立花響の朝は早い。
同きn……、同じ部屋の二段ベッドの上を共有している親友、小日向未来の声で目を覚ますと、学校へ行くための準備が待っている。
これは持った、あああれを忘れていたと毎朝てんやわんや。呆れかえる親友のため息を聞くのもまた日課である。
そして、学校。初日から遅刻した上に猫を抱えて登校というあまりにも独創的な高校デビューを飾った彼女は、クラス内ではなんか面白い人、という評価を受けている。
友達も数名、何より親友と同クラスなので、充実した学生生活を送っている、と言っていいだろう。
彼女の通うリディアン音楽院は、まず音楽の授業を中心に据え置き、そこに通常の授業を組み込むという異例のスタイルをとっている。
それだけ音楽に力を入れた学校であり、またタレントコースが存在するのも一つの特徴だ。3回生には言わずとしれたトップアーティスト、風鳴翼が在席しており、それを理由に入学する生徒も多くいるらしい。
ちなみに立花響もその一人であるが、その他多くとは少し事情が異なっている。無論彼女が風鳴翼の大ファンであることは確かだ。
しかし、それはあくまでもう一つの目的に付いてきたに過ぎない。彼女は何より、二年前に訪れたライブ会場で見たものの真偽を確かめたかったのだ。
あのとき、何かの破片に胸を貫かれ、朦朧とした意識の中で、それでも覚えていた光景。
無数のノイズと、それに立ち向かう鎧を纏ったツヴァイウイングの二人。
この世のものとは思えない、死の縁で見た幻覚と切り捨ててしまえばそれまでの記憶。
でも、だけど。
二年の月日が流れた今でも、夕陽を背に戦う彼女たちの姿が、脳裏に焼き付き離れないのだ。
だから、立花響は答えを求めた。
あの日私が見たものは現実ですか、と。
もしその答えがイエスだったのなら、彼女は心からの感謝を伝えるつもりでいた。……ノーだったのなら、完全におかしい子だと思われる未来が待っていたが。
しかし、風鳴翼にそれを問うより先に、なんの因果か彼女自身がそれを証明してしまったのだ。
彼女は、立花響は、
決意か、覚悟か。それとも愛か。心が生み出す熱に応えるかのようにそれらは発現した。
そしてその事実は、この先の彼女の運命を大きく捻じ曲げることになる。
と、いうわけで。
放課後。
「えいっ!」
いささか間抜けな声で拳を振り回す彼女が相対しているのは、もちろん親友たる小日向未来ではなく、意思不明、言語不明、正体不明の謎に包まれた認定特異災害の群れである。ついでに場所も寮の自分たちの部屋ではなく、警報で人気の無くなった町の一角だ。
触れることが致命となるはずの異形に、しかしまっすぐ突貫する響。その大振りの一撃は見事にノイズの腹部を捉え―――
「って、わきゃあぁっ!?」
―――るより先に、踏み込みが強すぎたのか少女の体が宙を舞った。そのまま十数メートルほどの高さまで跳び上がった彼女は、悲鳴を上げながら華麗な三回転を決めたのち、受け身も取れずに頭から無様に着地した。
彼女のまとう鎧、シンフォギア……、正式名称「FG式回天特機装束」は、人類がノイズに対抗するために生み出した唯一の兵器である。
触れるだけでこちらを問答無用で炭クズに変えてしまうノイズに対し、専用のバリアコーティングと、調律機能で攻撃を可能にしたオーバーテクノロジーの産物、であるのだが、使いこなすのは難しい。
額がコンクリートの地面を砕く轟音が響き、ついでぐぎゅう、という割と深刻そうなうめき声が少女から発される。
「ああもう、あなたは下がっていなさい!! 私が殲滅します!!」
地面に頭を突っ込み、女子としてあるまじき姿で固まっている響に、どこからか呆れ混じりの叱咤が飛んだ。青い鎧をまとう歌姫―――この場では戦姫と呼ぶべきか―――風鳴翼からだ。彼女は一足飛びに響がめり込んでいる場所まで跳躍すると、周りのノイズを瞬時に斬り散らし僅かな猶予を発生させる。
「ほら、早く!!」
「ん、ぎぎ、ふん! ぷはぁ……」
その隙に地面から頭を引っこ抜いた響が、酸素を求めて大きく息を吸い込む。その様子に翼はため息を吐くと、もう一度撤退を促した。
「すみません………」
響はそう呟き、ぎごちない動きで向かってくるノイズを迎撃しつつ、撤退していった。そんな彼女の背中を呆れながらに見送った翼は、一度目をつむり気持ちを切り替えると、さすがの技の冴えでまたたく間ににノイズを薙ぎ払い殲滅した。
「お願いします! 私を弟子にして下さい!!」
「何でそうなった……」
翌日の放課後、当然のように二課を訪れそんなことを宣った響に、零は妙な既視感に頭を抑えつつぼやいた。
「いや〜、こうやって装者として戦い始めたわけなんですけど……」
ばつの悪い笑みとともに歯切れ悪く言葉を紡ぎ出す響に、零は呆れたような視線を送りつつ、顎をしゃくり続きを促す。
「全然役に立ててないというか、足手まといと言うか、このままじゃいけないなと思ったわけでして……」
目が合う度に顔を反らしながら、響はなんとか最後まで説明を終えた。零の美貌は年頃の女子高生にとっては目に毒なので、当然の反応とも言える。
見た目が良い方が情報収集等において好都合だろうと設定された容姿は、過ぎたるは及ばざるが如しという言葉を如実に表していた。
「なるほど、だが何で俺に?」
「あの、救助活動をしているのをモニター越しに何度か見たんですけど、人間技じゃなかったので、さぞかしお強いんじゃないかなぁ、と」
人間技じゃない、のあたりで一瞬不自然に硬直した零だが、端的に超強そう、と言われていることを理解すると、満足げな笑みを浮かべた。
「へっ、解ってるじゃねえか。……だが、残念ながらそりゃ無理だ」
「えっ、何で……?」
先程の表情から一転して、厳しい顔でにべもなく拒絶の言葉を突きつけた零に、当然のごとく響は困惑の声を漏らした。
「俺が使ってるのは、人間用じゃねえんだよ。嬢ちゃんの細腕でやれば間違いなく骨がイカれる。シンフォギアつけたまま何時間も修行するわけにもいかねえだろ?」
あなたも人間じゃないですか、という喉まででかかった言葉をなんとか飲み込み、響は頷いた。実際後半に関してはぐうの音も出ない正論ではあったし。
「で、でも、やっぱり強くならないと誰かを守れないし………」
随分と重症だな、と零は内心で一人語散た。家族や友達、と言うのならまだ分かるが、人とはいくらなんでも範囲が広すぎる。
確かにかつてウルトラマン達と融合した者たちも似たような精神性を持ってはいたが、それにしても、だ。年端のいかないこんな子供がそこまでの博愛性を有していることに零は違和感を抱いた。
(とはいえ、心を覗くわけにも行かねえし、まあ探せばそういう人間だって案外いるもんかな)
彼は一応の折り合いをつけると、弟子入りを断られうつむき加減にため息をついている響へと声をかけた。
「ああいや、俺以外に適任がいるってことだ。司令にでも頼めばいい」
「えっ、司令ですか……?確かに強そうですけど、忙しいんじゃ……」
響の懸念に、零は問題ないと言わんばかりの笑みを浮かべて首を振り、口を開いた。
「そのあたりは気にしなくていい。装者を強くするのも立派な仕事だしな。それに司令は俺なんかよりずっと強い。足を踏み締めれば大地が割れ、拳を震えば海すら裂けるってくらいにはな」
「え〜、またまたぁ。流石に騙されませんよ、そんなの無理に決まってるじゃないですか」
茶化されていると判断したのか、何というか女子高生らしいノリで響は零の言葉を否定する。すると彼は、何故か遠い目をして、「だよなあ……」と同意を求めるかのような声を漏らした。
そのまま彼はスキュースペースだのディファレーターだのと訳の分からないことをつらつらと口走り始める。それに気圧された響は、そそくさと部屋を出ると、とりあえず言われた通りに二課司令、風鳴弦十郎のところへと向かうのであった。
彼女が部屋を出てから少し。一人椅子に腰掛けるゼロが、ふっと笑みを漏らし呟いた。
「……うん、それで良い。殺すための拳は、お前には似合わない」
彼女が修めるべきは、繋ぐための拳だ。未だ発現することのないアームドギアは、きっと誰も傷つけたくないという響の想いの裏付けなのだろう。
握った拳で握手はできない。武器で手が塞がっているならなおさらだ。時には拳を、時には
「頼むぜ司令。……ま、心配する必要なんざ欠片もねえだろうけど」
そんな言葉とともに零は立ち上がると、滑らかな所作で歩きだし、部屋をあとにした。誰もいなくなったその部屋は、役割を終えたかのように、跡形もなく消え失せていた。
響ちゃんが司令に弟子入りしにいく話です。ゼロさんが修行つけるのもありかとは思ったんですが、120倍の重力下で生活してるような種族が身につける拳法って人間に使えるか?という疑問が生まれたのでこのような運びとなりました。
それに怪物だろうが人型の生物だろうが関係なく殴り倒せるような、明らかに殺すための拳法を彼女に教えるのもどうかと思ったのもあります。
ちなみに響とゼロさんが会話してた部屋は、お察しの通りゼロさんが創った空間です。諸々の違和感は暗示でなんとかしてます。防衛軍にだって余裕で入れるんだよ? 履歴書偽造だけでなんとかなるわけねえだろ、という。