戦姫絶唱シンフォギアUF   作:あたまくら

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エピローグ:決着

 

 目を開けると、光があった。太陽すら霞みそうな明るさ、しかし目が眩むこともない不思議な光に満たされた、果てのない空間。

 

 その異様に目を奪われ、しかしすぐさま我に返る。私―――フィーネは振り返り、そのまま背後を睨み据えた。

 

 「何故、殺さなかった」

 

 発した声に応えるようにして、ふわり、と、漂う光の靄が寄り集まり、黄金の人型を形造る。

 現れたのは、こちらの予想通りの人物。銀の髪が靡き、その隙間から覗く黄金の瞳が、私を射抜く。

 

 「殺せなかったんだよ」

 

 憎らしい程に美しい相貌に笑みを浮かべた青年、零は、私の問をそう()()()()()()

 息を吐く。ため息だ。呆れ返って声も出ない、と言わんばかりに、彼を煽ってやる。

 

 けれど、返ってきたのは、こちらの気が抜けてしまうような、穏やかな笑い声だった。

 小揺るぎもしないその余裕に、私は諦めて別の問を投げかける。

 

 「ここは何処だ?」

 

 肉体を失ったはずの私が存在を許されている、黄金に輝く光に満たされた空間。普通ならついて回るだろう悪趣味さは欠片も感じられず、ただ神秘と荘厳さだけがにじみ出ていた。

 

 「俺の力で作り出した空間だ。外部とは時の流れが異なる。幾らでも話せるぜ」

 

 何でもないことのように語る事実の途方の無さに、一瞬驚顎し、だが目の前の存在ならやってのけるだろうと、平静を取り戻す。

 ここに閉じ込めてでも置くつもりか、と誂ってやろうかとも思ったが、つい先程の真っ直ぐ過ぎる少女とのやり取りで毒気を抜かれたせいか、実行に移す気にはなれなかった。

 口を噤む私が生んだ会話の空白を埋めるようにして、彼が口を開く。

 

 「今、俺の身体の主導権は俺に無い」

 

 驚きは、無かった。なんとなくだが、解ってはいたから。

 私を絆したあの少女と同じか、あるいはそれ以上にこの男は甘い。恐らく人間に対してのみ、だが。

 人の域からはみ出した不死性を得ていたならともかく、ネフシュタンを破壊されたあとの私に手を下す理由を、彼は持ち合わせていない。

 

 「ならば、誰がお前を使っている?」

 

 一瞬、彼が浮かべる笑みから、余裕が失せた。代わりに憂いを帯びた陰が、顔にかかる。

 

 「…………察しは、大体ついてる」

 

 予想外の反応に動揺を覚えた私の様子に、彼は気づかずにそう返答した。単なる興味で踏み込むには、少しばかり深刻な内容だと理解するが、もう遅い。

 

 「俺たちは、十万年以上の時を生きる」

 

 その、いい加減慣れてきた理外の事実の暴露を皮切りに、彼は自身の半生を語り始めた。

 

 最も、本当に重要な部分を掻い摘んだだけなのか、一万年の旅路は、殊の外あっさりと終わりを告げる。

 幾つもの宇宙を超えた眼の前の青年の来歴を知った私は、その感想をたった一言で述べた。

 

 「貰いすぎた、のだな」

 

 本当に、ただそれに尽きた。当然彼も自覚していて、こくり、と銀の髪を揺らしながら頷く。

 分不相応、と言うわけではないにしろ、彼が得たもの継いだものは余りにも多過ぎた。

 ゆっくり、少しずつ、馴染むまで待ちながら混ぜ合わせるなら、問題はない。けれど、何もかもを一気に放り込んでごちゃまぜにしてしまえば、もともとあったものの名残など消え失せる。

 

 「俺という存在は、保ってあと一万年らしい」

 

 これがすべての答えだ。彼が二課に入ったのも、私の所業に見て見ぬ振りを続けたのも、ここに至って装者達の前に立ち塞がったのも。あるいはこんな所にわざわざ訪れたことも、全部。

 つまるところ彼は、諦めたかったのだ。

 

 「短ければ数百年、それで俺は別の何かに変わっちまう。いや、変化というよりかは昇華、だな」

 

 それでも、十分な時間だ。只人よりも遥かに長い余生を、しかし実にらしくもなく彼は憂う。その理由は―――

 

 「だからこそ俺は、この想いを誰かに託―――

 

 「―――捨てたいんでしょう?」

 

 独白するような調子で紡ぎ出された言葉に割り込み、本当を突きつける。仮初だったはずの、今はもう本物になってしまった、櫻井了子の声で。

 彼が体を強張らせる。自覚させられたことより、誤魔化そうとしていた自分に驚いているように見えた。

 どちらにしろ、初めてやり返せた気がして、少し爽快さを感じてしまう。

 

 「ああ、お前は、知ってたんだな」

 

 その確証を得るための問いに、頷く。

 彼の自我は増幅される力に耐えかね、遠からず消滅する。だが、生物である以上、何かしらの行動理念だけは必ず残留する。

 そして彼は恐らく、その最後に残せる自分の意志を、傍観に定めようとしているのだ。

 平和の追求などという理念を残して、まかり間違って人を滅ぼしてしまわないために。人の守護を誓い、その他を蔑ろにすることのないように。事実、そうなった機構は彼が見てきたものだけでも相当数存在していて、彼の危惧は杞憂などではなく、それらに裏打ちされた確かなものだ。

 ただそれは、彼にとっては苦渋の、文字通り精神()を切り分かつような決断だった。

 

 「だからあれは、神に近い部分だけを切り取った、俺の一部。俺が無意識に拒絶してしまったものだ」

 

 人とも神とも言い切れない、変化の途上にある半端な肉体。それを無理くり割り切ろうとしたために、心までもが分かれてしまった。

 

 「あれが何を目的として、俺の身体を使っているのかは分からない。ただ明確な事実は、あれが彼女達を傷つけているということだけだ。

 ……………これこそ、ウルトラマンゼロ一生の不覚だ」

 

 一呼吸おいて、彼はそんな弱音を吐いた。

 けれど、どうしてだろうか。

 そこに悲観的な響きは欠片もなく。そして彼はまだ、笑っていた。諦観を混じらせたようなものでは無く、自棄になって浮かべるようなものでも無い。

 ただ純粋に、湧き出る感情に自然と漏れ出た、晴れ晴れとした笑みだった。

 

 「何か、打てる手でもあるの?」

 「いいや、一つとして無い。お手上げだ」

 

 聞いてみても、そうあしらわれるだけで、そう居られる理由など、伝える気がないことをこちらに分からせてくる。

 その態度に苛立ちを覚えかけて、はっとした。

 

 そうだ、彼は捨てる気だったのだ。貫き通さねば、死んでも死にきれないような想いを。本当に死にきれなくなってしまったから。

 けれど、はいそうですかと諦められるような代物ではない。だから、誰かに負ける必要があった。自分がやらなくても、その誰かが成してくれると、継いでくれるのだと、自身を納得させるために。

 その誰かこそが、今彼でない彼と相対する戦姫達だ。彼は本気で、彼女たちに勝てないと信じている。

 

 

 復讐のために力を渇望し、己の命さえ顧みずに戦いながら、暗がりを抜け出し別の道を見つけ、誰かのために命を懸けられるまでになった少女。

 

 幼き頃より守護者を目指し、血の滲むような鍛錬を熟す中で、力ではない何かでも人を救えることを知り、己を捨てずに生きられるようになった少女。

 

 全てを失って、同じように泣く誰かが生まれないように憎んだ力を振るい、それでも擦り切れることなく、もう一度日の当たる場所に踏み出せた少女。

 

 底抜けの優しさで、誰も傷つけたくないという想いを曲げずに、握りしめた拳を開いて、相容れぬ筈の人とさえ和解してみせた少女。

 

 

 ―――全員、自分などよりずっと強い。

 

 それが揺るぎのない真実なのだと、彼は、ウルトラマンゼロは、そう信じている。

 彼女達が負けるなどと、微塵も思っていないのだ。

 

 

 「私は、もう行かせてもらうわ」

 

 「けれど、最後に一つだけ、聞かせてもらえるかしら」

 

 背を向けた私に、彼は外していた視線を向け直し、肯定の意思を示した。

 

 「どうしてそこまで、人を信じられるの?」

 

 返答は、少し遅れて。

 

 「逆に聞くぜ。どうして疑える? どれだけ傷つこうと、どんな絶望と対峙しようと、後ろじゃなく、隣りで共に戦ってくれた、彼らのことを」

 

 その言葉には、万感の想いが込められていた。顔を見ずとも、彼が誇らしげに笑っているのだと分かった。

 どうしようもなく可笑しくなって、私も釣られて笑ってしまった。

 

 「人はそんなにも、強かったのね」

 

 神が、あの人が私達を見限ったあの日、私もまた、人を見限った。けれど今は、人で良かったと、心底そう思う。

 

 「あの娘と、あなたのおかげね」

 

 身体が解け分かれ、光の粒子に変わっていく。もう少しすれば、この魂は今の肉体を抜け出し、次の体を探しに行くだろう。

 最後に、見送る彼が、一言告げた。

 

 「お前も、強かったよ」

 

 ありがとう、は言う気になれなかったし、言えなかった。でも最後まで確かにあったその気持ちに、きっと彼は気づいていたのだろう。

 それは超常の力なんて大層な代物ではなく、人という種族がそれぞれに有している、当たり前の感性だった。

 

 「あなたは捨てる、背負ってきた想いを。けれどあの娘はきっと、それを許さない」

 

 だから私も、そんな彼に敬意を表して、私の感情ではなく、私が信じる結果を告げた。同時、崩れて完全に形を失った私の身体は、この金色の世界に溶け去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう……、か。そうだと、いいな………」

 

 一人残された青年は、穏やかな笑みを浮かべながら、ぽつりと言葉をこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、彼女たちは彼女たちの知るゼロを取り戻した。肉体の支配権を奪い返した彼は、ゆったりとした動作で起き上がり、視線を少女に向ける。

 だが、まだ終わりではない。戦姫達は、ゼロでないゼロを打ち倒して目的を果たした。しかしゼロは、まだ彼女達に、負けられていない。

 だから、当然のように―――。

 

 

 

 『―――決着を、着けよう』

 

 彼は、そう言った。

 

 

 冷水を浴びせかけられたように、クリスが固まる。当然だ。ここではないどこかで交わされていた会話も、彼の心中も知る由のない彼女は、これで終わりだと思っていたのだから。

 得体のしれない輩に乗っ取られたらしいゼロという青年を、正気に戻した。そこで戦闘終了、何もおかしい事はない。

 だが事実、目覚めた青年は継戦を望んでいる。驚愕に表情を歪ませたクリスは、咄嗟に背後を振り返り。

 ―――陽のように笑う、響を見た。

 

 『はい!!』

 

 言葉を失うクリスの脇を、響が通り過ぎる。何の躊躇も同様もなく、自分の知る彼女らしからぬ行動を取った響に面食らい、彼女は助け舟を求めて残る仲間に視線を移した。

 

 『は?』

 

 漸く、声が絞り出された。

 ギラギラと、危険な光を瞳に湛え、がたつく身体を無理矢理に動かそうとしている翼に。

 相方同様、逸る気持ちを抑えきれず、槍を握る手に必要以上の力を込める奏に。

 絶句するクリスを置き去りに、その二人も響に続いた。

 

 『いや、おい…………』

 

 大体、理解した。音による伝達を行う時間も媒介も無いために、共有している思考から読み取れた。

 もうこれは、身内同士の悲痛な争いでは無くなったのだ。彼女たちの知るゼロが復活し、命をかけた殺し合いは終わりを告げた。

 けれど、ここで幕引きとするには、あまりにも惜しい。参考にした映画の影響だったり、目指す在り方だったり、要因は色々ある。

 これはチャンスなのだ。今この一時だけ、少女達はゼロと同じ場所にいる。彼と手加減抜きで殴り合える力と、それに耐えうる戦場がある。

 ゼロという青年は、憧れだった。その在り方だけでなく、その強さもまた憧憬の対象だった。

 そんな相手が、胸を貸してやる(かかってこい)と言っているのだ。それを受けずにいられようか。

 少なくとも彼女は、仲間たちの戦意を、そう解釈した。

 

 『…………んな』

 

 少し俯き加減に、下ろした前髪で目元を隠すクリスが、かたかたと身体を震わせる。

 理解は、できるのだ。彼と彼女の間には、自分の知らない関係の積み重ねがあるのだと言うことは。それが、こういう展開に導いた、と言うことは。

 だが、それはそれとして、だ。

 

 『ざっ、けんなてめぇらぁ!!』

 

 一人蚊帳の外に置かれ、置いてけぼりにされたという事実を、笑って受け入れられるほど彼女は甘くない。

 一斉掃射、手に持つ銃にも、生成した機関銃にも、たがが外れたかのように弾丸を吐き出させる。誤射誤爆上等の、というかむしろ当たっちまえといわんばかりの絨毯射撃が、始まりかけた乱戦に降り注いだ。

 

 

 『あたしはまだ、許してねえかんな』

 

 最後に呟いたその言葉は、誰に聞こえることもなく、彼女の胸の中で反響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実を言うと、クリスの動揺は何一つ間違いのないものだった。本来なら、立花響はここまで迷いの無い突貫など、行えないはずなのだ。

 手を繋ぐ、つまりは分かり合うことを根底に置く彼女は、暴力をその手段として使うことを好まない。切り替わったゼロの挑発に、こうまで清々しく乗るというのは、らしくなかった。

 要は、引っ張られているということだろう。同化した破壊衝動、もう一人の自分として認め受け入れた、その精神性に。

 殊ここに至っては、その方がよかった。素面の彼女にならば、躊躇い時間を浪費しただろうから。そうなれば、最初に気づいたのは彼女ではなかったかもしれなかったから。

 

 昂る灼熱、全身を駆け巡る力の奔流に酔った響が叫ぶ。『熱くなれ』と。太陽の如き熱と質量を宿した拳を、青年との間にあった距離を消失させた彼女が、放つ。

 初撃故の、突撃の速度が上乗せされた神速の一打。土手っ腹を貫き徹す気概で叩き込まれた拳が、しかし逸らされる。

 何も、感じなかった。直進を妨げられたにも関わらず、彼女の腕はゼロによる干渉を一切感知しない。

 まるで初めから狙いが外れていたかのように、盛大に空振る。勢いそのまま、体が流れた。地を離れた足では踏みとどまることは叶わない。この速度を急停止させる程の機能など、今の武装でさえ有していない。

 柔らかく、捌かれて、あしらわれる。ふわり、と、浮き上がるような感覚。瞳の先にある、次の瞬間には強かに叩きつけられることになるだろう紫の障壁が、やけにはっきりと見えた。

 ―――だが

 

 『がふっ』

 

 予想した衝撃は、来なかった。代わりに三発、拳打が打ち込まれる。無理な停止の負荷が、まるごと鈍い痛みに変換され、胴に染み渡った。

 堪らず躰がくの字に折れ曲がる。苦鳴と共に空気を吐き出すような動作を行いかけ、上からの圧力にがちんと口が閉じた。

 頭蓋に落とされた肘鉄。脳天に雷が落ちたかのように、思考が弾け飛ぶ。押し下げられた頭が、また何かにぶつかった。

 頭部をかち上げたのは、間髪入れずに放たれていた膝蹴り。上下に揺らされる脳と挟み込むような激痛に、視界で火花が散った。

 身体が言うことを聞かない。脱力しきった腕がだらんと垂れ下がる。そうして抜けた腰が、地に着く。

 ―――寸前で、横殴りの衝撃に吹き飛ばされた。

  

 中から響いた破砕音は、一本や二本の骨では到底奏でられそうもない。腕ごと脇腹を刈り取った回し蹴りは、球の中央から外壁まで、あっという間に響の身体を吹き飛ばした。

 

 『気にせず』

 

 吹き飛ぶ最中、すれ違った翼にそれだけ告げて、彼女は壁と激突した。

 

 蹴り抜いた姿勢のゼロに、蒼穹の鋒が飛んだ。距離を詰めきった翼が、お相手仕ると、彼の呼びかけへの答えを返すように、剣を振り下ろす。

 対するゼロは、振り上げた足とは真反対に伸ばした手の中に、もはや見慣れた光刃を生成し、地につけた足を軸にした円運動と共に一閃した。

 光が弾けた。翼が仰け反り、ゼロは止まる。一瞬の空白の後、追いついた奏も交えた剣戟が開始された。

 数合打ち合って、皆退かず。しかし到達したクリスの弾幕に、拮抗は敢え無く破れる。当然、不利を被ったのは背を向けている装者二人だ。

 背後の状況を把握できないと言うわけではないが、そもそも弾丸側に立つ彼女らの方が受ける数が多い。豆鉄砲と侮れるような代物ではないが故に、それは明確な差となって現れた。

 

 『ぐぅっ』

 

 まず翼が。

 

 『がぁっ』

 

 返す刀で奏が斬り裂かれ、響と同じ末路を辿る。

 そうなった原因の一端を担うクリスは、文句なら眼の前の野郎に言えと、悪びれもしない。遮蔽物が無くなったのをいいことに、先程以上の密度の弾幕を展開していく。

 

 『ほんっと、気に入らねぇ……!』

 

 掃射を継続しながら、彼女はそう吐き捨てた。

 まだ納得できていないし、受け入れられてもいない。分からないことも、知らないことも、多すぎて理解が追いつかない。

 今歌っているのは、ゼロへ向けた歌だ。仲間達が彼に抱く想いが、現在進行系でクリスの中に入り込んで来る。

 それがどうにも、気に入らない。

 奏を救い、翼を導き、響を諭した千原零という男のことを知れば知るほどに、違和感が募っていく。

 彼は櫻井了子がフィーネであることを知っていた。彼女の野望を完膚無きまでに打ち砕けるだけの力を有していた。

 なのになぜ、何もしなかった?

 響達の知る零の性分と、情報を継ぎ合わせて推測した彼の行動があまりにも一致していない。立花響の発展形みたいな青年が、あの女を放置することで生み出される被害を黙認できるとは思えないのだ。

 

 けれど何より、苛立たしいのは。

 彼女達がそれを理解していながら、あっけらかんと笑みを浮かべて、彼に挑んでいることだった。そんな、疑うことを知らない童女のような、無垢な振る舞いを見せつけられて。

 ―――彼女が抱いたのは、劣等感だった。

 

 『なんで、そんなに…………』

 

 羨ましかった。そうあれる彼女達が。

 失望した。そうなれない自分に。

 

 『眩しい、のかなぁ…………』

 

 その甘ったるさに、反吐でも吐くべきなのに、できない。頭ン中お花畑かよ、なんて切り捨てることも。

 隣の芝生は青い。

 そんな言葉、クリスの知識にはないけれど、きっと、そういうものだったのだろう。

 

 騙されて、裏切られて、蔑まれて、甚振られて、とうに擦り切れてしまった自分には、到底真似することのできないような響達の在り方に、彼女は憧れていた。

 

 『く、そっ』

 

 弾幕が、掻き分けられる。出鱈目に見えて、その実恐ろしい程の精度で振るわれる両の手が、無数の弾丸を逸し、弾いていた。

 視界を染める一面の赤に、目にも鮮やかな銀の光が混じる。心中の迷いが射撃にも影響したのか、若干バラついた弾幕をゼロが突破しようとしていた。

 一対一は無謀だという事実を、今更ながらに認識する。最も前衛を引っ剥(ひっぺ)がしたのは自分なので、このまま()されても文句は言えないが。

 冷静さを欠き、後先を考えなかったツケを払わされる形になり、彼女は舌を打つ。結局、自業自得。こういう役回りが自分にはお似合いだ。

 諦観が、脳裏を過ぎった。

 

 

 『別にいいと思うよ?』

 

 唐突に、そんな呟きが耳朶を―――否、心を震わせた。比喩ではなく、実際音としては響いていないそれは、思考に割り込むようにして伝わってきた。

 引き金に指を掛けたまま、慌てて振り向く。目の前、何で気づかなかったんだと自分を叱咤したくなる程間近にあったのは、誰あろう、立花響の顔だった。

 

 『私って、バカだからさ。思いもよらないところで足滑らせて、すってーんって転んじゃうと思うんだよね』

 

 彼女はクリスに驚く暇も与えず、続けた。間抜けな顔で固まる彼女とは対象的に、響は笑顔だった。

 

 『だから、()()()()クリスちゃんが側にいてくれると、安心できるな』

 

 まあ、考えてみれば当たり前の話だ。彼女達の想いがクリスに伝わるなら、逆もまた然り。

 お門違いな自責の念を抱く友人を、彼女が放って置く筈がない。だってそれが、雪音クリスが憧れた、立花響の姿なのだから。

 

 

 『それじゃ、行ってくるね』

 

 そう言って、返事も待たずに彼女は突っ込んでいった。クリスの張る弾幕の真っ只中に。撃ち放たれる弾丸と同等の速度で。まるで、好きなだけぶっ放せとでも言うように。

 背中で語る、ヒーローのように。

 もう、迷いは無かった。応えてやろうと、そう思うだけだった。友達と、胸を張って呼べる少女が、自分に向けてくれる信頼に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスに声を掛け、押され気味の彼女に助成した響は、既にゼロのもとに到達していた。数瞬前に減速を始めていたため、速度はほぼゼロに近い。

 彼も足を止めていたので、二重の意味で、かもしれない。

 下手な洒落を脇に追いやり、自分より頭一つ高い青年と、顔を突き合わせる。先刻、ぐうの音も出ないほどに自分を叩きのめした張本人に、性懲りもなく、正面切って宣戦布告する。

 すぐに彼は応じた。前回とは違い、先手を譲ることになる。右の突き。速い。狙いが見えない。ギリギリで躱し、同時に腹に衝撃。

 左の手も、脚もまだ動いていない。躱した筈の右拳が、水月に突き刺さっていた。

 

 (さぁて、どうしようかな?)

 

 激痛と嘔吐感を堪えながら、内心で独り語散る。意気揚々と飛び出したはいいが、彼女は策など一つも考えていなかった。

 これでも大分、手加減されている。前は両手、それで計られて、片方で十分という結論を出したのだろう。

 ―――つまり、予想より弱かったということだ。

 

 凄く、悔しい。そこまでされて、急所を思い切り打ち据えられた。重点的に守れという、司令の()()()()()()()()()()()が抜けきっていないにも関わらず、だ。

 これでは駄目だ、落胆させてしまう。そうなれば、彼は諦めてしまう。何一つ伝えられないまま、この最初で最後の交わりが、終わってしまうのだ。

 それだけは、絶対に、嫌だった。

 

 『体』は追いついた。出せる速度とか、込められる力とか、たぶん殆ど同じくらいだ。

 『心』は、最初から負けてない。いや勝っている、と胸を張ろう。何があっても、ここで今の彼より劣ることだけはあってはならない。

 けれど哀しいかな、『技』が、まるで足りていない。これじゃあ何の意味もない。どうにか、打開策を見つけないと。

 さして優れているとも言えない記憶力をフル稼働させ、条件に見合う武術をひたすらに探す。

 あれもダメ、これもダメ。まるで見つからない。どれも眼前の超越者に、自分の知る限り最強の男に、通じるとは思えない。

 どこかに剛柔兼ね備えた、実践形式の、タイマンでも力を発揮する、ゼロに届き得る戦い方は―――

 

 

 『―――あるじゃん』

 

 思考の海から現実の陸に上がり、響はただ、目に映るものに意識を向けた。

 

 

 

 

 『目の前に』

 

 

 

 

 反撃の予兆を見せていた響の動きが、変わる。飯食って映画見て寝る、なんて巫山戯た修行で蓄積された経験を元に、ある拳法が構築されていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見様見真似ではなく、完全に理解し、取り込み、自分が扱いやすいよう、これまでの特訓の全てを付随させ変質させる。

 

 『ははっ』

 

 避けながら、ゼロが、笑った。新雪に落ちた血のように艷やかな唇と、濡れた輝きを放つ銀の睫毛に彩られた目尻を歪めて。見事に殻をぶち破った少女に、歓喜とともに賞賛を送る。

 跳ね上がった左足が側頭部に打ち込まれるのを予見した響が、蹴り足を腕で受け止めた。ゼロを見本にしたのだから、使う体術―――宇宙拳法の癖も読み切っている。

 彼がどう動くのか、何となく解ってしまうのだ。続く拳打を驚異的な先読みで逸らし、カウンター。()()()。一足飛びに同じ土俵まで上がってきた少女に、ゼロが押され始める。

 形勢逆転、とはならない。

 

 鏡写しの自分? 戦い飽きてる。こちらの動きを全て学習し読み切る? そういう機械を幾つもぶち壊してきた。

 

 その程度の小細工で封殺しきれる程、ウルトラマンゼロは甘くない。

 

 予想外の一撃が、追撃を試みた響の出鼻を挫いた。そしてすぐさま理解する。このやり方では駄目だ、と。

 次の攻撃を読む、ということは、対応の仕方を一つに絞るということに他ならない。外されたときのリスクが、大きすぎるのだ。

 戦闘法を切り替える。ゼロ用にカスタマイズされた宇宙拳法をベースに、己の拳を昇華させた。自分の信じる拳で、真正面からぶつからなければ、彼には勝てない。

 殴って、殴られて、また殴り返して。たまに蹴ったり、それ以上の頻度で蹴られたりする。そうして、彼と()()()()()()()。これ以上無い、と思うくらいに引き伸ばされていた時間が、ギュンと縮まるような感覚に、彼女は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ウッソだろ…………、互角じゃん』

 

 そんな二人の様子を遠目に見ながら、もう一人のガングニールの装者―――天羽奏は呟いた。

 

 『ええ、正直怖気が走る』

 

 それを拾い答えるのは、片翼たる風鳴翼に他ならない。ゼロに壁際まで吹き飛ばされた二人は、すでに体勢を立て直していた。

 

 『似合わない、とも思うけれど』

 

 けれど、加勢に転じることもなく、彼女は自分の思うところを述べた。嬉々としてゼロと拳を打ち合わせる響は、確かにらしくない。

 

 『線引きの内側ってことなのかねぇ』

 

 彼女は戦いを嫌う。けれどいま繰り広げられているこれは、傷つけ合うためではなく、分かり合うための戦いだ。だから響は、迷いなく身を投じたのだろう。

 

 『それはそれとして、だ。

 ―――翼、大丈夫か?』

 

 確証の得られぬ問答に区切りを付け、唐突に奏がそんな問いを投げかけた。翼は一瞬驚き、すぐに納得したような表情を浮かべた。

 いくら内心が伝わるとはいえ、それはあくまで表層に出てきたものに限る。隠そうと奥に仕舞い込んだものまで、読み取ることはできない。

 

 『矢張り隠せはしないか、奏相手には』

 

 故にこれは、シンフォギア云々ではなく、ただ付き合いの長さの問題だろう。翼が、相当な痛手を受けているという事実を、看破されたことは。

 

 『それで、奏の方はまだ無事なの?』

 

 切り返された奏も、翼と同様に表情を変化させた。確かに彼女の身体には、あちこちガタが来ている。

 

 無いに等しい適合係数を無理矢理限界まで引き上げた奏と、数万年も前から定められていた法則を覆した翼。

 分不相応な行いの反動は、当然彼女たちの肉体に跳ね返り、深いところまでを蝕んでいる。

 正直さっきのは空元気で、ゼロとドンパチやらかす余力など、二人には残っていない。なんか若者の活躍を後方で見守る年寄りみたいだなー、と一瞬思い、いやアタシらそんなに年食ってねぇと振り払う。

 とはいえ、そんな現状はあまり問題になっていない。ここに来てまた一段と成長した響と、吹っ切れたかのような援護射撃を行うクリス。それで戦場は間に合っていた。

 

 『となると、アタシらの役割は―――』

 『隙を見つけての一撃離脱、ね』

 

 奏が首肯する。今からあの場に突っ込むのも、拮抗を崩すには丁度いいのだろうけど。どうしてか、水を指す気にはなれなかった。

 ゼロが、零が、楽しそうで、嬉しそうだったから。

 

 『少し、羨ましくはあるけど…………』

 『ああ、本命はあの娘だったんだな』

 

 自分で吐き出した言葉に、妬ける。でもその落とし前は後でつけさせることにして、今は傍観役に徹しよう。

 奇しくも、かつての彼と同じように、彼女達は障壁に背を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傾けた顔のすぐ横を通り抜けた、無音の暴威を見送り、突き上げるようにして拳を打ち込む。抉られた頬骨が血肉とともに宙を舞ったが、響はそれを気にも止めない。

 治るからだ。体の一部だった紅白の物体は、空中で金糸のように解けて消えた。その頃にはもう、彼女の傷は癒えている。

 融合の副産物、過剰に満ちるフォニックゲインによって全身を活性化し、損なった己の肉体を構成し直しているのだ。

 顎を狙い、アッパー気味に放った一撃は、不発。回避のために上体を反らすと同時に、こちらの脚を払いにかかる。

 これは躱す。今の響の四肢の優先順位は、人体急所などと称される部分より遥かに高い。心臓を潰されようが脳漿をぶち撒けようが、それでも彼女の身体は動く。

 だが手足を失えば、対応のための手段が削られ、再生までの間にそれ以上の手傷を負わされる。一度でもその状況に陥れば、詰みだ。

 体内の組織を無理矢理に組み換え、握った手を弾丸の如く射出させるための機構を作り出す。拳打の威力を追求する以外の機能をオミットした肉体が、眼の前の青年へと照準を定めた。

 

 そこからは、原始的な殴り合いの時間だった。

 鎧の破片、細かな血肉、それらに混じって散る赤い光。三合に一度のペースで行われるクリスの射撃と、ある程度までの傷を即座に完治させる度を越した再生力が、響をゼロと拮抗させる。

 攻撃を紙一重で受けながら反撃するという戦法は、このときだけしか効かせられない無茶だ。例え矯正したとしても、こんなにもアツ過ぎる戦闘の記憶は、脳に焼き付いて一生残り続けるだろう。

 けれど彼女は躊躇わない。後先よりも何よりも、今が一番大事だからだ。なんとしてでも、彼と本音をぶつけ合わなければならない。

 そして語らう権利は、勝ち取るしか無かった。

 

 故に、出し惜しみはしない。できるはずがない。

 

 

 『がふっ』

 

 殴打と蹴りの応酬の中、勢いを失わずそれらを突破したゼロの拳が、響の腹を穿った。久方振りのクリーンヒット、しかし彼は、己の失策に歯噛みすることになる。

 肉と鉄に埋まった拳が、止まる。空けられた穴を無理矢理再生することで、癒着させたのだ。

 打たされたことを悟ったゼロが打開の一手に移ろうとした瞬間、彼の視界が塞がった。

 

 響の右手が、五指を目一杯広げてゼロの顔面を鷲掴んでいた。

 肉に爪が食い込む。頭蓋を握り潰さんばかりの力を下方へ叩きつけ、彼女はゼロを押し倒した。

 同時、踏み込んだ響の右足が地を割った。歪に変形した黄金の物質は凶器の如き鋭利さで、倒れるゼロを迎え入れる。

 

 『がああああぁぁああああああっ!!』

 

 咆哮と共に、鮮血が舞った。

 

 大地を砕きながら引き摺られるゼロの肉体が、乱雑に裂かれる。抵抗を全力でねじ伏せ、響はより一層強く彼を地に押し付けながら、疾走する。

 通り道は、真っ赤に染まった。

 曇りなき黄金を、偽物故の病的なまでの鮮やかさを持つ液体が、艶やかに彩っていく。

 

 あっという間に障壁の目の前まで辿り着いた響が、方向転換のために視線を横に向けた。

 そして、呆然と、というより、若干引いた様子の仲間達を、その目に入れる。

 

 (あ、やば……)

 

 そう思い、直後もう一度、同じ思考に陥る。最初のはなりふり構わな過ぎたことへの反省。次のは、意識をそらしてしまったことへの反省だ。

 

 ボギン、と、神経を通って脳髄にまで駆け巡るような音が、痛みを伴って体内に響いた。

 途端、身体が体感三分の一程に軽くなる。右腕が千切り折られて、断面からドクドクと血を垂れ流していた。バランスを崩しかけた身体を立て直しながら、響は今更のように焦りを自認する。

 必至さのあまり暴走した自分の生み出した結果はろくなものでは無かった。

 誤解してくれていた翼達が、この戦いの意味に気づいてしまったこともそうだが、それよりもまずいのは、ゼロの前で明確な隙を晒したことだ。

 

 大技が来る。

 

 響がそう確信すると共に、彼は動いた。顔中を濡らす己の血を拭おうともせずに、右手を握り脇腹に付け、左腕を伸ばす。

 先程の打ち合いの中では到底行えなかった、溜めの動作。膨大な光子エネルギーが、充填機関へと変わったゼロの腕に収束していく。

 胸の位置で左腕を水平にし、その手の甲に右の肘を乗せて垂直に立てる、ウルトラマンという種族を知らなければ疑問符が浮かぶだろう独特の動作。

 しかしそれは、数多の怪獣を屠り打ち砕いてきた、彼らの誇り高き必殺の構えだ。

 

 

 ―――ワイドゼロショット 

 

 

 直後、爆ぜるような勢いで、それは放たれた。星の輝きさえ霞ませる程の光の激流が、未だ右腕を失ったままの響めがけ殺到する。

 空間そのものが、駆け抜ける光が内包する力に押し負けたかの如く歪んだ。

 

 (綺麗…………、ってそうじゃない)

 

 その異様は、凄絶な美しさで以て彼女の目を奪った。思わず見惚れた自分を慌てて現実に引き戻し、響は一刹那のうちに訪れるであろう脅威の大きさを認識し直す。

 一見不死身に思える彼女の再生力は、実際には無敵ではない。あえて肉体を自壊させ、攻撃の威力を殺すことでダメージを抑えているに過ぎない。

 傷は治る。が、活力は徐々に削られていくのだ。

 そして、いま眼前に迫るこの光線は、そんな小細工で受け流せるような代物ではなかった。

 少しでも身体の強度を落とせば、全身を持っていかれる。蒸発した状態から復活できる可能性もあるが、あまりにも危険な博打だ。

 しかし、当然まともに喰らうわけも行かない。直撃の後に原型を留めていたとしても、戦う余力が残っていなければ意味がない。

 そうなると、回避以外に道はないが、それすらも厳しかった。崩れたこの態勢からでは、どうしても初動が遅れる。逃げる方向を先読みされて、そこに光線を合わせられたらおしまいだ。

 

 

 けれどまだ、詰んだ訳じゃない。活路を見出す余地は、まだ残されている。

 何故なら、私は一人じゃないから。

 踏み出す足は、私を前へと送り出す。迫る光との接触、その寸前で、無事な左腕を滑り込ませる。

 

 

 『がああああああああああああ―――ッ!!』

 

 

 直撃。感覚が飛び、一周回って冷たく思える程の熱が、盾にした腕を循環する。オレンジ色に赤熱して蕩けた皮膚が、体表を伝った。

 だが、狙い通りだ。彼の光線の威力は凄まじいが、それは質量や速度によるものではない。さらに彼女は気づいていないが、大気がないために距離による減衰も起こらない。故に、後ろに退きながら食らっても、前進しながら食らっても、受けるダメージは殆ど変わらないのだ。

 そして、この光線の直撃は、少しの間なら保たせられる。ならばあえて突っ込み、強引に中断させることで耐え切る!

 

 断面より黄金の繊維が伸びた。それは幾層にも絡み合い、骨も肉も絡繰に置き換え、失われた右腕を再構成する。

 左腕が半ば液状化するまでの間に詰められた距離は、半分程。ここが潮時だと判断し、新たに創り上げた右腕を引き絞る。

 ギアの駆動音と共に、物理法則を無視した変形が行われ、身の丈ほどもあるガントレットが装着された。

 機械仕掛けのアームの中身、硬いバネをギチギチに引き絞り、勢いをブースト。手甲とガントレットのバンカーも同様に、出し惜しみはなしだ。

 無理な酷使に悲鳴を上げる肉体を黙らせ、力任せに打ち込む先は、光線を受け止める左腕だ。

 

 『お、らぁっっ!!』

 

 融解直前の腕は無惨に弾け飛び、拳は光線と衝突する。纏わせたエネルギーでもって光の奔流と拮抗し、さらに直進。

 

 (ここだ!!)

 

 自分が光線を突っ切りながら保てる最大の推力、それに達した瞬間、彼女は三つのバネを同時に解放した。

 機構によって得られる加速は瞬間的なもの、対して光線のエネルギーは際限なく注ぎ込まれ続ける。ならば段階的な解放は悪手、一撃に全てを込めた短期決戦しかない。

 彼女のその判断は、今の状況の絶対的な不利を、見事に覆した。

 馬鹿げた改造を施された腕と装甲が当然のように自壊し、しかし横殴りの豪雨のようだった光を一気に押し込む。接触寸前でとっさに構えを解いたゼロが、新たに張った障壁さえも叩き割り、響の渾身は彼の身を強かに打ち据えた。

 

 『ぐがっ?』

 

 その、想定を遥かに超える一撃に、ついにゼロが苦悶の声を漏らす。地面を削り、仰け反りながら後退する彼は、肉体を貫いた衝撃によろめく。

 ()()()()()()()()()()()

 ガラクタのように、分解した腕の破片が飛び散る中、両腕を失った彼女は受け身も取れず顔面から落下する。

 受けたダメージは、本来食らうはずだったそれより小さい。だが、継戦が可能な程に抑えた、というわけでもなかった。

 もとより自爆覚悟の特攻。そもそもこれは打開策として成立していない。すぐには動けぬ彼女に下されるのは、敗北の宣告のみ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 踏みとどまり、反撃に転じようとしたゼロの視界が、灼熱に閉ざされた。彼を飲み込む、真空中ですら猛々しく燃え盛る炎の主は、純白に夕焼け空を映しこんだ鎧を纏う装者、天羽奏。

 傍観に徹していた彼女が、自らの意志を継ぐ少女が抉じ開けた隙に、動いた。奏の槍が生み出す、光を帯びた猛火は、まるで太陽の如き球体となってゼロを完全に覆い隠す。

 

 『合わせろ、翼ぁっ!!』

 『言われずとも!!』

 

 ならば当然、その片翼もまた、動く。彼女等は二人で一対、その繋がりはきっと、死すらも分かつことはできない。

 天槍に光焔が、蒼剣に青炎が纏わりつき、巨大な刀身を形成する。膨大な熱エネルギーが凝縮された刃が、火の玉に拘束されたゼロへと振り被られた。

 

 ―――双翼の流星-DESTINY・TEAR-

 

 未だかつてない規模で行われる、即席の連携。しかしそれに綻びは無く、二振りの炎剣は鳥が翼を折りたたむかのように交錯し―――

 

 『当然、こっちだよな』

 

 ―――消失した。互いに干渉することなくすり抜けた刃はさらに圧縮され、見せかけだけの巨剣の姿を失わせる。

 元の大きさに戻り、しかし秘められた力は保ったままの二人の得物が、何もない背後へと振り切られる。

 盛大に空振るはずの剣と槍は、しかし尋常ではない強度の物体と接触したかのように急停止し、一瞬の後、思い出したかの如く爆炎を吐き出した。

 遮るものの無い空間を我が物顔で蹂躙し尽くした火がようやく消え、ギリギリと火花を散らせ、打ち込まれた凶刃を受け止めるゼロの姿が顕になる。

 

 簡単な話だ。

 

 炎の渦に呑み込まれ、拘束された彼が(フェイク)なら、彼女達があからさまに振るった渾身の合技もまた、(フェイク)だったというだけのこと。

 

 裏の裏をかかれたゼロは、それでも化物じみた対応力で翼と奏の一撃を防いでみせた。

 しかし、そこ止まり、防げたのは直撃という最悪の結果だけにとどまる。

 やや造りが甘い光刃は至る所に罅が入り、砕け折れる寸前。食らった炎と爆発の衝撃は肉体にも無視しきれないダメージを負わせた。

 その証拠に、本来なら単純な腕力では圧倒的に勝るはずの彼が、徐々に押し込まれている。

 

 故に、即座に打開の策に移る。

 破損一歩手前の光刃を手放し、()()。馬鹿げた推力を与えられたそれは、質量差を凌駕して二人の戦姫を吹き飛ばす。

 態勢を維持しながら宙を後退する奏は、反動で自分達から距離を取るゼロの、開かれた手の指先が動くのを目敏く認識した。

 

 『お、らあっ!!』

 『せあ、あっ!!』

 

 その動作を訝しんだ奏同様、翼も得物をかち上げ、食い込む光刃を振り払う。間髪入れずにゼロの両手が握りしめられ、翠の軌跡を刻む刃が爆ぜた。

 人間一人を余裕で呑み込めるだろう規模のそれに、二人は自分の勘が正しかったことを悟り、安堵を覚える。

 乱入からの奇襲は不発に終わったが、彼女に繋ぎ、自分達はほぼ無傷でこの一連の応酬を乗り切った。彼との実力差を思えば、上等すぎる結果だ。

 

 ガッ、と、力強く地を蹴り飛ばす音が、戦場に響いた。幻聴、だとしても、この場に立つ誰もが聞いたその音は、きっと確かに、響いていたのだろう。

 

 未だ再生途上の右腕を引き絞る彼女は、誰が見てもわかるほどに満身創痍だった。左の腕は折れたまま、全身にはあろうことか亀裂が走り、無数の破片をこぼしている。

 壊れかけの機械とすら見紛うその惨状を、しかし彼らは、美しいと感じた。

 ならば応えねば、そう言わんばかりに、ゼロは軋む腕を稼働させ、少女の拳打を掴み取る。防御に回せる腕は、彼女にはもうない。今にも砕け散りそうなボディに、ねじ込むための右手を構える。

 その瞬間、響の右腕の修復が、完了した。硬い拳に握り込まれていたのは、長く長く延びたスカーフ。ピンと張られ、正に張力の限界に達したそれが、端に繋がれていたものを一息に引き寄せる。

 瞠目するゼロの眼前に現れたのは、二条の赤い銃口と、揺れる銀髪。

 ギッ、と、歯をむき出しに獰猛な笑みを浮かべた少女―――雪音クリスは、その瞳に歓喜じみた色を滲ませて、銃爪を引いた。

 

 『持ってけ……、ダブルだっ!!』

 

 一つは当然、私情満載の戦いにあまり関りもないのに巻き込まれた自分の分。そしてもう一つは、砕かれたフィーネの分だ。

 無論事ここに至って、まさか本当にこの男がフィーネを殺しただなんて思っていないけど、それでもイイ雰囲気をぶち壊しにしたのだから、甘んじて受けてくれ。

 そんな、感情任せの弾丸は、ゼロのど頭を見事にぶち抜いた。実際には、貫通はしていない。ただでさえ人体の中でも最も硬いと目される頭蓋骨だ。惑星丸ごと吹っ飛ばせるような火力を集中させでもしない限り、砕けることは無い。

 だが、一瞬の間でも意識を飛ばすことができれば十分。クリスの作り出した空白の内に、ゼロの手を振り払った響が、再度拳を引き絞る。

 今度は、文句のつけようのないクリーンヒット、持ち上がった顎に炸裂した。未練がましく人に寄せた人体機能、それが仇になる。

 脳が揺れる、その感覚を初めて知ったゼロが、肉体の制御を失い宙を舞う。落下までの一刹那では、震えた思考を元に戻すことはできなかった。

 

 『ぐっ、あぅっ………』

 

 地を擦り、転がる彼を前に、響もまた電池が切れたかのように落ちる。限界を既に二回は超えた彼女の身体。壊れて、直して、砕けて、繋いでを繰り返して、根本の部分が朽ちかけているのだ。

 それでもまだ、立とうとしている。足掻こうとしている。まだ終われないと叫んでいる。

 なぜなら、ゼロはまだ倒れていないから。

 

 呻きながら地を這いずる彼女を目にした装者達は、動かない。ゼロに追撃をかけることも、響を助け起こすこともしない。

 伏した彼女が、つい先程まで一人抱えていた想いは、共有されている。ゼロの末路と、目的、そしてそれを読み取った響が、自分達に伝えなかったことを、知らされている。

 ならば奏が、翼が、クリスが取る行動は、一つだけだった。

 

 ―――Gatrandis babel ziggurat edenal………

 

 それすなわち、歌うこと。もう一度、響に立ち上がるための力を託すことだ。

 

 ―――Emustolronzen fine el baral zizzl………

 

 言いたいことは、無論たくさんあった。ゼロへの言葉も響への言葉も、次から次へと溢れて止まらない。

 

 ―――Gatrandis babel ziggurat edenal………

 

 だからこそ、この歌に込めよう。人と人が繋がるための、架け橋となるべき音楽に。それがきっと、正解だと信じて。

 

 ―――Emustolronzen fine el zizzl………

 

 私達の全部、受け取ってくれ、立花響。一人で背負うとしたんだろう? だったら最後まで貫き通せ。そしてその想いを、ゼロにぶつけてくれ。

 

 

 『そう………、まだ、飛べる!』

 

 その詞は、誰に向けたものだろうか。眼前で立つゼロへの激励か、腕に足に立ち上がろうと力を込める己自身か。

 きっと、その両方なのだろう。

 

 増幅、分配、再収束。響が他の戦姫に分け与えた力は、渡された想いの分だけ、重く、強く、大きくなった。絶唱の輝きを、繋ぐ右手で手繰り寄せ、束ねる。

 指先から、じわりと血が通うように、活力が戻ってくる。深く刻まれていた幾つもの亀裂があっという間に消失し、彼女は、ガングニールと全ての心を背負った少女は地を踏みしめ、ゼロと視線を合わせた。

 

 『―――fly again………』

 

 最終局面。正真正銘、最後の盛り上がり(サビ)

 

 淡い青の光を全身に帯びさせたゼロと、装具を完全にパージし、揺蕩うフォニックゲインだけを身に纏う響が、どちらともなく歩き出し、間近で睨み合う。

 

 『熱くなれぇ! 太陽っ!!』

 『ガァルネイトォ……、バスタ―――ァァッ!!』

 

 紅焔を握りしめた拳と、燃ゆる閃光を乗せた拳が、最早あらゆる法則を置き去りにして、凄まじい爆炎と衝撃を撒き散らした。

 遅れて、炎の海から二条の光が飛び出す。夜天を切り裂き昇る朝日のような白に近い黄色と、大気を飲み込んで揺らめく灯火のような青色が幾度もぶつかり合い、翠光の軌跡を残した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『凄ぇ………』

 

 花火のように舞った光の粒に、見惚れた奏の思考が漏れる。もう、とっくに目では負えない。宙を駆ける光がぶつかり合う様子だけが、瞳に映される。

 やがて、それすらもブレ始めた。青と黄の光帯が、二本、三本と分岐しながら入り混じる。

 

 (あれ、なんか、おかし……―――)

 

 違う、とそう自覚したときには、彼女はもう迫り上がっていたものを吐き出していた。

 大量の血反吐が地面の黄金を汚し、力無く奏は膝をつく。

 

 『奏!?』

 

 意味もないのに発声のプロセスを行った翼の思念が、彼女に伝わる。答えを返すにも苦労しそうなコンディションだ。奏は思うだけで意思疎通ができる武装の機能に感謝しながら、心配するなと告げる。

 

 『まあ、絶唱(うた)い終わるまで保ったなら十分だろ………』

 

 シンフォギアの強化に伴う適合係数の引き上げ、もともとの数値が他の三人と比べて遥かに劣る奏が、その反動を最も強く受けるのは分かりきった事実だった。

 だから、彼女は安堵する。想いも、力も託し切れたことを。役目はとっくに完了したのだ。

 幸いまだ、解除に至る程の消耗はしていない。最悪、ギアがなくなったとしても、今自分を支えている片翼が、守ってくれるだろう。

 その信頼が、彼女の意識を闇の中に落とした。

 

 かくり、と、唐突に力を失った奏に、翼は思わず心臓を跳ねさせた。だが、脈はある。呼吸による判断ができないことに不安を煽られるが、命に別状は無いだろう。

 

 『大丈夫なのか?』

 『ええ。絶唱の反動と、今までにかかった負荷が大き過ぎたみたい。だけど、死ぬようなことはないはず』

 

 駆け寄ってきたクリスの問いに答えつつ、翼は相棒を肩に担ぎ、丸みを帯びた障壁にもたれかけさせた。吐血には驚いたが、表情は穏やかで、大きな苦痛を感じている様子もない。

 ようやく安堵の息をついた翼は、そこで漸く全身が軋むようなに気づき、顔を顰める。呆れたように表情を変えたクリスが再び彼女に話しかけた。

 

 『さっきのは、あんたにも聞いてたんだけどな。どういう手品かあの馬鹿が肩代わりしてくれたみてえだが、それでもそこそこキツい反動だったし』

 『ありがとう、私は平気だ。………援護は、出来そうか』

 『無理だな、別次元過ぎる』

 

 その言葉に、彼女は思わず息を吐く。倒れた奏程ではないにせよ、無理を通した身体に絶唱の反動は堪えたらしく、翼のギアはスペックそのものが落ち込み始めていた。

 だから、自分達の力を束ね切った響がどこまで行けたのか、判断がつかなかった。

 だが、まだ余力を残している―――シンフォギアの最高値と言うべき性能を維持しているクリスにさえそうなら、彼女はもう、彼と同じ場所まで辿り着けたのだろうと、確信できる。

 

 (翔びなさい、何もかもを置き去りにして、あの人の見ている世界にまで)

 

 そう、翼は願った。そして、そこさえも振り切ればきっと、彼はまた、走り出してくれるのだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌う、歌う、喉を震わせ、微塵の媒介もない空へ、光よりも速い音を響かせる。

 この胸の歌は、決して絶やせぬ想いは、彼に伝わっているのだろうか。

 

 シンフォギアという武装を支えるのは肉体ではなく精神だ。だからそんな思考は、彼女にとって余分でもなんでもなくて、むしろ何より必要なものだった。

 殆ど心を決めてしまった彼を思い留まらせて、自分を押し通すことは、結局力じゃ叶わない。ありったけの心でぶつからなければ、ゼロを動かすことはできやしない。

 

 

 バキ、ガキ、ゴキ、およそ人体が奏でられるようなものではない異音が、響の中で反響する。いい加減に慣れた身体構造の編集、文字通りの肉体改造を自らに施し、彼女は成果である極大出力の拳を叩き込んだ。

 裁き切れずに体勢を崩すゼロに、容赦なく追撃を加える。なりふりかまっていられない。

 圧縮され過ぎて固形化するんじゃ無いかとまで思うほどに満ちていたフォニックゲインが、まるで排水口に吸い込まれるかのように消費されているのだ。このままではあっという間にガス欠になる。

 刹那の間でもいい、一発を打ち込める隙を捻り出さなければ。

 

 そしてゼロも、長引かせるつもりは無かった。ここまで来て無意味な引き伸ばしを行う気など毛頭ない。ただ、手を抜くという選択肢がなかったというだけで、粘っていたわけではないのだ。

 それに、単純に彼は、響の猛攻に圧倒されていた。受け止める度に、防御に使った箇所が拉げて悲鳴をあげる。再生もとっくに追いつかなくなっていた

 

 押し込んだ末に、間近に接近した響が最後に放ったのは、頭突き。技巧もなにもないその一撃は、しかし連撃の対応に圧殺されかけていたゼロの防御を掻い潜り、まともに打ち据えた。

 直後、突き出された腕が首根っこを掴み上げ、そのまま上空へと放り投げる。勢いを殺しきれず、彼は球の頂上への接地を余儀なくされた。

 反対に、地に足をつけた響が、目で合図を示すように、ゼロを見据える。次が最後だと直感した彼は、障壁の区切る範囲を僅かに狭め、端に避難していた翼達三人を外へと逃した。

 

 

 向後の憂いを絶った響が、笑みを浮かべ、力を溜め込むように身を沈めた。途端、彼女が足を付けていた黄金の大地と、空間を埋め尽くすフォニックゲインが、残らず消失する。彼女がその身に取り込んだのだ。

 

 宇宙の輝き、地の煌めき。電子と闇の雷電。輪を描く、極みの光。

 橙の撃槍、蒼の絶刀、赤の魔弓。それら全てが紡ぐエネルギーが、虹色の光の渦となって響を包む。

 集結させたものの最低限を体の補強に、残り九割以上を、右手に同化させる。

 

 

 『終わらせない、逃げ出さない』

 

 

 彼が諦めようとしているものは、他ならぬ彼が受け継いだもの。志しを同じくした、肩を並べて闘った、今はもういない誰かから貰った、かけがえのないもののはずだ。

 そんな結末は認められない。彼のため、以上に、私が、立花響が嫌なんだ。

 彼はこの一連の行為を、自分のわがままだと断じた。だから私も、高尚な考えではなく、同レベルのわがままで自分のやりたいことを貫き通す。

 

 

 ―――ゼロさん、それはあなたこそが、握りしめていなきゃいけないものなんです!

 

 

 『この想い、君に、届けぇ――――――――っ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――負けたな

 

 

 最初に拳を打ち合わせた瞬間、原形を失った腕を見て、彼はそう悟った。心技体は、三つ揃ってこそ力を発揮する。一つ欠けた彼が、それでも少女達をあしらえた要因である体の優劣、それを完全にひっくり返された。

 分かりきっていたことだ。やっと突きつけられたこの結末を、ゼロは初めから確信していた。

 ただ、彼の性分が諦めるという選択肢を選べるはずもなく、少し足掻こうとしてしまったというだけの話。

 けれど、それもここまで。彼女の猛攻を前に、押し負けた。決着の―――敗北のときはもうすぐそこだ。

 

 『行くぞ、立花響』

 

 叫んだ彼女を見下ろし、ウルトラマンゼロは、全霊で応えることを選んだ。無論、出し惜しみなんて無粋な真似は、元よりしようとも思っていない。

 ただ、本当に掛け値なしの全力、限界超えて、相手をしようと、そう判断したのだ。

 ぐっ、と左の拳を固く硬く握りしめ、引き絞る。そうして彼もまた、魂までも震わせるほどに、叫ぶ。

 

 『ゼロォ――――――――――――ッ!!』

 

 宙にて示すは己の名。一度は追いやった神の力を、無理矢理にでもふんだくらんという気概で、ゼロは自分の奥底に働きかける。

 

 そして、拍子抜けるような容易さで、あっさりとその力は引き出された。

 地球人のそれと何ら変わりなかった彼の左腕が、メタリックな銀色の表皮に覆われる。青、赤のラインが順に走り、それさえ通り越して黄金の輝きを纏い、さらに上書かれる。

 最終的に彼の腕を彩っていたのは、薄めもせずにチューブから出したまま塗りたくられた画材のような、原液じみた深い青色だった。

 その明度の落ち込んだ空のような色こそが、神である彼の本質なのだろう。何の抵抗も無く、一滴も残らず絞り出されたその神性に、彼は納得の表情を浮かべ、気付きを漏らした。

 

 『なんだ、お前、消えたかったのか』

 

 そうして彼は、共感と、憐憫と、僅かの憧憬を腕に宿った意志に抱き、立花響を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 激突。排出された余剰分のエネルギーが、球場の障壁で区切られた空間をはちきらんばかりに溢れかえった。灯りを失いつつある空に虹がかかるように、混ざり合い、喰らい合う二つの光が、薄紫の障壁に亀裂を走らせる。

 

 『はあぁあああああああああああああああああっっ!!』

 『へあぁあああああああああああああああああっっ!!』

 

 命そのものを燃やし尽くすような咆哮とともに、握った手を突き合わせる。ゼロは自らの一部だったものが剥離していく喪失感と激痛に、響はまるで惑星(ほし)を相手にしているかのような重圧に、耐え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何一つ目で追えていなかった、今は傍観することしかできない人間達が、前触れ無く打ち上がった花火にするように、視界を満たす光から瞳を庇う。

 見守る彼女らは、例え力を持たずとも、戦を知らずとも、これが最後だと理解した。

 だから、ひとり残らず祈った。神を穿たんとする少女の勝利を。少女がそれを願っていたから。そして、彼もまた、それを願っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メキリ、と。均衡は唐突に崩れ去る。永遠にも思えた拮抗は、しかし十秒足らずの出来事だった。

 体内に響き渡った破砕音に、ゼロは終わりの到来を見留める。激流に晒される砂利のように、翻弄されながら形を失っていく深青色。それに構わず、彼はすでに壊れた左の手を無理矢理に押し込んでいく。

 最早虹の光に抗う力を残していないその腕は、容易く呑まれ、微細な破片へと分解される。自傷じみた攻勢に出たゼロに、しかし響が動揺することはない。

 そこに伴う意志に寄り添い、彼女が一層の力を拳に込める。触れる端から融け消えていく彼の左腕は、鏝に押し付けられた半田のようだった。

 

 重なる。幾つもの腕が、自分のそれに重なっていくの光景を、響は幻視した。恩人の下した決断に、異を唱えるために、きっと初めて見たのだろう、彼の弱さに引導を渡すために、己に助力してくれる者たちの存在を、全身で感じた。

 

 ―――多分、彼にも見えている。

 

 そう、響は信じた。だってそうでもなければ、左腕と、それ以上に大切な何かを砕かれているゼロが、こんなにも穏やかに、嬉しそうに笑うはずがないのだから。

 思わず、といった様子で、彼が何事か呟いた。真空の中でそれは響かず、しかし伝わったかのように、響と、十人分の幻影が奮い立つ。

 彼ら彼女らは口々に、ゼロへの激励を、全く同じ言葉で紡いだ。同時、肘の先から彼の腕を消失させた一撃が、勢いを落としながらも輝きを強め、胸の中心、心の在処へと突き立った。

 

 高く、高く、己以外の何者も追いつけないソラへと、いずれ翔び立っていく彼に、見送る者が捧ぐ歌。

 

 強く、強く、誰一人並び立つことのできない域にまで至ってしまう彼が、自分の心を置き忘れないように、揺るぎないように、かつて繋いだ者達が願う歌。

 

 

 それが、それこそが、この一撃。即ち―――。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ULTRA FLY―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空に、虹の柱が立ち上った。薄紫の障壁はついに砕け散り、抑えきれなかった余波が強風となって吹きすさぶ。

 

 「綺麗…………」

 

 呆然と、聳える異様に魂さえも奪われたかのような仕草で、未来がそう呟く。大気の層をぶち破り、宇宙まで届いただろうその光は、彼女の最愛の勝利の証明に他ならない。

 恐らく世界中で観測されるこの超常現象の説明、もとい言い訳に頭を悩ませなければならない二課の面々も、今は光塔の美しさに魅入っていた。

 

 やがて、虹の光は薄れて消えて、一人また一人と、我に返っていく。幻想的なまでのあの光は目に焼き付いて離れずとも、それ以上に優先すべきことがあるのだから。

 

 「響!!」

 

 瞬く星に紛れ、空から力無く、二つの影が落ちてくる。満身創痍であることは分かりきっている。ギアの展開を維持できている可能性の方が低いことを考えれば、あの高度からの落下は致命傷になり得る。

 

 「あたしに任せろ」

 

 言って、クリスが地を蹴った。重力の軛から解き放たれた彼女の体はそのまま浮かび、自在に宙をかける。大地に引かれる二人の片割れを、クリスはしっかりと受け止めた。

 

 「ありがと、クリスちゃん」

 「………気にすんな。……ってお前、その血どうした!?」

 

 真っ直ぐな感謝に、ぶっきらぼうに返そうとしたクリスが、驚愕に目を見開く。いつの間にか着ていた響の制服、その右袖がおびただしい量の血を吸い、真っ赤に染まっていたからだ。

 

 彼女が答えるより早く、少し離れた場所で大きめの破壊音が響いた。ゼロが落下したのだ。

 クレーター、というほどではないが、若干以上に凹んだ地面に横たわる彼の前には、すでに物々しく腕を組んだ幻十郎が辿り着いていた。

 ゼロの姿は、惨状としか言いようが無かった。半ばから吹き飛んだ左腕、胸には心臓どころか、肺すら丸ごと吹き飛ばすほどに大きな風穴が空いていた。

 

 「立てるか?」

 

 人間ならば確実に即死だろう深手を負っている彼に、しかし幻十郎はなんの葛藤もなく、そんな言葉を投げかけた。間髪入れず、短く返答したゼロが鮮血を振りまきながら起き上がる。ふっ、と軽く息を吐くと、刻まれた傷の全てが嘘のように消えた。

 音も無く背後に回っていた緒川が、その人外っぷりに、僅かに視線を揺らがせ、すぐさま平静を取り戻す。

 

 「釈明は、あるか?」

 

 そう問うた自分の上司に、どこか晴れやかな表情で、ゼロは即答した。

 

 「ありません、司令。俺は俺の自分勝手で、あいつらを傷つけ、人の世界を危機に晒しました」

 

 潔く、といった風に、なんの弁解もなく白状した彼に、幻十郎は大きく息を吐き、厳しい視線を送る。

 

 「嘘をつくなよ、零。少なくとも、うちに喧嘩を吹っ掛けたときのお前は、お前じゃなかった」

 「それでも戦闘の続行を選んだのは俺です。司令の、二課の使命を俺は蔑ろにした、それは否定できない事実でしょう」

 

 他人行儀な態度を崩さず、箸にも棒にもかからない。顔を突き合わせているはずなのに、何故かその存在が遠く感じられた。

 手を伸ばしても、触れられないのではないか、そんな疑問が鎌首をもたげ始める。

 

 「敬語は………、もういい。ならば零、月の欠片は、どこへ行った?」

 「……偶然だよ、風鳴弦十郎。立花響が、彼女が受けた思いが、それだけ強かったというだけの話だ。俺にはなんの関係も―――」

 

 「そんなはずがあるか!!」

 

 なおもはぐらかそうとするゼロを遮り、そう声を上げたのは、端末を放り捨てた藤尭だった。

 

 「あれだけ膨大なエネルギーが拡散もせずに、都合よく月の欠片を狙い撃ち破壊するなんて、誰かの意思が介在しなければありえない。

 そして、フォニックゲイン以外の力も混じり合ったそれに指向性を持たせて制御するなんて芸当、あの娘のガングニールでは到底不可能だ。

 君以外の誰が、あの状況下でそんな真似ができる?」

 「…………………………」

 

 その剣幕に、ゼロが口を噤む。どれほど言葉を弄したところで、もう無駄だと悟ったのかもしれない。

 ふと、彼は横合いから感じた視線に、目を合わせた。

 

 「お、おい、無茶すんな」

 

 血を滴らせながら、のろのろと歩み寄る人影。ギアを解除したクリスに支えられる響が、精根尽き果てて尚強い光を目に宿し、ゼロを見つめていた。

 開かれた口の端から、紅い血が流れ落ちる。こほこほと、咳に幾度も声を途切れさせながら、彼女が言った。

 

 「そういうの、いいです。誰が悪いとか、責任がどうとか、難しいことは分かりませんし、いりません。私が聞きたいのは、あなたの想いです。

 ―――聞かせて下さい、あなたの憂いを」

 

 誰も、口を挟めなかった。そこにあったのは、神すら殺し尽くす戦姫ではなく、一人の少女の真っ直ぐさ。ただそれだけのものに、ままならぬ生というものに揉まれてきた大人達が、気圧されていた。

 

 「…………色んなものを、貰ったんだ」

 

 広がった沈黙を割り、ゼロが口を開いた。穏やかな、月のそれにも思える光を帯びた瞳が、濡れた輝きを放つ。響はただ黙して答えず、他の者もそれに倣う。

 

 「それは掛け替えの無いもので、俺を大きく成長させた。何度も何度も俺を助けてくれた。そういうものを背負って、俺はここまで歩いてきた」

 

 装者は、彼の旅路を知っている。響が垣間見た想いが、彼女達の間で共有されているから。

 

 「けれどそれが、あなたの歩みを止まらせた」

 

 彼は、認めたくなかったのだろう。どこか冗長に、引き伸ばすように、本当にらしくなく語るゼロを、響が促す。無意識だったらしい彼は、諦め混じりに自嘲して、口を開く。

 

 「そうだ、俺は貰いすぎた。あまりにも短い間に、まだ未熟だった肉体に、多くのものを注がれた。

 ―――それこそきっと、二万年、早かったんだ」

 

 違和感に気づいたのは、もう随分と昔の話だ。あらゆる機能が異常なまでに拡張していた。念入りに防音を施した部屋で、その場所から遠く離れた場所にいたゼロが、己の自我は長くは保たないと、ヒカリが話すのを聞き取れてしまうぐらいに。

 受け継いだ意志を背負い続けられないことを自覚して、それでも彼は揺るがなかった。人をただ見守ることを心に決めて、意志を託せる誰かを探していた。

 願わくば、自分以上の想いを持つものに。自分が消えたとしても大丈夫だと、そう確信できるような誰かに、彼は積み重ねた全てを渡したかった。

 

 「だから、立花響。

―――俺のこの想い、継いでくれるか?」

 

 ただ、彼は失念していた。成長したが故に、若き頃の自分なら間違いなく気づけていたことに、気づけなかった。いや、ようやく、今さっき初めて、気がついたのだ。

 

 「―――嫌です」

 

 仮にそういう誰かを見つけたとして、その誰かが、そんな甘ったれた願いを、受け入れるはずがないということに。

 

 「…………理由を、聞いてもいいか?」

 

 分かりきっていた彼女の答えに、ゼロは拒絶されたという事実を微塵も感じさせない、穏やかな笑みで問うた。

 

 「だって、悲しいじゃないですか。どんなに苦しくても、叶えようと伸ばした手の先に、あなたがいないなんて。

 私、びっくりしたんです。振り返ってみると、零さん話したことって、数えられるくらいだったことに気づいて。それだけの触れ合いの中で、計り知れない程、導きも、決意も、やり方も、ほんっとうに、いっぱい、与えられました」

 

 そして、繋がっていたのだ。ほんのちょっと前まで、心の深いところを、ぶつけ合っていたのだ。彼の何もかもを知った響が、そんな結末を受け入れられるはずもない。

 

 「だから、絶対に嫌です。これは私のわがままだけど、曲げません。あなたには、いつまでも、前を向いていて欲しい」

 

 無茶を言っている自覚はあった。ウルトラマンゼロという、すでに完成されていたはずの存在が、諦めてしまうようなことなのだ。自我の消滅、それを免れるのがいかに絶望的かなど、彼女にはわからない。

 しかし、一つだけ、確かに言えることがある。あれだけの戦いを乗り越えて、大団円だと示すようにあっけらかんと笑う、立花響にしか言えない言葉がある。

 

 「―――可能性にゼロはない。

 バカな私でも知っていることです。たとえ皆無に見えたとしても、無限のゼロを積み重ねた先にはきっと、確かな一が、あるはずです」

 

 あなたはそれを、つかみ取れる人だ。そう続けた彼女に、ゼロは堪えきれない感情を溢れ出させたかのように、声を上げて笑った。

 そのままひとしきり笑って、彼が穏やかな表情を崩さない響に向き直る。

 

 「その数、一じゃなくて、七がいいな。それならきっと、届く気がする。違うか、何としてでも届かせたい」

 「七………、何でですか?」

 「大きい方がいいだろ? どうせ見えやしねえんだし、好きな数字の方がいいじゃねえか」

 「だったら九じゃないですか」

 「それじゃあ縁起悪いだろ」

 「感性古っ!? そういや零さんってスーパーウルトラお爺さんでしたね」

 「だーれが爺さんだ! 俺はまだまだ若いっつの、精々がお前らより一回り上くらいだ」

 

 ガラリと、空気が変わったのを、誰もが感じた。問答が終わって、響は納得し、ゼロは覚悟を決めたのだ。

 見る影もないほど弛緩した雰囲気に、だからこそ余人が割り込む隙間が生まれる。

 

 「響君………、いや、装者―――立花響」

 「はい」

 

 じゃれ合いのようなやり取りに興じていた響に声をかけたのは、幻十郎だった。すぅっと笑みを消し、代わりに毅然とした表情を浮かべた彼女が、短く答える。

 

 「零の処遇は、君に、君達に任せる。ただ一枚、かろうじて噛ませたとはいえそれだけだ。蚊帳の外だった俺たちに、その権利はない」

 

 司令の言葉を受けた少女が、仲間たちへと、順々に視線を移す。空の色をした一対の羽翼は、晴れやかに笑って頷き、横で自分を支える少女は、一人で立てるかと問うてきた。

 響が首を縦に振ると、彼女から手を離したクリスは、ゼロの元へと歩み寄る。一歩、二歩、ずんずんと、大地を蹴り下ろすかのような足取りからは、抑えられなかった、苛立ちが滲んでいた。

 

 「ふっざけんな!!」

 

 頭一つ分、上にある青年の美貌を、下から睨めつけながら、彼女は叫んだ。その怒気を、誰も突飛なものだとは思わなかったし、故に驚きもしなかった。

 二課で二年、同じ志のもとに戦い続けた者とは違う。目指すものが似通っていたがための、共感を覚えていた者とも違う。

 よく知りもしない因縁に巻き込まれて、傷ついたのが彼女だ。心も体も擦り減らして、ウルトラマンゼロという規格外と殴り合わされるなんて、御免被りたいと思うのは当然である。

 

 「おまえ、最初に会ったとき、言ったこと覚えてるよな?」

 

 でも、違った。

 雪音クリスはそんなことに憤っていたわけではない。確かにそれも腹立たしかったが、すでに発散済み。

 彼女が許せなかったのは、もっと、別のことだ。

 

 「守るべきものがあるからって、そう言った。なのに! なんで諦めてんだよ!! そんな、そんな半端な心根で、あたしに言い切りやがったのか!?」

 

 未熟さを欠片も感じさせない、紛うことなき大人の口から放たれた、ガキみたいな理想論を、彼女は困惑とともに胸に刻み込んでいた。

 だからキレた。諦めていながら、その内心を押し隠し、自分の前に立ったことを、看過できなかった。

 少し理不尽にも思えるかもしれないが、もしクリスが怒っていなければ、この場はなあなあに終わってしまっていただろう。

 装者は皆お人好しだ。それはもちろんクリスも例外ではないけれど、他の三人が身内であるために、この役割は自然と彼女が担うことになる。

 

 「…………悪かった」

 「ああ、だからこんなのは、あたしが最初で最後にしろ」

 

 ウルトラマンは、希望の光だ。見る人に、立ち上がり前へ進む力を与える者だ。そういうあり方を感じ取っていた彼女は、俯きながら、そう呟いた。

 クリスは彼の言葉に、どういう方向性であれ、心を動かされていたのだ。故に裏切られたと、そう感じたのだろう。

 

 「それと、もう一つ。聞かなきゃいけないことがある」

 

 浮かんでいた弱々しさを振り払い、真剣極まりない表情で、クリスが視線をゼロに上向けた。

 

 「フィーネを、殺したのか?」

 

 空気が、硬質な冷たさを宿す。そして直後、陽の光が差したかのように、暖かく和らいだ。

 その問の答えが、間違いようもなく否だと信じている、立花響という少女が、この場所にはいたから。

 

 「いや、生きている。あいつはもう、人の魂を塗りつぶすなんて真似も、しないはずだ」

 

 なんとなく、なにかのやり取りあったのだと言うことを、その語り口から、クリスは理解した。

 

 「そっか、なら―――」

 

 言って、彼女は拳を繰り出した。近接戦が不得手な彼女のそれは、とても不格好で、腰も入っていない。砕けた言葉で言うのなら、へなちょこな一撃であった。

 しかしゼロは、躱せると、一瞬のうちに判断を下した本能を嘲るように、微動だにせずそれを受けた。

 ぺち、という腑抜けた音が、廃墟を通り越して更地になったリディアンを駆け抜ける。それに、奏が目を見開いて、涙を一筋こぼした。

 

 「このくらいで、勘弁しといてやる」

 

 装者たち最後の、言質が取られた。これにて、戦闘終了。月の欠片の落下という星の危機すら、霞ませる異次元の激闘は、小さな女の子の、優しい拳で幕を閉じた。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「零さん、結局あのときの、あなたではない誰かは、何がしたかったんですか?」

 

 数日後。二課への敵対行動を不問に付されたゼロは、二課に復帰していた。迷いなく許しを告げる二課の面々を目にした彼は、嬉しそうな呆れ顔を浮かべ、彼らの甘さを受け入れたのだ。

 そして、機能停止に陥った本部の代わりに設置された臨時の施設で、彼は装者と語らっていた。

 

 

 「ああ、あいつは消えたかったんだよ」

 「消える……?」

 

 予想だにしなかった答えに、響が困惑の声を漏らす。思い出すのは、自分に向けられた容赦のない攻撃の数々と、重く冷たく、何より薄い鋭利な圧迫感。あの様から類推できる思惑と、本来の目的が一致しない。

 

 「あいつは俺だ。俺の一部だ。だから、神に成って、使命を忘却するという運命を認められなかった。どうにも思考が極端過ぎる気もするが、本当にただ、あいつは消えたかっただけなんだ。

 その願いを叶えるのに、神殺しの力はあまりにも都合がよかった。きっと、お前が最初にデュランダルを起動させたときには、目を付けていたんだろうな」

 

 だから、待っていたのだ。己を完膚なきまでに殺し得る力を、響がぶつけてくるのを。そのためだけに、彼はゼロの体を乗っ取り、装者を追い詰めた。

 たとえその過程で彼女たちの心と肉体を傷つけるのだとしても、彼は、止まれなかった。

 

 「え、それじゃあもしかして、私は―――」

 「気にしなくていい。あれが生まれたのは、俺が心を一つに定められなかったからだ。お前が俺に前を向かせて、あれを鎮めた。彼は俺というあるべき場所に帰れたんだ、お前のおかげでな」

 

 それは何も、彼女を安心させるための方便ではない。割れてしまった自分が、再び一つになったのを、彼は自覚していた。

 神になる己と、本当の意味で向き合えた彼はもう、分かれることはない。

 

 「そう、ですか」

 「ああ、そうだ。お前の手は、確かに俺と彼を繋いだ。俯かなくていい、寧ろ胸を張れ」

 

 命を奪ってしまったのか、と、気に病むのは筋違いだと言ったゼロに、響は安堵の笑みを浮かべて息を吐いた。

 そんな彼女の様子を見て、やるべきを事を終えたのだと判断したゼロが、席を立つ。

 

 「どこへ?」

 「司令のとこだよ。辞表出してくる」

 

 尋ねた翼に、彼は旅立ちの意思を告げた。目を伏せた彼女の想いを代弁するように、奏が口を開く。

 

 「行っちゃうんだな………」

 「ああ、ノイズの調査、それが目的だったからな。帰ってやることが増えた、あまり長居するわけにも行かねえ」

 

 心のなかで渦巻く感情に、適切な言葉を見いだせなかったクリスは、結局無理には声をかけようとはせず。

 

 「あ、ゼロさん」

 

 立花響は、思い出したかのように、最後の言葉を紡いだ。

 

 「あの娘のこと、お願いしますね」

 「任された。ま、案外狭い宇宙だ、いつかまた会う日が、きっと来る」

 

 別れを感じさせない、あっさりとしたやり取り。ゼロの言うその日まで、笑顔のさよならを、彼女は送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あれで、よかったんですか?』

 『いいんだよ。長々話しても、別れが楽になることはない。逆に辛くなるもんだ。

 お前こそ、いいのか? 俺についてきて』

 

 地球を脱した彼に問を投げかける者、その正体は、立花響の中に潜んでいたガングニールの意思だった。ゼロとの戦いで完全に覚醒した、もう一人の立花響とも呼ぶべき存在である彼女は、何故かゼロの中にその意識を移していた。

 

 『ええ、戻る必要はないですから。元々彼女には不要なものですし、何より、託されましたから』

 

 最後の打ち合いのとき、ゼロは立花響の肉体を人間のものに戻した。彼女と融合していたガングニールを一時的に取り込むという形で分離して。

 

 『あのとき、言われたんですよ。あなたが歩み切った足跡を、きっと多くの人が辿るはずだろう、と。だから私には、その人たちが迷わぬように、あなたが振り返ったとき、いつでも自らの軌跡を思い出せるように、導と咲く花になって欲しいと。だから私は、あなたに憑いて、ここにいます。

 神殺しならぬ神憑き。それが私と立花響の願いであり、今の私のあり方。迷惑ですか?』

 『いや、ありがたい。旅は道連れ、世は情けってな。永遠か、それよりも長い旅路だ、迷惑かけると思うが、よろしくな』

 

 己のうちから響く声に、姿は伴っていない。けれど彼は、天真爛漫に笑うかの少女の姿を、幻視していた。

 

 『はい、その手、掴んでいましょう。いつまでも』

 

 ここに、ウルトラマンゼロは同行者を得た。宇宙の終わりも幕引きとはならぬ、果てのないその行路に、けれど、確かな軌跡を刻み残す、少女の形をした神槍は、付き従うのだろう。

 始まりですらないこの物語にも、しかし一つの区切りをつけよう。何もかもを押し流す時間の波、その上流にありながら、微塵も欠けることなく聳え立つ、巌のような彼女たちの記憶は、この先も、ずっと残り続けるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 





 以下、独自設定の解説となります。












 ウルトラマンゼロ ターミナルスタイル

 本小説の根底にある設定であり、ゼロさんの最終形態。劇場版がメインかつ客演の回数が多いゆえにパワーアップの機会も多いゼロさんですが、それに対する勝手な考察(と言う名の妄想)の果てに生まれたのがこれです。
 サーガ、ノアなどチートラマンとの関わりが深く、キング(プラズマスパークによって進化した。その前から超人疑惑あるけども)やレジェンドの要素も併せ持つゼロさんですが、果たしてただのウルトラマンで収まる存在でいられるのか? まあ無理だろう、と。
 スペックはシャイニングとウルティメイトとビヨンドを重ねがけした状態がデフォルトだと思ってくれれば大丈夫です。+じゃなくて×ですね。見た目に変化は殆ど無いですが、体色が若干濃くなっています。
 特性はその成長性。メフィラス星人に宇宙最強と太鼓判を押された彼の肉体が、ここ百年足らずの間に貰った力に相応しくなるように勝手に進化した結果、今までのペースがふつうの状態になってしまった。
 早い話、初期から現在の状態までの成長を百年スパンで繰り返してるわけです。そしてそれが来るとこまで来てしまい、本編のような自我の消失という問題が発生したわけですね。
 ウルトラマンの範疇を超える一歩手前で踏みとどまっているのが現状であり、戻る手段はありません。そして超えてしまったとき、彼の精神が力の増大に耐えきれずに消失します。
 これには私の持論が入ってしまうのですが、こういう異常な変化に耐えるとき、精神自体の強度も大事ですが、それ以上に物を言うのが年季だと思うのです。
 経験の積み重ねが、異常事態のショックを緩和する。つまり慣れですね。あと5万年猶予があれば、ゼロさんが進化するのにはなんの問題もなかった(という死に設定)。
 それを知らされずとも理解してしまったゼロさんは、色々考えて、諦めともとれる決断をしたということです。単純に死ぬだけとかならよかったんですけど(良くはないけど)、この場合後始末が面倒ですからね。
 なんというか、現在の完成してしまったゼロさんを主軸にした話は作れない気がして、でも今更迷うゼロさん書くのもどうかなぁ、と思っていた私の、苦肉の策でもあります。
 なんやかんや根本の問題が解決してないのに希望があるっぽい終わり方になったこの話ですが、不可能を可能にするのがウルトラマンなので。ゼロさんなら大丈夫だと、作者である私が信じていればそれでいいかなと。

 立花響 ウルティメイトエクスドライブ(フュージョニックver)
 
 身体の中身を粉砕され、血肉と肥大化したガングニールの破片が完全に混じり合い、その状態で再生したために変化した姿。ガングニールの欠片が、響の身体で補われ、完全聖遺物に近い状態となっており、神殺しの力にもブーストがかかっている。
 他三人は普通に強化されてるだけですが、彼女は人間辞めちゃったので頭一つ抜けてます。生きた完全聖遺物(ロンギヌスと混じったが故に原典超え)由来のスペックで、人間体な上イージス破壊されているとはいえ、本作のバグ戦闘能力を有するゼロさんを凌駕しています。
 最後のフォニックゲインを全て吸収した状態では圧倒しました。

 そもそもが自己満足の独自設定から始まり、更に私の独善的な終わりを迎えた本作ですが、こんなお話を面白いと思って、ここまで読んでくれた皆様には感謝しかありません。
 長い間お付き合いくださり、本当にありがとうございました。

 活動報告に小ネタとか裏話をまとめて投稿しておくので、よければそちらも読んで下さい。それでは。
 
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