天地神明の真祖龍   作:緋月 弥生

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第10.5話 キラーズ

 縦3メートル横1メートル。

 成人男性の背丈を超える鋼鉄の立方体が、円を描くように等間隔で並べられていた。

 その中心に、1人の女が立っている。

 膝下まで伸ばした長い漆黒の髪を一房の三つ編みとし、露出の激しい黒のドレスを纏ってスレンダーな肢体を惜しげもなく晒している絶世の美女だ。

 その優れた容姿と衣装も相まって、彼女を知らない人は遊女だと間違うかもしれない。

 だが、違う。

 

「シッ――!」

 

 広い地下室に響く鋭い呼気。

 それと共に、黒の女がその手に握った身の丈ほどもある大太刀を振るった。

 刃が閃く。

 歴戦の猛者ですら、反応はおろか視認することも不可能な神速の斬撃。人類の到達点の1つ。

 無音で。

 女性を取り囲むように並べられていた巨大な鉄の塊が、まるでバターのように両断された。

 鋼の刃で、一度の斬撃で、人間より巨大な無数の鉄塊をまとめて斬り裂く。

 

 ――絶技だ。

 

 胸元と腕を露出しているのは、衣服に太刀を振る動作を邪魔されない為だ。右足だけが太腿まで露出するスリットスカートになっているドレスを選んだのは、斬撃の起点となる踏み込みを邪魔されない為だ。

 このドレスは、彼女の極まった剣術を阻害しないことを考慮して作られている。

 

「相変わらず凄まじい剣の腕前ですね。流石はシュレイド王国で最強の剣士、フランシスカ・スレイヤー」

 

「ふん。このような遊戯を見た程度で、私の実力を測ってもらっては困るな。キャロル・アヴァロン」

 

 すぐ近くで今の絶技を見ていたキャロルの素直な称賛に、しかしフランシスカと呼ばれた女は不機嫌そうに言葉を返す。

 確かに人から見れば絶技かもしれないが、フランシスカにとっては鉄塊を斬り裂くなど出来るのが当たり前のことなのだ。

 二足歩行で歩くことを褒められて喜ぶ人間はいるだろうか? 母国語で話すことを称賛されて嬉しい人間はいるだろうか?

 普通はそんな人間はいない。

 何故ならそれは誰でも出来る当たり前のことで、つまりフランシスカにとっては鉄塊の切断など、立って歩くのと同じくらいのことなのだ。

 

 価値観から他者とズレているフランシスカにキャロルは苦笑して、鉄塊の切断面を指でなぞる。

 するとキャロルの指先に大理石のようなツルツルとした感触が伝わってきた。覗き込めば鏡のようにキャロルの美貌が写るくらいだ。

 

「本当に凄いですね、これ」

 

「世辞は要らん。私とお前の仲だ、話くらいは聞いてやる。わざわざ私に何の用だ?」

 

 腰の鞘に大太刀を納めながらのフランシスカの言葉に、キャロルは再び苦笑を浮かべた。

 そして咳払いをすると、本題に入る。

 

「今から3年前。バテュバドム樹海でとある『新種』が発見されてから、次々と旧来の生物を凌駕する存在が現れました」

 

怪物(モンスター)か。暇を持て余していた軍隊サマは、遊び相手が現れてさぞかしお喜びだろう。生態観測隊のお前も給料と仕事が増えたようで何よりだ。科学が発展した今の世の中でも未だに剣で遊ぶ私には、全く縁のない話だよ」

 

 キャロルの言葉を遮って、フランシスカは皮肉に笑う。

 しかしキャロルは表情を崩さずに、そっと目を伏せて話を続けた。

 

「ずっとこの地下室に籠もっている世捨て人のあなたは知らないでしょうね。……シュレイド軍は半壊しました。現存する兵器ではモンスターの殲滅どころか、街の防衛すらままなりません」

 

「な……」

 

 泰然自若なフランシスカの表情に驚愕が浮かぶのを見たのは、長く友人関係を築いてきたキャロルも初めてのことだった。

 最強を揺るがしたことに少しだけ小気味良く感じながら、キャロルは続きを話す。

 

「モンスターの被害は甚大です。こうしている今も、多くの人が怪物達の餌食になっている。これはシュレイド王国だけではありません。その他の国全てが竜の襲撃で揺らいでいます。……既に滅びた小国から列強国に難民まで流れている」

 

 そこで一度話を区切り、キャロルは部屋の隅に置いてあった荷物の中から、棒状の包みを取り出した。

 怪訝な表情のフランシスカの目前で、キャロルが包みの布を取り払う。

 

 現れたのは、素人でも一目で分かるほどの名刀だった。

 光り輝く白金の如き刀身は、これまで数多の名刀を見てきたフランシスカですら息を呑むほどに美しい。

 フランシスカが今使っている大太刀も王国最高と名高い鍛治屋に作らせたものだが、それでもこの太刀とは比べ物にならない。

 絶剣、という表現がこれほど似合う太刀は他にないだろう。

 

「驚くのはまだ早いですよ、っと」

 

 そう言ってキャロルがおもむろに太刀を振ると、フランシスカによって両断されていた鉄塊が再び真っ二つになった。

 これにはフランシスカも呆然とし、キャロルと絶剣を凝視する。

 

「おい、一体どんな手品だ? 太刀の握り方、振り方、体捌きも全て素人同然で、しかも踏み込みすら無い棒立ちの状態からどうして鉄塊が斬れる?」

 

「タネも仕掛けもありませんよ。それだけこの太刀の切れ味が凄いってだけです。良いデモンストレーションになったでしょう?」

 

 悪戯が成功した子供のようにクスクス笑って、キャロルは絶剣をフランシスカに差し出す。

 

「この太刀は世界で最初に発見されたモンスター……そのタマゴを素材として作られたんです。信じられないでしょう? 本来は脆いはずのタマゴの殻で、これほどの武器が生産出来るんです」

 

 ――何という皮肉だろうか。

 

「たかがタマゴの殻でこれです。もしも牙や爪を素材にすれば?」

 

 ――後に祖龍ミラルーツが宿敵として何度も戦うことになる、人類最強の女フランシスカ。

 

「フランシスカ。あなたは強すぎるが故に、今まで同等に戦える相手がいなくて世捨て人になってしまった。しかし、あなたがこの地下室に籠る必要はもう無くなりました」

 

 ――彼女が握る武器が、祖龍(じぶん)の素材で作られているとは。

 

「興味はありませんか。竜の素材で作られた無数の武具、軍隊すら半壊させる強大なモンスター達。人智を超えた彼らとの、戦場に」

 

 フランシスカが。

 人類最強が、凶悪な笑みを浮かべる。

 まるで飢えた獣が、極上の獲物を見つけたように。

 

「1つ訂正ですよ、フランシスカ。あなたは先ほど私を生態観測隊と言いましたが、その組織は既に解体されました。今の私は『竜種観測隊』です。そしてモンスターの対策を国から任された私は、1つの案を出しました。モンスターを狩ることのみに特化した専門職の成立」

 

 そして、人類最古の狩人が。

 

「その名を竜を殺す者達(キラーズ)。あなたが世界初のキラーズになってくれるのであれば、私はあなたにこの太刀と戦場を差し上げましょう」

 

「……」

 

 フランシスカが、祖龍の太刀を握る。

 古代暦1587年。

 後の世界でハンターと呼ばれるようになる職業の雛形が、誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

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 シュレイド王国東部。

 豊かな森に囲まれた静かな街があったそこは、今では凄惨な地獄と化していた。

 人々に木材などの資源を与えていた豊かなその森は、もはや侵入不可能の『魔境』の1つになっている。理由はもちろん、人の力ではどうしようもない強大な怪物達が住み着いたからだ。

 最初の頃は駐在軍がモンスターの殲滅のために森へ入っていたが、部隊は全滅。

 むしろモンスター達に人間の味を覚えさせるだけの結果となり、街は毎日モンスターの襲撃を受けるようになってしまった。

 

 当然ながら街を離れようとした人々もいたが、彼らは他の街に辿り着く前に怪物の腹に収まってしまった。

 逃げることも出来ない。戦う手段もない。

 王都に軍隊の出撃を申請しても、手一杯だと言われて助けはこない。

 どうしようもないまま、街は今日もまた竜の襲撃を受けてしまった。

 

「うあああああああああ、あ、ぎぃゃっ!?」

 

 時刻は正午。

 街の南端にある広場にいた男性の断末魔から、最悪の地獄は始まってしまう。

 平和な街に現れたのは、家よりも巨大なバケモノだ。

 翼と一体となった強靭な前脚に、ガチガチと音を鳴らす巨大なアギト。四足歩行で移動するその怪物は、巨体にも関わらず馬よりも速く走る。

 

 ――ワイバーンレックス。

 

 轟竜ティガレックスの祖先であるとされ、モンスターの中でも極めて強大な力と凶暴性を持つ竜だ。

 断末魔を上げた男性は、その鋭い牙に噛み砕かれてアギトの奥へと消えていく。

 

 目の前で繰り広げられるあまりに凄惨な光景。

 残酷極まりない弱肉強食の世界を目の当たりにして、喰い殺された男性の娘は恐怖でその場に座り込んでしまった。

 圧倒的な竜の絶望と恐怖。

 そして父親を目の前で喰い殺されるというショックに、平和に暮らしていた少女が耐えられる訳がない。

 それは仕方のないことで、ワイバーンレックスには獲物を追う手間が省けて都合が良いことだ。

 

 最初の獲物を食べ終えたワイバーンレックスは、震えて蹲る少女を次の獲物として狙いを定める。

 もう少女の命運は決まった。

 僅か16年という短い人生の終わりを悟って、少女は目を閉じてやってくる恐怖と苦痛を待つ。

 しかし、いつまで待っても終わりはこなかった。

 恐る恐る目を開けると、ワイバーンレックスは少女の目前で止まっている。

 

 ――否、止められていた。

 

「まさかこんなに早く会えるとは思ってもいなかったぞ、モンスター。最初の任務地にライラットの街を選んだのは正解だったようだ」

 

 ワイバーンレックスの尻尾の先に、戦いを知らぬ少女ですら見惚れる太刀が突き刺さっていた。

 巨大な竜を大地へ縫い止めるソレを握っているのは、黒い髪の美女だ。

 艶やかな衣装に身を包んでいるが、その女性からは色気や愛らしさといったものは一切感じない。

 ただ、絶対者としての圧倒的な威圧感と風格のみが放たれている。

 

 その光景に少女が疑問の声を出すより早く。

 竜の形をした怪物と、人の形をした怪物の決戦が始まった。

 

 自身の尻尾が斬り裂かれることにも厭わず、ワイバーンレックスは強引に女――フランシスカの拘束から逃れる。

 そしてそのまま巨体を反転させると、翼膜と一体化した強靭な前脚を使って叩きつけを繰り出した。

 大地すら砕くその一撃を、しかしフランシスカは余裕を持って回避する。

 

「返礼だ、モンスター。遠慮なく受け取ると良い」

 

 軽口を1つ。

 まるで隣人に挨拶するような気軽さで呟くと、フランシスカは躊躇なく竜の懐へ飛び込んだ。

 そして白金の太刀を振るうと、銃弾すら弾くワイバーンレックスの鱗を簡単に斬り裂く。

 ワイバーンレックスの腹から鮮血が溢れ、巨体が激痛で怯む。

 その隙が致命的だった。

 

「るるあああああッ!」

 

 獣のような雄叫びと共に、フランシスカの長い足が竜のアギトを真下から蹴り上げる。それだけで竜の巨体が後ろへのけ反り、さらに隙を晒した竜に次々と斬撃が叩き込まれた。

 前脚、尻尾、背中、後ろ足!

 神速の斬撃が次々と竜の体を削り取り、ワイバーンレックスの全身が一瞬で真っ赤に染まっていく。

 しかし、ワイバーンレックスも無抵抗では終わらない。

 

「――ッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 音が、爆発した。

 ティガレックス希少種すら凌駕するその咆哮は衝撃波を伴い、付近の建築物をまとめて破壊していく。

 そしてフランシスカと近くにいた少女にもその猛威が迫るが、狩人は余裕を崩さなかった。

 むしろ笑みすら浮かべて、太刀を鞘へ戻す。

 そして鞘に納めた太刀の柄を握り直すと、フランシスカは左半身を後ろに引いて右足を強く前へ踏み出した。

 

「あまり吠えるなよ、トカゲ」

 

 ――斬。

 

 鞘から太刀を抜く過程で刀身を加速させ、神速の一撃を放つ抜刀術。

 剣の極地へ踏み込んだフランシスカの抜刀術は、目には見えない衝撃波すらも両断してみせた。

 周囲一帯を破壊し尽くすはずだった咆哮はフランシスカの目前で霧散し、狩人の背後だけは影響を受けずに済んだ。

 

 切り札が通じなかったワイバーンレックスはすぐに撤退を開始するが、狩人はそれを許さない。

 極上の獲物を見逃す狩人などいない!

 

 右足で踏み込み、フランシスカの姿が消える。

 刹那、狩人はワイバーンレックスの前に回り込んでいた。

 そして、斬撃。

 驚愕に目を見開いたワイバーンレックスの首が大地へ落ちる。

 

「存外楽しめたが……次のモンスターは、もう少し手応えがあると良いな」

 

 見上げるほどに巨大な竜を圧倒しても呼吸すら乱さない超越者は、次の獲物を求めて彷徨い歩く。

 

 

 

 

 

 

 そして、人類の反撃が始まった。






※人類の反撃が始まる✖︎
 フランシスカの虐殺が始まる◯


大切なものは――

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  • 質ではない、更新速度だッ!
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