新大陸の“龍脈暴走”の原因を探るアルンと別れた私は、かなり距離を空けて『龍封力』を持つネルギガンテの追跡を行っていた。
300メートルも距離を取れば気取られることはないと思うけど、あのネルギガンテってば未知数だからなー。
間違いなく特殊個体だしね。
『龍封力』を持ってることはもちろん異常だけど、素の身体能力もめっちゃ高い。少しだけとはいえ私と正面から殴り合えている時点でG級個体なのはほぼ確定でしょう。
後は、私もびっくりな治癒能力。
負傷したのが比較的すぐに再生される棘の部分だったとはいえ、あの速さは凄い。
戦った感覚からネルギガンテの戦力分析をしていると、私の前方を飛翔するネルギガンテのスピードが落ちる。
目的地が近いのかな?
私もまた十分な距離をキープしつつ、翼を広げて減速。
ついでに1000メートルほど上昇して、斜め上の角度から祖龍の超視力でネルギカンテを見下ろす。
うーん、何かを警戒してるっぽい?
かなり大きい渓谷の上空で、ネルギガンテはぐるぐると旋回してる。
動かんね。
ネルギガンテは旋回し続けるだけだし、新大陸の龍脈は乱れたままだし。あ、ちょうどネルギガンテがいる渓谷の龍脈が暴走しt
――直後、蒼白の光がネルギガンテにぶち当たった。
大地から、天空へ。
その極光は世界を引き裂くように顕現し、旋回していたネルギガンテを光の中に呑み込んでいく。
極光が放つ熱量で大気が歪む。
その威力は、ダラアマデュラのブレスにも匹敵するほど凄まじい。
何より私が驚いたのは、光が龍脈エネルギーそのものだったこと。
古龍種は星から体内に流れ込む龍脈を何かしらの属性に変換し、自然現象として放出している。
ボレアスとバルカンなら火属性。
私なら雷属性。
だけど、ネルギガンテを撃ち抜いた蒼白の極光は違う。龍脈そのものだ。
本来は不可視である龍脈を目に見えるくらい収束させ、純粋なエネルギーとして放出してる。
ちょっと待って、何あれ!?
ネルギガンテは!?
大急ぎで光の中にネルギガンテの影を探す。
並大抵の古龍なら即死してもおかしくない威力のブレスだけど、生命力の高いネルギガンテなら生きている可能性はある。
目を凝らして探すこと数秒、極光に変化があった。
天を貫く光の柱が内側から弾け飛び、光の粒子となって四散する。
そして、ブレスの中からほぼ無傷のネルギガンテが姿を見せた。
………………。
さて、どこからツッコミを入れようかな。
かなり高いところを旋回していたネルギガンテを精密に狙い撃ちできるほど命中率が高いとか。祖龍にも匹敵する龍脈の量をそのまま発射できていることか。
その馬鹿みたいなブレスが直撃してノーダメージなのもおかしい。
まさか、龍封力?
私やアルンのように属性に変換された攻撃は防げなくても、今みたいな純粋な龍脈の放出攻撃なら遮断できるってこと?
この仮説なら、今の攻撃を受けたネルギガンテが無傷なのも頷けるよね。
ピーキーな能力だけど、あのブレスを撃った相手に対してはぶっ刺さってるじゃん。
さて、どうしよう。
新大陸の龍脈はずっと暴走中。
ネルギガンテも特に動かず滞空したままで、謎のブレス攻撃も止まった。
追撃しないのは、意味がないって悟ったのかも。
そうやって思索に耽っているうちに、いよいよ新大陸の龍脈がヤバいことになってくる。
龍脈の暴走。
それは無数の自然災害を引き起こす。
少し離れた場所にある火山から煙が上がり始め、森から小鳥が一切に逃げていく。砂浜に押し寄せる波が高くなり、大木が折れるほど強い風が吹き始めた。
これは本格的にマズい。
このまま自然災害が発生し続けると、間違いなく生態系が大規模に変化する。つまり、現在この大陸に生きているモンスターの大部分が死に至る。
祖龍ミラルーツとして、これは見過ごせない。
これがただの自然現象なら世界の摂理として傍観するけど、この龍脈暴走は違う。わざと発生させている犯人がいる。
その犯人は、龍脈を暴走させることで自分に都合が良い生態系を作ろうとしている。
他のモンスターのことを考慮しない、自分だけの楽園を作ることが犯人の目的だ。
今の龍脈暴走ですべて分かった。
この“新大陸”で起きている異変と、ネルギガンテの行動も。
蒼白のブレスが放たれた大渓谷。
そこから再び蒼白の光が溢れ、巨大な龍が姿を現す。
ネルギガンテがずっと動かなかったのは、大渓谷の底にいたこの龍が現れるのを待っていたんだ。
ネルギガンテは強大な戦闘力を誇るけど、遠距離攻撃の手段が乏しいという弱点があるからね。接近戦となる機会をずっと伺っていたのでしょう。
そして、今、ついにネルギカンテの敵は痺れを切らして姿を現した。
ドス古龍すら上回る屈強な四肢。
その巨体を覆うほどに発達した、一対の雄大な翼。
橙に輝く眼は殺意を宿した視線をネルギカンテを捉えて離さず、頭部には目のようにも見える6つの紋様。
体長は目測で約45メートル。私よりも大きい。
綺麗な半透明な体は蒼白の光を纏い、幻想的な雰囲気を感じる。
名を、冥灯龍ゼノ・ジーヴァ。
“古龍の王たらん者”とも称される、新大陸の支配者だ。
空中でゼノ・ジーヴァとネルギカンテが向かい合う。
2体が放つ強烈な殺意で周囲の空気が張り詰め、付近のモンスターが我先にと逃げ始める。
どちらも極めて凶暴性の高い古龍。
それも私が新大陸を訪れる以前から、敵対を続けていたと思われるまさに因縁の相手。
次の瞬間に何が起きるのか、誰でも分かるよ。
ネルギガンテの『龍封力』は、ゼノ・ジーヴァとの戦いで獲得した能力だと思われる。強大な天敵を斃すために、ネルギガンテの体が変異したんだ。
歴戦個体は豊富な龍脈の影響を受けた結果だし、大量の龍脈を操る冥灯龍とずっと戦い続けていたのなら特殊個体になってもおかしくない。
モンスターは環境の変化で生態や能力が大きく変異するからさ。
亜種や希少種が良い例でしょ。
まだネルギガンテとゼノ・ジーヴァは動いてない。
お互いに隙を探っているのか、彼らが持つ凶暴性からは考えられないほど慎重だ。
おそらく既に何度か縄張り争いして、引き分けているのが原因だと思う。
痛い思いをした経験があり、相手の実力を知っているからこその様子見。でもそれは長く続かない。
凶暴な古龍が外敵を前にして何分も我慢することなんて不可能だから。
そして、私の予想は的中する。
睨み合いを続けること1分、先に動いたのは全身の棘を漆黒に染めた滅尽龍だ。
極まった運動性能を最大限に発揮し、トップスピードでゼノ・ジーヴァとの距離を詰める。一瞬で間合いを潰したネルギガンテは身を捻ると、前脚で渾身の叩きつけ攻撃を行う。
大地すら打ち砕くネルギガンテの一撃。
それをゼノ・ジーヴァは巨体からは想像できない俊敏な動きで回避し、反撃に長い尾を振り回す。
大気を切り裂く尾の攻撃は、直撃すれば飛竜でも即死は免れない威力を持つでしょう。
それに、ネルギガンテはショルダータックルで正面から激突した。
轟音と衝撃。
1000メートル離れた私にまで届くほどの轟音を伴う激突の果て、両者は同時に後ろは吹き飛んだ。
少なくない量の鮮血と折れた棘が飛散する。
ネルギガンテの黒棘はゼノ・ジーヴァの尾を傷つけたけど、その代償として右翼の棘は全てへし折れていた。
「――――――ッ!」
ネルギガンテが唸る。
同時に、やっぱり凄いスピードで棘が修復された。
新しく生えてきた棘は黒色で、比較的柔らかい白い棘はまだどの部位にも無いね。
だけどネルギガンテもノーダメージじゃない。
傷はすぐに再生できても、その体力は確実に削られる。それでも斃れる直前までネルギガンテは傷の影響を受けずに戦える。
ゼノ・ジーヴァの生命力も膨大。龍脈を吸収して回復も可能だし、そう簡単に斃れない。
どちらも決め手に欠ける以上、長期戦だね。
今まで決着が付かなかったのも両者の生命力が優れてたのが要因でしょう。
観察を続ける私の視線の先で、2体の戦いは苛烈になる。
ゼノ・ジーヴァがブレス攻撃を軸に次々と龍脈を放出し、ネルギガンテがそれを龍封力で防ぎながら隙を突いて接近しては殴りかかる。
一進一退の攻防。
空中を自在に飛び回りながらぶつかり合う2体の古龍は、ゲームの画面越しとは比べ物にならないほど大迫力だ。
……それで、私はどうしようか。
下手に手を出したら彼らを同時に敵に回しそうで怖い。地球の自然界でも、決闘しているライオンが戦いの邪魔をしてくる個体を協力して排除することがあるくらいだし。
本気で戦えばそれでも勝てると思うけど、人類との戦争が近いのに大きな傷を負うのは避けたいところ。
それに本来の目的は新大陸の古龍種を仲間にすること。仲間にしたい相手を敵に回したら意味ないって。
心情的には、ネルギガンテを助けたいけど。
ゼノ・ジーヴァが周囲の生態系を変化させて自分だけが住みやすい環境を作ろうとしているのに対して、ネギの方は現在の生態系を守ろうとしている。
勝手に生態系を変えられたら、ネルギガンテが餌にする古龍種が減っちゃう可能性もあるからね。
ネギとゼノ、どちらかの味方をするならネギだ。
あ、ゼノの体当たりが直撃した。
超大型モンスターの巨体に押し負けたネルギガンテが、勢いよく大地に墜落する。
それでもネギはすぐに立ち上がったけど、今度はゼノが上空から一方的に龍脈のブレスを乱射。その破壊力に地面が吹き飛ぶ最中、ネギは絨毯爆撃のような攻撃を紙一重ですり抜けていく。
一方的な展開になってきた……と思った瞬間、龍封力を発動したネギが龍脈ブレスを弾きながら一気に飛翔。
発達した前脚でゼノの頭部を殴りつけ、次はゼノが大地に落ちる。
やっぱり龍封力がゼノに対して有効的すぎるね。
観測した限り連続使用や長時間の発動は無理っぽいけど、そのデメリットを考慮してもチートでしょ。
ゼノの龍脈ブレスも十分にチートの威力してるけど。
地面にクレーターを作るほどの勢いで落下したゼノに、今度はネギが空から攻撃を仕掛ける。
原作ゲームでも多くのハンターを屠ったその一撃。
公式に与えられた正式名称は“滞空滅尽掌”。
全段ガードしたランスの体力ですら5割近く奪う破壊力を秘めた一撃が、ゼノ・ジーヴァに直撃す――
「――――――ッ!!」
蒼白の極光が放たれる。
私が最初に目撃した、天をも貫く特大のブレス。
ただしそれは大地に落ちたゼノ・ジーヴァが放ったものではなく、空からネギを撃ち抜いた。
いいや。
ネルギガンテだけでなく、ゼノ・ジーヴァまでもブレスに呑まれて吹き飛ぶ。
遥か上空から観戦していた私には、何が起きたのか全て見えていた。
ゼノは確かに大地に叩きつけられて、ネギは急降下して渾身の一撃でゼノを仕留めようとしていた。
その瞬間、私の視界に現れたのは
最初のゼノとネギが消耗するのを待っていたかのように、いきなりソイツは姿を現した。
というか、実際に狙っていたのでしょう。
1体目のゼノとネルギカンテが消耗し、弱体化した2体を同時に攻撃できる絶好のチャンスを。
……甘かった。
私はゼノ・ジーヴァを見た瞬間に、新大陸に起きている龍脈暴走は全部最初の個体が原因だと思い込んだ。
だけど、違う。
新大陸全土で自然災害が発生するほどの龍脈暴走なんて流石の冥灯龍でも不可能だ。
複数体、存在しない限りは。
そもそも最初のゼノが龍脈暴走の原因なら、異常事態の原因を追っているアルンが絶対にここへ現れるはずなのに。
私の全身を覆う純白の体毛が総毛立つ。
仮に擬人化していたら、私は絶対に大量の冷や汗を流していたと思う。
新大陸の各地から、次々と強力な生命反応が集まるのを私が常時展開している電磁波レーダーが捉える。
その数は3つ。
そしてレーダーから伝わる3つの生命反応はどれも同じパターン。
龍脈ブレスの直撃を受けたネルギガンテが起き上がる。
彼は目の前に立ち塞がる最初のゼノを睨み付けた後で、次は頭上で死闘を繰り広げる4体のゼノ・ジーヴァを捕捉した。
つまり、こういうことだ。
新大陸の異変の原因は計5体のゼノ・ジーヴァが互いに自分の縄張りを拡大しようと龍脈をぶつけ合っていたことが原因で、ネルギガンテは5体のゼノ・ジーヴァの争いで発生する環境破壊を止めようとしていた。
私との戦闘中にいきなり飛び出したのは、拮抗していたゼノ・ジーヴァたちの縄張り争いが激化したから。
そして拮抗を崩したのが、ネルギガンテが襲撃した最初の個体だった。
まるで陣取りゲームのように自分の龍脈で新大陸を侵食していたゼノたちは、このままでは決着が付かないことを悟っていたのでしょう。
だからこそネルギガンテの襲撃を切っ掛けに、直接対決に踏み切った。
どうする?
流石の私もゼノ・ジーヴァを5体同時に相手にするのは無理ゲーすぎるって。
龍脈の循環を阻害するネルギカンテにまで妨害されたら私でも確実に死ぬ。
モンハン初心者が初期装備縛りで無印時代のリオレイアに挑むくらい絶望的だ。
だけど、止めないと新大陸の環境と生態系が崩壊する。
どうする、私。
想像を絶する最悪の事態に硬直する私の眼下で、6体の古龍種が同時に咆哮を放った。
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新大陸、最奥。
後の世界で“幽境の谷”と呼ばれるその場所。
暗闇に覆われた深い谷底で、2体の古龍が静かに互いを観察する。
片方は祖龍ミラルーツに連なる『禁忌』の一柱。
暗黒の王、闇夜に輝く幽冥の星、黒き光を放つ神とまで謳われる、神をも恐れさせる最強の古龍。
あらゆる生命を奪う破壊の象徴、合切を破壊する者。
煌黒龍アルバトリオン。
対するは、煌黒龍を凌ぐほどの巨体を持つ赤き龍。
完全なる者、幽衣より解き放たれし王などの異名を持つこの古龍こそ、新大陸の生態系の頂点。
創造を繰り返す者。
赤龍ムフェト・ジーヴァ。
強大な力を持つ煌黒龍と赤龍が、同時に牙を剥く。
今年も19時更新です。
大切なものは――
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更新速度ではない、質だッ!
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質ではない、更新速度だッ!