空に浮かびしアルビオン。
その剣と魔法の国に、玩具伯と呼ばれる酔狂な伯爵がいた。
そんなお話。




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れっどこーと

 剣と魔法の世界、ハルケギニア。

 そこに存在する空中国家アルビオンに、その奇人はいた。

 

 その名もスコットランド伯爵。『玩具伯』と呼ばれる男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「メイク・レディ!(構え!)」

 

 ざっ!

 

 「テイク・エイム!(狙え!)」

 

 じゃっ!

 

 「ファイヤー!!(撃て!)」

 

 ババババーン!!

 

 

 指揮官の号令一下500人のマスケッターが一斉に引き金を引くと、当たりには爆音と猛烈な煙が渦巻く。

 耳も目もおかしくなりそうな有様だが、すかさず指揮官が次の号令を出す。

 

 

 「セカンドライン、ファイヤー!!(第二列、撃て!)」

 

 ババババーン!!

 

 

 先ほどと全く同じ現象が、またも起こる。既に煙は当たり一帯の視界を奪うほどで、火薬独特の匂いなどは鼻を突くほどになっているが、丘の上にいる男は嫌な顔一つせず、それどころか喜色満面といった表情をしていた。

 

 

 「すばらしい、一矢乱れぬ戦列射撃だ!見事だ!」

 

 

 興奮気味に周囲の近衛兵に話しかける男に、周りの兵も同じような笑顔で頷く。彼らは爆音も匂いも気にはしていない。

 と、歓談する男たちの下に一騎の伝令が駆け寄る。

 

 

 「伯爵様、大隊長より報告です。一斉射撃によりオークどもは士気崩壊。これより追撃するとのこと!」

 

 「うむ、見事だ。敵の反撃に気をつけつつ徹底的にやってやれ、と伝えてくれ。」

 

 「はっ!」

 

 

 伯爵の言葉を聞き、一礼し駆け去る伝令。彼が戦列へ戻る頃には、既に軍楽隊のマーチ(行進曲)とともに突撃を始める戦列の姿が丘の上からは確認することができていた。

 その光景に、丘の上の伯爵は更に頷く。

 

 

 彼こそがアーサー・スコットランド伯爵。玩具伯と呼ばれる男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーサーが馬に乗り軍と共に城下へ帰還すると、いつも通り領民は歓声をあげて彼とその軍隊を称えた。いつもの風景ではあるが、だからこそ領民はこの光景がより誇らしく見えるらしい。

 そしていつものことだからこそ、アーサーらもこれを予想してそれ相応に自分たちを彼らに魅せる。

 

 軍楽隊を先頭に、戦闘行進中でもないがマーチを奏でながら整然と行進。式典ではないから若干緩く、兵士らは笑顔で観衆に手を振りながら歩く。もちろん、アーサーも馬上から領民らに手を振る。

 

 

 別段大都市というわけでもない城下町なので凱旋は直ぐに終わったが、それでも市街には興奮の余韻が残るような晴れやかなセレモニーであった。

 

 

 

 

 城内に帰還し、兵らとは別れるとアーサーの元には家令がやってくる。

 

 

 「アーサー様、まずはオーク討伐の勝利、おめでとうございます。」

 

 「よい。いつものことではないか。」

 

 「いつもの事と言えることが、めでたいのでございます。」

 

 

 好々爺とした穏やかな笑みを浮かべる家令だが、身のこなしには無駄がない。軍人独特のきびきびとした動きでアーサーからコートを受け取り、周囲のメイドらに指示を出し、主君の動きにもついていく。

 

 

 「そうだな。それで、報告は。」

 

 「はい。問題は生じておりません。先方のエディンバラ候の代官からは謝辞と謝礼の品が届いております。領境からも特に報告は来ておりません。」

 

 「大変結構、というやつだな。」

 

 

 家令の報告に満足げに頷くアーサーに、家令も笑みをもって応える。

 そのまま執務室に辿り着き幾つか書類を裁いていると、ノックと共に先ほどの戦闘での指揮官が入室を求めてきた。

 

 

 「入りたまえ。」

 

 「失礼します。先ほどの戦闘の報告に参りました。」

 

 

 赤を基調とした軍服を着た偉丈夫の、右手に巻物を手にした男はそう告げると、アーサーにその巻物を手渡しながら報告を開始する。

 

 

 「先の戦闘により、オーク113匹の駆除に成功しました。残りは潰走しており、しばらくは村を荒すどころではないでしょう。我々第三大隊は23名の負傷者が出ていますが、死者はおりません。」

 

 「大勝利だな。」

 

 

 アーサーの言葉に指揮官は頷き、更に報告を進める。

 

 

 「弾薬の消費は規定内で済んでおります。こちらは2週間ほどで補充可能だそうです。以上で本戦闘の報告を終了させていただきます。」

 

 「大変結構だ。」

 

 

 報告を終わらせた指揮官――大隊長は一礼し、執務室から退室する。

 それを見届け、アーサーは家令に話しかける。

 

 

 「さて、では会議としよう。皆集まっているな。」

 

 「はい。会議室に集まっている旨、報告を受けております。」

 

 

 その言葉を聞き2人は執務室を出て行く。今日もスコットランド伯爵領は安泰であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコットランド伯家はアルビオン王国北部、スコットランドと呼ばれる地域に根ざす伯爵家である。

 もともとはこの地域の一豪族に過ぎなかったのだが、500年ほど前の聖戦にアルビオン王と共に従軍し、大きな戦果を挙げたことで伯爵として正式に叙勲され、今に至っている。

 先祖代々の武闘派貴族で、叙勲後も政争どころかロンディニウム自体に近づきもせず、領地で領軍を鍛え続けているものだから中央からは警戒もされており、伯領の周囲には王党派貴族の領地が囲むように存在している。

 

 そんな、アルビオン北部ではよくあるような中央とは距離を置きがちな一貴族に過ぎなかった。

 ……先々代までは。

 

 

 おかしくなったのは先代から。先代スコットランド伯は当時アルビオンに平民傭兵の武器として伝わってきたばかりのマスケット銃に魅了され、大枚はたいて領内に工場まで建設し、領軍の主武装にし始めたのだ。

 

 領内で算出される鉄鉱石はマスケット銃と大砲、そしてその銃弾に変わり、希少な硫黄と硝石はかき集められ火薬へと変えられる。

 そしてそのための工場を切り盛りするために農民は労働者へとジョブチェンジ。先代スコットランド伯爵は周囲から馬鹿にされながら、先軍政治もかくやとばかりに改革を進めた。

 

 そして今。今代当主アーサー・スコットランドは父の悲願を継ぎ、見事銃兵連隊を創設した。

 強引な工業化の副産物としてそこそこの税収を獲得した彼はそれまでの領軍を解体。連射能力向上のための厳しい訓練にも逃げ出さない、1500名の常備軍を創設したのだ。

 給料は領軍平均の4倍。戦時の傭兵とほとんど変わらない給料を平時にも支払い、戦闘能力の向上に全てをかけた集団。

 アーサーが「レッドコート」と名づけたこの連隊は、

 

 

 ……他の貴族から「鉛の兵隊人形」と呼ばれた。

 

 

 

 

 確かに、戦闘力は高い。並みの傭兵どころではない。だが、あまりに金をかけすぎる。

 亜人との戦闘と100年に一度の戦争のためにそこまで金をかけられるほど、他の貴族は酔狂ではなかった。

 まあアーサーは中央に行く気がなかったので気に留めてもいないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大体だな、貴族に馬鹿にされていても実質近所づきあいは上手くいっているではないか。」

 

 

 会議室でアーサーは述べる。

 家令からの報告の一つとして、中央から流れてきた噂話についてのアーサーの答えだ。

 

 

 「まあ確かに、周囲の貴族領はほぼ代官任せ。その代官とは上手くいっておりますからな。」

 

 「だろう。彼らからは市場価格より少し高めの値段で穀物を買い、面倒な亜人は我々の連隊が格安価格で見事に追い払う。

 代官のポケットには差額分が入り、我々は隣近所と良い付き合いができる。見事じゃないか!」

 

 

 アーサーの言葉に3人の軍人――大隊長も深々と頷く。ここに集うは生粋の武闘派ばかり。貴族の風聞など気にもしない。

 

 

 「で、だ。軍は今のところどうだ。」

 

 「軍楽隊は流石です。行進速度も20%上がりましたし、射撃速度も30%上がりました。何より、訓練期間が飛躍的に短縮できます。」

 

 「凱旋時の評判も上々です。」

 

 「隣の侯爵家領軍が呆れた目で見ていました。」

 

 「流石だな、我がレッドコートは!」

 

 

 アーサーの言葉に3人は一斉に拍手する。実際、兵卒含め全員が赤いコートを着て鎧も着ず、銃と銃剣を持ち剣も持たず、軍楽隊の演奏に合わせて横隊行進する様は事情を知らぬものには道楽以外の何者にも見えない。

 

 3人の大隊長も今でこそこんなだが、これは彼らがマスケット銃兵の効率的運用に向けてひたすら試行錯誤してきた過程に全員参加していたからに他ならない。

 ちなみにアーサーはこの為だけに大嫌いな算術を必死に駆使して行進射撃の有効性を計算したりしている。

 

 そんなアーサーらスコットランド家の人間全員が目的としているもの。それが

 

 

 「これならばご先祖様がついぞ倒せなかったという、伝説のエルフにも勝てるかもしれん!」

 

 

 であった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 スコットランド伯爵家初代当主は聖戦に従軍し、多大な戦果を挙げた。火のトライアングルメイジとして、部隊の指揮官として、それはそれは優秀な人間だったらしい。

 だがその彼をもってして、エルフとの決戦では手も足も出せなかったと彼の日記には書かれている。

 

 『数百のエルフを相手に我が個の武など大波を前にする小船に等し。されど我が兵の魔法と弓矢では、エルフに傷も付けられぬ……』

 

 そして子孫に対し

 

 『必ずやエルフをも倒せし軍を作れ』

 

 と残していた。代々の当主は領軍を鍛え、そして先代当主はついに魔法の効かぬエルフに対する答えを見つけたのだった。

 ……実際に使ってみたら人間やら亜人に対しても十分以上に効果があったというのは後から分かったことであった。

 

 

 

 「まあしかし、次の聖戦はいつなのだろうなぁ……」

 

 「最近の教皇はどうも弱腰ですからな。異端だの何だの、人間と戦うばかりでエルフと戦おうと致しませぬ。」

 

 「この分ですと、聖戦資金は少し取り崩してもう一大隊作ったほうがよいやも知れませぬぞ。」

 

 

 ともかく、玩具伯アーサー・スコットランドとその家はこんな感じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日常が変わりだしたのは、ある日の家令の報告が始まりであった。

 

 

 「アーサー様、気になる報告がございます。……スタンフォード伯爵を中心に北部貴族の一部が反乱とか。」

 

 「なに、それは事実か?」

 

 

 先日とどいた王弟処刑に引き続き反乱。血生臭いことは続くのか、と思うがそこは武人。すぐに聞くべきことを訊く。

 

 

 「王都から何か命令は。」

 

 「ございません。周りの領では領軍を召集させられているようですので……まあ、若干疑われているかもしれませぬな。」

 

 「中央の政治には関わりとうないのだ……。」

 

 「まあそれは……。ともかく、北部諸侯と申しましてもそこまでの大乱ではありませぬ。我が家に使いが来ていませぬことから考えましても、王軍が鎮圧するでしょう。」

 

 

 家令の言葉にアーサーも頷く。諸侯軍最大の弱点は、空海軍が貧弱な点だ。陸軍以上に金を食う戦艦を持てる家など、おいそれといはしない。そしてアルビオン王国空海軍は世界最強だ。勝敗の行方など分かりきっている。

 

 

 「まあ一応、第2大隊にも即応体制に入らせよ。」

 

 「はっ。第3大隊はいかが致しますか。」

 

 「全体動員では怪しまれよう。……だが、第4大隊の訓練は急がせよ。もしかするともしかするかもしれん。」

 

 「はっ。」

 

 

 一礼し駆け去る家令を見、アーサーは大嫌いな書類仕事にまた戻るのだった。

 ただ、変化はこれだけでは終わらない。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 「ロイヤル・ゾーリンゲンが行方不明だと?」

 

 「ゾブリンにございます。ロイヤル・ゾブリン。」

 

 ちなみにどちらも異なり、正式名称は「ロイヤル・ソヴリン」だったりするが、この程度であれば北部までの伝言ゲームを考えると誤差の範囲内に過ぎない。

 

 反乱、反乱、行方不明、謎の火災、謎の暗殺とここ最近物騒な報告が続いていたが、今回のことはそれにしても大きなニュースだ。

 アルビオン王国が威信をかけて作った超巨大戦艦。碌に戦わずに行方不明というのだから、王軍の面子丸つぶれである。

 

 

 「あれは艦砲も大きいと聞いたな……。」

 

 「超弩級艦なんだとか。」

 

 「我が軍の野戦砲も大きくするか。」

 

 「動かせず要塞砲に改名しなければならなくなりましょう。」

 

 

 まあぶっちゃけスコットランド伯家には関係のない話である。正直どうでもいい。いつも我々のことをバカにするからこうなるんだ。

 と、気楽に構えていた伯家の人間代表、アーサーであったが、その日の午後突然現れた使いには流石に動揺を隠せなかった。

 

 

 

 「……反乱だと?」

 

 「いえ、革命にございますわ。我らを導きくださる、始祖より続く虚無の力により腐敗せし王家を革めるのです。」

 

 

 何処からか突然現れた女性、シェフィールドを名乗る女の突然の申し出に、流石のアーサーも驚く。内密の話ということで家令をも離しているが、いちおうここはスコットランド家の屋敷内だ。こうも堂々と口に出すとはバカなのか、よほどの大事か。

 

 

 「失礼だが、その……勝算はあるのかね。」

 

 「あら、虚無の力をお疑いでして?」

 

 「いや、まあ虚無とやらも無学な私には分からぬがね……こうも重大事を無警戒に言われると、私としては疑わざるをえんのだよ。」

 

 

 アーサーの明け透けな言葉にシェフィールドは目を大げさに大きくし、まあとやはり大げさに声を上げる。

 

 

 「流石、武人として名高いスコットランド伯ですわ。そうですね、それでしたらお疑いも最もですわ。」

 

 「正直、私も貴族には好かれておりませんのでね。頷いた瞬間に監査が踏み込んで来られると困りますのでな。」

 

 

 そう言いつつ、アーサーは上着の胸ポケットから短銃を取り出す。命中精度はロケット花火以下だが、この発砲音が響けばいかな密室といえど外から衛兵が駆けつけるだろう。

 しかし、それを目にしてもなおシェフィールドという女の顔色は変わらなかった。

 

 

 「……ではお話しましょう。我らが議長、クロムウェル様の虚無のお力を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェフィールドの話はなかなか驚きのものだった。

 死者を蘇生する力。それも凄いが、何より既に協力を約している諸侯の数が凄い。

 

 

 「ノーランド、アイルランド、ポーツマス……恐ろしい。北部はほぼ全て、それに私でも知っている王党派貴族までか……。」

 

 「ええ。先の王弟殿下処刑以来、王家の専横には皆うんざりとしています。腐敗ともども革することを皆様願っておいででした。

 スコットランド伯も、王家からは言われなき扱いをお受けしていると聞き及んでおりますわ。」

 

 「ううむ……。」

 

 

 自信を裏打ちする、確かな勝算であった。正直、ここまで聞くと王家に味方した場合に勝てる見込みの方が見つけるのが難しそうだった。

 ……そして、ここまで開けっぴろげに話すその態度からして、どうにもこちらが否と言うことはできないらしいとアーサーは感じ取っていた。死者の蘇生が事実なら、一度殺しても向こうに損はないのだろう。

 

 

 「一つ、確認してもよろしいか?」

 

 「ええ、なんなりと。」

 

 

 だから、アーサーは1つだけ最後に尋ねた。

 

 

 「議長閣下は聖戦を望んでおられるのか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この年、アルビオン王国では未曾有の大反乱が勃発した。

 貴族連合レコン・キスタが議長オリバー・クロムウェルの号令一下蜂起。アルビオン王国北部を中心に、多くの諸侯はこれに賛同。その中にはスコットランド伯爵の名も含まれていた。

 

 

 

 アーサーは貴族連合の蜂起と同時にこれへの賛同を宣言。編成し終わったばかりの第4大隊を領地の守備に残し、直ちにレコン・キスタ本隊の駐するスターリングへ向けて自身と軍を進めた。

 周囲の代官諸侯領はまともな領軍もいなかったので、通過。その際代官は即座に降伏を申し出たので、これもクロムウェルへの手土産とする。

 

 諸侯が傭兵らを急ぎ動員する中、迅速なスコットランド伯軍に対応できる軍はほとんど存在しなかった。アーサーらがようやく会敵したのは出立から5日目、目的地スターリングまで80キロメルといった地点であった。

 

 

 「伯爵様、斥候より連絡です!北方10キロメルに王党派諸侯軍を確認。数、2000だそうです!」

 

 「全隊、横列急げ!戦列構え!」

 

 

 草原ながらも起伏に富んだ地形な為に索敵こそ遅れたもの、日頃の訓練により戦闘隊形を組む速さは圧倒的に勝っている。

 スコットランド伯軍が戦列を組み、軍楽隊のマーチの中行進を始めた頃、敵諸侯軍は未だ横列を組もうと四苦八苦している最中であった。

 

 

 「砲兵、撃て!」

 

 「はっ!砲兵、撃たせます!」

 

 

 伝令に命じ、丘の上に陣取った15門の12リーブル砲を撃たせる。眼下の3人の大隊長率いる1500名のレッドコートが粛々と前進する中、あまりに早いこちらの動きに焦る敵陣に砲弾までも降り注ぎ始める。

 近衛と共にレッドコートの前進に合わせて前へ進みだしたアーサーの目にも、敵の狼狽振りが加速したのは手に取るように分かった。

 

 更に混乱を加速させる敵軍がようやく迎撃体制を整えたのはレッドコートとの距離を1キロメルにまで縮めた頃であった。

 

 

 「敵、魔法確認!規模……」

 

 「あれはライン……それも火か。……私と同じだな。」

 

 

 貴族の指揮官らしき男が魔法を放ったのを機に、敵諸侯軍はわらわらと突撃を開始する。傭兵と徴兵した民兵が中心なのか、これまでの砲撃で大分士気が低下しているのがここからでも良く分かる。

 

 

 「砲撃中止!移動準備させろ!」

 

 「はっ!」

 

 「メイク・レディ!」

 

 

 誤射を避けるため砲撃中止を命じたのと、前線の大隊長が部下に射撃準備を命じたのは同時であった。

 敵はレッドコートから500メイルの位置にまで突撃しており、こちらからの攻撃がないことに希望を見たのか、走る速度を更に上げて接近してくる。

 

 

 

 

 

 

 距離150メイル

 

 

 「テイク・エイム!」

 

 これまでの賊や亜人の討伐では見たことがないほどの規模の敵に対し緊張する銃兵の様子がアーサーにも伝わってくる。それでも発砲しないレッドコートの練度にアーサーは大いに満足する。

 

 

 距離80メイル

 

 

 「ファイヤー!!」

 

 バババババーン!!!

 

 「セカンドライン・ファイヤー!!」

 

 バババババーン!!!

 

 

 誰もが初めて経験する1500発の轟音に、敵の突撃の喚声も、味方の指揮官の号令も聞こえなくなる。バカに鳴った耳には、大隊長のガラガラ声が掠れそうに「メイク・レディ」と言っているのがかろうじて聞こえる程度だ。

 それでも、レッドコートは直前まで後方から聴こえていたマーチのリズムを思い出しながら銃に弾を篭める。

 斉射で前線を大いに後退させられた敵軍がこちらに接敵するまで、後もう一斉射できることは、訓練で分かっている。だからこそ、リズムに合わせて落ち着いて装弾できる。

 

 

 「テイク・エイム!!」

 

 じゃっ!

 

 

 ようやく聞こえてきた耳に、ガラガラ声の号令が入ってくる。硝煙で見えづらくなった視界の中、小汚い革鎧をまとった男たちが見えるか見えないか。その胸に銃口の先を向ける。顔が確認できないので白目は見えないが、大隊長はうまくやってくれるだろう。

 

 

 「ファイヤー!!」

 

 バババババーン!!!

 

 「セカンドライン・ファイヤー!!」

 

 バババババーン!!!

 

 

 更に爆音と硝煙。流石にもう装弾の暇はない。次があるとすれば突撃だ。バカに鳴った耳で号令は聞こえないが、急いで腰の銃剣を抜き、マスケットに装着する。

 

 

 「チャージ!!!(突撃!!!)」

 

 ワーーーッ!!!

 

 

 かすかに聞こえた号令と、隣の戦友の動きに従い銃を腰だめに一気に突撃する。転がる敵の死体を踏みつけながら走り煙から抜けてみれば、敵はバラバラと背走を始めていた。奥で豪奢な兜をかぶった男が怒鳴っているが、あれが指揮官だろう。

 そのまま一気に突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 綺麗に二斉射が決まり、敵は士気崩壊したらしい。

 大隊長らの号令一下突撃するレッドーコートを見ながら、アーサーは勝利を確信した。どんなに訓練しても、一度士気崩壊した軍はなかなか再編できない。烏合の衆となればなおさらだ。

 

 

 「勝ったな。」

 

 「はっ。この分であれば、王軍も恐ろしくはありませんな。」

 

 「ライン、トライアングルクラスのメイジが多数いれば分からんがな。」

 

 

 近衛と言葉を交わしながら地図を開く。

 

 

 「伝令、大隊長らに2つ先の丘で軍を再編するよう伝えてくれ。砲兵にも頼む。」

 

 「はっ。」

 

 

 戦闘後の指示を開始するアーサーを中心に多くの伝令が駆け始める。後にスターリングの会戦と呼ばれる反乱軍の初戦は、こうしてあっけなく終わりを迎えた。この戦いに勝利したスコットランド伯軍は無事、スターリングにて反乱諸侯軍の終結を待つクロムウェルの下に一番槍の手柄と共に到着したのであった。

 

 クロムウェルは見たこともないような異形の軍であるレッドコートに驚きつつもこれを大いに歓迎し、更にその武勲を大いに称えた。

 

 

 こうして空中大陸アルビオンにおける未曾有の大乱は、その全土に知れ渡ったのであった。 

 

 

 

 

 

 

  




続く……かも?

ご意見・感想お聞かせ下さい。


<追記>
戦列歩兵(作中におけるレッドコート)に対するつっこみに対して

・なんで鎧着ないの?
→装填作業の邪魔になり、また重いと潰走する敵に突撃ができなくなるからです

・もっと遠くから撃てよ
→マスケット銃の有効射程は100m以内なんです……

・敵が盾持ってたら?
→余裕で打ち抜きます。有効射程は100m以内ですが、飛ばすだけなら600mいくのがマスケット銃。そんなのが80mで撃たれたら……

・有効射程って?
→マスケット銃の場合ですと、撃った弾が当たる射程。マスケット銃最大の欠点は「撃った弾がどこに飛んでいくか分らない」ことでして、遠ければ遠いほど見当違いな方向に飛んでいきます

・毎分4発で精鋭?
→先込め式ですと、これが限界なんです。猛訓練を課さないと、普通は毎分1~2発らしいです。ちなみに、4発撃ったら銃身のお掃除が必要になります

・2斉射で士気崩壊とか……
→60mほどの距離になると、命中率は6割となるのですが、弾がまん丸なせいでこれが当たると体を貫通しないで、粉砕するらしいです。頭に当たると首から上が無くなって、足に当たると下手すると片足が消えるのだとか……。これが周囲数百人で一斉に2度も生じたら、逃げてもしょうがないと思います

・ライフル使えよ……
→当時のライフルは銃口より弾丸が大きく、2分に1発撃つのがやっとだったそうです。


こんな感じでしょうか。私は武器マニアじゃないので詳しい説明はできないのですが、何か疑問がありましたらご指摘ください。答えられる範囲で答えようと思います。
じゃないと戦列歩兵のロマン性が伝わりませんからね!


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