「――一度、情報を整理しましょう」
キャロルは手を叩いて超越者たちの視線を己に集めると、ここまでの内容を簡潔にまとめ始めた。
「まず最大の敵勢力は5体の『禁忌』。しかし我々が真に警戒するべきは、この場の皆様が『禁忌』と相対している間に行われる古龍種の総攻撃です」
『禁忌』の攻撃は食い止めることができる。
この『対龍会議』に集うトップクラスのキラーズたちであれば、勝機は十分にあるだろう。
考慮すべきなのは、G級個体に至った古龍の対処法だ。
古龍の数と比較すると、G級の称号が与えられるほどのキラーズは非常に少ない。
大抵のキラーズは「竜」を倒すことが限界で、格上の「龍」には届かないのだ。
圧倒的な人手不足。
数の差を埋めるはずのイコールドラゴンウェポンも先の大規模戦闘でかなりの数が破壊されてしまっている。
また奥の手でもあった『対龍兵器』は、グランミラオスにより初号機が破壊されたことで量産が安定していない。
「残された手段は1つ。遅滞戦闘で時間を稼ぎ、即応戦力で『禁忌』を各個撃破。その後、この場の皆様の力で古龍を駆逐してもらいます」
キャロルがそう言い放つと同時、彼女の背後にある黒板に竜種観測隊の隊員が詳細な作戦内容を書き記す。
それを一瞥したフランシスカが即座に立ち上がった。
「キャロル! 貴様、この私と祖龍の一騎討ちを認めないつもりか!?」
「……貴女なら絶対に文句を言うと思いました。なので、妥協案を用意してあります」
古龍すら怯えて逃げ出しそうなフランシスカの視線に、キャロルは額を抑えてため息をつく。
本来、キャロルが理想としていた作戦はこうだ。
祖龍、黒龍、紅龍、煌黒龍、煉黒龍にそれぞれ2人以上の超越者をぶつけ、遅滞戦闘を行う。そして即応戦力であるフランシスカが順にそれぞれの援護を行い、『禁忌』を各個撃破するのだ。
『禁忌』を一体撃破するごとに遅滞戦闘を行なっていた超越者も次の戦場の支援に移れるので、後半ほど早く安全に『禁忌』を倒せるという利点もある。
『禁忌』を撃破した後は、超越者が古龍種を駆逐するだけだ。
しかし、フランシスカは絶対にこの作戦を認めない。
人類滅亡の危機でも、絶対に祖龍との一騎討ちを望むだろう。
今まさに面倒な友人から抗議を受けていることも、全てキャロルの予想通りである。
「本来ならばフランシスカが即応戦力となることが望ましいのですが……不満があるようなので、貴女には祖龍との遅滞戦闘をお願いします」
「断る。祖龍との決着は私が自分の手でつける。手出しは無用だ」
「お断りします。貴女のワガママを全て聞き入れることは出来ません。私には人類を勝利に導く義務がありますので」
「貴様――」
フランシスカから殺気が溢れ、キャロルはまるで室内の温度が大幅に下がったかのような錯覚すら覚える。
“人類最強”の暴走を予感したキュレネーとベネディクトがそれぞれ自分の武器に手を伸ばし、フーゴは右隣に座るアレクシアを庇うように盾を構えた。
同時にシエルがフランシスカの肩を掴み、背後を取ることで次の行動を牽制する。
ヴァルフラムは分厚い唇を吊り上げて傍観。アーサーは無言で作戦が書かれた黒板を睨み視線を外さない。
一触即発の空気の中、キャロルはフランシスカの黒瞳を覗き込む。
フランシスカの意思は絶対に揺らがないだろう。
幼い頃からフランシスカの苦悩を知っているからこそ、キャロルは理解している。……このワガママな人類最強を納得させる方法を。
「それでは、タイムリミットを設けましょう。即応部隊は煌黒龍、煉黒龍、紅龍、黒龍の順序で大連続狩猟を行い、祖龍の討伐は最後とします。どうしても祖龍と一騎討ちで決着をつけたいのなら、即応部隊が到着する前に勝つことですね」
「……ふむ、横槍を入れられたくなければ早く倒せと」
「はい」
「邪魔をされたら、時間制限をオーバーした私が悪いということか」
「ええ、その通りです」
もっとも――、と前置きして。
「もしもフランシスカが
「ふ、は、はははははは! なるほど、流石だ。この私をここまで見事に使えるのは、世界中を見渡しても貴様だけだよ」
片目を閉じて挑発するキャロルに、フランシスカは殺気を霧散させて笑い声を上げる。
これで1つ目の問題はクリアだ。
好調な滑り出しにまずは安堵し、次にキャロルは視線をアーサーの方へと移す。
「オーケアノス様、何かご不満が?」
「まァな。――オレサマも祖龍との一騎討ちを希望するぜ。まさか、ソイツのワガママだけが通るのか?」
ビシィ……ッと。
弛緩していた空気が再び張り詰め、キャロルは目を閉じる。
密かな自慢である白銀の髪がストレスで白くなりそうだ。
これが人類の命運を決める重要な会議でなければ、子供みたいにワガママを言うなファ●ク! と叫びたい気分である。
今の状況と自分の立場、そして淑女であることを考慮して決して口に出すことはないが。
深呼吸してクールダウンし、キャロルは口を開く。
「ローライン国でのオーケアノス様と祖龍の戦闘のお話は聞いています。『祖龍の擬人化状態での爆発的な戦闘能力の増強』という貴重な情報も頂きました。オーケアノス様の意見を蔑ろにするつもりはありません」
「へェ、それは嬉しいね」
軽薄に笑い、アーサーは鋭い視線で続きを促す。
別方向から先ほどの話を覆すなよ、というフランシスカからの視線もあり鬱陶しいことこの上ない。
「しかし祖龍と一騎討ちできるのは1人だけですし、何よりフランシスカ以外に即応戦力として期待できるのはオーケアノス様だけなのです」
微笑を作り、キャロルは脳内で情報を整理する。
この会議が始まる前に、出席者のプロフィールは全て暗記してある。名前、年齢、身長、体重、戦績、使用武器はもちろん、趣味や性格に至るまで全てだ。
アーサー・オーケアノスは特にプライドが高い。
そして思考形態はフランシスカと近く、とにかく自分の実力をアピールすることを強く意識している。
つまり……
「即応戦力に必要とされるのは飛び抜けて高い『攻撃力』です。目の前の敵に注力している『禁忌』を、不意の一撃で仕留める圧倒的な火力――短期決戦を実現できるそれが無ければ、即応戦力は務まらないのです」
即応戦力=強者のポジションということを意識させろ。
無理やりに命令してやらせるのでは、アーサーの持つ力を最大限まで引き出すことはできない。
敗北は許されない最後の決戦。
この場にいるトップキラーズたちには、全力でそれぞれの役割を担って貰う必要があるのだ。
「そして、即応部隊は全ての『禁忌』と戦う機会がある。フランシスカが時間をオーバーした時は祖龍と戦う機会もある。名を馳せるには最高の立ち位置かと思いますが」
そして、キャロル・アヴァロンは不敵に笑う。
「オーケアノス様に全ての『禁忌』と連戦するだけの実力が無いと仰るのであれば、私は自分が知っている最大戦力であるフランシスカに改めてお願いする必要がありますが、どうでしょうか?」
「――チッ、オレサマの負けだ。そこまで言われたら、今さら引き下がることもできねェしな。テメェの思うように使われてやるよ」
「ご協力、感謝します」
プライドの高いアーサーなら、絶対に「自信がない」と言わないだろう。
キャロルのその予想は的中しており、親友であるフランシスカと似ているためその気にさせるのも簡単だった。
1つ懸念があるとすれば、アーサーと同じく自分が最強であることに絶対の自信を持っているヴァルフラムか。
対抗心を燃やして即応部隊に立候補する可能性もあったが、キャロルはそれも予測してヴァルフラムの担当を紅龍に設定してある。
リベンジの機会を与えれば、あの凶暴な殺人鬼も文句は言わないだろうという考えは正解だったようだ。
実際、超火力を誇るミラバルカンを相手にして遅滞戦闘を行うのなら、不死に喩えられるほどの再生力と継戦力を持つヴァルフラムが最適だろう。
全て、計算通り。
「他に異論がある方は……いないようですね。それでは、これで『対龍会議』は終了とします。お疲れ様でした」
〜Now loading〜
竜大戦 最終決戦
祖龍ミラルーツ 担当 フランシスカ・スレイヤー
黒龍ミラボレアス 担当 シエル・アーマゲドン
紅龍ミラバルカン 担当 ヴァルフラム・ベッカー
煌黒龍アルバトリオン 担当 フーゴ・ヒルデブラント、アレクシア・ディートリンデ、ベネディクト・カーライル
煉黒龍グランミラオス 担当 キュレネー・スカディ
即応部隊 アーサー・オーケアノス
〜Now loading〜
自分の担当を確認し、キュレネーはウェーブのかかった自分の横髪に触れる。
討伐対象は、煉黒龍グランミラオス。
キャロル・アヴァロンから渡された煉黒龍の情報は他の4体と比べても非常に少なかった。
シュレイド王国の王都では擬人化状態の姿しか確認できず、本来の姿を観測できたのはイコールドラゴンウェポンによる大規模な攻勢が行われた時だけ。
そのデータも破壊された竜機兵から回収した、僅か数秒の映像記録のみ。
(情報不足、ね……)
煉黒龍の正確なサイズはもちろん、攻撃パターンすら分からない。
何の属性を使用し、どのような天災を引き起こし、どの攻撃に強く、どの武器に弱いのか。
決戦までに観測隊が少しでも情報を入手してくれると助かるのだが、古龍種が不活性化している猶予期間の今は難しいだろう。
『禁忌』に接近するだけで大きなリスクが伴うのだから、仕方のないことでもある。
しかし、問題ない。
情報が無いなら戦闘中に入手するだけだし、キュレネーに求められているのは遅滞戦闘だ。
作戦が問題なく機能すれば、アルバトリオンを担当する3人に加えてアーサーも加勢に来る。
討伐のタイミングも2番目と早い。
勝機は十分以上――
「失礼、スカディ嬢」
そこまで思考したところで、背後から声をかけられた。
振り返った先に立っていたのは、鍛え上げられた肉体をタキシードで隠した老齢の狩人。
ベネディクト・カーライル。
キュレネーの祖国である北方のサザンドゥーラ帝国で、ベネディクトの名を知らぬ者などいないだろう。
かつてサザンドゥーラと南のエルドバッドの仲は険悪であり、常に戦争状態にあった。
戦況はサザンドゥーラの有利。
商業・貿易に力を入れているエルドバッド国に対して、サザンドゥーラは軍事国家なのだ。正面から戦えば負ける道理などなく、優勢であるのも当然だった。
その戦況を、1人で覆した男がいた。
「南国の英傑――『剣雄』のベネディクト……様……」
「申し訳ありませんが、その名で呼ばれていたのは昔のこと。今はただの狩人です」
「こちらこそ、ご無礼を。サザンドゥーラとエルドバッドの不和は過去の話。今はただ、貴方の実力に敬意を込めて」
ドレスの裾を持ち上げ、足を交差させて膝を折る。
サザンドゥーラにおける相手に最大の敬意を示す礼に、ベネディクトもまた頭を下げて応じた。
「私に何か御用ですか?」
「……噂を、聞いておりました。サザンドゥーラで最強のキラーズはまだ幼い少女であると。その少女は古龍すらも貫く絶技の使い手であると」
ベネディクトの赤い瞳が光を灯す。
その鋭い視線に伴う剣気に応じて、キュレネーもまた無表情を崩して微笑を作った。
まるで人形のように感情を出さなかったキュレネーの変化に、会議を終えて退出しようとしていた他の超越者も足を止める。
高まる緊張感。
しかしフランシスカやヴァルフラムが暴走した時のような危険は感じられず、むしろ戦場に身を置く者なら安心感すら覚えるもの。
すなわち、手合わせの申し込み。
キュレネーの剣気を浴び、ベネディクトが目を開いた。
赤い瞳の奥にあるのは驚愕、動揺、興奮、歓喜、そして……?
ベネディクトの真意を推し量ろうとするキュレネーに、老剣士は穏やかな声で言う。
その、鋭い剣気とは正反対の声音で。
「そして――その少女剣士は私の好敵手であり、最愛の人だったアヴローラ・スカディの孫娘であると」
「……は、」
息が、詰まるかと思った。
アヴローラ・スカディ。
キュレネーの祖母であり、元サザンドゥーラ帝国最強の女剣士。歴史の教本にもその名が記載され、学校の授業でも名が出る偉人。
そして、ベネディクト・カーライルの宿敵。
サザンドゥーラ帝国とエルドバッド国ではアヴローラとベネディクトの戦いは絵本になるほど有名で、2人は祖国を守るため戦った永遠の敵なのだ。
それが、最愛の――?
困惑するキュレネーに、歴戦の老剣士は告げる。
その重低音の声に、凄まじいまでの覚悟を宿して。
「貴女がその美しい容姿とは裏腹に、間違いなく最高位のキラーズに相応しい実力を持つことは理解しております。しかし、それでも私に――俺に貴女の命を守ることを許して頂きたい」
「――貴方、は」
キュレネーが言葉を紡ぐより早く。
シュレイド王国を……否、この世界が震えるほどの凄まじい咆哮が響き渡った。
その音量にキャロルが耳を押さえて倒れ込み、超越者たちすら動きを止められる。
バインドボイス。
大型の竜が使う、外敵を追い払うための威嚇行為。
しかし所詮は威嚇行為であり、この場の超越者たちに通じるようなものではない。
バインドボイスを発した存在が、最強の古龍種でもない限り。
フランシスカ・スレイヤーが、凄絶に嗤う。
漆黒の瞳を殺意に濡らし、恋する乙女のように頬を紅潮させ、確信を込めて窓の外を睨む。
「ようやく起きたか、祖龍……ッ!!」
フランシスカの声に反応するように、空に紅の雷が閃いた。
次回はようやく主人公視点です。
大切なものは――
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更新速度ではない、質だッ!
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質ではない、更新速度だッ!