GATE -代行者 彼の地にて、斯く戦えり-   作:まぬる

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#3 代行者、口説きたい

 特地、門周りの駐屯地を離れた平野を走る自衛隊の高機動車の中、伊丹はようやく安息のひと時を得ていた。

 何しろ、ようやく門の駐屯地に勝手に滞在している代行者(狂人)のお守りから離れることができたのだから。

 

 彼は次に狂人なお守り役になる隊員に祈りながら、彼のことを思い浮かべる。

 

 実力は言うまでもなく、どれだけダメージを得ても返り血や輸血液、挙げ句の果てには日光で回復しだす彼は自衛隊が束になっても強制的に追い出すことはできない。その上、名前や国籍は一切の不明。彼の顔写真を使ってどこの国を探しても、戸籍も見つからないときたもので。武力でも政治的なしがらみでも敵がいない彼は、なし崩し的に駐屯地に留まることになったのだ。

 

 しかしまあ、駐屯地にとって彼の存在は大きいものではあった。

 運用に大量の燃料や人員を割くヘリや戦闘機と違い、餌さえあれば賄える飛龍に跨ってどこまででも偵察に出ることができ、本人のスタミナも無尽蔵。さらにはすぐに現地語を理解し、近隣の村への聞き込みや通訳もこなす。最近は死体に不慣れな隊員のことを気遣って、勇気ある死に方をしたであろう兵士の死体を拾ってきてその死際を語ることもなくなってきていた。

 ただ、当然ながらその狂いに狂った人格は変わらず、どこから狩ってきたのか狼男や豚男の死体などを食堂の前で解体し、笑顔で調理を頼むようなことも度々あった。

 

 なんなら、彼が見染めた栗林という小柄で巨乳の女性隊員へのアプローチも日に日に激しくなっていた。当の栗林は頑としてそれを断り続けているが……

 

 

 と、そこまで考えたところで伊丹はようやく一つのことに気がついた。

 その栗林が、周辺の村の様子を探るために結成されたこの部隊にあることに。

 代行者が毎日何回も栗林にアタックをしかけていたことに。

 そして……車の近くから聞こえる飛龍の羽音に。

 

 

「おーい! イタミー! クリバヤシー! 近隣の村に行くと聞いたぞー! ならば私のように通訳を連れていくべきではなかろうかー? 貴公らの力になるためにこうしてシーシャに跨り駆けつけたのだー!」

 

 

 翼竜に跨り車に並走する代行者は、いつもの黒装束とは違い、緑のカーゴパンツと黒いタンクトップを身につけ、普段は帽子とマスクで隠れている白人風の精悍な顔立ちと、オールバックにセットされた長い銀髪が露わになっていた。

 ちなみにシーシャとは彼の愛龍のことで、使者をもじって名付けたらしい。

 

 壊滅的な性格がなければさぞかしモテることだろうな、と心の中で呟いた伊丹は高機動車の窓を開けた。

 

「代行者! これは自衛隊の任務だからお前を連れてったらまずいって!」

「気にするな! 連れて行かれるのではなくついていくのだ! 勝手にな! それに先ほども言ったが通訳も必要だろう?」

 

 白い歯を覗かせながらサムズアップをする代行者。

 しかし、伊丹にとっても通訳がいると役立つというのは真実であった。

 

「はぁ……いいぞ……でもだ! 絶対に勝手な行動はするなよ! 具体的にいうと血祭りは絶対だめだ! ていうか武器を握るなよ!」

「大丈夫さ! 抵抗しない者を狩ってもなんの誉にもならない! むしろ恥ですらある! よし、ではシーシャ、お前はこの手紙を持って帰りなさい! ジエイタイへの報告のため、毎晩私のもとに来るのだぞ!」

 

 代行者はシーシャの首元に手紙入りの箱をしっかりと結びつけると、あろうことか伊丹が開いた窓から車内に飛び込んできた。幸いなことに彼が運転手ではなかったため車が暴走することはなかったが、それでも膝の上に大柄な白人男性が飛び込んできた伊丹はそれなりの痛みを味わう羽目になった。

 ズルズルと高機動車の後部座席へと座り込んだ代行者は、隊員の桑原にニッと笑いかけ、今度は運転席の座席に手をかけた。

 

「やあ! よければ運転代わろうか?」

「けっ、結構です!」

 

 直接的な被害は受けなくとも、彼、正確には彼の頭のおかしさを聞き及んでいた運転席の隊員倉田は丁重にお断りした。

 代行者はというと、今度こそ座席に根を張り、不服げに唇を尖らせていた。

 

「もう。私だって駐屯地で車の動かし方教えてもらったのに……」

「運転できるのは知ってるけど、お前の性格上デカい龍でも見つけようものなら吶喊するだろ。俺と部下の命のためにも、絶対にハンドルは握らせないからな!」

 

 車内に響く露骨な舌打ちを一行は聞かなかったことにした。

 座席にふんぞり帰って脚を組んだ代行者は、思い出したように次の言葉を吐いた。

 

「にしてもイタミ、やはり貴公が隊長なんだな。納得の人選だ」

「納得ってなんだよ納得って……俺よりもそっちの桑原のおやっさんの方が向いてるだろ……」

「いやいや、貴公が適任だよ。彼も確かに長くジエイタイに在籍しているだろうけど、貴公には彼にはない能力がある。それがなんだかわかるかね?」

 

 しばしの沈黙。クイズの答えを待つ司会者のように、代行者は伊丹の答えを待っていた。

 

「……臆病さ」

「わかっているじゃないか! そう、貴公は臆病の天才であろう! ああ、わかっていると思うが悪口ではないぞ? 臆病というのは裏を返せば慎重と言うこと。狩人にも兵士にも重要な素養となる!」

 

 納得のいく答えが返ってきたことに満足する代行者をバックミラーで見る伊丹。今度は彼が質問をする番だ。

 

「で、お前の愛しの栗林ちゃんが後ろの車にいるわけだけど、なんでこっちに?」

「いうまでもないだろう! クリバヤシはどうあっても私の同行を許してはくれないだろうからな! ならば貴公を説得した方がアタックのチャンスも増える!」

 

 正しい選択だな。と、伊丹が苦笑いとともに答える。

 この狂人に強烈なアタックをかけられている栗林は、下手したら自分以上に心労を味わっていることだろうな……と心の中で部下を労う伊丹であった。

 

「その服装もアタックの一環ですかな?」

「その通り! 今までの狩人装束は私の誇りではあるが、何しろ血みどろだから彼女にはナンセンスに映っただろうから、駐屯地で新しい清潔な服を拝借してきたのだ! どうだ、自分でいうのもなんだが、私は結構美男子なのだ!」

 

 確かに、彼は美男子であった。顔だけでなく、狩りで鍛えられた肉体は兵士以上に一切の無駄な肉もなく整えられており、カーゴパンツにタンクトップという服装も兵士以上に似合っていた。

 質問の主である桑原も納得したように首を縦に振る。

 

 

「で、なんで栗林ちゃんなんだ?」

「あっ、それ自分も気になります! 確かに顔も良いし胸も大きいですが……」

「確かに、一度聞いておきたいですな」

 

 

 三人の質問からに代行者は不敵に笑って見せ、そして近隣のコダ村に着くまでの間、彼女の魅力を語り続けたのであった。

 

 

 

 ……ちなみに、この時操作ミスにより彼らの車の無線がハンズフリーになっており、後続の車に乗る栗林にもそのさらに後ろの車の隊員にも会話は筒抜けであった。顔を真っ赤に染めた栗林が「もうやめて……」と懇願する中、代行者による彼女を褒め称える言葉がマシンガンのように口から飛び出し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前が見えねぇ……」

「私大丈夫これ? 股間潰れてない? 尻とか二つに割れてない? イタミちょっと確認して? 私見るの怖い」

「元から二つだろ」

 

 

 地面に横たわる部下と代行者を苦笑いで眺める伊丹。

 コダ村について早々、本人が聞いていないと思っていたところでセクハラ発言をした倉田は顔面に正拳突きをくらい、代行者に至っては股間を十数発も蹴り上げられてこうして地面をのたうちまわっているのだ。

 行ったのは言うまでもなく栗林で、当の本人は村に入る前に怒りを鎮めて来いと言う伊丹の命令で自分の車両に戻っていた。

 

 

「そ、そう……この強かさこそが……私が彼女に惹かれる理由……」

「こんなことされてもまだなんすか……流石代行者さんですね……」

「しかしこうしていても村の調査は進まない……行こう……」

 

 

 既に日光での回復(リゲイン)を済ませた代行者は立ち上がり、伊丹の背中を軽く叩いた。

 植物か何かかよ、という心の中でのツッコミとともに、今後の代行者係は栗林に任せようと伊丹は決意したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コダ村での調査はほとんど問題なく進んだ。

 というのも、代行者の通訳に加え、彼自体が狩りの獲物を手土産に何度かこの村を訪れていたことがあり、現地住民の信用もある程度得ていたからである。

 特に娯楽に乏しい子供にとっては、度々村にやってきて獣の解体方法だのを教え、ついでに焼いた肉を振る舞ってくれる代行者は人気の人物だった。

 大人達にしても、子供に血生臭い物を見せたくないという考えはあったが、しかし自然の中の村で生きる以上、知っておいて損はない知識を教えてくれるので村の中でも認められている存在ではあった。

 

 彼らに次の村の位置を聞き、そこを目標に据えて車両を走らせる自衛隊の一団の中で、栗林の表情はとてつもなく暗かった。その元凶は自分の乗る車両の後部に乗り込んだ代行者の存在だ。

 普段は厚着だのマスクだので遮られていた肉体や顔は、強い男を好む彼女には悔しいが理想の男性像ではあった。代行者(頭がおかしい奴)でさえなければ。

 

 後ろから無限に投げかけられる口説き文句を封殺するため、栗林は助手席で両耳を押さえて背中を丸めていた。

 そもそもこの栗林は男性経験に乏しく、当然ここまでの好意を向けられた経験もない。しかもその初めての相手が白人風の精悍な顔立ちをした屈強で強い男、残念ながら致命的な欠点は目をつぶっても見えてしまうほどに圧倒的であったが……

 

「……ねえ、なんで私なの?」

 

 問いかけるよりは1人ごちるような彼女の呟きを聞き漏らさず、代行者は後ろから口説き続ける。

 

「それはね、私が貴公のような強い女性にあったのは烏羽の狩人以来だからだ! 過酷な戦場にあっても己を見失わず、道具のみに頼ることなく筋肉や格闘術を研ぎ澄ませ、かと言って道具の技術に関しても疎かにすることはない! 引き金を引く指は無慈悲で、振るう拳は冷徹。しかし、感情を捨てることも決してあり得ない! 貴公は狩人としても兵士としても優れ、なにより私にとっての理想の女性なのだよ!」

 

 耳に飛び込んできた言葉に、栗林はさらに顔を赤らめる。

 自衛隊員として磨いてきた技術を褒められ、優れた兵士、さらには理想の女性などと……栗林の兵士としての部分と女性としての部分、どちらも心から熱いものを感じていた。

 この栗林にとっても結婚願望や出産願望はないわけではない。むしろ大いにあった。それ故に、今盛大に照れ腐る羽目になっているのだ。

 

「さあ、この指輪を受け取ってくれたまえ! 本来ならば獣狩りの夜にてとある女王との婚姻の時だけに使われる指輪であるが、貴公にはその女王とは比にならないほどの魅力があるのだ!」

 

 捲し立てる代行者に対し、さらに体を丸めて、更には膝を抱えて今にも爆発しそうなほどに赤らんだ女性兵士の姿があった。

 周りが止めに入る暇もなく彼女の魅力を語り続ける代行者と、満更でもなさそうな栗林のせいで車内には奇妙に甘ったるい雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……おや、狩りの気配がするなぁ……」

 

 

 

 

 

 その甘ったるい車内の雰囲気も、それを作り出した張本人の代行者の言葉と表情、そして何よりも目の前の森を包む炎と煙にかき消されてしまうのだが……


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