大魔王ゾーマ「バーバラを何とかしてやれ、ルビス」   作:Amur

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ご無沙汰しております。



天空のすごろく場

 セントベレス山・大神殿――

 

 

「さて、仕事に行くとするか」

 

 愛用の武器である鉈のような大剣を手に取り、ゴンズは自室を出て行く。

 

 度重なる失態により、前線を外されてセントベレス山の見張りに回されたゴンズ。トップである魔界の王ミルドラースは気にもしていないのだが、幹部の座を狙う上位魔族たちの策謀により、左遷させられる羽目となっていた。

 

 ゲマも同様にドラゴンオーブを何者かに奪われるという失態があったのだが、今までの功績や最高幹部という肩書を前に後釜を狙う上位魔族たちも手を出すことは出来なかった。

 

「つわものどもが夢の跡か……」

 

 いまだ残るおびただしい数の魔物の骸や破壊された城壁。

 凄まじい戦いがあったことが窺える。

 

 光の教団を率いた大教祖イブールはすでにグランバニア一行に討たれている。

 そんなセントベレス山の大神殿に何かが起こるはずもない。

 

「今日も異常なし」

 

 ミルドラース軍幹部ゴンズ。

 彼の一日はゆっくりと山を見回った後、そう報告して終わる。

 今までも、そしてこれからも――

 

 

ーーーー

 

 魔界・エビルマウンテン――

 

 

「ぐっぐはあ……! あ、熱いぃっ! なんですか、この光はっ――!? こっ、この私がこんな光に焼かれるなどと……そんな、そんなことがあっては……」

 

 聖なる光によって一人の魔族が浄化されていく。

 魔導士のローブは燃え尽き、身体全体から白煙が上がっている。

 

「げぐぁーーーっ!!」

 

 断末魔の叫びを上げて、地上で最も邪悪とされた魔族は消滅した。

 彼の名は『ゲマ』。邪教の使徒の二つ名を持つ、ミルドラース配下の最高幹部。

 リュカ率いるグランバニア一行は死闘の末、エビルマウンテン奥地にてこの宿敵を打倒した。

 

 だが、そこに至るまでの犠牲も大きかった。

 幼少期には父のパパスが殺害され、いま目の前で母であるマーサが息を引き取ったのだ。

 

 自分を産んですぐに魔界に連れ去られた母。ようやく再会叶ったところで死別する悲劇に打ちのめされるが、悲しみと怒りを胸に最後の決戦へと臨む。

 

 

 

 そこは魔界を統べる者が座すとは思えないほど殺風景な場所だった。

 玉座もなく、祭壇らしき建造物以外は、周囲を飛び回る岩塊があるのみ。

 

 その中央の空間に目を閉じ、腕を組んで瞑想する者が一人いる。

 緑色の肌をゆったりとしたローブで包み、白いひげを蓄えた老いた魔族。

 リュカたちが近づくと、ゆっくりとその双眸を開いた。

 

「ついにここまで来たか。伝説の勇者とその一族の者たちよ。私が魔界の王にして王の中の王ミルドラース。気の遠くなるような長い年月を経て私の存在はすでに神をも超えた。もはや世界は私の手の中にある」

 

 名乗りと共に空中を浮遊し、一行の前にやってくる魔界の王。

 

「すべての人間や妖精を奴隷に変えて、地上を魔族が支配する世界へと作り変える気か!? あのセントベレスの大神殿のように!」

 

「ふ……勘違いをしているな。グランバニア王」

 

 リュカの言葉を一笑に付す魔界の王。

 

「たしかに私のしもべには魔族以外を見下す者もいる。自らの種を誇るのはいいだろう。だが、声高にそれのみを叫ぶのは己に自信がない証よ」

 

「意外ね。魔王が別の種族も認めるというの?」

 

 予想外の反応が返ってきたことで、ビアンカがやや戸惑う。まずありえないと思いつつも、会話によって和睦が成立する可能性を考えたのかもしれない。

 

「天空の花嫁よ、それも違う。神、精霊、妖精、魔族、人間……私にとっては種族の違いになど価値はないということだ」

 

「自分以外はすべて同じ――お前の下での平等ということだね」

 

 レックスがミルドラースの言葉の意味を正しく理解する。そしてこの己以外に価値を見出さない魔王に対し、平和的な解決などありはせず、戦いによって雌雄を決する以外ないと察する。

 

「その通りだ、天空の勇者。すべての者たちは好きに生きればよい。私はそれに過度な干渉をしない」

 

 魔界の頂点に君臨する圧倒的な強さ。そして神を超えること以外に関心を向けず、うるさく口出ししてこないミルドラースは自由主義な魔族たちにとって理想的な支配者といえる。

 

「そなたらはどのような世界になるかと言ったが、私にしてみればどうでもよいこと。神をその座から蹴落とし、頂点に立つ。それこそが我が目的故、それ以外のことには興味が無いのだ」

 

 世界征服を企む巨悪には2つのタイプがある。

 1つは何らかの目的を達成するために世界の支配を狙う者。

 もう1つは世界を掌握することこそが目的である者。

 ミルドラースは完全に後者である。

 

「マスタードラゴンや天空人、そして勇者もいなくなった地上がどうなるか想像はつくがな。上位の魔族が幅を利かせ、強さのみがすべてを決める魔界のような地へと変わるだろう。弱き存在は食料、もしくは奴隷といったところか」

 

 世界に過度な干渉をしないという点はマスタードラゴンも同じだが、彼の統治下にある世界は一定の秩序は保たれていた。

 

 ミルドラースが頂点に立ったそこは大多数の人間にとっては生きにくい世界だろう。リュカはかつて奴隷として過ごしたセントベレス山の大神殿でのことを思い出す。人々の命など悪しき魔族の気まぐれで容易く摘み取られる地獄。

 

「それに否を唱えるのであれば私に勝って見せろ。――そろそろ話は終わりだ。さあ来るがよい。私が魔界の王たる所以を見せてやろう」

 

 

 世界の命運をかけた最後の戦いが始まる。

 

 

ーーーー

 

【神々の遊技場】

 

 

 その名の通り、神族に名を連ねる者か、その紹介がなければ入ることが出来ない遊び場である。

 元々はトロッコとレールがあるだけの洞窟だったが、ゾーマたちが大改造をしたことで、オラクルベリーを超える大遊技場となっている。

 また、最奥には生涯に一度だけ遊ぶことが許される究極のすごろく場があり、それをクリアした者には素晴らしい褒美が与えられるとされる。

 

 

「ここが噂の遊技場ですか。妖精の世界にドワーフたちが造ったものより遥かに規模が大きいですね」

 

「あそこも凄いですけど、ここはもっと凄いですよ! ポワンさま!」

 

 二人の妖精が物珍し気にやって来ていた。

 次期、妖精の国の女王とされるポワンと彼女に仕えるベラだ。

 

「やあ、神々の遊技場にようこそ。二人とも今日は楽しんでいってね」

 

 妖精たちを出迎えるのはスライム(神)のスラリン。

 

「これはスラリン様。わざわざのお出迎えありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」

 

「スライムのかみさまに案内されるなんて光栄ですね~」

 

 スライム族だけでなく、妖精族とも交流のあるスラリンはポワンたちをこの大遊技場に招待していた。

 

 

「あの機械は絵柄を揃える遊びみたいですね。あ、スライムのレースもありますよ! スラリンさまは……出たら勝負にならないですね」

 

「格闘場もありますね。ずいぶんと高位の魔物が戦って……ん? あれはまさか魔界にしかいない魔物では? いったいどうやってここに……」

 

「腕自慢の魔物を魔界からスカウトしてきてるんだよ。ここには別世界の魔物や神族も参加するから、腕試しや修行には持ってこいさ」

 

「ほう……神族も参加しているのですか」

 

「そうだね。ちょっと前はレオソードさんが参加したっけ」

 

「とっ、闘神レオソードさま!? まともな試合になるんですか、それ!」

 

「相手は竜皇帝バルグディスさんだったから良い勝負だったよ」

 

「……人知れず世界の命運をかけるレベルの戦いが繰り広げられているのですね」

 

 参加者のあまりの顔ぶれに狼狽えるベラとポワン。

 だが、彼女たちはまだ甘かったと後に語る。

 その後、案内された神々用の貴賓室で真の絶望を目にすることになるのだから――

 

 

 

「あ、あのルビス様。お隣に座られているのは、いったいどなたなのでしょうか?」

 

「(ガタガタ……!)」

 

 ポワンが恐る恐る尋ねたのは、精霊ルビスの隣の席に堂々と座る一人の魔族。

 青い肌に頭には二本の角、額の大目玉(サードアイ)など見た目からして普通ではないが、何よりその全身から漏れ出す圧倒的な魔力に妖精たちは怯えすくむ。

 

「こちらはゾーマ。一応、私の夫です。見た目は怖いかもしれませんが、手を出さなければ害はないのでご安心ください」

 

「一応とはなんだ、一応とは」

 

「あら、これは失礼……ふふ」

 

「お、夫!?(どう見ても魔界の大魔王みたいな存在ですが、あの精霊ルビス様の夫??)」

 

 明らかに安心できない容姿に内心で混乱するポワン。

 妖精は人間と比べてより魔力を感じやすい体質のため、ゾーマからのプレッシャーをもろに受けていた。ベラに至っては震えて声も出ない状態だ。

 

「まあ、そう緊張するな。今日はゆるりと楽しんでいくがよい」

 

「あ、ありがとうございます(無理です……!)」

 

 

「ところで、ゾーマ」

 

「なんだ?」

 

「天空城はいつまで氷漬けにしておくのですか?」

 

 微笑みながらルビスが大魔王に問いかける。よく見ると目が笑っていない。

 

「……いつまでというのは決めていないが」

 

「ミルドラース一派が地上を席巻している中で天空城を飛ばしてもさほど意味がないので黙っていましたが、今は状況が違いますよね?」

 

「だが、プサンのやつも同意しているぞ」

 

「……たしかにマスタードラゴンにも言いたいことはありますが、まずは貴方です」

 

「しかし、城を飛ばすと氷湖コースがだな」

 

「……」

 

 精霊ルビスは静かな威圧感を出しながら無言でじっと見つめる。

 

「……ふう。わかった。考えるとしよう」

 

 ため息をつきながら、しぶしぶ天空城を飛ばす(氷湖コースを壊す)ことに同意するゾーマ。

 それを聞き、ルビスもにっこりだ。

 

「(おや? この大魔王のような方。見た目に反して意外と妻の押しに弱い??)」

 

 予想外の光景にポワンは目をぱちぱちさせていた。

 

 

ーーーー

 

 セントベレス山・大神殿――

 

 

「ゴンズ様ーーー!」

 

 配下のキメラがひどく慌ててやってくる。

 

「どうした?」

 

「ミルドラース様が天空の勇者たちに倒されましたぁーっ!」

 

「なんだとおっ!?」

 

「ゲマ様も運命を共にしたらしく、もはや魔王軍の幹部以上で生き残っているのはゴンズ様だけです」

 

「ゲマ様もか……。道理で応答がなかったわけだ」

 

 ゴンズが毎日の定期報告を入れたときにエビルマウンテンからは応答がなかった。そのことを訝しみはしたが、最強だと思っていた魔界の王が敗北していたなど夢にも思っていなかった。

 

「ど、どどどうしましょう!? グランバニアに敵討ちに向かいますか?」

 

「馬鹿を言うな! ミルドラース様を倒したような化け物に俺が敵うわけないだろうが!」

 

「そ、それもそうですね」

 

 素直に頷くキメラだが、こればかりは事実なので他に言いようがない。

 

「しかし、これから本当にどうするか」

 

「やることがなくなってしまいましたね」

 

 もはや仕えるべき主はなく、この場所の見回りも真の意味で意味がなくなった。

 途方に暮れるゴンズたち。

 このままセントベレス山で朽ち果てるか、魔界のエビルマウンテンに戻り、主たちの墓の守をするか、あるいは――

 

 

ーーーー

 

 神々の遊技場――

 

 

「ここがマスタードラゴンが教えてくれた遊技場か」

 

 魔界の王ミルドラースを見事打ち倒し、世界を平和に導いたリュカ率いるグランバニア一行。そのご褒美と、多忙な政務への息抜きにと神々の遊技場に招待されていた。

 

 そのとき前方にスポットライトが当たり、誰かが立っているのが見えた。

 

 

「ウェルカーーーーーーームッ!!!」

 

 

 眩いばかりの光を浴びて登場したのはバーテンダー風の男――プサンである。

 

「ようこそグランバニアの皆様! 私、この神々の遊技場のご案内をさせていただきますプサンと申します。本日はよろしくお願いします」

 

 竜の神がハイテンションで出迎えるというあまりにも予想外の展開に呆気にとられる一行。

 最も早く再始動したのは意外なことにグランバニア王国第一王女、タバサ。

 

「なにしてんのよ、あんた。神様がこんなところで遊んでるとか暇なの? グランバニアの城にも遊びに来てたけど、ちゃんと仕事してくれない?」

 

 王女らしからぬ口の悪さだが、こんな風になるのはプサンに対してだけである。

 パブリックイメージを考えて、世間に対しては可愛らしく穏やかな王女として振舞っている。

 

「いえいえ、タバサさん。ご存じの通り、世界全体を見ている私は多忙の身です。しかし、この遊技場の案内も大事な仕事なのですよ」

 

「案内ぐらい誰でもできるでしょ」

 

「私しか入れない場所などもありますから、他の者には任せられないのです。――では皆さん。どうぞ、こちらに」

 

 いまだ戸惑っているグランバニア一行だが、ぐいぐい話を進めていくプサンに案内されて奥へと進んでいった。

 

 

ーーーー

 

 

 ガーーーッ

 

 

 表の遊技場を一通り堪能した一行はプサンに案内されて、最奥にあるというすごろく場に向かっていた。

 移動手段は巨人も乗れるような巨大トロッコである。

 

 

「うわ、凄い! 凍った湖の中をトロッコが通っているのね!」

 

「氷が信じられないくらい透明だ……奥の方まで見通せる」

 

 すべてを滅ぼす者ご自慢の氷湖コースに歓声を上げるタバサとリュカ。

 

「ん!? ちょっと、プサンさん。あれってもしかして……」

 

 当代の天空の勇者レックスが、まさかのものを発見して目をむく。

 

「あ、見ましたか。氷湖コース名物の天空城を。透き通った氷と光が合わさり、素晴らしい眺めになっているでしょう?」

 

 最初は天空城を氷漬けにすることに難色を示したプサンも、今ではトロッコから見える風景の見事さにお気に入りとなっている。

 

「いやいやちょっと待って! なんで氷に埋もれてるんだよ!?」

 

 今世のレックスとしては入ったことはないが、前世の勇者ソロとしては何度も足を運んだ天空城。しかもソロの母親もかつてはあそこに住んでいた。

 

「安心してください。天空人たちは全員避難済みで、城は無人ですよ」

 

「あ、そう? ……いや、それにしたって天空城をオブジェのように扱ってもいいものなの?」

 

「ん~。まあ、ギリギリセーフでしょうか」

 

「セーフなんだ……」

 

 もはやレックスはツッコミを諦めた。

 

 

 

「ここは少々、特別でしてね。通常のすごろく場は一人プレイが基本ですが、二人パーティーが原則となります。また、最初に選ぶルートが複数あり、誰かが一つを遊んでいる場合はそのルートは選べない仕様です」

 

「なるほど。二人で遊ぶすごろくというのは面白いですね」

 

 いままでいくつものすごろく場を制覇してきたリュカたちだが、二人プレイというのは初めてとなる。

 

「その名も『天空のすごろく場』。ちなみにゴールした者には素晴らしい褒美がありますが、このすごろくは生涯で一度きりしか遊ぶことが出来ません。そんな厳しいルールがある為、今までクリアした者はいないのです」

 

「それって本当にクリアできるの?」

 

「クリアできないすごろくなどありませんよ、レックスさん。私は貴方たちならば可能だと思っています。あ、生涯で一度きりというのは失敗したら消滅とか危ない話ではありませんよ。普通のすごろく場と同じように、魔物との戦いで死にそうになっても救護体制は完璧なのでご安心ください」

 

「あ、よかった。ちょっと、そういう意味なのかと考えちゃったよ」

 

 天空の勇者がさらっとそういう思考をしてしまうのは前世の影響か、それとも今世での戦いの日々によるものか。

 

「プサンさんにそこまで言われてはやらないわけにはいかないね、みんな」

 

「そうね、お父さん。やってやるわよ」

 

「初のクリア、狙ってみようよ」

 

 やる気を見せるグランバニア一家。

 

 

「あ、でも二人組だと人数が合わないわね」

 

 グランバニア一行はリュカ、レックス、タバサ、ピエール、ゴレムスの5名。

 ビアンカは三人目の子供を妊娠している為、ここには来ていない。最初はリュカも残ると言ったのだが、せっかくなので行ってきなさいという妻の言葉に従ってやって来たのだった。

 

「あ~困りましたね。あと一人どうしましょうか」

 

 うっかりしていたと頭に手をやるプサン。

 

「プサンさんは?」

 

「いや、タバサさん。主催者側の私はダメですよ。……あ、そうだ! ちょうど、暇人が来ているかも。少々、お待ちください」

 

 

 

「なんだ、プサン。私は忙しいのだ」

 

 そうして連れてこられたのは魔剣士ピサロ。

 

「ははは。わかっておりますよ、ピサロさん」

 

「……(いや、あんた暇人がどうこう言ってたでしょ)」

 

 そう思うタバサだが賢明なことに口には出さない。

 

「あの人が噂のピサロさんか。レックスとタバサはストロスの杖を探す旅で会ったんだったね」

 

「そうだよ、お父さん。凄腕の剣士なんだ」

 

 

「こちらのグランバニアの皆さんがすごろくで遊ぶのですが、一人足りなくて困っているのです。手を貸してあげてくださいませんか?」

 

「はあ? なぜ私がすごろくなどをしなくてはならん。ふざけるなよ」

 

 プサンの提案を一蹴して貴賓室で待っているロザリーのところに帰ろうとするピサロだが――

 

「まあまあ、ピサロさん。せっかくだから一緒に遊ぼうよ」

 

 無邪気な少年の顔をして近づく勇者。

 

「……」

 

 嫌そうな顔をするが、帰ろうとしていた足が止まった。

 

「ね?」

 

「……一回だけだ」

 

「大丈夫。このすごろくは一回しか遊べないらしいから」

 

「そうか……ならさっさとやるぞ」

 

「うん!」

 

「おおー! よかった。これで皆さん参加できますね。ではどのようなチームを組みますか?」

 

 

 話し合いの末、以下のチームとなった。

 

 リュカ、タバサ。

 レックス、ピサロ。

 ピエール、ゴレムス。

 

「じゃあみんな、誰かがゴールできるように頑張ろう」

 

「誰かじゃなくって、私たちがゴールするのよ、お父さん!」

 

「お前の妹は騒がしいな」

 

「はは……」

 

「ゴールしたらもらえる圧倒的な褒美ってなんでしょうね? ゴレムス」

 

「ゴゴ……」

 

 

「それではみなさん、健闘をお祈りします」

 

 プサンの激励を背に三つのパーティーはそれぞれのルートを進んでいく。

 その先に待ち受けるものは果たして――

 

 

 

ーーーー

 

 

 ◇ピエール・ゴレムスのチーム

 

 

「究極のすごろくと言うだけはありますね。出てくる魔物はエビルマウンテン級かそれ以上です」

 

「ゴ……」

 

 攻防呪文をすべて備えたスライムナイトのピエール。

 MPの消費がないめいそうを駆使して半永久的に戦い続けられるゴーレムのゴレムス。

 この二人であっても、ここで出会う魔物は手強いと感じるほどの猛者揃いだった。

 

「おや? 何でしょうか。このマスは」

 

 それはマス目にして6個分の大きさを占めていた。つまりどんなサイコロの目を出しても必ず止まるようになっているということだ。

 

 彼らが辿り着いたところは、闘技場のような殺風景な場所。中心には地下への階段らしきものが見え、明らかにここで何かが起こると感じさせる。

 

「もしやボスのご登場ですか」

 

 

「その通りだ!」

 

 

 怒鳴り声と共に地下階段から登ってくるのは一体の魔物。

 ソルジャーブルと呼ばれる獣系モンスターに似ているが、感じるプレッシャーは桁違い。

 

「あなたがボスですか」

 

「そうだ! 先に行きたくば、このゴンズ様に勝つことだな!」

 

「ゴンズ!? その名はたしかミルドラース軍の幹部の名では……」

 

「その通り! 今となっては最後のミルドラース軍幹部となったのがこのオレだ!」

 

「私たちに復讐に来たのですか?」

 

「そうだ……と言いたいところだが違う」

 

 そしてゴンズがこれまでのことを語り始める。

 

「古代の遺跡では何者かの襲撃を受けて撤退、ゲマ様の援軍に駆けつけることが出来なかった。ボブルの塔ではこれまた何者かの襲撃により撤退、ドラゴンオーブを奪われてしまった」

 

 前者はスラリン、後者はゾーマの仕業である。もちろんゴンズは気が付いていない。

 

「度重なる失態により、オレは前線を外されてセントベレス山の見張りに回された! 大教祖イブール亡き後のあの山にな! だが、ただの廃墟と化したあそこで何かが起こるはずもない……」

 

 何も起こらない廃墟で見回りをするだけの日々を想って遠い目をするゴンズ。

 

「そしてゲマ様やミルドラース様が討たれたと聞き、行く当てもなくなっていたオレはある偉大なるお方――すべてを滅ぼす者に拾われた」

 

「すべてを滅ぼす者? いったいそれは……」

 

 本来の歴史ではパパスの仇の一人であるゴンズだが、この世界においては因縁どころかグランバニア一行とは面識すらない。

 

 当時は謎の襲撃者(スラリン)が吐きまくるしゃくねつの炎から這う這うの体で逃げ出したことで、ゲマの呼び出しに応えることが出来なかった。それにより、かの邪教の使徒はパパスと一騎打ちをすることになったのだ。

 

「戦士として戦場で死ぬことも出来ず、生きたまま屍のように無為な生を送っていた。そんなオレに戦う機会を与えてくれたあのお方には感謝しかないぜ」

 

「それは……再就職おめでとうございます」

 

「おう! だが、おだてても容赦はせんぞ!」

 

 ピエールとしては話を聞いて、ちょっと可哀想だなくらいに思ったので素直な感想を言っただけである。

 

「しかし、たった一人で私たちと戦うつもりですか?」

 

「以前のオレならそうしただろう。だが、オレも賢くなってな……」

 

「む……?」

 

「来い! エビルスピリッツ!!」

 

 呼び出しで現れたのは紫色の人魂。

 邪悪な悪霊の集合体、エビルスピリッツだ。

 

「あの魔物は……まずい!」

 

 ピエールは事態の危なさに気が付くが、相手が態勢を整える前にエビルスピリッツはたたかいのドラムを打ち鳴らした。そしてゴンズの攻撃力が2倍となる。

 

「ぐはははははは! これでオレは最強だ! くたばれ!!」

 

 ゴンズが鉈のような大剣を振りかぶるのに合わせて、守りの要であるゴレムスが前に出る。

 

「ゴオオッ!」

 

 ガアアアアアアアアン!

 

 両手を顔の前で交差させ、攻撃を防ぐゴレムスだが、その一撃はあまりに重く、両腕を砕かれてしまう。

 

「ゴーレムごときが今のオレを止められると思うな!」

 

 ゴンズは無造作にスパイク付きの盾で薙ぎ払った。

 腕を破壊されたゴレムスに防ぐすべはなく、激しく吹き飛ばされてしまう。

 

 元々、パワーだけならゲマにも匹敵していたゴンズ。それがバイキルトにより攻撃力2倍となってしまえば、破壊神もかくやという無双ぶりを発揮する。

 

「大丈夫ですか!? ゴレムス!」

 

「ゴオオ……!」

 

 腕は砕かれたが、圧倒的な体力の高さに定評のあるゴレムス。倒れながらもめいそうを使い、自身の破損を修復し始めていた。

 

「腕力自慢がエビルスピリッツを呼ぶとか反則でしょう!」

 

「ぐはははははは! 遊技場にアクシデントは付き物だ。死んでも恨むなよ!」

 

 気をよくしたゴンズはピエールにも猛然と攻撃を仕掛けてくる――

 

 

ーーーー

 

 

 ◇リュカ・タバサのチーム

 

 

「ぜえっぜえっ……お、おかしいでしょ、このすごろく! なんなの道中に出てきた連中は!? あのジャミラスとかバラモスエビルとか明らかに並の魔物じゃないわよね!?」

 

「魔界級……いや、それ以上? 見たことも聞いたこともない魔物たちだが、ミルドラース軍の幹部が務まるだけの実力はある。あれほどの存在が無造作に出るとは信じられないね」

 

 狼狽えるタバサ。リュカですら冷や汗をかいている。

 ちなみにジャミラスという魔物で最も有名なのは幻魔王デスタムーア配下の魔王だが、ここで雇われているのは本人ではなくその子孫である。

 

「このすごろくはモンスター出現の頻度が非常に高いな。今までで一番だろう」

 

「あ、そう言ってるうちにまたモンスターのマスよ。次はいよいよ魔王でも出るのかしら?」

 

 息を整えたタバサが冗談めかして言うが、リュカは足元の絵柄に違和感を覚えた。

 

「タバサ。なにか通常のマスと違わないか?」

 

「え? ……あ、本当ね。いつも通りのスライムの絵柄だけど、目が赤い?」

 

 彼女がそれに気が付いたと同時、轟音と共に目の前の地面が沈みだした。

 

「な、なななに!?」

 

 振動はしばらく続いた後で、一瞬だけ収まったが、再び大地が揺れ動く。

 地の底に沈んだ部分が上昇してきているようだ。ただし、その上に何者かを載せている。

 

 

「グゴゴゴゴ……」

 

 

 リュカたちが踏んだのは超強敵が確定で出現する、天空のすごろく場限定のマス。

 

「……貴様たちが私の相手か」

 

「ほぎゃーーー! 本当に魔王みたいなの来ちゃったー!」

 

 いうまでもなく超ド級の魔王。

 二本の大剣を携える、三つ目の巨大な魔族。地獄の帝王エスタークである。

 

「明らかに魔王級以上。これほどの存在が地上にいるとは……」

 

「わが名はエスターク。それしか思い出せなかったが、最近親しくなった者からは『地獄の帝王』と呼ばれている。遥かな昔はそのような二つ名を持っていたらしい」

 

「じっ、地獄の帝王――!?」

 

「そう呼ばれるのも納得するよ。二つ名に相応しい威圧感だ」

 

「今では自分が善なのか、悪なのかもわからぬ私だが、今日のところはただの門番といったところだ」

 

「この怪物に門番をさせるとかここの主催者の頭はどうなってるの――! お父さん、『コワモテかかし』は効かないわよね!?」

 

「そうだね。どう見てもかかしに怯む相手じゃない」

 

 

 ちなみに『コワモテかかし』とは物凄く恐ろしい顔をした案山子で、その姿を見た相手の動きを止めるアイテム。多くの魔物に有効なため、冒険の旅では重宝する。さらに並の魔物だけでなく、一部のボスにすら効くこともあるという。

 

 

「なら、正攻法しかないわね」

 

「さあ、くるがよいっ!」

 

「言われなくても――イオナズン!!!」

 

 一瞬閃光が走った直後、大爆発がエスタークを包み込む。

 さらに、呪文がやまびことなって木霊することで同規模の大爆発が続く。

 

 タバサの被る『やまびこのぼうし』によるイオナズン×2だ。

 

「オオオオオオ――! なかなかの魔力だ!」

 

 極大の爆発を連続で受けながら、相手を称賛する余裕のある帝王。

 

 

「……ドラゴンのつえにあの時のチカラは感じないか」

 

「それってミルドラースと戦ったときの特別なドラゴラムが使えないってこと?」

 

「そうだよ。あのときはマスタードラゴンがチカラを貸してくれたような気がするが、流石にすごろくは自力でやれってことかな」

 

「ええ~。プサンさんがそんな気の利いたことしてくれたのかな」

 

 バーテンダー姿で遊んでいる印象が強い竜神への信頼はあまり高くない。

 

 ズン!

 

 イオナズンの爆風の中からエスタークが悠然と歩み出る。この程度、彼にとっては開始の合図のようなものである。

 

「どうした? 来ないなら私からいくぞ」

 

「タバサ。僕が前衛を務めるから呪文で援護してくれ」

 

「うん。わかったわ、お父さん!」

 

 

 グランバニア王とその娘は進化の秘法の始祖に挑む――

 

 

ーーーー

 

 

 ◇レックス・ピサロのチーム

 

 

「ギャオオオオオオオオ!」

 

 地響きを立て、多頭を持つ巨竜が倒れる。

 

「……強い。なんなの、このドラゴン。前世でも今世でも見たことない魔物なんだけど」

 

「こいつはキングヒドラという古の魔物だ。現代では魔界でもそう見かけることはない」

 

「なんでそんなのがいるの?」

 

「ここの主催者の一人のペットだと聞いたことがある」

 

「ペット!? 冗談でしょ……?」

 

「まあ、あれだ。昔の私の軍でいえばアンドレアルに相当するやつとでも思っておけ」

 

「デスピサロ四天王の一角じゃないか。問題はだよ。そんな魔物でもこのすごろく場だと、普通にモンスターのマスで出現するってこと」

 

「ああ。思った以上に手ごたえがあるな。さて、次は何が出てくるか」

 

「この男、意外に楽しんでいる……」

 

 

 天空の勇者と魔剣士のコンビは数々の仕掛けやモンスターを蹴散らして天空のすごろく場の奥へと進んでいた。時折、出現する極めて強力な魔物もその歩みを止めるには至らず、彼らは決戦場へと辿り着く。

 

 そこは今までとは景色が一変し、岩塊が転がるだけの殺風景な場所だった。

 

 

「ずいぶんと広いな……ん? レックス、上を見ろ」

 

 ピサロの声に従い、上を見上げるとそこには大空が広がっていた。

 

「凄い眺めだね。地上まで吹き抜けになっているのか」

 

「ここはいくつもの岩盤に隔てられた相当な地下深くだぞ。よくもまあこんなものを造ったものだ」

 

 神々の遊技場を建造した主催者たちによる、圧倒的な能力の無駄遣いに呆れ気味のピサロ。

 

「さて、どう見てもここで何かが起こるようだけど――」

 

 

『よくぞここまで来た。天空の勇者、そしてかつての魔族の王よ』

 

 

 疑問に答えるように、周囲一帯に何者かの声が響く。

 

 それは太陽の光を背に、ゆっくりと降下してくる。

 天より降臨せしは世界を統べる竜の神――マスタードラゴン。

 

 

「今度は真の姿でお出迎えとはね」

 

「ふん。相変わらず無駄に仰々しい奴だ。それで貴様が出てくるとはどういうつもりだ。まさか直々に私たちを相手にするとでも言うのか?」

 

「その通りだ」

 

「ほう? 天空城でぬくぬくと座していただけの貴様が、我らと戦えるつもりか」

 

「お前は神を舐め過ぎだ、ピサロ。地上への影響を考えて長らくチカラを揮うことはなかったが、私がその気になれば魔王どもを制圧するなど容易いことなのだ」

 

「言うではないか。では、かつて進化の秘法を使った私やエビルプリーストも貴様ならどうにか出来ていたと?」

 

「そういうことだ」

 

 嘘か真か、竜の神は堂々と答える。

 

「面白い」

 

 やる気十分のピサロは剣を抜き、臨戦態勢をとる。

 一方、レックスはマスタードラゴンの言葉を聞いてから不穏な気配を醸し出していた。

 

「……ふ~ん。その気になったら全部自分で何とか出来たんだ? そっかあ……」

 

「レックス?」

 

 相方の雰囲気が変わったことを察したピサロが訝しむ。

 

「じゃあなんで現代でも、そして数百年前もほったらかしだったのかな?」

 

 にっこりと笑みを浮かべながらじりじりと近づく勇者の少年。右手にはすでに抜き身の天空の剣を持っている。

 

「数百年前? レックスよ、なにを……はっ!?」

 

 じっと小さな勇者を見つめていたマスタードラゴンは何かに気が付き、より深くその身を見通そうとする。

 

「――お、お前まさか前世の、勇者ソロの記憶があるのか?」

 

「うん。少し前に思い出したんだ」

 

「そうか……。おそらく、魔界の王ミルドラースの出現に勇者の血が反応したのだろう」

 

「まあそれはいいんだよ。問題はさっきの言葉だよ。あれはちょっと聞き流せなかったな~」

 

「くっくっく……珍しく怒っているな。よし、レックスよ。この増長したドラゴンを叩きのめしてやろうじゃないか」

 

「ふん、叩きのめすとは大きく出たな。――ならばやってみるがいい!」

 

 牙を剝きだし、前傾姿勢をとるマスタードラゴン。

 レックスとピサロに油断はなく、その一挙一動を見逃さない。

 

 バッ!

 

 巨体とは思えない速度。一瞬にして距離を詰め、鋭い爪で薙ぎ払う。

 即座に後方に飛び、攻撃をやり過ごす二人。

 

「ガアッ!」

 

 吐き出された追撃の火球が魔剣士を襲うが、神速の剣技で着弾前に切り払う。

 ピサロに注意が向いている隙に逆からレックスが斬りかかるが、それを読んでいたマスタードラゴンは鉤爪で天空の剣を受け止めた。

 

「さすがに見え見えだったかな」

 

 弾かれて着地するレックスを中心にマスタードラゴンのしゃくねつの炎が吐き出される。その範囲は広く、一瞬で周囲は獄炎に包まれた。

 

 

「任せろ。ハアァッ――!」

 

 ザンッ!

 

 前に出たピサロの裂空の一撃が竜神のブレスを易々と切り裂く。剣技を極めた魔王のみ放つことが出来る斬撃はそのまま竜神の片翼にも傷をつける。

 

「ぐっ!?」

 

 体勢を崩したところに、勇者と魔剣士が斬りかかるが、巨大な尾を薙ぎ払うことでわずかに距離を取らせる。

 その間に急速上昇し、一旦空へと避難することに成功した。

 魔力で飛行している為、片翼を負傷しても飛行に支障はないが、傷口から流れ出る血に怒りを滲ませる。

 そして、彼は自身の切り札の一つを切ることを決断した。

 

 

 すうう――!

 

 

 眼下の二人を睨みつけながら、マスタードラゴンは大きく息を吸い込んだ。

 

 

「! 危なそうだね」

 

「ああ。先に潰しておきたいが、空ではやつの方が有利だ」

 

 飛び上がっての先制攻撃ではなく、地上で迎え撃つことを選択した二人。

 邪魔が入らないことでマスタードラゴンは悠々と息を溜め、満を持して最大の吐息、グランブレスを放つ。

 

 ドグオオオオオオンッ!!!

 

 反射不可の無属性ブレスがあらゆるものを粉砕する。

 直撃した地面は穴の底が見えないほど吹き飛ばされ、余波だけで周辺の地形も変わっていた。

 

「……手ごたえあり。流石に私の最大のブレスをまともに食らってはあの二人も――」

 

 だが、煙が晴れたとき、そこには無傷のレックスとピサロがいた。

 

「なんだと! いったい……そうか! アストロンか!?」

 

「正解」

 

 本来、この時代では人間でアストロンの呪文を使える者はいない。それは天空の勇者であるレックスも同様だ。だが、前世である先代天空の勇者の記憶を思い出したことで、彼はこの一定時間無敵になる呪文を使えるようになっていた。

 

「悠長に攻撃準備などしていれば、いくらでも対策は出来る。長く実戦から離れて、そのあたりの感覚が鈍っているのではないか? 天空城の元・主よ」

 

「元ではない! 私は今でも天空城の主だ!」

 

 ズガガッ!

 

 マスタードラゴンの怒号と共に激しい雷が降り注ぐ。

 危なげなく躱していくレックスとピサロだが、これは最終攻撃の予兆に過ぎなかった。

 

「我こそはマスタードラゴン! 全知全能なる竜の神にして世界を統べる者!」

 

 いい感じでテンションが上がっている。

 

「これが天の試練だ! 受けてみよ、天空の勇者に魔剣士よ!」

 

 

 ───天地雷鳴

 

 

 想像を絶する極大の雷が放たれた。地に生きる者すべてを飲み込まんとするその様はまさに天の裁き。

 真相は定かではないが、これこそが天空人と交わるという禁を侵した地上人のきこりを殺害した雷だったともされる。

 

「ピサロ!」

「うむ!」

 

 阿吽の呼吸で迎撃の一手を放つ二人。

 伝えずとも互いにすべきことを理解している。かつて、宿敵であり戦友でもあった彼らだからこその以心伝心といえる。

 

「ギガデイン!」

「ジゴスパーク!」

 

 ズガガガガガガガガガガッ───!!!

 

 天の雷に対抗するは勇者の雷と地獄の雷。

 勇者と魔王が協力して放ったそれは神の裁きと真っ向から激突する。

 

「グ……グググ───!」

 

 マスタードラゴンも全力で雷を放つが、徐々に押し込まれていく。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオ――――!」

 

 

 ついに突破され、凄まじい電撃に飲み込まれる竜の神。

 雷に高い耐性を持つ彼をもってしても絶叫するほどの威力がそこにはあった。

 

 

 ドオオオオンッ

 

 

 天より墜落し、轟音と共に巨体を地に横たえる世界を統治する竜神。

 身に受けた電撃の凄まじさを物語る様に、全身から煙が立ち上がる。まだ、身体がうまく動かないようで、なんとか顔だけをレックスたちに向ける。

 

 そして、倒れた相手にも容赦なく追撃をかけようとするピサロを見てギョッと目をむく。

 

「ま、まて! 降参す」

「悪いがもう止められん、剣聖刃――!」

 

 

「ギャアアアアアアアアア!」

 

 

 ピサロの連続斬撃によって斬り刻まれ、その絶叫は天まで届いた。

 

 

ーーーー

 

 

 ボロボロになったマスタードラゴンが光に包まれ、徐々に身体が縮んでいく。

 

「まいった! まいりました! 降参ですよおおおおお!」

 

 眩い光が収まったとき、そこに倒れていたのは一人のバーテンダー風の男。

 情けない声を発するその姿に、世界を統治する者の威厳はなかった。彼が選んでプサン(この姿)になっているのかは分からないが、どうせ人間になるならもっとカッコいい人になればいいのに、とはタバサの感想だ。

 

「ちっ」

 

 散々に斬りまくったにも関わらずまだ満足していないのか、ピサロが舌打ちをする。

 

「大丈夫? マスタードラゴン、いやプサンさん」

 

「まったく大丈夫じゃありません。倒れてる私に追撃するなど、そこの魔剣士には血も涙もないようです」

 

「止めようと思ったのだが、剣を留めるのが間に合わなかっただけだ」

 

「嘘! 嘘ですよ! 絶対わざとです!」

 

「ところでさっきの話の続きを聞かせてほしいんだけど、自力で何とか出来るのに何もしなかったのってなんでなのかな?」

 

 先程は心配する声をかけたレックスだが、いまだ天空の剣を鞘に納めず、にじり寄る。

 口調は穏やかで、口も笑っているのだが、目だけは危ない光を放っていた。

 

「あ、いやそれは。言葉のあやというかですね……え~と」

 

「あなたにはシンシアを始めとして村の皆を生き返らせてもらった恩があるから、あまり強くは言いたくはないんだけど……例えばゲマやイブールみたいな地上で暗躍していた魔族だけでも何とかならなかったの? そうしたらパパスお爺ちゃんも死ななくてすんだかもしれない」

 

「も、申し訳ありません。竜神としてのチカラを封印していたので、連中が台頭を始めてすぐに対処することが出来ませんでした。ようやく本来の姿を取り戻せたときにはパパスさんたちは亡くなっていまして」

 

「そうなんだ……」

 

 プサンの話で一応、レックスは納得したようだが――

 

「補足しておくと、こいつは10年以上もこの洞窟のトロッコで遊んでいて、その間は何もしていないぞ。お前たちや天空人はマスタードラゴンが長い苦難の果てにチカラを取り戻したと勘違いをしているようだが、チカラを封じたドラゴンオーブも知人に取ってきてもらったくらいだ」

 

 ピサロの話で再び冷たい目になるレックス。

 

「遊んでいたとは失礼な! 私にとっては浮世のしがらみを忘れることが出来る大事な癒しですぞ! 世界を統治するという大役の合間に10年や20年くらい――」

 

ゴッ!ガッ!ガゴッ!

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 優しいレックスは天空の剣でなく鞘での折檻にしてあげた。

 

 

 

 

「おめでとうございます。最終試練である私を突破したお二人はこの天空のすごろく場のクリアとなります。どうぞ、ゴールにお進みください」

 

 回復呪文をかけてもらったプサンが二人を案内する。

 

「やった。初クリアってのは嬉しいね」

 

「他の2チームはどうしたんだ?」

 

「リュカさんとタバサさんのチーム、ピエールさんとゴレムスさんのチームはリタイアしました」

 

「まさかみんなが?」

 

「世界最高クラスの実力者でもちょっとしためぐり合わせで脱落するのがここの恐ろしさです。特にリュカさんとタバサさんは最悪のマスを踏んでしまったようですね」

 

 リュカとタバサも奮闘はしたが、さすがに二人で地獄の帝王を相手にするのは厳しかったようだ。ピエールとゴレムスは激戦の末、ゴンズを倒すことに成功するが、消耗した状態ではその先を突破することが出来なかった。

 

「いままでクリア者がいないのもわかる難易度だな」

 

「ですが、それだけの価値はありますよ。さあ、行きましょう」

 

 

ーーーー

 

 

 天空のすごろく場・最奥――

 

 

 そこは祭壇のようになっており、地下空間であるにも関わらず、神聖な気配で満ちていた。

 

「改めておめでとうございます。レックスさん、ピサロさん。貴方がたは天空のすごろく場での初クリア者となります。お二人の名は永く記録に残ることでしょう」

 

「それはいいから、さっさと終わらせろ」

 

「いや、ピサロさん。こういうのは様式美も大事でして……」

 

「私は忙しいのだ」

 

 帰ってこない自分をロザリーが心配しているだろうと、早く終わらせたいピサロ。

 

「はあ……わかりましたよ。それではクリアした褒美に移ります。――お一人につき一つ。私に出来る範囲に限ってですが、どんな願いでも叶えてさしあげます。さあ、願いは何ですか?」

 

「え? どんな願いでも?」

 

「ずいぶんと気前がいいな。いくら凄まじい難易度とはいえ、すごろくの景品でそんなことを言っていいのか?」

 

「構いませんよ。同じ神族のしんりゅうも同じようなことをしていますしね」

 

「そうなのか」

 

 遥かな過去のこと故、真実は定かではないが、しんりゅう(神龍)と呼ばれる神族が自身を打ち倒した伝説の勇者の願いを叶えて、彼の父親である勇者オルテガを復活させたという伝承がある。

 

「プサンさん。それって前の時みたいに……」

 

「ええ。あなたの考えは分かりますよ、レックスさん。もちろん、不慮の死を遂げた者を生き返らせることも可能です。ただ、ミルドラース一派に殺された者たち全員など規模が大きすぎると厳しいですが」

 

「それは……でもいいのかな。僕の家族だけ特別扱いで……」

 

 世界ではパパスやマーサ以外にも光の教団の暗躍で多くの人間が不幸に見舞われた。その中で自分たちだけが救われてもいいものかと彼は思い悩む。

 

「構わんだろう。実際、特別なことを成したのだ。多少その見返りがあっても誰にも文句は言わせんよ」

 

「ピサロ……。あ、けれど願い事が一つなら生き返らせることが出来るのって一人だけだよね?」

 

「基本はそうですが、例えばレックスさんが『祖父母を生き返らせてくれ』と言えば、それは一つの願い扱いです。しんりゅうが叶えた願いを参考にすると、『不老不死』の願いは不老と不死で二つでなく一つとして扱ったようですしね」

 

「意外と融通が利くな。もしダメと言われたら、私の分の願いを渡そうかと思ったが」

 

「二人ともありがとう。ならプサンさんも分かってるみたいだし、僕の願い事はそれにするよ」

 

「承知いたしました。このマスタードラゴンの全力をもって叶えましょう」

 

 普段の緩い雰囲気は鳴りを潜め、神としての表情にて快諾するプサン。

 あるいは彼はすごろくの結果がどうあれ、グランバニア一家のためにチカラを使うつもりだったのかもしれない。

 本当のところは正に神のみぞ知る。

 

「ちなみに、ミルドラースが健在だったとして、やつを倒してくれと願っていればどうなった?」

 

「それは叶わぬ願いです。私のチカラを完全に超えています」

 

「魔王たちを倒すのは簡単じゃなかったの」

 

 

 

ーーーー

 

 

 その後、再び大空に舞い上がった天空城の威光の下、世界は長らく平和に統治されることになる。

 それを成したグランバニア王には双子の兄妹に続く子供が生まれ、より一層の幸せに包まれた。幼き頃から様々な悲劇に翻弄された彼だが、それを取り戻すかのように愛する妻や子供たち、多くの仲間に囲まれて末永く幸せに暮らした。

 そして、その光景を優し気に見守る両親の姿があったそうな。

 

 

ーーーー

 

 

 ルビスの城――

 

 

「子供……ですか」

 

 精霊ルビスは地上の様子を見ながらポツリと呟いた。そして自らの夫の方をチラリと見る。

 

「……なんだ」

 

「いえ、なんでもありません。ただ、子供たちに囲まれるグランバニア王が幸せそうだなと思っただけで他意はありません」

 

 他意しかなさそうなルビスだがあえてはっきりとは言わない。

 

「わしやお前など一個体で存在が完結している大魔王や精霊は、人間のように子孫を残す必要がない。寿命というものがないからな」

 

「そうですね」

 

 口では同意しながらも、いまだに顔をゾーマの方に向けて動かさないルビス。

 

「ですが、ただ一人で存在が完結するなら何故あなたは私を妻としたのですか?」

 

「……」

 

 破壊と殺戮の神にすら一歩も引かず互角に戦った、すべてを滅ぼす者。

 その彼が今、追い詰められていた。

 




青年期(後半)の続きをお待たせして申し訳ありませんでした。
これにて天空シリーズ(DQ4~6)は完結となります。

いつも感想、評価をありがとうございます。
とても励みになっております。

今後は番外編としてナンバリングだけでなくモンスターズやビルダーズの話も投稿するかもしれませんが、そのときはまたよろしくお願いします。



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