刀剣は誰かに出会いたい 作:コズミック変質者
オリヴァルトって《剣帝》と対峙したことあったっけ?
夜風に晒され、優しい月光を浴びながら、薄い明かりの下、テラスで一人の男が憂いを帯びながら眼下の街並みを見下ろしている。彼は赤を基調とした豪奢な服を身に纏う金髪の貴公子———栄えあるエレボニア帝国皇族、オリヴァルト・ライゼ・アルノール。
下に向けていた視線を上に上げる。距離の問題があり当然影も形も見えはしないが、その方向には彼が理事長を務めるトールズ士官学院がある。
ふぅ、と優しく息を吐く。正しく貴公子といったその顔はため息さえも様になる。この姿を見るだけで何人もの貴婦人達は心を打たれてしまうだろう。
しかし考えるのは別のこと。特別実習の二日目の時間を借りて、つい数時間前まで顔を合わせて食事をし、会話を交わしていた士官学院特科《Ⅶ組》。
《リベールの異変》を経てオリヴァルトが覚悟を決め、その覚悟の一つ目の形として実現させた新しい風。オリヴァルトが主導して立ち上げた新世代を担う若者たち。
今回の特別実習で接触してみて、実際に言葉を交わしてみた。彼らならばと、勝手ながら抱いていた期待が高まっていた。
オリヴァルトが帝国に抱える憤り。貴族平民間の格差。帝国を愛するが故に悲しく思うその現状は、長年続いたが故に深く根付いている。緩和することさえも難しい。だから今がダメなら次へ託す。迷惑だと言われれば仕方がないことだ。
だがその心配も無事晴れた。次代を担う若者たちは、きっと立派になってくれるだろう。オリヴァルトが思いもしないことを成してくれるはずだ。よって彼らに対する心配は既になく、その心は一人の男へ移行する。
前々から知っていたし、注目していないと言われれば嘘になる。しかしその注目に含まれるのは良い意味ではなく、警戒という面が強く出ている。今回の邂逅でなるべく隠していたのだが、一目見た時にその努力が無駄と分かってしまった。
「サラ教官が言っていたことは本当だった。あまりこの言い方は好きではないが、確かに彼は怪物だ」
話した回数は他の面々よりも圧倒的に少ない。それこそ一言二言程度だろう。しかし皇族として自然と養われた観察眼、そしてそれなりに戦うことが出来るオリヴァルトの感覚は、少ない会話と所作からベルグシュラインの実力を見抜いた。
かつてリベールで共に戦った者達や、立ち塞がった敵と遜色ないどころか比べ物にならない。予測で語るのならば亡き《剣帝》と同等以上、それ即ち世界において最強の一角の証明に他ならない。
「だがまだ、どうにかすることは出来そうだ」
事前の報告にあった通り、ベルグシュラインからは心というものがまるで見えない。貫くべき正義、信念に沿った行い、譲れない誇り。これまで関わってきた強者達が持ち得ていた物を、欠片も持ち合わせてはいなかった。
あるがまま、と言うべきだろうか。自分の心にさえ振り回されない、正しく無私を徹底している。
そしてその様な男を、ただの猟兵として野放しに出来ないのも事実。
当初、ベルグシュラインの入学希望が常任理事会に上がってきた時、レーグニッツ理事は猛烈に反対していた。当然といえば当然だろう。何故栄えあるトールズ士官学院に、そしてよりによって大切な息子が入学するのと同じ時期に、猟兵兼テロリストなど入学させなければならないのか。
そもベルグシュラインはテロリスト。実際に軍事施設への襲撃に加担していたということは逃れることの出来ない事実である。サラをはじめとした士官学院の教官達による監視がついている今、すぐにでも逮捕し投獄すべきという至極真っ当な意見がレーグニッツ理事より上げられた。
大切な家族の入学に関しては、常任理事会三名が同じくするところだ。よって普通ならばレーグニッツ理事の意見に賛成するはずなのだが、その意見を覆したのは他の常任理事。アルバレア理事とラインフォルト理事だ。
これにはオリヴァルトも驚いた。改革派であるレーグニッツ理事に貴族派であるアルバレア理事が反対するのは、政治的な理由なども含めて頷ける。だがまさか、そういった派閥争いとは無縁な位置にいるラインフォルト理事までもが、娘の安全よりもベルグシュラインを優先したのだ。
彼らの賛成には監視に当たっていた各教官達からの報告書と、理事会に呼び出されてベルグシュラインについて知っていることを詳細に報告させられたサラの言が大きい。
彼らの報告を聞く限り、ウィリアム・ベルグシュラインという男は性格に欠点があるわけでもなく、人を斬ることに悦を感じることもなく、戦うことに喜びを見い出さず、ひたすら空虚な男だと語られている。頼んだことはどのようなことでも文句なく行ってくれるし、常識の欠如などは欠片も見られない。聞いたことは軍事施設を襲撃したことを含めて、虚言の一つも吐きはしない。
剣士として抜群の腕を持っていることを除けば、どこにでもいる善良な人間だ。
この報告を見る限り、ウィリアム・ベルグシュラインは士官学院に入学させる価値があり、その過程でベルグシュラインをどうにか帝国へと引き入れられないかとアルバレア理事は考えた。正確には帝国ではなく貴族派なのだが、それは最早言わなくても理解されているだろう。
この時点でアルバレア理事からすれば入学しようがしまいがどちらでも良かった。猟兵だと言うのならば正式に雇ってそのまま引き入れてしまえばいい。遅いか早いかの違いしかなく、成功しようが失敗しようがベルグシュラインの人物像を思えば失うものは何も無い。
反論すら許さずに、決め手となったのはやはりラインフォルト社だろう。特異な者は特異な場所へ。丁度よく《Ⅶ組》というものがあるではないかと、理事達の関係者が一様に集う場所を勧めてくる。実際に入学させるのであればそこしか行く道はないだろう。
しかしどうにかして入学を取り下げさせたいレーグニッツ理事は、ベルグシュラインの唯一の欠点を言い渡した。
それは《ARCUS》への適正値。戦術リンクを行うのに必要な素質を、《Ⅶ組》に選ばれた者達と比べれば、半分より少し上程しか持っていない。確かにこれは大きな欠陥だ。《Ⅶ組》はあくまでも《ARCUS》の試験運用という名目で建設された新クラス。その中枢を担う《ARCUS》の適性が欠けているのであれば、《Ⅶ組》には不要という他ないのだが。
だからこそ、適性が欠けているからこそ、ベルグシュラインの価値は増す。《ARCUS》は次の戦場を変えうる可能性を大いに持つ。どのような作戦もこなすことができれば、連携して強大な相手との戦いを有利に進めることだってできる。だがそれで終わりのはずがない。科学に終わりというものは無い。それこそ《ARCUS》が真の完成を迎えるのは、あらゆる条件を十二分にクリアしてこそだろう。
戦場に絶対なんてものは無い。弱者と強者が組むことだってあれば、強者と強者が共に肩を並べることもある。その時に、まさか強者ならば《ARCUS》の適性が最高だと?そんなに都合がいいはずがないだろう。現にベルグシュラインの適正値は先程述べた通りである。
技術とは普遍的に広まってこそ本当の価値が出てくる。特定の者達しか使えない物の価値など、たかが知れているだろう。
ラインフォルト理事はラインフォルト社として先を求めた。《Ⅶ組》で終わりなどと考えてすらいない。当たり前のことだった。
加えて、今回のベルグシュラインの件は正しく渡りに船だろう。通らないのであればラインフォルトが汚名を被ってでも《Ⅶ組》の試験運用から降りるというのであれば是非もない。
《ARCUS》を提供するのはラインフォルトで、《Ⅶ組》の基盤は《ARCUS》だ。それが無くなるのであれば《Ⅶ組》なんてものに意味は無い。建設途中の《Ⅶ組》も、無駄な費用を出しただけという結果が残るだけだ。そんなことをすればラインフォルトへの汚名は逃れられないが、ベルグシュライン程の逸材から得られるデータは、汚名程度では比較にならないということだ。
そこからは言うまでもない。過半数の可決により、ベルグシュラインの入学は決定した。レーグニッツ理事が想定していた何らかの問題は一切なく、また性故に帝国内の貴族平民に何かを思うことも無く、ただラインフォルトだけが得をするという展開が続いている。
「しかしアルバレア理事に同調するわけではないが、彼が帝国所属になってくれるのは心強いことだ」
一連の流れを一切口を出さずに聞いていたオリヴァルトは、しかし帝国という大きい括りでベルグシュラインを迎え入れたかった。かつて相対した秘密結社。その魔の手が帝国に伸びないとは限らないし、もしかすれば既に伸びているかもしれない。
もしかすれば《剣帝》の抜けた穴をベルグシュラインで補おうということだって有り得るのだ。そのことを考慮すれば、今のうちに唾を付けておくことも悪くは無い。
————————————————————————————————
一日ぶりとなる帝都の鉄道憲兵隊の司令所、その作戦室の一室に《Ⅶ組》と教官であるサラ、そして憲兵のクレアがいた。既に夜の帳は降りている。しかし生徒達に疲れた様子は微塵も見えず、先程までの皇族二人との会食とは別の緊張を出していた。
「て、テロリスト!?」
クレアの口から語られた言葉に、マキアスが悲痛な声を上げる。ノルド高原でリィン達が接触した、魔笛で魔獣を従えていたギデオンという男。その男が、もしくは所属している組織が明日に行われる夏至祭初日に、何かを引き起こそうとしている。
雲をつかむような話だが、このような場で語られるということは事実なのだろう。
「考えられる組織の名称は幾つかありますが、最も可能性が高いのは『帝国解放戦線』。ご存知ですよね?」
帝国解放戦線。明らかにらしい名前だ。その名を挙げると同時に、クレアはまるで敵を見るような瞳でベルグシュラインの方を見る。対してベルグシュラインは何も答えない。沈黙は肯定。否定はしない、と言うよりはベルグシュラインは何も知らないと言った方が正しい。
「ギデオン。組織の中枢に近いと思われる男が名を明かした以上、その活動は本格的になるでしょう。帝都の夏至祭は三日間ですが、最も賑わうのは初日。事を起こすのであれば人が多い初日を狙うのではと、我々は考えています」
「水面下で準備が終わったら、派手に行動して一気に動く。テロの基本」
経験上、そういった知識にも精通しているフィーからすれば、確かに動かない理由はない。
「鉄道憲兵隊も帝都憲兵隊も協力しながら警備に当たっていますが、何分帝都は広大です。強固に守ろうとすればどうしても穴が空いてしまいます。しかし満遍なく守ろうとすれば今度は薄くなり全体が隙となってしまう。そこで、皆さんに遊撃隊として協力していただければと思いまして」
学生であろうと、戦える戦力を遊ばせる程の余裕が無いということだ。帝都でテロが成功したとなれば、帝国にとっての一大事であり、それは他国から見れば強固な帝国に好きなだけ付け入る隙を与えるということでもある。
「受けるも受けないも貴方達の自由よ。あまり余裕が無いのは確かだけど、明日は私も遊撃に回るし、何より私よりももっと腕の立つ奴がいるから。それに、貴方達にはまだ早いと思うしね・・・。
受けない場合は予定通り知事閣下から課題を受け取ってそのまま実習続行よ。諸々の柵にも捕らわれないように上手く手を回しておくわよ」
その言葉には、なるべく参加して欲しくないというサラの親心のようなものが混ざっていた。きっと明日は、それなりの地獄が生まれてしまうだろう。人間同士の本当の争い、血で血を洗う戦いの真実を垣間見てしまうだろう。いつかは知るものだとしても、知るにはまだ早いと思うから。
そんな思いを露知らずか、それとも察して受け止めた上でか。
「《Ⅶ組》A班、テロリスト対策に協力させてもらいます」
「《Ⅶ組》B班も同じく、協力させていただきます」
互いに班の顔を見合わせて目を合わせ頷く。決意は一瞬で決まっていた。ならば止めることなど出来やしない。同調圧力ではなく、自分自身で決めたというのならば是非もなし。
「ありがとうございます。では早速皆さんの巡回ルートの説明を———」
「と、その前に。私とウィリアムは席を外すから後はそっちでお願いね。ウィリアムには私から説明しておくから。それと説明が終わったら先に宿舎に戻っていいからね」
感謝と共に、巡回ルートを説明しようとしたクレアを遮って、サラがベルグシュラインを連れていく。生徒達の疑問の視線を無視して、サラはベルグシュラインを二つ隣の部屋へと連れていく。
「良いのか?」
「良いのよ。こう言っちゃアレだけど、アンタとあの子達じゃ格が違いすぎるしね。こうなった以上、最初から別の動きをするってことを教えておいた方がいいのよ」
連れ込まれた部屋の机には、先程いた部屋と同じく帝都全域の地図が乗っていた。しかしその地図には巡回ルートなどは書かれておらず、重要な建造物の名前と道路や裏路地、駅を中心とした各種鉄道。そして地下水道の道が詳細に描かれていた。
「厄介だな」
「全くね」
ほんの数秒、目を通しただけだがその言葉はサラも同意見である。隠れられる場所や効果的に攻められる場所が多すぎる。テロリストにも信念や行動理由はあるのだろうが、最も己達の存在を脅威だと知らしめるには、闇雲な破壊工作がより有効である。
幸福な世界を一転させて劇的な地獄に変える。その落差で民衆の心をどれだけ響かせられるか。
「ただの破壊を目的としているのか、それとも皇族だけを狙ってくるのか。目的がどちらなのかが分からない」
「流石に街中で爆弾でも抱えられて特攻されたら、私でもどうしようもないわ。狂信具合にもよるけど、これはかなり不利ね」
「既に懐に入られている以上、受けに回ることは仕方がない。この状況だ。身を粉にするしかないだろう。憲兵隊はどの程度使える?」
「鉄道憲兵隊はその職務上、それなりに手馴れているとは思うけど帝都憲兵隊と近衛兵は多分駄目ね。そもそも役割が違いすぎるし、帝都でのテロなんて前代未聞よ。つまりはそういうこと」
有り体にいえば、幾らかは使えなくなる可能性が高い。敵が真に恐怖と破壊を目的としているのならば、それなりの耐性がない者ではかえって邪魔にさえなるだろう。考えすぎと言われるかもしれないが、最悪が想定できるのであれば、その最悪を想定して動くのは当たり前のことだろう。
「人か魔獣。どれ程の規模で攻めてくるか分からない以上、明日直接確かめる他ないか」
「分かってると思うけど、皆殺しにするんじゃないわよ。最低でもギデオン含む五人は残しておくつもりでやりなさい。まぁあっち側の戦力は魔獣が殆どを占めることになるでしょうけど」
と、サラは溜息混じりに目を伏せる。
「無差別な破壊だけだったら分かりやすいし守りやすいわ。もし狙いが皇族だった場合、アンタならいつを狙う?」
「昼頃のパレードだろうな。車に防弾などの対策はしているだろうが、それはあくまで人間用だ。魔獣による物量戦になればどれだけ耐えられるかにもよるだろう。そこで仕掛けないとなるのであれば・・・妥当なのはここだろう」
「クリスタルガーデンね・・・」
ベルグシュラインが示したのはパレードの終着点。確かに妥当な場所である。パレード道中までの道のりは鉄道憲兵隊が護衛をしているが、クリスタルガーデンからは近衛兵と交代する。本音を言えば鉄道憲兵隊にずっと警護して欲しかったのだが、互いの組織間での争いがあるのだろう。それに皇族の栄誉ある近衛兵。プライドもさぞ高いことだろう。
「最も重大な守りを誇るからこそ、最も貧弱ね。まぁ普段から皇族に仇なす不穏分子は事前に処理されてるから温くもなるわね。って、アンタねぇ」
「どうかしたか?」
「どうかしたかって、何柄にもなく嬉しそうにしてんのよ」
「・・・そうか」
どうやら、ベルグシュラインはまた期待をしてしまっているらしい。
やっぱり帝国解放戦線のテロ行為ってなんか陳腐なんだよなぁ・・・。確かに人より魔獣を使った方が効率的だし人員的にも心理的にも正しいんだけど、もっと派手さが欲しくなるんだよなぁ。
例えば手足を義肢にして火薬を入れたりして人間爆弾になるとか、適当な人間を捕まえて薬漬けにして戦力にしたりとか。