前編と後編だけでは終わらなかったです。
『魔境』の怪物、タイラントサーペント。
キラーズのような例外を除けば、人間が生身で勝つことは不可能に等しいとされるバケモノ。
事実、祖龍によってモンスターが誕生するまでは生態系の頂点に君臨していた存在だ。
この大蛇の討伐・捕獲は軍隊であっても難しい。
何せこの大蛇は、かつて戦艦すら湖の底へと沈めた記録すら持っているのだ。
だからこそ、海洋国家ローラインの裏社会を支配する『犯罪組織アウグス』の面々は予想もしていなかった。
アンセスと名乗った華奢な少女が、錆びた剣を一閃しただけで『魔境』の大蛇を打ち倒してしまうなんてことは。
『いっ、い……、いちっ、げぇーーきっ!? アンセスと名乗る華奢な少女が、剣の一振りでタイラントサーペントを倒したぁ!? この女、キラーズなのか!?』
歓声と共に動揺が観客席を駆け巡り、大型のモニターに表示されていたオッズが大きく変動する。
実況を務める男が信じられない光景に絶叫し、アウグスの構成員は大混乱に陥った。
アンセスが推測した通り、アウグスは挑戦者に勝たせるつもりなどなく賞金も用意していない。大蛇を一撃で倒した女にそんなことを言えば、一体どれほどの被害が出るのか……。
アンセスをスカウトした男は、近づいてくる上司の足音に震えて顔を真っ青にしていた。
盛大な番狂わせに盛り上がる客席で、アデルもまた歓声を上げてバルカンに抱きつく。
「バルカンさん、アンセスさんがタイラントサーペントに勝ちましたよ! 私、アンセスさんが何をしたのか、全く見えませんでした! 凄かったです!」
「ええい、龍の始祖たる姉上がただの蛇に負ける訳なかろうが! 当たり前の結果に大げさに喜ぶな! 姉上の友であるなら、余裕のある態度で姉上の活躍を讃えろ!」
「そう言うバルカンさんもニヤニヤしてますよ?」
「ぐ、ぬぅ……っ」
無意識のうちに口角が上がっていたことを指摘されて、バルカンが一気に渋面となった。
たとえ禁忌の龍から見れば外敵ですらない格下が相手とは言え、敬愛する姉が勝つのは嬉しいのである。というか姉の活躍で人間が右往左往するのが単純に愉悦でもあるのだが。
シスコンだろうがアデルに完敗してようが、正体は獄炎と憤怒を司る真紅の邪龍ミラバルカンなのだ。内に秘める凶悪で残忍な性質は変わらない。
祖龍というストッパーが無ければ、バルカンはとっくに大陸の1つを炎の海に沈めているだろう。人間を、可能な限り巻き込んで。
「これで絆石を買うお金が手に入りますね!」
「――どうやら、そう簡単にはいかんようだ」
満面の笑顔を浮かべるアデルとは反対に、突然バルカンが紅玉の瞳に殺意の光を灯す。
周囲を人工物で封じられているせいで龍脈の流れが悪いが、バルカンはそれでも並の古龍とは比較にならない力で強引にエネルギーを収束させる。
「アデル、我から離れるな」
「え、ちょっ、バルカンさん!?」
力強くアデルを抱き寄せ、バルカンが静かに臨戦態勢となる。
いきなり抱きしめられて頬を赤く染めるアデルに、この世界で最強の存在として名を連ねる紅龍は言い放った。
「烏合の衆だと侮った。随分と厄介なものが紛れ込んでいる」
「――…………ッ!」
紅龍が臨戦態勢に入ると同時に、闘技場に立つアンセスもまた外敵の気配を察知していた。
そもそも龍脈とは、惑星にとっての生命の源――血液のようなものだ。故に人工物には龍脈が宿らず、反対に自然には莫大な量の龍脈が流れる。
アンセスが今いるのは地下の闘技場。
周囲は人工物で遮られており、龍脈の流れは悪い。下位の古龍種では満足に力を振るうことが出来ないだろう。
しかし、人工物を強引に突破して莫大な量の龍脈が流れ込んでいる。
即ち、愛する弟バルカンの元に。
(あー、ないわー。やっぱり私の勘違いじゃないかー)
最悪の展開だ。
紅龍ミラバルカンが本気で警戒するほどの相手、それはつまり擬人化状態では逆立ちしても勝てない敵いうことになる。
甘く見てもシエル・アーマゲドンと同等クラス。最悪はあの『人類最強』を冠するフランシスカ・スレイヤーにも届くかもしれない。
予想は、出来たはずだ。
軍隊ですら討伐・捕獲が難しいタイラントサーペントをどうして犯罪組織が使役しているのか。どのような方法で捕獲したのか。
アンセスは「アウグス」という組織の規模を知らない。力を知らない。その実態を何も知らない。
それを考慮した上で、踏みつぶせると判断した。
しかしその見積もりが誤りだと、タイラントサーペントが出現した時点で気付くべきだったのだ。『魔境』の怪物を容易く捕獲出来る存在……キラーズが、この犯罪組織に加担していることに。
キラーズは聖人君子の集まりではないのだ。
その中に、己の欲望を満たすために犯罪に加担する人間が存在してもおかしいことではない。
だからこそ「現代」にはギルドナイトという職業が存在する。
びしゃあぁ……っと。
アンセスの視線の先――鉄製の柵で遮られた安全地帯で、スカウトの男が血塗れになって倒れ伏す。
両断。
腹部の辺りで、上半身と下半身が見事に切断されていた。
撒き散らされる臓物と赤黒い液体に、観客席から悲鳴と歓声が木霊する。元から残虐ショーを観に来ていたような者たちだ。死体1つでパニックが起きることはない。
この場で顔を顰めたのは、アンセスとアデルの2人だけだ。
「随分とナメた真似をしてくれたな、小娘。大枚をはたいて捕獲したタイラントサーペントを殺しよって……!」
選手入場口から現れたのは、醜く肥え太った小男だ。
高価な衣装に身を包み、豪奢な装飾品で着飾ったその男は、額に青筋を浮かべてアンセスを睨みつける。
わざわざ聞くまでもない。
その身なりとセリフから、この男の素性は予想できる。
「
「舐めてんじゃねぇぞクソガキがぁ! 裏社会っつーのはなぁ、余所にナメられたら終わりなんだよ! 小娘1人にシノギ潰されたなんて知られたら、ウチのメンツ丸潰れだろうが!」
醜悪な顔をさらに醜く歪め、唾を撒き散らしながら顔を赤くしたボスが叫び散らす。
その小さな目に宿る怒りと憎悪の光は、本気でアンセスを殺すつもりだと告げていた。
弱肉強食が絶対のルールである自然界で生き延びた経験があるからこそ、相手が本気で自分の命を狙っているのかは簡単に判断できる。
その上で。
ボスの殺気を受け流し、アンセスは飄々と笑う。
「私は貴方たちが提示したルールに従って、正々堂々と敵を倒しただけだよ? それなのに賞金を渡さないどころか逆ギレとか、大人として恥ずかしくないの?」
――プツン、と。
アンセスの放った安易な挑発に、ボスの頭の中で何かがキレる音がした。
「野郎ども! ブッ殺せええぇ!」
思考を放棄したボスの絶叫。
それと同時に鉄の柵を乗り越えて次々と黒服の男たちがアンセスに殺到し、手に持った凶器で少女の命を奪いにかかる。
「儂をナメるなよ小娘ッ! もはやこの際だ、たとえ客の前だろうが知ったことか! 儂を侮ったらどうなるか、その身体に嫌というほど叩き込んで思い知らせてやる! 飽きるほど嬲った後、犯しながら殺して――」
直後、観客席から歓声が上がった。
純白のスカートがひらりと揺れると同時に、アンセスの長い足が数十人の男をまとめて吹き飛ばしたのだ。
華奢な少女が、屈強な男たちを薙ぎ倒す。
まるで御伽話のような光景に、観客は総立ちになって歓声を上げた。
『何がどうなってんのか分からねぇが、この小娘とにかく強えぞぉ!? 逆ギレしたスタッフ数十人を、蹴り1発で吹き飛ばしやがった! マジで何者だあああ!?』
実況担当の男が声を張り上げて観客を煽り、客席のボルテージがピークに達する。
(あれ? 意外に客と主催者側って結びついてない? もう自分たちが楽しいなら、他はどうでもいいやって感じだったり?)
アンセスは「アウグス」と観客はもっと癒着していると予想していたのだが、どうやらそうでもないらしい。
それともこの闘技場は「アウグス」の一端に過ぎず、ここを潰されても「アウグス」全体から見れば些事だということか。
しかし、人間サイドのゴタゴタなど龍であるアンセスには関係ないことだ。
(とにかくあのボスの脳波に干渉して、稼いだお金の保管場所を見つけ出す。そして通路の奥でヤバい気配を出してる
そう考えて、アンセスが指先から微弱な電波を放とうとした瞬間。
憎悪の眼光を湛えたボスが、ポツリと呟いた。
「殺せ――アーサー」
「――ッ!!」
闘技場が、吹き飛んだ。
ボスとアンセスの間にあった高さ30メートル以上の鉄の柵が粉々となり、鉄柵を破壊した「ナニカ」はそれでも満足せずにアンセスを襲った。
咄嗟に上体を反らし、飛来する「ナニカ」をアンセスが躱す。
そして、爆音。
アンセスの背後にある鉄柵を吹き飛び、その奥にある壁に破壊が刻まれた。それは横幅10メートルはある、巨大な斬撃の跡。
もしも直撃すれば、たとえアンセスでもノーダメージでは済まないだろう。擬人化で防御力がダウンしている今なら尚更に。
「……よォカエルム。随分とオレサマを呼ぶのが遅かったじゃねェか」
ボス――カエルムの背後から、その青年は現れた。
肩まで伸びた髪は灰色だが、ララのように前髪の一部分だけが紺色に染まっている。猛獣を想起させる鋭い瞳は、研ぎ澄まされた刃のような鈍色。
白と蒼の涼しげな装束から露出した胸筋や双腕は、その青年が極限まで肉体を鍛えていることを示唆している。
アーサー。
そう呼ばれた青年を一言で表すのならば、剣だ。
敵対するもの全てを慈悲ななく両断してしまう、無情の刃。
『う、嘘だろ!? まさか、あのアーサー・オーケアノスかァ!?』
闘技場に現れた剣の青年の姿を見て、実況担当する男が驚愕の声を発した。
――否、この闘技場に集まっていた全ての観客が信じられないとばかりに目を見開いている。
全ての視線を一身に浴びて、アーサーは凶悪に笑う。
『間違いねぇ……! サザンドゥーラ帝国のキュレネー・スカディ、エルドバッド国のベネディクト・カーライル、そしてシュレイド王国のフランシスカ・スレイヤーに並ぶ海洋国家ローラインの必勝兵器! “滅龍剣”だ!』
実況を担う男が、ローラインで最強と謳われるキラーズの異名を叫んだ。
〜Now loading〜
……うん、私ってば死ぬかも。
だって目の前に立つキラーズ――アーサーくんから放たれる殺気と威圧感は、あのフランシスカさんにも匹敵する。
間違いなく、人類最強クラス。
フランシスカさんがシュレイド王国で最強の狩人なら、アーサーくんはこのローライン国で最強の狩人って感じだろうね。
実況の人もそれっぽいこと言ってたし。
というか、他にも後2人くらいこのレベルのキラーズがいるみたいなことを言ってなかった?
流石にフランシスカさんと同格のキラーズが何人もいるとは思えないけど……。
「おい……確かアンセスだっけか? このオレサマを前に考え事とは余裕だなァ?」
言葉と共に放たれる、突き刺すような殺気。
一般人ならこの殺気を浴びるだけで呼吸困難を起こして死ぬかもしれない。
「余裕とか微塵もないって。むしろ戦ったら殺されそうだから、どうにかして逃げる方法を考えてたの」
「ほう? だがテメェのツレはオレサマと殺る気マンマンみたいだぜ?」
そう言うと、アーサーくんは顎で観客席にいるバルカンを指す。
アーサーくんとバルカンの視線が交差し、互いの殺気がぶつかり合って周囲に威圧がばら撒かれた。
自国最強のキラーズの登場に盛り上がっていた観客席が静寂に包まれ、威圧に負けて失神する人が続出する。
「あくまで自衛だって。アーサーくんの攻撃をノーガードで受けたら、命の危険があるでしょ? ――ね?」
「――ッ!?」
私もまた言葉と共に威圧を放つと、アーサーくんの視線が一瞬で私に向く。
悪いけど、私の前で大切な弟と友達に殺意を向けることは許さない。その時は龍の始祖ではなく、アンセスとして牙を剥くことになるからさ。
「ハッ、それだけの威圧をぶっ放してヤる気ありませんはねェだろ!?」
ザワリとアーサーくんの髪が逆立ち、再び研ぎ澄まされた刃のような殺気が満ちる。
そして、アーサーくんが背負っていた大剣を引き抜いた。
その大剣を見て、私は思わず絶句した。
黒色を帯びた剣全体に貼り付けられた龍の鱗。緑と橙のグラデーションを魅せる刀身。
『私』は、その大剣を知っている!
「封龍剣【滅一門】……!?」
無印での性能値は攻撃力912、龍属性値43、斬れ味ゲージが長い緑と非常に優秀。
伝説の龍殺しの大剣とまで謳われ、MH4シリーズでは発掘武器として登場したモノ。
ゲームでの数値よりも「世界観」でスペックが決まるこの世界では、恐らく最強格の大剣となるでしょう。
私達の……古龍の、天敵のような武器だ。
「テメェ……どこでこの大剣の
「……こう見えても、物知りな方なんだよ?」
愛用している大剣の名前を私が知っていたことが予想外だったのか、驚愕の表情となるアーサーくん。
だけど私が質問の答えを誤魔化すと、すぐに凶悪な表情を浮かべる。
「そォかい、それなら無理やり聞き出してやるよ」
世界が、裂けた。
身の丈ほどもある封龍剣【滅一門】をアーサーくんが握り直したと思ったその瞬間に、世界が上下に裂けた。
そう錯覚するほどの、一撃。
私の腹部を狙って放たれた横一文字の斬撃を、反射的に後ろへ跳ぶことで回避する。それでも避け切れずに、私のお腹から僅かに血が飛び散る。純白の服が赤く染まった。
鋭い痛みに、思わず奥歯を噛み締める。
龍属性だ。
古龍を殺す、龍の力。
アーサーくんの斬撃に乗せられた属性ダメージが、腹部の傷を余計に蝕む。
「こ、の……ッ!」
追撃するために大剣を後ろに引き、真正面から突っ込んでくるアーサーくんの側頭部を狙って蹴りを放つ。
だけどそれは身を屈めたアーサーくんに簡単に回避されて、凄絶な斬り上げ攻撃が返ってきた。
ガードは不可能。
速度はフランシスカさんよりも遅いけど、一撃の重さと攻撃力が桁違いだ。シエルとは完全に逆のタイプ。
避けることは擬人化した今でも問題ない。その代わり、1度でも被弾したら死ぬけどね。
「オォラァ――ッ!」
烈風すら伴う斬り上げ攻撃をバックステップで避けて、大振りな攻撃で隙を見せたアーサーくんに突貫。
次の一撃が来るより早く、私の拳がアーサーくんのお腹を撃ち抜いた。
「お、ぐぅ、っ……!?」
命中と同時に拳を捻り、全力で殴り飛ばす。
アーサーくんが苦しげな呻き声を上げた瞬間、彼の体が高速で吹っ飛んだ。地面にバウンドしながら転がり、壁に衝突してようやく止まる。
『は、はぁ!? あのアーサーが吹き飛ばされたあああ!? どっちも速すぎて何にも見えねえ! だから何でアーサーが吹っ飛んだのかも分からねぇが、とにかく何者だアンセスぅ!?』
「「「――――――――――――ッッ!!」」」
うわぁ、びっくりした!?
今まで静寂に支配されていた闘技場が、実況の声に触発されて再び歓声に包まれた。
見せ物じゃないんですけど。私ってば命がけで戦ってるのに……って、それはタイラントサーペント戦の時と同じだったね。
実況の人も大概だけど、観客もメンタル凄いわ。
巻き込まれたら一瞬でミンチにされちゃう戦いを見て、まだギャラリー気分でいられるとか。
アーサーくんがもうちょっと本気になったら、それだけでこの闘技場が消し飛ぶのに。比喩じゃなくて物理的に。
「おォ、ペッ、痛え。まさか素手の女に殴られて、こんなに痛い思いをするとはな」
ギンッと、アーサーくんの双眸が光を放つ。
「――俄然、お前に興味が湧いたぜ」
「それは、私のセリフかな。それだけの実力があるのに、どうして犯罪組織の傭兵みたいなことしてるのかなって。ただキラーズとして活動するだけで、富も名声も手に入るでしょう?」
「そう言うテメェはどうなんだ? 愛剣を担いだオレサマとやり合えるだけの実力があるクセに、何でこんな場所にいやがる? 随分とキレイな身なりじゃねェか。金に困ってるようには見えねーな?」
「いやいや、本当にお金に困ってるだけだよ。無一文だしね。犯罪組織が相手なら、バトルマネーを踏み倒されても奪い取れば良いやって思ってたんだけど……」
大きく息を吸い、拳を構えて臨戦態勢に。
「……誰かのせいで、台無しにされてね?」
「クハハッ、ソイツは悪りぃことしたな。だがオレサマも仕事でな」
応じるように、アーサーくんも大剣を上段に構えた。
相手が何をしようと関係ない。小細工ごと斬り伏せる。そう宣言するような、攻撃特化の構えだ。
「――オレサマに勝てたら、金でも何でもくれてやるよ」
「割に合わないね。どんな報酬よりも、貴方を倒す労力の方が大きそうだし」
「よく分かってるじゃねぇか」
お互い凶悪に嗤い、殺意を乗せた大剣と拳が交差した。
次回で絶対に終わります。
というか、終わらせます。
9月からは出来るだけ更新速度を戻しますので、よろしくお願いします。
更新時間は19時00分で固定です。
大切なものは――
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更新速度ではない、質だッ!
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質ではない、更新速度だッ!