刀剣は誰かに出会いたい 作:コズミック変質者
帝都での波乱の特別実習を終え、その後迎えた五日ほどの短い夏季休暇を終えれば、また通常通りの学院生活の始まりである。
《Ⅶ組》は誰一人として欠けることなく、ここにいる。それはあのテロで誰かが殺られた、という意味もあるがもう一つ、もっと安全な意味を含んでいる。
士官学院の長期休暇は軍と同じであるため、基本的に年末年始にしか与えられず、またその日数も普通の学院と比べれば格段に低い。しかしそれは平民のみ。
貴族の生徒達は領地経営の勉強等の理由で、学院での通常の夏季休暇以上に実家へ帰ることがある。貴族の特権である。故に《Ⅰ組》と《Ⅱ組》は夏季休暇以降伽藍堂。殆どが帰省しているため仮にトリスタに残っている生徒も休みである。
そしてその特権は《Ⅶ組》も例外ではなく、リィンとユーシス、そしてアリサにもその特権は与えられていた。しかし彼らはここにいる。多少の負い目はあったのかもしれないが、皆自分の理由から残っている。
「おはよ〜そして遅れてごめんね〜」
5日ぶり、ではない。ほぼ毎日顔を合わせていた担任が、短いとはいえ休暇明けの初めの授業で遅れてきた。しかし遅刻は誰にも気にされない。何せ昨晩酒盛りしていたのは見られていたから。
「今日遅れたのにはちゃんと理由はあるわよ」
しかしどうやら今日はそれだけではないようだ。
「今日は皆に、新しい仲間を紹介するわ。編入生って奴ね。それじゃ、入ってきて」
「うーっす」
生徒たちの処理を置き去りにしたまま、扉の向こう側へと声をかける。聞き慣れた軽い声と共に入ってきたのは平民生の緑色の制服に身を包んだ見慣れてきた銀髪の人物。帝都のテロが起きた日にA班が出会った男子生徒がそこにいた。
「あれ?」
「確か、二年生の・・・アームブラスト先輩?」
エリオットとエマが怪訝の声を上げるのも当然である。何せ彼らは最近知り合っているし、その時に自己紹介も済ませている。故にこそ、一学年しかないこの組に上級生が来ることに疑問を抱くのは当然で———。
「二年のクロウ・アームブラストです。今日から皆さんと同じ《Ⅶ組》に参加させてもらいます。てなワケで、よろしく頼むわ」
似つかわしくない程の規律正しい挨拶をしたと思えば、二言目にはキラリと星が光るほどに瓦解していた。クラス全員、と言っても感情を余り声に出すことがないフィーと、そも驚いても声を上げないベルグシュライン以外の八名による驚愕の声のハーモニーに、クロウはやったぜとでも言いたげな顔をしている。
「で、でも二年生ですよね・・・?」
《Ⅶ組》の特異性は最早言うまでもない。先日のオリヴァルトとの会合で、試験的な意味があることは既に知らされていたし、自分達でも理解していた。確かに取れるデータは多い方がいいだろう。
だがどうして今なのか。確かに転校や編入などの時期としては夏季休暇明けというのは妥当だろうが、相手は同じ学院生。ならばはじめから《Ⅶ組》へと入れていればいいはずでは?
「それがコイツ、一年の頃に幾つか単位落としてるのよ。それでこのままじゃ卒業できない〜って連日泣きついてきたのよ。それでまぁ、足りない単位を補う為に特例で三ヶ月ほど《ARCUS》のデータ収集に協力してもらうって事でね」
「なんだそれは・・・」
だから厳密には二年生のままだと。しかしそれはそれで色々心配になってくるものがあるが、それを察したのかすぐ様サラがフォローを入れる。
しかし理由があまりにもアホすぎて、ユーシスの心の声が漏れ出ている。
「《ARCUS》の運用に関しては問題ないわ。知ってる子もいるかもしれないけど、去年試作型の《ARCUS》の試験導入を手伝って貰っていたから。適性は十分にあるし、貴方達の足を引っ張ることはないはずよ。それどころか君達のお手本になることだってあると判断したのよ」
「まっ、そういうことでよろしく頼むぜ」
何もかも軽くて心配になってくるが、学院側が判断したのなら最早どうしようもないし、サラも言った通り出来る人間であるのは間違いないのだろう。
「扉を開けっぱなしにする・・・まだいるな、バレスタイン」
開けられっぱなしの扉へと視線が向けられる。そもベルグシュラインにはそのようなことをせずとも、これだけ近い距離にいれば人がいることは理解出来る。そのうえで、まだ終わりではないのだなと、サラと《Ⅶ組》に告げている。
「そう、編入生は二人よ。そういうわけで、出てきて挨拶しなさい」
「はー、待ちくたびれちゃったよ」
返ってきた言葉の印象は、とても幼いものだった。それこそフィーよりも若い。まだ子供と言われる歳ではあるが、しかしそれよりも更に幼い。
「え?」
言われるまま入ってきた少女を見て早々に、リィンが声を漏らした。それもそのはず。何故ならリィンと、そして幾人かはその少女のことを知っている。初めて接触したのはノルド高原での特別実習。帝国解放戦線の策略による戦争の危機を、共闘して静めたのだから。
だから余計、彼女のような者がこの場にいることが驚きで。
そんな驚きを見て、人懐っこい笑みを浮かべる。
「はじめての人もいるから、改めて自己紹介するねー。ボクはミリアム。ミリアム・オライオンだよ。それで———」
ミリアム。そう名乗ると手を掲げる。次瞬、迷彩を施していたのか、それとも空間でも超えていたのか。陶器のように滑らかな造形をした、しかしどこかで見たことがあるような傀儡が姿を現した。
「こっちがガーちゃん。正式名称は《アガートラム》」
主の声に答えるかのように、機械的な声を上げながら、驚くことにしならせた腕のようにも思える機関で、腰に手を当てるような仕草をする。搭載されている機能はほとんど使われていないのだろうが、これだけでも十分な程に埒外なオーバーテクノロジーが伺える。
「はい、そのデッカイのは今度から教室で出すの禁止ねー。それで壁壊されたら怒られるの私なんだから」
「むぅ、しょうがないなぁ」
如何にも屈強な男性よりも大きいそれは、その外見に劣ることのないパワーを秘めているということだろう。それこそ教室を軽く破壊する程度には。そしてミリアムはどうやら愛機ほど常識外れでは無いらしい。ガッカリしたような声をしながらも、《アガートラム》を現れた時と同じく消失させる。
「えへへ、そんなわけでよろしくねっ《Ⅶ組》のみんな!」
アイドルか何かのようにその場で華麗に一回転。クロウよりも自然体だが、それでもキラリと星が見えている。
「バレスタイン、説明を」
そんな彼女に興味を失ったという訳では無いが、それよりも何故このようなことになっているのか、その事情を話せとベルグシュラインが静謐に告げる。ベルグシュラインもリィン達からミリアムの事は聞き及んでいる。細部までは知らずとも、まず明らかに常人ではない。その行動などから、然るべき
あまりベルグシュラインが言えた義理ではないが、この場に相応しいかと聞かれれば首を傾げてしまうだろう。
「あ、もしかして君がウィリアム・ベルグシュライン。《
サラが答えるよりもはやく、ミリアムが年相応に瞳を輝かせながらベルグシュラインを見る。
「《
あまり聞きなれない言葉にリィンが怪訝の声を上げる。確か女神に関する神話か何かに出てきたと思うのだが、特にそういったことに入り込んでいる訳では無いので詳しいことは分からない。
しかし他の場所でも、聞き覚えがあるような。
「猟兵時代のベルの異名。私の《
成程。周囲の畏敬によって付けられる二つ名。確かにフィーよりも圧倒的に格上なベルグシュラインならば持っていても可笑しくない。そしてかつてラウラと対決した時に名乗っていたことも思い出す。恐らくは流派の代わりとして名乗っていたのだろう。もしかしたらベルグシュライン本人も気に入っているのかもしれない。
「そうそう、うちでも結構マークしてたんだよ〜。行動理由も何もかもが不明。依頼されればどんな相手でもどんな事でもやっちゃうって」
昨日の敵は今日の依頼主、その逆もまた然りのように。敵対していた、実害を与えた集団からの依頼であっても、全くの躊躇いなく遂行してしまう。尤も、そのような事は稀だが、確かにあったのだ。
「はいはいそこまでねー。貴方ももう《Ⅶ組》の一人なんだから、前の場所のことはあんまり引っ張らないでね。それにこのバカ、今は猟兵じゃないから依頼なんて今来ても受ける理由なんてないわよ」
下手に面倒な事態になって、何か拗らせることなどさせたくないし面倒臭いし空気が悪くなるのは個人的に嫌だから、今度はサラが無理矢理ミリアムの話を終わらせる。そもベルグシュラインが手練の猟兵という話は既に《Ⅶ組》の、それどころか学院中に広まっている。
恐れや軽蔑などの感情が様々な生徒達から向けられていたが、本人が全く気にしていないためやがて静まっていった。ならば態々火種を再燃させることもないだろう。
ミリアムのかつての、というより今も所属している情報局は何をどこまで知っているのか、何を狙っているのかがまるで分からないため、不穏は事前に断ち切るべきだ。
「はーい」
内心、大人しく従ってくれてよかったというサラの心中とは裏腹に、どの道ミリアムの、情報局の狙いにベルグシュラインは入っていないため、正直どうでもいいだけだ。ミリアムはただ有名人に会ってはしゃいでいただけなのだから。
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「わー、ビュンビュンしてて凄いねー!」
ミリアムの転入初日の放課後。ベルグシュラインは変わらず鍛錬を重ね、部活がない日であるためフィーは夕焼けの下、聞き慣れすぎた空を斬る音を子守唄代わりに穏やかな眠りについているといういつもの風景は、たった一人の介入者によって瓦解していた。
「ねー、今のもう一回見せてよ!さっきの凄いやつ!」
「・・・うるさい」
年相応の子供のようにはしゃぎ立てるミリアムの声は、フィーの眠りを阻害する。そも《Ⅶ組》のメンバーの殆どはミリアムに未だ警戒心を持っている。特にフィーはミリアムの秘めた驚異性を十分に見抜ける為尚更その毛色が強い。
そんな者の近くでいつもの様に昼寝などできるはずもなく、加えて喧しいほどに騒ぎ立てられれば溜まったものでは無い。
「ベルもベルで断ればいいのに・・・」
喜ぶミリアムに欠片も意識を向けずに、しかし請われた通りに先程と同じ剣線を、流麗な演舞のように行い続けるベルグシュライン。基本的に断るということをしないため、このようなやり取りが先程から何度も続いている。
「次はさ、沢山の落ちてくる葉っぱを全部斬ることって出来る?ほら、結構有名な!」
「あまりやった事はないが、経験自体はある」
「わー!じゃあ目の前で見せて!あ、葉っぱを落とすのはボクがやるよ!ガーちゃん!」
自分でやるといいながら、傀儡に任せているが厳密にはアガートラムもミリアムの力の一端なので、彼女自身が行っていると言って間違いないだろう。しかし流石に近くにあった木を、人間離れした力で折れてしまいそうな程に揺らすのはどうかと思う。現にミシミシと嫌な音が離れているフィーにも聞こえてくる。
流石に折るのは不味いのでは?と不機嫌混じりの忠告をしようとした時に、ようやくアガートラムが行動を止める。ものの見事に、一部の葉っぱが禿げてしまっている。明らかに不自然なことになっていることに興味を向けずに、ベルグシュラインは淡々と中空を舞う葉っぱを、一つとして逃すことなく、一枚一斬で丁重に切り裂いていく。
瞬く間に地面は半分に切断された葉っぱ塗れになり、その上でミリアムが凄いといいながら葉っぱを両手で掬い上げて天然のシャワーのように勢いよくばらまいていく。
「いいもの見せてくれてありがとーねー!」
やがて興奮が冷めたのか大手を振りながら走り去る。その姿はまさに嵐の如き。
本当に何がしたかったのかを疑う時間すら与えずに、やりたいことだけやって去っていく背中を見送ると、フィーが眠そうな顔から一転して、鋭い顔つきとなる。
「アレ、何したいんだと思う?」
「さてな。俺には皆目検討がつかない。先程見聞きしていたとおり、剣を見せて欲しいと請われた故に見せてみてもそこにあったのは表情通りのものだけだ。特に深いことがあるようには思えない」
当たり前だが、ミリアムへの警戒などそう簡単に解けるものではない。当たり前に生きてきた《Ⅶ組》でさえそうなのだから、フィーがこんな早い段階で警戒を解くことなんてまず有り得ない。しかもこんなに早い段階で接触してきているのだ。疑うなという方が無理だろう。
対してベルグシュラインは別に警戒と言うほど気にしているわけではない。
というのもミリアムの主武装である《アガートラム》。未だその力はどれ程か分からないが、間違いなく手こずることはないだろう。もし何かあったとしても、傀儡ごと豆腐のように切り裂くだろう。
「帝国軍情報局。その名の通り、国外や国内の諜報活動、そして分析などを生業とする帝国の、言わば暗部と呼べる機関か。確かに彼らなら、我らの活動について把握していても可笑しくない。そしてだからこそ、現にこうして自由に動き回れること、そこだけは気になるがな」
ベルグシュラインは最早言わずもがな、《西風》とて時には帝国へ害することだってあっただろう。それも一度や二度ではない。フィーが入る前に、帝国の軍事作戦などを頓挫させたことだって過去にあるかもしれない。よってそれらを鑑みれば、何らかのアクションが今この時にでも行われていても可笑しくないはず。
「私達に興味無い」
「だろうな。聞けば情報局はオズボーン宰相の肝いりの組織と聞いている。そして宰相は帝国において革新派と呼ばれる団体だ。情報局の動きの殆どが貴族派に向けられていても可笑しくはないだろう」
「ならどうしてここに来たのかが余計に分からない」
《アガートラム》。見たことがない最新技術がふんだんに盛り込まれているであろう傀儡。アレを扱うだけの力がある人材を、どうして士官学院になど派遣しようと思ったのか。
「考えすぎずとも、恐らくだが悪いことにはならんだろう」
「なんで?」
流石のフィーもこの様子には些か楽観的過ぎるとしか思えない。
「そもそもだ。今更解散した《西風》の生き残りであるフィーを捕らえた所で時間の無駄だろう。仮に反逆の意思があったとて、バレスタインには敵うまい」
「・・・まぁ確かに」
ベルグシュラインという超域の剣士がいるせいで認識が少し薄れているが、少なくともフィーよりもサラは強い。同じ条件で戦えば圧倒的に。万全のコンディション、練れるだけの策、仕掛けられるだけの
フィーは知らぬ事だが、たとえフィーが叛意を持っていたとしてもトールズ士官学院は今やそれなりの強者の巣窟。何も出来ずに捕えられるのがオチである。
「そして断定するが、オライオンで俺を捕らえるのは不可能だ」
言われずとも、そんなことなど簡単に浮かび上がってしまう。冷たい鋼の刃で物言わぬ骸になるミリアムの姿が。最新技術?だからどうしたとばかりに袈裟斬りに、それこそ一刀のもとに始末できてしまうだろう。
「我らを捕らえるために送ってきたのであれば、どちらが相手でも無駄でしかない」
「ならここに来た目的は・・・」
「先の《帝国解放戦線》の調査が主な任務だろう」
「学院に協力者?」
「もしくは組織の中心にいる者か。どちらにせよ今の情報局が力を割くのであればそちらの線が濃厚だろう」
もしくは、単に年相応なことをさせたいという上層部の親心のようなものでも働いているのか。だとすればなんと情深いことだろうか。
そんなありえない事を考えながら、いつも通りへ戻っていく。