扉の向こうの   作:招代

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やりたいことが2つ以上あると、
別にやりたくないことをしてしまう。

どっちのやりたいことをするのか考えるのが面倒になってしまうのです。

それはそれとして29話です。



第29話 知らなくてもいいこと

平成26年2月3日15:20

 まだまだ寒い2月。

 溜井と部室に行くと、向こうの扉に『外出中』の張り紙が貼ってあるのが見える。最近はなかったから久しぶりだな。

「吹田さんは出かけているのですね」

「うん。今回はアルプス山脈に雪男を探しにねー」

「ヒマラヤじゃないんですから……」

 言いながら、溜井と共にいつもの位置へと座る。そして俺はゲームを取り出して机の上へと置き、溜井は勉強道具を出して置いた。

 ……相変わらず勉強熱心な奴だな。

「ですが、この時期に1人で登っても大丈夫なのですか?」

「廉都なら大体の事は大丈夫だよ。それこそチートな妖怪でも出てくれば別だろうけど」

「まーねー。でも何時だって最悪の場合の想定はしてるから、逃げるだけならへーきへーき」

「そうなのですか」

 溜井の心配をよそに、2人はそれぞれいつも通りの事をしている。

 ……今さらだけどこの人たち、吹田さんの事を信頼しすぎだよな。のんきすぎる。一般的に「冬の雪山に1人で行く」と言うのは自殺行為に近いのだが……一般人ではないから、一般的なことは当てはまらないけれど。

 むしろ「こんなこともあろうかと」とか言ってどんな状況でも打破してしまいそうでもあるけれど……けれど、やっぱりおかしいよなぁ……非常識だ。

 

「まぁ吹田にとって一番大事なのは興味だから、その辺の事は自分自身で一番よく分かってるよ。自分の興味の障害になるような真似はしないからね」

「そうじゃなかったら、毎回毎回律儀に許可とかを取るような真似なんてしないわよねー」

 いや、そうじゃなくてもルールは守ってくださいよ。マナーに関してはどうこう言うべきものではないけど、ルールは守ってくれ。マジで。

 ……何てことを言ったところで無意味なんだろうから言わないけど。

「なるほど。つまりマナーやルールを守るのは『他人に迷惑をかけるから』ではなく、『他人に迷惑をかけることで自分の興味への障害になる』という事を避ける為なのですね」

「そーゆーことっ」

「何と言うか……何とも言えない理由ですね」

「まー、レンはこうでなきゃねー」

 笑顔でそういう船井さん。

 確かに、その人らしさと言うのは大事なことだとは思う。それが無かったら世の中は無個性だらけになって、とたんに山も谷も刺激も無くなり価値の無いものへと成り下がるのだろう。平和はいいことかもしれないが、平凡はつまらない。

 しかしすべての人間に個性があり過ぎるのも困る。尖った人間ばかりでは衝突は免れないし、人類の寿命が縮みそうだ。正しく同族嫌悪……まぁ、もしかしたら尖ったものが並び連なって平地になる可能性も無いわけじゃないけど、どちらにしてもそんな世の中は疲れる。

 要するにどういう事かと言えば、どっちかが多すぎても少なすぎても駄目なのだ。何事もバランスが大事。もちろん全ての人間がどっちかに極振りと言う訳ではないが、完璧に中間と言う人間は稀だろう。必ずどちらかに寄っているのだ。

 それらを考えるとこの部室の人間は個性寄りが多すぎる。それでも衝突が無いのでまだ良いのだが……疲れることには違いない。誰か一人くらい無個性寄り、もしくは微個性な人が欲しいところだ。

 

 そんな人間がいないことは分かりつつも辺りを見回すと、ふと違和感を覚えた。それが何かと考え、すぐに気づく。

「そう言えば菅さんがいないな」

「……今知ったの?」

 ……呆れられてしまった。でも仕方がない。事実だし。

 あの人は基本が無害で無口で、いつもイヤホンをして本を読んでいるだけだから存在感が薄いんだよな。今回もだが、たまにいることを忘れてしまう。

「今いないことに気付いたからな」

「いえ、そうではなくて……菅さんや大体の3年生は就職・進学が決まっているから、学校に来る必要がないのよ」

「……ああ、だから今日は少し人が少ないのか」

「そういうこと」

 そう言えば確かに、今日は少し校舎が静かだったような気がする。人口も少なかったと言われれば、そんな気はするな。

 でも朝のSHRでも特に何も言われてないし、知らない人間は結構いると思うんだけどな……それとも俺が他人に無関心すぎただけか。まぁどうでもいいんだけど。

 

 すると、津出さんはゲームが丁度いいところに来たのか、画面から目を離してこちらを向いた。

「今頃は山奥とかで修行でもしてるんじゃないかな。二次元チックな」

 二次元チックな修行と言うと……つまりアレだな。

「……滝行?」

「それそれ。あと岩を拳で砕いたり木の上を跳んで移動するとか、目隠しした状態で飛んでくるものを避けたりね」

「どれも人間業じゃない……」

「菅さんだからね」

 菅さんだから、何て理由で片付けていいものではない。

 しかし、確かにどれも容易に想像できて納得してしまう。菅さんなら可能なんだろうなぁ……一体何を目指しているのやら。人類最強とか目指してないよな?

「……戦闘職種に就職するわけじゃないんですよね?」

「製造関係って言ってたし、力仕事くらいじゃないかな?」

「じゃぁ趣味ですか」

「だね」

「ですかぁ……」

 ……まぁ、規模のでかい筋トレマニアみたいなもんか。鍛えることが目的の人っているしな。そう思う事にしよう。今さらではあるけど。

 

「でも意外でした。菅先輩が株式会社ULに就職するというのは。力仕事があるとは言え、もっと身体能力を生かした仕事に就くのではと思っていましたから」

 俺と津出さんの会話が終わったところに、今度は溜井が話し始める。

 ……確かに意外ではあるが、それはあくまでも人の勝手だろう。あまり考えるべきところではない。それに個人的には、

「そもそもULに入社できたことが驚きなんですが……あそこって高校生で入れるんですね」

 こっちの方が意外である。

「確かにその方が驚きだよね。本人は『スカウトされた』って言ってたけど」

「スカウトだったのですか?」

「うん。去年……と言うか一昨年の文化祭でされたんだって」

 あそこってスカウト方式だったのか……でもどうして菅さんだったんだろう。文化祭で何か特別なことをやっていてそれが目に留まったとか、成績が実は良かったとかだろうか。

「んなこともあるんですね。菅さんって成績とかよかったんですか?」

「いえ、菅先輩の成績は平均70点前後で良くも悪くもなかったはずよ」

「なんでお前が知ってんだよ……」

「前に聞いたことがあるのよ」

「……あっそう」

 普通そんなことを聞くか? とも思うけど、まぁいい。

 そんな事よりも、とりあえずはその話が本当なら成績は関係なかったということだ。

 ともすればまさか武力を買われてスカウト……なんて、そんなことはないか。聞いたこともない会社名ならともかく、ULは有名どころだしな。暗部はあっても、そこに関わる人間をこんな普通の高校でスカウトしたりしないだろう……スカウトした人間は普通ではなかったわけだけど。

 ……でも菅さんは身体能力が高いし口も堅そうだから、スパイとか暗躍とかそういうのに向いていそうではあるけどな。凄腕になれそう……

「……」

 駄目だ。考えれば考えるほどそうなんじゃないかと思えてしまう。ありえないだろとは思いつつも、思考はどんどん怪しい方向へ――――

 

「そーだ。菅さんと言えば」

 ――――行きかけたが、手を叩いて言った船井さんの言葉に現実へと思考が戻される。

 ……助かった。あのままいってたらかなりの時間を無駄にするところだった。考えたところでわかるわけもないし、キリがないからな。

「本棚にある菅さんの本、欲しいのあったらあげるってー」

「いいのですか!?」

 目を輝かせて尋ねる溜井。

 溜井がここまで反応するということは、何か探偵ものの小説とかあったんだろうか? 全部を見たわけじゃないから俺には分からないけど、数はあるからあってもおかしくはない。

「うん。そう言ってたよー」

「でしたら、お言葉に甘えさせてもらいます。いつまでに見繕っておけばよろしいでしょうか?」

「んー、いつまでにしたほうがいいかなー? シュン」

「確か今週末に一度部室に来るって言ってたから、その時までに選んでおけばいいんじゃないかな」

「分かりました。ではそれまでに選んでおきます」

 ……ふむ。俺もいくらか貰っておこう。いくつか読んでみたいのもあるし、面白かったのもあるからな。貰えるというのならありがたく貰っておこう。

 いやー……菅さん太っ腹だな。買ったものをタダで人にあげるとか、よほどいらないものでないと俺にはできない。いや、俺の場合はよほどいらないものを買うこともないから、そんなことは今までにないけどさ。

 だっていらないものを買うってことは金の無駄ってことだし、そんなことをするはずがない。そもそもバイトをやってるわけでもないから、金に余裕があるわけじゃないしな……やっていても無駄遣いなんてしないだろうけど。

 

 そんなことを考えつつ、どうやら話が一通り終わったようなのでゲームを開始するためにイヤホンを装着する。

 こうして、この日は吹田さんが帰ってくることもなく平穏なままに終わった。

 

 

平成26年2月3日18:05

「……そういや俺、1回も菅さんの声聞いたことないな」

 帰り道。

 薄暗い中を歩きながら今日の事を思い出していると、そんなことに気付いた。

 一年近く同じ部活にいたのに結局一度も声を聞いていない。しかし他の人たちは声を聞いたことがあるという。これは一体どういうことなのか……船井さんとか曰く「話しかければ普通に答えてくれる」らしいのだが。

「……あぁ」

 そういえば話しかけたことってほとんどないな。あったとしてもYESかNOで答えられるものなので、頷くか首を振るだけで事足りてしまう。

 俺も自分から会話をするようなことはほとんどないが、菅さんはほとんどどころか全く無いし。

 ……それじゃぁ声を聞いたことがないのも仕方がないな。互いにこんなんでは自然に会話が発生することがまずあり得ない。しかも何故か、周りの人たちは俺がいないときに限って話しかけている模様。俺のいる時にしてくれりゃいいのにな……話しかけない俺が言うことではないけれど。

 

 このままでは一度も声を聞かずに菅さんが卒業してしまいそうだな……とは思いつつも、

「……まぁ、いいか」

 そう結論付ける。

 今週末に来るって言ってたし、もしかしたらその時に声を聞けるかもしれない。仮に聞けなくても何か不都合が生じるわけでもない。

 ……だったら別にいいだろ。話すこともないのに話しかけるのも面倒だし、これでまさかの超特徴的な声とかだったら、それこそ後々に影響を及ぼしてしまうかもしれない。

 知らぬが仏とも言うしな。知らなくてもいいことをわざわざ知る必要もない。それこそ非現実の数々何て知らなければ、どれほど気持ちを楽に高校生活を過ごせたのか……いまさら考えてもどうしようもないけど思うところはある。

「……」

 いや、別に知らないほうがよかったというわけではない。例えを間違えた。

 きっと知らないままなら俺の高校生活は中学同様につまらないものだったのだろう。その分、平穏ではありそうだが……こういうのは比べるものではない。するだけ不毛というものだ。

 ……そうだな。例えるなら細菌とかを可視化するやつとか、布団や枕に潜むノミやダニとか、陰湿な陰口とかな。そういうのは知らないほうが幸せだろうよ。

「――って」

 別にムロさんの声がそんな低俗なレベルだとまでは思っていない。あくまでも例えだからな? 深い意味なんてないのだ。

 ……兎に角っ! 別に知らなくても問題ないことを、わざわざ知ろうとすることもない。知らなくても人生に支障をきたすわけじゃないんだから。

「うん……」

 結論は出た。

 菅さんの声に関しては自然の流れに任せよう。それでいい。それでいいんだ。

 

 

 ――――こうして、俺は菅さんの声を聞かぬままに今週末を終えることになる。部室に菅さんが来ることはもうないだろうから、俺が菅さんの声を聞く機会は金輪際ないのだろう。

 でもそれでいい。なぜならこれで、俺の中の菅さんのイメージが変わることなく別れが終わったのだから。「無口な人だった」と、いつか思い返す日も来るのだろう。

 土壇場で喋られて印象を変えられても思い出し辛くなるだけだ。だからこれでいい。

 

 菅さんは、俺の中に無音声で在り続けるのだ。俺が覚えている限り、いつまでも。

 

 

 

 ……なんて、何アホみたいな台詞をのたまっているんだかな。

 

 

 

第29話 知らなくてもいいこと 完。




どうしたものかなぁとは思うけど、
どうすりゃいいかなとも思う。

今更だけど時間の表示とかどうしてこんなことしたのかなとか。
せめてするにしても話の最初の方だけとかにするべきだったか。
いやでもこうしないと自分で時間軸が分からなくなるし……。

……やった以上はやりきるべきなのでしょうがね。
このくらいのことは。

ではまた次回。
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