天地神明の真祖龍   作:緋月 弥生

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第6.5話 生態観測隊の調査

「バテュバドム樹海で異常な雷を観測しただと?」

 

 豪華な装飾が施された大広間の中心に置かれた円卓。

 そこに座るのはシュレイド王国の中でも特に強い権力を持つ上級貴族達であり、誰もが自らの財力を誇示するように豪奢な洋服に身を包んでいた。

 彼らが吐く煙草の紫煙に表情を曇らせながら、扉の前に立つ女性は報告を続ける。

 

「はい。落雷にも匹敵する電力でしたが、発生した時間帯にバテュバドム樹海の上空に雷雲は観測されておりません。また雷を観測した職員が、雷は地上から空へ(・・・・・・)落ちたというおかしな証言を残しています」

 

 まるで機械のように書類の内容を読み上げた女性の声に、円卓を囲む権力者達は嘲笑を浮かべた。

 

「バテュバドム樹海は獰猛な野獣共が蔓延る天然の迷路。人類未踏の魔境だぞ? 敵対勢力が我らの目を盗んで兵器工場を建てるとしても、あの樹海では無理だろう」

 

「ノーリッジ伯爵の仰る通りだ。ただの異常気象ではないのかね?」

 

「雷が空に落ちるなどと……。ふっ、観測者は白昼夢でも見たのでしょうな」

 

 何が面白いのか、憶測を言い合って笑い声を上げる貴族を眺めて女性は嘆息する。

 コイツらは脳まで脂肪になっているらしい。腹に大量についている脂肪だけでは満足出来なかったのだろう。

 ただの異常気象でわざわざ上位貴族を招集などする訳がない。

 権力の誇示と金稼ぎと気に入った女性を強引に妾にすることにしか興味がない彼らに対して、しかし女性は淡々と報告を続ける。

 

「さらにバテュバドム樹海の上空に新種の生物の姿を観測した、樹海の奥地で爆炎が見えた等の報告もあり、空へと落ちる雷と合わせて無視できない案件かと。どうかバデュバドム樹海に調査隊を送る許可を頂ければと」

 

「ふん、好きにしたまえ」

 

「ありがとうございます。では、失礼」

 

 投げやりに出された許可に対して律儀に頭を下げ、女性は生態観測員であることを示す緑の制服を翻して大広間を退出する。

 最後に、まるで道端の石ころでも見るような冷たい目で貴族達を一瞥して。

 

 

 

 

 

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 ガタガタガタッと。

 舗装されていない獣道をかなりの速度で走っているため、車輪からはそんな音が聞こえてくる。

 大きな石や太い木の根を乗り越えたのか、大きく上下に揺れる自立稼働四輪車の中で、美しい白銀の髪を靡かせる美女――キャロル・アヴァロンは溜息をついた。

 

「あー、もう、最悪でした。本当に、貴族という生き物は視界に入れるだけで不愉快になります」

 

「まぁまぁ。取り敢えず調査の許可は貰えたんですから」

 

「彼らは揃ってバテュバドム樹海に人間が踏み込むという重大性を全く理解してない馬鹿なだけですよ。許可を申請した側である私が言うのはアレですが」

 

「今の言葉、王都では絶対に言わないでくださいよ。例えキャロル隊長でも、憲兵にそんな発言を聞かれたら不敬罪になりますから」

 

 馬車とは比較にならない速度で後ろへ流れていく樹海の景色を眺めて悪態をつくキャロルを、隣に座る男の部下が苦笑しながら諫める。

 大魔境バテュバドム樹海に来ても発言を気にするとは、相変わらず生真面目な部下だ。

 まぁ、その真面目な性格を買って自分の助手にしたのはキャロル本人なのだが。

 

「……っと。キャロル隊長、もうすぐ目標地点のようです」

 

「分かりました。総員に最大限の警戒をするよう通達してください。この先は何が起きてもおかしくありません」

 

「了解しました」

 

 部下に指示を出しながら、キャロルは自分の長い銀髪を後ろで一括りにして気合を入れ直す。

 今から人類未踏とまで言われるバテュバドム樹海の調査を始めるのだ。一瞬でも気を抜けば、それが命取りになるだろう。

 あらゆる生物の生態を観測する部隊の統率者であるからこそ、キャロルはこの樹海の恐ろしさを誰よりも熟知してた。

 黒煙を上げながら樹海の中を疾走していた5台の自立稼働四輪車が停車し、乗っていた生態観測隊のメンバー達は5人1組となってキャロルの前に整列する。

 

「1班と2班は自動四輪車の元で待機、、3班は私に続きなさい」

 

「「「了解」」」

 

 キャロルの指示に従って1班と2班は唯一の移動手段である四輪車の護衛を担い、3班が最新式の銃器を手にキャロルと共に奥へと進んでいく。

 ――バテュバドム樹海。

 それが見上げるほどの巨木が立ち並ぶこの魔境の名だ。

 シュレイド王国が未だにこの魔境を開発の手を伸ばせない理由はいくつかあるが、その中でもファレンスウルフと呼ばれる巨大な狼が最大の障害とされる。

 その大きさは小屋にも匹敵するほどで、咬合力は鉄の板ですら噛み砕いてしまうほど強い。俊敏で狡猾、単体でも十分に脅威だが、大規模な群れの場合はその危険性は跳ね上がる。

 しかもこの樹海の大木は火に対する耐性が強いため燃え難く、しかも簡単には切り倒せない。

 大自然が作り出した天然の迷宮であるこの樹海に囚われたなら、縄張りを荒らされて怒り狂ったファレンスウルフに喰い殺されるまで彷徨い続けるという最悪の結末が待っているだろう。

 

 しかし。

 

「キャロル隊長、これは……」

 

「ええ、おかしいですね。これだけ深く縄張りに踏み込めば、必ずファレンスウルフの群れに襲われると覚悟していたのですが……」

 

 今も最新の装備で武装して周囲を油断なく警戒しているが、巨大な狼達の気配は全く感じない。縄張り意識が強いあのファレンスウルフが、ここまでテリトリーに入り込んだ侵入者を見逃すとは思えないのだが。

 

 強烈な嫌な予感に襲われ、キャロルは冷や汗を流す。

 今すぐにでも引き返したい気分になるが、生態観測隊の制服を纏っている以上はこの異常事態を無視するなど許されない。

 この樹海を始めとして人類が手を出せない『魔境』の生態系を調査するのが仕事だというのに、ここで無様に逃げ帰ればそれこそ元から少ない予算がさらに減るだろう。

 最悪はキャロルの首が飛ぶだけでは済まず、組織そのものが解体されてしまう可能性もある。

 前に進む以外に道はないのだ。

 

 覚悟を決めて調査を続行。

 やはり最大限の警戒をしながら先頭を進んでいたキャロルは、信じられないものを見て思わず動きを止めた。

 急に動きを止めたキャロルの姿に部下達も身を固くし、武器を構えて隊長が見ているものを探す。

 

「は……っ、あ、ぁ……?」

 

 掠れたようなその声は一体誰のものか。

 それすら分からなくなるほど、生態観測隊の面々は絶句していた。

 

 彼らの視界に飛び込んできたのは、食い荒らされたファレンスウルフの大量の死体。

 屍の数は優に20を超え、その全てが綺麗に食い尽くされている。

 

「そんな馬鹿な……!?」

 

「静かに……! ファレンスウルフを喰い殺した生物がまだ近くにいるかもしれません」

 

 呆然とする部下達を叱咤し、キャロルはゆっくりと死体の山に接近する。

 骨以外は完璧に食べ尽くされていて、パッと見ただけではどのように殺されたのかは分からない。

 樹海のこのエリアでファレンスウルフを襲って喰い殺す生物など、キャロルの知識には存在しない。

 そしてシュレイド王国で最も魔境の生物に詳しいキャロルが知らないということは、これをやったのはまだ発見されていない新種ということ。

 

 嫌な予感が止まらない。

 冷や汗を拭いながらも、調査を続けるために屍の山の間を通り抜けて進むこと数分ほど。

 突如として樹海が開け、かなり大きい川に出た。

 そこで、キャロル達は2度目の驚愕を叩き込まれる。

 川辺には炭化した魚が無数に転がっており、明らかに炎を使って魚を焼こうとした痕跡が残っていたのだ。

 キャロルの脳裏に、樹海の奥地で爆炎が観測されたという報告が浮かぶ。

 

「まさか……」

 

「キャロル隊長! これを!」

 

 キャロルの思考を遮って、部下の1人が声を上げた。

 急いでその部下の元に駆け寄ってみると、ちょうど川の底から魚の死体が引き上げられたところだった。

 

「これは、感電死している……?」

 

「そのようです。しかも1匹や2匹じゃありません」

 

 部下のそんな言葉をきっかけに、次々と川から感電死した魚が引き上げられていく。

 

「20体以上のファレンスウルフを喰い殺し、これだけの数の魚を感電死させられるほどの放電能力があり、しかも魚を焼いて食べる知識まである……」

 

 何だ、その化け物は。

 そんな生物、存在してたまるか。

 放電能力は……その威力はともかく、まだ理解できる。実際に電気で身を守る生物は発見されている。

 だが炎は?

 まさか火を吐く生き物がいるとでも?

 

「ドラゴンのような空想上の生き物が絵本から出てきたとでも……?」

 

 これまでの特徴をまとめて報告書として上に提出したら、絵空事は他所で書けと怒られてしまう。

 何なのだ、この常識という言葉に思い切り喧嘩を売っているような痕跡の数々は。

 

「キャロル隊長!」

 

「これ以上何があるって言うんですか!?」

 

 既に頭がオーバーヒートしていたキャロルは、先ほど部下に大声を出すなと叱咤したのも忘れて掠れた悲鳴を上げる。

 それでも駆け足で木々を超えて声がした方向へ向かえば、隊員の1人が木の根を指差して固まっていた。

 ――否、木の根ではない。

 正確には太い木の根の間にある、途轍もなく巨大な割れたタマゴだ。

 元々は身長165センチあるキャロルの目線にも届くほどあっただろう。

 

「こんな大きなタマゴを産む生き物、いましたか?」

 

「私の知る限りではいませんね……」

 

 タマゴでこのサイズなら、成体はどれだけ大きいというのか。ともあれ、このタマゴの中にいた存在が一連の異常事態を引き起こした犯人だろう。

 仮にその生き物がまだ産まれて間もないとしたら。

 この謎の存在は幼体の状態で群れたファレンスウルフを駆逐する戦闘能力、川を泳ぐ大きな魚をまとめて感電死させるほどの放電能力、魚を焼いて食べるほどの知恵を持つということになる。

 既に真っ青だったキャロルの顔は、青を通り越して白くなっていた。

 

「タマゴを全て回収してください。向こうで放置されていたファレンスウルフの死体も全てです」

 

「「「了解!」」」

 

 部下達によって回収されていくタマゴを眺めて、キャロルはため息をつく。

 ……何故これほど馬鹿げた痕跡を残す生物のタマゴが、1つではなく3つもあるのだろうか。

 人智を超える怪物が、1体ではなく3体も。

 下手をしたら人類という種族そのものの脅威となるかもしれない怪物の存在を想像して、キャロルは空を仰いだ。

 その隣で、隊員の1人が震えながら呟く。

 

「こんなの、もうただの動物じゃないですよ。化け物です」

 

「ええ。ですから、この新種はこう呼びましょう……怪物(モンスター)と」

 

 バテュバドム樹海南部。

 これが、人類が歴史上初めて“モンスター”の存在を認知した瞬間だった。

大切なものは――

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