戦姫絶唱シンフォギアUF   作:あたまくら

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プロローグ

 バチ、ジ、ジジ………

 

 

 不規則な機械の駆動音、その間隙を埋めるようにして、照射されたレーザーが火花を散らす。弾けた光が暗闇を漂い、未来都市めいた巨大な機器の群れを照らし出した。

 その傍らでは、虚空に表示されたモニターが薄っすらとした輝きを放ちながら、画面に膨大な文字群を吐き出している。不可解な言語で綴られるそれは、星一つを解析するに足る程の複雑な数式だ。

 その右上には、絶えず変化し続ける値を忠実に出力する棒グラフが表示されたモニター、更にその横には、同様の変化を続ける折れ線グラフを表示するモニターが、それぞれ宙に浮いている。

 画面の前には、リアルタイムで更新され続けるそれらの情報に目を通す、青い巨人が佇んでいた。

 右の手首を、鞘に納められた剣のような意匠の腕輪で、両の耳と思しき器官を、小さな球状の勲章で、それぞれ飾った彼の名は、ウルトラマンヒカリ。M78星雲、光の国における最高の科学者にして、優れた戦士だ。

 

 腕組みをした彼は、自動操作される機器群を、手を出すことなく見守っている。

 

 「…………っ」

 

 突如、それらの作動音を掻き消すほどの大音声でアラームが響き渡った。

 同時に、弾かれるようにして手を動かしたヒカリが、ホログラミングされたキーボードを呼び出す。尋常ではない速度でキーを打鍵する彼の指が、途切れることの無い電子音を響かせた。

 設置された機器は、入力された情報に従い、これまでとは異なる波形、色合いのレーザーを照射する。

 直後、一際激しく火花が弾け、役目を終えた機械達が機能を停止した。

 

 「……こんなものか」

 

 言って、彼は新たに呼び出した別のキーボードを、一度だけ叩いた。

 遅れて、真夜中のような暗闇に包まれていた部屋が、ゆっくりと光を取り戻していく。本来の明るさに戻った部屋の中で、ヒカリは数日間の作業の成果を見つめていた。

 彼の視線の先、沈黙した無数の機器の中央に鎮座する物体は、ブレスレット、と呼称する他ない形状をしていた。

 直径は地球人の身の丈ほど、閉じられた翼のようにも、纏われたマントのようにも見える装飾の中心には、青いランプが点灯している。

 無機質な機械に囲まれているのにも関わらず、あるいはだからこそ、それは息を呑むほどの神々しさと美しさを放っていた。

 普通の感性の持ち主であれば、思わず落涙して頭を垂れただろうその荘厳さに、しかしヒカリはなんの感慨も抱かず、無造作に手に取る。そして何度か向きを変えながら、隅々まで確認した。

 既に機器によるスキャンと分析は終えているが、ものがものである故、念の為ということだろう。

 ふぅ、と異常が無かったことに安堵の息をつき、ヒカリは張っていた気を緩めた。ブレスレットを台の上に置き直し、どっかりと、積まれた何かの山に腰掛ける。

 強靭な肉体を持つウルトラマンだが、極限まで集中した状態で夜を徹すれば、流石に疲れも溜まるらしい。

 ただ、凝ってもいない、というより身体の構造上凝る、ということがありえないはずの肩に手を伸ばし、解すように揉むのは、かつて地球人と融合していた頃の名残に過ぎないが。

 久方ぶりの休息にしばらくくつろいでいた彼だが、壁越しに響いた物音と、小さな吐息の音に、再び立ち上がった。

 

 ちなみに、幾ら疲れているとしても、このような休み方をするウルトラマンはほとんどいない。意味がないからだ。

 プラズマスパークの光を常に浴び続けている彼らは、立ち上がっていようが体力の回復を行える。睡眠を取る必要も無ければ、何かに体重を支えて貰う必要もない。

 それでもこうやって休息を取るウルトラマンは、地球で生活した経験がある者に限られる。一種のプラシーボ効果なのだろう。あるいは、数千年を経たとしても色褪せることの無い記憶が、自然とかつての行動を呼び起こさせるのかもしれない。

 

 居住まいを正したヒカリが、下―――足元に視線を向けた。薄緑色の水晶のような物体で構成された壁、それをすり抜けて現れたのは、桃色の寝間着に身を包んだ、人間の少女だった。

 この星にはあり得ぬはずの存在を目にしながら、しかしヒカリは何の動揺も見せることなく、彼女の名を呼んだ。

 

 「おはよう、セレナ。よく眠れたか?」

 

 悠然と染み渡るようなその声に、寝ぼけまなこを擦りながら少女が応える。

 

 「……はい、ぐっすり。ヒカリさんはちゃんと休みを取って―――」

 

 唐突に、少女の言葉が途切れる。漸く定まった視界に映し出される光景に、彼女は目を見開き―――

 

 「ちょっと、なんですかこの部屋!!」

 

 ―――巨人すら怯ませるほど怒気と共に、そう叫んだ。

 

 彼の部屋の有様は、確かに酷いものだ。散乱する資料となった物質や、予備と取り替えた機械のパーツ、使用済みの機器。先程までヒカリが座っていたのは、申し訳程度に一箇所に纏めた、ガラクタの山だった。

 

 「私昨日も一昨日も片付けしてくださいって言いましたよね? こないだ新調した機材が押し潰されて粉々になったのもう忘れたんですか!」

 「す、すまない……」

 

 申し開きのしようもない、といった風にヒカリが謝罪の言葉を口にする。

 幾ら作業に勤しんでいたとはいえ、廃棄物を適当に放り捨てることを繰り返してしまったのはいただけない。処理用の機械は部屋の隅にきちんと設置されているのだから、その手間すらも惜しんだ彼に非がある。

 決して片付けができない訳では無いのだが、一度没頭するとそれ以外のことが疎かになってしまうのは、研究者としての性なのだろう。

 

 「……はあ。とりあえず、今すぐ片付けてくださいね」

 「ああ、分かった……」

 

 少女のため息に急かされるように、ヒカリが床に散らばるガラクタを回収し始めた。神秘の具現のような巨人が、己より遥かに小さい女の子の言うことを、素直に聞いて掃除を始めるという状況はかなり特異だが、一番戸惑いを覚えているのは彼女本人だ。

 

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。

 それがウルトラマンと呼ばれる巨人の住む星、光の国で暮らすたった一人の地球人の名だ。

 四年前、図らずも同時に行われた二つの実験、その偶然の産物として、彼女はこの星に転移した。満身創痍だったセレナが、地球の120倍の重力で赤いシミになるのを阻止したのは、その実験の責任者であったヒカリだった。

 転移に至った経緯から、早期の帰還は困難であると判断された彼女は、目処が立つまではヒカリの助手という形で光の国に滞在することになった。

 セレナの存在は機密の一つになっており、知っている者は180億の人口を誇る光の国の中でも極僅かだ。

 そして、その中の一人が―――

 

 「ヒカリ、居るか? 入るぞ」

 

 そんな断りの言葉と共に彼の私室へと足を踏み入れた者の名は、ウルトラマンゼロ。

 宇宙警備隊の中でも最高位の戦士達〘ウルトラ兄弟〙の一人であるウルトラセブンの息子、大罪人ベリアルを二度下し、その野望を阻止した輝きの勇者。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、若き英雄だ。

 彼はまず、腕組みしたセレナといそいそと掃除に励むヒカリを見比べた後、部屋の惨状に目を向け、大体の状況を把握した。

 

 「……またやらかしたか。どうせ同じことになるって分かってるなら、自動掃除機でも作ったらどうだ?」

 

 地球にもあっただろ、そんなの、と続けたゼロに、晴天の霹靂とばかりにヒカリが声を上げた。弾みで放り出された、機械の部品と思しきものが壁に叩きつけられ、軋むような嫌な音を立てて地面に落下する。

 間髪入れずに飛ぶセレナの叱責、それに色を失うヒカリの姿に、ゼロがため息をついた。

 

 「はあ、とりあえず手伝うぞ。このままじゃまともに話も出来やしねぇ」

 

 言って、彼は足元に転がっていたガラクタを拾い上げる。未だになれない光景に内心で気まずさを感じているセレナに詳細を聞きながら、廃棄するものとそうでないものを振り分けつつ処理を始めると、数分で部屋は片付いた。

 

 「自動掃除機、その手があったか。ちょうどイージスのデータも取ったし、分子破壊機能も搭載できる。検討してみるか」

 「っておい、何作ろうとしてんだよ……」

 

 漸く手の空いたヒカリが、真剣に自動掃除機の設計を考え始めた。時折挟まれる物騒な単語にゼロが制止をかける中、セレナが疑問を口にした。

 

 「あの……、ゼロさんは用事があったんじゃないんですか? ほら、ウルティメイトイージスの改造は終わったみたいですし」

 「ああ、そうだった。あの件、上の方でも正式に指令が出たし、そっちの準備が万端ならいつでも行けるぜ」

 

 彼女の問いにゼロは相槌を打ち、視線を向け直す。彼の意図するところを読み取ったヒカリが、間を空けずに答えた。

 

 「こちらも問題は無い。呼び出す手間が省けた。〘スキュー・スペース〙への転移は今すぐ実行できる」

 

 

 〘スキュー・スペース〙

 

 それは、セレナが元いた宇宙も含めた、方向性の違う宇宙の総称だ。成り立ち、存在するエネルギー、法則、そういった物が根本的に異なる宇宙、という定義で、マルチユニバースとは完全に区別されている。

 実在が確認されたのは、四年前。ウルトラマンの感覚からすれば、つい最近のことだ。

 

 無数に存在する並行宇宙は、しかし隙間なく並んでいるわけではない。そしてその隙間は完全なる虚無ではなく、それらを縫うようにしてまた別の宇宙が存在している。

 そんなヒカリの理論を下敷きにして行われた実験が起こしたのは、紛れもない奇跡だった。

 

 万分の一の可能性を掴み取り、成功した実験。成果として空いた砂粒程の小さな穴は、彼らの宇宙とスキュー・スペースの一つを繋げた。

 それだけでは無い。その穴はあろうことか、地球の、唯一それを広げ得る存在の直ぐ側に、出現したのだ。

 

 その存在こそがセレナだ。

 先史文明期の遺産。『聖遺物』と呼ばれる、光の国の科学力に匹敵し得るオーバーテクノロジーの産物。その欠片の、絞りかすに過ぎぬはずのエネルギーを増幅し、兵器としての運用を可能にした、FG型回天特機装束『シンフォギア』。

 彼女はそのうちの一つである『アガートラーム』の適合者だ。それが宿す能力は、ベクトルの操作。

 凄まじい汎用性を誇るその能力は、物理法則を超越した事象を起こすことを可能にする。

 力の流れを反転させることで、本来不可逆であるはずの変化を止め、元の状態に戻すことも。あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ある聖遺物の起動実験、暴走による研究所の壊滅という悲惨な結果で終わったそれの後始末を押し付けられたセレナは、許容量を超えた力を行使し、その反動で致命傷を負った。

 姉の目の前で、穴という穴から血を垂れ流し、意識を途切れさせた彼女に、倒壊した建物の瓦礫が落ち―――

 ―――それに押し潰される寸前、拡張された時空の穴が、彼女を取り込んだ。

 

 これがセレナがこの宇宙に辿り着いた経緯だ。

 その後、ウルトラクリニックでの治療で全快した彼女による情報提供で、彼女の地球には、ノイズと呼称される触れた人間を炭化させる兵器が存在し、災害の一種として人々を脅かしているということが明らかになる。

 宇宙警備隊上層部は幾度かの協議の末、非積極的介入を行うことを決定した。

 ウルトラマンとしてではなく、地球人として現地の対抗組織に加入し、ノイズの発生原因や、聖遺物そのものの由来を調査する、というものだ。

 その任務を命ぜられたのは、ウルティメイトイージスにより、光の国最高峰の時空間移動能力を誇るゼロだった。

 それから、四年。長い研究の果てに、漸く安定した接続が可能になり、座標の設定までもが行えるようになった。そして、()()()()()()()を可能にするための、最後のピース―――イージスの改造も終わった。

 

 

 「解った、じゃあ行くか」

 

 故に、彼は躊躇うことなく、遠い、遠い宇宙へと旅立つことができる。鎮座するイージスが、それに向けて伸ばされた彼の左手に、まるであるべき場所に帰るかのように、自動的に装着された。

 

 「そんな顔すんなって、ちゃんと帰ってくるさ」

 

 不安げな表情を見せるセレナに、ゼロはぶっきらぼうに、しかし穏やかに声を掛け、励ます。その行動の端々からにじみ出る慈愛と風格に、ヒカリはふっと笑った。

 

 (成長………、したな)

 

 あの初陣、ベリアルとの死闘から数千年、数多の出会いと別れを繰り返し、人の想いに触れ続けた彼は、ウルトラマンとして完成した。

 少し、昔の自分というものを美化している節があるが、些細なことだ。むしろ、その方が良い。傷一つ無い玉など、この世には存在しないのだから。

 

 「装置を起動する。擬態能力はイージスに組み込んでおいたから、自分でやってくれ」

 

 かつての粗暴さへの憧れは、人だった頃の名残を失いつつあるゼロを、それでもと繋ぎ止めようとする、彼自身の無意識の防衛本能なのかもしれない。

 

 ヒカリに促され、ブレスレットに手を翳した彼の身体が、眩い光を放つ。数瞬の後、そこに立っていたのは、元の数十分の一程に縮み、その容姿を人間のものに変えたゼロだった。

 純銀そのもののように輝く、艷やかな長めの髪。黄金と翠玉を、それぞれ嵌め込んだかのような、神秘的な煌めきを放つ瞳。高く澄み切った鼻梁に、薄紅に色付いた柔らかな唇。

 好色な神々が、己の理想と欲望の全てを叶えるために作り上げたのではないかとさえ思える程の、背筋を粟立たせるような美貌が、そこにはあった。

 

 ぽかん、と、間抜けに口を開いて見惚れるセレナの様子と、感じた既視感から、今の己の有様を理解したゼロが、表情を僅かに歪める。

 

 「…………またこれかよ」

 

 呆れと諦めの入り混じった呟きが、吐き捨てるようにして放たれた。そんな彼の様子に、ヒカリは苦笑しながらも弁解する。

 

 「恨むのなら技術局の奴らを恨んでくれ。まあ、言ったところで聞く耳を持たないだろうが」

 

 人間態のデザインを依頼した場所に勤務する同族達の、造形美の追究への異常な情熱と執着を思い出したのか、ゼロは深く溜め息をついた。

 

 「帰ってきたら、今度はもう少しまともな者に打診してくれ。一刻を争う、という訳では無いが、早いに越したことはないからな」

 「ああ、解ってる。何時でも始めてくれ」

 

 ゼロの言葉に頷き、ヒカリは呼び出したキーボードを数回、打鍵した。立ち並ぶ機械の可動部が唸りを上げ、異なる二つの時空を穿ち、繋げるためのプロセスを実行する。

 辺りの空気の変化と高まる緊張感に、機器群の中央に立つゼロを見守っているセレナが、息を呑んだ。エネルギーの収束を、表示される数値と直感の両方で感じ取ったヒカリが、声を発した。

 

 「以前説明した、FG式天回特機装束―――通称『シンフォギア』を元にした改良も済んでいる。精神を集中すれば、聖唱……、起動のための歌が胸に浮かぶはずだ」

 

 それに応え、ゼロはイージスに手を当てたまま、ゆっくりと瞼を下ろした。一瞬、その場に満ちる全ての音が消え去り、静寂が場を支配する。

 凍りついた時を、再び動き出させるかのようにして、彼から発されたその音が、響き渡った。

 

 ―――Resynave barrage zero tron(希望を光に、明日へ進む)……

 

 力強く、けれど優しさを孕んだ不思議な美声が、一音一音を噛み締めるようにその調べを紡ぐ。呼応したイージスが青色の光粒を生み出し、ゼロの身体を優しく包み込んだ。

 光の粒は寄り集まり、武装としての形を成す。胴を、腕を、脚を、銀の鎧が覆い、右手に剣が現れる。最後に刃が二本、虚空から出現し、生成された耳当てに収まった。

 彼の装着が完了するのと同時、遂に時空の穴が穿たれる。目の前に空いた小さな穴に、ゼロは右手の剣を突き入れた。  

 直後、鎧の秘める(ノア)の力が行使され、掌に収まる程度の大きさだったその穴が、直径およそ2メートル程にまで拡大した。

 

 「じゃ、行ってくる」

 

 躊躇わず、何でもないかのように、ゼロはその先へと突き進んだ。

 

 遅れて、シュン、と音を立てて、役目を終えた穴がゆっくりと閉じる。

 

 「…………異常、無し。成功だ」

 

 計器の表示する情報に目を走らせたヒカリが、感慨深げに呟いた。不安に苛まれていたセレナが胸をなで下ろし、漸く肩の力を抜く。

 目の前の空白を見据え、彼女は旅立った彼の無事を祈り、かつて掛け替えのない家族と歌ったその曲を、口ずさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「無事到着、と。ひとまず安心だな」

 

 太陽系三番惑星、地球の日本、その上空二百メートルほどのところに、突如人影が出現した。

 煌めく銀の髪に、黄金の右眼と翠玉の左眼。あまりにも端麗に過ぎる容姿の青年は、ウルトラマンゼロの人間態にほかならない。

 

 彼は問題なく転移が完了したことに安堵の息をついていた。

 そんなことで何を大げさな、と思うかもしれないが、転移の際に生じる誤差はヒカリ曰く千キロ単位。

 宇宙空間に放り出されたり、高温のマントルに叩き込まれる可能性もあったので、当然といえば当然の反応である。

 

 彼は周囲を見回し、万が一にも人の目がないことを確認した。

 ステルスを解除する際に見られては困るからだ。記憶の消去程度ならやろうと思えばできるが、彼はそのような方法をあまり好まない。

 幸い、下にあるのは人気のない林で、監視カメラの類などもなかった。

 

 「うあっ……!?」

 

 突如、降下を始めようとしたゼロが、しかし苦悶の声を発して動きを止める。

 夥しい数の絶望や恐怖の感情が、なんの前触れもなく流れ込んできたのだ。

 ウルトラマンたちが生まれ落ちたときから有している精神感応能力……、テレパシーによるものだろう。

 しかし、普通ならば移動に支障をきたすほどの苦痛に襲われることはありえないはずだ。

 

 「くそっ、いくらなんでも性能上がりすぎだろ……。

 これで気づかねえほうがおかしいっつうの」

 

 苦々しげに漏らした言葉の意味を理解できる者は、この世界には彼自身の他には誰もいない。

 ゼロは、未だ流入し続ける負の感情に顔をしかめつつ、その発生源へ視線をやった。

 

 そこは彼の居場所から数キロは離れていたが、ウルトラマンとしての超感覚は当然のように、その光景を鮮明に視界に映し出した。

 悲鳴を上げながら我先に逃げ惑う人々と、それを追いかける極彩色の異形。

 あれこそがヒカリの言った、この世界特有の災害、『ノイズ』だ。それ自体の速度は大して速くないものの、統制の全く取れていない人々は満足に逃げられず、瞬く間に追いつかれていく。

 

 そして、ついにノイズの一体が、必死の逃走を行う群衆のうちの一人を捕らえた。直後、その体が抱えた人間ごと炭となって崩れていく。

 

 「なっ!? 畜生!!」

 

 思わず驚愕と、そして後悔の声を漏らすゼロ。炭化現象については聞いていたというのに、対応できなかった。

 せめてこれ以上の被害を出すまいと、彼は手をかざし超人としての力を行使しようとする。

 

 (―――ッ!?)

 

 だがしかし、その手からは何のエネルギーも放出されなかった。それもそのはず、この宇宙と、彼がいた宇宙とは方向性が全く異なる、故に光線を打つ際の勝手も違うのだ。

 本来なら何度かイージスを起動、修練し慣らしていくはずだったのだが、転移したタイミングでノイズが発生しているなど完全に想定外。

 しかしこれをヒカリの不明と誹ることも的外れだ。そもそもノイズの発生は十年に一回程度、この視察任務も根気よく発生を待ちつつ、原因を特定する方針だった。

 

 故に、今すぐ彼らを救うすべは存在しない。ゼロは歯噛みしつつ、ならば拳打によって排除すべしと、異形の蔓延る現場へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、ノイズの発生地、ツヴァイウイングのライブ会場。

 つい数十分前まで人々の熱狂に溢れていたその場所は、夥しい数の異形に蹂躙され、見る影もない残骸と成り果てていた。

 

 そこで、機械の鎧のようなものをまとった少女が膝をついていた。その腕には彼女より更に幼い、ぐったりとした様子の少女が抱かれている。

 懸命に呼びかける彼女、しかし胸から血を溢れさせる少女の目は覚めない。どう考えても早急な治療が必要な状態だ。

 そして、思考を持たぬノイズが動かぬ少女を見逃す道理もない。

 一体、また一体。群をなす異形たちが、彼女たちに迫る。派手な極彩色のボディに視界が埋め尽くされ、吐き気すら覚える光景が、避け得ぬ絶望をつきつけてくる。

 

 しかし、それでも。

 

 少女は立ち上がった。その胸に、揺るがぬ決意を秘めて。

 その体は満身創痍。彼女の行動を支える薬の効力はすでに切れ、まともに動くことすらできない。

 そんな彼女が打てる、最後の一手。

 それは文字通り、命を懸けた、絶唱(ウタ)だ。

 

 刃の欠けた、ぼろぼろの槍を握りしめ、空へとかざす。そこで彼女の意図に気づいたもう一人の鎧を纏う少女が、悲痛な声を上げた。

 

 「やめて、奏! 歌ってはだめ!!」

 

 静止の声。助けに向かおうとする蒼い少女は、しかし異形の群れに阻まれ手を出せない。そんな彼女の様子に、必死に自分を繋ぎとめようとする姿に、橙の少女はふっと、笑みを漏らした。

 それにこもっていたのは、諦観でも、悲哀でもない。己が片翼への、親愛の情だった。

 

 きっと、もう二度と見ることはないだろう相棒の勇姿をその目に焼き付け、彼女は目を閉じた。自らと引き換えに、背後に庇ったかけがえの無い命を救うために。

 

 誰も彼女を止めはしない。止められない。かの異形に通用する力を持つ人間は、この場にはたった二人。そして小さな少女を救えるのは……、天羽奏、ただ一人だ。

 

 さあ、命を燃やし、尽くそうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――否。

 

 

 

 

 

 

 「……やらせるかよ」

 

 遥か高みに、人外の戦士が、一体。

 

 彼はその犠牲を、決して認めない。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

 歌が、響いた。絶望に飲まれた戦場に、希望の光が一筋指した。

 

 橙の少女は驚愕する。自分が紡ごうとしていたその絶唱(ウタ)が、他の誰かの声で歌われていることに。

 

 数瞬後、最悪の可能性に思い至り、とっさに相棒の方へ振り向く。そこにあったのは、先程の己と同じ驚愕の表情。僅かに滲む安堵の気配が、奏の頬を一瞬、緩ませた。

 

 ―――しかし、ならこの旋律は一体何処から紡がれている?

 

 きょろきょろと所在なく視線を巡らせ、彼女はついにそれを捉えた。

 

 「あれ……、人か?」

 

 上空からこちらを睥睨する、おぼろげな影。かろうじて認識できるその輪郭は、間違いなく人のそれだった。

 しかし見えたのはそれまで。ただ判明した事実は、あの銀色の何かが、自分が歌うはずだったその歌を、代わりに歌っているということだけだ。

 

 

 ―――何者か

 

 その答えを見いだせぬうちに、最後の一小節が紡がれる。

 直後、青色の優しい光が彼女の視界を埋め尽くし、すべてのノイズを消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「か……ふっ…、う…ぐ、ぎ……ああ…。あ、がはっ」

 

 会場から、少し離れた林の中。

 

 広がっていく血溜まりの中、一人の青年が倒れ伏していた。言うまでもなく、ウルトラマンゼロだ。

 口から漏れ出るかすれた声と、体内で何かが破裂したかのような凄惨な傷が、彼の受けたダメージの大きさを物語っている。

 

 活動限界すれすれの状態で、勝手も何も解らずに放った絶唱の反動は、ウルトラマンの強靭な肉体をもってしても尚、耐えきれないものだった。

 粉々に砕け散ったイージスは、ブレスレットの形状へとは戻ったものの煙を上げている。そして彼が受けたのは、並の人間なら十回死んでも足りぬほどの致命傷であった。

 

 しかし、超人としての力が、彼の落命を許さない。

 血溜まりが光へと変じていき、それに伴って、彼の傷が徐々に治癒されていく。見る間に傷が塞がり、ものの数分でゼロの体は全快した。

 

 だが、その驚異的な再生の代償か。

 彼の超越者としての力を象徴する特異な髪と瞳の色は、只人と変わらぬ黒へと染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ライブ会場で起きた特異災害・ノイズによる死者、行方不明者の人数は3168人。実に全体の3パーセントが帰らぬ人となった。

 しかし不可解なことに、傷を負ったものは一人として存在し無かった。そしてもう一つ、やはり不可解なことが起こっていた。

 

 優しい青色の光が、ノイズを跡形もなく吹き散らした、と。

 その光の奔流はノイズを滅するだけでなく、狂乱に惑う群衆たちを沈静化させ二次被害を防ぎ、重軽傷関わりなく、すべての怪我人を癒やしたという。

 

 だが、その謎の光はどこにも観測されておらず、かなり無理のある集団幻覚として処理された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、惨劇からしばらく経ったある日。

 

 特異災害対策機動部二課―――その名の通り、特異災害(ノイズ)に対抗するための機関である―――は、ライブ当日に行った実験の失敗により壊滅的な被害を受けていた。

 その穴を埋めるため、今日、新たな人員が派遣されることとなった。

 

 

 「本日付けで二課配属となりました、千原零だ…、です。よろしくお願いします」

 

 若干たどたどしい敬語で自己紹介をする、黒髪黒瞳の青年の姿が、そこにはあった。

 

 堅苦しい正装に包まれた鋼の肉体、端麗に過ぎる容姿、彼こそは超人、ウルトラマンゼロ。

 

 彼は、今度こそ只人として闘うことができるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 補足

 ゼロさんの聖唱の最初の単語の読みは、レシネーヴです。アナグラムで作った存在しない単語です。
 

 
 

 
 

 



 
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