――体内で循環する龍脈を一点に収束させて、大部分の力を封印することで龍としてのスケールを落としていく。
少しずつ目線が変わり、私の体もまた変化を始めた。
そして純白の龍だった私の体は、腰まで白い髪を伸ばした少女の姿へと変化する。
「やった、成功ーっ! 見てよ2人とも、私ってば完全に人間の姿になった!」
弟達に見せつけるようにくるりと回転すると、私の素材から作られたらしい白のドレスワンピースがふわりと舞う。
やばい、めっちゃテンション上がるわ。
毎日ひたすら練習を続けた甲斐があったよ……。
ちゃんと数えてないから正確な日数は分からないけど、私が擬人化を習得した今日までに数年は経過したんじゃないかな。
あー、諦めなくて良かったよ。
努力は報われるなんて言葉はただの綺麗事だと思ってたけど、本当に報われることもあるんだね。
やっぱり祖龍に擬人化能力なんてないのかもって、1年が経過した辺りから凄い不安だったからさ。
だけど大喜びする私とは反対に、バルカンはあまり嬉しそうな顔をしてくれない。
むしろちょっと嫌な顔してる。
まぁ、ドラゴンだからあまり顔に感情は現れないんだけどね。表情筋はないし。
けれども私は産まれてからずっと一緒にいたお姉ちゃんだから。僅かな表情の変化からでも、弟の感情を読み取るくらい簡単なのです。
ともあれ、湖畔で暮らしていた時にがっつり人間に襲撃されたことがあるし。
バルカンが人間嫌いなのも仕方ないと思う。
元人間の私としては、人間の中にも私達に友好的な人もきっといると信じて欲しいところだよ。
生存競争や弱肉強食な理由で争うのはどうしようもないけど、憎悪で人と龍が争うのは嫌だよね。
人と龍の関係についてはこれから考えるとして。
「バルカン、私の姿ってどんな感じ? 容姿とか目の色とか」
『姉上はどのようなお姿でも美しいので、容姿については気になさる必要はないかと。むしろこの世界の全ての存在は、姉上のお姿を美の基準点と考えるべきでしょうから。それと目の色は赤ですね』
私なんかを美の基準点にしたら大惨事になっちゃうわ。
いつものバルカンのお世辞は受け流すとして……へぇ、私の目の色って赤なんだ。
祖龍の時も赤色だったから、体色も龍の姿が基準になるのかな。
肌も髪も服までも白一色だし。
……でも9割が真っ白な中で、目の色だけ赤ってかなり不気味じゃない?
街に潜入するために擬人化を習得したのに、人間の姿が不気味で警戒されたら意味ないし。
……大丈夫だと思っておこう。
『ルー姉。朝。から。うる。さい。眠い。』
そんな感じで初めての擬人化ではしゃいでいると、すぐ後ろからボレアスが不機嫌そうな声を出した。
そう言いながらも私から離れないところが可愛いよね。生意気な弟が愛おしいわ。
ニマニマしながら背伸びして寝そべっているボレアスの鼻先を撫でてあげると、露骨に嫌そうな顔をするけど逃げようとはしない。
やばいね。
湖畔でボレアスが砲撃されてから、私のブラコンが悪化してる気がする。
『ボレアス、ちゃんと喋ろうと思わんのか。姉上に対してその様な言葉遣い、不敬であるぞ』
『バル兄。うざい。人の。言葉。とか。怠い。』
そう、そうなのです。
2年間みっちりと言葉を教えたから、2人ともちゃんと喋れるようになったんだよー。
でもボレアスはバルカン以上に人間が嫌いだから、人の言葉で話す時は最低限のことしか言おうとしない。私の授業もやる気なさそうに受けてたけど、人の言葉を習得するのは早かった。
俗に言う天才タイプらしいね、ボレアスは。
クラスに1人はいるよねー。全く勉強してる様子はないのに、何故かテストで高得点を取る人って。
ボレアスもそれに近いタイプっぽい。
反対にバルカンは凄い真面目。
嫌いな人間の言葉でもしっかり私の授業に取り組んでくれて、凄く流暢に会話ができるようになった。
ボレアスと正反対な秀才タイプだね。
バルカンの一人称が「我」なのはどうかと思うけど。
どちらかと言うと「僕」ってイメージじゃない? 甘えん坊だし、昔はいつも弟のボレアスに喧嘩で負けてたし。
最近は気が強くなって、ボレアスが相手でも食い下がれるようになったけどね。
あと姉上じゃなくてお姉ちゃんって呼んで欲しかったんだけど、恥ずかしいから姉上で許して欲しいと懇願されて諦めた。
残念。
ともあれ、この山に引越した時の大きな目標2つは達成できたことになる。
数年くらい人前には姿を現していないし、そろそろ『軍隊襲撃』の騒ぎも終息したでしょ。
よし!
そろそろ次の目標である、人間の街の中への侵入を決行しよう。
え?
ボレアスとバルカンの擬人化?
……とっくに出来てるよ。
実は私よりも数ヶ月くらい早く、ボレアスとバルカンは擬人化を習得した。それはもう、あっさりと。
ち、ちゃうねん。
私は常にこの山全体を雷雲で覆っているから、必然的に2つのことを同時に行うことになっちゃったのよ。
もしも擬人化だけに集中してたら、きっと私が1番早くに擬人化していたのだよ! きっと! 多分!
そうだと良いな……。
私が最も恐れているのはボレアスとバルカンの下克上だ。
弱肉強食がルールの自然界で、自分より弱い相手に従う龍なんて存在する訳がない。
ボレアスもバルカンもプライドが高いし。
大蛇の一件でも分かるように、格下の相手に舐められた時の2人のキレ方は本当に凄いからね。
私は絶対に「尊敬されるお姉ちゃん」でいるべきなんだ。
だから、今回の擬人化のように劣っているところを露呈するのは本当にマズい。
バルカンは勝手に「流石は姉上! 我らとは比較にならないそのお力は、姉上の技量でも人間如きのレベルに落とすのは大変なのですね!」みたいに都合よく勘違いしてくれたから良かったけど。
これからはもっと気を引き締める必要がある。
久しぶりの人間の手で軽く頬を叩いて気合を入れ直し、私は擬人化を解除して元の姿に。
こっちが元の姿だと感じるんだから、やっぱり私はモンスターなんだよね。今さら祖龍としての生を全うすることに何の抵抗も無いから、別に何の問題もないけどさ。
『姉上。擬人化はもうよろしいのですか?』
人間の姿でも身体能力はかなり高いけど、本来のスペックと比べるとかなり劣るからね。
力を封印して無理やり人の姿になってるから、身体能力や紅雷を扱う出力が下がるのは当たり前だよね。
それに当然だけど、翼も無くなるから飛行能力も失われてしまう。
古龍種にはスタミナの概念が無いから、人の姿でも強引にこの山は走破できる。
だけど流石に時間がかかるし、そんな事しなくても龍化して飛ぶ方が手取り早くて楽だからねー。
なので、人里への移動は龍形態で行います。
まずは山の周囲に展開していた雷雲を解除し、翼を広げて一瞬で晴天となった空へと上昇した。
もう私が何も言わなくても、ボレアスとバルカンは自然について来てくれる。
さてと。
簡単に人里に行くって言ったけど、私ってばこの世界の地理なんてさっぱり知らないんだよねー。
もちろんゲームに登場するマップは全て暗記してるけど、ここは太古のモンハン世界だし。
ゲームの知識は今のところあんまり役に立ってない。
反対に世界観の設定みたいな知識はめっちゃ役に立ってるけどね。ゲームの攻略本だけじゃなくて、設定資料集も読んでて良かった。
ともかく、祖龍の飛行速度にモノを言わせて人里を探し回るしかない訳だ。
目視出来なくても私には電撃能力の応用で生み出したレーダーがあるから、接近すれば人間の生体反応は感知できるしね。
私達の飛行速度はジェット機より速いらしいから、力技で街を見つけるのはそこまで大変じゃなさそう。
そんな事をダラダラと考えながら飛んでいると、レーダーが人間の反応をキャッチした。
やった、かなり近い!
軽く翼を動かして、左方向へと進路を変更。
発見される危険を考慮して高度を上げ、慎重に人間の街に接近する。
ラッキーなことに、私が見つけた街の周囲には森があった。
龍の姿で接近するのは論外だけど、あの森に着地してから擬人化すれば中に入れそう。
念には念を入れて、森の奥地に着地する。
本当はもっと街に近い場所に降りたかったけど、龍の姿がバレたら身を隠した意味がなくなるからね。
活動方針はいのちをだいじに。
……いや、隠密行動を大事にかも。
さっき成功した感覚を思い出しながら、私は体内の龍脈を収束させて擬人化する。
「よし、成功っと。ボレアスとバルカンも早く」
『人。の。姿。嫌い。なの。に。』
『文句を言うな、姉上のご命令だぞ。たとえ忌々しい人間の姿でも、甘んじて受け入れるべきだ』
うーん、どうしたら弟達の人間嫌いは治るのかなー。
今日中に人間の友達を作ることって言ったらワンチャンあるかな?
……ダメだ、失敗する予感しかしない。
ボレアスは間違いなく人間と馴れ合わないよね。
バルカンは、私の指示なら内心は嫌でも従ってくれると思うけど、近くにいる人をボコボコにして無理やり「私はバルカンの友達です」って言わせそう。
よし、この作戦はナシで!
私はアレコレと人と龍仲良し大作戦を考案しているうちに、弟達の擬人化が終わった。
まずボレアスは私よりも頭一つ背の低い少年の姿に。
髪の色はボレアスのメインカラーである漆黒で、前髪が長くて黄金色の瞳が隠れている。
そしてバルカンは身長180を超える赤髪の青年の姿に。
何故かメガネをかけていて、その奥にはルビーのような鮮やかな赤色の瞳が光を放っている。
ずっと思ってたけど、そのメガネ必要ある?
私達の視力って天体望遠鏡クラスだから、メガネとか絶対に必要ないと思うんだけど。
まぁ、メガネは良い。
だけど納得いかないのは、弟であるバルカンの方が私より身長が高いってことだ!
私がお姉ちゃんなのに!
年上なのに!
どうしてバルカンの方が私より20センチも身長が高いのよ!
うぅ、お姉ちゃんとしての威厳がまた落ちる……。
「あ、姉上? どうしてそのような恨めしい目で我を見るのですか?」
「むむむ……、私も何とかして背を伸ばせないかな。海外のスーパーモデルさんみたいに」
と、その時だ。
「ルー姉。」
「――ッ!」
ボレアスが端的に私の名前を呼ぶのと、茂みの奥からソレが現れるのは全くの同時だった。
祖龍の本能が警鐘を鳴らす。
つまり、ソレは私達ミラ種に傷を与えられるほどの存在だということ。
「――ッオオオオオオオオオオ!!」
爆音があった。
凄まじい咆哮は衝撃波を伴って拡散し、周囲の木々をへし折りながら私達に向かってくる。
だけど、擬人化しても祖龍は祖龍。
このくらいのバインドボイスなら、私達には届かない。
「よいっしょっ!」
掛け声と共に、壁のように迫ってくる衝撃波を殴りつけた。
直後、爆散。
私の殴打の威力に負けた衝撃波は木っ端微塵に吹き飛んで、静かに虚空へと消えていく。
「姉上、コイツは……!」
「少し。俺達。と。同じ。匂い。」
奇襲を仕掛けて来たその敵を睨んで、弟達が怪訝な表情を浮かべる。
そして私もまた、目の前の敵対者を凝視していた。
翼幕と一体化した、巨大な鉤爪が備わっている大きな前脚。大木すらも簡単に噛み砕けそうな強靭なアギトに、ズラリと並んだ鋭い牙。頭部から伸びた2本の角。
私はソレをゲームの中で見たことは1度もない。
けれど、私はソレを知っている。
――ワイバーンレックス。
リオ種、フルフル、ナルガクルガ、ディアブロスなどの祖先にして、MH2のパッケージモンスターである轟竜ティガレックスとは特に近い系統を持つ『絶滅種』。
太古のモンハン世界を支配する頂点捕食者の一角が、私達に牙を剥いた。
大切なものは――
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更新速度ではない、質だッ!
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質ではない、更新速度だッ!