――災害があった。
視界を赤い光で塗り潰してしまうほどの密度で放たれる祖龍の紅雷は、その全てが尋常でない威力を孕んだ破壊の一撃だ。
大地を砕き、天を貫き、あらゆる敵対者を消し飛ばす。
ソレはまるで、龍の始祖に歯向かう愚者を断罪する王の剣の如く。
竜はおろかその上位種である『古龍』ですらも、1発でも被弾すれば大ダメージは免れないだろう。
「るるおおおおおおッ!」
その破壊の嵐の中を、フランシスカは躊躇なく駆け抜ける。
真上から降り注ぐ落雷をその純粋な速度で回避し、正面から飛来するブレスとスパークを太刀で斬り払う。
これほど祖龍が力を発揮しているのに、未だキャロルと研究者達が生きているのはフランシスカのおかげだった。
地面に着弾すれば半径数キロメートルを抹消するブレスを、回避せずに全て相殺しているのだ。
落雷攻撃も強力ではあるが、破壊力が真下のみに向くので周囲にまで被害は及ばない。せいぜい直径2メートルほどの、底の見えない穴を作り出す程度の被害で止まる。
……その穴の深さは、想像もしたくないが。
「ひっ、ひぃ……っ!」
「いつまで泣いてるつもりですか! 大の男が失禁までしてみっともない! そんな暇があるのなら、この場にいる全ての部下を避難させなさい!」
「は、はひぃ!」
アレほど竜を見下していたくせに、祖龍の怒気を浴びてからは恐怖で震えることしか出来ないルドローを叱咤し、キャロルは足手纏いになっている悔しさに唇を噛んだ。
祖龍とフランシスカの戦闘は音速を遥かに超えた領域で繰り広げられる。
どれほど知力に優れていようとも、戦闘能力ではそこらの一般人と大差ないキャロルでは残像すら捉えきれない。真紅の光の中で無数の衝撃波が爆ぜて、この世界を破壊しているようにしか見えないのだ。
つまり祖龍とフランシスカの戦いは、一般人からはそれが戦闘だということも分からない。大災害にしか見えないのだ。
しかし、自分がフランシスカの邪魔になっていることは分かる。
彼女は傍若無人のバーサーカーであるが、極少数の……友人と認めた相手にだけは少しだけ気配りするのだ。
恐らくキャロルにまで被害が及ぶ攻撃があれば、フランシスカは回避せずに相殺しているだろう。祖龍の攻撃範囲はデタラメに広い、いくつか「流れ弾」があってもおかしくない。
もしも、深さ10メートルの巨大な穴の中に隠れているキャロル達に祖龍が配慮しているのなら話は別だが。
(フランシスカは自分では止まらないでしょう。どれだけ自分が不利であっても、彼女は自分か祖龍が死ぬまで戦い続ける。誰にも止められません。ですが……)
キャロルは『魔境還り』から聞いた「前の戦い」を思い出す。
ノースタウン近郊の森で発生した、祖龍とフランシスカの初戦闘。その時はフーゴがアレクシアに命じて、横槍を入れることで中断したという。
そう、フランシスカは自分の戦いが邪魔されることを許さない。
何かしらの外因で祖龍がダメージを受ければ、フランシスカは「また邪魔が入った」と判断して引き上げる可能性がある。
(そもそも祖龍がここに現れたのは、間違いなく竜機兵の破壊が目的。ならばここにある3機の竜機兵が全て壊れたら、祖龍も撤退するはず……!)
ルドローを筆頭に必死で逃げ出す研究者達。
彼らが大穴の中に残した、イコールドラゴンウェポンに関わるだろういくつもの機械群に向けて、キャロルは全力で駆け出した。
理由は分からないが、残っている2機の竜機兵は動きを止めている。
だが再起動して祖龍に攻撃するように命令が出せれば、あの災害そのものである戦いを妨害できるかもしれない。
山積みにされている資料を掴むと、キャロルは凄まじい早さで読み進める。
キャロル・アヴァロンに戦闘の才能はない。
しかし彼女には、あのフランシスカが認めるほどの知力があるのだ。
(竜機兵の起動コマンド…………あった!! 複雑な命令を入力する必要はありません。ただ再起動させれば、初期入力されている「モンスターを殺す」という命令に従って竜機兵は祖龍に襲い掛かる!)
祖龍が放つ紅雷の余波を浴びたのか、ほぼ壊れかけている機械を強引に操作する。
表示されているいくつものメーターが狂い、数値が変動し、モニターが明滅するが、キャロルはお構いなしに竜機兵の起動コマンドだけを何度も入力した。
(早く……早く……!)
地上から聞こえてくる戦闘音は激しさを増していく。
あの戦いを視認出来ないキャロルには、どちらが優勢なのか分からない。互角なのか? それとも祖龍が有利なのか? フランシスカに勝機はあるのか?
ただ1秒後には、フランシスカが死んでいる可能性がある。
(ここで貴女を失ったら、人類全体の損失に……!)
そこまで考えて、キャロルはふと手を止める。
フーゴは祖龍はまだ成長途中だと言っていた。
既にあれほどの力を備えているのに、祖龍にはまだ進化する余地が残っているのだ。
ならば、今がチャンスなのではないか?
キラーズの中で祖龍を殺せる可能性があるのは、フランシスカと後1人だけだ。
ここで祖龍を逃して今よりも強くなってしまえば、もうフランシスカですら倒せなくなるのではないか?
横槍を入れず、フランシスカがここで祖龍を殺せることを信じることが正解なのでは……?
(もしもフランシスカが負けても、傷を負って弱っている祖龍なら残っている2機の竜機兵で仕留められるかもしれない)
そう考えて。
キャロルは思い切り自分の顔を殴りつけた。
(
フランシスカが祖龍との戦いを何よりの幸せだと思っていることは知っている。祖龍との戦いで死んだとしても、今の彼女にとってはそれが最良の最期になることも。
キャロルとフランシスカは6歳の頃からの付き合いなのだ。
人類最強の看板を背負う彼女が、その裏でどれほど自分の才能に苦しんでいたのかも知っている。
自分の全力を発揮できる機会を渇望していることも知っている。
それでも。
キャロルは自分のワガママを突き通した。
大切な友人に死んで欲しくないという、ワガママを。
(私は、五分五分の戦いに友達を送り出したりしない! あらゆる手段で、あらゆる策略で! フランシスカが必ず祖龍に勝てる舞台を用意する! 彼女がそれを望まなくても!)
イコールドラゴンウェポンが起動する。
横槍を入れたキャロルを、フランシスカはもう友人だと思わないだろう。祖龍を見逃したことで、多くの死人が出るだろう。
それでも、キャロルの行動はある意味で正しいかもしれない。
フランシスカという人類最大の武器を、最高の形で利用しようとしているとも言えるのだから。
それは人類にとって利益となる。
フランシスカが生き残り、祖龍が死ねば、人と龍の戦いは一気にこちら側が有利となるだろう。
その代わりに多くの一般人が死ぬかもしれないが、一般人が1万人いるよりフランシスカ1人いる方が戦力になる。人類にとってはプラスだ。
しかしキャロルにそんな打算は無かった。
キャロルがこの戦いを止めようとしたのは、フランシスカが祖龍に勝てる舞台を用意するというのが第一目標ではなく。
ただ友人の命を救いたかったという気持ちの方が強かったのだ。
だからこそ、キャロル・アヴァロンは確実な勝利のために他の犠牲者を切り捨てた冷酷な指揮官ではなく。
1を救うために100を殺した犯罪者なのかもしれない。
〜Now loading〜
『ギギガガガギギザザザザザザザザザザザザザッ!!』
くそっ、遂に動き出したね……っ!
雷球ブレスの連射と連続落雷でフランシスカさんが接近出来ないように牽制していた私は、周囲に轟いた金属音のような咆哮に舌打ちする。
何故かずっと大人しかったのに、この局面で動くなんて。
本当に最悪だね。
私とフランシスカさんの戦いは、完全に互角だった。
ダメージを受けた回数は私の方が多いけど、私の帯電状態の上から接近攻撃で大きな傷を与えるのはフランシスカさんでも難しかったらしい。
傷の数は多くてもそのどれもが軽傷。
私の再生力なら、ほんの数秒ほどで完全に回復出来るね。
それに対して、私がフランシスカさんに攻撃を当てれたのはほんの数回。
その代わり私の攻撃はどれも威力がバカみたいに高いから、あくまで人間である彼女にはそれなりのダメージになってると思う。
……私のタックルと尻尾での殴打を受けて、普通に走り回れてる時点でもうおかしいけどさ。
いちいちツッコミを入れてたらキリがないし。
お互いになかなか決め手になる大ダメージを与えられずに、膠着状態となってた時にイコールドラゴンウェポンの再起動。
スタミナ無限だから体の疲れはないけど、いい加減に精神的に疲労が溜まってヤバいのに。
ここでフランシスカさんに竜機兵まで加わると、流石に厳しいよ。
……だけど、竜機兵を野放しにして逃げるのは論外だ。
絶対に、あの最悪の兵器だけは破壊しないと。
――閃光!
擬人化状態でワイバーンレックスと戦った時にも使った、セルフ閃光玉。
強烈な光に照らされて視界が真っ白に染まるけど、私は視力が使えなくても嗅覚で敵の位置が分かる。
鳴動を発動してトップスピードに乗り、フランシスカさんの隙を突いて竜機兵のうちの1機に飛びかかった。
紅雷を纏った前脚の鉤爪で竜機兵の眼球を抉り、視力を完全に奪った後で首元に喰らいつく。
……不味い!
前世を含めて今まで食べてきた中で一番不味い!!
腐ったお肉をホルマリン漬けにしてから、他の動物の肉と混ぜてもここまで不味くはならない。
口の中に広がった想像を絶する不味さにダメージを受けながらも、祖龍の力にモノを言わせて竜機兵を持ち上げ、地面に叩きつけた。その過程で帯電状態の私が放つ電撃を浴びせ続け、竜機兵の体が灰と化していく。
トドメにゼロ距離で雷球ブレスをぶっ放し、竜機兵の頭を消滅させた。
私のここまでの一連の行動は、僅か1秒の間に行われている。
よし、これで後1機!
牙を剥いてもう1機の方へ振り向くと、そこいたはずの竜機兵は姿を消していた。
ううん、これは正しい表現じゃないね。
さっきまで確かにそこに立っていた竜機兵は、私が片方の機体を倒している間に四肢を切断されて他に伏せていた。
そして、竜機兵の血で濡れた太刀を振るうフランシスカさんの姿が。
やたら簡単にフランシスカさんの隙を突けたと思ったら、私の横で竜機兵に攻撃してたってことか……。
って、あれ!?
な、仲間割れ!?
なんだかよく分からないけど、とにかく好都合だ。
これで目標は達成出来たし、フランシスカさんの注意が竜機兵に向いている間にさっさと逃げよう。
そう思って翼を広げた瞬間、フランシスカさんの全身から殺気が爆発した。
「鉄屑のオモチャ風情が、この私の戦いを邪魔するか! 身の程を知れ、竜の贋作風情めが!」
斬撃の嵐が起きた。
一呼吸の間に放たれた数千の斬撃が、山のような竜機兵の巨体を徹底的に破壊する。
竜機兵が粉々の肉片となって飛び散り、文字通り周囲に血の雨が降り注いだ。運良く(?)私は帯電状態だったから纏っている紅雷で血は全て蒸発したけど、私以外の全てが真っ赤に染まる。
あ、いや、フランシスカさんも太刀で降りかかる血の雨を全て斬り払ってたわ。
ああ、最悪だ。
今の一瞬が逃げるチャンスだったのに、思わず動きを止めちゃった。
このままだと、本当にどちらかが死ぬまでここで戦うことになっちゃう。もうこうなったら、弟妹達を呼び寄せて援護を――
そう思った瞬間だった。
ピー、ピーッと。
私の足元から、謎の電子音が聞こえて来る。
……ヤバい、忘れてた。
冷や汗を流しながら私がさっき倒した竜機兵を見下ろすと、頭を失った体から光が溢れている。
「チィッ、阿呆が! 自爆機能を忘れていたな貴様! 私のように粉々にせんからだ!」
あなたの存在が怖かったから、なるべく速攻でカタをつけようと急所だけの破壊にしたんだよ!
ああ、不味い。
フランシスカさんが利用した最初の大爆発は、私の紅雷ドームと対消滅したからそこまで被害は拡散しなかった。
だけど今回はそれがない。
ボレアスの火炎竜巻ブレスに匹敵する、超火力の大爆発が起きる。
……どうしよう、これ。
Q、いや祖龍なら耐えられるやん
A、なんやかんや甘いので、まだ近くにいる他の人間のこと気にしてます
大切なものは――
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更新速度ではない、質だッ!
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質ではない、更新速度だッ!