刀剣は誰かに出会いたい 作:コズミック変質者
塩味の刀剣9位か・・・なんだかんだ糞眼鏡よりも上って普通にすげぇよベルは。
足音が気持ちいい程に良く響く地下水道で、苦悶の声を上げながら駆除される魔獣の群れ。十や二十と、徒党を組んで侵入者達に襲いかかったのはいいものの、卓越された少年少女の進撃によって蹴散らされる。
ここは帝都地下に張り巡らされた地下道の一角。本日の締めの依頼である蔓延る魔獣の駆除に、B班は勤しんでいた。
「次から次へと!キリがないわね!」
「全くだ!帝都の警備隊は何をしているんだ!まさかとは思うが普段から適当な仕事を———チッ、まだ来るかッ!」
「俺に任せろ。一気に薙ぎ払う!」
「援護します!」
水道より飛沫を上げながら飛び出してくる魔獣を、アリサの弓が射抜き落とす。が、数が圧倒的に足りていない。ユーシスの騎士剣が後衛を守らんと、なだれ込む魔獣を切り裂くがそれでも足りない。
一体一体は強くないが問題は数である。よって必要なのは攻撃範囲。
そこで飛び出したのはガイウスだった。エマの魔法によって援護を受けながら、手に持つ長槍を嵐の如く振り回し射程内に侵入する魔獣を分割する。
「ようやく一息つける・・・」
ガイウスの奮闘により最後の一体まで一網打尽にされた魔獣を見て、弓を片手にアリサが汗を拭う。その所作は鈍重で明らかに疲労が溜まっており、これまでの道筋も決して楽ではなかったことを物語っている。
そしてそれはただ一人を除いて例外なく当て嵌ることだった。
「見事な戦いだった。水分だ。このような場所だが、飲んでおいた方がいい」
例外が誰かというのならば言うまでもなくベルグシュラインである。先の戦闘では得意の刀剣による戦闘でなく、エマの守護と魔法による援護を徹底していた。
この事に文句を言う者は誰もいないし、この立ち位置は彼らが望んだことである。というのも、やはりベルグシュラインの強さは異常の域にあり、マトモに戦闘を行えば得られる経験などはほぼ皆無である。場合によっては違うこともあるだろうが、それでもせいぜいがベルグシュラインが討ち漏らした魔獣であり、その数もほぼ皆無と言っていいほど少ない。
これがよろしいことでは無いのは明らかであり、故に暗黙の了解としてベルグシュラインの戦闘への参加は最低限であり、後衛であるエマやアリサの守護と援護が主となっている。
といっても、危険な場面があれば率先して剣を抜くが。
「帝都の地下にこれだけの魔獣が蔓延っているとはな」
「繁殖期にでも入っていたのか、それとも偶然俺達のいる場所に集まってきたのか。どちらにせよ、聞いていた話の予測数が全く合っていなかったな」
「誰も好き好んで下水道になんて入りたがらないからな。適当な数だけを言ってきたんだろう。栄えある帝都の地下だと言うのに・・・」
順調に依頼を進めていたのも束の間だった。待ち伏せでもされていたかのように魔獣の群れが押し寄せてきたのだ。それも百を超える程に。だが運が良かったのか、一体一体の個体性能はそれほど高くなく、《ARCUS》による戦術リンクを併用してのゴリ押しで突破できたのは救いだろう。
それに万が一の場合はベルグシュラインがいる。
「とりあえず依頼はこれで終わりでいいわよね」
「ああ。予定されていた数はとっくに駆除しているんだ。それに一通りは見て回ったんだ」
「報告と同時に普段の駆除に対する苦情も叩きつけてやらねばな」
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ラウラにとってベルグシュラインとフィーとは、理解の外側にいる存在である。金の為ならば汚いと呼ばれる手段も平気で取れる猟兵は、正々堂々を信条としてきたラウラからしてみればまさに外道。
故に受け入れられない。ラウラという少女は優等生ではあるが、寛容ではない。常識より脱することが出来ずにいる。
だから決定的な不和が生じる。上手く接することが出来ないから、無意識に相手を避けようと身体が動く。
フィーは自分が避けられていることを知っている。ラウラにとって、他人にとって自分が異端であることを理解している。態度に対して思うことはあるものの、それでも必要に応じて切り替えられる。
もとより万人より好かれることなどありはしない。猟兵を生業としているのなら特に。だからある程度は受け入れられる。嫌われているのなんて別にいい。やるべき事さえやってくれれば毛嫌いされようが構わない。
既に日は沈み、暗夜の帳は降り、優しく月光が差し込んでいる。帝都の一角にある公園。マーテル公園と呼ばれるその場所は、帝都の公園でもそれなりの面積を持っている。その広さはスポーツも音楽も、そして戦闘をしても余りある程である。
その公園の一角で次々に打ち上げられる火花の数々。響き渡る鋼の音色は刃という名の楽器が打ち鳴らす。もし人がいれば通報されても可笑しくないが、幸運なことに公園にはエリオットを除いたA班の四人のみである。
動いている影は二つだけ。残りは見守るように立っている。
「はァっ!!」
「やっ!!」
宙で何度も激突する大剣と双銃剣。その使い手は言うまでもなく、ラウラとフィーであり、彼女達は互いに本気で余すことなく自らの力をぶつけ合う。ラウラが地面ごとフィーを両断しようとすれば、フィーが容赦なく蜂の巣にしようと乱れ撃つ。
それは紛れもない本気であり、下手をすれば怪我などでは済まない領域である。最悪落命、次に四肢の麻痺や欠損、感覚の欠落。そういった事態になる可能性があることを考慮しても、彼女達はぶつかり合う。
その鬼気迫る光景に、見届け人であるリィンとマキアスは最初は止めようと思った。そもそも戦闘開始時点では、命に関わるような攻撃などは禁止という、当たり前に安全なルールの下での立ち会いだった。しかし彼女達が熱を上げていくうちに、ルールなんて知らんと言うように動きに遠慮は無くなっていく。
危険な程のヒートアップに、そこまでと中止をかけるのは簡単だ。だが同時に見ていて思ってしまったのだ。止めることは無粋であり、このまま満足するまで戦わせた方がいいのではと。
彼女達は今この瞬間に、互いの全てを曝け出している。それは鍛えてきた武技でもあり、秘めてきた内心でもある。止めるべきだと言うのは理解しているが。
「全く自分が情けない!!猟兵だと言うだけでそなたらを受け入れられないという私自身の狭量が!!そなたと共に過ごしても、何も信じられなかったことが!!」
「理解してたのにバカみたい・・・!!そもそもどう思われてるかなんて知ってたのに、進めたいのに、ちゃんと自分のことを言わないで。言わなきゃ理解出来ないなんて当たり前のことなのに・・・!!」
いつの間にか打ち明けられていく対象は相手から自分へ。抱えた恥や後悔ばかりが吐き出される。加熱していく言葉と身体は、傷となって相手の少女の肉体へと反映される。大きな傷はないとはいえ、乱造される擦り傷は少しづつ肉体を蝕んでいく。体力が無くなるのも時間の問題。
終わりが近づいてくるのを察した故に、互いが最後の一撃を与え合う。ラウラは父より教えられし、家の名を冠した流派の奥義を。
フィーは戦場で教えられ、磨き上げた決定打としての一撃を。
増幅された互いの闘気が激突する。激突により顔を覆い防ぎたくなるほど吹き荒れる闘気は互いに過去最高のものでもあり、全てを賭した全霊の一撃だった。
決定打同士のぶつかり合いは、どちらも決定打によって防がれる。全霊を賭した故に崩れ落ちる二人。汗で濡れた肌に砂が着くのを気にせずに、体を転がしながら月明かりを浴びるように二人は仰向けになる。
「これは・・・」
「ああ。引き分けだな」
勝負は付かなかった。互いに軽微な傷はあれど、趨勢を決する程の傷は一つもない。そのような傷を負う前に、体力の限界が来てしまった。最早戦える程の余力は残っておらず、彼女達自身もこれ以上、戦う理由を失ってしまった。
秘めた想いは全て吐き出して、肩で荒く息をしながらやりきった表情をしている。だからこそ、もう防波堤となる心の壁はなく、これまで話さなかった言葉がするりと漏れてくる。
「教えてあげる。私のこと、それとベルのことも少しだけ」
他人のことを本人がいない場所で勝手に話すのはどうかと思うが、ベルグシュラインはそのようなことは微塵も気にしない。どうせそのことを語ったところで、そうか、としか言わないだろう。
それにフィーも、所属していた猟兵団のことを語るのであれば必然として、ベルグシュラインという存在が出てくる。ならば語るしかないだろう。隠すのはやめたのだから。
フィーより語られるのは彼女がトールズ士官学院へ入学するまでの軌跡。気付いた時には異国の地で欲望渦巻き鉄火溢れる戦場に居て、気付けば『西風の旅団』に拾われて団長の義娘となり、猟兵となって生きていく果てに辿り着いたのは『赤い星座』との決闘より生じた結末。
語られるのはリィン達の生きていた世界からは一転して戦禍の赤に染っている。ラウラやリィンの家は貴族のため、各国との情勢などから戦争などの話に繋がることはあったが、これは根本的に質が違う。秩序なんてものは微塵もない。生きるか死ぬか、正真正銘この二択のみ。
齢十かそこらの少女のこれまでは、もう一つの世界を突きつける。
「ベルと出会ったのは私が猟兵になってから少しした時だった」
当時、未だ『
あまりに唐突すぎることで団員達からは困惑の声が上がったが、猟兵王の言葉と一緒にいた団員二人の説得により、経緯やここに至るまでの追求などは行われなかった。
「最初は厄介者みたいに扱われてたけど、それからすぐだった。ベルグシュラインのことが分かったのは」
彼らは猟兵。仕事の種類は様々とはいえ、最も得意で多いのは戦闘行為に他ならない。当たり前だがそういった仕事も流れ込んでくるわけで、食客の様な立場にいるベルグシュラインも、フィーや他の団員と行動を共にしながら仕事に励むことになる。
だから嫌でも理解する。ベルグシュラインという才能を。
微塵の抵抗も許さず、全てを一振で終わらせていく様は正しく神剣魔剣の如し。一度鞘より抜かれれば、敵手がその刃の閃から逃げられることはない。誰よりも的確に、迅速に。
任務がある度に、規格外のベルグシュラインの実力は証明される。恐怖されたり倦厭されることも多々あったが、それでも一人変わらぬ団長の事とも相まって徐々に受け入れられるようになってきた。
そして比較的歳が近いことと、団の中では実力云々を抜きにしても二人だけの子供ということから気を使ったのかは分からないが、団長命令で何度も行動を共にすることになり、その度に少しずつだが、積み重ねれば沢山のことを知ることが出来た。
剣の才能は飛び抜けてるけど他はあくまで凡才。罠も作れなければ巧妙な策を練ることができるわけでもない。そして運命を求めて止まない、人らしくない刀剣としての悲しい性。
運命を求めた末に、今に至るまでベルグシュラインが言うには何も手に入らなかった。精々手にしたのは『
ベルグシュラインにとって、運命とは全ての行動理由と言ってもいい。地位に女、富や名声、はたまたまだ見ぬ剣士としての高みへの願望、もしくは勝利や敗北。それら一切が理由にならないし興味もない。あったとしてもそれは結局のところ、運命という二文字に収束させるための薪でしかない。
今ここにいる理由さえも運命が為。猟兵になってもダメならば、ありきたりな物語らしく学生として。故に、旧知の仲でトールズ士官学院にて教官をしていたサラはちょうど良かった。
「それが私が知るベルがここにいる全部」
それほど聞きどころがあったわけでもなければ、猟兵と剣才以外で可笑しな事は何も無い。長年苦楽を共にしたと思っているフィーでさえ、ベルグシュラインを語るのならばこれが全てなのだ。猟兵と学生も、することは大して変わらない。仕事が授業になった程度だ。環境が変わろうと、刀剣は刀剣。
それを聞いて余計に分からなくなる。あの夜言われたこと。一体ベルグシュラインは何を求めていたのか。一体何をリィンは手にしたというのか。
まさか、ベルグシュラインが常々言っているという運命か?ならばリィンにとっての運命とは。そもそも運命とは何だ?
予測なので本当かどうかは分からないが、それでも考えられる限りの正答はこれだけだ。
「私は、ウィリアム・ベルグシュラインという男が怖かった」
リィンの思考を断ち切るように、ラウラが思い出した様な表情で言う。その顔はいつもの凛としたものではなく、吹けば飛んでいきそうな弱者の顔。
「アルゼイド流を継ぐ者として、父を始めとしたあらゆる強者と剣を交えてきた。その時の私にあったのはいつだって他者への畏敬と、まだ届かぬ域への感嘆だけだ。若輩の身では影すら踏めぬその域に、いつかは私もと心躍らせていたよ」
だが、と続ける。
「彼と戦った後、多分どうしようもなく怖かった。恐怖に屈してしまったのだ。これまでの強者とは違う、あらゆる武芸者達とは違う、異様な彼が。上手くは言葉に表せないが・・・常言うように、触れれば斬られる刀剣だと」
その在り方は清廉なものに違いがない。それは本来好まれる資質であるはずなのに、ベルグシュラインは清廉が過ぎている。己というものがまるで見えない。剣を交えて見聞きした気質に、私というものが欠けらも無い。
その呼びは剣士でなく、刀剣の方が相応しい。
故にこそ、必要があれば誰であろうと断ち切ることが出来てしまう。歩んできた過去を振り返ることも無く、情に揺らぐことも無く。
そして同時に、ベルグシュラインは間違いなく剣の遥か高みにいるものであり、ラウラなどは影すら踏むことさえできないだろう。もし仮に成熟して足元に及ぶことが出来たとしても、恐らくその時は既に、成長したラウラ以上の場所にベルグシュラインはいるだろう。
本人の気質はどうあれ、その剣を恐れ、魅せられたのは事実である。より素晴らしき剣、学ぶべき理が確かにそこにある。全ての剣士が目指すべきものだといっても過言ではない。
だがそうなるには、最低でも人であってはならないのだと理解する。情を捨て、私欲を捨て、ただこれのみと剣を振る。人としての根幹に近い何かを欠損した、ラウラが恐れたものにならなければならない。
それを聞かされたとしても、所詮は言葉。同じ剣士であるリィンならばともかくとして、フィーとガイウスには分からないものだ。唯一知り得るかもしれないリィンは一度折れている。
「多分だけど、誰もベルみたいにはなれないよ」
月並みな言葉だが、これが全てである。剣に関してベルグシュラインを目指すというのであれば、それは前提から破綻している。ベルグシュラインにとって剣とは所詮特技の一つ。そこに対して誇り等は持ち合わせていない。故にこそ、剣を重視したが故にベルグシュラインを目指すことは、そもそもとして間違えているのだ。
「それに、目指しちゃダメ」
欠落を抱いて進む人間にはなってはならない。有り触れた凡夫こそが人である。その域を超えるというのであれば、それこそ怪物や刀剣、英雄の領域になるだろう。
弱いままでいいなんて言わない。だが人は人として強くなれる。猟兵王が最後の時まで人であり強者であったように。ラウラの父が同様であるように。例外は基準にすることも目標にすることも出来やしない。
「別に剣が凄いからって、それだけが強さなんかじゃないさ」
リィンが言ったことは人としての強さの真実。確かに技術も大切だし、生まれ持った才覚も重要である。だが才能は重ねた努力で追いつける。そして絆を誓った仲間達がいれば、どのような困難にも打ち勝てると信じている。
そして絆を信じるのは、リィンだけではなく。
同じ都にいる刀剣も、絆を切に信じている。
それがいつか、運命となって花開かんと願うからこそ。