GATE -代行者 彼の地にて、斯く戦えり-   作:まぬる

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#2 代行者、特地に立つ

 ───伊丹耀司(33)。自他共に認めるオタク。

 

 

 彼は嘯く。

 

 

 

 

「俺はねぇ、趣味に生きるために仕事をしてるんですよ。だから、『仕事と趣味とどっちを選ぶ?』なんて尋ねられたら、趣味を優先しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 深いため息。彼が幾度となく上官に吐かせてきたそれを、今度は彼が吐き出す番だ。

 日本と異世界とを繋ぐ門、ゲートと名付けられたそれを潜らんとする自衛隊の隊列に加わった彼は、今や一躍英雄扱いであった。元々、仕事への無気力さから評価の低かった彼だったが、今回の異世界の兵による銀座への襲撃。一般に『銀座事件』と呼ばれるその出来事の中での数々の国民を救う活躍により、彼は賞与を贈られた上に二階級特進。まさしく英雄と呼ばれる立場にあった。

 

 しかし彼の表情は浮かばれない。というのも、元々彼は名声を求めるような人物ではなく、しかもその件もあって決定した異世界調査への参加によって、彼のオタク趣味が自由に楽しめなくなってしまうのだ。

 

 肩を落としたその男の頭の中には、彼の大好きなオタク趣味への暫しの別れと共に、ある男のことがあった。

 他でもない。銀座事件の中で出会った『代行者』と名乗る男のことである。真っ黒の装束を纏い、右手に歪な武器、左手に古風な銃を携え、龍に跨った彼の鬼神の如き戦いは居合わせた一般人のカメラや監視カメラに納められ、動画配信サイトでも既に出回っていた。

 彼が立派な名乗りを上げ、敵の軍勢を血祭りにあげる姿は特に有名で、正体不明の彼は『銀座事件のもう1人の英雄』といった具合に、ネット上で祭り上げられていた。

 

 しかし、伊丹に門へ向かうと告げた後の彼の消息は知れない。しかし、敵の敗残兵を追いかけてゲートに向かう姿が監視カメラに映っていたこともあり、今は"特地"と名付けられた異世界にいることは火を見るより明らかであった。

 

 一ヶ月前から度々日本が送り込んでいた斥候が彼の姿を観測したという報告はないが、敵が門の周りにいた痕跡はあるものの、現在は平野の奥まで兵を引いているという報告がある。つまりはそういうことなのだろう。

 

 まるで神話の英雄のような行いだが、彼の鬼神の如き戦い……いや、狩りを画面越しとはいえ目撃した伊丹や他自衛隊員も、あり得ないことではないと感じていた。

 

 

 

 

 そして戦車だの装甲車だの輸送車だのに乗り込んだ自衛隊が門を潜ると、日が落ちた異世界が彼らを出迎えた。そして先頭の車両に乗っていた1人が気付く。

 

 門の前に、大小様々な大量の首が二列。等間隔に並べられているのだ。

 まるでそれは道を彩るために飾られた華のようであり、あるいは飛行機の着陸を招く侵入灯のようであった。

 

 

 そしてまた1人が気付く。『代行者』がいつの間にか闇から現れ、その首の道の向こうから駆け寄ってくるのを。

 

 

 

 

「やあやあ我が戦友達! よくぞ来てくれた! 見てくれよ、歓迎のために飾り付けもしたんだ! 雑兵も混じってはいるが、敵の部隊長クラスも転がってるぞ! それにほら! あれは特段大きな化け物の首だ! 頭のサイズを見て分かる通り、私が4、5人縦に重なってようやく目線が合うような巨人だった! 斃すのは問題ではなかったが、首を落としてここまで運び込むのがとても大変だったぞ! あそこで槍に刺されてオブジェになってるのは小人の……いや、小鬼(ゴブリン)などと言った方が伝わりやすいかな? とにかく小さくてすばしこくて数が多い連中だった! 殺しても殺しても奥から続いてくるものだから、私も楽しくて堪らなかったぞ! そのオブジェの造形にはだいぶ拘ったから後で良く見てみてほしい! 何しろ彼らの武勇を語るのだからな、中途半端な出来では無礼に当たるというもの! 次はあそこの龍の首だ! 他の飛龍よりも二回りも大きくて強かったなぁ! 首を傷つけないようにガトリングで落とすのには骨が折れたな! あっちは確か一般の兵士の首だが、そいつは凄かったぞ! 右腕を切り落とされても残った左腕で剣を掴み、切り掛かってきたのだ! 残る左腕を切り落としても、なんと落ちていた短刀を口で咥えて突進してきた! 恐らくは嫁か娘の名前を叫びながらな! いやあの時の気迫と言ったら、私は思わず戦いながら敬礼を捧げてしまったよ! 敬意を評して残った体の方は入念に焼いてから埋めてやったんだ! 本当ならば首も埋葬してやりたかったのだが、それほどまでに勇敢な戦士の生き様を広めずにおくというのは些か無礼に当たると思ったのでな! ほら見てくれこの顔を! 死際の恐怖なぞ一切感じず、最後まで勇敢な顔で首を跳ねられたのだ! 逆に、そこにいる者などは目も当てられぬ最後であったな! 彼は上官でありながら部下をかき分け、真っ先に逃げようとしたのだ! だから首を落とさずに背骨は繋げたまま引っこ抜いて、その部分を地面に植えてやったのよ! ここに根を張れば逃げられはしないだろう? 小心者の兵士を死後は勇敢にしてやろうという私の粋な計らいなのだよ! 彼もきっと地獄で己が行いを悔い、私に感謝していることだろうな! いやあいいことをすると気持ちがいい! あっ、そうだそこのは───」

 

 

 

 そこにいたのは人間の形をした狂気そのものであった。

 敵の生首を晒し、弄び、笑顔で紹介してまわり、あまつさえ良いことをしたなどと宣う彼は、間違いなく狂気の塊であった。

 

 その凄惨な光景や彼自身の狂気に耐えかね、車内にも関わらず戻すものもいた。そうでなくとも、殆どのものが目を覆い、あるいは血の気も失われた顔をしている。

 

 彼らは自衛隊の隊員であれど、実戦経験はたったの一度もない素人なのだ。

 

 実際に生首を見せられたり、それを笑うものを見れば精神的に大きな負荷がかかることだろう。

 

 

 硬直する遊軍。伊丹は堪らず輸送車から飛び降り、代行者のもとへ歩む。

 

 

 

「おお! イタミではないか! 貴公は気に入ってくれたか?」

「ああ……代行者。あんたがここにいて、ここにこれだけの首があるってことは……」

「恐らくは考えている通りだ! 私は貴公たちジエイタイがここに来るまで、貴公たちの代行者として敵の兵を門の周りから追い払っていたのだ! 貴公らの武器を見るに、距離が離れていた方が狩りがしやすいだろう? サプライズにしたかったから度々やってくる貴公たちの兵にも見つからないようにな! ああ、ついでに身を隠すのに丁度良い穴だの窪みだのも一人で作っておいたぞ! なに、戦友のためだからな!」

 

 胸をドンと叩く代行者。正直なところ、伊丹はいますがこの場から逃げ出して門の向こうまで帰りたい気持ちが更に強くなっていた。

 

「そりゃありがたい……それで、敵は今どこにいるんだ?」

「うむ、見ての通りここは丘の周りに平野が広がり、その周りには山が多い地形になっているようでな! 敵はここから少し離れて、あそこの山の裏で拠点を構えていたが、この首たちのために昨日狩り尽くしてしまったもので、今はそこよりも奥まで引いていることだろう!」

「そうか……」

 

 足の力が抜け落ちるような思いの伊丹だったが、その後正気を取り戻した指揮官の命令により、この丘に防衛の布陣を敷くこととなり、ようやく助けられた。

 

 

 

 その後急造の拠点を組む自衛隊のあまりの手際の良さに感激した代行者が、『狩人の確かな徴』なるものを隊員にプレゼントして回り、最終的に小柄な女性隊員に指輪を差し出してプロポーズまでしだして取り押さえられたのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあイタミよ! 狩ったな! 大量に狩ったぞ! よもや貴公らの持つセンシャや銃がここまで高性能とは、恐れ入った!」

「いやいや、その中で飛龍に乗って相手を追い立てるような代行者も化け物だよ」

 

 平野に散乱する死体の山で豪胆に笑う代行者を他所に、伊丹は何度目かも分からない深いため息を吐き出した。その様子に気付いた代行者は、どうしたのかと肩を叩きながら言ってくる。

 

「いや、戦ってる時は距離が遠いもんであんまり感じなかったんだけど、こうして近づいてみるとやっぱりなぁ……」

「ああ、そういえば貴公らのジエイタイでは実戦経験がある者が少ないとか言っていたな! 先に知っていれば歓迎の生首も控えめにしていたのだが……歴戦の狩人ならば喜ぶであろうアレのウケが悪かったから、当初は困惑したものだ!」

 

 伊丹から離れた代行者は、死体から使えそうな武器だのを漁って籠に突っ込みながら、悲しそうな顔で言う。

 狂気が服を着て歩いているような彼だが、新参者に手荒い洗礼を喰らわしてしまったことは少なからず申し訳なく思っているのだ。

 

「それでも控えめにするだけか……いや、まああれを最初に見てたおかげで吹っ切れて戦えたってのも事実かもしれないなぁ……」

「ハッハッハッ! 敵を狩り殺した時の罪悪感というのは、死した敵にとっては辱めとなる時もある! 真に亡き敵のことを想うのなら、後悔よりも誇るべきだぞ!」

「誇るぅ?」

「ああ、罪悪感というのは無力な者を殺した時に抱くべきものだ! 武器を持った強者を殺したのなら、己の狩りの腕前を誇ることが敵への敬意となろう!」

 

 

 そして死体の中から武器を握りしめたままの者を見つけ、嬉しそうに伊丹に報告する代行者であった。伊丹はどうやら面倒な奴に懐かれてしまったと頭を掻き、再び深いため息を吐くのであった……


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