戦姫絶唱シンフォギアUF   作:あたまくら

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四話:俺らしく、ゼロらしく

 

 ネフシュタンの鎧を纏う少女―――雪音クリスとの遭遇、交戦が終わり、装者たちは騒然とする二課に帰還した。

 

 「……零さん、少しいいですか?」

 

 その片割れ、アメノハバキリのギアを纏う戦姫、風鳴翼がそんな言葉とともに、一人の職員を呼び止めた。

 彼女に零と呼ばれた青年は、気怠気な表情で振り向き、何か用か?と、尋ね返す。

 自分に向けられたすべてを悟ったかのような瞳に、翼は予感を確信へと変え、意を決して口を開いた。

 

 「貴方は、先程まで……、どこで何をしていました?」

 

 重々しく放たれたその問いに、しかし零は、ふっと穏やかな笑みを漏らした。

 その様子に、しばし拍子抜けたかのように呆ける翼に、彼は諭すような口調でこう言った。

 

 「違う違う、そうじゃねえだろ。お前が聞きたいのは………、俺が、()()かってことだろ?」

 

 『アレ』。

 

 普通なら曖昧に過ぎるその言葉だが、この場合においては、それが指すものは唯一つだ。

 

 現在二課を騒がせる原因の一つ。

 即ち、ネフシュタンの少女と交戦する翼たちの間に割り込み、その圧倒的な力で持って彼女を撤退させた、限りなくシンフォギアに近い何かを纏う人物のことに他ならない。

 

 「では……、やはり、あれは貴方だったのですか」

 

 何かを噛みしめるような表情で、翼はそう呟く。零が話さなかったことに、少しショックを受けているのだろう。

 

 「ま、そういうことだ」

 「……何故、話してくれなかったんですか。奏は、知っていたんでしょう……?」

 

 何でもないかのようにそれを肯定する零に、翼は絞り出すように問いかける。

 

 「別に贔屓してる訳じゃない、たまたまバレちまったってだけだ。これに関しちゃ隠してた俺が悪い。すまなかったな」

 

 零が存外にあっさりと謝罪の言葉を口にしたため、翼は一瞬返答に困り、詰まった。空いてしまった間を埋めるように、慌てて彼女は口を開く。

 

 「い、いえ、別に奏を責めてる訳では……、それにそちらにも事情があったのは解っています。カッとなってしまって、すみません」

 「っと、お前に謝られると調子狂うな。割と腹括って来たつもりなんだが」

 

 穏便に済みそうだったというのに、何でわざわざ余計なことを口にするのか。

 最後の言葉を聞き咎めた翼の瞳が、にわかに鋭い眼光を放つ。

 

 「どういう意味ですか? 今の」

 

 低い声で発されたその言葉に、零は冷や汗を流したじろぐ。実年齢数百分の一、精神年齢でもこちらを下回っているはずの少女相手に情けない有様だが、機嫌を損ねた女の子は、ウルトラマンでも扱いに困るものなのだろう。

 その対応として零が選んだのは、話を逸らす、という微妙な策だった。

 

 「い、いや、何でも。それより、あのときの……」

 「二年前の絶唱も、ですか。随分すんなりと話すのですね。……ずっと隠していた割には」

 

 あからさまな皮肉である。親友を救ってもらったことへの感謝はあるが、話を逸らされた事への苛立ちがないまぜになり、内心複雑なのだ。

 

 「ま、まあそう拗ねるなって、ちゃんと話すから」

 「……拗ねてません」

 

 子供の様にそっぽを向く翼に、零は慌てて、しかしどこか微笑ましげに目をすがめ、なだめすかした。

 普段気を張っている彼女が、年相応の振る舞いをしているのが嬉しいのだろう。

 ……ここで子供扱いはどちらかと言うと駄目な方の選択肢なのだが、それを指摘できるものはこの場所には存在していなかった。

 

 「ん? というか……」

 「どうした?」

 

 膨らませていた頬から息を吐き出し、何かに気づいたらしい翼がそう漏らした。彼女はそのまま零の方へ振り向き、彼の目をしっかりと見据えると、口を開いた。

 

 「ちゃんと話すって、まだ何か隠してるんですか!?」

 「え、あ、まあな。そもそも俺人間じゃないとか」

 

 勢いこんで迫る翼に、たじろぎながら発された零の返答が、彼女を硬直させた。数瞬おいて、とっさに耳をふさいだ零の前で、翼が叫ぶ。

 

 「はああああああああああああああああぁぁっ!?」

 「静かにっ! 人来たらどうすんだ!?」

 

 と、言うわけで。

 千原零ことウルトラマンゼロは、この後凄まじい剣幕で翼に詰問され、自分の正体に関して洗いざらい吐かされることとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「戦力、未知数。完全起動状態なら……、否、不確定か。やはりあれを奪取しなくては――――――」

 

 そして、終わりは近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「広木防衛大臣が、殺害された……」

 

 招集された二課職員の面々が、重い表情の司令、風鳴弦十郎から聞かされたのは、そんな言葉だった。

 それぞれが思い思いの反応を返す中、青年……零は一人黙し、物思いに耽る。

 

 (あの爺さん、結構好きだったんだけどな……)

 

 彼が広木大臣と直接顔を合わせたことは、ほとんど無かった。司令の付添いで出向いたとき、極稀に二、三言交わすのがせいぜいだったろう。

 けれど、その数少ないやりとりと、彼が二課に向ける態度から、人となりは把握していた。

 

 常に厳しい姿勢で自分たちとの交渉に臨み、衝突することも多かったが、それは何かと爪弾きにされやすい二課を思ってのことであり、実態はこの組織の良き理解者だったのだ。

 零はそんな彼の在り方にに好感を抱き、こういう尊重の仕方もあるのだな、と、感心していた。

 

 だから、悲しい、悔しい。何もできなかったことが。

 解ってはいる。人は脆い生き物だと。打ち所が悪ければ道で転んだだけでも死んでしまうし、病にかかってぽっくり逝く、なんて話もざらにある。

 土台全てを守れる訳がないのだ。手の届かぬ者のほうがずっと多い。不慮の事故など防げるはずもないし、人の悪意が絡めば精神をすり減らすだけだ。

 超常の災害には対応できても、常に世にはびこるそれには、どうあっても手を出せない。ここだけは、人と人と諍いだ。

 

 彼のあとには、副大臣が繰り上がって就任するらしい。確か親米派の人物だったから、この後は米国の意見が通りやすくなるだろう。

 

 (はあ……頭が痛い)

 

 とはいえ、それについてはどうにもできない。どこまで行っても彼は、この星に、宇宙にとっての部外者なのだから。

 内政に関することに触れることなど許されない。それは明らかに過干渉で、下手をすれば意志の誘導……、間接的な支配に繋がりかねないからだ。

 

 (見守るだけっていうのも、楽じゃねえんだよな……)

 

 そこで零は思考を打ち切り、完全聖遺物《デュランダル》の輸送計画について話し始めていた司令に意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「デュランダルの……輸送?」

 

 数日後、日課となった弦十郎との鍛錬を終えた響は、その後行われた輸送作戦の説明に首をかしげていた。

 

 「あんま深く考えんな。要はすげー大切なもんを取られちまわないように守るってだけだ」

 「な、なるほど! そう言うことなら任せてください!!」

 

 見かねた零が若干噛み砕き過ぎに思える捕捉を行う。それに頷き、威勢よく胸を張る響に、翼はため息を吐き、奏も苦笑を漏らした。

 まあ、まっすぐすぎる彼女に、ややこしく回りくどい政府の内情など理解できないだろうし、そうする必要もない。

 

 ―――救えるなら救えばいいじゃないですか

 

 あっけらかんと、なんでもないかのようにそう言えるこの少女に、そんなドロドロしたものは余分だからだ。

 そんな想いを胸中に抱きながら、彼は同時に一つの懸念に思考を巡らせる。

 

 雪音クリスが来たとき、どうすべきか

 

 ノイズの襲撃ならば、問題は無い。しかし、ネフシュタンの鎧を纏うあの少女が来たなら。

 はっきり言ってあのスペック差はいかんともし難い。最悪、もう一度イージスを使用する必要があるだろうが、おそらく今度は黒幕も目を光らせているはずだ。

 下手に動けば、正体を看破される恐れも十分にある。それがどうと言うわけでもないが、余計なリスクは避けるに越したことは無い。

 となると、響と翼に頑張ってもらう他ないということになる。

 

 そう結論付けていた零は、おもむろに口を開くと、弦十郎にまだ時間はあるか、と尋ねた。彼がそれに頷くと、零は今度は響に声をかける。

 

 「おい立花、ちょっと来い」

 「ふぇ?」

 

 何とも間抜けな声と共に振り向いた響に、零はため息をつきつつ手招きし、何かを耳打ちした。彼女は一瞬ポカン、とした表情を浮かべ、すぐに我に返ると慌てた様子で奇妙なポーズを取り始めた。

 

 「いいんだよ、今のお前なら問題ない」

 

 どうやらジェスチャーだったらしい彼女の行動の意味を理解した零は、ぶっきらぼうにそう告げた。

 訝しげにその様子を見ていた周囲の視線に、しかし響は気づかないまま、解りました、と胸を張る。それでいい、と零は頷くと、彼女から離れ、もとの位置まで戻った。

 それを確認した弦十郎が、最後にもう一度口を開く。

 

 「そういえば、まだ作戦名をつけていなかったな。了子君、何か良いのはないか?」

 

 弦十郎の問いに、了子は少し思案するような顔になり、やがて口を開いた。

 

 「そうね……。『天下の往来独り占め』作戦、なんてのはどう?」

 

 中々に独創的な作戦名に、各々が苦笑や嘆息など微妙そうな表情を浮かべる中、ただ一人、零が拳をパン、と手のひらに打ち付けた。

 

 「いいな、それ。

 ―――じゃあいっちょ、二課のぶっ飛び具合を見せつけてやろうじゃねえか!!」

 

 あんたらと一緒にすんな、とその場にいる職員の誰もが思ったが、口に出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らに説明された作戦の概要はこうだ。

 

 まず先に目的から。これは二課の防衛システム、『アビス』に保管されている『デュランダル』を、永田町最深部に存在する『記憶の遺跡』に移すことだ。

 表向きの理由はここ最近の、二課を中心としたノイズの大量発生を危惧したとのことだが、実際は有力な外交カードとなる完全聖遺物を、政府の管轄においておきたい、ということだろう。

 

 そのために弦十郎の説明通り、広木防衛大臣殺害の犯人を検挙する名目で検問を敷き、目的地までの道のりを独走する、という作戦が取られた。

 

 輸送に使われるのは護衛車数台と、本命のデュランダルを輸送する、櫻井了子女史の車だ。この件で、同じく狙われるだろう同乗者、響が困惑を見せたが、古参のメンバーからの説明と、自信に満ちた了子の様子に納得した。

 なお、護衛車の中の一台には零も乗り込んでおり、また、翼は上空からの援護に務めることとなった。

 

 そして翌日早朝、作戦が開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、ようやくお出ましって訳か!!」

 

 マンホールの蓋を跳ね飛ばし、その異形を表したノイズの群れに、零が乱暴な口調で叫んだ。先程の突然の襲撃で、危うく海へと落ちかけた彼はもはや苛立ちを隠そうともしていない。

 そこへ、唐突に弦十郎からの通信が入る。

 

 「下水道だ! ノイズは下水道を使って攻撃してきている!!」

 「チィッ、面倒な真似を……。で、どうする?」

 

 彼の報告に思わず舌打ちを漏らした零だが、次の瞬間には嘘のように冷静さを取り戻し、意見を仰いだ。弦十郎はその豹変ぶりに困惑を見せるも、少し間を置き返答した。

 

 「この先に薬品工場がある……。後は、言わなくても解るな?」

 

 その問いに、零はギッ、と獰猛な笑みを浮かべた。なんだかんだ似たもの同士であるこの二人には、言葉にしなくても通じるものがあるのだろう。

 

 ―――だが

 

 「いやどういうこと? 弦十郎君、全然解んないんだけど!?」

 

 他の者はそうもいくまい。会話どころかアイコンタクトも無しに察するのは無理がある。ましてや、()()の前でそれを行うのは、あまりにも皮肉が過ぎた。

 

 「ノイズはデュランダルを傷つけないよう制御されていると見える。ならばあえて危険な場に飛び込み敵の攻め手を封じる!!」

 「なるほど、で。勝算はあるの?」

 

 そのとき彼女は通信機越しに、ふっ、と示し合わせたかのように二人が息を漏らすのを聞いた。了子はなにこいつらウザっ、という本音を押し隠し、次いで放たれるであろう言葉を待つ。

 

 「「思いつきを数字で語れるものかよっ!!」」

 

 何のためらいも無く、いっそ清々しいほどの気勢で放たれたその言葉に、彼女は呆れたように、しかし確かに笑みを浮かべ、ポツリと零した。

 

 「確かに、そうね」

 

 そして彼らは、真っ直ぐ死地へと飛び込んでいく。生き抜き、使命を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「予想通りだ、ノイズは追ってこねえ」

 「ええ、このまま行けば―――」

 

 そこで突如、通信が沈黙した。直前に零が漏らしたまずい、という呟きを拾った弦十郎が、焦りと共に叫ぶ。

 

 「な、無事か? 返事を……、くそ、何も見えん!!」

 

 一瞬で土煙に覆われた工場の様子が空から見えるはずも無い。襲撃に巻き込まれた響たちの安否を憂い、彼は色を失う。と、そこで通信機から返答があった。

 

 「落ち着け司令、こっちは一応無事だ! 向こうも嬢ちゃんが何とか……。いや、だめだ。あの子が来た」

 

 その言葉に、弦十郎は一旦は安堵を見せたが、続く言葉に、一も二も無く通信機に呼びかけた。

 

 「翼!! 今すぐ救援に向かってくれ、響君一人では流石に荷が重すぎる!!」

 「無論、既に向かっています!!」

 

 ―――Imyuteus amenohabakiri tron

 

 そうして、戦場に歌が響く。蒼き装束を纏った翼が、邪魔建てするノイズを容赦なく切り捨て、響に襲いかかるネフシュタンの少女へと吶喊した。

 

 「クソっ、不意打ちかよ!」

 「問答無用!! 借りを返させてもらう!!」

 

 そこからは前回の焼き直し、とはならなかった。先手を取ったことが効いているのか、クリスは防戦を強いられる。

 召喚される大量のノイズを翼がことごとく打ち破り、響がクリスと一対一で戦い続ける。明らかに練度の上がった彼女の猛攻は、一撃浴びせることは叶わなくとも、スペックで勝るはずの完全聖遺物を徐々に追い詰めていた。

 しかし、そう簡単にいくはずも無い。ネフシュタンの鎧の性能が、何より、少女の抱く怒りが、敗北を許さない。

 

 「だ、らぁっ!!」

 

 絞り出すような声とともに、クリスが両手に握った鞭を振り回した。それに焦ることなく響は後退を選ぶ。

 と、その直後、響の肌が、ゾッと粟だった。凄絶な笑みを浮かべるクリスが視界を掠めたからだ。

 

 「これで、終わりだ!!」

 

 振り切られた鞭の先に、膨大なエネルギーが収束する。前の戦いのときに見たその技は、謎の人物に阻まれこそしたが、その光球が撒き散らした余波から、まともに食らっては無事に済むまいということを予感させた。

 とっさに回避行動を取ろうとする響。しかしクリスの方が僅かに速い。紫水晶のごとく輝く鞭がついに振り切られ、光球が放たれる―――

 

 「私を無視しないでもらおうか!!」

 「ッ!?」

 

 寸前、体を走る悪寒に身を引いたクリスの眼前を、青い刀が通過した。標的を見失った光球が、その実体をまたたく間に霧散させる。

 地面に着地したクリスがとっさに辺りを見回すが、すでにノイズの姿は消え失せていた。響に意識を向けるあまり、ノイズの召喚が疎かになっていたのだ。

 自分の失策を悟り、歯噛みするクリスの前で、容赦なく翼が追撃を放つ。それを間一髪で躱す彼女。

 しかし、その目の前には、拳が迫っていた。

 

 

 ―――武器なんか無くてもいい。力を溜めにためて、ここぞってときにぶちかませ。

 

 それが、作戦開始前に響が零から受けた教えだった。余りにも単純、かつ大雑把なそれは、しかし響の性根にこの上なくかっちりとハマっていた。

 

 そして訪れた、千載一遇の好機。鋼鉄のごとく握り締められた拳が唸りを上げ、クリスの横っ面を過たず捉えた。

 

 「ガッ…!?」

 

 例え槍で無くとも、切っ先すら存在せずとも、銀の少女の顎を穿ち抜いたそれは、紛うことなき無双の撃槍であった。会心の一撃が彼女の顎を揺らし、意識を混濁させる。

 回転しながら十メートル以上も吹き飛ばされ、クリスはあえなく地面に叩きつけられた。だが、それが逆にきつけとなったようで、彼女はふらつきながらも立ち上がる。

 

 「てめぇ、ら。絶対許さね―――」

 

 瞳を憎悪に染め、低く怨嗟を吐こうとしたクリスは、しかし唐突に言葉を失い硬直した。

 その隙を見逃すまいと翼が武器を構え、切りかかろうとした瞬間、後ろを振り向いていた響が声を漏らす。

 

 「え? デュランダルが……」

 「なっ!?」

 

 その言葉に振り向いた翼も、同様に驚愕の滲む声を発した。運搬車が破壊された際に、外へと投げ出されていたケースがいつの間にか解錠され、ひとりでにデュランダルが浮かび上がっていたからだ。

 炎の中で鍛えられたものとは明らかに乖離した、奇矯な形状の古びた刀身からは、眩いほどの輝きが放たれていた。

 その幻想的な光景に目を奪われていた少女達は、デュランダルが空中で真っ直ぐ停止するまで、微動だにできなかった。

 

 「まずい、確保を……!」

 「ちょせぇっ!!」

 

 我に返った翼が跳躍の前兆を見せるが、彼女が地を離れるより早く、クリスがノイズを召喚する。極彩色の壁と化した異形の群れに、翼は停止を余儀なくされ、彼女に先手を許す。

 ―――しかし

 

 「翼さん!!」

 「―――ッ、任された!!」

 

 背後よりかけられた声に、一瞬瞠目した翼は、しかし響の意図を読み取り、行動を起こした。

 

 ―――天の逆鱗

 

 直後、上空より巨大な剣が飛来し、ノイズの群れを斬壊させながら地面に付き立った。しかし、宙を駆ける少女を撃ち落とすことは叶わない。

 

 「ハッ、どこ狙ってやが……、なに!?」

 

 早合点だ、それは元から彼女を狙っていない。そもそも攻撃ですらなかった。本命は、デュランダルへと至る、道を創り出すこと。

 

 「はあああああああぁぁぁああっ!!」

 

 城壁のごとくそびえる巨剣に響は蹴撃、斜めに傾いだそれを勢いそのままに駆け上る。驚愕に身体を硬直させたクリスのもとへ、彼女は瞬きする間もなく到達し、その拳を握り締めた。

 

 「これは、渡さないっ!!」

 

 二度目の、痛打。弱者と侮っていた相手から受けるそれは、肉体以上に精神を打ち砕いた。

 殴られたショックから回復できず、地面へと堕ちていくクリスに、一瞬躊躇うような視線を送る響。しかし彼女は首を振って、その感情を振り払い、神々しい輝きを放ち続けるデュランダルへと、手を伸ばした。

 その様子を見届けた翼は、安堵のため息を吐き出し、胸を撫で下ろす。

 

 「これで一先ずは安心か。後は彼女を制圧するのみ―――」

 

 地面へと倒れ付したクリスに追撃を加えるため、響から視線を外そうとした彼女は、そこで不自然に言葉を切る。

 デュランダルを握り締めた響。その表情はちょうど刀身に隠れ翼からは伺えない。

 だが、何かがおかしい。幾多の鍛錬と戦場で培った直感が警鐘を上げる。()()()()()()()()()()()()()()、と

 

 「…………………立、花?」

 「Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 絞り出された問に対する返答は、獣の如き咆哮だった。あどけなく、そして明るい活力に満ちていた顔はどす黒い闇に塗り潰され、瞳は血の色の光を不気味に放つ。

 破壊衝動を形にしたようなナニカへと成り果てた彼女は、なんの躊躇もなく手に持つ大剣を振りかぶった。

 凹の字の様な形状をしていたはずの切っ先を鋭く変形させたデュランダルは、より眩く、神々しく、その刀身にまとう輝きを強めていく。

 

 「くっ、うぅ……」

 

 その余波に煽られ、翼の足が地面を離れかける。呼びかけて正気に戻すべきなのだろうが、彼女に近づく術は無い。何より、ただそれだけで響がこの状態から脱するとは到底思え無かった。

 

 「ふざ、けるなぁっ!!」

 

 現状打破のために思索を巡らせる翼の背後から、絶叫が響いた。振り向く彼女が目にしたのは、激情を歯を軋ませ、眦を裂いたクリスの姿。

 

 「そんな力を……、アタシの前でっ、見せびらかすなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 その矮躯を満たして有り余る憤怒に、彼女は聖剣を振りかざす響へと、吶喊した。

 

 「な、待ちなさいっ!?」

 

 とっさに翼が静止の声を上げるが、それがクリスに届くことは無かった。

 彼女の接近を感知した響が、うめき声と共に振り向く。その瞬間、クリスはようやく自分の無謀さを理解した。

 今の響は獲物を探す獣そのもの。そんな彼女の前にのこのこ出ていけば、どうなるかは明白だ。

 虎の尾を踏んだ者に待ち受けるのは、死以外に有り得るまい。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」

 

 もはや人語を介しているかも怪しく感じるほどの咆哮を上げ、彼女は大剣の柄に握り潰さんばかりの力を込めた。尖った犬歯が口の端から覗き、深紅の瞳が剥き出しの殺意を込めて光り輝く。

 

 「ひ……」

 

 少女が悲鳴とともに先程の勢いを霧散させ、退いた。情けなさすら感じるその行動は、しかし彼女の命を間一髪で救った。

 直後、光の柱が天へと伸び上がり、振り下ろされた。開放された膨大なエネルギーが破滅的な崩壊を引き起こす。

 と、その時。

 

 「そこまでだ」

 

 そんな声が、一瞬だけ()の耳朶を打ち、すぐに轟音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「流石にこれ以上の破壊は容認できねえよ。……つっても、理解できてるかどうかは怪しいがな」

 

 黄金の光に満たされた空間に、そんな声が響いた。少し間をおいて、返答らしきうめき声が獣から発される。

 理性を失った彼女にあるのは、目に入る全てを蹂躙したいという歪んだ欲望だけだ。醜く塗り潰されたその内心を見透かした零は、静謐に告げた。

 

 「悪いが、力ずくで止めさせてもらう」

 

 その言葉が、火蓋を落とした。

 

 「■■■■■■ッ!!」

 

 先に動いたのは、響だった。完全に覚醒したデュランダルを乱雑に振り回し、彼女は丸腰の零に容赦なく襲いかかる。

 迫る切っ先を見据える彼の目は、しかしどこまでも落ち着いていた。いつの間にか左手に出現していたブレスレットから覗く、金属光沢を放つ何かを掴み取り、一閃。

 

カアァン!!

 

 硬質な交錯音が響き、両者の距離を引き離す。彼の右手には、刃渡り十数センチほどの、湾曲したナイフのようなものが握られていた。

 カシュッ、という射出音と共に、ブレスレットから同型の刃がもう一本排出され、彼の左手に収まる。

 零は左手を腰だめに、右手を前に突き出す独特の構えを取ると、即座に響へと切りかかった。十五メートルの距離がコンマ一秒で詰められ、霞む速度で刃が振るわれる。

 それを響は強引に引き戻した大剣で弾き、すぐさま切り返しに繋げた。

 

 「そんな力任せが通用するか」

 

 冷めきった声音で、零が吐き捨てる。繊細さに著しく欠けるその一撃を、彼は最小限の動きで躱し、体制を崩した彼女の腕を絡めとった。

 

 「■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 腕を極められた響が、絶叫を漏らす。それを無視して零はデュランダルの柄を握り締めると、予め投擲していた二本の刃を叩きつけ、彼女の手から引き剥がした。

 手に持ったそれをすぐさま背後に放り捨て、彼は響の方へと振り向く。

 

 「さて、これで元に……」

 

 戻らない。彼の眼前には、以前その身を狂気に落とした少女が、荒い息を吐き出していた。

 

 「チッ、あれはただのきっかけだったか。原因は、そっち(ガングニール)だな」

 

 最短で結論を見出すと、零は迷いなく彼女の身体を透視した。奏に変態だの何だの言われたが、この際だから仕方あるまい。

 肌に張り付いたボディスーツ、皮膚、筋肉を瞬時に透過し、彼の視界に中身が映し出される。いささかグロテスクなそれには、明確な異物が混じっていた。

 

 (あれは、まさか……)

 

 張り巡らされるようにして彼女の体を犯す、金属質の何か。それは、彼女の身体に残留したガングニールの欠片に他ならない。

 そしてこの瞬間、ある事実が確定した。

 

 「クソッタレが……!」

 

 ギリィ、と歯を擦り合わせ、彼は呻くようにその言葉を吐き出す。

 

 ―――気づいていた。気づいて、向き合って、考えて、結論を出した。傍観する、と。

 

 その結果がこれだ。いたいけな少女をドス黒い感情に沈ませ、いたずらに苦しめる今の状況こそが、その選択の結末だった。

 不甲斐ない自分への怒りに、零は握った拳の骨を軋ませ、皮膚を抉る。

 

 「これは俺の不手際だ。だから俺が始末をつける。来い、立花響!!」

 

 瞬間、彼の瞳が、黄金と翠緑に染まった。彼の髪が、白銀に煌めいた。

 その在り方を人から超越者へと変じさせた零は、迫る響を前に、刃を投げ捨て素手で応じた。

 

 鉤爪の如く曲げられた五指を振るい、零の身体を引き裂かんとする響。空気を蹴った、としか考えられない軌道で襲い来る彼女の兇手を、零は真正面から迎え撃つ。

 真っ直ぐ心臓目掛けて伸びる響の手のひらに、彼は自分の手のひらを合わせるようにして組み合わせ、突進の力を受け流し、投げ飛ばした。

 勢いそのままに宙を舞う響は、しかし虚空にて姿勢を制御。危なげなく足から接地し、転がりながら衝撃を殺す。

 

 「……しまったな」

 

 後悔の滲む零の呟き。彼は自らが背後に投げ捨てた物のことを失念していた。

 立ち上がる少女の右手に握られているのは、完全聖遺物『デュランダル』。転んでもただでは起きない、という言葉を象徴するかのように、彼女は投げられながらもそれを回収していたのだ。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」

 

 再度増幅された破壊衝動が、大剣を満たすエネルギーとして現出する。両の手に過剰なまでの力を込めて柄を握り締めた響は、眩むほどの輝きを放つそれを、真一文字に一閃した。

 際限無く解放される光芒を、零は十メートル余りも跳躍してやり過ごす。

 空振った大剣に少なからず振り回され、発生した一瞬の隙を見逃さず、彼はウルトラマン由来の飛行能力で彼女に肉薄した。

 放つ一撃は、掌底打ち。最小限の動作で、最短の軌道を描くそれは、吸い込まれるかのように響の腹へと打ち込まれた。 

 

 「■■■■■■■■■■■■■―――ッッッ!!」

 

 だが、浅い。絶叫と共に、怯むことなく彼女は巨剣をぶん回し、零の身体を両断せしめんとする。迫りくる大質量を前に、彼は一歩も退かず、両の手を以て受け止めた。

 そもそも、彼は負傷や気絶を狙っていた訳ではない。本命は掌を押し当てる……、つまりは触れることによって成り立つ()()

 

 「ぐっ、ぎぎ……」

 

 うめき声を漏らしながら、凶器を押し込まんとする響に拮抗する零。しかしこの状態を長く続けるわけには行かない。

 この空間でいくら時間が流れようと、向こうでは一瞬に過ぎないとしてもだ。

 今尚侵食を続ける聖遺物の欠片が、取り返しのつかないところまで彼女の身体を蝕む前に、決着をつけなければならない。

 

 「へ、あぁぁあああああああああああっ!!」

 

 大喝。

 声を振り絞り、彼は渾身の力を込めて巨剣を押し返す。めきめきと音を立てて骨が圧壊し、裂けた筋肉が鮮血を吹き上げるが、零はそれを気にも留めない。

 

 ―――どうせすぐに治るのだから。

 砕けた骨が次の瞬間には継がれ、再構成される。飛び散った血液が光の粒子へと変じて消え失せ、同時に腕の裂傷が塞がる。

 破壊と再生を繰り返す彼の腕が、ついに拮抗を破った。打ち下ろされた巨剣が押し戻され、響の足が地面を擦りながら後退する。

 徐々にあとずさる彼女の体勢に無理が生じた。その瞬間を見逃さず、零はもう一度得物を奪うため、足払いをかける。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■―――ッッ!!」

 

 足を引っ掛ける、その寸前。響の咆哮に共鳴するかの如く、彼の両手に抑え込まれていたデュランダルが()()()()

 三度目の聖遺物の解放、今までのそれを遥かに上回る勢いに、零は右腕が砕け折れるのも構わず、剣を強引に横倒しにし、次の瞬間、全力で飛んだ。

 

 直後、放出。溢れ出す莫大なエネルギーが、光に満たされた果てなき空間を疾走した。

 地平線―――ここでは光平線と言うべきか―――の彼方へと消え去った光線は、もし向こう側の世界で放たれていたとすれば、街一つ消し飛ばしてなお余りあるものだった。

 

 発射から数瞬、直撃をかろうじて躱した零が、地面に着地する。同時に、鮮血が飛び散り、彼の頬を濡らした。

 

 「まさか持ってかれるとはな……」

 

 肘の先から吹き飛んだ自分の腕を、呆然とした様子で見つめながら、彼は呟きを漏らした。嘆息、そして言葉を続ける。

 

 「……………………………安くねえんだけどな、この服」

 

 右腕が再生した。無論、服の袖はそのままだが。

 常人なら致命傷になり得る傷を瞬時に完治させ、零は構え直す。その瞳が見据えるのは、巨剣を携えた獣のごとき少女。勝利条件は、彼女の正気を取り戻す事。

 それを再確認した零は、達成するための最善の道を模索する。種族として、人間を遥かに凌駕する知能指数を誇る彼の頭脳がフル回転し、そして結論が出された。

 

 「めんどくせえ、正面突破だ!!」

 

 彼の唇が弧を描く。不敵な笑みを浮かべ、彼は検討していた全ての策を棄却した。当然だ、そんなもの(試行錯誤)が彼の性に合っているはずがない。ただ思いのままに、らしくも無く理知的に行くのはこれで終わりだ。

 なぜか? 理由など解り切っている。

 

 彼が、()()()()()()()()()()()()

 

 

 上体を起こし、直立姿勢になった響が、閃光を纏うデュランダルを掲げた。

 四度目の、解放。刀身に収束する光芒をその目にしながら、零はこれが最後のチャンスだと直感する。連続の解放は、彼女がガングニールに呑まれつつあることの証明。これ以上は、戻ってこれなくなるだろう。

 

 投げ捨てられ、地面に放置されていた小刃の片割れが音もなく浮き上がり、彼の右手に収まった。その手を前に突き出し、地面と垂直に構える。

 それに対抗するように、響はデュランダルを中段に構えた。刃から発される余波が漂う光の靄を吹き散らす。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■―――ッッ!!」

 

 けたたましい咆哮と共に、彼女は突きを彷彿とさせる動作で、極太の光線を撃ち放った。巨人の断末魔めいた轟音が空間を軋ませ、超高密度のエネルギーが瞬く間に距離を詰め、零の命を消し飛ばさんと迫る。

 

 「はぁ…………」

 

 それを前にして、しかし零は動かない。ただ刃を前に突き出したまま、息を吐き出すだけ。

 回避など元々選択肢に入れていないのだ。彼が狙うのはその宣言通り、正面突破のみ。瞳を閉じ、限界まで精神を研ぎ澄ませ、彼は一刀に全霊を込める。

 そして衝撃が全身を叩いた瞬間、眼前に迫った光芒に彼は目を見開き―――

 

 「へあっっ!!」

 

 ―――気合一閃。刃渡りせいぜい十五センチのちいさな刃が、ゆうに彼の身長の二倍はある光線を、()()()()

 二方向に別れたそれは、そのまま零を避けるかのように直進し、彼方へと消えていく。遍く暴力の具現を、彼は身一つで打ち破ったのだ。

 無論、無傷では無い。刃を握りしめていた右手は付け根から消失し、少なくない量の血を吹き上げている。

 だが彼はそれを黙殺し、烈光の瀑布の中にこじ開けた隙間を駆け抜け、響の元へ向かった。

 いくら連発が可能とはいえ、一切の手加減なく完全聖遺物をぶっ放せば、威力のあまりどうしても隙が出来る。それを見逃す零ではあるまい。

 

 「はぁあっ!!」

 

 踏み出した足に、余力を注ぎ込む。自ら創り出した空間故に、その強度は百も承知。アスファルト製の地面なら容易く踏み砕いてしまうような踏み込みであっても、この場所なら耐えられる。

 無駄な力の消費を排除し、その全てを推進力に変換、文字通り、彼は一足飛びに少女の元へ到達した。

 

 「―――!」

 

 突如目の前に現れた敵に、彼女はとっさに反撃を試みた。反動で押し下がった剣に万力の如き力を込め、砲撃じみた一撃を繰り出す。

 

 ―――だが、遅い。

 

 その切っ先が届くより遥かに早く、トンッ、といっそ拍子抜けしてしまうような軽さで、彼の掌が響の腹に押し当てられた。

 その真意を、もはや理解しようという思考すら存在しない彼女は、勢いを一切緩めることなく巨剣を突き出した。

 肉を切り裂く、ではなく、叩き潰すような耳障りな音が響き、肩口から吹き飛んだ肉と骨(腕だったもの)の欠片が辺りに飛び散る。

 そのまま五度目の解放を実行、得体の知れぬ敵対者をただ殺さんとする彼女の衝動は、しかしそこで停止した。

 

 ―――アブソリュート・ゼロ

 

 ピキリ、という微かな破砕音が響いた。直後、響の纏う鎧に無数の亀裂が走る。

 

 「か、はっ……」

 

 彼女の口から、これまでの獣じみた咆哮とは異なる音が吐き出される。それを合図としたかの様にシンフォギアが砕け散り、化物に変わり果てかけた少女は元の姿を取り戻した。

 

 「はぁ………………、疲れた」

 

 倒れ臥す響を左腕で支えつつ、彼はそう呟いた。再生を終えた右手で、ボロボロになってしまった上着を脱ぎ捨てる。

 どうやって説明するかと、このあと必要になって来る言い訳に頭を痛めつつも、その顔に曇りはない。

 何よりも優先すべき目標は達成できたからだ。おまけにデュランダルも確保できた。これ以上の結果があろうか、という話である。

 どこか満足げな笑みを浮かべ、響を担いだ零はこの場所を後にした。

 

 後には、袖の千切れたズタズタの上着だけが残され、それも閉じられた空間もろとも、消えて無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  







 ふっ、ゼロさんはまだ実力の1%も見せていない……(だって光線一発も撃ってないし)








 アブソリュート・ゼロの解説。

 任意のエネルギーを、文字通りゼロにする超能力。今回はシンフォギアを形成するのに必要なフォニックゲインを消失させた。


 
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