「きひひ……これで準備は完璧……。いっつもいじられてばっかりだけど、今日という日はギャフンと言わせてやる!」
まだだいぶ早い時間、下駄箱で怪しく呟く人影があった。当然、周囲には誰もいない。
良からぬ事を企んでいるのは明白だったが、残念ながら止める人物はいなかった。
「──おっと、せっかく早く来たんだし朝練朝練! 登校時間になったら、また戻ってこよーっと」
そう言って小柄な人影は、廊下の奥へと姿を消した。
数時間後、下駄箱が並ぶ柱の影に中須かすみはいた。
その視界の先には、先ほどの下駄箱。
「……愛先輩遅いな。てゆーかみんな遅いな……。もうそろそろHR始まる時間なんだけど……。なんか人少なくない?」
生徒数の多い虹ヶ咲学園は、朝の登校時間にはそれなりに下駄箱は混雑する。だと言うのに、今朝は点々と生徒が散見される程度だった。
「なんか忘れてるような気が──」
「お、かすかすじゃん! おっはー」
「うぴゃぁぁぁぁぁ⁉︎」
「うわビックリした。何その声」
目の前に集中するあまり背後が疎かになっていたかすみは、突然背中を叩かれ文字通り奇声を上げた。
慌てて振り返ったそこには、
「あ、あああああ愛先輩⁉︎ 何でそこに⁉︎」
「何でって、部室に行くからでしょ。自主練だよ自主練」
「で、でもだったら靴履き替えなきゃ……」
「部室に直行するなら、別にいいじゃん? みんないつもそうしてるし」
「そもそも! 授業サボって自主練はかすみん許しませんよ! いくら成績優秀だからって!」
「はい? 最近急に暑くなったから頭かすんじゃったかー? かすみだけに!」
「ダジャレ言ってる場合じゃないですよ!」
「だって今日土曜日じゃん?」
「…………え?」
「学校、休みじゃん?」
「…………え?」
かすみは数秒固まってから、
「かすかすー?」
「──っああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭を抱えてうずくまった。
「ははーん、テストの補習を怖がるあまり、お勉強したくて勘違いしちゃったワケだ」
「違いますぅー! ──愛先輩にイタズラ仕掛ける事に頭いっぱいで、忘れてた……!」
小声でぶつぶつ漏らすかすみに、愛は首を傾げる。
「で、実際かすかすは何してたの? 授業あるって勘違いにしてもそろそろ授業の時間になるし、ここって二年生の下駄箱じゃん? そこにアタシのあるし──」
そこまで疑問を口にしてから、愛は言葉を切る。
「……ははーん、さてはそういう事だな〜?」
一瞬の思考の後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「な、なんの事ですか?」
咄嗟にしらばっくれたかすみだったが、愛はスタスタと自分の下駄箱に向かう。
「かすかすの事だから、きっとここに何か仕掛けてるんだよね。室内履きに紐とかくっ付けて──ビンゴ♪」
愛は自分の室内履きを、必要以上に勢いをつけて取り出す。
──パァンッ!
っと。盛大な音が鳴り響き、カラフルなテープが愛の手に舞い落ちる。
「──クラッカーでも仕込んでるんじゃないかと思ったんだよ」
「…………」
かすみはガックリと肩を落とした。勘まで鋭いのか、この人は。
「いやー、しかしよくできてるな〜。紐は黒く塗られてるし、下駄箱と同じ色のシートでクラッカーもカモフラージュされてる。確かにパッと見じゃ気付かないわコレ。やるじゃんかすかす!」
「もういいですよ……かすみんの負けですって……」
すでに意気消沈しているかすみは、呼び名にツッコむ気力も無い。
「ん〜」
すると愛は、やや低い位置にある頭をポンと撫でる。
「でも気持ちは嬉しかったよ? 誕生日知っててくれたのもそうだし──実はさ、お店から逃げてきたんだよね」
「……どういう事ですか?」
「朝から友達みんな押しかけてきちゃって。バラバラに来るもんだから『接客どころじゃなーい!』って感じで。だから『夕方みんなでパーティーするからそれまで待機!』ってして出てきちゃった。だから個別に祝われるのって逆に新鮮っていうか、違う嬉しさがあった!」
「なんか複雑なんですけど……」
「つーわけで、これから遊びに行こ!」
「はい⁉︎ 何でそうなるんですか⁉︎」
「自主練はただの口実だし、せっかくの誕生日はテンアゲで過ごしたいじゃん? ──そ、れ、に、断ったら愛さん口が滑って秘密漏らしちゃうかもしれないな〜」
「うぐっ……分かりましたよ。付き合いますよ!」
「流石かすかす! 物わかりいーね!」
「かすかすって呼ばないで下さい!」