朝日が昇り、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
目を開け横を見ると、何とも可愛らしい女の子が眠っている。
頬を触るとくすぐったいのか手を退けてくる、この仕草すら愛おしい。
髪の毛を触るとサラサラと手から落ちていく、微かにシャンプーの香りもする。
そしてそのまま目覚めのキスをしようと近付き、そのまま唇に「この変態ー!」…そのまま顔面にパンチを貰う。
痛い、パンチは鼻にクリーンヒットしポタポタと鼻血が垂れる。
「最ッ低!寝込みを襲うとか信じられない!したければもっと雰囲気ってものがあるじゃない…」ゴニョゴニョ
別に彼女の寝巻きがはだけていた訳でもないが、それでもごもっともだなと納得する。
だって可愛いんだもの、可愛いものを愛でる気持ちに罪はあるのだろうか?否、無い。
だから自分が起こした行動は罪に「んん?」ごめんなさい罪です私が悪いです。
ちなみに自分のベッドに彼女が勝手に入ってきてた訳で、自分が勝手に入った訳では…
こんなやり取りをしてるが実は付き合っていない、というか付き合えない。
理由は簡単、彼女は姪なのだ。
周りの目が厳しいのだ、それに彼女の親がおそらく許さないだろう。
自分が愛でているのも姪が可愛いっていう理由だ、恋愛的な感情は出さないようにしている。
彼女は桜もち、兄貴の娘で大事に育てられたそう。
何で一緒に居るかは、彼女が一人暮らしをしたがってたらしく、だが兄貴達は猛反対、だったら一人暮らししている自分のとこに住んで一度様子を見ようとなったらしい。
自分としては嬉しかったが、彼女は何か微妙な顔だった。
初めて自分の住むアパートに来た日なんてモジモジしていて、何かあったのか聞いても「うっさい!アンタには関係無いでしょ!」なんて言われて軽く凹んだ。乙女心ワカラナイ…
今日でもちちゃんがアパートに来てから丁度1年半、何か中途半端じゃないか?とか思うだろうが、ジャストでそういう日なのだから別に構わないだろう。
普段料理はもちちゃんに任せており、自分は洗濯や他の家事をやっているが今日は全て自分がやる。
洗濯も自分がやっているが、もちちゃんの洗濯物を扱う時は毎回ジト目を向けられる。
最初なんて「変態」なんて言われて困惑したものだ、それでも時間が経つにつれて罵倒は少しずつ減っていった。
まぁ、朝のような事は減らないが。
食事だけもちちゃんに任せてるのは、自分の食生活が壊滅的だったからだろう。
もちちゃんが来てからの1週間、全て外食だったりスーパーで買ったお惣菜のみだった。
恥ずかしながら、料理が出来ない。
別に自分一人だけで住んでいるのだから、出来なくても良いやと思っていた。
だから今はちょっと後悔している。
だがしかし、今日は自分が作るのだ。
もちちゃんの手を一切煩わせない、だって今日はもちちゃんが主役だから。
そう、今日は[もちちゃんの誕生日]なのだ。
手料理といっても、どんなに頑張っても自分は凝った物が作れない、だからそれなりに簡単な料理しか作れないが、喜んで貰えるように頑張ろうと思う。
まず欠かせないのはケーキ、この日の為に商店街で材料を買いまくったものだ…
後はポテトサラダやミネストローネくらいだろうか、他は流石にスーパーのお惣菜になってしまう。
なんとかケーキは出来たが、あまりにも不格好過ぎる。
流石に怒られそうな気がする、せっかくの誕生日ケーキなのに形が悪いから。
いっその事また材料を買って作り直すか…
「全然悪くないよ」
後ろを振り返るともちちゃんが居た、一応出来るまではこっちに来ない約束をしていたのだが…
時計を見ると既に17時、かなりの時間を使って作っていたからなのか我慢出来ずに来てしまったようだ。
ごめんねもちちゃん、これは自分が食べるからもちちゃんには形が良いケーキ屋のケーキを
「これが良い、このケーキが食べたいの」
もちちゃんは人差し指でケーキをすくい、食べる。
「美味しい」
ただ一言、はにかみながらもちちゃんは呟いた。
先につまみ食いされてしまったので順序が完全に逆になってしまったが、先にケーキを2人で食べる。
うん、形は変だが味は大丈夫そうだ。
お世辞じゃなくて良かったと内心ホッとした。
「ねぇ、一緒に行きたい所があるんだけど」
ケーキを食べ終えお茶を飲んでいるともちちゃんから出掛けたいと提案が出た。
何処に行きたいのだろうか?場所を聞いても「良いから着いてきて」としか言われなかった。
ケーキは食べちゃったけど、まだ他に料理があるんだが…
もちちゃんの後をついて行くとそこは、近場の公園だった。
もちちゃんが小さい時によく遊んだ公園、あの頃より子供の人口が減ってしまっている為、少し寂しくなっている。
何でこの公園にもちちゃんは来たのだろうか?
もちちゃんは振り向くと「今日だけだから」と言って自分の胸に飛び込んできた。
自分は急な事でドキドキしていた、あの全然デレないもちちゃんがこんな行動を取るのは珍しいから。
何かのドッキリとか、誰かの策略かとか思うくらいだ。
「叔父さんはさ、もちの事好き?」
唐突に何言い出すんだこの子は…!?
その質問の真意がどうなのか分からないが、自分はもちちゃんの事好きだよ。
兄貴の子だし、何度も兄貴の家に行った時に遊んだし。
「それは、家族愛に近い好きだよね?」
…?まぁそうなんだけど何でそんな事言うのだろうか?
「もちが言いたいのは…
もちの事異性として好きかって事よ!」
………はっ!今何を言われたか一瞬理解出来なかった。
もちちゃんが異性として好きか…?
そんなの好きに決まってる、でもそれを抑えながら接している、兄貴の子だから、本当に好きだから気持ちを押し殺して接している。
もちちゃんにはもっと素敵な人と出会えるだろうから、自分より良い人がきっと出てくるから。
だから自分はもちちゃんには「家族として好きだよ」と告げた。
自分を偽りながら言うのは辛かった、それでも…それが一番だと思ったから。
「…そう、じゃあ今からする事は家族としてって認識で良いから」
それはどういう意味なのだろうか、そんな事を考えていたら唇に柔らかい感触があった。
それをキスと認識するまでの時間は20秒程かかった。
「…流石に家族としての認識じゃ、無理なのかな」
顔を逸らしながらもちちゃんは呟く、家族としてといっても、それで唇にキスはあるのだろうか…?
おそらくあるとは思うが、自分はそういう認識には中々なれない。
「ねぇ、もう1回だけ聞くね?もちの事異性として好き…?」
…本当は大好きと伝えたい、愛してると伝えたい。
それでも…この感情を押し殺さなければならないんだ…
「自分は、もちちゃんの事家族として「正直に言って」…だからね?」
「家族として好きなら、寝ている時にキスしようとしないもん」
今朝の事か…そこに関しては否定出来ないが…
「本当はもちの事好きなんじゃ…ないの…?異性として」
もちちゃんの目がジッと自分を見つめる、自分は少しずつ後退りし、それをもちちゃんが詰め寄ってくる。
とうとう壁際にまで追い込まれてしまう。
「もちは、叔父さんの事大好き、異性として、大好きだよ、子供の頃からずっと」
「自分より、もっと良い人がきっと現れる。それに、自分ともちちゃんは、例え好きでも結婚は出来ないんだ。
だから自分の事は諦めて欲しい、気持ちはとても嬉しかったよ」
自分はもちちゃんを受け入れられない、だからせめて、抱き締めながら、言葉を紡いだ。
「ばか…叔父さんが否定しても、もちは知ってるんだから…ずっと知ってるんだから…!」
その後アパートに帰ったが、食事も無言になった。
食後に「今日は先にお風呂入っていいから」ともちちゃんに言われたので、お言葉に甘えて先に入ることにした。
皿洗いはもちちゃんがしてくれるらしい、誕生日なのだからしなくても良かったのだが…
とりあえず先にお風呂に入る、温度は39℃とちょっとぬるめにしてある。
今日のもちちゃんは何か変だった、何かを焦ってるようにも見えたけど、多分気のせいだろう。
とにかく上がってからもなるべく普通に接していこう、半ば両想いだったけど、それは叶わぬ恋なのだ。
そろそろ上がろうかと湯船から出ると突然風呂場のドアが開いた。
「…入るわよ」
もちちゃん!?咄嗟の事で湯船に飛び込み背を向ける、今まで一度もこんな事は無かった、本当に今日はおかしいぞ…?
「何よ?家族なんだから平気でしょ?」
平気と言われても一応は従妹なんですよね、自分も男だからドキドキするんですが。
アパートの風呂場は狭い為、他に人が入ると出るのは困難になる。
これは…嵌められた…?
「ねぇ、背中…流して欲しいんだけど」
何故自分がやらないといけないのか?
聞こうとしたら「今日は誕生日だし、良いでしょ?」と、先に言われてしまい、先の事もあって強く断れなかった。
「明日ね、家に帰るの、パパが帰って来いって」
背中を洗っているともちちゃんが呟く、そうか、帰るのか…寂しくなるな。
「止めないの?」
止めると言われても、兄貴が帰って来いって言うのだから自分に止める権利は無いだろう。
もちちゃんが成人しているとはいえ、やっぱり親は子を心配するもんなんだよ。
自分が親だったとしても、そうなるし。
「そう…そっか」
それっきりもちちゃんは話さなくなった、湯船に浸からずそのまま出ようとするので、入らないか聞くと「後でまた入るから大丈夫」と言われた。
自分も程なくして湯船から上がる、長時間入ってしまった為足が少しふやけていた。
風呂から出て1時間後、もちちゃんが再度風呂場に向かった。
自分は寝室のシーツ等を交換していた。
これをやるのも、今日で最後なんだと思うと少し寂しくなる。
兄貴はもちちゃんの一人暮らしを認めてくれるだろうか?
料理はそつなくこなしていたから何となく大丈夫な気はするのだが。
30分くらい経った後、もちちゃんが風呂場から出て来た。
微かに甘い香りがして、鼻腔をくすぐる。
「ねぇ叔父さん」
ん?何だろうか?
「今日一緒に寝たいんだけど、良い?」
今まで許可すら取らずに勝手にベッドに入っていたのに今日は許可取りか、最後だからもちちゃんも寂しいのかな、自分は大丈夫だよ。
「ん、ありがと」
先にベッドの中に入り、もちちゃんが来るのを待つ。
数分後にドアが開き、もちちゃんが入ってくる。
モコモコのピンクのパーカーだが、通気性が良いらしい…?
「お、お待たせ」
部屋を暗くしてるからあまり見えないが、うっすら顔が赤いような気もする。
「もうちょっとそっち寄って?入れない」
元々あまり大きくないベッド、2人で寝るにも割とギリギリなのだが…
「んっ…温かい、叔父さんが最初に入ってたからかな。
それに、いい匂いするかも」
割とおっさんな匂いなんだけど…ちょっとむず痒いな。
というかピッタリ密着されてるからドキドキする、もちちゃんの体温が後ろから感じる。
「叔父さん、今日もちが寝たら、朝したかった事とかしても良いよ。
今日だけは、何も言わないし止めないから」
あの、もちちゃん…自分をもっと大事にして欲しいな、確かに好きだけどさ…そこまでしたら本当に兄貴にぶっ飛ばされるじゃ済まなくなる。
「おやすみなさい、今までありがとう、叔父さん」
そのままもちちゃんは寝てしまった、振り向くと安心しきった顔で寝ている。
自分はこのまま寝るか、それともベッドを譲って地べたで寝るか…
と思ったが、身体が痛くなるから止めか…
でも、こんな自分を好きになってくれてありがとうって思う自分が居るんだ。
兄貴によってうちに来た時も、内心凄い嬉しかった反面、自分の料理下手を恨んだよね。
だから何時も美味しいご飯を作ってくれて、ありがとう。
今日寝起きでしようとしたのは、気の迷い…かな…好きが抑えられなかった、って言ったら、怒るかな。
あのままもし、もちちゃんが止めなかったら本当にキスしてたかもしれないね。
もしかしたらそのまま歯止めが効かなくなってたかもしれない。
まぁ、たらればだけどね。
だから、唇にはキスしないよ。
もちちゃんから公園でされちゃったけど、自分からはしないよ。
自分からしちゃったら…ううん、これ以上は言わないでおくね。
でも、許されるなら…
自分は、もちちゃんの頬にキスをした。
おやすみ、もちちゃん。
大好きで、愛しいもちちゃん。
目覚めると、もちちゃんはもう居なかった。
机には書き置きがあった。
「やっぱりもちの事好きだったんじゃん、叔父さんのばか」
それだけ、書いてあった。
もうあの温もりはそこには無い、また今日から一人だ。
寂しいけど、また自立しなければいけない。
もちちゃんは一人暮らし出来るだろうか、兄貴達に反対されないだろうか?
そこに関しては協力出来ない、ここから先はもちちゃん自身が、頑張らないといけない。
いつものように洗濯を終え、買い出しに行く。
商店街で買い物をしてる時「いつもより買う量少ないね、どうしたん?」なんて聞かれて、苦笑いするしかなかった。
アパートに帰る、一人分の食事を作る。
一人はやはり寂しい、早く慣れなければ。
そういえば、もちちゃんにおめでとうって言えなかった。
食べるのに夢中になれるだったり、その後の出来事ですっかりだった。
ちゃんと言いたかったな…
一人暮らしに戻ってから1ヶ月、料理もほんの少しずつだが、上手くなってきた気がする。
3日前なんか肉じゃがを作った、ちょっと火が通りにくかったかもだが、まぁ体調崩さなければ良いだろう、ダメなら胃腸薬飲んで次頑張る。
あれからもちちゃんから何も連絡は無い、便りがないのは良い便り、という言葉もあるからおそらくは…大丈夫なのだろう。
今日も夕飯の支度をする、今日はどうしようか?とりあえず味噌汁を作ろうか。
具材を切っているとチャイムが鳴る、こんな時間に誰だろうか?
ドアを開けたらそこには、1ヶ月前までずっと一緒に居た、大好きで、愛おしいあの子が居た。
「こんばんは、今日から隣に越してきました、桜もちです。なんちゃって」
もちちゃんは兄貴達からお許しを得て、一人暮らしする事になった。
だが近くのアパートが空いてなかったらしく、結局また自分の住むアパートになったらしい。
でも今度はもちちゃんが一人で部屋を借りている、同棲では無い。
同棲では無いが、同棲になりそうな気がする、何故なら…
「じゃあ叔父さん、一緒にご飯作ろ?」
結婚は出来ないし、バレたら確実に兄貴にこの場では言えないような事をされるだろう。
それでも今は、この幸せを噛み締めていきたい。
そうだ、もちちゃんに言い忘れてた事があったんだよ。
聞いてくれるかい?
「何よ?」
「お誕生日おめでとう、もちちゃん」
この時の笑顔はきっと、忘れる事は無いだろう。
願わくばこの幸せが、一日でも長く続きますように。