刀剣は誰かに出会いたい   作:コズミック変質者

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第22話

 リィンには何が起こっているのか、まるで理解できなかった。

 禁じていた全力を出して尚、予定調和の如くヴィクターに敗れたその時に、何かがあったのだ。決定的である何かの部分を理解出来ておらず、眼前に蒼い残光が描かれた時点で脳の処理は限界だ。リィンではついていくことができない何かが起こったのだ。

 

 茫然自失となった意識が取り戻されたのは、幾多もの鋼の打ち合う音が響いてからだ。

 

「大事無いか、リィン君」

 

 リィンを庇いながら立つ青い偉丈夫。それがヴィクターであると理解するのにさほど時間はかからなかった。しかしだ。それよりも注意を引くのはヴィクターと現在進行形で剣を交えているもう一人の男。

 

「茫然とするのも無理はないな。何せ君はたった今、同胞に首を刎ねられかけたのだから」

 

「え?」

 

 それはどういう意味なのかとは、最早言うまでもないだろう。寧ろ気になるのは、何故そのようなことをしたのかという理由である。

 

「俺としてはどちらでも良かったのだ。シュバルツァーでも、貴公でも。どちらを狙おうと、初撃が外れるのは分かっていた。何せ傍には貴公がいたのだ」

 

 一際高い金属音が練武場に響き渡る。ラウラ以上の剛剣を前にしても決して退かず、いつもの様に淡々と剣を振るうベルグシュラインの姿がそこにある。ならば何が起きたのか等、理解するのは容易い事だ。

 何より本人が欠片も否定をしていない。全てが真実だと、その行動が語っている。

 ベルグシュラインがリィンかヴィクターを殺そうとして、リィンはヴィクターに守られた。今も尚、それは続いている。

 

「一応聞いておかなければな。貴公、何故このような暴挙を?」

 

 大剣で行っているとは思えない技巧で正確無比な刃を迎撃しながら、ヴィクターはリィンを連れて大きく下がる。問に答えるつもりな為か、それとも単にヴィクター一人に狙いを定めた為か、ベルグシュラインは追撃を行わない。

 

「事前にレグラムに来る《Ⅶ組》の情報は渡されていた。個々人のことを必要以上に調べあげていた。無論、貴公のこともだ。隔絶する程の技量。士官候補生には似つかわしくない実力。しかしその行動理由だけが説明つかん。ただ純粋に強者と戦いたいわけではないようだしな」

 

 闇雲に強者と戦い、己の強さを証明するというシンプルな目的を掲げているのであれば、リィンを襲うことに意味が見えない。確かに先程のリィンの黒の力は驚異的だ。だがその驚異はヴィクターやベルグシュラインからすれば可愛らしいものであり、殺すだけならすぐに殺せる程度でしかない。

 そもそのようなことが目的であるのならば、士官学院への入学など希望するものだろうか?

 

 確かに士官学院には毎年粒揃いが多い。特に今年は《Ⅶ組》の制度発足の影響で質が高い。だがそれもたかが知れてる。極点の猛者とは比べるべくもない。

 

「俺としては戦うこと自体は関係ないのだ。最もな手段がこれであるだけで、必要ないのであればそれでいい。この身の宿願、運命と出会えるのなら、喜んで捨てるとも」

 

「運命?」

 

 報告書にも書いてあった。人によっては意味が異なる、明確にあるのだと言えない妄言のような言葉を、目の前の剣士は真剣な表情で語っている。

 

「名高き『光の剣匠』よ。どうか貴公の光で無意味な俺を照らして欲しい。光に盲いる幸福を、俺も知ってみたいのだ」

 

「ッ・・・!」

 

 これ以上の会話は不要と言うように、刀剣の進撃は加速する。正面から迫り来る即死不可避の絶大無比な斬撃を、しかしヴィクターは静かに瞑目し———

 

「いいだろう。それで大人しくしてくれるのなら、私のみに定めるのであれば、気の済むまで好きに相手をしてやろう。しかし忘れるな。貴様(・・)が相手取るのは個人だけではない。積み重ねられた歴史であることを」

 

「感謝する」

 

 静かな感謝を告げ、頂点はぶつかりあった。

 

 

 

 

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「大丈夫か、リィン!?」

 

 苛烈になったベルグシュラインとヴィクターの斬撃の射程範囲から這い出でるように出てきたリィンを、《Ⅶ組》が即座に引っ張り出し安全圏に避難させる。そしてユーシスとエマ、二人がかりの治癒により、疲労はともかく傷だけならば簡単に癒えていく。

 自らに起こる癒しをしかし、心労か、それともベルグシュラインの行動によってかリィンの心はここに在らずとなっている。

 

 実際衝撃的だった。

 ベルグシュラインの突如としての暴挙、あの瞬間リィンは疑問を持つことさえも出来なかった。正面に迫る冷たい鋼に、ただ首を刈り取られるだけだった。リィンの抵抗はなく、ベルグシュラインに躊躇いはなく。これまでの関係性を切り裂くように、刀剣は初めて積極的に行動を果たした。

 

「どうしてなんだよ・・・」

 

 こちらに対して最早見向きもせず、頂点のみを狙い撃ちするクラスメイト。聞きたい事は山ほどある。問いたださなければならないことは増え続ける。しかし慟哭は刀剣を響かすには能わない。

 

「教えてくれよ、ベルグシュライン。運命って、何なんだよ!?」

 

 ベルグシュラインは言っていた。リィンこそが自分の運命なのかと。それを照査するために、リィンのことを殺そうとした。いいや、違う。殺そうとしたのではなく、戦い、確かめようとしたのだ。今ヴィクターと行っているように。

 

 

 

 

 

「何を思い、何をしているのというのだ、そなたは・・・」

 

 そして、ベルグシュラインの凶行に疑問や憤りを覚えるのは当然ながらリィン一人ではない。彼女もまた、ベルグシュラインという刀剣によって傷をつけられた一人なのだから。

 

 

 

 

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 初撃から、彼らは音を置き去りにした。無限に次へと繋がる剣戟の連鎖は止めどなく。全ての行動を、起こりから阻害されることを前提として繰り出していく。紛れもない最強同士の殺し合い。果てを目指す剣士が見れば滂沱の如く感涙する光景は、しかし本人達にとってはそれすらも序の口だ。

 

「これにすらついてくるか」

 

「抜かせ、底を出していないのはそちらもだろう」

 

 剣速が互いに加速する。ベルグシュラインは神域の才能を、ヴィクターとの戦いで開花させ続けている。人智の及ばぬどこから湧くのかも知らない力でなく、人として当たり前の成長。何も可笑しい事はない。

 事実その成長とてゆっくりとしたものだ。急に成長が大幅な数値を描くことは無い。

 

 しかしベルグシュラインがいかに成長しようとも、彼らの間では勝敗が着く未来は見えない。依然として互いに一進一退、終わりの来ない互角の勝負が続いている。

 

(悔しいが、技量は完全に上回られているな)

 

 正直に言ってしまえば、ベルグシュラインの実力はヴィクターの予想を遥かに上回るものだった。先に述べた戦闘中の成長もそうだろうが、そもそものスペックが高い。学院側から経歴等を送られてくる時に、剣を使ってこんなことが出来ると、まるで大道芸のような実歴が付属されていたが、はなからそんなものは当てにしていなかった。

 

 そも宿す実力を明確に優劣をつけることが出来る数字でなく、読み手によって受け取り方が変わる文字で伝えることには無理がある。しかし完全に無駄になったわけではなく、一種の指標として定めた。

 だが肝心な、ベルグシュラインがどれ程の強さを持っているのかが不明であるため、ヴィクターは過去の戦歴を見てどの程度の腕があるのかを事前に調べ、また相対した時のシミュレーションを繰り返していた。

 

 しかしやはり予想は予想。ベルグシュラインはヴィクターの想定を容易く上回る。

 

 肉体の出来や、戦闘経験から来る敵手の攻撃の予測は同等だ。しかし肝心の技量は、完全にベルグシュラインが上回っている。いや、戦闘中に上回った。

 初撃より268度目までは互角と呼んで差し支えなかっただろう。しかし次の瞬間から、ベルグシュラインは徐々にとはいえ成長し、やがてヴィクターを上回った。

 

 よって本来であれば、この時点で詰みなのだろう。肉体、経験はさっきも言ったが同等だ。よってこの場合、優れた技量が天秤を傾ける。そしてベルグシュラインの成長は止まることを知らない。刀剣として、ヴィクターという強敵を糧に、今も尚己を磨き続けている。

 

 揺らぐはずの天秤を、しかし支えている要因は一つ。

 

「どうやらそなたは闘気が使えないようだな」

 

 それ即ち心の力(闘気)に他ならない。

 

 ヴィクターは心技体を磨いてきた正統派の剣士。よって心の力とも言える闘気を、当たり前だがかなりの練度で修得している。最強の闘気とも言える黒の闘気には届かぬものの、しかしそれが劣っているというわけではない。磨きあげられた闘気は、黒にも劣らぬ光となったのだから。

 

 対してベルグシュラインは、闘気というものを欠片も使うことが出来なかった。扱う以前に発生させることさえも。闘気とは猟兵にとって馴染み深い技能であり、『西風の旅団』もほぼ全ての団員が闘気を高い練度で身に付けていた。それはかつて敵対した『赤い星座』も同様だ。

 

 闘気には様々な恩恵がある。純粋な身体強化、治癒強化に感覚の鋭敏化、武器に纏わせることで破壊力の増加など。万能とは言えずとも、それでも強力な武器となる基本技能が、ベルグシュラインには皆無だった。

 

 使うことの出来るヴィクターと、使うことの出来ないベルグシュライン。両者の差を埋める大きな要因こそ、闘気という心の力。

 

「そうだな、否定はせんよ。俺には闘気が使えない」

 

 しかしベルグシュラインからすれば、闘気が使えないということは当たり前のことである。理由は———最早言うまでもないだろう。

 そして心の力が使えないからといって、ベルグシュラインがその分他者より劣っているなどということは無い。

 

「ッ———真空刃か!!」

 

 ほぼ零距離からの剣戟を強引に捨て去り後方へ跳ぶと同時に、誰彼構わず(・・・・・)切り殺そうとする一瞬の内に放たれる数十の不可視の刃。単なる術技で起こした現象、数こそ脅威だがこの程度では驚くことは無い。なにせヴィクターもやろうと思えば出来るのだから。

 よって対処するのは簡単で、無理をして距離を取ったベルグシュラインを攻め落とす絶好の機会が生まれたのだが。

 

「見事だよ」

 

 戦闘が開始してから初めて、多量の鮮血が舞った。床一面に飛び散ったとはいえそこまで激しいものではない。傷自体も浅いものだ。血量が多いのは単に、損傷箇所が多いだけだ。

 

「そしてやはり、貴公のような相手にはこちらの方が有効らしい」

 

「そうか・・・貴様は」

 

「理解しただろうか?これがウィリアム・ベルグシュラインの欠落だと」

 

 本来であれば高々数十の真空刃、ヴィクターからは脅威にはならないだろう。アルゼイドの剛剣一太刀で迫る真空刃を両断して安全圏を作り出し、そこから攻め抜けばそれで詰みへと持って行ける。

 しかしそれを許さない要因が戦場には存在し、ベルグシュラインは容赦なく利用した。

 

 確かに先のやり方ならば、ヴィクターは助かっただろう。だがこの場にいるのはヴィクターのみにあらず。長年の執事、愛娘、そして娘の学友達。ベルグシュラインの刃はヴィクターのみではなく彼らにも牙を剥いた。

 何も不思議なことではない。ヴィクターを斬り殺すのであれば至極当然な一手である。

 

 彼らは現状において、ヴィクターにとって守るべき存在である。それこそ未来を担う若人達にたった一人の愛しい娘。守らない理由はなく、命を差し出す理由になる。

 

 だからベルグシュラインはその状況を、ヴィクターに彼らを守らせる道を選ばせた。実際ヴィクターへ放った真空刃は十程しかない。残りの数十は全て彼らへと向けられていた。

 彼らを決して逃さぬように、ヴィクターが全力を尽くせばどうにか助けられる程度に。

 

 ウィリアム・ベルグシュラインはどこまで行っても刀剣だから。目的を達成する為に、欠片も悩むことはなく効率的に行動する。

 

「心無い刀剣。ああ、正しくその通りだな。信念や誇り、情がまるで感じ取れん。剣士と呼ぶにはあまりにも我が薄い」

 

 貫くべき信念がないから邪道を行うのは容易く、誇りがないからどのような手段を取ることも厭わず、情がないから誰を殺すことも迷わない。

 磨きあげられた剣の才能も確かに脅威だろうが、しかし真に恐ろしいのは剣才溢れる男が、その才能をただ目的を達成する為に遠慮も容赦もなく振るうこと。

 

 完成されたその在り方に、不思議と怒りは抱けない。娘を殺されかけたというのに、ヴィクターが抱いたのは正しい行動を取り続けることが出来るベルグシュラインへの憐憫だった。

 

「これでも変わろうと努力はしたのだがな。己に欠けているもの、それを手にするべくこれまでを生きてきた。しかし何事も向き不向きがあるのだろうな。いつまで経ってもこの有様だ」

 

 自分がどのような行動をとったのか、理解していないなんてことは無い。ヴィクターを望む方向へと持っていくべく、その為に身勝手ながらもクラスメイトを斬殺しようとした。最早ベルグシュラインの論など関係なく許されざることで、外道という言葉ですら収まらないだろう。

 

 だがそれでもだ。ベルグシュラインは自身の動作に欠片も違和感を抱けなかった。常識の目線で見れば明らかな間違いということを理解しておきながら、しかし剣筋は欠片も鈍らなかった。

 斬撃を放つ刹那、彼らの顔が、共に過ごした期間の景色が頭によぎった。運命には至れずとも、それらは確かな思い出なのだろう。

 それらを躊躇いもなく振り切れた。人と刀剣を隔てる境界線を、ベルグシュラインは当たり前のように踏破した。

 

 ひとでなし、とはまさに的をえてるだろう。どこまでいってもウィリアム・ベルグシュラインは刀剣にしかなれない。

 

「だから」

 

 リィン達より引き離さんとするヴィクターの剣を迎撃しながら、剣技が切り替わる。絶技が嵐の如く群をなして一人の命を刈り取るために疾走する。一度でも捉えられれば挽肉になるまで敵を離さない殺人剣。そしてベルグシュラインには珍しい、ただ相手を無惨に殺す為の剣技。自分に出せる殺すという意志を最大に前に出している。

 

「俺は運命を求めずにはいられんのだよ」

 

 哀れな刀剣へ終止符をと。光ならばできるだろうと。あまりにも身勝手な願望を持ちながら、粛々とヴィクターを鏖殺へと導いていく。

 

 己の身を守ることを捨てたとしか思えない殺人に全てを振った捨て身の剣閃から、最早ヴィクターとて無傷で逃れることは出来ない。壁のように埋め尽くされる斬撃はヴィクターの迎撃をすり抜けて、その身に一つ一つ鋼を刻む。

 

 人間の反射速度を遥かに超えた斬撃は、同じ超人の位にいるヴィクターすらも凌駕し始める。血と体力がジリジリと嬲るように削られていく。

 

 だがそれでも、決してベルグシュラインは手を緩めない。何故なら———

 

「そうか、ならばしかと見ているがいい」

 

 防戦から一気に反転した一太刀が、ベルグシュラインの連撃を停止させる。たかが一撃に込められた威力は、これまでのどの剣よりも重たいものであり、心の籠った剣だった。

 

 叩きつけるように振り下ろされた一撃は後退を余儀なくさせる。それもそのはず。なにせ先の一撃は、ベルグシュラインが合わせて防御へ回っていれば、刀剣ごとベルグシュラインは切断されていたかもしれないのだから。

 

 奔流となって刃に纏わる煌めく闘気の光は紛うことなき本気の証。ヴィクター・S・アルゼイドに『光の剣匠』の名を与えた所以である。

 

 その光景を見て、感嘆と共に薄い笑いを浮かべるのは流石と言えるだろう。普通の戦士であればその威圧感を呆然としても可笑しくないというのに、ベルグシュラインはやはりというか依然として変わらない。

 

「全てをぶつけてやろう。望んだとおり、ここで折れるがいい」

 

「であればいざ、尋常に」




これでいいのか、これでいいのだ。

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