきれないってのかよ。早いとこ始末してくんねぇと仕事終われねぇだろうが。こっちは1秒でも早くお前らとサヨナラしたいんだっての。

 

 『お前が暇してんなら、俺がいくらでも相手になってやる。お前の目的が復讐だってんなら、大人しく従ってやる。・・・・・だから、那澄を開放しろ』 

 

 「おいおい、別に俺が強制している訳じゃないさ。ただちょっとだけ(・・・・・・)手伝ってくれってお願いしただけで、彼女は自分の意志でそれを行ってるんだ。それに、彼女が何を望んでいるのか、知っていながら突き放すお前の方が彼女の心を縛り付けているんじゃないのかな?」

 

 『・・・・!!』

 

 「図星だからって、そんなに焦るこたぁないだろう?遅かれ早かれ、どうせわかることだ。だったらいっそのこと早いうちにバラした方がいいだろう?」

 

 顔に迫る刃を躱しながら相手の動揺を誘う。時々目の前のやつが揺らめくということは苛ついているから・・・・ではなく自身の魔力を制御することで形にしているからだろう。一人で

組織(うち)の関連施設を壊滅させる程の伐刀者(ブレイザー)だ。単純な魔力だからといって刃まで幻影ということはないだろう。

 

 「・・・っ!」

 

 その額目掛けて蹴りつけるも手応えはない。こっちから傷つけることは出来ないってのかよ。

 

 「こっちの攻撃は効かないのに、お前は一方的に攻められるってのか。・・・・・なんでもありかよ」

 

 『君を生かして帰すつもりなんて、微塵もないよ。大人しく娘を開放してくれるって言うなら話は変わるけど』

 

 「何バカなこと言ってんだよ?あんなにも使い勝手のいいオモチャ(・・・・)、早々に手放すとかつまんない選択するはずないだろうが」

 

 「・・・・」

 

 ここまで言われても黙りか。ということは、さっきの一撃は威嚇のつもりか。じゃあ、もう一歩踏み込んでみるか。

 

 「だからお前も、そのつもりでアレを飼ってた(・・・・)んだろう?」

 

 『・・・・・・・それ以上那澄をモノ扱いするってんなら、その口一生開けなくしてやる』

 

 「それとも、飽きたら売っ払うつもりだったかな?だとしたら悪かったな邪魔をして。あぁそうだなぁ、なんだったら今から買い取ってやってもいいぞ?」

 

 『・・・詫びの言葉すら値しないと、それすらも相応しくないと思えるほどに・・・消してやる』

 

 怒りからか、憎しみからか目の前の幻影は2つに増えた。よしよし乗ってくれて嬉しいよ。怒りの沸点は人それぞれだが、それさえ把握してしまえばなんてことはない。

 ちらりと刃を交えている親子を覗くと、動きはない。2つの幻影も不規則にブレてきている。・・・・潮時か。残念だ、せっかく使えそうなオモチャが手に入ったと思ったのに。仕方ないな、どうせ使えないのなら親子諸共、仲良く消えてもらおう。まずは、本来の仕事を済ませるためにも、あそこで向き合っている親子に静かに近寄らないと、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「那・・・・澄っ‼」

 

 迫る鎌を避け続ける事は出来るが、正直なところアイツの口車から那澄を開放しなければと焦ってしまう。

 

 「私は、お父さんと一緒にいられるなら、他には何も要らない。ただそれだけで十分なのに。どうして邪魔をするの」

 

 「那・・・・澄っ‼」

 

 迫る鎌を避け続ける事は出来るが、正直なところアイツの口車から那澄を開放しなければと焦ってしまう。

 

 「私は、お父さんと一緒にいられるなら、他には何も要らない。ただそれだけで十分なのに。・・・どうして邪魔をするの」

 

 「・・・・!?」

 

 一緒にいられたら、そう思っていたのは俺だけじゃなかったのか。俺だって、本当はすっとそうしていたかった。でも・・・・それだと那澄を巻き込んでしまうから。今だってこうして巻き込んでしまっているから。だから、せめて那澄だけでも遠ざけようとしたのに。結果としてそれが那澄を傷つけていたなんて。

 

 「・・・・ごめん」

 

 ありふれた言葉でしか言い表せなくてごめん。

 気づいてあげられなくてごめん。

 傷つけてしまってごめん。

 一人にしてしまってごめん。

 ずっと一緒にいてあげられなくて・・・ごめん。

 

 「不器用で・・・・ごめん」

 

 あの時君を見つけたのは偶然だったけど、軽い気持ちで世話してしまったけど、初めて“お父さん”と呼んでくれたのは嬉しかった。気づいてたんだ。最初はだんまりで、無愛想だったけど、戦い方を、この世界で生きていく術を教えるだけの関係だったけど、それでも心を開いてくれたのは君だった。文句を言いながらも“那澄”という名前を受け入れてくれて嬉しかったよ。何度も負かされようとも諦めずに立ち上がった姿に、何度“褒めてあげたい”と思ったことか。

 出来ることならずっと一緒にいてあげたかったけど・・・・・俺がやったのはその真逆。君の安全を願うがあまり、結果として君を傷つけた。

 

 「ずっと一緒にいてあげられなくて、ごめん」

 

 届いていないかもしれないけど、君の心に響いていないかもしれないけど、届くまで何度でも伝えるから。

 

 「・・・・・っ!?」

 

 口の端から血が溢れる。

 当然か。アイツの前に出した幻影は攻撃こそ通らないけど、それは魔力で出来ているからだ。幻影を構成している魔力を創り出しているのも、制御しているのも自分だ。つまり“魔力自体”への衝撃やダメージは、魔力を通して繋がっている自分にも伝わる。早く仕留めようと数を増やしたのが裏目に出た。数を増やせばその分だけ制御も難しくなるし、ダメージだって受けやすくなる。

 

 それでも。

 

 「血を吐く程度の傷なんて、那澄の苦しみに比べたらなんてことはない。それで那澄を救えるのなら安いもんだ。いくらでも吐いてやるよ」

 

 父親として(那澄)を救うためなら、どんな手段だって選んでやる。もう呼んでくれないかもしれないけどな、俺は何度でも足掻いてやるから。もう一度、笑ってくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・ごめん」

 

 偽物が突然、そう口にした。一体何に対しての謝罪なのか。顔も声もそっくりな偽物に言われても何とも思わないけど、お父さんに似ているからか、その言葉が胸に響いた気がした。

 

 「不器用で・・・・ごめん」

 

 不知火の柄を握る両手が震える。

 

 「ずっと一緒にいてあげられなくて、ごめん」

 

 心が温かくなる。

 色んな事を思い出す。

 

 

『お嬢ちゃんが何を期待してるか知らないが、俺は別に強くもなんともないぞ?』

 

 それは初めて会った時のこと。口では嫌だと言いながらも初対面の私を受け入れてくれた。

 

 

 『・・・・・・うーん、那澄とか?』

 

 それは私という存在に名前を与えてくれた時のこと。何度も唸って、あーでもないこーでもないと考えた末に見つけてくれた私の名前。

 

 

 『はーい、落ち着いてねぇ。さぁさぁ、痛いの痛いの飛んでいけー』

 

 それはあなたが“娘成分”とか訳わかんない成分を補充しようと初めて頭を撫でてくれた時のこと。すぐに突っぱねちゃったけど本当は嬉しかった。もっとやって欲しかったけど恥ずかしくて言い出せなかった。

 

 

 『まぁこれでも父親なんでね、一応娘の心情も解るつもりさ。それに、かつて自分も通った道だ。焦る気持ちは痛いほどわかる』

 

 それは初めて私の気持ちに共感してくれた時のこと。訓練の途中で負け続けて拗ねていた私を慰めようと言ってくれた言葉。あの時は素直になれなくて話を反らしたけど、それでも心が温かくなった。

 

 

 『じゃあ、いつでもどうぞ』

 

 それは顔も知らないあなたの妹に嫉妬した時のこと。私の知らないお父さんが、懐かしそうに笑うのが悔しくて、無理やり助言をせがんだ。

 

 

 『那澄一人だけで、日本に行ってもらう』

 

 それは私の気持ちに気づいてくれなかった時のこと。裏切られたように感じた私は、思わず払い除けてしまったけどあなたの顔は真剣そのものだった。

 

 『ずっと一緒にいてあげられなくて、ごめん』

 

 それは空戸春澄(あなた)の言葉。いつも聞いていた、私を安心させてくれるお父さんの声。偽物の筈なのに、私からお父さんを奪おうとした偽物の筈なのに。さっきまでのお父さんとは違って、凍りきった私の心を溶かしてくれる。溶け切った末に姿を現したのは、会ってから絶えず見てきた、そして今も正面で必死に立っている父の顔だった。

 

 流れるのは一筋の涙。

 口からも溢れるのはいつもの一言。

 たった一言で済むのに、それを口にするのが、とても苦しい。

 

 「お父・・・・さん」

 

 「・・・・・・おかえり、那澄」

 

 血を吐くあなた(お父さん)は、いつもと同じ笑顔で迎えてくれる。

 

 不知火を解除して抱きしめようとした瞬間。

 ぞぶりと、父の腹部から何かが貫かれた音が聞こえた。それと同時に不知火を通じて、確かな感触を感じた。そして気づく。不知火には父の手が、今まで私の心を凍らせてきた偽物の手が握られていることに。

 

 「ごぽっ!?」

 

 まるで時間の流れがゆっくりになったかのように、お父さんが地面に吸い込まれていく。

 ドサリと、はっきりとした音が聞こえるのと同時に、すぐ背後で声がした。

 

 「あーらら、手元が狂っちゃった。本当は仲良く処理してあげようと思ったのにぃ」

 

 まるで、遊んでた拍子に物を壊してしまった幼子のような、楽しげな声だった。

 

 「・・・・・ぁ、ああ、ああああ・・・・あああああっ!?」

 

 「おっと、酷いなあ。手伝ってあげようと思ったのに。まったく君はいつも手間をかけさせてくれるね。・・・本当に苛つくばかりだよ」

 

 不知火を振り回すも当たらない。避けられて、呆れられて、嘲笑割れて、

 

 「まぁ仕事は済んだからどうでもいいか。・・・あーばよ」

 

 そして偽物は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「那・・・澄っ!」

 

 足に力が入らない。身体を動かすと激しい痛みに襲われる。振り付ける雨が異様に冷たい。

 

 「お父さんっ!?」

 

 那澄が慌てて抱き寄せてくれる。ポロポロと雨ではなく涙が降りかかる。

 あぁ、那澄泣くなよ。またいつも通りに笑ってくれよ。

 でも無理だよな、だって彼女を泣かせたのは俺自身だから。彼女の意思を無視してまで遠ざけようとして、その結果、こんなことをさせてしまったんだ。

 くそ、まったく俺らしくもない。普段だったら穏便に済ませようとしただろうに。怒らせないで済む方法もあっただろうに。

 一体どうして・・・・・あぁそうだったのか。

 なんだ、こんなところにあったのか。

 家を出たあの瞬間から、幾度となく探し続けたソレが、こうも身近にあったことにすら気づけないだなんて。

 ホント、どうしようもない人間だな俺は。

 なにより、さっきのことは謝りたかったなぁ。もっと素直に伝えるべきだったなぁ。あの時言葉に出来ていたら君にこんなことをさせずにすんだのに。

 

 「ごめんよ、本当は気づいてた。那澄と一緒にいられたらどれだけ幸せか、それを知っていながら遠ざけようとした。だって君を危険な目に遭わせたくなかったから」

 

 深々と突き刺さった鎌は、那澄がどんなに力を込めようと抜けない。傷口から溢れ出す赤いソレを、止める術はない。

 

 咳と共にソレが、口からも溢れ出す。

 

 「ごめん・・・なさい」

 

 頬に熱い滴が降ってくる。それと同時に那澄の口から謝罪の言葉が溢れる。

 

 「変だな、俺が謝ってるのに那澄が泣くなんて」

 

 「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい」

 

 尚も那澄の涙は止まらない。

 本当に、どうしょうもない人間だよ俺は。自分の探し物のためだけに、那澄を傷つけて、泣かせて・・・・一生後悔させる程に追い詰めるなんて。彼女を一人にしまいと、必死に行動してその結果、結局彼女を孤独にしてしまう。相手の心を汲む事が、こんなにも単純で、奥深いものだったなんて。しかも、それを娘から教えてもらうだなんて。

 

 「さぁいつまでも泣いてないで、ほら立って?こんな人間の最期に付き合うのは時間の無駄だよ。だから・・・」

 

 「無駄なんかじゃ・・・・ない」

 

 「思い出はいつまでも楽しいものだけ抱えていけば、その分だけ苦しまない。悲しい思い出は、いつか君を取り込んで過去に縛り付ける。前に進むためにも、こんな光景は記憶から消した方がいいよ。・・・・・・・でも、そうだなぁ。将来、(アイツ)と会った時にでも『あの人、馬鹿なことばっかり』なんて話をしながら笑ってくれたら嬉しいかな」

 

 「でも、それじゃあ・・・・・お父さんが」

 

 こんなことに巻き込まれたってのに、那澄(この子)はまだ父と呼んでくれるのか。自分で提案したソレを見ることの出来ない自分(ろくでなし)がこれでもかって位に憎い。

 

 「たった一人の那澄()を放って、自分勝手に一人で消え去る人間への手向けなんて、それでも勿体ない位なんだよ。だから、ほら」

 

 震える手で今一度、紙を一枚差し出す。泣き続ける那澄は今度こそ受け取ってくれた。

 

 「ほら、後は立ち去るだけだよ。さぁ立って?今まさに(那澄)が独り立ちする時だよ。こんな時にまで親に頼るようじゃ、まだまだ頭を撫でてあげないといけないお年頃なのかな?」

 

 さっきまで感じた激痛が嘘のように消えている。代わりに感じるのは異様な寒さ。瞼が重くなり、焦点も合わなくなってきた。けど、今尚座って抱きかかえてくれる那澄が立ち上がるまでは起きていないと。娘の自立する姿を心に刻まないで眠るなんて、そこまで落ちぶれたつもりはない。

 

 何も持っていないその手を那澄の頭に置く。ポフッという感触が普段通り気持ちいい。優しく、撫でる。啜り泣く那澄を慰める為に、娘の自立を祝うように、別れの挨拶をするかのように。初めて出会って、一緒に過ごすようになってから、よく感情を表すようにはなったけど、寂しがりやなところはいつまで経っても変わらないね。

 

 「大丈夫、直接血は繋がっていなくても、那澄は俺の自慢の娘だよ。どこに出したって恥ずかしくない。照れ屋で、恥ずかしがりやで、素直になれなくて・・・・・でも、相手のために行動できる優しい子だ。君ならどんな障害だって乗り越えていけるって信じてるよ。ただ残念なのはそんな君を、妹と笑い合う君を見られない事だけどね」

 

 最期にもう一度抱きしめた事でやっと決心がついたのか、那澄は涙を拭い静かに立ち上がる。・・・・うん、やっぱり那澄に涙は似合わないね。

 

 「うん・・・うん。私、乗り越えるから。どんな障害だって乗り越えて、笑って吹き飛ばして見せる。それで、またお父さんに会った時にでも思い出話として楽しんでもらうから。今までありがとう・・・・・・また、ね」

 

 那澄がやっと、自分の足で歩き出した。それが少し寂しいけどきっと那澄の為を思えば最善だから、送り出すよ。

 またいつか、会えるといいね。

 

 那澄の姿が見えなくなったから、もういい・・・・・・よね。

 

 不思議なこともあるもんだ。雨は今も降り続けてるし雲は厚いまま。だけど目を閉じるとそこには何処までも澄んだ青空の下で、俺と妹と共に心の底から楽しそうに笑う君の顔が見えるんだ。・・・・・・君の笑顔がいつまでも続く事を願ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまんねえ、ムカつく奴らをまとめて消したってのに、苛つきが収まらねぇ。収まるどころか増してやがるし、最期の瞬間まで笑顔とかホントに苛つかせやがる。

 

 「おい、教えてくれよ。なんでそんなに満足して逝けるってんだ?嫌われて、娘を利用されて、止めを刺されて、泣かせて。そんなんで、どうしてテメェは笑ってんだよ」

 

 せめて最後に散々人のことを苛つかせてくれた礼に戻ってきてみれば、満足そうに笑ってやがる。いくら聞いても、ソレはもう口を開かない。目を開かない。一切の反応が、ない。

 

 「最後の最後までわからない奴だったな。・・・・まぁわかりたいとも思わねぇけどよ。せっかくだ、テメェの面と名前、俺がもらってやるよ。どうせテメェにはもう用なしのモンだ。構わねぇよな?」

 

 空戸春澄(コイツ)として生きていけば、今はわからない(ソレ)も解消出来るんだろうか。

 

 「―――――――」

 

 手を翳せば自分の顔が、体がソレと全く同じものに変わる。これで俺は空戸春澄という役割を手に入れた。それでも、まだ足りない。だけど慌てることはない。もう一度あの娘に、空戸紗奈に会えば解るだろう。まぁ今は組織に戻って報告を済ませた後に休暇を得る訳だからそれも当分はお預けか。・・・・・・あぁ楽しみだよ那澄、もう一度君に父親として会えるのが。その時君はどんな表情(気持ち)で接してくれるんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで那澄の回想録は終了です(どういうわけだよ)なんかアレですね、自分の心に素直になって書いた結果、すんごくとんでもない後編になってしまってますね(語彙力)
おかしいですね、気づいた時にはこんなことになってたというのに。その時、自分の違和感は全く仕事してませんでした。
それではまた次回。

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