最初の攻防でボロボロになった、薄暗い物置部屋。
その中央でシエルと距離を空けて睨み合いながら、私は不敵に笑った。
「流石はあのフランシスカさんが同格って言うだけあるね。……完全に回避するのは無理だったよ」
言うと同時に頬が浅く裂けて、流れ出た少量の血を舌で舐め取る。
フランシスカさんと初対面した時、私は不意打ち気味に放たれた斬撃すらも避け切った。だけどシエルの高速攻撃を完全に回避するのはやっぱり無理だわ。
うん、この人マジですごい。
「流石、はこちらのセリフですよ。ミラボレアスとの戦闘経験やフランシスカの情報から貴女の実力を推測していたのですが……正直、予想以上です。本音を言うと、その姿の貴女なら簡単に制圧出来ると思いました」
「この姿でも、案外動けるんだよ?」
冗談交じりにそう言って余裕なフリしてるけど、一刻も早く擬人化を解除しないと本当にヤバい。
このままだとララが兵器を破壊するより、私の頭が体とお別れする方が先だ。
そこで問題なのは、擬人化を解除する時どうしても隙を見せてしまうこと。1秒未満の僅かな隙だけど、シエルの速さならその一瞬で私を殺せる。
そもそも、私が今いるのは地下なんだよねー。
ここで元の姿に戻ると生き埋めになっちゃうし、強引に地下から脱出すると建物ごと中にいる人が吹っ飛ぶ。
最大の目標として人と竜の共生を掲げてるのに、その私が虐殺行為とか論外でしょ。
擬人化状態での勝機はゼロ。
でも真体には戻れない。
……上等。
「貴女には悪いですが、このまま完封します。祖龍の姿に戻る猶予は与えない」
そう言うと、シエルが懐から何かを取り出した。
ミラルーツの視力にものを合わせてシエルの手元を拡大すると、白い錠剤が見える。
まさか、この時代にも“アイテム”があるの!?
私の予想は的中したらしく、錠剤を飲んだ瞬間シエルの身体能力が一気に上昇した。
「……ドーピングとかズルい」
「知性から生み出したアイテムを使うのは人間の特権ですので」
汚い。人間汚い。
モンスターは基本的に自然治癒に任せるしかないのに、ハンターは回復薬や秘薬でいくらでも傷を癒せるよね。
人と竜のスペック差を考慮したら当然のハンデだと思うけど、そのスペックで古龍の頂点に匹敵するシエルがそれをやるのはないわー。
「大いなる龍の始祖、その命、貰い受けます!」
「出来るものならやってみろ!」
同時に床を踏み砕き、再び間合いを潰して交差する。
圧縮される体感時間。静止する世界。
1秒がどこまでも拡張されるその空間で、しかしシエルは凄まじい速度を発揮した。
青の狩人の手の中で双刃刀が鈍色の軌跡を描く。
私が回避行動を取るより早く、逃げ道を塞ぐようにして全身に斬撃が叩き込まれた。
体中から鮮血が吹き出し、私のドレスに赤色が滲む。
ぐ……っ、アイテム使用とかやってくれるね。
元から速さではシエルが有利だったけど、ドーピングのせいで一気に差が開いた。
鳴動で加速すれば追いつけるけど、一瞬だけ速くなっても意味がない。
それなら……!
脳から各神経系へ命令を伝える電気信号に干渉し、その速度を大幅に上昇。さらに電撃で筋肉を刺激して、擬人化形態の限界を超えた身体能力を無理やり引き出す。
思考速度上昇、演算速度上昇、各種身体機能上昇。
「
全身に雷光を纏い、私も加速。
再び神速の斬撃を繰り出そうとするシエルの後ろへ回り込み、その背中にミドルキック。超速で反応したシエルが背中に双刃刀を回して受け止めるけど、その不安定な体勢で私の蹴りを防げると思ったなら大間違いだ。
「く――ッ!?」
ガードの上から強引に蹴り飛ばし、吹き飛んだシエルが部屋の壁を突き破って廊下に転がり出る。
態勢を立て直す暇なんて与えない。
私は磁力を放出して周囲の鉄屑を浮遊させ、レールガンの要領で射出した。それをシエルは真横にダイブして回避して、標的を失ったレールガンは対面の壁に大穴を開けて消滅する。
……あー、今のは悪手だったかも。
レールガンの速度って、確か音速の3倍くらいってどこかのライトノベルで読んだ気がする。その程度のスピードじゃ、速度特化してるシエルに当たるのは無理だよね。
反省している間にシエルが立ち上がり、一歩で間合いを詰めて下から上へと刃を振るう。
それを後ろに下がって紙一重で避け、シエルの柔なお腹に膝蹴り。くの字に折れたシエルの背中に肘打ちし、膝と肘で挟んでそのまま意識を奪う――……
「……ッ!」
気絶するギリギリでシエルが双刃刀を一閃し、持ち手の部分で私の足元を払う。私はバランスを崩して拘束を緩めてしまい、その隙にシエルに髪の毛を掴まれて放り投げられた。
今度は私が壁を突き破り、別の廊下へと強制エリア移動させられる。
「ごほっ、けふ……っ、今のは危なかったです。なかなか容赦のない攻撃をしますね」
「髪の毛を掴んでぶん投げた人には言われたくないなー。女の命に触れた罪は重いよ?」
「女性の腹部に膝蹴りするのもどうかと思いますが」
「平然としてたくせに……」
格闘技経験者でも、肝臓に痛撃を受けたら悶絶するそうだ。
めっちゃ強いから苦戦の経験が少なくて、しかもお姫様だから苦痛に弱いと思ったんだけど、そんなこと無かったね。
ここまでの戦闘では、やっぱりシエル有利かな。
ダメージも私の方が多いし……まぁ、この程度の傷ならもうすぐ完治すると思うけど。
擬人化形態としては善戦してる方だけど、やっぱり勝機は無いね。
全体落雷やチャージブレスみたいな大技は擬人化してると使えないから、どうしても決め手に欠ける。
持久戦も擬人化の防御力じゃ不安だよね。真体なら耐久戦法で勝てるでしょうけど。
お姫様は案外タフで、まだ息切れもしてない。
うーん、どうしようかな…………あ。
ミラルーツの並外れた聴覚が、遠くから迫ってくる人間の足音を聞き取る。
少し遅れてシエルも増援がやって来た気配を感知したようで、分かりやすいほど焦燥を露わにした。
普通、増援が来れば仲間の方が喜んで敵が焦るのに。
まぁ、シエルからは人質にされる足手纏いがやって来たようにしか見えないし。仕方ないな。
「お姫様の仲間は優秀だね、想像以上に早く助けに来てくれたじゃん」
「…………ッ!」
私の声を聞いたシエルが双刃刀を振るうけど、その攻撃は今までよりも大きく劣る。精彩を欠いた連撃を余裕を持って回避し、私は自ら増援の方向へと駆け出した。
慌ててシエルが追いかけて来るけど、もう遅い。
効果時間は一瞬だけど、刹那の間だけはこの世界の全てを置き去りに出来る鳴動を発動。
超加速してシエルを突き放し、T字路へと飛び出す。
「な……!?」
「誰だコイツ!?」
驚愕の声を出したのは、増援としてやって来たキラーズの人達だ。
ごめんね、男性諸君。
曲がり角で出会うのは食パンを咥えた美少女じゃなく、人間に化けた血塗れのドラゴンです。
アホなことを考えながらも、人質になってもらうために先頭にいた銀髪の青年へ手を伸ばした。
私の速度に銀髪くんは反応出来ず、呆気なく掴ま――
「お願いします、ジークを殺さないで!!」
その。
身を裂かれるようなシエルさんの涙交じりの絶叫に、私は思わず動きを止めてしまった。
直後、ジークと呼ばれた銀髪の青年が背負っていた大剣を上から下へ豪快に振り下ろす。
――重撃。
私やシエルさんの領域にこそ達していないけど、大剣の一撃は下位の古龍種にダメージを与えられるほどの威力があった。
咄嗟に後ろへ跳躍して躱した私の前を、大剣の切っ先が烈風すら伴って通過。空振りに終わった刃が床を捉えると、蜘蛛の巣状にヒビが広がった。
いや、強くね?
まだ人間やめてるレベルじゃないけど、今まで見てきたキラーズ達の中でもトップクラスの実力がある。
もちろんフランシスカさんやシエルといった例外を除いて、だけど。
改めてジークくんを観察する。
サラサラとした綺麗な銀髪に、少女漫画のキャラクターみたいなイケメン顔。
一見すると華奢だけど、よく見ると服の上からでもかなり体を鍛えているのが分かる。
……は?
イケメンで細マッチョで高身長とか最強か?
バルカンと同じくらい背丈あるよね?
美形が放つビジュアルの暴力に少しフリーズしていると、追いついたシエルが私とジークくんの間に割り込んだ。
「シエル、ご無事ですか!?」
「それはこっちのセリフよ! 怪我はない!?」
「ええ、自分は問題ありません」
だって私ってば何もしてないからね。
ジークくんの無事を無事を確認したシエルが安堵の息を吐いて、視線を私に戻す。
私の前でイチャつくとかイイ度胸してるな。
謝れ!
年齢=彼氏がいない歴の私と、ジークくんの後ろで何も出来ずに突っ立ってるモブキラーズ達に謝れ!
いや別に彼氏いらんけど。
私ってば祖龍だし、恋愛感情とか多分ないし。
「どうして、ですか?」
「……何が?」
「貴女なら間違いなくジークを人質に出来ていたのに、どうして途中で止めたのですか?」
「いや、だって、シエルが凄い声出すから……」
そこまで言いかけて、私は「答え」に辿り着いた。
パチンッと指を鳴らして、私はドヤ顔で言い放つ。
「シエルが自分の命より大切に思ってる人ってさ、そこのジークくんだよね?」
「…………」
返事は無かった。
その代わりに、シエルの頬が僅かに赤く染まる。
あー、あー、ないわー。
そういうことね。
シエルに勝てないからその想い人を人質にするとか。
私ってば完全に悪役だわ。元からモンスター側が敵で、祖龍はラスボスだけど。
「シエル、どういう状況なのか自分にはさっぱり……」
「あの白いドレスの少女が、祖龍ミラルーツよ」
「な……ッ!?」
シエルの言葉にジークくんが絶句して、その後ろにいるキラーズからは困惑した声が上がる。
……?
どうしてそこで反応が分かれるの?
「……それはともかく。これで形勢逆転だね、シエル?」
「……っ!」
ジークくんの登場で少し寄り道してたけど、私の言葉で不利な現状を再確認したシエルが唇を噛む。
ここで私とシエルがぶつかれば、戦いの余波で周囲の人々は全員死ぬからね。
飛び抜けた実力を持つジークくんは生き残れる可能性があるけど、平均的な力しかない他のキラーズは絶対に耐えられない。
焦燥するシエル。
困惑するジークくんとその他のキラーズ達。
そして動かない私。
1分ほどの膠着状態が続いた、その時だった。
「――お姉ちゃん、終わったよ」
地面が吹っ飛んだ。
私とシエル達の間にあった床に大穴が開き、その中からララが飛び出す。
呆然とするシエル達の前でパンパンと服を叩いて土埃を払うと、優秀な幼女は私にダプルピースした。
「待ってたよララ、成果は?」
「下の階にあった兵器は全部壊したよ。ついでに建物内の機械? も全部潰しといた。えっへん」
「わーお……」
これで、この兵器開発施設は完全に機能停止したことになる。
頼んだのは兵器の破壊だけなのに、相変わらずそれ以上の成果をあっさりと叩き出すよね。
ララがいなかったら、私はもっと劣勢だったかも。
「どういうことですか!? 貴女の弟妹はミラボレアス、ミラバルカン、アルバトリオンの3体では……!?」
私が答えるより早く、ララが驚愕するシエルの方へ振り返る。
そして両手を腰に当てて胸を張ると、不敵な笑みを浮かべて堂々と名乗りを上げた。
「偉大なる姉より賜った私の名は、煉黒龍グランミラオスである!」
大切なものは――
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更新速度ではない、質だッ!
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質ではない、更新速度だッ!