刀剣は誰かに出会いたい 作:コズミック変質者
シャロン・クルーガー。エレボニア帝国ノルティア州黒銀の鋼都ルーレに本拠を置いているラインフォルトグループにて、会長であるイリーナ・ラインフォルトのメイドとして仕えている。
しかしこの度、ラインフォルトが開発協力していた《ARCUS》のテストを行う者達へ対し、生活面でサポートを行うということでトールズ士官学院第三学生寮の管理人として就任。
しかしそれは表の顔。その正体ははゼムリア大陸で暗躍する秘密結社《身喰らう蛇》の構成員。執行者No.IX《死線》のクルーガー。本職は暗殺だが正面戦闘でも屈指の実力者であり、結社の戦闘特化の構成員と比べると流石に劣るが、それなりの強者程度では太刀打ちすることは出来ない。
そのように、紛れもなく彼女自身は強者の枠に入るのだが、それは平均と比べればであり、極点にまで至った存在とはマトモに戦うことすら不可能となる。
例えば執行者No.I《劫炎》であったり今は亡き執行者No.II《剣帝》、そして結社最強である使徒第七柱《鋼》。
どれもがシャロンよりもひと足もふた足も先にいるものであり、正しく人智を超える存在。まだマトモであった《剣帝》でさえ、いざ戦闘になれば即座に殺されることだろう。
要は、シャロン・クルーガーは極点を知っているのだ。人の理より外れた怪物と、人でありながら人を超越した怪物を二人。
そんな恐るべき領域に足を踏み入れている男が今、シャロンに刃を突きつけている。微動だにしないその刃は、しかし振るえば必殺となってシャロンの身体を切り裂くだろう。四肢の過半数を犠牲にすれば逃げられないことはないが、それは彼の殺意が限りなく薄い故。そして逃げ切ることが出来るのはこの場の一太刀のみ。
あとは言わずもがな、どうしようと殺される。
(恨みますよ、カンパネルラ・・・)
心中で結社の同僚であり、こんな面倒を持ち込んでくれた男に毒を吐く。相手の気分次第で己の命が左右される状況などは何度もあったが、これは根本的に格が違う。一瞬の抵抗など何もかもが無意味であるのならば、憂鬱にもなるだろう。
こんな怪物と相対する仕事など、同じく怪物である《鋼》に宛がって欲しかった。彼女ならばこの手の輩の所には喜んで行ってくれるだろう。しかし、シャロンの変化した状況を考えると、適任とは言い難いが寄り道程度のものだとすれば、確かに便利なのだろう。
だがどうして自分がこんな怪物の
しかし愚痴を聞いてくれる者は居らず、時間だけがただ過ぎていく。
「埒があかんな。やはり率直に聞かせてもらおう。貴公の正体は?何の目的があってここに来た」
「それは最初に言った通り、私はラインフォルトに仕えるメイドで、此度は本社より《Ⅶ組》の———」
シャロンが言葉を切って暗器である短剣を取り出し、ワイヤーを展開しながら背後へ飛び退く。長年の直感による全力回避。しかし銀線が宙を駆け巡れば、展開されたワイヤーは蜘蛛の糸の様に容易く切り裂かれ、音すら置き去りにする神速の歩法により、シャロンが着地する寸前で着地地点へと到達する。
たった一瞬のことだったが、それだけで勝負はついた。短剣の刃はいつの間にか根元から切断されている。一瞬の間で展開していたワイヤーは全て断ち切られた。
やはり、予想に違わず圧倒的。
「本当のことを言うといい。貴公の言動の一つ一つ、全てに意味があると思え。貴公は何者で、何をしにここに来たのか。言わぬのならば貴公の前でアリサ・Rを殺す。短絡的なのは理解しているが、それなりの効果は見込めると思うのだが・・・さて、言う気になったか?」
「怪物ですね・・・ウィリアム・ベルグシュライン」
「否、俺は怪物になどはなれぬよ。所詮刀剣なのだから」
あっさりと、クラスメイトを殺害するという言葉を言ってしまう男。確かにそれは効果的だ。この男ならば虚言は吐かずに有言実行するだろうし、そこにどのような壁があろうと確実にアリサを惨殺するだろう。
それもシャロンの目の前でやるからこそ意味がある。
「・・・結社《身喰らう蛇》執行者No.IX《死線》のクルーガー。それが貴方の求める裏の顔の私です。そして《死線》としてここに来た目的は、貴方の勧誘」
「ほう?」
興味深そうにベルグシュラインから声が漏れる。剣気は未だに晴れぬものの、何かがベルグシュラインを引き寄せた。
「《身喰らう蛇》、聞いたことはある。確か大陸で暗躍する秘密結社だったかな。構成員の詳細も市井の身では分からぬが、それなりの組織だとは聞いている」
「我らが盟主の命は貴方の勧誘。そして盟主より貴方への贈り物があります。・・・これから
「いいだろう」
刃が納められる。だがそれだけでは生きた心地など全くしない。むしろ未だに死線が張り巡らされているのではと思う程。あまりにも違いすぎる強さの位階は、たかだか武器を出していない程度ではひっくり返せはしない。
弱音を吐くのならば今すぐにでも転移して逃げ出したいのだが、何故だろうか。転移前か、それとも転移中に殺されるという悪寒が絶えない。
「こちらです」
「これは・・・」
転移系の
(しかし、本当にこれが外の理で造られたものなのでしょうか)
シャロンの手にある刀剣は、しかしなんの力も感じない。同じ外の理で造られた武器を二つ、シャロンは見た事があり、持ち主は共に怪物である。しかし今伝わる力は皆無と言ってもよく、ベルグシュラインの持っている刀剣の方がまだ何かあるのではと思わせる。
「この世には存在しない外の理で造られた刀剣です。盟主が言うには銘はありません。ただ貴方にと。どうぞ」
「では、遠慮なく」
淡白な声と共にベルグシュラインに刀剣が差し出される。ベルグシュラインに近づいても、やはり刃は何も無く、ただの鋼としてそこにある。
だが、しかしだ。
「・・・ッっ?!」
ベルグシュラインの手に渡った瞬間、この世に蔓延る物理法則が
「・・・そうか。やはりこれは・・・ならば俺は、どこまで行っても刀剣なのか」
仄かに悲しみを孕んだ呟きと共に、ベルグシュラインの意思に呼応したかのように荒れ狂う力の奔流が静まっていく。否、急速にベルグシュラインに呑み込まれていく。そして全てが終われば何も無かったかのように怪物が———否、どこまでも、ただの刀剣だけが残っている。
「武器の件は礼を言っておく。しかし勧誘の方は少しだけ待って貰いたい。そうだな・・・少し長くなるが二年以内には結論を出すと、盟主とやらに伝えておいてくれ」
これまでの非礼、すまなかったと、最後に短く呟くとベルグシュラインはシャロンより背を背けて立ち去っていく。残されたシャロンは震える手を鎮めるのに意識を注いでいたため、耳には一言も入らなかった。
眼前で誕生した理を超えた怪物。その存在にただ恐怖し放心するばかりだった。
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そもそも何故このようなことになったのか。それは久しく接していなかった同僚が持ってきた話———いや、メイドとしての主からの命でトールズ士官学院第三学生寮の管理人として派遣されることが決まったからだろう。
同僚が話を持ち込んできたのは丁度いいから便乗して、ということだろう。盟主からの指名と言われていたが、恐らくは劫炎以外は誰でも良かったはずだ。それこそ鋼でも。
組織の人間として逆らうことなど出来るはずもなく、更には深く考えずに請け負ってしまったのが運の尽き。まさか相手が『外の理』の武器を与えられるような存在だとは考えてもいなかった。
久しぶりに出会った主の娘は、輝かしい学院生活を送っているようで何よりだった。事前に調べた情報では、中々な事情を持った生徒が豊富だったが、特に問題はないようだ。
久しぶりに会えたことを内心で喜ぶ束の間、とうとう彼が現れた。一目で分かる怪物性。自らを容易く上回る超越者。ああ確かに、これなら武器が与えられるのも納得できると、諦観のような感情が自らを支配した。
「はじめまして。私はシャロン・クルーガー。この度トールズ士官学院第三学生寮の管理人として———」
言葉は最後まで言えなかった。暗殺者としての全ての技術を用いての全力逃走。周囲に人気が全くなかったのは互いに幸運だった。その時のシャロンは他者には見せられない顔をしていたから。そして彼は微塵の揺るぎも躊躇いもなく、シャロンに向かって刃を振るっていたのだから。
その場では殺す気がなかったのだと後になって理解した。しかしあまりにも無色な情動など、見切れるはずもない。逃げて逃げて逃げた。必死になって、出来うる限り、刃の射程圏内に入らぬように。
木々が乱立する林の中に逃げ込み、ワイヤーで即席の罠を仕掛けたり、木々を率いての足止めを試みるが、全て正面から切り伏せられる。背後より迫る死の刃。
獲物となった哀れな兎であるシャロンが怪物からは逃げることなど出来るはずもなく、容易く追い詰められてしまう。あとはもう語る必要は無いだろう。最強の怪物が誕生した。それだけだ。
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「入るよベル」
「ん?こんな時間に起きているのは久しいな」
夜遅く。既に普段ならば眠りに入っていても可笑しくない時間帯にも拘わらず、フィーはベルグシュラインの部屋を訪れていた。この時間帯に起きていることは一年前ならば何ら珍しくない光景だったが、最近にしては稀である。あったとしても一、二回。爆弾用の火薬を取りに行った時くらい。
中間試験の時でさえも、この時間には眠りについていた。それはフィーに教えているのはエマであり、真面目なエマは夜更かしというのをあまり勧めないから。寝る前まではミッチリとやるが、時間になれば引き下がる。それは成長期真っ盛りであるフィーのことを思ってもだし、同時に普段のフィーの気性を鑑みてこそ。
つまり今宵は眠気が湧いてこない程に、気になっていたということだ。今日より管理人として来たシャロンが、ではなく、様子がいつもと違って見えたベルグシュラインが。
いつ如何なる時も変わらず、鋼の如き無情を晒していたベルグシュライン。それが極小であれフィーが感じ取れるほどに悲哀を曝け出していた。何かあったのは言うまでもないだろう。何せ他ならぬベルグシュラインがそうなってしまったのだから。気にならないはずがない。
話しに来た、と言って遠慮なく入室。簡素な部屋に置かれているベッドに腰掛ける。いつ来ても変わり映えしない部屋を見渡せば、知っている刀剣の他に、見覚えのない刀剣が一つ。
「増えてる」
「それは今日頂いたものでな。まだ試してはいないのだが、相当の業物だ」
へー、と軽く返す。形状からしてリィンも使っている太刀という武器で、前にも言ったが帝国にはあまり広まっていない刀剣のはず。そう簡単に手に入るものでは無いため、この間ベルグシュラインの刀剣に亀裂が走った時は買い換えるのではなく修理を選んでいた。
そもそも誰がこれを渡したのか。一番可能性が高いのは、今日来たおっとりした管理人だろう。しかしそれでは動機が不明だ。
そこまで考えて本題へ。
「今日なにかあったんでしょ。悲しそう」
「そう見える・・・いや、実際そうなのだろう。どうか笑ってくれ。俺は人間にはなれないらしい」
何を言っているのか、などと聞くのは今更だろう。ベルグシュラインがいつも言っている。自分は刀剣なのだと。今更、刀剣じゃなくて人間なんだという言葉は必要ないだろうし、意味などない。何故ならば、
「ベルはベルだよ。刀剣でも人間でも」
フィーにとってはこれが全てだからだ。称する通り人型の刀剣、刀剣のような人間。それでも構わない。寧ろ自分が知っているのはそんな男なのだから。
「そうだな。俺は
互いに認識は変わらないはずなのに、しかし語る本質がズレている。フィーにとっては刀剣のような人間でも、本人にとってのベルグシュラインという存在への認識は複雑なものである。運命持たぬ最強の神剣。無意味で無価値の
「俺は、運命というものが欲しい」
「知ってる」
何度だって聞いてきた。運命という、ベルグシュラインを魅了しているのか、縛り付けているのかは分からないが、ベルグシュラインという男がここまで歩いてきたであろう理由。
「運命は誰にでも、どこにだってあるのだという。駆け抜ければ幾らだってあるのだと、
その言葉に従い、ベルグシュラインは若くして猟兵として戦場を駆け、屍山血河を築き上げた。全てはまだ見ぬ運命が為。例に倣えと言うように、立ち塞がる敵に、襲い来る困難に、幾度も勝利して、勝利して勝利して、勝利して勝利して勝利して勝利して勝利して。
訪れるはずの積み重ねた勝利という名の罪業は、未だに姿を見せることは無い。勝利したが故の運命は訪れない。
勝利からは逃げられない。そうあって欲しかった。だが
お前に運命はないと暗に告げているかのように、掴んだ勝利に意味はなく。
「だからここまで走ってきたんでしょ?たくさん近くで見てきたから知ってるよ。ベルがずっと走り続けて来たんだって」
たとえそうだとしても、ベルグシュラインは歩みを止めなかった。いつかの日の為に重ねてきた鍛錬の数々。繰り返してきた努力の結晶に一つの無駄もなく。それしか知らぬ訳でもないし、選べるものは他にも数多あったのに、それだけを選び続けてきた。
「ベルはさ、多分視野が狭いんだよ。だから周りの物だったり小さい物が見えてない。その人だって言ってたんでしょ。どこにでもあるんだって。でもベルは前しか見てないから。真っ直ぐにしか進んでないから」
いつか出会える、ならばその時まで駆け続けようと。
「もっとよく見た方がいい。ゆっくりになってもいいからさ。そうすれば沢山見えてくる」
ここにいるのだと、自分こそがと伝えたいが、曖昧に言葉を濁す。
「出来ないなら手伝うから。ベルが運命を見つけられるように」
いずれ運命が見つかれば、ベルグシュラインは運命を求める旅路より帰還する。単純な目的故に、叶ってしまえばあっさりと。見つけた場合に何をどうするかまではまだ分からないとしても。
「フィーの言う通りだな・・・。些か俺は、周りを見ていなかったらしい」
だからもうちょっと良く見よう。歩みの速度は変わらずとも、正面以外を見ればどこかにあるかもしれないから。そう、簡単なものなのだ。どこにだってあるのだから。
だから、
「願わくば、フィー、そして彼らが」
決定的に、間違えるのだ。
フィー・クラウゼルは間違えた。余さず言うべきだったのだ。ちゃんと吐露するべきだった。己の中に生じ続けていた疑問を、触れることのなかった確信を。それが壊すことになったとしても。
故にこそ、ベルグシュラインの選択の天秤は傾いた。
これで塩野郎も最強の仲間入りだ!また強くなって沢山みんなに貢献できるね!
マジでメンタルヤバい・・・。