天地神明の真祖龍   作:緋月 弥生

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第9.5話 龍の試練①

「……嫌な予感がしやがる」

 

 未処理の書類が山積みになった部屋で、上官から命令書を受け取ったその軍人は端的に呟いた。

 フーゴ・ヒルデブラント中佐。

 白髪交じりの茶髪をオールバックにした初老の男だが、その鍛え上げられた肉体は全盛期と比較しても全く劣っていない。

 数々の戦場で無数の功績を挙げた、伝説の軍人である。

 その功績を考慮すれば階級はもっと高いはずなのだが、フーゴ本人が進級を拒否して現在の地位に収まっていた。

 

 ――バテュバドム樹海へ進軍せよ。

 

 それは本来ならあり得ない命令だ。

 バテュバドム樹海とは人間の立ち入りが厳しく禁止されている『魔境』である。

 凶暴で狡猾なファレンスウルフ。戦艦を沈めた記録があるタイラントサーペント。トカゲの王である暴君竜。

 樹海の生態系の頂点に立つ彼らは、それこそ最新の兵装を用いてやっと倒せるという化け物なのだ。

 もしも本気でこの『魔境』を攻略するのなら、それこそ世界最強のシュレイド王国軍の総力が必要になるだろう。そして甚大な被害を受ける覚悟も。

 

 確かに大きな犠牲を払ってでも『魔境』を攻略する価値は、ある。

 広大な土地を領地にできるのは勿論のこと、そこに住む希少価値がある生物を捕獲して売り払えば大金が手に入る筈だ。

 それが軍隊が受ける損失と釣り合うかは別として。

 

 しかしフーゴがこの命令を素直に受諾できない理由は別にある。

 驚くべきことに、今回の『魔境』攻略をお偉いさん達に申請したのは生態観測隊らしい。

 あれだけ自然保護を叫び、国が『魔境』に踏み入ることに反対していた連中が、今になって急に掌を返した。

 それどころか、すぐに軍隊を『魔境』に派遣しろと言う始末だ。

 

「どうも胡散クセェな。上の連中、何か隠してやがるな」

 

「やはり中佐殿もそう思いますか?」

 

 葉巻を咥えたままフーゴがそう溢せば、彼の副官を務める女性が反応した。

 アレクシア・ディートリンデ中尉。

 榛色の髪を腰まで伸ばした、エメラルドグリーンの瞳を持つ美女だ。

 軍では男よりも下に見られてしまう女性でありながら、その隔絶した銃の腕でフーゴの副官にまで上り詰めた才人である。

 

「さーて、上でどんな動きがあったのかねぇ。ヤバい事にならなきゃ良いんだが」

 

「……私達『第4独立混成旅団』なら問題ありませんよ。最新式の兵装も支給されるそうですし、何より中佐がいます」

 

 そう言って羨望の眼差しを向けてくるアレクシアに背を向けて、フーゴは天井を仰ぐ。

 

「人間相手ならオレも簡単には負けねぇさ。だが、怪物狩りとなっちゃ話も変わってくる。せいぜい、お互いに生きて帰れるよう頑張ろうぜ」

 

「……はい、中佐殿」

 

 部下にはそう言いながらも、フーゴは心のどこかで確信していたのかもしれない。

 ……『魔境』から生還できるのは、そう何人もいないことに。

 

 

 

 

 

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 ――バテュバドム樹海攻略作戦決行日。

 その早朝に、今回の作戦の総指揮官であるダーヴィット少将からようやく真の目的が語られた。

 曰く、樹海で観測された『新種』と思われる3体の生物を捕獲せよと。

 

(クソジジイめ、それ(・・)が目的かよ)

 

 作戦内容の伝達もそこそこに、朝早くから樹海に向けて進軍を始めた上官の意図を察してフーゴは舌打ちする。

 新種の捕獲。

 なるほど、生態観測隊が率先してゴーサインを出す訳だ。

 とにかく奴らは珍しい生き物に目が無い。

 『魔境』に現れた新種となれば、軍隊に申請まで出して捕獲しようとするのも納得できる。

 しかも『新種』の情報も曖昧で、ダーヴィットは空飛ぶ巨大なトカゲとしか言わなかった。これでどうやってあの広い樹海の中から目当ての生物を見つけ出せというのだ。

 

(くそったれ。金でダーヴィット少将を釣りやがったな、キャロルめ)

 

 フーゴの脳裏に浮かぶのは、自然を意味する緑の制服を着た銀髪の美女。

 変人揃いの生態観測隊を統率するキャロルなら、確かに珍しい『新種』に飛びつくだろう。

 しかし、軍隊も暇ではないのだ。

 『新種』を捕獲したいから『魔境』に行ってくれと言われて、喜んで行くと言うバカなど普通はいない。

 大馬鹿にして、フーゴの上官であるダーヴィット少将を除いて。

 

 『魔境』は危険だ。

 そんなことは子供でも知っている常識で、しかも今回の任務地はあの有名な『蛇の湖』のすぐ近く。

 不用意に接近すれば、軍隊でもタイラントサーペントによって甚大な被害を受けるだろう。

 そんな危険地帯に行きたいと思う軍人など存在しないのだ。

 

 何度も言うように、ダーヴィット少将という大馬鹿を除いて。

 とにかく金の信者。

 ダーヴィットという男はこの一言で説明できる。

 金が好きで、金稼ぎが趣味で、今の地位も実力ではなく金で手に入れた男だ。

 そんな無能に本当に旅団を統率させる訳にいかないので、ダーヴィットの補佐にフーゴが就いているのだが、それはさておき。

 

 金さえ払えばダーヴィットは動く。

 キャロル・アヴァロンに「『新種』を捕獲する道中で、好きなように樹海の生物を捕獲して売り払っても良い」とでも言われたら、ダーヴィットは喜んで『魔境』に向かうだろう。

 そう、まさに今のように。

 

 

 ――この時、フーゴは大きな間違いをしていた。

 まず1つ目の間違いは、キャロルが軍隊に申請したのは捕獲ではなく「『新種』の討伐」であるということ。

 2つ目の間違いは、ダーヴィット少将という男がフーゴの想像以上に金が好きだったということ。

 そして3つ目はダーヴィットの言う『新種』に疑問を持たず、生態観測隊に『新種』の情報を自分から聞きにいかなかったことだ。

 

 

 

 しかし、ミスに気づく時間も修正する暇もない。

 既にダーヴィットの指揮によって、第4独立混成旅団は『魔境』に向けて進軍してしまったのだから。

 

「総員に告ぐ! すぐに部隊を展開せよ!」

 

 思考の海に沈んでいたフーゴは、ダーヴィットのそんな命令を聞いて現実に浮上した。

 お前は馬鹿か? 馬鹿だったな。

 喉まで上がってきたそんな言葉を飲み込んで、フーゴは得意ではない敬語で上官に具申する。

 

「少将殿、お待ち下さい。今から部隊を展開するのは良くないかと」

 

「黙っておれ、ヒルデブラント! (わし)は今回の任務を長引かせるつもりはない。ここまで進軍するだけで10日以上も貴重な時間を無駄にしたのだ」

 

「ですが真夜中に『魔境』で活動するのはあまりにも危険であります。いくら我々が屈強なるシュレイド王国軍と言えども、相手は人間ではなく凶暴な野獣なのです。相手に有利な時間帯で戦う必要などないでしょう」

 

「そのくらい分かっておるわ! だからこそ樹海を焼いて光源を確保する。そうすれば炎で野獣共もおびき出せるという寸法よ」

 

 得意げにそう言う上官の姿に、フーゴは呆れて何も言えなかった。

 樹海を焼くのは良案かもしれないが、自分達が燃やす樹海のど真ん中にいるのにやることではない。

 この広大な樹海に火を放てば、それこそ山火事のようになるだろう。

 火を放った自分達が巻き込まれて死ぬ可能性も十分にある。それどころか捕獲対象の『新種』が焼け死んだら何の意味もない。

 

(いや、確か『新種』は空を飛べるとか言ってたな。なら焼け死ぬことはないか……?)

 

 だとしても、疲弊している兵士達を休ませずに夜間活動など悪手に他ならないのだが。

 

 ダーヴィットの言う『新種』の特徴は3つ。

 体が非常に大きい。トカゲのような見た目で空を飛ぶ。そして3体一緒に行動している、だ。

 本当はキャロルとイザベルによって「火と雷を放つ能力がある」ということもダーヴィットは聞いていたが、この男はそんな生き物が存在する訳がないと決め付けて部下には伝えなかった。

 そして生態観測隊からの申請を無視して、金稼ぎのためにダーヴィットの独断で『新種』を捕獲しようとしていることも。

 

(奴らがご執心の『新種』を捕獲すれば、生態観測隊から莫大な金を受け取ることが出来るじゃろう。いや、変人達のことだ、金と一緒に体も要求すれば……)

 

 少しでも上官の補佐をしようと、必死で部隊の展開を指揮するフーゴの隣でダーヴィットは下卑た想像をする。

 生態観測隊のツートップであるキャロル・アヴァロンとイザベル・ハインリヒ。

 大金だけではなく、あの美女の体すらも『新種』の代金として得られるかもしれない、と。

 

 そして、バテュバドム樹海での『新種』捕獲作戦が開始された。

 

 まず初めに『蛇の湖』の北側に扇状に展開した歩兵隊が、火炎放射器で樹海を焼き払う。

 当然、自分達が炎に巻き込まれないように燃えやすい枯れ葉などを周囲から取り除いた後で。

 焼け落ちる木々が光源となって辺りを照らす。

 そして炎の光を頼りに、樹海の生き物の乱獲が始まる。

 

「目についた生き物に片っ端から麻酔弾を撃ち込め! 1から4大隊は眠った生き物を捕獲しろ!」

 

「出来るだけ火に近づくな! 自らの安全を最優先とし、無理のない範疇で捕獲を実行せよ!」

 

 歓喜の表情で乱獲を眺めながらダーヴィットが発した声に被せるように、フーゴもまた命令を発した。

 そしてフーゴの隣で、アレクシアが麻酔弾を命中させていく。

 その腕前はまさに百発百中。

 アレクシアから放たれた麻酔弾は動きの速い鳥種まで正確に撃ち抜き、地面に落下させる。

 

「順調ですね、中佐殿!」

 

「……今のところはな。『蛇の湖』に追い込むように樹海を焼いてるから、炎に背を向けて逃げたら大蛇の餌食。樹海に隠れてた生き物は仕方なくオレ達の方へ来るしかない」

 

「流石は中佐殿です」

 

「本当に大したことねぇよ。低学歴のオレが考えられるような作戦だぜ?」

 

 フーゴに指揮官の才覚などない。

 だからこそ進級を自分から辞退して、あまり指揮をせずに済む地位に留まろうとしてるのだ。

 彼が本領を発揮するのは武器を持って敵兵と戦う時で、指揮官として働く時ではない。

 

 ――と、その時だ。

 

「敵襲ーーーッ!!」

 

 前線にいた若い兵士が、必死の形相で叫ぶ。

 そして、空から純白の光が降臨した。

 まるで王冠のように見える4本の角。闇夜でも輝く真白の体毛と鱗。真紅に輝く双眸。神々しく壮大な翼。

 その姿は、まさしく伝説とされるドラゴン。

 

 純白の龍は、フーゴとアレクシアに驚く暇も与えなかった。

 夜空を覆うほどの巨大な翼が少し動くだけで爆風が荒れ狂い、歴戦の軍人と銃の名手を遥か遠くへと吹き飛ばす。

 

「アレクシア!」

 

 フーゴは愛用していた銃を空中で投げ捨て、代わりにアレクシアの華奢な体を抱き寄せる。

 そして自分の体を盾にして落下したことで、フーゴの意識は途絶えた。

大切なものは――

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