戦姫絶唱シンフォギアUF   作:あたまくら

11 / 15



















六話:エクスドライブ

 

 ―――一度っきりの、神頼みだ。

 

 ()()を私に与えたことの真意を問うたとき、彼はそう答えた。

 いつか見た、ゾッとするほどの美しさと荘厳さを兼ね備えた、超然とした笑みを浮かべながら。

 

 そして同時に私は、了子さんが二課の裏切り者であり、一連の騒動の黒幕であることを伝えられた。 

 無論、すぐには信じられなかった。なにせ潜入しているという点では彼も同じなのだ。

 疑おうとすれば、私という存在をイレギュラーとして利用し、二課を撹乱しようとしているくらいには思える程に、彼は怪しい。

 

 けれど、私は彼を信じることに決めた。命を救ってもらったから、とかそういうんじゃない。

 いや、部分的には合ってるかもだけど、正体を晒す覚悟で私を助けた彼の人間性を、私は信じようと思ったのだ。

 

 それを伝えると、彼はなぜか複雑そうな表情を浮かべた。と言ってもほんの一瞬だけで、気のせいだったかもしれないけど。

 

 彼は、誰にも言うな、と続けた。理由は下手に刺激してもまずいから、ということだったが、なんというかそれは建前で、本当は別の思惑があるんじゃないかと思った。

 とはいえ、追求はしない。誰だって何か複雑な事情を抱えている。私は彼を信じることに決めたのだから、疑問を指し挟むのは無粋だろう。

 

 そして、「半端な気持ちではくるな」とも告げられた。こっちは、すっと理解できて、迷いなく頷けた。

 思い出したのは、彼が雪音クリスと翼の間に割って入ったときのことだ。忠告を無視して継戦を選んだ彼女の攻撃を受け止め、彼は力をふるう理由を告げた。

 

 ―――守るべきものがあるから、と

 

 その言葉は、ネフシュタンの鎧を纏うあの少女には届かず、しかし私の心をかき乱した。揺れ動き掛けていた天秤に、どうしようもないほどの衝撃を与えてしまった。

 聡い彼はきっとそれを知っていて、だからこれを託してくれたのだと、そう思っている。

 

 決断の時は、そう遠くない。けれど、焦る必要はなかった。

 だって、私の心はもう、決まっていたから。

 

 戦うんだ。この身を憎悪と嚇怒の炎で焼いたあの日とは違う。銀色の青年が教えてくれた、誰かを守り抜くということの意味を噛みしめて、私は戦場に舞い戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リディアンから立ち昇る煙を目にした彼女は、迷わず聖詠を紡いだ。その手には、零から託されたもの―――ウルトラマンエックスカプセルが、既に起動した状態で握られていた。

 数瞬の間に装着されたボディスーツと鎧、そして発現させた大槍を見やりつつ、奏は自分の身体に異常がないことを確認する。適合係数の低さからくる反動は無く、武装の重さもほとんど感じない。未だかつて例のない程の、最高のコンディションだった。

 

 (すげえな、これ……)

 

 強力な副作用の存在するLINKERですら望むべくもない効力に、奏は内心で舌を巻く。これを手の中のちっぽけな機械が成しているという事実に、驚きを隠せないようだ。

 しかし、いつまでも間抜けに驚いているわけにはいかない。現状は間違いなく深刻だ。不完全な状態ですら翼を圧倒し、零を戦場に引きずり出すほどのスペックを見せたネフシュタン。その完全態を有する相手の戦力を鑑みれば、苦戦は必至だろう。

 

 「待ってろよ、みんな」

 

 それだけ呟くと、彼女は大地を砕いて跳躍し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、ほとんど間を開けずして。

 

 沈む夕日を背に飛翔する奏は、視線の先に三つの人影を認めた。一つは膝をつく少女、二つは向かい合い何かを話している。

 背を向けている方は女性…………、黄金に変色したネフシュタンの鎧と長い金髪が目に眩しい。

 

 (あれが、了子さんか………)

 

 零から聞いていたとしても、直接目にするのは少し堪えるのか、一瞬その表情が曇る。しかし彼女は振り払うようにしてその表情を消し、かつて仲間だったその人に、自分にこの力を与えた恩人に、決別の意思を以て槍を向けた。

 そして、自らの存在を示すため、気勢を上げたその瞬間、フィーネは彼女を察知し振り向いた。

 その顔には、確かな驚愕が浮かんでいる。ついで、その奥に立つ零が、口の端から零れる血を意にも介さず、叫んだ。

 

 「人を嘗めるなと言った、人間!!」

 

 ―――ああそうだ、浮気なんかしてくれるなよ、了子さん。

 私がアンタの作り上げたこの力を、他ならぬアンタ自身に、否定させたりなどしない!!

 

 突き出された大槍が、一切の防御行動を許さず彼女に直撃する。激上した適合係数に後押しされたその刺突は、超硬度を誇るネフシュタンの鎧を数瞬の拮抗のうちに貫き、そのままフィーネを弾き飛ばした。

 

 「か、はぁっ!?」

 「まだまだぁぁあああっっ!!」

 

 無論、それで終わるはずもない。どうにか不意打ちの衝撃から体勢を立て直そうとするフィーネに、奏の容赦ない追撃が食らいつく。

 飛行による加速を活かした突き、浅く刺しこまれたそれを振り抜き裂傷を生み出しながら、今度は振り下ろす。

 アドバンテージがあるうちに、ということなのだろう。奏はフィーネに反撃の隙を与えまいと、大技を惜しみなく乱舞する。

 鬼気迫る連撃に押し込まれるフィーネ、しかし彼女がこの程度で終わるはずもない。数千年を耐え忍んだ執念が、敗北を許さない。

 

 「調子に、―――乗るなぁっ!!」

 

 一喝。鎧に接続された二本の鞭を、茨のごとく突き出し、フィーネは奏の刺突に対抗する。弾き合い、生まれた数瞬の空白が、彼女に技を使用する時間をもたらした。

 

 ―――ASGARD

 

 彼女が選んだのは、防御の一手。鞭刃が組み上がり、エネルギーで構成された盾が虚空から出現した。

 これでさらなる時間を稼ぐことにより、状況をイーブンに戻すという思惑なのだろう。

 ただそれは、いささか単純に過ぎた。

 

 ―――STARDUST∞FOTON

 

 自らの攻撃を阻む壁を前に、奏は躊躇なく技を放った。複製、召喚された無数の槍が、またたく間に薄紫色の盾に殺到し、表面を掘削していく。

 

 

 ―――STARLIGHT∞SLASH

 

 同時に、斬閃。幾度も切り払われる槍の切っ先が、新たな地平線を生みだし、槍の連投に傷つけられた盾を破壊せんと痛撃する。

 そして、追い打ちのように、刺突。陽光の如き輝きを放つ穂先が、度重なる連撃によって摩耗した盾を穿った。

 儚くも鋭い、硬質な音を響かせ、ガラス細工のように割り砕かれた盾は次の瞬間には霧散し、役目を終えた。

 流石になんの抵抗も無く、とはいかないようで、奏の刺突は威力を大きく削がれ、回避を間に合わせたフィーネには届かず、虚しく空を斬った。

 

 「―――ッッ!?」

 

 突き出した得物を引き戻す寸前、蔦が伸びあがるが如く突き上げられた鞭刃が、奏の心臓を真っ直ぐ狙う。彼女は紙一重でそれを躱し、距離を取った。

 ―――否、取らされた。

 

 開戦から必死に守り通そうとした、初撃のアドバンテージは消え失せ、残ったのは完全聖遺物と欠片に過ぎないシンフォギアとの間に存在する、厳然たる性能差だけ。与えた無数の傷すら、跡形も無く消え去っている。

 奏の一足では届かない、間合いの外に立ち、フィーネは呆れ混じりに口を開いた。

 

 「そんな玩具で、私に勝てるとでも思っていたのか」

 「―――いや、全然。あのクリスって子にすら、多分私は勝てなかっただろうな」

 

 あっけらかんと、なんでもないかのように、彼女は答えた。フィーネを唖然とさせる程の、屈託のない笑顔で。

 しかし彼女に、こいつは何を考えているのか?という真っ当な疑問について思考を深める時間は、与えられなかった。

 

 「―――一人なら、な」

 

 不敵な笑みと共に放たれたその言葉が、彼女から冷静さを完全に奪い去ったからだ。反射的に視線をさまよわせるフィーネが求めるのは、自らを撃滅し得る最大の警戒対象。数瞬の後、彼女はいつの間にか胡坐をかいていた零を視界に認めた。

 

 「違えよ、俺じゃなくて、あいつだ」

 

 安堵する暇も無く、彼が拭った血の跡の残る顔で顎をしゃくった方へ、再び視線の移動を余儀なくされる。

 果して、そこに立っていたのは。

 

 「な…………」

 

 立花響、その人だった。激情に呑まれ、喪失に打ちひしがれ、そして絶望に膝を着いたはずの彼女が。

 両の足で、大地を踏みしめて、立っていた。熱い炎を瞳の奥に揺らめかせ、ただ終焉の巫女を見つめ、立っていた。

 

 「…………生きるのを、諦めるな。

  ごめんなさい、奏さん。絶対に、もう! 二度と!!

 

 ―――忘れませんから」

 

 この瞬間、ようやく彼女は、戦姫へと成った。破れた制服から覗くフォルテの傷。その前に翳した手を、彼女は強く、握りしめる。

 その様子に、人ならざる者()は満足げに笑いながら目をすがめ、力を託した者()は感極まったように目を潤ませた。

 

 

 ―――だが、彼女は絆されなどしない。

 

 「……それがどうした。一人増えたところでどうにかなるとでも?

 私を止められると、本当にそう思っているのか!!」

 

 考えが甘いと、そうフィーネは叱咤する。事実、この二人ではどう足掻いても彼女を止めることなど出来やしない。

 そしてそのことを、奏も響も理解していた。理解してなお、、信じていた。

 

 「思ってないさ

 「だとしても

 「あたしらは、二人じゃない」

 

 

 ―――歌が、響いた。

 

 どこからか、重なって聴こえるその歌は、彼女の通う学び舎の、リディアン音楽院の、校歌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時は遡る。雪音クリスが、絶唱によってカ・ディンギルの砲撃をそらした後。風鳴翼が、片翼に背中を押されカ・ディンギルを打ち倒した後。

 共に戦う仲間を失った響が絶望に膝をついたとき、ある少女の心もまた、折れる寸前まで追い詰められていた。

 

 「わかんないよっ! どうしてみんな戦うの!?

 痛い思いして、怖い思いして、死ぬために戦ってるの!?」

 

 彼女の名前は、板場弓美。響のクラスメイトで、二課の面々と同じシェルターで避難することになった、装者でも何でも無い、ただの、普通の少女だ。

 だから、耐えられなかった。モニターから中継される映像に、その身を賭して、ボロボロになりながら戦う装者たちの姿に。

 

 「―――分からないの?」

 

 諭すような声色で放たれたその言葉が、泣き叫ぶ弓美の耳朶を打った。彼女は疑問の声と共に、その顔を上げる。

 

 「……あ」

 

 視線の先には、こちらを真っ直ぐ見つめる友人―――小日向未来の姿があった。彼女はもう一度、同じ問いを投げかけてくる

 

 「分からないの?」

 

 ―――分かっている。分かりすぎるくらいに、分かっている。だからこそ気づきたくなかった。戦った彼女達は、大好きなアニメのヒーロー達と同じだ、なんてこと。

 

 ―――アニメを真に受けて何が悪い。

 そんなことを口走っていた自分が、馬鹿みたいだったから。それを見ているだけで、こんなに辛いなんて、夢にも思わなかったから。

 

 「うっ……あっ……。

 うわあああああああああああああっ!!」

 

 ―――結局私は、泣き叫ぶことしかできない。

 

 「……ん?」

 

 ―――?

 

 「司令ッ! 周辺区画のシェルターにて、生存者を発見しました!!」

 「そうか、良かった……!」

 

 気色の滲むその声に振り向くと、幼い少女と目があった。いや、違う、彼女の目は、モニターの、立花響に―――

 

 「あ、カッコいいお姉ちゃんだっ!」

 「ビッキーのこと、知ってるの?」

 

 そう口走った少女に、クラスメイトの安藤創世が尋ねる。すると彼女は満面の笑みで、まるで私が、アニメのヒーローのことを語るときみたいに自慢げに、嬉しそうに、口を開いた。

 

 「うん、助けてもらったの!!」

 

 「あの娘の……、人助け」

 

 自然と、言葉が口から溢れた。意識なんて全くしてなくて、思わず口走ったことに戸惑ってしまう。

 

 「ねえ、カッコいいお姉ちゃん、助けられないの?」

 

 少女の純粋な疑問に、言い辛そうに答えたのは、もう一人のクラスメイト、寺島詩織だった。

 

 「助けようと思っても、無理なんです。私達には、何もできない……」

 

 そうだ、何もできない。あの子達と私は違う。私には特別な力なんて何もないから。ただここで震えて、死ぬのを待つ以外の道なんか無いんだ。

 

 「じゃあ、一緒に応援しよっ! ねえ、ここから話しかけられないの?」

 

 応……援……

 

 「あ……」

 

 未来が何かに気づいて、パソコンを操作している男の人に話しかけた。

 

 「ここから響に私達の声を、無事を知らせるには、どうしたいいんですかっ!!

 ……響を、助けたいんです!!」

 

 その剣幕に、男の人は気圧されながらも、可能性を口にした。

 

 「……学校の設備がまだ生きていれば、リンクしてここから声を送れるかもしれない」

 「私は何をすればいいんですかっ!?」

 

 彼女の目に、躊躇いは無かった。ただ助けたいって気持ちだけが、伝わってきた。……あの子はすごいな、私とは、全然違う。

 

 「待って、ヒナ……」

 「止めても無駄だよ、私は響のために―――」

 

 創世が彼女を呼び止める。振り切ろうとする未来に、彼女はそっと首を振って、答えた。

 

 「私にも、手伝わせて」

 

 その目にはやっぱり、決意だけがあって、なんだか悔しかった。詩織もそれに続く。

 

 「私もです」

 「え………」

 

 覚悟を決めた二人を前に、驚愕に目を見開く未来。

 

 ―――私はこれで、ほんとにいいの? こうやって、何もせずに蹲っているだけで。

 

 「私も……」

 

 いいわけない。私だって、できるはずだ。ここで逃げたら、きっと一生後悔する。その一生すら、この手を滑り落ちるかもしれない。

 

 「私にも手伝わせて! こんなとき、大好きなアニメなら、友達のためにできることをやるんだ!!」

 

 そう、答えはずっと前から、胸の中にあった。

 せっかくの、アニメみたいな展開なんだ。これを逃しちゃ、二度とアニメ好きなんか名乗れない!!

 

 ―――それはなんてことない強がりで、同時に紛れもない、本心だった。

 

 私は立ち上がって、彼女達の背中を追う。なんとしてでも、届けなくては。声を、歌を、想いを。

 そうすればきっと、あの子は立ち上がってくれる。ヒーローみたいに戦ってくれる。だから私も、頑張るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どこから、聴こえている……? この『歌』は?」

 

 困惑を隠せぬフィーネの前に立ち、彷徨っていたその視線を向けさせた二人は、告げる。

 

 「戦えずとも」

 「こうやって、私達を奮わせてくれる人たちが居ます」

 

 まだだ。彼女たちは続ける。

 

 「「何より!!」」

 

 信頼と、親愛の情をこれでもかと言葉にのせ、叫ぶ。

 

 「私の友達が…………」

 「あたしの相棒が………」

 

 「「―――この程度で、倒れるワケが無い!!」」

 

 言い切った。同時に、四本の光の塔が、空に立ち昇る。

 一つは、ガングニールのギアを纏う奏のもの。

 もう一つは、フォルテの傷を輝かせる響のもの。

 

 そして、残りの二つは―――

 

 「ったく、無茶苦茶言いやがる、アイツ。普通に死にかけたっつうの」

 「だが、応えぬ訳にはいくまい!!」

 

 気恥ずかしさを悪態で誤魔化すようにするクリスと、舞い戻った片翼の激に歓喜する翼が、それぞれの墜ちた場所より立ち上がる。

 

 ―――次の瞬間、飛翔した彼女たちが纏っていたものは、神々しく輝く、純白のシンフォギアだった。

 

 

 「これが、私達の、シンフォギアだぁぁああああっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なん、だと………」

 

 その光景を前にして、驚愕に震えるフィーネは、しかし背後からかけられた声に我を取り戻した。

 

 「言ったろ、人を嘗めるなと。あいつらはお前の創り上げたものを、確かに凌駕したぜ」

 「………黙れ!!」

 

 声を荒げ、彼女は零を睨みつける。そこに秘められた憤怒は、純白の装束を纏い、空に舞い上がった彼女たちへと矛先を変えた。

 

 「私は、認めない……。言葉など要らぬだと? 歌が人を繋ぐだと? ふざけるな!!」

 

 解り合えぬその理由を、統一言語の剥奪と信じつづけていた彼女に、目の前の奇跡は到底受け入れられるものでは無かった。

 振りかざされるソロモンの杖。開かれたままのバビロニアの宝物庫から、無数のノイズが引きずり出される。

 拡散する光から召喚される異形の群れは、またたく間に街を埋め尽くし、その極彩色に塗りつぶした。

 

 「どんなに増えようと、今更ノイズっ! アタシが残らず、ぶちのめしてやらぁっ!!」

 

 威勢よく啖呵を切ったクリスが、紅白に彩られた鎧を翻し、汚泥のように溢れ変えるノイズの塊へと吶喊していく。

 

 「翼さん」

 

 その後ろで、僅かに顔を曇らせた響が口を開いた。クリスの献身を嗤われた時、暴走の中で行った狼藉を詫びようとしているのだろう。

 

 「どうでもいいことだ」

 

 だからこそ、それを見透かした翼は首を振った。

 

 「立花は、私の呼びかけに応えてくれた。自分で自分を取り戻した、その強さに胸を張れ!!

 ―――共に戦うぞ、立花」

 「翼さん…………、はい!!」

 

 それが赦しであり、決意だった。拳を握り、響はクリスのあとを追う。それに続こうとした翼の肩を、奏がポン、と叩いた。

 

 「翼も胸を張れよ。アタシの無茶振りに、きちっと応えたんだからさ」

 「………全て、奏のおかげだ。両翼揃ったツヴァイウイングは、どこまでも飛んでいける」

 

 翼の言葉に、奏は一瞬きょとんとし、照れるような仕草を見せた後、声を上げて笑った。

 もう、言葉はいらなかった。示し合わせる様子すらなく、二人は全く同じタイミングで、響たちに追いすがった。

 

 振るわれるのは、今までの物が児戯に見えるほどにまで強化された技の数々。その一撃一撃が大地を割り、見る間にノイズを灰の粉へと散らしていく。

 

 

 

 

 「―――で、見え透いた時間稼ぎなんかして、お前は何がしたいんだ?」

 

 駆け引きも何もない純粋な疑問を、天を舞いながら異形を殲滅する戦姫たちを見守っていた零が発した。それにフィーネはふっ、と息を吐いて笑みを漏らし、どこか得意げに言った。

 

 「今に見せてやる。あれらと違って華やかではないだろうがな。果たして、澄ましたままでいられるかな?」

 

 彼女の挑発に、零は皮肉げに笑って、望むところだと返す。

 間を開けず、あらかたノイズを殲滅し終えたらしい響たちが、眼下のフィーネに意識を向けた。同時に、彼女はがらり、と纏う空気を変え、嘲るような笑いを漏らした。

 警戒を強める戦姫達を前にして、フィーネは手に持った杖を両手で握りしめると、そのまま自らの腹を穿った。

 

 「あ……う……ッ!」

 「自決………? いや、違う!?」

 

 鮮血を吹き零し、苦悶の声を漏らす彼女に、瞠目する翼が事実に至った。その言葉を継ぐようにして、零が口を開く。

 

 「なるほど、ネフシュタン同様、その身と融合させるつもりってことか。………だが」

 

 語尾に不穏な雰囲気を漂わせ、彼は口の端を不愉快そうに歪めた。後に起きる変化を予測したかのように。

 そしてその結果が、自分に及ぼす影響を厭うように。

 

 「なに……、あれ、ノイズが……」

 「フィーネを取り込んで、いや、取り込まれてやがんのか!?」

 

 未だ残されていた無数のノイズが、次々とフィーネのもとへ吸い込まれていく。異形達は彼女に接触した瞬間、醜く溶け崩れ、水に浸した粘土の如くへばりついた。

 幾百、幾千、幾万、異形の成れの果てに埋もれるフィーネは、仕上げとばかりに叫んだ。

 

 「来たれ、デュランダル!!」

 

 その声と同時に、形を失ったノイズの集合体が触手のように伸ばされ、崩壊したカ・ディンギルの最奥に位置するデュランダルを、絡めとった。

 不滅の聖剣すらも、極彩色の肉の中に取り込み、異形は肥大化を続ける。そうして、最後に形作られたものは―――

 

 「あれは……何?」

 

 竜、だった。赤い、巨大な竜。目次録の、終焉の獣。

 

 それは呆然とする響達を一瞥し、ゆっくりと、別の方向へ向きを変えた。その先にあるのは、彼女達の暮らす、街だった。

 

 「待っ―――」

 

 制止は既に遅く、取り込まれたデュランダルから抽出されたエネルギーが、膨大な熱を内包した光芒となって撃ち出された。

 放たれた暴力は、戦姫達が反応する間もなく街へ到達し、その猛威を奮う―――

 

 ―――アブソリュート・ゼロ

 

 響いた静謐な呟きが、光を消した。文字通り、残滓すら例外なく消滅させた。着弾点、凄惨な破壊の根源となるはずだったその場所に、フィーネは一人の青年を見留める。

 

 「まだ……、立てたか」

 

 純粋な感心とも取れるその台詞に、零は気怠げに、しかし不満そうに応じた。

 

 「はあ……、動けねぇ振りがばれちまったじゃねえか」

 

 (…………振り? それはまさか……)

 

 彼の戦線放棄とも取れる言葉は、装者の中でただ一人、最も近い位置にいた翼だけに届いた。聞かせるつもりのなかっただろう愚痴めいた台詞に、彼女は疑問を抱く。

 確かに彼は、わざわざ時間制限のある武装を使用し、反動により戦闘不能に陥っていた……、正確には、そう見せかけた。

 そのまま戦えば、フィーネを倒し切ることもできただろうに、そうしなかった。それが意味するのは、一体どのような事実か。

 

 「だが、その決意は認める」

 

 その答えが出されるより先に、零が言葉を発した。薄い笑みを浮かべ、冷然とした態度で。

 

 「お前が世界を滅ぼす怪物になるのなら、俺は神になろう。

 ―――俺の人(せい)、全部とは言わねえがくれてやる!!」

 

 言って、彼は瞼を閉じ、革靴の踵でカツン、と地面を打った。

 するとたちまちに、まるで水面に小石を投げ落としたかの如く、()()()()()()()。それと同時に、固体であるはずの舗装された地面が、波が伝播する端から、色鮮やかな液体とへと変じていく。

 赤と青の二色の中に、銀の光を煌めかせるその液体は、またたく間に竜と戦姫達の対峙する戦場を覆い尽くした。

 

 「なんだ、これは……?」

 

 目の前で発生する余りに不可解な事象に、竜の体内に潜むフィーネが困惑の様子を見せる。それは響達も同様だ。

 その現象の何よりも異様な点は、何一つ沈むものが無い、ということだった。

 粘性など微塵も感じられぬ、滑らかな液体に変わったはずの地面は、しかし透明な薄い板でも隔てているかの如く、あらゆるものの侵入を拒んでいた。

 色彩豊かな泉に誰もが目を奪われる中、広がる波紋の中心に立つ零が、そっと、閉じていた瞳を開く。

 そして、彼は厳かに艶めいた唇を開き、その言葉を紡いだ。誰一人知ることのない、覚悟を秘めて。

 

 人の姿を捨て去り、神へと近づくための、たった二文字の言葉。すなわち―――

 

 

 

 ―――ゼロ

 

 

 

 瞬間、とぷん、という、拍子の抜ける程にあっけない音と共に、彼は沈んだ。不可侵たる地面、否、水面を割り、その中へと落ちる。

 落ちて、堕ちて、墜ちていく。

 同時に、揺らめく液体が銀の輝きを強め、一切の抵抗なく沈みゆく彼から、何かを剥ぎ取っていった。彼が彼であるための、大切な何かを。

 代わりと与えられるのは、より強度を増した埒外の力。純然たる化学の結晶にして、数多の人類から崇められる神秘。ウルトラマンへと、そしてその先へ至るための()()()()()()()()()()()()

 

 『良いのか?』

 

 肉体が解け、意識がむき出しになる中、露わになった彼の冷静な部分が、そう問いかける。

 

 『いいんだよ、これが俺らしさで、()()()()()()

 

 それでも彼は、気泡を吐き出し笑って見せた。その笑みは、諦めたようで、開き直ったようで、かえって痛々しかった。その様子に、つかの間現れた彼の別側面は、呆れたような気配を漂わせ、そのまま消えた。

 

 半径数キロに渡って広がっていた二色の泉が、まるで潮が引くかのように彼の沈んだ場所に吸い込まれ、直後、光を噴き上げた。

 響たちが立てたものよりも、なお神聖な光輝を纏う実体無き巨塔は、僅かな間だけ現世にその威容を示し、散り際に神を呼んだ。

 

 「零……、さん?」

 

 極光に眩んでいた瞳を恐る恐る開いた響が、目の前に立つ巨人に、呆然と問うた。赤と青、そして銀。その三色に彩られた其れがゆっくりと振り返り、黄金の双眸で響を見据える。

 

 「いや」

 

 悠然と言葉が放たれる。人とは大きくかけ離れたその顔には、確かに口と思しき部位が認識できた。だが、そこは微動だにすることは無く、聴こえた音は鼓膜より体を震わせるようだと、響は感じた。同年代の女子と比べてもずいぶん少ないだろう語彙から、かろうじてテレパシーという言葉が引っ張り出され、それが自分たちがさっきまで行っていた念話と同義だと気付く。

 

 「俺の名はゼロ、ウルトラマンゼロ。お前の知る、千原零という人間だったものだ」

 

 響はふと、過去形で語られる事実に、姿を変えた、以上の意味が込められているように感じた。

 

 「詳細は翼と奏に聞け。といっても、この姿を見せるのは初めてだが」

 

 (……なんだろう?)

 

 ついで、違和感。続けられる言葉に形容し難い何かを感じながらも、しかし彼女はそれを呑み込み、言われた通り翼と奏の二人に意識を向けた。

 

 ゼロはそれで義務は果たした、と彼女に背を向け、再び邪竜と相対する。竜の身体が変形し、至るところから生えた触手が巨人目がけて放たれた。

 それらが眼前に迫ろうとも、焦りの色一つ見せない彼は、その態度通り、腕の一振りで伸ばされた触手を全て叩き落とす。

 

 ―――エメリウムスラッシュ

 

 姿勢を低くしたゼロの、額のビームランプが一際強く発光し、エメラルド色のレーザーが撃ち出される。一見頼りなさすら感じるか細い光線は、しかし直撃の瞬間、その直径からは考えられぬ程の大穴を竜の体に穿った。

 

 「――――――ッッ!!」

 

 受けたダメージに、竜が退く動作を見せる。

 だが、遅い。瞬間移動じみた速度でその背後に移動したゼロが、強烈な回し蹴りを見舞う。空気との摩擦によって発火した左足が、轟音と共に赤い肉を抉りとった。

 

 しかし、竜の身体の構成要素の一つは、完全聖遺物ネフシュタン。瞬時に傷は塞がり、跡形も無く埋められた。

 

 「まさかそこまでとは……」

 「結局面倒なのに変わりはねえってことかよ!」

 

 見せつけられた揺るぎのない回復力に、装者たちが目を見張る。ゼロの攻撃が尋常ではない威力を秘めていたことを理解しているだけに、それを最終的には無傷で受け切って見せた事実に、驚愕を隠せなかったのだろう。

 

 そしてもう一つの構成要素たるデュランダルもまた、その無限の破壊力を示す。竜の口部分にエネルギーが集中、直後、先程以上に威力の増した光線が撃ち出された。

 

パチンッ

 

 背後の戦姫達が身構えるのを、視界に収めることすらなく認識したゼロは、安心しろとでも言わんばかりに指を鳴らした。

 同時に、虚空が割れ、光が漏れた。それに吸い込まれるかのように光線が消失し、割れ目が一度閉じる。

 間を開けず、再度出現した割れ目から光線が逆方向に発射され、竜を焼いた。滅びの獣が自分を真っ先に滅ぼす、というのはなかなかの皮肉だが、現実はそう甘くない。

 

 「どうすれば……」

 

 凄まじい勢いで再生する竜を前に、突破口を見つけられずにいる響が焦りの声を漏らす。やみくもに攻撃するだけではこちらが疲弊してしまう。巨人の助けがいつまでも得られるとは限らないし、流れ弾が街を破壊する可能性もあった。

 

 「ヒントをやる」

 

 彼女の思考を遮断したのは、突如頭に響いた厳かな声だった。どうやらそれは他の装者達にも聞こえていた様で、各々の表情に降って湧いたチャンスに対する期待が浮かんでいる。

 翼だけは、先程の呟きへの疑問が残っていたようだが、今は気にするべきではないと割り切ったのか、彼女も続く言葉を待つことを選んだ。

 そんな彼女の逡巡を見透かしているのか、一瞬翼に黄金の視線を送ったゼロが、ゆっくりと話し始める。

 

 「無限をゼロにするには、どうすれば良い?」

 

 余りに簡潔、かつ唐突な問いに、戦姫達は硬直した。遅れて、それがネフシュタンの持つ無限の再生力を凌駕する方法を問うている事に気づく。

 

 「って言われてもなぁ、算数ならゼロをかければ良いけど、そう簡単には行かないだろうし……」

 

 難色を示す奏、後ろにて浮遊している二人―――響はまだそのあたりの学習は済んでいないし、クリスに至ってはその生い立ちから義務教育すら受けられていないため、解答を導きだすのは難しそうだ。

 

 「翼はどうだ?」

 

 最終的に、翼に白羽の矢が立った。直感的な戦闘を主とする装者が多い中、どちらかといえば頭の切れる方である彼女を頼るのは至極当然と言える。三人分の視線をを集めた翼は、少し考えるそぶり見せると、口を開いた。

 

 「ゼロをかける以外にも、一つ。無限から無限を引けば、相殺できる」

 

 解答は既に示されていた。先程彼は、放たれた光線、()()()()()()()()()()()デュランダルから放たれた攻撃を撃ち返してみせた。それと同じことをすればいい。

 

 「デュランダルを取り返し、立花に起動させて対消滅を狙う。正解だ」

 

 翼が答えに至ったと判断したらしいゼロは、説明を引き継ぎ、他の装者たちの理解を追いつかせた。合点がいったとばかりに奏とクリスが気勢を上げる。

 

 「なるほど、そういうことなら話が早えっ!!」

 「ああ、あん中のどこかにあるデュランダルを見つけて引きずり出せばいいんだろ?」

 

 今にも突撃せんばかりの二人に、翼はため息を吐きつつ、追随して突っ込みそうな立花に釘を刺そうと振り向いた。作戦のかなめたる響に軽率な行動をとられては困るからだろう。

 

 「おい、立花…………、どうした?」

 

 だが、彼女が発したのは注意を促すための呼びかけでは無く、疑問の声だった。普段なら自分も続かねばと奮起するだろう響が、しかし我ここにあらず、という様子でゼロの方に視線を送っていたからだ。

 

 「えっ? ああ、いや、何でもありません」

 

 翼の呼びかけに正気を取り戻した響が、歯切れ悪く返答する。翼は訝しげに顔を顰めたが、追求することはなかった。

 それもまた、今は気にすべきではないと割り切ったのだ。このあたりの判断は、防人となるべく育てられた故の、物分りの良さもあるのかもしれない。視線に気付いていたはずのゼロも、あえて意識を向けることは無く、竜の方へと向き直った。

 結果として、彼女の抱いていた違和感の正体は判明しなかったが、たとえここでそれを明らかに出来ていたとしても、この後起こる事象に変化は無かっただろう。

 

 「中身を炙り出すのは俺がやる。お前らはもう少し待て」

 

 それぞれの得物を構え、吶喊しようとしていた二人を、ゼロがそう言って制した。出鼻を挫かれた奏とクリスが不満を見せるが、戦略的に見れば任せられる部分は全てゼロに任せた方が良い、ということは理解していたらしく、素直に退いた。

 それを確認したゼロは、左手首に右の掌を翳した。直後、虚空から鏡のようなものが出現し、彼の手に収まる。

 間髪入れずそれは投擲され、竜の頭上で止まった。ついで、青色の光粒を纏う左手が翳される。

 すると、縦長の六角形をした鏡が何十何百と複製され、竜の周りを取り囲んだ。

 

 ―――エメリウムプリズン

 

 最後に、先程放たれたものと同色の光線が、今度は幾条にも分散されて撃ちだされた。翠緑の軌跡を空に刻みながら、竜の身体に無数の風穴を開けた光線は、それぞれが宙に浮かぶ鏡に反射され、再び竜の下へ殺到する。

 作り出された輝く檻は、瞬く間に竜の身体をズタズタに引き裂いた。

 

 「見えた!!」

 

 同時に、クリスが叫ぶ。ゼロの技にから受けた傷は再生されたが、その中に隠されていたデュランダルを、彼女の目は確かにとらえた。

 

 「サンキュー、零……じゃなくて、ウルトラマンゼロ」

 「気にするな、行け」

 

 逆転の一手を見出した装者達が、次々と竜の下へ向かっていく。先陣を切るのは、デュランダルを捕捉したクリスだ。遠距離大火力を特徴とするギアを纏う彼女だが、届く前に撃ち落とされる可能性を警戒してか、接近を選んだようだ。

 当然、竜からの迎撃が彼女を襲う。巨体から伸ばされ、唸りを上げて迫る触手を前に、しかしクリスは突進の勢いを緩めない。

 

 ―――STAB∞METEOR

 

 触手が彼女の下に到達する寸前、突如発生した竜巻がそれらを薙ぎ払うように吹き散らした。奏が槍を、穂先を回転させて生み出した竜巻もろとも一閃したのだ。

 

 「そのまま行け!!」

 「おうよ!!」

 

 これでクリスを妨げるものは無くなった。彼女の鎧が変形し、背中から六本のアームのようなものが伸びる。

 そしてその先端それぞれに、巨大なミサイルが装填された。

 

 ―――MEGA DETH SYMPHONY

 

 「ぶっ飛びな!!」

 

 猛々しい声と共に、彼女は六基のミサイルを同時に発射した。排気された煙を後に残しながら迫る弾頭に、ついに竜は口腔からの光線を迎撃として選択した。

 一瞬の溜め、しかし銃弾とは違い速度にかけるミサイルでは、その僅かな間に距離を詰めることができない。

 収束したエネルギーが解放され、何ら戦果を挙げぬままクリスの攻撃が撃墜される―――

 

 「させねえよ」

 

 ―――ことはなかった。光線は確かに放たれた。一切の妨害なく、躊躇なく。ただ撃ち放たれたその瞬間に、開いた空間の裂け目に吸い込まれただけだ。

 そしてミサイルはその裂け目を避けるかのように弧を描き、頭頂部の辺りで六つまとめて炸裂した。

 

 ズドオオンッ!! と大地を震わす衝撃音が弾け、竜の肉体を大きく吹き飛ばす……が、まだ足りない。確かに彼女の爆撃は大きなダメージを与えたが、それはデュランダルの在り処には達していなかった。

 こそげ取られた外皮の再生を急ぐフィーネ。その再生力に例外など無く、負わされた手傷を埋めようと赤い肉が蠢く。

 

 「まだだっ!!」

 

 だが、戦姫は一人にあらず。上空に舞い上がった橙の鎧を纏う装者―――天羽奏が、手に持っていた槍を真下の竜へと投擲する。

 

 ―――GRAVITY∞PAIN

 

 直後、急降下。先んじて竜に到達し、その穂先を突き立てていた槍目がけて、真っ直ぐ足を打ち落とす。だが、彼女のその足は槍の石突では無く、穂の刃のない部分の左側目がけて繰り出されていた。

 このままでは、蹴撃のエネルギーは回転運動に消費され、刺突の威力を減じさせてしまうだろう。すわ、失敗か。

 ―――否。奏の右足が槍に接着し、衝撃が伝わる寸前、青い軌跡が彼女の隣に到達した。反対側に、蒼い装甲に包まれた足を乗せるのは、アメノハバキリを纏う装者、風鳴翼。

 二年の時を経て、ようやく揃った両翼が、眼下の竜を貫かんと渾身の力を込める。対する竜は、何としてでも内部に辿り着かせまいと、寄せ集めるように他の部位から赤い肉を集中させた。二人の戦姫が蹴り込む撃槍と、それを押し返さんと隆起する肉の波が拮抗する。

 

 「「いっけぇぇええええええっっ!!」」

 

 拮抗が破れたその瞬間、作戦の要として後方に控える響は、天へと伸び上がる一対の翼を幻視した。

 直後、爆裂。内部へと達した奏と翼が、それぞれの必殺技を行使したのだ。橙と青の鮮やかな閃光が弾け、竜の肉体に大きな損傷を与える。

 飛び散った大小様々な大量の肉片の中に混じって、黄金の輝きを放つ物体が宙に投げ出された。それは紛れもない逆転の切り札、完全聖遺物『デュランダル』だ。

 

 「渡すものか!!」

 

 空を舞う巨剣目がけて、無数の触手が伸びる。ただ技の余波に吹き飛ばされただけのデュランダルは見る間に失速し、迫る触手を振り切ることなど叶うべくもない。

 響が慌てた様子でデュランダルの元へ急ぐが、遅過ぎた。空を駆ける彼女より一足早く、触手が剣と元へと到達する―――

 

 「ちょっせえ!!」

 

 ―――寸前、剣が不可解に跳ねた。クリスが手に持つ二丁拳銃型のギアで狙撃したのだ。目標を見失った触手は空振り、虚空を括った。

 なおも連射される弾丸が、重力に引かれて落下するデュランダルを、響の元へと跳ね上げていく。

 

 「取りこぼすなよ、立花!!」

 「絶対に、掴み取れぇ!!」

 

 竜の体内から脱出した二人の言葉が、響の背中を押す。

 

 「……解り、ましたぁっ!!」

 

 加速。伸ばした手が、ついにデュランダルを捉えた。間髪入れず、その柄を握りしめる。……だが。

 

 「―――だがその破壊衝動、押さえきれるものか!!」

 

ドクン

 

 「う、ぐぁ、ガ……、はぁっ」

 (ふんばら、ないとっ……)

 

ドクン

 

 「グウぅ、あガアっ……」

 (駄、目……だ)

 

 同仕様もない黒い衝動が、彼女の心を塗りつぶす。抗おうと足掻いても、引き剥がしても、振り払っても、決して緩まず、より激しく響に襲いかかる。

 

 (このまま……、じゃ、消え―――)

 

 「正念場だッ! ここが踏ん張りどころだろうがッ!!」

 「―――ッ!」

 

 引き戻される。

 

 「強く自分を意識してください!!」

 「昨日までの自分を!」

 「これからなりたい自分を!」

 

 「……みんな」

 

 いつの間に、地上に出てきたのだろうか。二課の面々が、口々に彼女を励まそうと声を張り上げる。

 

 「屈するな、立花。お前が構えた胸の覚悟、私に見せてくれッ!!」

 (翼さん……)

 

 「お前を信じ、お前に全部賭けてんだ! お前が自分を信じなくてどうすんだよッ!!」

 (クリスちゃん……)

 

 「そのギアに、ガングニールにあたしが託した想い……。忘れないでくれッ!!」

 (奏さん……)

 

 「ウグゥ……、ガァァアアアああっ!!」

 

 「あんたのお節介を!!」

 「あんたの人助けを!!」

 「今日は、わたしたちが!!」

 

 クラスメイトの声が聞こえる。歌を届けてくれた、彼女たちの声が。戻って来いと、そう呼びかけてくる。

 

 

 (でも、足りない……。後、もう少しなのにっ……)

 

 押し寄せるどす黒い感情の闇が、底なし沼のように響を離さない。引き上げられた端から、絡みついて、沈んで……。

 

 

 「響ぃいいいいいいっっ!!」

 

 (―――はっ)

 

 引きずり込まれる、その寸前。ひだまりの言葉が、かけがえの無い親友の言葉が、滑り込むように割って入った。

 

 (そうだ。今の私は、私だけの力じゃない……っ!!)

 

 「この衝動に、塗りつぶされてなるものかッ!!」

 

 闇が、弾けとんだ。いつかの焼き直しのように、デュランダルを振りかざす彼女の目に、しかし狂気の色はない。

 ただ真っ直ぐな決意だけが、純粋な想いだけが、その瞳には宿っていた。

 

 (立花……)

 (ははっ、やればできるじゃねえか)

 

 傍らに寄り添う二人の戦姫は、ふっと、満足そうに笑みを漏らした。荘厳たる光の柱が、空へと立ち昇り、世界を照らす。

 

 「その力、何を束ねた!?」

 

 フィーネの、驚愕の声。

 

 「いいやッ!

 その力、震わせてなるものかぁ―――ッ!!」 

 

 ついで、触手が伸ばされる。それらは眼前の響めがけ、容赦なく繰り出され―――

 

 「はぁっ!」

 「ふんっ!」

 

 立ちはだかった、一人の戦姫と、一体の巨人に阻まれた。その様子に、翼とクリスが焦りの色を見せる。

 

 「奏っ!?」

 「巻き込まれちまうぞ!?」

 

 警告に、ゼロは変わらぬ様子で、冷静に返答した。

 

 「問題ない、放て」

 

 直後、その姿がかき消える。なんの前触れもなく。三人の装者は瞠目の後、同時に頷いた。

 

 「ああ!」

 「おうっ!」

 「はいっ!!」

 

 一際強く、光が脈打った。それに秘められるのは、文字通りの無限大の力。

 

 「響き合うみんなの歌声がくれたっ!!」

 

 巨剣が、振り下ろされる。

 

 「シンフォギアでえええええええっ!!」

 

 

 

 ―――Synchrogazer

 

 光が、炸裂した。莫大なエネルギーをその身に受け、竜の体が徐々に崩れ去っていく。

 

 「完全聖遺物同士の、対消滅……」

 

 呆然とした様子で、フィーネは呟いた。受け入れられぬとばかりに。負けられないと、ばかりに。

 

 「この身、砕けてなるものかああああああっ!!」  

 

 そして、終焉を告げる赤き竜は、粉々に消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟と化したリディアン音楽院。迎え入れるかのように集まった人びとの視線の先には、二つの人影があった。

 立花響と、その肩に、ぐったりとした様子で担がれる、フィーネのものだった。その身体に纏われるネフシュタンの鎧には、かつての無限の再生能力は、一片たりとも残されていない。

 

 「何を、馬鹿なことを」

 

 地面に降ろされ、意識を取り戻したフィーネが、立ち上がりながらにそう問いかけた。

 それに響は、笑って、なんてことないかのように、答えた。

 

 「みんなにも、よく言われます。親友にも、変わった子だ〜……って」

 

 照れ笑いすら浮かべて、先程の死闘などなかったみたいに、穏やかに彼女は告げる。

 

 「もう、おわりにしましょう、了子さん」

 「私は、『フィーネ』だ。」

 

 否定の言葉に、彼女はゆっくりと首を振り、口を開いた。

 

 「了子さんは、了子さんですから」

 

 実際、そうなのだ。彼女はフィーネが目覚める前の櫻井了子を知らない。

 だから、たとえ演じていたものだとしても、欺きついでの戯れだったとしても、立花響にとっての櫻井了子は、フィーネ以外には有り得ないのだ。

 押し黙るフィーネに、彼女はなおも続ける。

 

 「きっと私たち、分かり合えます」

 

 一初めてあったときと、変わらぬ思いで、変わらぬ笑顔で、そう言い切った響を前に、フィーネはようやく口を開き、歯切れ悪く言葉を紡いだ。

 

 「……ノイズを作り出したのは、先史文明期の人間。月に宿るバラルの呪詛によって『統一言語』を失った我々は、手を繋ぐことよりも相手を殺すこと求めた。

 そんな人間が、分かり合えるものか」

 

 吐き捨てるように、彼女はそう断じた。あの道しかなかったのだと。月を穿ち、世界を天変地異へと落とし入れ、人々を支配する以外には。

 

 「人が言葉よりも強く繋がれること、分からない私たちじゃありませんっ!!」

 

 きっと、彼女は眩しかったのだろう。立花響と言う少女の、純粋さが、一途さが。愚かささえも、その無知さえも、輝いて見えたのだろう。

 だからこそ、見なかった、聞かなかった。目を逸らし、耳を塞いで、己の想いが正しいのだと、そう言い聞かせるより他なかったのだ。

 

 「………ふう」

 

 フィーネが、息をつく。疲れた、と言わんばかりに。その様子に気を緩めた響を、誰も責められまい。

 

 「でああああああああああああッ!!」

 「―――ッ!?」

 直後、彼女は纏っていたネフシュタンの鎧に、未だ接続している鞭を、振り上げた。不意打ち、しかしその一撃は、とっさに反応、回避した響には当たらず、明後日の方向へと伸びていく。

 

 「了子さん、もう止め―――」

 「私のォッ! 勝ちだああああああああッ!!」

 

 制止の言葉は、彼女の叫びにかき消された。弾かれるように振り向く響。その視界にある、鞭が向かう先にあるのは、砕かれた、月の破片。

 

 「まさかっ!!」

 

 彼女の目論見に気づいた弦十郎が焦りの声を漏らすが、もう遅い。物理法則を超越して伸長する鞭は、瞬時に月へと到達し、その切っ先を突き立てた。

 

 「月の欠片を、落とす!!」

 

 宣言通り、それは行われた。大地を砕きながら、己が鎧と、肉体さえも贄にして、フィーネは力の限り、鞭を引いた。

 目の前で起こった凄まじい現象に、装者達は驚愕のあまり色を失う。

 

 「なん、だとぉッ!?」

 「本当に……月を、引っ張りやがったのかよっ!!」

 

 そんな彼女たちを尻目に、フィーネは勝ち誇ったように笑う。

 

 「私の悲願をし邪魔する禍根は、ここで纏めて叩いて砕くッ! この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからなッ!!」

 

 言葉通り、彼女の肉体が滅びようと、この世界に無数に存在する、彼女の遺伝子を継ぐものがいる限り、彼女が消えることはない。聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形が、子孫の魂を塗りつぶし、肉体を乗っ取ることで、彼女は何度でも蘇るのだから。

 

 「どこかの場所ッ! いつかの時代ッ! 今度こそ世界を束ねるためにぃッ!! 

 私は栄円の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁッ!! 

 

 アッハハ、ハハハハッ、アハハッハハ―――」

 

 伸ばされる何かを。苛立ちを覚える程に温く、心地いいそれを、振り払うようにして、彼女は哄笑を上げた。

 融け落ちた蝋のような、消え損ないの命を燃やし尽くし、選択の時間切れを早めようとしているのだろう。

 そうしなければならない程に、彼女の心はきっと、揺れていた。

 

 

トンッ

 

 「―――ぁ」

 

 拍子抜けるほどに軽い、小さな音が、彼女の哄笑を止めた。見下ろした自分の腹には、響の拳が当てられている。すっと、彼女は顔を上げて、フィーネと目を合わせた。

 一片の曇りもない、晴れやかな表情。怒りもなく、憎悪もなく、ただ穏やかに自分を見据える少女に、フィーネは戸惑いを隠しきれない。

 

 「そう、ですよね……」

 

 何が、だ。疑問を発するか決めかねる彼女が口を開くより早く、響は続けた。

 

 「どこかの場所、いつかの時代、蘇るたびに何度でも。私の代わりに、みんなに伝えてください。

 世界を一つにするのに、力なんて必要無いってこと。言葉を超えて私たちはひとつなれるってこと」

 

 紡がれる言葉に、フィーネの表情が変わっていく。二人を囲む者たちが、呆れたように笑みを浮かべる。

 

 「私たちは、未来にきっと手を繋げられるということッ!! 

 ……私には、伝えられないから」

 

 そこで、彼女は自らに言い聞かせるかのようにそっと目を閉じた。数瞬開けて、開いた瞳で真っ直ぐフィーネを見据えると、口を開く。

 

 「了子さんにしか、できないからッ!!」

 

 「お前……まさか………」

 

 啞然とした様子で、フィーネが言葉を漏らす。心に生まれた問いを、彼女が口にする前に、屈託のない笑顔で、響は言った。

 

 「了子さんに『未来』を託すためにも、私が『今』を守ってみせますねっ!!」

 

 終わらせないと、繋ぐのだと。説得に耳すら貸さず、尚も足掻こうとした敵すらも、信じ抜こうとするその在り方に、フィーネの心が、揺らいだ。

 

 「……ふう」

 

 そっと、彼女は息をつく。今度は打算もなく、演技でもない。ただ、手に余るほどに優しい少女の真っ直ぐさに、呆れただけのこと。

 

 「本当にもう。放っておけない子なんだから」

 

 そうやって諭すように話す彼女は、『フィーネ』では無く、紛れもない、『櫻井了子』だった。とうに限界を迎えていたのだろう。彼女の体は少しずつ、崩れ去ろうとしていた。

 それでも、ひび割れの走る身体を動かし、響と目線を合わせた彼女は、優しげに告げた。

 

 「胸の歌を、信じなさい」

 

 それが、最後の言葉だった。

 

 ゆっくりと、彼女は目を閉じる。またどこかで蘇り、少女との約束を果たし続けることを誓って。

 さようならは言わない。一度か二度くらいは、会えるんじゃないかと言う打算があったから。再び、永い人生の始まりだ。それに今度は、終わりがない。随分と、頑張らなくては―――

 

 

ズガッ

 

 

 「いいや。お前はここまでだよ、フィーネ」

 

 今正に崩れ落ちんとしていたフィーネの、半ば石化した胸を、背後から何者かの腕が貫いた。一切の感情を伺わせない、無機質な声と共に。

 直後、パアン、と穏やかに風化していく筈の彼女の身体が、弾け飛んだ。その破片は空中で解けるように霧散し、跡形も残さず散り果てた。

 

 「どうして……、ですか」

 

 響が、下手人に問いかけた。その真意を。

 

 答えは、返ってこない。目の前の青年は、()は、ゾッとするほどに冷めた、氷のような表情で、拳を震わせる彼女を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。