刀剣は誰かに出会いたい   作:コズミック変質者

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雑なのは許して


第21話

 湖畔の町レグラム。

 周囲を深い森に囲われ、年中霧に包まれているため『霧と伝説の街』という別名がある。

 霧は上述した理由から。そして伝説はこの街に根付く歴史から。

 

 帝国では廃れている精霊信仰が強く根付いており、街中には精霊を刻んだ石碑が数十もあり、それぞれに言い伝えが存在している。

 更に中世末期には名門サンドロット伯爵領であり、レグラム付近の湖畔にローエングリン城を構えている。今は城は使われていないが、その城はかつてドライケルス大帝と肩を並べて戦った最後のサンドロットであり《槍の聖女》と称される英傑、リアンヌ・サンドロットの本拠地とされている、正しく歴史深い場所である。

 

 リアンヌ・サンドロットの死によってサンドロット家が断絶した後、その配下の《鉄騎隊》副隊長のシオン・アルゼイドにレグラムの地は託され、それは現在まで続いている。

 

 と、パンフレット片手に語っていたベルグシュラインはいつもと違う、異様とも思える雰囲気に満ちていた。周囲を威圧しているわけでもなく、かといってにこやかにしている訳でもなく。

 極薄い微笑みのようなものを備え、緩んだような雰囲気だ。

 

「おい、リィン・・・」

 

「言われなくても俺も分かってる」

 

 大した変化ではないのだが、しかし普段の凛とした刃のような彼を知っているだけに、どこか不気味だ。ユーシスに脇をつつかれ、その不気味さがリィン一人だけのものでは無いと確信する。

 

「心当たりは?フィーは何か言ってなかったのか?」

 

「まぁ、なくはないかな・・・」

 

 昨晩のことである。手慣れた特別実習の荷造りをしていた時、リィンの部屋にフィーが訪れに来ていた。何の用かと聞いてみれば、ベルグシュラインに何かしら変化のようなものがあるかもしれないから、注意しておいて欲しいとのこと。

 曖昧なことで詳しい意味も分からなかったが、まさかこういうことだとは。成程、確かにこれは変化だろう。

 

「フィーから聞いたけど、ラウラのお父さんが原因らしい」

 

「父君と言うと・・・成程、ヴィクター・S・アルゼイドか」

 

 帝国の剣士からすれば、なんとも心躍る名前か。アルゼイド流の皆伝にして《光の剣匠》と称される稀代の剣士、そして帝国最強の一角と。

 

「意外な一面を見ているのかもな」

 

 先行くベルグシュラインの背中を見ながら、ユーシスが呟く。確かにそうかもしれない。これまでのベルグシュラインの人物像から、このような様子になることなど思ってもいなかった。いつだって揺るがず、逸れない無機質な鉄の男。何かに対して拘りという物を一向にみせて来なかった男が、原因から見れば会うことが楽しみになっているのだろう。

 たった数ヶ月で何を知った気に、などと言われるかもしれないが、それでも知れたものは沢山ある。

 

 そんな二人に見向きもせずに、当の本人とエマは小規模の人並みに飲まれていく青髪の少女を眺めていた。

 

「アルゼイドは良く慕われているようだな」

 

「そうですね、とても頼りがいがあって優しい方ですから。皆さんがラウラさんを慕うのも分かります」

 

 駅で待ってくれていた、アルゼイド子爵家に仕える執事のクラウスの案内のもと、アルゼイドの練武場に向かっていたのだが、今は足踏みしてしまっている。

 ラウラの事に気づいた町民達が、囲むようにラウラへ群がってきたのだ。彼らがラウラへ放つ言葉には、悪意というものが欠片もみられない。貴族や平民の壁がなく接している。言葉にすれば簡単な事だが、地位という格差が根付いている現実では、あまり見られない光景だ。

 

 話の内容から様々な場所から勧誘されている。是非とも寄っていって欲しい、学院での話を聞かせて欲しい。どうやら今回のラウラの帰郷は、いつにも増して忙しいものになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「時に御老公、一つ尋ねたいのだが、よろしいか?」

 

 ラウラが町民達から解放され、アルゼイドの練武場に向かう石畳の階段を登りながら、先頭を歩くクラウスにベルグシュラインが声をかける。クラウスは立ち止まることなく、しかし首だけをゆっくりと振り返りながら、柔和な表情を向けてくる。

 

「ええ。なんなりとお申し付けください」

 

「では、率直に聞かせてもらおう。御老公はアルゼイド流で、どれほどの実力なのだ?」

 

「ほう・・・気づいていましたか」

 

「無論。そしてそれは俺だけではない。彼らもだ」

 

 そう、ベルグシュラインだけではなくリィン達も気が付いていた。目の前に歩く老執事、既に肉体の衰退期を迎えているはずなのに、しかし内包する実力はかなり高い。

 といっても、リィン達はベルグシュラインのような確信ではなく、もしかしたらという推測である。

 

「貴方には、私めはどう見えましたか?」

 

「内包する実力と動きが噛み合わない。その不自然さ、一目で分かったとも。故にこそ聞かせてもらいたい。アルゼイド流において、貴公はどれほどのものなのかと。して、答えは?」

 

「ハハ、それはこれから確かめればよろしいでしょう。ですが少なくとも、貴方様や御館様とは比べるまでもないかと」

 

 その返答が何を意味しているのか、リィンとユーシスは先程の話から繋げることで察してしまった。しかし確かに、その先にあるもの、それは彼らも少しは気になってしまうところだ。

 

「ここがアルゼイドの練武場だ」

 

 ラウラの実家であるアルゼイド子爵家へ向かう道中、薄いが確かに聞こえてくる幾多の掛け声と剣戟。指を向けられた先にある古びた教会にも見える建物こそ、何百もの涙と汗と血を吸い込み、あらゆる成長の歴史を見てきた練武場。

 

「私も昔は、ここで父上とクラウスに幾度も叩きのめされた。私にとっての思い出の場所だな」

 

「貴公らしいな」

 

 懐かしむようなラウラの顔を見ながら、しかし彼らはその傍で微笑むクラウスが只者ではないことを再確認する。

 

 練武場は彼らにとってはあまり馴染みのない場所だった。ミリアムは不明だが、近接武器を扱わないエマは勿論のこと。これに関しては男性陣も同じである。

 リィンの扱う八葉一刀流は修める者が殆どいない剣術で、道場といったものもこれといって存在しない。ユーシスは格式ある宮廷剣術であり、その使い手は貴族を中心に多くいるが、しかし彼は四大名門。剣術の時間は屋敷内で、担当の者がマンツーマンで指導にあたるため、そこに他者を交えることは殆どない。

 そしてベルグシュラインは出来る(・・・)ことを知っていた為、思い出すように戦うことで、戦場を修練場としていた。

 

 

 

 

 

「こちらがアルゼイド子爵邸になります」

 

 練武場より更に高地。レグラムの街や湖全体を見渡せる程の場所に陣取る屋敷。

 

「随分と高い所にあるんですね」

 

「ふふ、いざと言う時には砦として機能するようにな」

 

「街へ降りる時には苦労しそうだが・・・いやその苦労も当然のことか」

 

 ユーシスの問は尤もだ。普通の人間であれば、長い階段を望んで使いたくなどないだろう。しかし実家が帝国の二大流派の一つであり、それを誇りに思っている剣士であるのなら聞くまでもないことだろう。

 

 

 

 

「綺麗ですね・・・」

 

「うわぁぁぁ〜〜〜!!」

 

「見事な光景だな」

 

「ああ。この場所に着いた時からもしかしてとは考えていたが、まさかこのような光景を目にすることができるとは」

 

 子爵邸内に用意された男女別の部屋へと荷物を置いたあと、ラウラに案内されたのは湖側にあるテラスだった。

 そこから一望できる光景———霧に包まれることによって、神秘的な美しさを纏った湖は絶景としか言い様がないほどだ。この景色を毎日見ることが出来る、それだけで並大抵の心ならば洗われても可笑しくはない。

 

 その光景に皆が目を奪われている中で、全体を見渡していたリィンはあることに気づいた。

 

「あれは・・・」

 

「うむ、あれこそ《槍の聖女》が本拠地にしたという古城。『ローエングリン城』だ」

 

 リィンの視線に気づいたのか、それとも誰かが気付くのを待っていたのか。湖のほとりに聳え立つ古城こそ、このレグラムの地にて最も有名な歴史を持っている。

 

「教本に乗っているものと実物は、やはり違うな」

 

 ベルグシュラインの言葉通り。紙に載っている物では決して味わえない、威圧されるかのような重い存在感。同じ霧を纏ったことで神秘的となった湖とは真逆の方向性へ進んでいる。

 

「景色を堪能しているのもいいが、それは後でもできるだろう。そろそろ特別実習の課題を受け取るとしよう」

 

「確か、クラウスさんが預かっていらしてるんですよね?」

 

 意識を切り替え、自分たちがこの地へ来た目的を果たすべくその一歩たる課題を受け取ろうと、クラウスに尋ねるが、しかし老執事は眉間に皺を寄せている。

 

「実は特別実習ですが・・・御館様の一存で今回の課題は『プロフェッショナル』の方に纏めていただくことになりまして。ですので皆様は広場の一角にある『遊撃士協会』にお行きください。そちらで今回の課題は用意されているはずです」

 

「遊撃士協会!?」

 

「まさかレグラムに支部があったとはな・・・」

 

 遊撃士協会(ブレイザーギルド)。エプスタイン財団の協力を受けてゼムリア大陸全土に展開しており、地域の平和と民間人の保護を目的とした組織。その活動から民衆に正義の味方とも言われている。

 しかし彼らの驚きはそこからでは無い。かつてとは違い、現在はオズボーン宰相による規模縮小政策や、テロリスト達の襲撃等で帝国の遊撃士協会はその殆どが撤退している。他の国ならいざ知らず、エレボニア帝国からすれば、既に廃れた組織という認識だ。

 

「早速向かうとしよう。一日目の課題ははやく片付けておきたいし、ミリアムも今回の実習が初めてだから、慣れておいた方がいいだろう?」

 

 リィンの言葉に異論はない。レグラムまでの旅路は鉄道であり、掛かった時間は過去最長で、且つ座りっぱなしは思っていたよりも疲弊する。疲労が溜まっていないとは言い難い。

 経験上、一日目の行動はなるべく早く終わらせて休息を長くとった方がいい。それに、最終日のこともある。決して忘れていなかった。

 

 今回の特別実習が、今までにもまして普通ではないことを。

 

 

 

 

 

 

 

「ここ、ですよね?」

 

「ああ。昔からある支部でな。今も活動を続けている」

 

 子爵邸を出て来た道を戻って街へ降り、先程はよく見れなかった景色や精霊信仰の名残などを見ていれば、すぐに広場にある遊撃士協会へ着いた。昔、というのがどれ位かは分からないが、見かけはそこそこ新しい。改修工事でも行ったのか、それとも日々の整備が良いのか。

 

「そういえばバリアハートにはなかったよな」

 

「・・・一年前に閉鎖している。政府ではなく公爵家から圧力がかかっていたとは聞いた」

 

「基本的に遊撃士はお偉いさんにとっては目障りだからね。ミラにも権力にも靡かない。民間人を守ることを第一として動くし、動けば簡単に止められない。必要があれば余計なところまで踏み込んでくる。大義名分があるなら、喜んで圧力かけて潰しに行くよ」

 

 国家間のいざこざには中立の為に殆ど手を出すことが出来ないが、逆に言えばそれ以外であれば基本的に自由に動き回れる。下手に優秀な人材が多いだけに、止めることは容易くない。オマケにミリアムが言ったように、下手に人が出来ているためミラや権力が通用せず余計に目障りとなっている。

 後暗い隠し事が多い貴族派からすれば、改革派であるオズボーン宰相は気に入らないがそれはそれというものだ。

 

「・・・情報局も絡んでいるんじゃないのか?」

 

「うちはそこに対してはノータッチだよ。動いていたのだってギリアスのおじさんが帝都総本部に乗り込んだだけだから」

 

 何か思う所でもあったのか、棘を込めた言葉を投げるが効果はなく、軽く躱されてしまう。恐らくは本当に何も動いてはいないのだろう。何せミリアムは、機密情報を時折ポロリと零してしまう悪癖がある。悪癖は狙ったもので、虚言なのかもしれないが、しかし判断に困るためとりあえずとして真実だと受け取っておく。

 

「ったく、さっきから余計なことばっか言いやがって」

 

 いつの間にか開かれた扉から金髪の男が顔を出した。見覚えのない顔だが、どうやらリィンとエマは知った顔であるようだ。

 

「お久しぶりだな、ラウラお嬢さん。サラのところで励んでるみたいだな」

 

「ほう、バレスタインの元同僚か」

 

「その通りだぜ、節操無しの《斬空真剣(ティルフィング)》」

 

 ユーシスの問いに肯定の意を示しながら、ベルグシュラインへ目をやる。敵意は感じられないし、言葉に棘もなさそうだが、しかし警戒されている。そも何故ベルグシュラインを知っているのかという疑問が浮かぶ。

 

「知り合いか?」

 

「いや、初めて見る顔だ」

 

「まっいいか。遊撃士協会に所属している、トヴァル・ランドナーだ。よろしく頼むぜ《Ⅶ組》の諸君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された遊撃士協会の支部内は、現状の帝国内の遊撃士協会の立場を表すかのように閑散としたものだった。積み重なったダンボールの山は、マメに掃除されているが、しかし埃の取り忘れが残っている。内部にはトヴァル以外に誰もいない。

 ベルグシュラインは他国とはいえギルドの支部を何度か見ている。この大きさの支部であれば、常駐しているのは三人はいるものだ。

 

「《斬空真剣(ティルフィング)》ってのは厄介な奴でな。捕らえようにも用事が終われば風のようにすぐにどこかに行っちまう」

 

 用意されていた課題の記載された資料を取り出しながら、トヴァルは独り言のように呟いた。

 

「そこまで危険かって言われればそうでもなくてな。やり手の遊撃士が捕らえようとして見事に返り討ちにあっちまったんだと。何回もな。五体満足、後遺症も大した負傷はなくてな。猟兵の中じゃ大分、つーか極めて大人しい奴だ。何せ無駄に被害を撒き散らしたりしないんだからな。殺ること殺ってさっさと帰る。

 だからまぁ、遊撃士協会じゃ優先度は大分低かった。目立って害されることもないし、活動の何割かが遊撃士協会にとっての益となること、要は人助けだったから、見過ごされたことも多かったって聞く。まぁ返り討ちになることが目に見えて分かってたからってのもあるかもな」

 

 既に《斬空真剣(ティルフィング)》の名は知っている。しかしその活動がどのようなものなのか、一体どのような生活をしてきたのかはまるで分からない。世間一般の猟兵という認識でさえ、様々な認識があるというのに、輪をかけて異端であるこの男の正解なんて分かるはずもない。しかしまぁ、今更恐れることでもないのは確かだろう。

 何せベルグシュラインには、無駄が殆どないのだから。

 

「まっ、そんなことはいいか。子爵閣下から頼まれてな。お前達の課題を纏めることになったんだ。ほら、受け取りな」

 

 入っていた課題は必須が二つに自由が一つ。必須の一つと自由については、いつもと同じ様な内容だ。街の雑務と近隣の魔物への対処。しかし必須のもう一つは、実にレグラムの街らしい理由だ。《Ⅶ組》にアルゼイドの門下生たちとの手合わせを所望している。

 

「おっと、言い忘れてた。明日の課題もこっちに取りに来てくれ。それ以外にも色々手伝ってもらうからよ。まぁ許してくれや。こっちは人手不足で、仕事が溜まっちまってるもんでね」


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