さて、昔の話をしようか。
昔と言っても、むか~しむかしの話じゃなくて数十年前の、私が子供の頃の話だけどね。
ここから南の、半日程歩いた所に大きい湖があるだろう?
そこには主が居た、というのを知っているかい? そう、今は居ないんだ。
分かってるって? ああ、その主というのは私がポケモントレーナーとして旅をするきっかけであり、私の目標だった。
私がまだポケモントレーナーでもない、幼い頃の話だ。
その時の私と同じ幼いゾロアを籠に乗せて、自転車をこいでその湖にまで行った事があるんだ。歩きで半日掛かる位のかなり遠い距離だったから、行ってみたいとは思っていたけれど中々行く機会も訪れなくてね。
親に頼んでも、何も無く名も忘れられているような湖に行ってくれる程、暇でも活動的でもなかったしね。
行く最中にゾロアが過ぎ去っていくポケモン達に変化して遊んでいたのを、数十年経った今でも私は良く覚えている。私にとって、それはたった一人での初めての遠出だったんだ。
かなり、わくわくしていた。
途中に何度か休憩を挟んで、覚束ない命令で偶に野生ポケモンとも戦いながらも、昼前にその湖に辿り着いた。
ゾロアにモモンの実とオレンの実、それと好きだったカイスの実を食べさせながら、私はただ、その湖を見ていた。何も考えずにね。
静かで、音と言えばゾロアが木の実を食べる音と、風の音だけ。
その広い湖の水面は風で波紋を静かに生み出していて、その光景を見るだけでも私にとっては初めての体験だった。
何というんだろうかね。初めて海を見た時の衝撃と同じような感動を私はその時味わっていたんだ。
とっても、神秘的だった。
私は持って来たパンを食べて、木にもたれ掛かってぼうっとただ湖を眺めている事にした。湖には近付きもしなかったし……いや、まだその時は寒い春で冷たい水に態々触り行く事は馬鹿みたいだった事の方が大きいか。とりあえず私はその、見ているだけで満足だった。
ゾロアも木の実を食べ終えてからは、私の膝の上でゆっくりとしていたしね。
気付くと、私は寝てしまっていたようだった。
そして目の前にはその湖の主、オーダイルが居たんだ。……いや、私が勝手に主だろうと思っていただけなんだけどね、どうしても主としか思えなかったんだ。
ゾロアはまだ寝ていた。
湖の中に居たんだろう、オーダイルの体は濡れていて、ぽたぽたと水滴が地面に垂れていた。
私は、その時寝ぼけていたんだろうね。怖いとも余り思わなかったし、かと言って格好良いとか自分の状況を全く無視した感情も抱いていなかった。ただ、その時私はぼうっとオーダイルを眺めていたんだ。
2メートル以上ある巨体で、その気になればがぶりと私を食いちぎれる力も持っているのにね。
そんなぼけっとしていた私を、オーダイルはじっと見つめていた。観察されているかのようだった。食い物として美味しいかどうかだったのかもしれないけれど、聞く事は出来なかった。
オーダイルはぼうっとしている私の頭をがしがしと掻いてから、大きな尾を揺らしてまた湖の中へ戻って行った。
はっきり目が覚めてからその事を思うと背筋が凍りもしたけれど、それ以上に目標が出来た。
あのオーダイルをゲットしたい。
それが私のポケモントレーナーとしての旅の最終目的になった。あのオーダイルは私の憧れでもあった。
ゾロアを起こして帰る頃には、もうポケモントレーナーになってすぐにでも旅に出たい欲求が頭の中を渦巻いていたよ。
そして私は数年のポケモントレーナーとしての旅をして、帰って来た。……その時の話はまた後でするよ。この話よりもかなり、長いけれどね。ゾロアはゾロアークになり、また、フライゴン、ギガイアス、ギャロップ、ムクホークが私の信頼出来る仲間となっていた。
友からは「どうして5匹なんだい?」と良く言われたよ。
私はその度にこう答えた。「6匹目、それが私の目標だ」って。
そして実家に帰って来て、数日経ってから私はその湖に行く事にした。ゾロアーク、フライゴン、ギガイアス、ギャロップ、ムクホーク。彼ら全員を連れて行ったが、私はゾロアークだけでオーダイルと戦うつもりだった。
一対一で、私は彼を仲間にしたかった。
その目標は、私にとってのチャンピオン戦だった。
その時と同じように自転車に乗って、私はその湖に向った。ゾロアークが勝手にボールから出て来て、ゾロアに変身してあの時の事を思い出させてきて、ゾロアークにとってもあの時の事は印象深く記憶に残っていたんだと、胸に来るものがあったよ。
けれど今まで目標という言葉は使ってきたけれど、明確にその事は誰にも話していなかった。
そして湖に着いてから、ゾロアークに言った。
「あの時、私の目標がここで出来た。その目標と戦ってくれるかい?」
ゾロアークは頷いてくれた。
それはオーダイル。平均身長は2.3m、平均体重は88.8kg。ワニノコの最終進化系。
そして時が経ち、オーダイルは水の中から出て来た。
私は自然と笑った。オーダイルも笑ったように思えた。そして、戦いが始まった。
やはりそのオーダイルは強かったと私はすぐに確信したよ。四つん這いで素早く陸の上を走る事が出来るとはポケモン図鑑の記述で知っていた。ただ、ゾロアークよりは遅いと思っていた。彼の速さも一級品だったからね。
けれど、オーダイルは一瞬にしてゾロアークに肉薄していた。後ろ脚の力で、跳ぶようにしてゾロアークに突っ込んでいた。
ゾロアークは私が指示をするよりも前に躱してくれた。ゾロアークの体は知っての通り、そんな頑丈なものじゃない。一撃でも食らったらアウトだった。
ゾロアークは躱しざまにシャドーボールをすぐに放ち、オーダイルはそれを腕で弾いた。
私はゾロアークにナイトバーストで視界を妨げろと命令した。オーダイルは力も、防御も、速さも途轍もなかった。
残念だが、正攻法では勝てない。私はすぐにそう判断した。
けれど、ゾロアークはそれに従わなかった。
ああ、そうかと私は思った。正直に言ってゾロアークは、私よりバトルセンスがあった。偶に強敵と出会い、興奮している時は私の指示よりも自分の思考を優先させた。ポケモントレーナーとしてどうかとも思うかもしれないが、私はそうなってしまった時はゾロアークにその場を譲った。
私の指示が、ゾロアークの動きに追いつけなかったという事もあったが、私の指示を聞かなくなった時、ゾロアークは心から楽しんでいたからだ。
私のゾロアークは所謂、戦闘狂だった。
そしてゾロアークはオーダイルを強敵と認め、本気で戦おうと思っていた。私の入る余地はもう殆ど無くなった。
強いて出来る事と言えば、ゾロアークの視界の助けをする事位だ。
オーダイルの攻撃をゾロアークは何度も寸前で躱し、何度も火炎放射を放っていた。
ゾロアークはまずオーダイルを火傷にしようと思ったみたいだった。私は短時間で決着を付けようと思ったけれど、ゾロアークは長期戦に持ち込みたかったみたいだった。まずは攻撃力から削ごうと思っていたんだろう。
相性が悪くとも執拗な火炎放射を何度も喰らい、オーダイルは火傷をした。けれど、ゾロアークはその代価以上に疲労していた。スタミナはそんなにある方じゃなかった。
どうして長期戦に持ち込もうと思ったのか私は少し混乱したが、すぐにその理由は分かった。
今まで突っ込んでくるオーダイルに対して待ち受けていたゾロアークが、今度は自らオーダイルへと近付いて行った。ナイトバーストを目前で仕掛けるつもりだと、私はこれまでゾロアークの戦いぶりを見て来て分かっていた。
火炎放射は保険だった。攻撃を一発食らってしまっても、踏み止まれるように。
ナイトバーストは攻撃手段でもあり、暗黒の衝撃波を生み出すその技には視界を封じる効果もある。それでオーダイルの視界を封じ、至近距離で決着をつけるつもりだ。スタミナを消耗してでも、ゾロアークは保険を掛けておきたかったんだろう。
ただ、1つだけ懸念があった。オーダイルはまだ、技を3つしか使っていない。かみくだく、アクアテール、アクアジェット。もう1つは何だ?
ゾロアークもそれに気付いている筈だ。
そんな様子が変わったゾロアークに対してオーダイルは一旦身構え、けれど次の瞬間また、ゾロアークに向かって襲い掛かった。
その瞬間にゾロアークはナイトバーストを繰り出した。オーダイルをも包み込んで真っ暗な空間が現れた。
威力も高い、ゾロアーク固有の必殺技だ。だが、それだけではオーダイルは倒れないだろう。
そして一発、切り裂く音がした。
暗闇が開けると、ゾロアークは混乱していた。体をふらふらとさせて、足取りも覚束ない。
みずのはどう……じゃない? ゾロアークの体は濡れていなかった。切り裂いた音はゾロアークの辻斬りだったようで、オーダイルの肩から袈裟懸けに強い切り傷が出来ていた。オーダイルもそのダメージは大きかったらしく、膝を着いて大きく息を上下させていた。
そして、私は1つの結論に至る。
オーダイルのもう1つの技は"いばる"か"おだてる"だ。
ゾロアークはスタミナも殆ど切れてしまっている性か、今にも倒れそうだった。ダメージを負っていなくてもあの状態では、1発食らったら負ける。オーダイルが如何に火傷を負っていようとも、だ。そんなゾロアークにオーダイルは攻撃姿勢に入っていた。四つん這いになり、アクアジェットを仕掛けるつもりだ。
跳べ! とオーダイルがアクアジェットを繰り出す寸前に私は叫んだ。
オーダイルがアクアジェットを繰り出し、目にも止まらない速さでゾロアークに向っていく。
私はゾロアークが跳ぶ前に、次の指示を出していた。
真下にシャドーボール!
混乱していても、上下だけは少なからず分かりやすい。私はそれに賭けた。
そしてシャドーボールは見事、オーダイルに直撃した。
それが、私のチャンピオン戦だった。混乱が解けたゾロアークは疲れ果てた様子でふらふらしながらも私に満面の笑みを見せて、私がここに子供の頃に来た時にもたれ掛かった木に同じようにもたれ掛かり、休み始めた。
私は倒れたオーダイルに歩いて行き、言った。
ずっと憧れだった。……仲間になってくれるかい?
オーダイルは認めてくれたのか諦めたのか、目を閉じた。
モンスターボールに入れるのは後で良いだろうと私は思い、オーダイルにモーモーミルクとチーゴの実を渡した。そして、頭を撫でた。
それが私のポケモントレーナーとしての、一括りだった。
……人間ってのは、長生きだよ。うんざりする程に。
ゾロアーク、フライゴン、ギガイアス、ギャロップ、ムクホーク、オーダイル。彼らと過ごす日々は最高に楽しかった。
そして、彼らが寿命を迎えていくのはとても悲しかった。
ああ。私は彼らの話を、彼らの息子にも聞かせるつもりだよ。
とても、強く素晴らしいポケモン達だったと。
二次創作し始めた初期……2014年に書いたものを改稿したもの。