刀剣は誰かに出会いたい 作:コズミック変質者
その行動は興味本位からだった。互いに使命の最中だというのに、《道化》より知らされた盟主が勧誘に熱をあげる一人の剣士、いや、一つの刀剣。自らと同じく鋼の道を選んだという男を一目だけ見ておきたかった。奇遇にも、自らが見守り続けてきた少年のそばにいるのだから余計に気になった。
それが自らの意を知る正体不明の《道化》によって誘導されたものだとしても、単に第三者の思惑よりも自身の興味が勝った。
現在の所属はかのドライケルス大帝が創設したトールズ士官学院であり、今は自らとも縁深いアルゼイドが治める地にいるという。ならばと、もしかすればかつての
結果として目的の彼に会うことは出来なかった。偶然の折り合いは彼には適用されなかった。《
まだ青く、そして若い。その力は彼女の配下である鉄騎隊や執行者とは雲泥の差であり、命を刈り取ることは容易にすぎる。実際城の機能として暴威をふるう
しかしてその折れぬ心には敬意を払う価値がある。きっと理由はそれだけではないのだろう。最後まで立っていた男女の片割れは特徴的な青い髪、そしてアルゼイドの剣を使っていた。そして微かに見えた、この無為な争いに巻き込まれた幼子達。たとえ堕ちていようとも動く理由は十二分だ。それに何より、立ち向かうのが
「よく持ちこたえました」
言葉と共に自らの武装である
破壊された魔道具に彼らの目が向けられているうちに、闇に紛れて転移する。想定外の介入をしてしまったが、しかし悔いなど一切ないし、介入が遅れたことに対する申し訳なさもない。
こうして邂逅は幕を閉じた。もう一人の鋼とは出会えず、しかし若い芽は芽生えている。それだけでも良しとしよう。既に盟主より託宣は降されている。故に己は、ただの鋼として従うのみ。
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一昨晩の騒動は未だに尾を引いている。少なくともベルグシュラインはそう考える。自らがこの場にいることで空気は間違いなく悪くなる。何せ暴走してヴィクターを殺しにかかり、その為に彼らの命を盾としたのだから。端的に言ってそれがあまりよろしくないことは確かである。
だから早急に荷物を纏めてベルグシュラインは一人早々にアルゼイド邸を立ち去った。太陽の陽射しがようやく見え始めたばかり。早朝より行っている修練としては早すぎるなんてことは無いだろうが、今この地で剣を抜くつもりはない。
しかし次の行き先の列車は始発だとしても腐るほど時間はある。
暇を持て余している。他の《Ⅶ組》はいまだにぐっすりだ。詳細までは知らないが、どうやら昨晩、ローエングリン城で何らかの一悶着があったらしい。気を失ったミリアムとユーシスが運ばれてきたと耳にした。
事の詳細は知らずとも、それが何らかの運命の切欠になる可能性を秘めていた以上、自分も事を見届けたかったと思ってしまう。
今から自分だけで向かおうも、一体なんの意味があるのやら。全てが済んでいる。行ったとしても残っているのは破壊された魔道具だけで、そこにはなにも存在しない。
もし退屈というものをベルグシュラインが理解していたのなら、退屈で死にそうだと口にしていただろう。
本格的にすることがないため、昨日の新聞でも読もうかと動き出そうとしたその時、視線が一点へと固定される。
そこにいたのはニコニコと笑みを浮かべている少年。単に自分以外にもこの時間帯に誰かがいる、という理由もあるが、しかし整った顔に入ったタトゥーに黄緑の髪と紅梅色のスーツは、否が応でも人の視線を集める要素だ。
しかし真に注目したのはその特異な容姿に在らず。この場にはつい先程まで、確かに誰もいなかった。知覚に関してそこまで優れているわけではないが、それでもあれだけ目立つ容姿の者は見逃さない。
そしてベルグシュラインはしかと見ていた。彼が何も無かった空間より現出した。即ち転移の
「やぁ、はじめまして《
人違いなんてことも無く、確かにベルグシュラインを見据えながらカンパネルラと名乗った少年は優雅に名乗る。敵意はなく、あったとしても何もさせない。そして名乗りには覚えがある。
「執行者。確か彼女もそう名乗っていたな。《死線》のクルーガーと」
「その通り。僕と彼女は同じ結社《身喰らう蛇》に所属する、まぁ所謂同志って奴さ。仲間とは少し違うけどね。で、僕がNo.0で彼女がNo.IX。ちなみに番号は強さに直結している訳じゃなくて、所属順だったり、対応するアルカナだったりね」
結社の中じゃ僕は下から数えたほうが早いしさ、とカンパネルラは笑う。確かに彼の実力は同じ執行者であるシャロンと同等程度。戦闘時の状況によって強弱は変わってくるが、それでもベルグシュラインからしても明確に強いとは言い難い。
「勧誘の件なら忘れていない。しかしもう少し———」
「ああそれに関しては気にしてないよ。だって君、近いうちに答えを出すからさ。そうだねぇ、少なくともあと数日のうちに。早ければ数時間かな?」
「———」
まるで未来でも読んでいるかのように言葉が潰される。そこに対して確かに違和感を覚えながらも、しかしその正体は掴めない。弁が立つ方では無いのでこのまま追求したとしても、この手の輩には躱されるだけだろう。
それにまだ本題の話をしていない。
「ならばこそ解せないのだ。貴公は何故ここにいる」
「ああ、それは君の手助けをしようとね。行くべき所はあるのに足はない、時間はあるのにやることがない。だから僕の転移で君の事を送ってあげようとね。この旅の最後の目的地である場所にさ」
「そうか、よく知っているのだな、貴公は」
最後の目的地。それは特別実習三日目、指定の場所に合流した後に向かう戦場。ベルグシュラインは事前にサラに知らされていた。今回の特別実習の最終日は、これまでよりも様々な意味で過酷であることを。だから無理を通して実技演習でベルグシュラインと戦わせた。サラではなく、より絶望的な相手と。
そして秘匿されている筈のこの件が外部に漏れている。
「ならば・・・ああそうだな。話に乗ろう」
「へぇ。そこまで簡単に乗っちゃうんだ。一応今の立場的には僕は怪しい秘密組織のエージェントで甘言で君の事を罠に嵌めようとしている、って感じにも見えるんだけど」
「互いの認識の差異ならば如何様にもなるだろう。それに警戒していない、といえば嘘ではないが・・・申し訳ないが率直に言って貴公では足りない」
「うん、安心していいよ、さっきも言ったけど自覚はあるから。それに罠に嵌めた程度で倒せるならこの前に接触した《深淵》が少しはどうにかしてるはずだしね」
それに自分の本来の役割は見届け人。目的達成の為に前線に出張ることもあるだろうが、それは仕方なくである。しかし弱いと言っても結社やベルグシュラインといった超人たちの枠組みであり、自らの全てを出し切れば大隊は些か面倒だが中隊規模の軍隊ならば苦もなく蹴散らせる。
強さの基準としてどれだけ数を捌けるか、というのは些か的外れな気もするが、しかしそれはそれ。
「一応聞いておくけど他の子達は大丈夫なのかい?とりあえずは一緒に来たんだし今は仲間なんだから。集団行動で和を守るとか大切なことでしょう?」
「ならば書き置きは残しておこう。懸念に関しても心配ない。今は近くにいない方が彼らにいい」
「そうかい。なら寄り道というか戻り道をしないとね。あまり長居するのも宜しくないだろうからさ、書き置きはここで書いていこうか。運良く、僕が紙とペンを持っていたしね」
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『訳あって今回の目的地であるガレリア要塞へと早乗りすることになった。オレの事は気にせずに、休息に身を費やすといい』
「なぁにこれぇ」
ぐしゃりと、誰が書いたのか丸分かりの無駄に綺麗に書かれた書き置きが潰される。既にこめかみに血管が浮き出ているが無理矢理深呼吸をして落ち着かせてここにいる者達に目を向ける。それはもう、聖母の如く優しい目を。
自分が共に来た《B班》は問題ない。ちゃんと全員揃っている。なぜだか鉄道憲兵隊のクレアがいるが別に構わない。そう、可笑しいのは言うまでもなく《A班》である。
「ねぇリィン君。どうして班員が5人しかいないのかな?もしかしてお姉さんの記憶違いかしら?それともお花でも摘みに行っているのかしら。ねぇどうなの?」
「さ、酒臭———じゃなくて寝て起きたらいなくなってました!痛っ、教官肩やばいですって!」
「んんん?なぁに、あのバカは気体になって蒸発する特技でもあったのかしらぁ?それで風になって消えちゃったってぇ?それにぃ、お姉さん知ってるんだぁ。あのバカがアルゼイド子爵に何しでかしたのか。ねぇ分かるぅ?この話聞かされた時の私の気持ち?もうね、浴びるほど飲んだのよ。ええそれこそ3ヶ月分のお給料がなくなっちゃうほど」
「ちょっ、流石にやりすぎ———教官力強っ!?ホントにリィンの肩が潰れちゃいますって!」
「今のサラは何言っても聞かないよ。昨日の朝からずっと飲みっぱなしだったし」
「さ、流石に飲み過ぎだって止めたんだけど・・・」
「声を掛けた時には既に手遅れでな。止めようとすればこちらにまで火種が飛んでくる。止められずにここまで酔ってしまった。俺達にはどうにも出来ん。すまないが任せたい」
哀れにもサラの一番近くにいたリィンが幽鬼の如き足取りで、しかも決して逃がさぬとばかりに強い力で肩を掴まれる。マトモな思考が出来なくなるほど精神が疲弊した影響か肉体の限界を飛び越えて、それこそリィンの肩を握り潰して拳程の穴を開けそうな程に。
なんとかアリサがサラを引き離そうとするも、決して離れることも、微動だにすることもない。
そんなサラをB班は諦観している。きっと彼らもここまでの道のりで何らかの被害を受けたのだろう。いや、そもそも酒を胃袋へ収めるのに夢中で無傷なのかもしれないが。
そう、有り体にいえばサラ・バレスタインは限界だった。二日目の早朝に緊急連絡として送られてきた内容で、ベルグシュラインがヴィクターへ喧嘩を吹っ掛けて挙句の果てに軟禁状態になったと聞いて。
最も我欲が薄い為に最も自らを律することが出来ると思っていた男の運命という何かへの求心を見誤ったのが原因だったのかもしれないが、それでもだ。
班分けに対してサラは欠片の関与もしていないのだが、今回の失態は教官であるサラの責任問題であり、たとえヴィクターが気にしていないとは言ってもそれはそれ。間違いなくこの件は学院側に伝わっている。と言うより伝えなければいけない。よって課された無駄な重圧から酒に逃げたくなるのも仕方がない。
この場にやらかした本人がいればまだマシだっただろう。何せ言いたい文句は山のようにあるのだから、酒と共に溜め込み続けてきた罵詈雑言をたとえ微塵も響かずとも、小綺麗な刀剣馬鹿の顔に気の済むまで言葉と拳をぶつけてやりたかったのだ。だと言うのにバリアハート駅に来てみれば、肝心の馬鹿が欠員という。
「うん、分かった。あいつ殺そう。そうすれば全部解決ね」
何を思ったのか脳が大きく破損しているかのように、ケラケラと笑いながら突拍子もないことを口にする。口は三日月のように大きく裂けて目に光がないというのに心からの笑みである。子供に見せたら泣いてしまうほどに狂的だ。
このままではふらふらと狂気を全開にしたまま武装して彷徨い始めそうだ。そんなことになれば通報待ったなしなので。
「後で謝罪はします。ですので今は休んでください」
ゴン、とクレアの拳銃のグリップが首に叩き込まれる。戦闘者としての感性が軒並みストレスとアルコールによって弾け飛んだ今の状態で、誰が背中に立っているかなどもはや判別する術はなく呆気なくサラの意識を落とされた。
サラの心身の疲労が見ているだけで伝わるほど、安らかな表情で眠っている。
雑な扱いだと理解しているが、サラと同じく事情を知っているクレアからすれば無駄なことにあまり時間を食い続けるわけにはいかないのだ。それに休息は大切だ。何せこの後は、彼らには
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「あーあ、取り調べ受けてるよ」
ベルグシュラインを最後の目的地であるガレリア要塞へと送り届けたカンパネルラは、要塞付近の丘から遠見の
結社も本格的に計画が始動してから色々と忙しい。人材の消失や入れ替わりも激しく、それこそカンパネルラには計画の見届け役としての責務があり、現にクロスベル自治州では絶賛計画実行中。未だ出番はないとはいえ、しかしその出番もすぐ目の前まで迫っている。
だから本来であればここにいることはないのだが———。
「それだけ《
カンパネルラがこの場にいるのも偏に主より下された寄り道の執行のため。今回は状況的に仕方なかったとはいえ些か無理があっただろうが、しかしカンパネルラを使って直接的な介入をする必要があったのだろう。
「鉄血宰相と《
下された命はとても単純で、しかしたった一瞬が命取りになるものであると。確かに急速に帝国の改革を行っている鉄血宰相は優秀であり、きっと帝国内での計画実施の際に脅威となるだろう。だがそれがベルグシュラインに何かしらの影響を与えるのだろうか。カンパネルラから見ればギリアス・オズボーンは只々優秀な男にしか見えない。
「それでも僕は従いますけどね」
判断ミスを疑うつもりは無い。何せ自分の目と盟主の目では比べるまでもなく後者の方が優秀だ。実際計画は盟主が組み立てたものであり、いつでも軌道修正可能なようにキメ細やかな予備プランも用意されている。
「おい、俺の出番はまだなのかよ」
思案を遮るように背後から声と、そして極度の熱が現れる。振り向けばそこには実に楽しそうに、待ち遠しそうに獰猛な笑みを浮かべているマクバーンがいた。
どうやって来たのかなどは問う必要は無いだろう。カンパネルラと同じか、それとも独自の法によるものか。《深淵》が連れてくることは無いだろう。もしそうだとしても、野放しにはしないはずだから。
「例の野郎はもうあん中にいるんだろう?ならとっととおっぱじめて、俺は俺の楽しみを味わいてぇんだが」
「いやいや、君の出番はもう少し先だよ。一応君も《深淵》の計画に組み込まれることを条件に来てるんだからさ。盟主様にも言われたでしょ?」
「はっ、極上の獲物を前にいつまでも舌なめずりしてられねぇよ。こちとら退屈で死んじまいそうなんだ」
まぁ確かにと。元々マクバーンには戦闘狂の気があり、その相手はよく《剣帝》レオンハルトが勤めていた。しかし彼亡き今、彼を超える逸材として選ばれた剣士は期待だけでマクバーンの心を燃え上がらせた。
それも盟主直々に見出され、本人の意向が尤もだが本来であれば7人しかいない《使徒》の座を増やしてまで加入させたいと言っている。我慢の限界は近い。それこそ今この瞬間にも、炎を滾らせながら要塞に突撃しそうなほど。
「なら余計に待った方がいいと思うけどね。折角戦いごたえがある相手なんだからさ。邪魔なく爽快に暴れたいだろう?」
「・・・ちっ、しゃァねェなァ。もう少しだけ待ってやる。だが忘れんなよ、こちとら鬱憤溜まってんだ。それを晴らすと、テメェらは俺に期待させることを言ったんだ。もし半端だったら《深淵》の思惑なんざ知ったことか。俺でもどうするか分からねぇぞ?」
「それだけは期待しているままでいい。レーヴェとは別方向の強さの極み、君がこれまで見てこなかったタイプだからね」
最後まで聞いていかず、気付けば火の粉だけが舞っておりその姿は蜃気楼の如く霞んで消えた。また時間潰しのために無理矢理の昼寝でもしているのだろうと予想する。それでいい、力も気力も全てを出し切ってもらいたい。そうすることで盟主の望むままに、刀剣は真なる形で打ち直される。
神剣はやはり、神の御許に在るべきなのだから。