大魔王ゾーマ「バーバラを何とかしてやれ、ルビス」   作:Amur

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マスタードラゴンの憂鬱

【天空城】

 

 その名の通り、遥か天空より世界を見守る城。

 

 そこに普段は海底城にいる精霊ルビスが訪問していた。

 ある者との会談のため、訪れたらしい。

 

 その相手とは天空城の城主。

 天に居ながら世界の全てを知ることができる竜神――マスタードラゴンである。

 

「久しいな、ルビス。そなたが天空城まで来るとは珍しい」

 

「お久しぶりです、マスタードラゴン。どうやら、時代の節目のようなのでお邪魔することにしました」

 

「耳が早いな。そなたの言う通り、新たなる『闇』の脅威は打ち払われた。勇者をはじめとする導かれし者たちのおかげでな」

 

 竜神の声は心なしか弾んでいた。

 世界を統べる者として、頭の痛い問題が解決してホッとしているのだろう。

 

「まさか交わりを禁じた天空人と地上人の子が世界を救うとはな。分からぬものだ」

 

「他人事みたいに言っていますが、禁じたのはあなたでしょう? それにその子――勇者ソロの母親は天空城に連れ戻され、父親は死んだと聞きました。直接手を下したのですか?」

 

「……父親の死は私の意図したことではない。警告は与えても、命まで奪うつもりはなかった」

 

「事故だったと? 下手をすれば勇者に斬られていたのでは?」

 

「そうだな……。そうなる可能性もあっただろう」

 

 竜の神は素直に認める。

 大人しく斬られるわけにはいかないが、仮に勇者がそのような行為に及んだとしても、ある程度はやむを得ないと考えていたようだ。

 

「地獄の帝王エスタークは永き眠りにつき、魔族の王デスピサロは人類殲滅計画を撤回。これで当面の間、世界は平和でしょう」

 

「うむ」

 

「そういえば、その者たち以外にエビルプリーストという巨悪がいると聞きましたが」

 

「ああ。あやつはごく最近になって台頭した魔族だ。海底城にいるそなたがよく知っているな」

 

「旦那の関係で少しね」

 

「旦那……そうか、すべてを滅ぼす者。まさか精霊ルビスともあろう者が、かの大魔王ゾーマと――」

 

「私たち夫婦に何か問題でも?」

 

「い、いや……それは……(あんな超ド級に危ないやつと夫婦になるなと言うべきか? しかし、それを言ったら間違いなく激怒するな。私はどうするべきか……)」

 

 黙り込むマスタードラゴンにルビスは話題を変える。

 

「しかし、世界を救った勇者ソロに何のお返しもしていないのではないですか?」

 

「この城で暮らさないかと提案はしたが、断られたよ」

 

「地上生まれの勇者からすれば、天空城は故郷でも何でもないですからね。まさかそれが勇者への礼のつもりだったのですか?」

 

「む……」

 

 言葉に詰まるマスタードラゴン。

 否定しないところを見ると、それが礼になると考えていたようだ。

 やはり、竜の神と下界の者とは意識にズレがある。

 

「はあ……何とかしてあげてください。世界を救った勇者には帰るべき故郷もないのですよ」

 

「……そなたの言う通りだ。だが、あまり地上に干渉し過ぎると、その揺り返しが恐ろしい。どうすべきか頭を悩ませている」

 

「ふふ……」

 

「? どうした、ルビス」

 

「懐かしいですね。私も以前、そんなセリフを言いましたよ」

 

「ほお?」

 

「その時は実際にとてつもない災厄が目覚め、世界が終わるほどの危機となりました」

 

「……」

 

「しかし、あの人は自信に満ち溢れた態度を崩さずに、それを何とかしてくれましたよ」

 

 とても勇ましい姿でした、と当時の大魔王(ゾーマ)を思い出してうっとりする精霊ルビス。

 

 反応に困るマスタードラゴンだが、おそらくこれが惚気というやつなんだろうなあ、と思いながら話を続ける。

 

「世界のバランスを崩すと、せっかく眠りについた地獄の帝王が目覚めかねん。勇者への恩義は忘れぬが、結論を急がずにじっくり考えるとしよう」

 

 世界の統治者として慎重な意見を出す竜神だが、それに対してルビスは衝撃的な発言をする。

 

「考えるのはよいですが、あんまり動かないなら、次はゾーマと一緒にここに来ますよ」

 

「大魔王をここに!??」

 

 デスパレスでの一幕を思い出して震えだす竜の神。

 

「……ルビスよ、知っているか。下界ではそれは“パワハラ”と呼ばれるものだぞ」

 

「パワハラですか。聞かない言葉ですね」

 

 ルビスはにっこり微笑んだ。

 

 

ーーーー

 

 

 そのころ、噂の大魔王ゾーマはルビスの城で来客と談笑していた。

 

「タマゴはしょせん、ニワトリには敵わんぞっ。ニワトリがいなければタマゴは生まれんのだからなっ!」

 

 ニワトリのトサカのような真っ赤なモヒカンをした大男がわめいている。

 

「あほか、お前は!? よく考えろ! そのニワトリこそタマゴから生まれるだろうが ! これこそタマゴの方が偉いという証だ!」

 

 緑色の頭巾を被ったタマゴ体型の小男が言い返す。

 

「そなたらも飽きんな。常にその話をしているではないか」

 

「ゾーマの旦那。オレたちがオレたちである限り、飽きるってことはないぜ。なあ、エッグラ?」

 

「おうともよ。この果て無き論争こそ、オレたちの存在理由みたいなもんだからな」

 

 見た目にそぐわず、哲学的なことを言う二人。

 

 赤モヒカンがチキーラ。タマゴ頭巾がエッグラ。

 ゾーマが各地をふらついているときに出会った暇人たちだ。

 

「そなたらは魔族のトップに立つという野望はないのか?」

 

「そういうのには興味ないぜ」

 

「チキーラの言う通り。だからオレたちゃ、普段はダンジョンの奥に引きこもってるのさ」

 

「なるほどな。地上に出ることもないのか?」

 

「いや。たまにエンドールって国に行くな。あそこのコロシアムで稼いだら、カジノで散財するってのがいつものパターンだ」

 

「エンドール……」

 

 それはゾーマの友、あらくれが建国した国の名。

 

 

「せっかくだ。皆でその国に行ってみようではないか、コロシアムに興味がある」

 

「へええ。旦那と一緒にコロシアムか。面白そうじゃねえか」

 

 チキーラがゾーマの提案に同意する。

 

「久しぶりに荒稼ぎといくか!」

 

 エッグラもやる気のようだ。

 

 

ーーーー

 

【エンドール】

 

 各国の交易の中心となっている大都市。その繁栄ぶり、豊かさでは世界一とも言われている。

 

 この国では世界が平和になった記念に武術大会が開催されていた。

 前大会と違い、今回は三人一組のチーム戦となる。

 

 優勝チームには何でも願いが一つ叶えられる。

 これはエンドール王の思い付きであり、側近たちが気付いた時には大々的に公表されていた。

 それを聞いて世界各地から腕自慢たちが集結している。

 

「ど、どうするのですか! エンドール王! 何でも願いを叶えるなどと言ってしまって!」

 

 大臣が軽はずみな約束をしたエンドール王に詰め寄っている。

 

「う、うむ……すまぬ」

 

 以前の武術大会でも優勝者と第一王女のモニカ姫を結婚させると勝手に決めて各方面に迷惑をかけたエンドール王。それで懲りたはずだったのだが、世界が平和になって気が緩んでしまったらしい。

 

「もし王位をよこせと言ってきたら、どうされるおつもりですか!?」

 

「それについては安心せよ。今回もアリーナ姫に出てもらうよう依頼したところ、快諾してくれた」

 

「おお! サントハイムのアリーナ姫ですか!」

 

「姫は前回優勝者。しかもかの勇者殿の仲間じゃ。彼女には誰も勝てんじゃろう」

 

「それを聞いて安心しましたよ……」

 

 

 

「ゾーマ、エッグラ、チキーラ。以上の三名だ」

 

「かしこまりました。代表はゾーマ様ですね」

 

 ゾーマと愉快な仲間たちはエンドールにやって来ていた。

 そこで武術大会が開催されると知って、意気揚々と参加を申し込んだ。

 

 ちなみにゾーマは普段の威圧感溢れる姿ではなく、省エネモード(ゾーマズデビル形態)になっている。

 

 

ーーーー

 

 

「ひょおおおおおおおお!」

 

 エッグラの輝く息が吹き荒れる。

 対戦相手は何も出来ずに全員凍りついてしまった。

 

「ちっ、オレの出番はなしか」

 

『決まったー! ブレス攻撃でボンモール戦士団はカチコチに凍りついて動けない! ゾーマ様ご一行が早くも三回戦を勝ち抜きだー! 四回戦の相手はベロリンマン率いる雪男軍団!』

 

 

「なななななんですか、あのタマゴ男は!? ボンモールの戦士たちが手も足も出ないなど……」

 

 貴賓席から試合を観戦する大臣がエッグラの無双ぶりに取り乱す。

 

「大臣は知らんのか? あのタマゴ男はエッグラで、モヒカン男はチキーラ。たまにコロシアムに参戦しては大概、優勝している凄いやつらじゃぞ」

 

 人気のある試合は欠かさずチェックしているエンドール王が教えてくれる。

 

「なにを落ち着いているのですか! そんな凄腕が相手ではアリーナ姫が負ける可能性もあるのですぞ!」

 

「はっ!?」

 

 

「心配ないわよ」

 

 そう声をかけるのは話題のアリーナ姫。

 従者の神官クリフトに魔法使いブライもいる。

 

「エッグラとチキーラの二人は確かに強いけど、前に戦った時は勝ったわよ」

 

「おお! 姫は連中に勝ったことがあるのか! これは安心だ! なあ、大臣」

 

「そうですな! さすがはアリーナ姫です!」

 

 

「やれやれ、エンドールの王も相変わらずじゃな……」

 

「あははは……」

 

 調子の良さに呆れるブライとコメントに困るクリフト。

 

「それより、もう一人いる魔族は誰かしら?」

 

「たしかゾーマという名だったな。わしもコロシアムでは見たことがない」

 

「エンドール王が見たことがないなら、初参加でしょう。魔族の子供が腕試しに参加したといったところですか」

 

「そんなところじゃろうな。しかし、ゾーマという名……どこかで聞いた覚えがあるような」

 

「……」

 

 すでにアリーナが優勝することを疑っていないエンドール王たちだが、本人はじっと試合場を見つめている。その視線の先はベロリンマンたちに無双するエッグラ&チキーラ――ではなく、腕を組んで立っているゾーマだった。

 

「あの小さな魔族が気になりますか? 姫様」

 

「ええ。貴方も何か感じるかしら? ブライ」

 

「そうですな……。わしも耄碌したかもしれません。あの小さな魔族からわし以上の魔力を感じるなど」

 

「ブライ様以上!? そんなバカな……」

 

 ブライの言葉が信じられず取り乱すクリフト。

 

「うふふ。面白くなりそうね」

 

「やれやれ。姫様の悪い癖が始まったわい」

 

 思いがけない強敵の存在に心を震わせるアリーナ。

 それに対してブライはいつものこととため息をこぼしていた。

 

 エンドール王がもう少しご先祖からの言い伝えや文献を読み込んでいれば、思い出せただろう。それがエンドール建国王と知己であった伝説の大魔王の名であることを。

 

 

ーーーー

 

 

 そして武術大会は決勝まで進む――

 

『エンドール武術大会もいよいよ決勝だー! まずは圧倒的な強さで勝ち進んできたゾーマ様ご一行が試合場に姿を現したぞー!』

 

 

「武術大会というから期待したが、わしの出番がないではないか」

 

「そりゃ、ゾーマの旦那が満足するような強者はそうそういねーだろ。オレやエッグラがコロシアムで稼いでる時も手こずるような相手はほとんどいなかったからな」

 

「世界一の大国という割にはこんなものか」

 

 見るからにガッカリ感を出している大魔王に決勝の相手が声をかけてきた。

 

「退屈しているようね。私たちなら少しは楽しませてあげられると思うわ」

 

『もう一組の決勝進出チーム、アリーナ姫率いるサントハイムご一行も試合場に到着だ! アリーナ姫は前回の武術大会優勝者! これは素晴らしい決勝を見ることが出来そうだぞー!』

 

 

 わあああああああああ!

 

 大歓声に揺れるコロシアム。

 

 

「久しぶりだな、姫さんたち」

 

「そうね。まさかこんなところで会うなんて思わなかったわ、エッグラ」

 

「オレとチキーラはたまにここで稼いでカジノで遊んでいるからな」

 

「お主らほどの上位魔族がそんなことをしていたのか……」

 

 二人のまさかの趣味に呆れるブライ。

 

「マーニャさんと気が合いそうですね」

 

「踊り子の姉さんとはたまにカジノで会うぞ」

 

「ああ、やはりそうですか……」

 

 モンバーバラの姉妹(姉)は平常運転だ。

 

「そちらのゾーマさんとは初対面ね」

 

「うむ。そなたらのことは聞いている。サントハイム国の一行で勇者の仲間だな」

 

「ええ、そうよ」

 

「おい、姫さんよ。ゾーマの旦那はオレたちより強い。最初から全力でやった方がいいぜ」

 

 チキーラが親切にも忠告してくれる。

 

「ええ!? 貴方がたより強い!? 冗談でしょう!」

 

 流石に信じられないとばかりに神官が取り乱す。

 

「……ふふふ。ご忠告ありがとう。もっとも、最初からそのつもりだけどね」

 

 アリーナは静かだが獰猛な笑みを浮かべている。

 クリフトは愛しの姫様のそんな顔に怯えつつも見とれている。

 

 

 各々、開始位置まで移動して構えを取る。

 戦闘態勢に移行したことで、無駄口を叩く者はいなくなった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

『それではエンドール武術大会、決勝戦はじめーーー!!!』

 

 

 ドンッ!

 

 開始の合図と共にアリーナが先制攻撃を仕掛ける。

 猛烈な速度でゾーマに迫っていく。

 

 対する大魔王が右手を軽く前へと振ると、無数の氷柱が降り注ぐ。

 お得意の冷却呪文が世界一の武闘家を迎撃する。

 

「ぶんしんけん!」

 

 アリーナの両脇に二体の分身が現れる。

 

「――からの、ばくれつけん!」

 

 三人のアリーナによるばくれつけんが氷柱を粉砕する。

 高速で動くことにより残像が見える――わけではなく、どういう原理かは不明だが、明らかに二人分の手数が増えている。

 

「かまいたち!」

 

 三本の真空の渦が襲い掛かる。

 それを大魔王は闇属性呪文にて撃ち落とさんとする。

 

「ドルモーア」

 

 巨大な暗黒弾がかまいたちとぶつかり合う。

 真空の渦が爆散し、衝撃波がコロシアムに吹き荒れる。

 

「姫様!」

 

 アリーナの援護に行こうとするクリフトとブライだが、そこにモヒカンとタマゴが立ち塞がる。

 

「ゾーマの旦那は姫さんとの戦いをお望みだ。お前たちはオレとエッグラが相手してやるよ」

 

「くっ……! ブライ様、お気をつけください! この二人には私のザラキが効きません」

 

「そりゃあ最上位の魔族で即死呪文が効くやつはおるまい」

 

 導かれし者たちとはいえ、目の前の魔族は決して気を抜いていい相手ではない。エッグラ&チキーラはそれぞれが魔王級の実力者。アリーナを欠いた二人では時間稼ぎがやっとだろう。

 

 

 ゾーマが吹雪を吐き出す。

 猛烈な冷気は試合場のすべてを覆いつくすほどだ。

 

「はあっ!」

 

 回避行動をとるかと思われたアリーナだが、突如として地面を激しく殴りつけた。

 

 ドオオオオンッ!!!

 

 アリーナの一撃で大地は陥没し、土砂が噴出する。

 盛り上がった土壁が吹雪への盾となる。

 

「あああああああああーーーー!?」

 

 離れて戦っていたクリフト&ブライ、エッグラ&チキーラは地面の崩落や吹雪に巻き込まれる。叫んだのはクリフトかチキーラ、はたまた四人全員か。

 なんとか態勢を整え、エッグラが灼熱の炎で、ブライがマヒャドで吹雪を相殺する。

 もはや試合場は見る影もない。

 

「無茶苦茶だぜ! あの姫さん! コロシアムを壊す気かよ!?」

 

エッグラがアリーナの暴れっぷりに震える。

 

「姫様の好みは自分より強い者じゃったか。もう諦めてはどうじゃ? クリフト」

 

「い、いえ、私は……まだ……!」

 

 ブライが白旗を促すが、姫様大好き神官(ザラキング)はまだ諦めていないようだ。

 

 

「ずいぶんと豪気なやり方だ。さて……む」

 

 土壁程度ではゾーマの吹雪を一瞬、食い止めるだけ。

 しかし、アリーナはその間に空に飛び上がり、回避に成功する。

 そして土煙が視界を妨げる隙に、空から攻撃を仕掛けていた。

 

 だが、ゾーマのサードアイはその動きも捉える。

 

「上空では格好の的だ」

 

 ゾーマの右手に魔力が集中する。

 この世界の呪文体系には存在しない、無属性攻撃呪文だ。

 

「なんじゃあれは!? 呪文なのか……?」

 

 未知の呪文に老魔法使いが驚愕する。

 

 ドオン!

 

 大魔王の右手からサイコキャノンが放たれる。

 

「はあああああああっ!」

 

 あらゆるものを滅ぼす無属性呪文にアリーナは正面から立ち向かい、右拳を振りぬいた。

 

 ズガンッ!

 

 邪神すら怯ませたサイコキャノンをただの拳で撃破する。

 続けて空を蹴り飛ばしてさらに加速、ゾーマへと急降下する。

 

 さしもの大魔王も人間を疑うその光景に一瞬、虚を突かれた。

 瞬きする間もない時間だが、アリーナにはそのわずかの隙で十分だった。

 

 ズガガガンッ!!!

 

「っ!」

 

 世界最強の武闘家の会心の一撃が突き刺さった。

 

 吹き飛んだゾーマはコロシアムの壁に激突する。

 轟音を立てて崩れ落ちる外壁。

 

 当然、観客も巻き込まれて落下しているのだが、傷だらけになりながらも彼らは逃げない。一体、何が観客をそうさせるのか、死を賭してまでこの試合を最後まで見届けようとしていた。

 

 

「おおっ! 姫様あああああ!」

 

「やったか!?」

 

 歓喜するクリフトとやってないフラグを立てるブライ。

 

「まじかよ、あの姫さん!」

 

「ゾーマの旦那をぶっ飛ばせる女が、嫁さん以外でいるとはな……!」

 

 チキーラとエッグラもまさかの光景に驚愕する。

 

 

 コロシアムの端まで吹き飛んだゾーマがアリーナの前まで転移してきた。

 

「むっ……あまり効いていないようね」

 

「いや、たしかに効いたぞ。ふっふっふっふ」

 

「なにがおかしいの」

 

「わしのサイコキャノンがこうも見事に突破されたのはどれぐらいぶりか。ドレアムのやつとの決戦以来かもしれんな」

 

「それは誉めているの?」

 

「無論だ。……ではそなたの強さに敬意を表して、わしも本来の姿で戦おう」

 

 ゾーマが告げると、その全身が渦巻く闇に包まれた。

 

「――っ!?」

 

 天高く伸び、エンドール上空を覆う闇のオーラ。

 それにより真昼の空が夜へと変わった。

 

「な、なんですか、このとてつもない闇のチカラは……!?」

 

 神官であるクリフトは闇に対する反応が一際大きい。

 彼が驚愕している間にも膨大な闇が一点に集中し、異常な空は収束していく。

 

 渦巻く闇が収まると、そこにいたのは一人の魔族。

 見た目は先程の魔族の少年を大人にした感じだが、威圧感が別物だった。

 

 それは闇そのものを身に纏っていた。

 二本の角、額に第三の目、支配と滅びを表す黄金の髑髏ネックレス。

 

 かの者が姿を現すとコロシアム全体が凍てついたように感じる。

 事実、彼の全身から漏れ出す冷気により、周囲の気温は一気に下がった。

 

 

「それがあなたの真の姿……!」

 

「そうだ」

 

 我慢できずにサントハイムの従者二人が騒ぎ立てる。

 

「姫様! 絶対、この相手は普通じゃないですよ!」

 

「ゾーマとやら、何が目的でこの大会に参加した?」

 

 ブライが冷や汗をかきながら問いかける。

 

「ただの暇つぶしだ」

 

「お前さんほどの者がか。この魔力、ただの魔族ではあるまい。もしやピサロとは別の魔界の支配者か?」

 

「そういう立場だった頃は確かにあったがな。今はただの一介の魔族だ。疑うならマスタードラゴンにでも聞いてみろ」

 

「マスタードラゴンに? 知り合いなのか」

 

「あの竜神とはわしの妻が知り合いだ」

 

「絶対に一介の魔族ではないじゃろう……」

 

「今はそんなことどうでもいいわ! それより試合の方が大事よ!」

 

「うむ」

 

 

『おっとー! ここでゾーマ選手が変身だー! それを見てアリーナ選手がますますやる気になった模様! 私のような一般人でもわかるくらいに魔力や闘気の余波を感じます。ハッキリ言って危険、超危険です! しかし、実況として逃げるわけにはいきません!』

 

「そうじゃ! こんな試合はもう二度と見られんかもしれぬぞ!」

 

 不退転の決意を見せる実況に力強く同意するエンドール王。

 

「そんなことを言っている場合ですか! すぐに逃げましょう! コロシアムがもう、もちませんよ!」

 

 大臣が避難を促すが、エンドール王は動かない。

 

「大臣よ。男にはいつか逃げてはいけない日が来る。わしにとっては今日がそれじゃ」

 

「そんな、命を懸けるほどのものなのですか!?」

 

「その通りじゃ。証拠に見よ、観客はほとんど逃げておらんじゃろう。彼らも覚悟を決めておる」

 

 大臣が観客席を見ても9割以上が動かず、試合に見入っている。

 

「王も国民もバカばかりか……!」

 

 大臣は嘆いた。

 

 

 

「はあああああっ!」

 

 アリーナは全身にチカラを溜めた。

 

「テンションアップか」

 

 本来はこの間に妨害するのがセオリーだが、大魔王は悠然と見逃す。

 逆に相手の準備が整うのを待っているようだ。

 

「――いくわよっ!」

 

 発射地点の地面を陥没させ、音速を超えるかの如き速度で飛び出すアリーナ。

 刹那の間にゾーマのもとに辿り着き、渾身の一撃を食らわせる。

 

 ドオオオンッ!

 

 アリーナの右拳が炸裂する。

 衝撃波で大地はえぐれ、天は割れた。

 しかし、大魔王は左手でその攻撃を受け止めている。

 

 闇の衣を纏うゾーマに手を使わせたアリーナを褒めるべきか、アリーナの渾身の一撃を片手で受け止めたゾーマをこそ流石というべきか。

 

 どちらにしろ、アリーナにとっては想定内のこと。

 すぐさま追撃のサマーソルトを放つ。

 

「ドルマ」

 

 ゾーマはノータイムで闇属性呪文を唱える。

 ゼロ距離でアリーナの蹴りと闇弾が激突した。

 それにより発生する衝撃波はゾーマを中心にクレーターを作る。

 

 土煙が晴れたとき、そこには距離を置いて構えるアリーナの姿があった。

 愛用の武闘着はボロボロになっているが、戦意は微塵も衰えていないらしい。

 

「……普通の攻撃ではあなたに通用しそうにないわね」

 

「ほう? ではどうする」

 

「決まっているわ。残ったすべての体力を注ぎ込んだ奥義で勝負よ!」

 

 アリーナは更に全身にチカラを漲らせる。

 言葉通り、限界まで気を高めるつもりのようだ。

 

「面白い。ではわしも冷却呪文の頂を見せよう」

 

 ゾーマも魔力を高めていく。

 興が乗ってきたのか、その顔は凶悪な笑みを浮かべている。

 

 高まる両者の闘気と魔力がコロシアムを激震させる。

 

 

「ゴクリ」

 

 息を呑んだのは魔力感知に長けたブライだったか。

 いずれにせよ、クリフトたち四人はもはや戦っておらず、固唾をのんで両者を見ている状況だ。

 

 

 ドン!!

 

 おてんば姫が宙を跳ぶ。

 

 

「はあああああ! 閃光烈火拳!!!」

 

 アリーナが巨大な気の塊を生み出し、放つ。

 両手で打ち出されたそれは、凄まじい速度で飛翔する。

 

 

「えええええ!? 姫様ああああああ!」

 

「いかん! コロシアムが崩壊するぞ!」

 

 クリフトとブライはあまりの威力に驚愕している。

 

 大地を粉砕しながら閃光烈火拳が迫る。

 それを眺めながら、大魔王は静かに魔力を高めている。

 そして一言、呪文を唱えた。

 

「――マヒャデドス」

 

 それが放たれたとき、すべてが凍てついた。

 

 

 

 

「――はっ!?」

 

 意識を取り戻したアリーナが上体を起こす。

 どうやらここは医務室のベッドの上のようだ。

 

「姫様! 目が覚めたのですね!」

 

 アリーナ命の神官が心配そうに駆け寄ってくる。

 

「クリフト……。そっか、負けちゃったか」

 

「いえ、姫様。それが……優勝は我々ということになりました」

 

「え? どういうこと?」

 

「どうも、我々も含めてコロシアムにいたすべての人が意識を失っていたようでして。目が覚めたときにゾーマさんたちが姿を消していたので、我々が優勝という形になりました」

 

「なによそれ! 納得いかないわ!」

 

「い、いえ。エンドール王としてもせっかくの大会で優勝者なしというわけにはいかなくてですね」

 

「凄まじい魔力の高まりを感じたが、いったいどんな呪文を使ったのじゃろうな。すべての者が意識を失うなど……ラリホーマの拡大版? いや、姫様の奥義すら無力化していた。では、まさか……」

 

 魔法使いのブライはゾーマが最後に何の呪文を使ったのか気になって仕方ないようだ。

 

「やっぱり世界は広いわね。まだまだ修行が足りないわ」

 

 負けたというのにアリーナは嬉しそうだ。

 彼女も超えるべき壁が高いほど燃え上がるタイプだからだろう。

 

 その後、いつか再戦してもらうため、ゾーマの情報を聞きに天空城に行くおてんば姫の姿があったとか。

 

 

ーーーー

 

 

「ひでえぜ、旦那。オレたちまで凍らせるなんてよ」

 

 チキーラが萎れたモヒカンを整えながらぼやく。

 

「すまぬな。久しく見ぬ強者に興奮していたようだ」

 

「ああ、あの姫さんはちょっとおかしいよな。本当に人間か疑うよ」

 

 エッグラがしみじみと言う。

 おそらく、彼もアリーナの会心の一撃を食らったことがあるのだろう。

 

 テンションが上がったゾーマがエンドール国を丸ごと凍結させてしまった。

 バレたら嫁に怒られることは確実だったので、速攻で解除して一行は国を離れていた。

 

 その日、エンドール国にいた者は数十分ほど記憶の欠落があったという。

 人々には失われた時間に何が起きたのかは分からない。

 いなくなった者やなくなった物などはない。皆、等しく一定期間の記憶だけがないのだ。

 まるで時間が凍りつかされたかのように。

 

 エンドール建国王あらくれの像が、去っていく大魔王を見て苦笑いしているような気がした。

 

 

 一方、いつも通り、天空城から一部始終を覗き見ていたマスタードラゴンは即断した。

 

「勇者の故郷を復活させる。これ以外ない」

 

 竜の神ともあろうものが、大魔王を連れてこられることに恐怖したのか、もしくは唐突に使命感が沸き上がっただけか。

 彼の名誉のため、深くは掘り下げないでおこう。

 

 

ーーーー

 

 ルビスの城――

 

 

 エンドール武術大会から数日後、精霊と大魔王の夫婦は海底城に戻っていた。

 

「マスタードラゴンが滅ぼされた勇者の故郷を復活させるそうですよ」

 

「ほう? あやつが重い腰を上げたか。なにか心境の変化でもあったかな」

 

「純粋に世界を救ってくれたお礼でしょう。それによって発生する災厄もすべて抑えてみせるという意気込みを感じますね」

 

「天空人の援護もあったとはいえ、かつてはエスタークとの大戦に勝利した竜の神。災厄何するものぞといったところかな」

 

「……」

 

「うれしそうだな、ルビス」

 

「……そうですね。勇者の故郷――山奥の村のことはずっと気にしていましたので」

 

 ルビスは憂いが晴れた顔をして語り出す。

 

「村には勇者を育て上げるという使命がありました。志半ばにして命を奪われましたが、彼らの育んだ希望は村が滅んだ後も成長し、世に平和をもたらしました」

 

「あやつらも本望であろうな」

 

「ええ……村人は全員満足していたことでしょう。残された勇者本人を除いて」

 

「だからマスタードラゴンに救うように促したのか」

 

「地上はすでに天空城の管轄ですからね。直接、私が手を出すと混乱が起きます」

 

「しかし、村ごと救うとは思い切ったな。それなりの反動があるだろうに」

 

「マスタードラゴンなら大丈夫でしょう。それに、いざとなれば――」

 

「ん?」

 

「あなたが何とかしてくれるでしょう?」

 

「……さあな」

 

「ふふ」

 

 そっけなく返す大魔王だが、ルビスは優しく微笑んだ。

 

 




マ「ルビスにもゾーマにも困ったものだ。私の味方はスラリンだけか」

ス「え?」

優しいスラリンはそれ以上何も言わなかった。



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