勇者パーティーをクビにされた村人♂、女騎士になる   作:主(ぬし)

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しばらく小説を書くということから離れていました。待ってくださっていた方がもしもいらっしゃれば、申し訳なかったです。なによりも自分に申し訳なかったと思います。実はここ数年で、転職すべきかどうかという問題に直面したため、家族親族や同僚や上司といった人たちとの話し合いを重ねておりました。それが一応は解決したので、こうして再び趣味にたち戻れることとなりました。そのことを僕自身とても喜びイサミィ───!!!!そろそろだよな!!!???イサミィ────!!!!!


15話

 雪がハラハラと舞う夜空が、焚き火によってぼんやりと照らし上げられていた。

 それは、寒空の盆地での出来事だった。

 とても些細で、とても大切な、思い出だった。

 

『どうして、雪が降っているのに肌が乾燥するのかしら?だって、こうして実際に降ってくるのは水なのに。砂漠にいるわけじゃないのよ?』

 

 自らの真珠細工のような指先に軟膏を塗りさすりつつ、魔法使いが興味なさげに呟いた。まだ子供らしい華奢さを残す人差し指の先端で、摘まれた雪の結晶が彼女の人肌で溶けて雫と溶けていた。“昨晩の食事はなんだったか”程度の他愛もない疑問。私はその疑問に、この世界に生きる者として当然の回答をしようと、脳みそを使うこともせずほぼ反射的に口を開いた。

 

『もちろん、それは御神によって───』

雪が水で(・・・・)出来ているからこそ(・・・・・・・・・)じゃないかな』

 

 “御神によって決められた摂理”と続けようとした私の台詞は、クリスの妙に説得力のある回答に塗り潰された。御神の存在を否定されたと穿った私は不快感を前面に出してクリスを薄い目で睨んだが、内心では彼の自説に興味が湧いて、その穏やかで理知的な声に自然と耳を傾けていた。

 

『俺も疑問に思ったことがあるんだ。雪山に行くと手や唇から水気が少なくなってカサカサになってしまうのは何故か、と。周りは雪で囲まれているのに。雪は水なんだから、水に囲まれているのなら、逆に潤って然るべきだ。そうだろう?そして考えたんだ。おそらく、雪というのは“水が水という形をとれなくなった状態”なんじゃないか、と』

 

 私は驚いて目を丸くした。そんな風に自然現象を理論立てて観察したことはなかった。神職者たちの狭い界隈に引き籠もっていては触れることの出来ない現実的知識の一端に触れた実感がして、ゾクリと神経が静かに昂った。

 

『寒くなると水は氷になるだろう?その様子は、まるで見えない力によってギュッと押し固められていくかのように見える。それが小粒ほどの水であれば、どうだ?』

 

 空気を握るようなジェスチャー混じりの説明に、魔法使いも私もいつの間にか前のめりになっていた。武闘家も、興味無さそうにしていながら横耳でそれとなく聞き耳を立てていることがわかった。

 

『つまり、気温が寒くなればなるほど水の粒は小さく小さく圧縮され、極小に凝縮して固まったものが雪なんじゃないだろうか。気温によって、水が水でいられなくなる条件が変わるんじゃないか。だから、砂漠のような熱帯地では暑さによって水は霧散して、こういった寒冷地では逆に固まってしまって、どちらでも同じように世界から水気が失われて乾燥してしまう……と俺は考えてみたんだ』

 

 魔法使いはキョトンとして、持ち前の回転の早い頭脳と捻くれた意地の悪さでクリスの自説の穴をひと通り探したあと、矛盾点が無さそうだと諦めて『あっそ』と淡白な物言いでそっぽを向いた。その失礼な態度は、素直ではない魔法使いの精いっぱいの白旗に等しかった。武闘家も、肩をすくめて理解が及ばないふうを装ってはいるけれど、粗野な見掛けと違って意外に利口な彼も感心しているに違いなかった。

 クリスはそんな二人の素っ気ない態度を咎めるようなことはせず、熱弁を一蹴される形になったことを気にした様子もなく、苦笑い一つ浮かべて焚き火に向かい合うと、それまで続けていた手元の作業に戻った。その背中は、まるで探求に明け暮れる壮年の哲学者のように智の充溢を現していた。

 彼は、人々のあいだに横たわる盲目的な宗教観を当たり前とせず、世界を巡って得た知識と経験を昇華して、彼自身の切り口で世界の(ことわり)を探っていた。私は、この時初めて、クリスに尊敬の念を覚えた。焚き火に照らされた彼の横顔に───灯火が揺れる男の瞳に惹きつけられ、私は熱っぽい視線を外せなくなった。体内で色鮮やかな蝶々の群れがわっと一斉に舞うような、生まれて始めて味わう感覚に、私は戸惑うばかりだった。

 それがきっと、私の初恋の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 私たちが、殺した人。

 

 

 

 

 

「───ッ゛───」

 

 「寒い」。思わず零れそうになった呟きを、唇に歯を立てることで無理やり押し留める。そんな贅沢な不満を言える権利は私には無いのだから。

 乾いて強張った唇を犬歯が食い破るブチリとした気持ちの悪い感触がして、舌の上に生ぬるく苦い血の味が滲む。それを嚥下して、思う。そう、贅沢な不満だ。遥か谷底の暗闇へと無念に消えたクリスには許されもしなかった、生きていることを実感できる贅沢な感覚だ。

 

(これは当然の神罰よ、リン)

 

 自らに辛抱強く言い聞かせ、私は虚ろな目を無理やり前に向ける。“宵闇通視(ナイトアイ)”のバフが掛かっていても見通せない闇夜の帳が目の前に立ちはだかっている。

 今、私たちはメア・インブレアム合同村に向けて過酷を極める山越えを敢行していた。暴走する姫様一行に追いつくための近道として止むを得ず踏み入れた山の頂は、まるで私たちの行く末そのものを暗示するかのように、想像を超えて険しい道のりを突きつけてきた。

 

(これはもう使い物にならないわね)

 

 分厚いフェルト生地に包んでいた暖炉石を手のひらから滑り落とす。頼もしく赤熱していた石はもはやなんの役にも立たない重石と化してしまった。ボスッと雪に深く食い込む音を後方に置き去りにして、私たちは進む。

 自分が拳を握っているという実感が指先から失われて久しい。まるで関節から外れて落ちてしまったかのように四肢の感覚がない。あまりの寒さに頬の肉が薄紙のようにビリビリに裂けてしまいそうだ。鼻孔から侵入してくる凍てつく空気は剣山のように刺々しく、肺までも痛覚を訴えて、自然と呼吸が浅くなる。ビュウビュウと金切り声をあげる雪風が鼓膜を一秒も休むことなく烈しく叩き、聴こえるのは乗っている馬が雪を踏みしめるザクザクとした単調な音だけだ。

 

(……ぁ、まただ)

 

 ふとした拍子にそれらの音が急激に遠ざかってきた。それを知覚して、タイミング(・・・・・)が来たと悟り、無謀な登山を始めて10回目の回復魔法(ヒール)の呪文を口腔内にボソボソと唱え始める。周囲の音が不自然に静寂へと転がってきたら自分が気絶しそうになっている合図だと、身体で学んだ。振り返って目を窄めれば、伸ばした手の先端すら霞みそうな横殴りの風雪のベールの向こうで、武闘家の無骨な輪郭が馬に揺られている様子がかろうじて見える。きっと彼の背後に、今の私と同じように縮こまっている魔法使いがいるのだろう。北方育ちの武闘家はともかく、南方育ちの魔法使いがこの悪天候に酷く堪えていることは容易に想像できた。

 

「神よ、罪深い我らを癒やし給え。“複数回復魔法(トライヒール)”」

 

 回復魔法(ヒール)特有の淡い乳白色の光が網膜にチラつく。すかさず白いベールの向こうで武闘家が手を振り、感謝の意を伝えてくる。あの分なら、彼の背後にいる魔法使いも回復しただろう。

 ヒールが問題なく効果を発揮したことを確認して、私は返礼をすることなく姿勢を正面に戻す。回復魔法を何度も使える私のような人間がいなければ、この厳しい行程を乗り越えることは不可能に違いない。世界を救済する勇者パーティーの回復役を担う私を持ってしても、果たして成し遂げられるのか……自信はない。

 

(こんな無謀な山越え、クリスなら絶対に反対していた)

 

 疲労感から詮無い思考が漏れてしまう。クリスはもういないのに。

 魔力の消耗に軽いフラつきを覚えながら、薄れてしまいそうになる意識を手放さないように眼前の背中に焦点を集中する。ハント。人跡を許さない険山の荒れ狂う暴風に晒されてもビクともせず、それらを剣の如く斬り分けて私たちを先導する若き英俊。傍から見れば、自然の脅威もなんのそのと若武者が果敢に仲間を率いる雄々しく気高い光景だろうに、その胴体に必死の思いでしがみつく私にとっては、ハントは私たちを死地へと誘う梟雄としか思えなかった。

 

「……ハント、貴方もヒールを」

「必要ない」

 

 言い終わる前にピシャリとにべもなく断られる。このやり取りも一度や二度ではなく、叩き付けるような無愛想な態度にももう馴れた。

 彼は一度も私の回復魔法を必要としなかった。それどころか熱い湯気を弛たせる沸かし(グリュー)ワインを口にすることも一切ない。自らの体内で渦巻く黒い衝動を激しく燃焼させ、それによって意思と肉体を突き動かしている。その黯然とした衝動は収まる気配はなく、むしろとぐろを巻く回転を重ねるごとに熱量とおどろおどろしさを増しているように感じられた。

 ハント。数多の戦士たちをおさえて一等地を抜く我らの勇者。魔王を打倒する可能性を秘めた全人類の救世主。見た目は美男子といって差し支えない優男なのに、『勇者』の加護は見た目の何十倍もの力を彼に与えた。与えてしまった(・・・・・・・)

 

(ああ、神よ。何故なのですか?)

 

 私は問う。問わずにはいられない。大気を滲ませるほどに頑なな憤怒を隠そうともしない背中を見つめ、私は魂の深部で繋がる天上に御わす姿なき神に詰め寄る。

 なぜ、この若く未熟な勇者に、力より大事な“心”をお授けにならなかったのか?類まれなる膂力を得ても、それを律する真心がなければ、それは果たして“勇気ある者”と呼べるのか?そんな資質の伴わない危うい人間を、私たち人類は“救世主”と崇めて良いのか?

 

(それでも───それでも、もう私たちは立ち止まれない。私は立ち止まれない)

 

 内なる神が答えを下すまでもない。諦観して冷たく嗤う私自身が、理性に潤む私の両目をそっと覆う。「疑念を持つな。進め」と潜めた声で囁く。引き返すにも、立ち止まるにも、もう遅いのだ。

 

(ハントにとっての“心”は、きっとクリスだったのね)

 

 私たちが不作為にも殺してしまったクリスは、この歪つな勇者パーティーにとって、魔王に脅かされるこの世界にとって、なによりも勇者(ハント)にとって、失ってはいけない存在だった。失うにはあまりに大き過ぎる代償だった。皮肉な話だ。この世界でもっとも軽んじられるといってよい『大工の村人』というクラスを背負って生まれたクリスこそが、この世界を救うためにもっとも重要な役回りを担っていたのだから。

 彼は勇者パーティーの活動を支える屋台骨そのものであり、各地に点在する冒険者ギルドの結節点も担っていた。未発達な文明における疎らな人類の団結は、世界を股に掛けて活動する勇者一行───実際はクリス───によって繋がりの兆しを見せていた。本人が自覚していようといまいと、それはクリスによる功績だった。実現していれば、世界規模の人類による一斉反攻という作戦にも手が届いたかもしれない。それが道半ばでたち消えてしまった。

 彼の穴を埋めることは、容易ではない。言葉に出来ないほど難しい。だからこそ、立ち止まることは許されない。彼が為そうとしていたことを、人類の救済を、絶対に為さなくてはならない。そのためなら、私はなんでも(・・・・)する。

 

(ごめんなさい、クリス。私はきっと間違っている)

 

 自分が視野狭窄に陥っているという自覚はある。間違った道を進んでいるかもしれないという冷たい悪寒は常に頭蓋の片隅で氷柱の針を煌めかせている。

 

(でも───でも、仕方がないじゃない。私は、想い人を失ったのよ?)

 

 傷心を言い訳にして、私は思考を閉じることに努力する。クリスが認めてくれた聡明な私を敢えて捨てる。そうしなければ耐えられないからだ。クリスの親友であり、クリスが身骨を砕いて支え続けたハント。彼は親友を死へと追い込んだ罪に向き合うことを拒絶し、他者に責任を転嫁して、その歪んだ復讐心を糧として遂に覚醒した。そして私は、クリスの死を利用し、ハントの報仇雪恨の念を利用し、身も知らぬ、悪人かどうかも定かではない人間にその怨念を傾け、私が属する教会の頼み事に手を貸すように仕向けた。人類最強の勇者をぶつけることがどんな結果を生むか理解していながら。

 そのような状況にやむなく追い込まれたのだとしても、私が選択したという事実に変わりはない。私が卑怯者だという事実に変わりはない。同罪だ。卑怯だ。卑劣だ。いつかクリスが夢枕に立ったとき、再会に喜ぶ私を見下ろして、彼は冷たく唾棄するに違いない。「見損なった」と。必ず私に失望し、軽蔑するに違いない。

 

(許して……許して、クリス。きっと高潔な貴方は私を許さない。でも、お願い、許して)

 

 神職者として失格だ。真っ先に許しを請わなくてはならない御神よりも、私は死者の許しを求めている。

 どん詰まりの壁に向き合っている切迫感が常に胸の内を埋めている。でも、私にはもうこの道しか思い付かなかった。思い付けなかった。クリスより劣る私にはこれが限界だった。たとえ自らの正義の観念を自らの足によって踏み躙ろうと、私は悪鬼羅刹と化していくハントの手綱を死にものぐるいで握り続けるしかない。最期の最期まで。クリスが目指した目標に───“両翼の対を成すもう一人の女勇者”と出会い、魔王を打倒するその日まで。

 

(もう一人の、女勇者)

 

 ……本当に、いるのだろうか。

 神のお告げすら疑い出した自分への戸惑いにももう馴れた。

 魔者を討伐する旅と並行して大都市から寒村まで方方を渡り歩き、およそあらゆる伝手を頼って、私たちは女勇者なる者を探った。王国の伝手、教会の伝手、冒険者ギルドの伝手、商業ギルドの伝手……。1000年に1人という『勇者』のクラスを持って生まれた女性がいるのなら、損得や利害に敏感なこの手の組織にすぐに情報が届くはずだ。ましてやハントに与えられた神託に“もう一人の女勇者”という文言があったのだから、各組織ともどもその存在を確実視し、喉から手が出るほど欲して探し回っているに違いない。だけど、噂話一つとして見つからなかった。まるで、必要とされた(・・・・・・)その時にならなければ(・・・・・・・・・・)現れない(・・・・)かのように。

 

(…………まさか)

 

 幾重にも着込んだ外套の奥深くに意識を向ける。そこには、僧兵によって素描(すびょう)された“女騎士”の白黒の似顔絵が折り畳まれて収められている。大急ぎで作成されたものの、偶然にも描いた者に絵心があったらしくとても写実的だ。対象によほど衝撃を与えられたのだろう、生々しい畏怖感すら透けて見えるほどにリアルだった。ひと目見たらわかる凛とした美しい目鼻立ち。10人中10人が振り返り、目を奪われて離せなくなるような美貌の女性。咲いたばかりの花のように可憐な顔貌の内にあって、その切れ長の双眸は極めて鋭く、噛みつかんばかりの弾劾の気迫に燃えてこちらを睨みつけている。

 

(ハントに匹敵する剣技を有する女剣士)

 

 明文化してしまえば、そこに潜む可能性は明らかだ。これ以上ないほどの悪夢と呼ぶべき想像に足首を掴まれ、駆け上ってきた悪寒が心のなかまで侵入してくる。取り返しのつかない隘路に向かって馬を走らせてしまっているような絶望感に喉輪をキツく締め付けられる。もしも人類最強の勇者同士がぶつかることとなれば、果たしてその顛末はどれほど悲惨なこととなるのか。

 最悪なのは、今さらその馬からは降りられないという事実だ。降りる権利などないという事実だ。隘路を超えた先に突如現れたどん詰まりにぶち当たって骨身もろとも砕け散るその瞬間まで、私は憤激の雄叫びを上げて突き進む勇者(うま)の背中に情けなく張り付き続けるしかないのだ。

 

(ああ、でも)

 

 ふと、なんの意味もない懐かしさが私の心を一瞬だけ安楽へと手繰り寄せた。

 でも、知的な光の宿る瞳は、あの日に焚き火を見つめていた()に似ているような───




次回。女騎士、脱ぐ。
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