佐藤 涼には好きな人がいる。斜め前に座る白百合 沙耶さんだ。
今すぐ告白したい、それほど好きな人。でも、この世は理不尽で、彼女は男性恐怖症だった。

そんなある日、涼は朝起きたら何かが足りず、何かが増えたことに気づいた。
結論から言うと、女子になっていた。

女子になり、沙耶さんと仲良くできる!頑張ってゴールインまで持っていってやるぜ!

さあ、百合の造花を咲かせよう。

1 / 1
百合の造花を咲かせよう

 僕──佐藤(さとう) (りょう)には好きな人がいる。

 僕の斜め前の席にいる白百合(しらゆり) 沙耶(さや)さんだ。大人しくて、よくわからない文学小説を読んでいる、文学少女という言葉がピッタリで、それでいてミステリアスなイメージもある。

 ただ、彼女には一つだけ大きな問題があった。

 

 彼女は男性恐怖症だった。

 症状はとても軽いもので、短い会話などはできるが長時間会話したり、目を合わせて会話というものはできないようだった。

 僕は中性的な見た目もあり他の人よりかは大丈夫らしいが、それでも恐怖心はあるようだ。

 だから、僕は必要以上に近寄らなかった。彼女は好きだったし、もっとお喋りもしたかったがそれ以上に、彼女が嫌がる事はしたくなかった。

 

 でも、僕の願いは案外……と言っていいのかはわからないが、簡単に叶ってしまった。

 

 

 

 

 

「涼、起きてきなさ〜い!」

「はーい」

 

 母親が一階から読んでくる声が聞こえる。それに返事を返すが、なんだか違和感を感じた。

 体がダルく、ベットから起き上がるのにも一苦労。体力がごっそり持っていかれた感じである。

 また、自分の声も少し高く感じた。胸部には重りのようなものも感じ、そして、産まれてからずっと連れ添ってきた息子の消失……つまるところ、女体化していた。

 

「ちょ、なにこれ!母さん!へるぷみー!!」

「どうしたの?またゴキブリでm……誰よあんた!何で息子の部屋にいるの!?」

「僕がその息子だからだよ!名前は佐藤涼、誕生日は5/14で好きな食べ物はレアチーズケーキの息子……なのかな?

 朝起きたら何でかわからないけど女の子になっちゃってた」

 

 母さんは暫くポカンとしていたけれども気を取り直したようで「じゃあ今日は学校休みね。取り敢えず病院行きましょ」と、平然と言っていた。意外と混乱はなかった。

 学校を休むのは白百合さんと会えないからいただけないけど、女の子になってよかったことが一つだけある。

 

 白百合さんと仲良くできるんじゃないか? と

 

 普通は嘆くべきなのだろう。でも僕は、白百合さんと仲良くできる可能性があるという嬉しさがその他の感情を全て吹き飛ばしてしまった。

 そんなことを考えているうちに病院についた。普段行っている病院では手に負えないという事で総合病院に飛ばされた。

 

「あー性転換ね、大丈夫。自然に起こることもあるにはあるから。日本だと3件目かな?」

「そうなんですか?」

「うん。世界中だと200人くらいだったか、まあ数は少ないけどいるにはいるんだよね」

 

 詳しく話を聞いてみると具体的なメカニズムはわかっていない、女から男もいる、あとは性転換にエネルギーを多く使用したから三日間ほど体が怠くなる、ということを聞いた。

 一応様々な検査はしたが異常はなかった。問題無し、といわれ帰宅した。

 まあ問題が無いわけではないんだけど。学校にどう説明すればいいのかがわからない。朝起きたら性転換してましたって?

 もし理解されたとしても今までの友人関係が変わるとしか思えない。

 

「……憂鬱だなぁ」

 

 ポツンとこぼれた声は美しいソプラノボイスだった。

 

 

 

 

 

 そして、土日が明け女になってから始めての登校になった。

 教師は前に出て説明とかをすべきだ、と言ってSHRの時間を割いてくれた。余計なお世話だ。

 

「えー、それでは涼さんからお話があるらしいので聞いていただきたい」

 

 僕が前に出ると視線が集まると共にヒソヒソと声が聞こえる。

 

「えっと、一応佐藤 涼です。正直自分でもどうしてこうなっているのかわからないけど今まで通り接して頂ければ幸いです。よろしく?なのかな」

 

 女子の体になって気づいたことがある。男子の視線がよくわかるのだ。

 まだ女子用の制服が届いていないから男子用のを着てるが、胸が大きくなったから苦しい。制服もパッツンパッツンだし。

 そこを見られているのがよくわかる。顔より少し下に目線が言ってるというかなんというか……。とにかくわかりやすい。正直もっと気を使ってほしい。僕が男のときはそんな露骨に見てなかったぞ。……多分。

 

 これから卑下た欲望とかをぶつけられるんだろうなぁ、そう思うと憂鬱でならない。そんなことを考えると早速そういう輩にエンカウントした。

 

「なあ涼。ちょっとこのあとトイレにでも行かねぇか?お前が本当に女子なのか確認したいし」

 

 ……欲望ダダ漏れすぎでは?ここまで露骨だとは思わなかった。そんなに秘部が見たいならアニマルビデオでも見てろと思うがそこは盛んな男子高校生。まあ案の定女子から軽蔑の目を向けられていたけど。

 

「いや、普通に嫌。何で現在進行系で混乱&ショック受けてるのにさらに嫌なことを追加しなきゃいけないのさ」

「おまっ、こないだファ○チキ奢ってやっただろ!?

 借しを返せよ」

「釣り合いが取れてないの。そんな欲望ダダ漏れの誘いに乗るわけ無いでしょ」

 

 ていうかあれも無理矢理渡されただけだし。多分、暫くはこんな感じになるだろう。そう思えば自然と溜息が出てくる。それをどう受け取ったのか変態くんはなんだか逆ギレしてきた。

 

「何なんだよお前!せっかく俺が誘ってやってんのに!」

「僕精神はまだ男だよ!?何で男にそんな事しなきゃいけないの!?」

 

 売り言葉に買い言葉、口論は発達しそうになるが、取り敢えず僕が落ち着いた。危ない危ない、あのままだと何を口走るかわからなかった。

 

「そういうわけで。僕はまだ精神は男だし進んでそういうことをしたいわけでもないので」

「チッ、つまんねーの」

 

 何がつまんねーの、だ。場の空気が凍りついたっつの。

 そんなとき、僕に天使が舞い降りてきた。

 

「あの、さっきの、あっとそのぉ……。だ、大丈夫でしたか?」

「白、百合さん?あ、ああ。大丈夫、こうなるであろうことは予測できてたから。それより白百合さんは大丈夫なの?その……僕と話して」

「ええ。その……なんといいますか、男性にはないものがパット見でわかるので多分……。……まだちょっと怖いですけどってごめんなさい!失礼でしたね!?」

「いや、顔がそこまで劇的に変わったわけじゃないし、それよりも白百合さんが話しかけてくれたのが嬉しかったかな、ってちょっと恥ずかしいね」

 

 白百合さんがまだ残っているであろう恐怖心をグッと抑えて話しかけてくれた。それだけで僕がどれだけ嬉しいのかきっと白百合さんはわからないんだろう。

 でも、それでいい。きっと気づかれたらまた怯えさせてしまうだろうから。

 

「あ、あの涼さん」

「ん?どうしたの?」

「よければ──」

 

 その言葉を遮る用にタイミングよく授業開始のチャイムが鳴る。いいところで邪魔しやがって。僕は鈍感主人公でも何でもないんだぞ。

 

「えっと、なんだっけ?ごめん、チャイムが丁度良すぎて」

「いえ、大した用事ではないのでお気になさらず。……良ければ連絡先の交換を、あわよくば名前でお呼びくださいとお伝えしたかったのに

 

 かわいいかよ。

 

 

 

 

 

 時は(ちょっとだけ)流れて放課後。僕は特に部活動にも入ってないし帰ろうとしたら、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「涼ぅ?おるぅ?」

「健介どうした?冷やかしは呼んどらんぞー?」

「おっ、マジで女子になってやんの。うけるー」

「そんな棒読みで言われても」

 

 こいつは沢村 健介。なんやかんやで幼稚園から付き合いのある幼馴染だ。特徴はバカ。テスト前は常に嘆いてる。

 将来の夢はプロ野球選手らしい。野球が好きだしアナウンサーと結婚できたら幸せで一鳥二石では?と言っていた。動機が不純だしそれを言うなら一石二鳥だバカ、といったのは記憶に新しい。

 こんなバカでもスポーツはできるし意外とモテる。この世は理不尽だ。

 

 そして、コイツは百合がめっちゃ好きだ。

 もちろん花のことではない。ガールズラブのほうの百合だ。

 だから多分だが──僕の恋を応援してくれる。正直動機が不純すぎる気もするが、それでも味方が一人でもいるというのは有り難い。

 

 きっと今の僕には味方が少ないから。

 さっきのやり取り、また性転換したことによる距離感が掴めなくなるだろうから前みたいに気軽なやり取りはできないだろう。

 正直な話、結構心にくるが直にみんな慣れてくるだろう。まあでも……独りには慣れてるから大丈夫かな。

 

「涼?大丈夫か?」

「ん?ああ、大丈夫。ちょっと色々考えてただけ」

 

 いけない、考えすぎると周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だ。

 

「どうせ一緒に帰ろーぜ、とか言うんでしょ」

「そのつもりだったが……俺一人で帰るわ。ほらあそこ」

 

 そういって健介が指を指した先にいたのは白百合さんだった。白百合さんはじっとこちらを見つめながらもその場でオロオロしている。

 

「ほら、明らかにお前と帰りたそうにしてるだろ」

「そう?自意識過剰すぎる気もするけど……」

「バカ、取り敢えず誘ってみろ。当たって砕けろだよ」

「砕けたくはないなぁ……」

 

 はあ、と溜息を一つ溢して白百合さんの元へと向かう。

 白百合さんは少しだけ体をピクッと震えさせ、視線をキョロキョロと左右に振ったあと、コテン、と首を傾げさせた。正直かわいい。

 

「えっと……」

「白百合さん、よかったらなんだけどね……一緒に帰らない?」

「え、いいんですか?」

「うん。健介はなんか用事があったらしくて走って帰っちゃった。家、駅の方だったよね?」

「あれ、なんで知ってるんですか?」

「ん?あ、ああ僕の家も同じ方向だから前見かけたんだよ」

「そうだったんですか!」

 

 にぱーと笑みを溢れさせる白百合さん。まさか気になってストーキング……もとい下校時間を合わせたりなんてことはない。ないったらない。

 

「それじゃ、いきましょうか」

「そうだね」

 

 そんな邪な考えを悟られることなく、白百合さんは満面の笑みで誘ってきた。

 今はこの笑顔を守れればいいか。

 

「それじゃ、エスコートしますよお姫様」

「そんな、お姫様って柄ではないのですが……」

 

 そう声をかけると白百合さんは赤面して、俯いてしまった。

 意外とからかいに耐性がないのか。あまり嫌がられないようにしないといけないな。

 でも、正直赤面してるのもかわいかったな。

 

 そこから二人で他愛ない話をしながら帰宅した。

 今日の数学は眠かったとか、実は球技が苦手だとかそんな普通の友人のような会話。僕はそれが何よりも嬉しかった。

 

「それじゃあ、僕んちここだから」

「あれ、そうなんですか?意外とご近所なんですね」

「そうなの?白百合さんの家ってどこなの?」

「二個先の角を曲がってすぐですね」

「へぇ〜。それじゃあいつでも遊びに行けるね」

「ええ、そうですね」

 

 そう言って微笑む彼女は美しかった。きっと僕は夜空一杯の星空よりも彼女の笑顔を選ぶだろう。これは惚れた弱みというものだろうか。痘痕も靨(あばたもえくぼ)とはよく言ったものだ。

 と、色々と考えていると白百合さんが

 

「あ、あの……せっかくだし連絡先交換しませんか?」

 

 と、少し不安そうに上目遣いで聞いてきた。……これをワザとやっているのであればもはや魔性の女だ。あれ、天然でも魔性の気がしてきた。

 まあ、僕が断るわけがない。堪えきれず少し笑ってしまうと、頬を膨らませ少し怒ってきた。

 

「あっはは、ごめんごめん。そんなに不安そうにしてるのがどうもおかしくて」

「むー。こっちは勇気振り絞って誘ったんですよ」

「ほんとごめんって。でも僕の連絡先は安くないよ?」

「え……。いくら払えばいいですか?」

 

 財布を取り出そうとする彼女を手で制し、言葉を続ける。

 

「僕と友達になってほしいんだ」

「えっ、そんなことでいいんですか?」

「こんな体になっちゃったし、今はみんな距離感が掴めないと思うんだ。

 あと、前から友達になりたいって思ってたからさ」

 

 ヤバい、想像以上に恥ずかしい。でも、白百合さんはそんな僕の言葉をどう受け取ったのか──好意的ではあったと思うが──堪えきれなかったようにふふっと笑みを溢したあと、百点満点の笑顔を顔いっぱいに広げて

 

「もちろんですっ!」

 

 そう言った。

 少し照れくさくなってしまったのか、白百合さんはほんのりと顔を赤くしていた。

 

「それじゃ、私は門限が近いのでこのあたりで失礼します。さようなら、涼さん」

「うん。また明日……沙耶」

「えっ、今なんとおっしゃいましたか!?」

「また明日!」

 

 

 そう言って、僕は家にそそくさと入っていった。正直、バカ恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

「りょ、涼さん。おはようございます」

「白百合さん、お、おはよう」

 

 少々気まずい空気になってしまったのはきっと昨日の最後のあれが原因だろう。

 そう思っていると、隣から不満そうなオーラを感じた。

 

「むー」

「どうしたの白百合さん」

「いえ、昨日は名前で読んでくれていたのにな、と」

「えっと、それは……」

「名前で読んではくれないのですか?」

「さ、沙耶さんでどう、ですか?」

 

 そういうと、沙耶さんは少し考えたようにして、

 

「しょうがないですね。それで手を打ちましょう」

 

 そう言った。

 正直ホッとした。いきなり名前呼びはハードルが高すぎる。

 そんな安堵が伝わったのか彼女は“良い”笑顔を浮かべていた。

 

「いずれは呼び捨てにしていただきますよ」

「あはは……」

 

 

 二人で仲良く登校しているうちに、学校についた。朝から好きな人と一緒に登校とかラブコメすぎでは……?

 白百合さんも笑顔が絶えずに楽しそうだったし、僕も役得すぎた。女子になって良かったと心から思う。

 

 でも、学校という小さな社会はいつだって残酷だ。ましてや高校生という大人でも子どもでもない年齢。

 加減をある程度覚えてきたものの、自分らと異なるものを排除しようとするその心理は変わらない。

 ドアを開けると、視線がこちらに刺さるのがわかった。さっきまでザワザワしていた教室は静まり返り、ヒソヒソと言う囁き声も聞こえてきた。

 

 正直、隣りにいる沙耶さんに申し訳ない。沙耶さんが体を小さくして、恐る恐る教室に入っていった。いくつか沙耶さんに向けられている視線もある。

 なんで沙耶さんを指差しているんだ。おかしいだろ。

 僕が笑われるのは全然構わない。それで沙耶さんが護れるのであれば望む限りだ。でも沙耶さんを僕のせいで傷付けたくない。

 

 そう思っていても、僕はどうしょうもなく一般人で、自己保身にはしっていた。正直なところ、沙耶さんにいくつか視線が向けられていて、僕は少し心が軽くなった。軽くなってしまった。

 そんな僕は自分自身に嫌気がさして、本当に自分が嫌いだった。

 そんな僕の心情を知ってか知らずか沙耶さんは僕の方を見て微笑んでくれた。

 

 それで、僕は救われた。それと同時に疑問も覚えた。

 

 ──どうしてここまで仲良くしてくれるんだ?と。

 

 

 

 

 

 僕が女子になってからだいたい一ヶ月がたった。

 クラスのみんなもだいぶ慣れてきたようで、今では普通にお喋りもできるようになっていた。でもそれはあくまで一部の人のみで、僕が元々男だったからと言う理由で近づかない女子、前にやったあのやり取りから近寄らない人もいる。

 

 ……まだ下品な考えを持っている男子もいるけど。

 まあこんな感じで、意外と僕の生活は普通だった。そんな中、沙耶さんがとっとこという擬音がぴったりな小動物っぽさのある走り方でこっちによってきた。

 何の用だろう。そう思うのも束の間、沙耶さんはガチガチに緊張した様子でこちらに話しかけてきた。

 

「あの、良ければですが週末私と映画をみにいきませんか?!」

 

 まさかのデートのお誘いだった。

 この一ヶ月間、沙耶さんとは週に二回から三回くらいのペースで一緒に帰っていた。残りは一人で帰ったり、健介と帰ったりしていた。そのせいで健介との仲を邪推されたりしたけど。僕はホモじゃないぞ。

 

 話を戻そう。僕は沙耶さんと最近仲良くなってきている。だからといって映画に誘われるくらいだとは思わなかった。まあ僕が映画に誘われたケースは全部健介からだから比較対象が少ないだけかもしれないけど。

 当然僕には断るの二文字は脳内にない。

 

「もちろん。ありがとね、沙耶さん」

「どういたしまして!親が知り合いから映画のペアチケットを貰ったらしいんですが、誘える友達というのが涼さんくらいしかいなくてですね……。悲しくなってきました。この話はやめて具体的な計画を練りましょう」

「アッハイ。映画館はあそこ──」

 

 そんな感じで二人で計画を練っていった。そして、駅前に十時集合ということになった。……金曜日寝れるかな。

 

 そして待ちに待った沙耶さんとのデート。駅前に着いたはいいものの、今は九時半。はたして沙耶さんは来ているだろうか。

 そう思いあたりを見回していると、見覚えのある影があった。

 

「ん???」

 

 どう見ても沙耶さんだった。そして、その周りには男の影が。

 

「ねえお嬢さん、ちょっとお茶でもしない?」

「え、あの」

「その後一緒にイイコトしようぜ?こう見えても俺結構できるんだぜ?ナニとは言わないがな」

 

 そういって下品な笑い声を上げる男。紛うこと無き典型的なナンパだった。ただ、沙耶さんは男性恐怖症なんだ。そんな行いはやめて頂こうか。

 そう思ったとき、男のうちの一人が沙耶さんに触れようとした。

 

「な?一緒nってなんだなんだ?何邪魔してんだって、お嬢さんも結構かわいい顔してんじゃねえか。一緒に遊ばない?」

「結構です。僕はこれから彼女とデートなので」

「涼……さん?」

 

 危ない危ない、ギリギリ手を抑えるのに間に合った。そしてさらっと僕まで誘うな。

 

「へぇ、女の子同士でデート?いいね、俺らも混ぜてよ」

「嫌です」

「そんな連れないこと言わないでさ」

 

 そういって男は僕の肩に手を回してきた。

 気持ち悪い!僕は沙耶さんが好きだ。こんな男に触られたくない!

 そう思っても僕の体は動かない。振りほどくことも出来るはずなのに、それが出来ない。初めての経験に、恐怖に、僕の体は動きを止めていた。

 

 だれか……たすけて……

 

「なあ兄ちゃん、ちょっとだけお話しようや」

「あ?何だよおま……」

 

 顔をあげるとサングラスを掛け、バットを持った丸刈りの男──健介がいた。

 

「いや、なんでもないっす。あ!俺ちょっと用事思い出したから帰るね!ごめんね時間取らせちゃって!」

 

 そういって男はそそくさと逃げ出していった。

 

「健介ありがとう。正直困ってた」

「いいよ別に。これから野球しに行くだけだし」

「練習試合?」

「普通に遊び。そんじゃ、俺はここらへんで」

「うん。ありがとね」

 

 そういって、手をひらひらさせながら帰ろうとする健介。そんな健介に不意に声が掛けられた。

 

「健介さん、あの……、ありがとうございました

 

 沙耶さんは、男の人が怖いのにも関わらず健介に感謝を述べた。驚いたのは僕だけではないようで、健介も驚いたような表情をした後、ニカッと笑って

 

「どういたしまして」

 

 そう言って、今度こそ本当に帰っていった。

 何だあいつ、あんなにカッコいいやつだったか?まあいいか。

 僕が沙耶さんの方に視線をむけると、沙耶さんと目があった。沙耶さんは顔に微笑みをうかべていた。

 ……正直、心臓が痛い。好きな人が尊すぎて生きるのが辛い。そんな僕に気付く様子もなく、沙耶さんは視線を空に向けた。

 

「涼さん、私涼さんにも感謝してるんですよ?あのとき颯爽と登場して助けてくださったので」

「その後みっともないところをお見せしちゃったけどね……」

「でも、私は安心したんです。それこそ健介が来たときよりも。だから、ありがとうございました」

 

 なんだかむず痒くなってきた。話が終わると二人の間になんとも言えない空気が流れる。むず痒いし気まずいしどうしたらいいんだ。そのくらい気まずくなっていた。

 

『まもなく二番線から──』

「やばい、乗り遅れるよ沙耶さん!」

「ちょ、待ってくださーい!」

 

 気まずさは消えたけど、なんかこう……もっとなにか方法はなかったのかな……。

 

 

 

 

 

 ガタンゴトンと電車が気持ちいいリズムで揺れる。ふと窓の外を眺めるとそこにはあたり一面の向日葵があった。

 

「わあ……」

 

 思わず感嘆の声が出てしまうが、ここが電車だということを思い出し、息を潜める。幸い電車はあまり混んでおらず、特に目を向けられることもなかった。

 

「ねえ沙耶さ……ふふっ」

 

 沙耶さんとこの思いを共有しようと思い沙耶さんの方を向くと、そこにはすーすー、と静かな寝息を立てている沙耶さんがいた。

 今はそっとしておこうか。

 

 

 そうして電車に揺られること三十分、映画館からの最寄り駅に到着した。沙耶さんは駅に着く直前に目を覚ましたようで、眠そうに目をこすったあとはあたりの様子に気付いたようで「すみませんでした!寝言で変なこと言ってませんでした?」と小声で謝ってきた。

 何も言ってなかったし寝顔はかわいかったよ、と伝えたら顔を赤くしてからかわないでください!と少し怒った様子で(恐らく照れ隠しだろう)言ってきた。

 

 可愛かったのは本当なんだけどね。

 

 

 

 

 

 映画館は駅から然程遠くない位置にあり、三分ほど歩いたら着いた。僕たちが今日見る映画は『101回目のお別れを』という映画だ。

 ヒロインが通り魔に殺され、それを嘆いていた主人公がタイムリープしてヒロインを救おうと四苦八苦する恋愛ありシリアスありといった様子らしい。

 

 正直、僕も気になっていた映画だから誘ってくれて嬉しかった。そして、肝心の内容だが……

 正直に言おう。めっっっっっちゃよかった。泣きそうになるシーンもあり、ほっこりする様子もあり、最後とか感動的すぎる。沙耶さんなんて大号泣。涙腺崩壊してた。

 そして今は映画の感想を言いつつご飯を食べている。沙耶さんはオムライスで僕はスパゲティを食べていた。

 

「一番感動的だったのはどこですか?」

 

 オムライスを飲み込んだ沙耶さんは僕にそう訪ねてくる。

 

「うーん、やっぱりラストが感動的だったかな」

「そうですよねぇ。でも私はもっと感動的、と言っていいのかわかりませんが感銘を受けたものがありまして」

「へぇ、どのシーン?」

「恋愛シーンで主人公が言っていた『言いたいことは言えるうちに伝えたい。いつ伝えられなくなるのかわからないから』ってセリフなんですよね」

「ああ、確かにあれはグッとくるものがあったよね」

 

 主人公が何度も何度もヒロインを目の前で殺され、何度も別れを告げてきたからこその思い。言いたいことを言う。その簡単なことは案外難しくて、失くしてからああすればこうすれば、そんな言葉しかでてこないんだ。

 

「あの、涼さん」

「ん?なに?」

「えっと……わ、私…………。き、今日、とっても楽しかったです!是非またどこかに遊びにいきましょう」

「もちろん。今度は僕が誘うね」

「お待ちしています!」

 

 そうして僕らは帰路についた。と言っても帰る方向は同じだから一緒に帰れるんだけど。帰りの電車はスカスカで、ほぼ貸し切り状態だった。

 そして、駅についたとき、沙耶さんが口を開いた。

 

「こういった事を言うのは失礼かもしれないんですが、私、涼さんが女の子になってくれて嬉しかったです」

「そう?そう言ってくれると助かるよ」

「ふふっ。……すこしだけ、私の話を聞いてもらっていいですか?」

「もちろん。そこのベンチ座ろうか」

 

 ベンチに座った僕たち。そんな中、沙耶さんが言葉をぽつりぽつりと溢していく。

 

「私が男性恐怖症になったのは、もう離婚した父親が原因なんです。

 始めは優しいお父さんでした。誕生日にはぬいぐるみをくれ、ケーキを買ってきてくれて。それが変わったのは私が中学一年生のころです。

 父の会社は経営が傾き、ついには倒産。父は職を失いました。その日から父は人が変わったようになりました。酒に溺れ、私や母をサンドバッグのように殴りつけ、怒鳴り、死ね、産まなきゃよかったなどの言葉をぶつけてきました。

 そこから私は男の人が怖くなりました。最初は近寄られるだけで震えて、正常な判断ができなくまりました。お医者様が言うには心的外傷後ストレス障害──俗に言うPTSDです。精神科に通い詰め、段々と落ち着いていき今に至ります。

 っとごめんなさい、自分のことばかり語ってしまいましたね」

 

 思わず、息を呑んだ。あまりにも……あまりにも酷すぎるではないか。そんなのに比べたら僕のこれ(性転換)なんて些細なことではないか。

 

「その父親は?」

「家庭内暴力がばれ、お縄につきました。今は、どうなっているのかわかりません」

「そっか……」

「あ、私が語ったのは決して同情してほしいとかではなく、事実を知ってほしかったからです。そういうことともあり、私には友達と呼べる人ができませんでした。

 だから、涼さんと友達になれて私、本当に嬉しかったんです」

 

 そう言った沙耶さんの顔には、陰りが差していた。

 

「友達……そう思っていたんですよ。でも、わたしは、私は!

 いつの間にか涼さんを……好きになっていたんですよ」

「えっ?」

「おかしいですよね。涼さんは今女の子ですし、私も女子です。でも……好きに、なっちゃったんですよ」

 

 絞り出すように、その美しい声を震わせながら沙耶さんは言葉を溢した。

 

「ごめんなさい、忘れてください。それじゃあ、私はこれ──」

「まって!」

 

 沙耶さんを強引に引き止める。沙耶さんは僕に思いを伝えてくれた。だとしたら、元男として気合をいれようじゃないか。

 

「沙耶さん。僕も……僕も沙耶さんのことが好きだ!

 男だった頃から、ずっと好きで、だから女子になれて本当によかったと思ってる。それは今でも変わらない気持ちだ。だから……僕と付き合ってくれませんか?」

 

 僕の気持ちを誠心誠意心の底から伝える。デコレーションをせず、むき出しのまま僕の思いを伝える。

 

「私達は女の子同士ですよ?」

「それでも構わない」

「絶対幸せになれませんよ?」

「じゃあ二人でもぎ取ろうか」

「私はめんどくさいですよ?」

「それだけ愛されてるなんて嬉しいよ」

 

 

「私なんかでいいんですか?」

 

 やたらと溜めたその言葉。僕の答えは決まっている。僕は満面の笑みを浮かべ、答えを述べた。

 

「もちろん!」

 

 きっとこれから様々な苦労があるだろう。だが、声を大にして言いたい。それがどうした、と。

 隣には泣きじゃくりながら笑ってる最愛の人がいる。それ以外に何が必要だろうか。僕らはこれから二人で歩いていく。

 健介は恐らく、これは純粋な百合ではないと言うだろう。それがどうした。僕が幸せになれる。沙耶さんも幸せになれる。それ以外に必要なものはない。

 

 僕らは、百合の造花を咲かせたんだ。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。読了後の余韻を残したいという方がいるのであれはブラウザバックを推奨します。
その際は是非評価を入れて……いえ、なんでもないです。

私がこの作品を書いたきっかけは「TSものってなんか精神的BL多いよな」と思ったからです。
勿論それがいけないと言うわけではないですしむしろ好物です。
ただ、元々構想自体は練っておりまして、その際にTS杯というものを目にしました。
そこからプロットを練らずに書き始め、なんとか五月中に出すことができました。ただTS杯の一、二週間前から書き始めたのにこの執筆ペースはいかがなものかとは思いますが。
最後に、このあと二人がどうなるのか、それは皆様の想像次第です。二人仲良く文化祭デートをしたり、海外に移住し結婚したりするかもしれません。このお話では彼女たちの話はこれで終わり。しかし彼女たちの人生はまだまだ続きます。それがどうなるのかは、貴方の想像次第となります。
読んでいただき、ありがとうございました。

PS.映画館デートででた『101回目のお別れを』はいずれ書く予定です。良ければ記憶の片隅にでも入れておいていただければ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。