刀剣は誰かに出会いたい 作:コズミック変質者
———何をしているのだろうな、俺は。
誰もいない部屋に、誰かが答えるわけでもなく、誰に聞かせる訳でもない静かな声。昨晩の暴挙より時間は過ぎた。とっくに太陽は昇り半分をとうに過ぎ、既に沈む段階へ入っている。
当然のように、ベルグシュラインはこの部屋より出ることを禁止されている。言ってしまえばそれだけだ。手枷を嵌める訳でもなくて、剣を取られ、軟禁されるだけである。
なんと情深い事だろうかとヴィクターの裁定が下された時、ベルグシュラインはそう思った。自分がやったことを的確に理解しているから、この程度で済まされることがないと予想していた。実際そう考えるのは自然な事だ。
ただでさえ己は過去に一度帝国に牙を剥いているのだから、今回の暴挙とて許されない。元猟兵風情が貴族の、それも名高いアルゼイドに刃を向けた。ならば殺されても文句は言えない。
結果としてベルグシュラインは運命に出会えず、ヴィクターは運命ではなかった。光の剣匠。それは光に盲いた狂者ではなく、光を扱う強者だった。心の底より残念に思いながらも、それがヴィクターの選んだ道だと納得する。だからより一層、運命へ出会えない自己への不信感が募っていく。
「残る可能性は・・・シュバルツァーか」
ヴィクターは運命ではなかった。ならばといつものように切り替えは早い。運命ではなく残念なのは事実だが、その程度で諦めるつもりはまるでない。ただの一度で諦めるなら、この身は既に人であることを諦めた刀剣と化している。残された運命への可能性、それがある限りはベルグシュラインは諦めない。目標に向かって諦めずに歩き続ける。それが正しいと、間違っていないと信じているから。
実際、リィンはその可能性を昨夜に示した。闘気とも違う、ベルグシュラインの知識にない黒き力。マトモなはずもないその力と保有者であるリィンに興味を示すのは自然な道理。
それらしい条理が渦巻く世界で、それらしい立ち位置でそれらしい力。そう認める以外にほかは無い。
しかし、だ。今の状態で戦ったとして、それは果たして運命としてのリィンが相手になるのだろうか。現状のあの黒い力を使ったリィンでは、ヴィクターに完封される程度。つまりはベルグシュラインが苦もなく斬滅できる程度でしかない。使いこなし、完成するまで待つのがいいのではないのか、という疑問が生じる。いかに無限に強くなれるとはいえ、初手から斬滅されてしまえば元も子もない。
「あの後ろ姿は・・・」
思考が止まる。窓から見下ろす景色、屋敷へ繋がる石階段を降っていく三人の影。真ん中の豪奢な衣装を身に纏う、如何にも貴族という体の者を守るように立つ二人。その二人はベルグシュラインの知己であった。
両者共に熟練の戦闘者。ベルグシュライン程の実力はなくとも、それでもかつては最強と呼ばれた猟兵と肩を並べた者達。
既に解散した猟兵団『西風の旅団』に属していた二人で間違いない。
「身なりからして貴族の護衛なのは間違いない。資金集めか・・・それとも目的に直結するのか」
フィーは預かり知らぬ事だが、ベルグシュラインは何故猟兵団が解散したのかを知っている。そこにある全ての目的を聞かされた。今は亡き団長の意を最も酌む二人が共にいるということは、現在の行動は彼らの目的に何かしらの関わりがあるはずだ。
彼らとてより確実に、より丁寧にことを済ませたいはずだから。
「なんにせよ彼らはこうして生きている。ならばこれはフィーへの土産話とさせてもらおう。知られて困るとも思えんのでな」
バラバラになった家族が二人生きていて、共に行動しているのを目にしたと聞けばきっとフィーも喜ぶだろう。誰より何より西風という家を大切に思っているのだから、飛び上がるほど嬉しがるはずだ。
心配はない。ちゃんと成長している。だから無理や無茶して、今すぐにでも会いに行こうなどは考えないだろう。喜びと同時に何も知らず聞かされないことの疎外感に苛まれるのも間違いないだろうが。
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自分達のクラスが普通でないというのは言うまでもない。新型《ARCUS》の試験運用の為に、適性が高い者を身分や履歴の区別なく集め、授業内容も歴代のどの時代よりも戦闘向きで厳しいものだ。特別実習などでは現地で実際に事件に巻き込まれたり、テロ行為の鎮圧にも手を貸している。
それでも努力の甲斐はあり、強くなれたと実感はある。十数年の人生で、波乱万丈ながらも実入りの多い年であるのは間違いない。
日々を過ごし、経験を重ねる毎に積み重なった自信とそれを裏づける確かな実力。極点であるベルグシュラインがいるので頂天になることなく、今も弛まぬ努力を続けてきた彼らは、一概に弱者であると否定できないことは紛れもない事実である。
弱者ではない。しかし不条理をねじ曲げる力がないのもまた事実。
「はぁ、はぁ・・・」
息が荒い。思考が乱れる。まるで初めて剣の重さを知った時のように切先が覚束無い。
「リィンさん、そっちに行きました!!」
「っ、ああ!」
だがそれでも立ち止まるわけにはいかなくて。みんなが生きていることが《ARCUS》を通じて伝わるから。玩具のように今にも取れて落ちるのではと錯覚するほど疲弊した腕を上げる。
伝承の魔獣。命なき怪物
それでも逃げない。受け止める。自身から望んだこの役割。必ず子供たちを逃がす、そして生きる為にリィンはその身を災禍の中へと躊躇いなく投じた。
実際これが最適解だった。ユーシスやラウラであれば、早々に退場していただろう。何せ彼らの剣技は剛に大きくよっている。敵種の攻撃は堂々と受け止め、そのうえで叩き潰すものが多い。経験を積めば別なのだろうが、それは無い物ねだりである。
逆にリィンの《八葉一刀流》は技の極地。様々な状況に各種適応している為、柔軟性に秀でている。リィン自身が自らの技は未熟だと思っていても、技としての性質と本人の対応力、そして射程距離ギリギリまで近づいて援護してくれるエマのお陰で受け流すことを成功させている。
「リィンが引き付けている!そのうちに挟撃するぞ!」
「了解っ。いけっ、ガーちゃん!!」
「今度こそ、打ち砕く!!」
最早何度目かも分からない、渾身一滴の総攻撃。
ユーシスとラウラの刃が、《アガートラム》の鉄腕が巨大な背中へ直撃する。だが刃の入りは浅く、鉄腕は思った以上に衝撃を浸透させない。
ダメージの程は分からないが、未だに駆け回る目の前の虫、背後から幾度も繰り返された総攻撃にいい加減苛立ちが限界にまで達したのだろう。言葉に出せない叫声を上げながら、
力任せの一振で、対象が人間という
「がはぁっ———っ」
「ユーシスさん!?」
着弾と同時に吹き荒れる衝撃波、散弾のように前方位に跳ね上がる石礫。元より幾度もこのように反撃に移ってきた
疲労に足を取られれば、その時点で詰みとなる。
「よっくもぉぉおおお!!
うわぁっ!!」
ミリアムが仇討ちとばかりに《アガートラム》を走らせるが、しかしそれは完全な悪手である。いかに常人より何倍も頑丈で強力といっても所詮サイズは人と大して変わらず、加えて人造である。人間の創造物など、天然の怪物は一考だにしない。虫を払う様に容易く撃ち落とす。
オマケにミリアム自身の戦闘力は言わずもがな、《Ⅶ組》の中でも下の方だ。だから当たり前に潰される。威勢がいいから強い、などという現実は存在しない。
あっという間に二人が脱落。死んではいないのは《ARCUS》を通じて理解できるが、戦線復帰は絶望的。徐々に聞こえてくる死の足音に、しかして屈する道理はない。
「補助魔法はこれでいい。エマは子供たちと二人を連れて何とかここから脱出してくれ。まだ《アガートラム》は動いている。ミリアムとユーシスを運んでくれるはずだ」
「そんなこと———」
既に最善のために動いた為にエマの悲痛な声は最後まで届かない。物事には優先順位があり、リィンは現状において最も優先するべきものを弁えている。まずはじめに子供たち、そして仲間、最後に自分。
正直言えば今も奮闘しているラウラにも退いて欲しかったけれど、彼女はそのようなことが出来ないから。特に今は、色々抱えているだろうし。
「一応聞いておくけどさ、ラウラだけでもエマと一緒にユーシス達と脱出しないか?」
攻撃を避けていくうちにいつの間にか隣で並走していたラウラへ問いかける。彼女もリィンと変わらずボロボロで、制服も扇情的ではなく痛々しく所々が破れている。そこから覗けるのは餞別としてエマによって修復されたばかりの肌。
「そなた一人で相手をすれば、時を待たずして削り切られるだろう。それとも私がいなければ、あの力を使うのか?」
「いや、あれは敵を倒す為に意識が傾きすぎる。回避を考えることが出来ない。受けるとしても流せないで正面からだ。時間稼ぎには使えない」
「同感だ」
今最も必要なのは時間稼ぎ。リィンの黒の力は状況とは相性が悪い。敵を撃滅する為の意思は、情けないことだが必要ではない。何せ勝機は見えていない。手繰り寄せることさえも叶わない。
獲物の消耗に気付き、非力な人間を嘲笑うかのように悠然とした態度で迫る
「こんな時に、あの男がいたらと思ってしまうなんてな・・・」
敵を見上げるラウラより零れた言葉はこれまで考えないようにしてきた、夢のようなことだった。神剣と称される無双の刃。いつだってどんな敵でも討ち滅ぼしてきた最強。ベルグシュラインがこの場にいれば、
「驚いたよ。ラウラのことだから、そういうことは考えないと思っていた」
「個人の好悪かどうかはともかくとして、こんな状況だ。そういったより良い可能性を考える位はする。私がなんと言おうが、本気の父上と戦える、それは紛れもない事実だからな・・・」
夢想に向かって逃避するつもりは無いが、考えるのは自由なのだ。でも生きているのは現実で、見なければいけないのも現実だ。決して離れぬように手が裂ける程、柄を握り締める。
「いくぞ、ラウラ!!」
「ああ、奴をここで抑え込む!!」
「素晴らしい奮闘、讃えましょう」
鈴がなるように静かな、どこかで聞いた事があるような、ないような、鋼を思わせる声が響いた。それで連想するのはベルグシュラインだが、決定的に違いがある。人が先か、鋼が先か。そこに対して逆なのだ。
眼前の死神に熱中していても意識を全て持っていかれる。足が止まる、握り締めた手が緩まる、視線が奪われる。
天高く夜空を映し出す天蓋の一角に誰かが立っている。刺々しく角張っているシルエットから、鎧を纏っているのだと判断出来る。無骨なその姿から誰もが目を離せない。
視線を向けた時にはもう遅く、全てが終わっていた。
シルエットから放たれる流星のような
歴史上かつてないほどの投擲はリィン達にも怪物にも当たらず、しかし場において最大の効果を齎した。
「魔獣が・・・苦しんでいる?」
これまで圧倒的な力で場を支配していた
「
「それとも存在そのものを依代としていたのか。何にせよあれだけ攻撃を加えていたのにも拘わらず、大して効果がなかったのは納得だな」
アレでは無限に攻撃を与えようが、全てが無駄な徒労に終わる。削った分だけ補充されるなら、一撃で欠片も残さない攻撃が有用かもしれないが、そんなものは当然ながら使えない。敵の強大さに目を取られ、場を見ることが出来ていなかった。もしそれが出来ていたのなら、この場に立っているのは五人だっただろう。
「いない・・・」
再び天井を見上げれば、そこにいた人影は欠片もない。敵か味方かは分からないが、それでも命を助けられたことに変わりはなく、礼の一つでも言っておきたかった。何者なのか、何故助けてくれたのかという疑問もいくつか残るだろうし、あの投擲を行える存在を危険だとは思うけれど、一概に敵視はできない。
「ローエングリン城に、
歴史にそれ程関心があるわけではないけれど、事前調査に加えてあまりにも有名すぎる250年前の戦乱。その戦乱の最中にて英雄の如き存在として讃えられる最強の女傑にして、ローエングリン城の主。
リアンヌ・サンドロット。
250年前に鉄騎隊と呼ばれる当時のアルゼイドを副隊長とした部隊を率いて、目覚しい活躍を遂げた彼女。聞けば彼女の得物も巨大な
城主と同じ得物によって命を救われる。果たしてこれは偶然なのか。それを知る由は、リィンにはなかった。
塩に運命なんてない。はっきりわかんだね。