仁と香、そして玉藻は隊服の採寸が終わった後、鴉と梟に先導されて道を歩いていた。
「…蝶屋敷、か。全く、あの人は何を考えているんだ?」
「う~ん……悪い人ではないんだろうけど。でも何を考えているかが見えない。私達みたいな不確定要素を信用して、一体何を考えているんだろう…」
話題に上がっているのは耀哉のことだった。
「…ねぇ、香?あの耀哉とかいう男の怪我…香の術で治せないのかしら?」
りんねの問いに香は少し考えてから口を開いた。
「あの病は少なくとも今の私じゃ無理かな。全力で術を振るえば、もしかしたら治せるかもしれないけど。」
「…珍しいわね、香ができるって断言しないのは。」
「香さんは…基本的にできないことはないんですか?」
玉藻が恐る恐るといったように聞いた。
「えぇ、私が知る限り、香が“できない”なんて言ったことはほぼほぼないわ。私が憑いていることでかなり縛られはするものの私が離れれば香は本来の力を振るえる。その状態なら、香にできないことなんてないに等しいのよ。」
「…言っておくけど、私にもできないことはあるからね?」
「じゃあ何ができないのよ?」
「媒体なしでの死者蘇生。媒体があっても完全な死者蘇生は難しいけど。」
「死者蘇生、ですか…というか媒体があれば死者蘇生はできるのですか?」
その問いに香は少し悩むような声を出した。
「んと…媒体と言ってもかなり限られますよ?必要なものはまず“限りなく完全に近い魂”。次に“該当する魂のいたほぼ完全な肉体”、もしくは“該当する魂が強く想い入れのある物品”。最後に“膨大な術力”。」
「術力…ですか?」
「霊力、魔力、妖力、神力。これが術力で表されるものですね。呪力と気力なんかはまた違ったものだったりもしますが。」
「何故だ?何故呪力は違う?」
だまりがそう尋ねた。
「うまく言えないのですけど、力の性質が違うんです。神力、霊力、妖力、魔力、呪力、氣力、魂力、心力、精力…思いつくだけでこれくらいありますけど、何が違うのかは私も分かってません。」
「ふむ…」
だまりは悩むような表情になって仁の影の中へと沈んだ。
「…そうだ、香。さっきのストライクって技、あれは何だ?」
仁が香にそう聞いた。
「ストライク?……あぁ。あの技ね。りんねを殴った時の。」
「そうだ。あれは一体?りんねは影なんだから触れないはずだろう?」
その言葉に香は少し考えてから口を開いた。
「影だから触れない。それは確かにそうなんだけど。でも、りんねもだまりさんも私達の影である前に鬼の魂なんだよね。それは仁も知ってるよね?」
「え?…あぁ。」
「で、そんな魂に攻撃を当てるにはどうするか。簡単、こっちが魂に干渉できるようにすればいいんだよ。」
「魂に……干渉?」
仁が首をかしげたのを見て香は頭を押さえた。
「う~ん……多分花さんが見せてくれたこととかあるんじゃないかな?」
「花が……あっ」
仁は何かに思い当たったような顔をしていた。
「要はその状態を攻撃として作り出せばいいの。言ってしまえば、私がやったのは
「痛かったわよ…」
「加減間違えたのはごめんってば……でもあれはりんねがほとんど悪いよ?」
(あれ加減間違えてたのか!?)
仁は香の言葉を聞いて軽く身震いした。
「で、今回私が使った“ストライク”っていうのは“超近接型単発打撃魔法”。あれでも魔法なんだよ。ソードスキルとはまた違う、“ストライク”っていう物理殴打魔法。」
完全に魔法(物理)である。
「ツイタゾ!!」
そんな声がして全員がハッとして前を見る。そこには大きなお屋敷があった。
「大きいな…」
「ですね…これが蝶屋敷?」
「ホ~♪」
「どなたですか!!」
梟が鳴くと同時に鋭い声。香がそちらを向くと手に箱を持った二つ結びの少女がいた。
「癸の“錦糸 香”です。」
「同じく癸の“綺糸 仁”…」
「えっと…彼らの専属刀匠の“玉藻 鬼神”です…」
「…錦糸…なるほど、あなた達が…」
少女は納得したような言葉を発してから少し考えるような表情になってから香をまっすぐ見た。
「?」
「…あなたは、かなりお強いとお聞きしましたが……本当なのですか?」
香は首をこてんとかしげた。というか、香の方が彼女より背が低い(そもそも現在香が出会っている人物達の中で香は最低レベルの身長)なのでそのうち首が痛くならないのだろうか。
「…まぁいいです。しのぶ様がお呼びです。こちらへ。」
「... I'm weak.(…私は弱いよ。)」
「え?」
少女が香の発した言葉で、足を止めた。
「I'm weak ... that's an unmistakable fact.(私は弱い…それは紛れもない事実。)If ... if you think I'm strong ...(もしも…あなたたちが私を強いと思うのなら…)」
香は少女をまっすぐに見つめていた。
「I think it's not looking at "I", it's just looking at "outside me".(それは“私”を見ているんじゃなくて、“私の外側”を見ているだけなんじゃないかな。)」
「…なんですか?何か言いたいのならはっきり言ってください。」
「…いえ、ただの独り言です。気にしないでください。」
「…そうですか。」
その言葉を最後に少女は屋敷の奥へと歩いていった。香達もその後を追う。
「五回!?五回も飲むのこの薬!?」
「落ち着け、善逸!!」
「嫌ぁぁぁ!!すげぇ苦いんだよこの薬!!」
…何やら騒音がしていたがそれをきれいに無視して少女と香達は診察室という札がある扉の前にやってきた。
「しのぶ様、香さん達をお連れしました。」
「どうぞ。まずは香さんから。仁君は外に出ていてくださいね。」
少女が扉を開け、促されて香が部屋の中に入った。
「……」
「なにか、珍しいものでもありましたか?」
「…胡蝶、しのぶさん。」
香が部屋の中を見渡していると椅子に座っていた人物───胡蝶しのぶに声をかけられた。
「…おかけになってください。」
「…失礼、します。」
香は日輪刀と斬想鬼を壁に立てかけて置いてからしのぶの前にあった椅子に座った。
「……こうして落ち着いて話すのは、初めてですね。」
「…そう、ですね。もっとも、私は敵同士になると思っていましたから話す機会などないだろうと思っていました。」
「そうですか…」
そう言うとしのぶは服の中を探って何かを取り出した。…それは、先程話をしていた中でも出てきた鬼導札付きの針だった。
「…これは、あの日貴女が私にお守りと言って渡したものです。針の方は元々は剣の形をしていたのですが、いつの間にかこのような形に。…鬼導札のことに関しては咲さん達から聞きました。貴女や仁君のいた世界で、鬼と戦うために、もしくは鬼から身を護るために使うものだそうですね。」
その言葉に香は頷いた。
「それならばなぜ、あなた達は元の世界でも鬼を狩っていたのですか?確かに鬼喰いの鬼の食糧確保は必要でしょう。ですが、そこまで危険を冒す程のことだったのですか?」
その言葉に香は目を伏せた。
「…私がしていたことはただの罪滅ぼしのようなものだったのかもしれません。でも、何もしないままではいられなかったんです……そうしないと、私が私ではなくなりそうだった……だから私はりんねと協力したのです。例え相容れない鬼の力であろうと、目的を果たすためなら受け入れて使う。それで私自身に何かが起こったとしても。それは私の自己責任です。当時、りんねは自分の失った記憶を取り戻すために。私は錦糸屋のみんなの仇を討つために。……私は錦糸屋を襲ったあの顔の無い鬼を……ううん、あの鬼を作った呪具を。錦糸屋にいた皆を殺されている前で、何もしなかった私を。……澄ちゃんを、殺したあの呪具を。お父様を殺した、あの呪具を。……絶対に許さない。」
そう言い切ったとき、しのぶは香がかなり強い力で拳を握っていることに気がついた。
(……似てる?)
「今。あいつは、あの呪具はこの世界にいる。今度こそ、私達の手で………この世からその忌まわしい存在を……消す。」
「っ!?」
香が言葉を終えたと同時に部屋の中が濃密な殺気に包まれた。柱であるしのぶが、
(この子……本気を出したら危険……殺気だけで人が死にかねない…!?)
そんなことを考えて暫くそうしていると、香の殺気が消えた。
「…それで、私を呼んだのはそれを聞くためですか?」
「い、いえ……本当に鬼があなたに異常を及ぼしていないのか、検査させてもらいます。…すみませんが、傷などがあるかを見たいので服を脱いでもらえませんか。」
「……」
香はしのぶを見つめた後、小さくため息をついてから上半身裸になった。
「…これでいいですか。あまり素肌は他人に見せたくないのですが。」
「……鈴さんにはすべて見せているのでは?」
「………」
「図星なんですね」
香は顔を赤くして頷いた。
「…まぁ良いでしょう。好きな人以外には素肌を見られたくない、というのは私も分かりますし。……というか、全く傷がないように見えるのですがこれは?」
「……りんね」
「はいはい……傷がない理由だったわね?」
香の呼びかけでりんねが影から出てきた。
「それは私が影響しているわ。鬼の基礎能力はあなたも知っているでしょう?」
「……人間離れした力と、驚異的な回復速度ですか」
「そう。どちらも制御することはできるけれど、回復速度に関してはほとんどまやかしみたいなものよ。不死川とかいう馬鹿との模擬戦の後のこと、覚えているでしょう?」
そのことばにしのぶがむっとした。
「不死川さんを悪く言わないであげてください。」
「今後の状況によるわ。で、覚えているわね?」
「……確か、血を吐いたり傷が開いたりしてましたね……というと」
そこでりんねが指を弾いた時のような音を出した。
「そう。多分思い当たったのだろうけど、私とだまりの自動治癒は
その言葉に香が目を逸らした。
「だから、表面だけ見れば治っているようでも本当は治っていないわ。言ってしまえば今現在治しているのよ。とりあえず今は自然治癒力を高める薬を使いながら時間が経つのを待っているの。もうそろそろ治っててもいいころだけれど。」
そうりんねは呟いた。
「…それでは、あなたは完治したのなら香さんから離れるのですか?」
「…いいえ?香の身体から離れることの方が多くなるかもだけれど、香の側からは離れるつもりはないわよ?……私も、香と目的は一緒だもの。」
「…そうですか。」
その後りんねが影に沈んだ後、しのぶが鬼に関係する事の検査をしたが結局何の異常もなかった。
「ふむ……少し興味深いですね。とはいえ異常はないです。もう大丈夫です、服を着て部屋の外に出ていていいですよ。」
香はそう言われ、服を直し、日輪刀と斬想鬼を持って部屋の外へと出た。
「仁君、どうぞ。」
入れ替わるように仁が入っていく。部屋の外の廊下では香、玉藻、少女の三人になった。
「…そういえば、あなたの名前は何というのですか?」
思いついたように香が少女に名前を聞いた。
「…アオイ……“神崎 アオイ”です」
「アオイさん、ですね。分かりました。」
そこから先に会話はなく、仁が出てきた後は錦糸綺糸屋勢全員を連れて帰宅することが許された。
「なんだよ!!俺へのあてつけかよ!?」
花と鈴に抱き着かれている仁と香を見かけて善逸がそう叫んでいたというのは気にしない方がいいのである。
「あ、香さん、仁君?少し経ったら鎹鴉の方から連絡あると思いますからお願いしますね?」
「「??」」
しのぶが最後に何かを言っていたが、仁と香は理解ができなかった。
ちなみに途中にあった英文は全てgoogle翻訳先生に頼りました。