天地神明の真祖龍   作:緋月 弥生

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煌1話 ノウス凍土での戦い

 ――大陸・北方・ノウス凍土。

 そこは氷に覆われた大地と決して止むことのない吹雪が人類の侵入を拒む、絶対零度の『魔境』。

 この星には多くの『魔境』が存在しているが、その中でもこのノウス凍土は屈指の危険地帯として有名だ。恐らくバテュバドム樹海の『蛇の湖』よりも危ない場所だろう。

 何せその環境は地球で言うところの北極や南極と変わりないので、まともな装備を整えないと短時間で凍死する。

 

 しかしノウス凍土の真の恐ろしさは環境ではなく、極寒の世界に適応した竜だ。

 ベルクマンの法則をご存知だろうか。

 これは「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」というものである。

 そう、大陸の北端に位置するノウス凍土のモンスターはとにかくデカい。原作ゲームで表現するのなら、出現する全ての個体が最大金冠サイズとなる。

 

 そして体が大きくなれば、必要となる餌の量も増加する。体温を維持する為にも食料は必須だ。

 しかしノウス凍土には獲物となる草食獣が少ない。

 そうなれば必然的に捕食者同士の戦いが頻発して、より強い個体だけが相手を喰って生き残ることになる。

 もう分かるだろう。

 ノウス凍土とは巨大な竜が獲物を求めて常に徘徊する、修羅の世界だったのだ(・・・・・)

 

『ギギザザザガガガガガガガガガガガッ!!』

 

 耳障りで不愉快極まりない金属音のような咆哮。

 竜種の死骸から人間の手によって誕生した生体兵器が、ノウス凍土で生きるモンスターを虐殺する。

 確かにノウス凍土のモンスターは強い。軒並み上位個体だ。

 しかし古龍種を殺すために作られた竜機兵の前には、他の『魔境』で生きるモンスターと大差ない。

 最大金冠サイズだとしても、ラオシャンロンに匹敵する巨体を持つ竜機兵には敵わない。

 鉄と文明の暴力が、自然を容赦なく蹂躙した。

 人工のアギトから巨大な火球ブレスが乱射されて、氷の大地が溶けていく。吹雪の代わりに爆風が吹き荒び、雪の代わりに炎がモンスターを襲う。

 

(これは……思った以上に害悪ですわね……)

 

 その光景を睥睨していたアルンは、竜機兵の暴虐に不快感を露わにする。

 人間によって竜の死骸から作られた生体兵器という時点で許し難いというのに、その竜機兵を使用してさらに殺戮を続けるなど言語道断だ。

 

(お姉様が警戒していたので慎重に様子見していましたが、これは時間の無駄でしたね。……マズいわ、もしかしたらボレアスとバルカンはとっくに鉄屑を破壊してお姉様の所へ戻っているかもしれません)

 

 様子見などせずにすぐに破壊すれば良かったと後悔しつつ、アルンは龍脈を収束する。

 下位個体の飛竜であれば数秒で凍りつく空間を、音速の7倍という超速で飛翔した竜機兵。その体の半分は人工物であるくせに、寒さには強いらしい。

 だが、それだけだ。

 『禁忌』にその名を連ねる煌黒龍アルバトリオンの敵ではない。

 敬愛する姉の命令に従い、その鉄屑の竜を追跡していたアルンは心中で端的にそう評価した。

 

 そうなると、問題は「竜機兵を全て破壊出来るか」から「他の兄弟姉妹よりも活躍できるか」にシフトする。

 要するに、アルンは他の誰よりも姉のミラルーツに褒めて欲しかった。

 シスコンとブラコンを極限まで拗らせている祖龍も大概だが、アルンも負けないくらいアレ(・・)だったのである。

 後世であらゆる天災の化身にして、あらゆる生命を奪うとまで謳われる煌黒龍の実態がコレだ。彼女の討伐を目標とし、腕を磨いていた未来のハンター達が知れば泣くだろう。

 

(爆炎ブレスか全体落雷を使うのが一番楽ですが、竜機兵の近くで竜の死骸を回収している人間が邪魔ですわね。

 お姉様に合流する前ならばむしろ好都合とまとめて引き裂いて差し上げましたが、今は「獲物と定めた相手以外の命は奪わない」という「約束」がありますし……)

 

 面倒ではあるが、近接してから物理攻撃で仕留めるしかないだろう。

 それでも戦闘に巻き込まれた人間が何人か死ぬだろうが、その程度ならば姉も許してくれるはずだ。

 そう判断して、アルンは暴虐の限りを尽くす竜機兵の前へとゆっくりと降り立った。

 本当ならば一気に急降下したかったが、人間とは脆弱な生き物だ。アルンが少しスピードを出すと発生する衝撃波を浴びただけで、バラバラになって死んでしまう。

 

『ギギザザザガガガガガガガガガガガッ!!』

 

 目の前に現れたモンスターは全て殺せと「命令」されていたのか。

 アルンを視認した竜機兵が金属音にも似た咆哮を響かせて、全く怯むことなく襲い掛かってきた。

 3機の竜機兵のうち2機は後方からブレスを放ち、残る1機が巨体を活かして突進してくる。

 

(彼我の実力差も分からないとは……所詮はわたくし達の下位互換である竜の贋作。欠陥品ですわね)

 

 アルンを中心に膨大な量の龍脈が渦巻いた。

 ボレアスのような漆黒の体色から、バルカンに近い赤黒色へと変化する。

 ――火龍モード。

 全ての属性を保有するアルバトリオンだからこそ可能な、大幅な属性形態の変更だ。

 火属性に対する強力な耐性を獲得したアルンにはブレスは通用せず、爆炎の中から無傷で飛び出したアルンは突進してくる竜機兵を迎え撃つ。

 火龍モード限定のモーションの1つ、龍雷を纏った爪撃だ。

 ゲームプレイヤーからはネタでドラゴンクローと呼ばれる攻撃だが、威力はネタでは済まない。空間ごと捻じ切るような速度で、龍属性を纏ったアルンの前脚が振り抜かれる。

 

 ゴッソリと。

 竜機兵の前脚の肉が抉られて、四肢の1つが完全にその機能を喪失する。突貫した人造の竜は、アルンに届く前に転倒した。

 約70メートルの巨体が大地に倒れ、地震のように世界が震える。

 ダウンを取ったアルンはその隙を逃さずに、火龍モードで使えるモーションの中でも、屈指の威力を誇る大技――バックジャンプ爆炎ブレスを繰り出した。

 黒龍や紅龍の火球ブレスすら大幅に上回る熱量が放たれ、着弾と同時に巨大な炎の竜巻が竜機兵を焼き尽くす。

 

 その余波だけで氷の大地が蒸発し、アルンの周囲だけ吹雪が止む。

 大穴に逃げ込むのが遅れて熱波を浴びてしまった憐れな研究者達は、骨すら残らずにこの世から消滅してしまった。

 これが煌黒龍アルバトリオン。

 そこに存在しているだけで無数の天災を巻き起こし、己以外の生物は棲むことが出来ない『神域』を作り出す。

 ノウス凍土の過酷な環境など、アルンが引き起こす災害の比較にもならないのだ。

 

(……おや?)

 

 消し炭となる竜機兵から視線を外し、残りの2機も破壊しようとしたアルンは思わず動きを止める。

 ……龍脈が異常なほど激しく循環しているのだ。

 これほど龍脈に大幅に干渉出来るのは、G級の古龍種か他の『禁忌』くらいだろう。

 しかし姉……ミラルーツではない。

 祖龍がこれほど派手に龍脈を収束させれば、アルンがいるノウス凍土からでも世界を打ち砕く紅雷が見えるはずだ。これだけ膨大な龍脈を使うということは、間違いなく切り札であるチャージブレスを使っているだろうから。

 というかチャージブレスを放つ以外で、これほどの龍脈を使うことは基本的にあり得ない。

 

(ということは、ボレアスかバルカンかしらぁ? ララの可能性もゼロではありませんが……。ともあれ、最上位に近い古龍種がそれなり以上の力を出すほどの相手が――)

 

 そこまで考えを巡らせた瞬間に、何かがアルンの眼球を正確に狙って飛来した。

 咄嗟に首を曲げて回避するも、僅かに間に合わず攻撃が頬に掠る。それだけで、鉄壁の防御を誇る逆鱗に守られたアルンが出血した。

 自分がダメージを受けたことに少しだけ驚きながらも、アルンは攻撃が飛んで来た方向へと視線を飛ばす。

 火炎の竜巻が巻き起こした黒煙が晴れ、再び視界を覆う吹雪の奥で。

 身の丈ほどもある巨大なヘヴィボウガンを構えた、深緑の瞳を持つ美女がいた。

 

(人……間……?)

 

 人の言語を操るミラルーツに合わせるために、アルンは長期間に渡って人間を観察していた。軍隊とも何度も戦った経験がある。

 だから「銃」の存在と威力は知っていた。

 知っていたからこそ驚愕する。

 

(たかが小粒の鉄を音速よりも速く射出しただけで、わたくしに傷を与えられる訳が……)

 

 そこでアルンはさらに戦慄する。

 そうだ、前提からおかしい。

 たとえ最新式のスナイパーライフルによる狙撃でも、発射される弾丸の速度は秒速900メートル程度。

 アルンの動体視力ならば容易に視認可能で、反応が遅れても余裕で避けられる。しかし先ほどの弾丸の速度はその程度ではなかった。

 そして何より300メートルも離れた場所から、吹雪という悪天候の中でアルンの急所を正確に狙うその腕前。

 まさに神技。

 

「――ッ!」

 

 アルンの体内で使用される龍脈変換神経が切り替わった。

 火属性と龍属性が沈黙し、その代わり氷属性と雷属性が起動する。

 氷雷モード。

 赤黒色だったアルンの体はノウス凍土の景色に溶け込むような蒼白色へ変化し、炎と龍雷の代わりに冷気とスパークを纏う。

 その大幅な形態変化に謎の狙撃手がスコープを覗いていた目を見開き、危険を感じたのか咄嗟に移動しようとする。

 ……だが、もう遅い。

 

(返礼、ですわぁ!)

 

 空中戦に特化した氷雷モードとなったアルンは翼を広げて滞空。

 そして溶岩をも凍てつかせる超低温の吹雪ブレスで、狙撃手がいる前方一帯を薙ぎ払う。

 手応えは、あった。

 あの女は狙撃能力こそ隔絶していたが、身体能力はそこまで高く無かった。回避を始めるタイミングも遅れていた。

 確実に、命中した。

 

 ――その筈なのに。

 

(な、ぁ――ッ!?)

 

 アルンが放つ吹雪ブレスとすれ違うように、再び吹雪を貫いて弾丸が飛ぶ。恐ろしいほど正確にアルンの左目が撃ち抜かれ、視界が半分ブラックアウトした。

 咄嗟に龍脈を回して左目を再生しながら、アルンは残った右目で吹雪ブレスの着弾地点を睨む。

 

「相変わらず見事な腕前だぜ、アレクシア」

 

「お褒めに預かり光栄です、ヒルデブラント中佐」

 

 巨大なランスと大楯を構えて仁王立ちする隻眼の男と、その背後で射撃体勢を取る狙撃手の女。

 そして隻眼の男が持つ大楯は凍り付いていた。

 

(まさかわたくしのブレスを、あの人間は正面から受け止めたとでも言いますの……!?)

 

「無理やり『魔境』に引き摺り出されたかと思えば、あの祖龍にも匹敵するほどのモンスターと出会うことになるとはな。ったく、ツイてねぇぜ」

 

 そう言うと、隻眼の英雄――フーゴ・ヒルデブラントは不敵に笑った。

大切なものは――

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