天地神明の真祖龍   作:緋月 弥生

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黒2話 龍と王女

 地平線まで続く新緑の大地と、吸い込まれそうな青空。

 美しいその景色とは裏腹に、迷い込んだ多くの人間の命を奪ってきた『魔境』の1つであるデボン平原。

 そこで、邪悪な黒龍と青の麗人がトップスピードで激突した。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 裂帛の気合いと共に、青の女が3メートルにも及ぶ武器を振るう。

 青の麗人の手の中で「不思議な武器」が高速で回転し、長い柄の両端に備え付けられた2つの刃が、超高速の連続攻撃を繰り出した。

 まさに疾風迅雷、正確無比。

 ボレアスの動体視力ですらその速度に追いつけず、本当は順番に放たれているはずの斬撃は全て同時に迫ってくるようにしか見えない。

 

(全部。躱す。の。無理。)

 

 回避は不可能。

 即座にそう判断したボレアスは、その全身から鋼鉄すら溶かす熱波を放った。

 不可視である熱波は平原を焼き尽くしながらドーム状に拡散し、迫り来る青の女を迎え撃つ。

 

 しかし、

 

「――ッ!」

 

 一体どれほどの速さなのか。

 刹那の間に放たれた無数の斬撃が、大気ごと熱波を食い破った。

 女が立っている場所とその後方だけが熱波の影響を受けず、今まで通りに緑が残っている。

 

(あれ。素材。何だ?)

 

 だが女の連撃よりも、ボレアスが注目したのはその人間が持つ武器だ。

 ボレアスが放つ熱波を切り裂いて僅かな損傷すらも起こさないその性能。どれほどの素材を元に作れば、あれだけの刃が作れるのか。

 まず考えられるのは『禁忌』の素材。

 ボレアス、バルカン、アルン、ララの龍鱗を素材にすれば、どれほどの高熱にも耐えられる武具が作れるだろう。ルーツの素材は火耐性がダメなので意味がない。

 しかし、今まで兄弟姉妹の中でも人間にして相手に傷を受けたのは黒の剣士と戦った祖龍のみ。他の4体の素材が人間の手に渡るような機会はなかった。

 

(アル姉。か。ララが。合流。する前。に?)

 

 そう考えて、しかしボレアスはその可能性をすぐに否定する。

 自分達が傷を受けるほどの強さを持つ人間と遭遇していたのなら、間違いなくルーツに話しているはずだ。

 しかしアルンとララがそのような事を言っていた記憶はない。

 ただ純粋に、あの女の技量が武器の性能すら問題にならないほど突き抜けているのか?

 それとも――……

 

『ギギザザガガガガガガガガガガガッ!!』

 

 平原に響き渡る耳障りな金属音。

 ボレアスが思考を中断して音源の方へと思考を向ければ、歪なアギトから炎の赤色を煌めかせる竜機兵の姿が。

 火球ブレス。その予備モーション。

 ワイバーンレックスですら一瞬で焼死させた、竜機兵のブレスを前に。

 

(無意味。だ。)

 

「くっ……!」

 

 ボレアスは、一切の防御も回避も行わなかった。

 代わりに苦い表情を浮かべた青のキラーズが、ボレアスへの攻撃を中断してその場から掻き消える。

 そして、飛来した無数の火球ブレスがボレアスに直撃した。

 爆炎がボレアスの全身を包むが、その炎は黒龍が双翼を軽く動かすだけで霧散する。

 ボレアスの体にダメージはない。

 完全に無傷だ。

 

「イザベルさん、竜機兵のブレスを止めて! あの龍に炎の攻撃は――!」

 

 キラーズが言い終えるより早く。

 ボレアスは収束していた龍脈を炎へ変換し、これが真の火球ブレスだと見せつけるように発射した。

 2つの火球がキラーズと竜機兵を襲い、贋作のソレとは比較にならない獄炎と爆発を撒き散らす。2機のうち片方の機体が回避に失敗し、山のような巨体がボレアスの炎に包まれて焼き尽くされた。それを横目で確認しつつ、悠々と回避したキラーズをボレアスは睨む。

 全力のブレスでは無かったが、それでも簡単に避けられた。

 

(何か。考え。ないと。絶対に。当たらない。な。)

 

 これまでの攻防から、ボレアスも火球ブレスのみでこのキラーズに勝てるとは思っていない。だがこれ以上の大技を解禁すると、この平原は丸ごと焼け野原になるだろう。

 それに加えて。

 

(あの女。が。『天秤』なら。今は。まだ。殺せ。ない)

 

 火球ブレスと物理攻撃モーション以外も使うか。

 思い悩むボレアスに、先ほどの火球ブレスを躱した青の麗人が超スピードで向かってくる。

 再び放たれる、全方位から同時に放たれる連続攻撃。

 ボレアスはバックジャンプと共に双翼で風圧を起こして回避を試みるが、風圧すらキラーズの連撃に切り刻まれて役に立たない。一瞬で距離を詰められて、ボレアスの全身に斬撃が走った。

 

(――ッ。)

 

 1撃の威力は高くない。

 優れた防御力を発揮するボレアスの鱗にダメージを与えている時点で並の竜なら即死の攻撃力であるが、それでも『禁忌』にその名を連なる黒龍の命には届かない。

 しかしそれは1撃だけを見た評価であり、軽傷でもそれが重なれば大きな傷となる。

 青のキラーズの本領は、1撃の弱さをフォローする連続攻撃にあるのだ。

 

 放たれる斬撃の速度はまるで光の如く。

 あまりの速さに刀身すら見えず、斬撃の鈍い輝きだけがボレアスの視界を白に染め上げた。

 腹部に、前脚に、翼に。

 小さな傷の上に新しい傷が重なって、ボレアスの全身から多量の血が流れ出す。

 

(――けど。このくらい。なら。……余裕で耐えられる)

 

「……っ!」

 

 ボレアスの全身から凄まじい熱波が放たれるのと同時に、キラーズの麗人は息を呑んで攻撃を中断。華奢な右足で大地を踏むと、全速力でその場から離脱した。

 瞬間移動のような速さで50メートル前方にまで移動したキラーズを狙い、ボレアスは二足歩行時の大技の1つを繰り出す。

 MH4で追加された新規モーションの1つ。

 ――粉塵爆発。

 赤い鱗粉が周囲にばら撒かれ、火薬の臭いが充満する。

 同時にボレアスは予備動作である後ろへ大きく身を引くモーションを行い、龍脈の解放と共に咆哮して火炎熱風を拡散。

 

 ――そして、世界が爆ぜた。

 

 巻き起こるは連鎖爆発。

 大地を揺らすほどの激震と共に爆風が暴れ狂い、僅かに遅れて灼熱の業火が世界を焼く。

 大タル爆弾Gを数千個ほど一斉に起爆しても、これほどの爆発は起きないだろう。地球に生きる人間ならばいっそ核兵器すら想起させる威力だった。

 大きな街を丸ごと地図から消せるほどの破壊が、火炎に触れた赤い鱗粉によって次々と引き起こされる。

 その光景はまさに世界の終焉だ。

 人間はもちろん、強い火属性耐性を持ったシェルレウスですら瞬きの間に焼け死ぬ炎の地獄。

 

 これが古龍種。

 これが『禁忌』。

 モンスターハンターの世界において、創造主より世界を滅ぼせるとまで明言された王の力。

 大噴火など比較にならない破壊を容易く行える、超越的な存在。

 全力を出さずとも、1つの地形を書き換えるくらい造作もない。この世界における本当の強者とは、星を破壊できることなど最低限の条件なのだ。

 

 だから、試した。

 自分に傷を与えたこのキラーズは、本当に強者なのかを。

 この爆発を生き延びたのであれば『天秤』に相応しい、だがこれで死ねばその程度の存在だったと割り切るつもりで、粉塵爆発を解禁した。

 その結果を見届けて、ボレアスは黄金の瞳を輝かせる。

 

(やっぱり、間違いない。コイツは……!)

 

 普段は、嫌いな人間の言葉を使うことなど気に入らないからと。

 敬愛する祖龍ミラルーツと話す時すらその独特の口調を変えないというのに、ボレアスは心中で人間の言葉を話していた。

 それはつまり、ボレアスが認めたということだ。

 黒龍ミラボレアスが誇る粉塵爆発。

 超広範囲をまとめて吹き飛ばす、天災も上回る大破壊を切り抜けてみせた、この青い瞳のキラーズを。

 

「は……、っ、は、は、ぁ」

 

 体の各所に火傷を負い、肩を上下させて息を荒げているが、生きている。

 それどころか両端に刃が備わった長大な武器を握り直し、青の瞳でボレアスを睨みつけてまだ戦えると言外に示している。

 

(……あの鉄屑を盾に使ったのか)

 

 キラーズの前には灰燼へと帰した竜機兵があった。

 ラオシャンロンに匹敵する巨体を持つ竜機兵ならば、確かに盾として使えるだろう。

 だがそれだけではボレアスの粉塵爆発は防げない。

 青のキラーズは、竜機兵を盾にしても貫通してくる爆風と炎をあの連続攻撃で相殺したのだ。

 

(この俺の攻撃を初見で対応した。しかも、ただ粉塵爆発から生き延びただけじゃない)

 

 キラーズの後ろには、人間達が隠れ家にしていた大穴があった。

 つまり青の麗人は自分の命だけではなく、その大穴の中にいた有象無象の命まで守り抜いたということだ。

 ボレアスを相手にしているのに、他者を庇う余裕すらある……!

 

「ふ――ッ!」

 

 粉塵爆発により焦土と化した大地を蹴り飛ばし、狩人が竜機兵の残骸を超えてボレアスに攻撃を仕掛けてくる。

 もう何度も目にした、しかし未だに捉えきれない2つの刃による連続攻撃。それを躱し、避けきれないものは爪で受け止め、それでも双刃による猛攻は捌き切れない。

 次々と浅いが確かな傷がボレアスの体に刻まれ、漆黒の鱗が赤く濡れる。

 それでもボレアスの余裕は崩れない。

 この程度のダメージなら、龍脈を細胞に注いで再生力を高めれば一瞬で回復出来るのだ。

 

(悪いなルー姉、1つだけ「約束」を破ることを許してくれ)

 

 心の中で謝罪し、ボレアスが黄金の瞳を輝かせる。

 膨大な量の龍脈エネルギーが黒龍を中心に渦巻いて、しかしそれらは決して解放されない。むしろボレアスの体の中に封印され、同時に黒龍の体がその姿を変える。

 角が、翼が、爪が、尻尾が、牙が。

 龍の象徴であるそれらの部位が消えて、竜機兵ほどではないが十分に巨大な龍の体が縮む。

 

「な、ぁ!?」

 

「仕返しだ、この野郎」

 

 身長140センチほどの少年へと姿を変えたボレアスは、驚愕で攻撃の手を止めたキラーズに笑みを向けて殴り飛ばした。

 咄嗟に武器の柄でガードしたキラーズだったが、小さくなっても腕力は龍だ。

 その圧倒的なパワーに押し負けて、キラーズの体が砲弾のように吹き飛んでいく。

 

「――――ッッ!!」

 

 そして殴り飛ばしたキラーズを、ボレアスは火球ブレスで追撃する。

 擬人化してその威力はダウンしたものの、それでも竜機兵を大きく上回る熱を有した激しい炎。

 青のキラーズは吹き飛ばされながらも空中で火球を切り刻むが、ボレアスの擬人化を見たショックはまだ残っているらしい。

 その動きは今までよりもかなり遅くなっている。

 

 だが、ボレアスはそれ以上の追撃は行わなかった。

 100メートルほど先まで吹き飛んだキラーズに向けて、獰猛な笑みを向けたまま手招きする。

 それはまるで挑発のようだが、前髪の奥から覗く黄金の瞳にはもう殺意も戦意もない。キラーズに対しての純粋な好意だけがあった。

 

「……キミは、先ほどまで私と戦っていた龍ですか?」

 

「ああ、すぐに理解が出来るようにこの姿でもブレスを撃ってやっただろう?」

 

 ボレアスとは反対に戦意は消さず、武器を構えたままゆっくりと歩み寄ったキラーズの問いかけ。

 それに、ボレアスは不敵に笑いながら答えた。

 だがキラーズは答えを返されたのに、さらに顔を青くする。

 

「まさか龍が人の姿に変化し、言葉まで……」

 

「そんな事はどうでも良い。本当はもっとオマエと戦っていたかったが、もう竜機兵は全て壊れた。ルー姉の命令が竜機兵の破壊である以上、もうオマエと戦える口実はなくなった。既に約束も破ってるから、これ以上のワガママは怒られる」

 

「ルー姉、命令……? ちょっと待って! それはキミに命令することが出来るほどの存在が……」

 

「どうせすぐ分かる。それより俺はオマエを『天秤』と認めた。名前を言え」

 

「…………、……」

 

 かなり混乱しているのだろう。

 自分の言葉に被せるようにして放たれたボレアスの言葉に、キラーズはすぐには答えられず沈黙する。

 だが数秒後に、キラーズは覚悟を決めたように口を開いた。

 

「――シエル。私の名前はシエル・アーマゲドンです」

 

「…………シエル、憶えた」

 

 間違いなく自分の宿敵になるだろう人間の名前を呟き、ボレアスは嗤う。

 きっとこのやり取りをミラルーツが見ていたら、いきなり人間にデレたボレアスを見て大騒ぎをしただろう。

 間違いなく「私的には良い感じの原作崩壊キター!」とか叫んでいる。

 もちろん心の中で。

 

 それからボレアスはシエルの瞳に自分の視線を合わせると、絶大な威圧と共に口を開いた。

 いきなり『禁忌』モンスターの全力の威圧を浴びたシエルが大量の冷や汗を流すのを眺めて、ボレアスもまた自分の名を告げる。

 

「偉大なる姉から与えられた俺の真名は、ミラボレアス。じゃあなシエル。今度はお互いに本気で殺し合おう」

 

「待っ……」

 

 シエルの声をかき消すように、ボレアスの体が炎に包まれた。

 天を貫くような火柱の中で擬人化を解除して本来の姿に戻ったボレアスは、翼を広げて飛翔する。

 『運命の戦争』を意味する己の真名を、シエルの胸に残して。

 

 

 

 

 

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 青空へと姿を消したミラボレアスを見送って、シエル・アーマゲドンは握り締めていた双刃剣を手放した。

 ガランという音を立てて焦土に落ちた武器と共に、シエルもまた地面に崩れ落ちる。

 

「ご無事ですか、シエル様!?」

 

「……ええ。少し火傷を負ったけど、命に関わる傷は受けてないわ」

 

 シエルの安否を確認して安堵するのは、竜種観測隊の副隊長を務める美女。祖龍ミラルーツを初めて観測したイザベル・ハインリヒ。

 イザベルもまた、竜機兵の開発に関わった1人としてこの起動実験に参加していたのである。

 そしてシエルの役目は、フランシスカと同じく竜機兵が暴走した時のセーフティだ。

 

「無礼を承知で言わせて頂きます。シエル様はもう少し御身を大事にして下さい。もしも何かあれば……」

 

「イザベル、今の私は数多いるキラーズの1人。それ以上でもそれ以下でもない。敬語も敬称も必要ないわよ」

 

「たとえそうであっても、王家にその名を連ねるシエル様を呼び捨てなど出来ませんよ」

 

 もっとフレンドリーに接して欲しいのに、というシエルの呟きを聞いてイザベルは心の中で叫んだ。

 王女様を相手に平民生まれの自分がフレンドリーに話しかけられる訳がないでしょう! と。

 

 シエル・アーマゲドン。

 フルネームを、シエル・シンセサリア・アーマゲドン・シュレイド。

 現シュレイド国王の血を引く、王位継承権を持つ王女である。

 もちろん王女であるのにキラーズとして戦場に出ているのには、複雑な理由があるのだが。

 

「イザベル。私のことよりも、亡くなってしまった方々の埋葬です。……私が守り切れなかった民の……」

 

「…………」

 

 掠れ声で発された最後の言葉を聞いて、イザベルは首を振る。

 守り切れなかった?

 あの祖龍に連なる存在である黒龍ミラボレアスを相手に、自分達を庇いながら戦って撃退したのだ。

 これは誇るべき戦果であって、シエルに落ち度など何もない。

 

(それでも、シエル様は納得しないのでしょうね)

 

 ミラボレアス襲来の恐怖で気絶していた研究者を優しく起こし、怪我人を自ら手当てし、泥まみれになりながら亡くなった人間の埋葬まで行う。

 これほど王女らしくない王女など他にいないだろう。

 誰よりも優しく、誰よりも気高く、誰よりも勇敢で、誰よりも強い正義感を持つ。

 彼女ほどの善人をイザベルは他に知らない。

 

 だが偶然にもシエルが何故これほどの「善人」になってしまったのかを知っているイザベルは、優しすぎる王女様を見て思うのだ。

 誰でも良いから、シエルを救ってくれと。




※注釈※
悪いドラゴンに連れ去られるのではなく、むしろ自分で討伐しちゃう系お姫様のシエルについては、後々に名前回がやってきて色々と分かるので、今はただ「善人」ということだけ分かっていれば大丈夫です。
『運命の戦争』に気に入られてしまったお姫様の明日はどっちだ!?

次回はアルンが主人公。

Q、ララは?

A、ララは別枠で主人公回が確定しています。

大切なものは――

  • 更新速度ではない、質だッ!
  • 質ではない、更新速度だッ!
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