意外と有名所しか知らなかったんだなぁとしみじみと思いました。
「暇だ」
平日の昼下がり。壁やショーケースに刀剣や包丁が並ぶ十畳程の広さの店「みつるぎや」のカウンターで刀真はダンベル片手にボーッとネットサーフィンをしていた。
平時であればカウンターを雪美に任せカウンター奥にある作業場で刀を打っているが、現在みつるぎやに刀の製造依頼は無く溜まった仕事も無いため雪美には店の裏に繋がる家に戻ってもらい、こうしてカウンターで店番をしていた。
みつるぎやは長い店なので太い顧客(と時折舞い込んでくる事件の報酬)のお陰もあって生活に苦労している訳でないが、基本的に刀鍛冶自体今の世の中仕事が多い訳ではないためこういう事は珍しい事ではない。
今の時代スマホがあれば暇潰しには事欠かないが流石に何時間もスマホ画面を見ていると疲れるし飽きてくる。
「ごめんなさい。ここがみつるぎやで間違いないかしら?」
小腹も空いてきた事もあるし雪美と茶でもしようかなとカウンターを立った所に声を掛けられた。
店の入口には一人の女性が立っており、その出で立ちはスタイルの良さは見せ付けるように赤のミニドレスの上から黒のレザージャケットを羽織り、ツバの広い白いハットを被っており、肩からブランド物のカバンを下げた姿だった。
パッと見ただの美人な女性だがこの時刀真はこの女がただの女ではないと気配で感じていた。
しかし確証もないので口には出さず普通の客に接するように当たり障りなく対応することにした。
「そうですけどご要件は?何かお探しでしょうか?」
「フフッ、要件は
「…なんでウチはそういう方向にばかり評判が広まってるんかねぇ。うちんちは鍛冶屋であって何でも屋じゃないですよ。」
鍛冶師の仕事ではなく
「知ってるわ。けどあなた暇してるんでしょう?」
「…とりあえずは話は聞くんで上がっていってください」
◇◇◇
とりあえず店を閉じて途中で雪美さんに客人が来たからとお茶をお願いし客人を客間に案内する。
雪美も女がただの女ではないと感じたのか隣で警戒するような雰囲気を出していた。
「とりあえず自己紹介からかしら?アタシは
久崎と名乗った女はなんでもない事のように自身の正体を明かし茶を啜る。
女郎蜘蛛。美しい女に化ける蜘蛛で知られ、人を食い殺したり滝壺に引きずり込む伝説を持った妖怪。
そのどれもが男性を魅了したり害を成した伝承であり雪美は刀真を守ろうと唇から吹雪を吹きかけようとするがそれを刀真は手で制する。
「雪美さんストップ。まだ危害を加えると決まった訳じゃない」
「…分かりました」
雪美は渋々と言った様子で引き下がるが尚も久崎が変な動きをしないか警戒だけは怠らない。
それを何事もなかったように久崎は「別に取って食ったりしないわよ」と笑っている。
「依頼っていうのは何も難しい事じゃないわよ。ある妖怪から
「とある物…とは?」
「お酒よ。お・さ・け。
「あぁ、聞いた事はある」
酒鬼。読んで字のごとく酒を作る鬼のことだ。数こそ少ないが日本の各地に伝承の残る妖怪。地方によっては「
ただ共通して言える事は酒鬼が作る酒はどれも絶品の味を誇り、人間はおろか妖怪でさえもその味に魅了されるという。
「アタシお酒がだ〜い好きで色んなお酒を飲んでいるの。まだ飲んだことのないお酒を探して色々調べてたんだけどそしたら見つけたのよ!とある酒鬼が作るすごく美味しいって噂のお酒。アタシそれがとても飲みたいのよ〜!」
「酒鬼が作る酒ねぇ。確かに絶品とは聞くし飲みたいのも分かるが、それなら自分で譲って貰えるよう交渉すればいいだろう?」
率直な意見として久崎に提案するが久崎は両手を上げて溜め息をつく。
「そんな事とっくにやったわよ。…ただその酒鬼が気難しい奴でね。怒らせちゃったみたいで追い払われちゃったのよ。」
「怒らせるって一体何をしたんだよ?」
「別に?「アタシがアナタのお酒を貰ってあげるから感謝して差し出しなさい?」って言っただけよ」
「いやそれは怒るだろ」
「はぁ!?今のどこに怒る要素があるのよ!?」
「せっかくアタシが貰ってあげるって言ったのに。そこは喜んで差し出すでしょう!?」などと久崎は憤慨しているが当たり前である。誰だってこんな上から目線で差し出せと言われれば怒るだろう。その酒鬼は恐らく気難しいのではなく久崎に問題があったのだ。
雪美もあまりに間抜けな話に思わず警戒を解いて頭痛を抑えるように頭に手を当てていた。
「もう!そんな事はどうでもいいの!とにかくそういう訳でアタシが行っても顔を合わせた瞬間殺し合いになるからアナタに行って欲しいのよ。もちろん依頼受けてくれるわよね?」
「…正直受けたくないが仕方ない。受けるよ」
刀真は心底この依頼を断りたいと思ったがこの女の性格的に恐らく無駄だろうと察し、依頼内容も無理難題という訳でもないため仕方なく受ける事にした。
「ただし二つ条件がある」
「条件?何かしら?」
「まず報酬だ。依頼である以上報酬は貰う。報酬は依頼完遂後に渡してくれて構わない。それが報酬に見合う物ならお金でも物でも構わない。」
「いいわよ。仕事に見合うだけの報酬である事は保証するわ」
「OK。あともう一つだがある物を用意してもらう」
「ある物?」
「それは——」
◇◇◇
依頼を受託した刀真は今日の所は久崎に帰ってもらい、ランニングウェアに着替えて装飾の付いた丸い鏡を持って自宅の庭の池の前に来ていた。
「おい杏二郎。仕事だ出て来い」
池に呼びかけると数秒後に杏二郎がちゃぽんと水面を揺らし面倒くさそうに池から顔だけを覗かせる
「…はぁ…面倒臭ぇ。」
「面倒くさかろうがやれや」
「つっても移動するだけだろ?歩いて行けよ」
「アホか?移動先岡山だぞ?何日掛けて行く気だよ」
今回の行き先は岡山県のとある町…の付近にある湖なのだ。そこの湖に件の酒鬼がいるとの事だが、そんな所まで行くには普通は飛行機を使わなければ何日も掛かってしまう。
その為の
頭の皿をカチ割ってやろうかなどと考えていると後ろにいた雪美が杏二郎に声を掛ける。
「杏二郎さん。そう言わずに連れて行って下さらない?私も何日も掛けて徒歩で行くのは流石に——」
「雪美ちゃんをそんな遠くまで徒歩で行かせる訳ないやないか〜!!すぐ用意するから待っててくれな雪美ちゃん!刀真!何雪美ちゃん待たせてんねん!はよ準備せんかい!」
いや待たせてんのはお前だよ。と思ったがそれを言うと更にグダリそうと思いグッと堪える。杏二郎は大概女(特に雪美)には甘いので雪美が言えばこのように手の平を高速回転させる。
雪美はと言えばそれを知っててやっているのでクスクスと可笑しそうに笑っていた。
刀真は溜め息を一つだけつきすぐに準備に取り掛かる。
「亀鏡、契約術式展開」
契約器の起動ワードを言うと手に持っていた鏡、
「我、水の心を知るもの。契約の元に汝に水の加護を授けん」
「「
祝詞をあげ終えると杏二郎の体が光の糸のように解れ亀鏡に吸い込まれる。亀鏡は杏二郎の力を得た事でその鏡面の輝きを増す。
「よしっ…水の精霊よ、渦の門を開き我が行かんとする地に導け、水鏡門・開!」
術を起動させると亀鏡の輝きが増し、それに共鳴するように目の前の池も輝き水面が揺れる。やがて揺れは一定の水流を生み出し2m大の渦を生み出す。その渦は明らかに池の深さよりも深く何処に繋がっているかさえ分からなくなった。
妖武装・亀鏡。杏二郎との契約の依代である契約器であり、戦闘向けではないが特殊な能力を持っている。主に占いや水面に遠方の様子を映したりする物でとりわけこの術「水鏡門」は特殊であった。
水と遠方の水を繋げる術であり、長距離移動の為の術。過去に杏二郎か契約者である刀真のどちらかが行ったことのある。もしくは正確な位置を把握している池や湖に行ける物で、遠い所に行く際に重宝している。
今回は久崎に場所を教えられている為術の中に行き先の座標を組み込んであり、渦の先は見えないがその渦の先には座標通りの湖に繋がっている。
「あとはっと…。水よ我を包みこの身を守り給え、
仕上げにもう一つ術を発動させると水が刀真と雪美を包み込みシャボン玉のように薄い膜の球体になった。
この泡は妖力が込められており水の中でもこの中では息ができ、見た目以上に頑丈な泡である。もしこの術を使わずに水鏡門を通ろう物なら渦の流れに耐えられず見知らぬ海にでも放り出される為水鏡門での移動時には必要な物である。
泡舟に包まれた事を確認して準備が整ったことを確認し刀真は印を結ぶ。すると渦から縄状の水が何本か伸びてきて泡を持ち上げる。
「それじゃあ行きますか!」
「はい」
『んじゃあ目的地までレッツゴー!』
杏二郎の合図と共に刀真達は一瞬のうちに渦の中に吸い込まれ姿を消していった。
次第に渦は収まり池は元よ静かな池に戻っていた。
種族:女郎蜘蛛
性別:女
スタイル抜群の女郎蜘蛛でお酒好き。今回酒鬼のお酒を譲って貰えるよう交渉を刀真に依頼した。
普段は人間に化けてファッションデザイナーとして人間社会に溶け込んでいる。
自意識が高く「自分に物を貢ぐのは当然の事」と思っている節があり高飛車。しかし実際周りはこれまで久崎の美貌に魅了され貢がれてきている。