──冒険者が集う港町、海都アーモロード。ここには大いなる技術を持った巨大国家が100年前に海の底に沈んでいったという伝説がある海に囲まれた町である。この伝説により数多の冒険者達が世界樹の迷宮に挑戦し、そして未だ迷宮突破をした者はこの世にはいない───
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「おーい!」
遠くから聞こえる声、それも聞き慣れた声だった。
その方向に目をやるとオレンジ髪の剣と盾を携えた少年がこちらに手を振っている。後ろには落ち着いた雰囲気で金の長い髪を持つ青年と本を片手に持ったピンク髪の女の子がいる。
なかなかに厄介な奴に出会ってしまったと思い、その場からすぐさま退散しようとする。
「ちょ!おい逃げんなって!」
…が、どうやら向こうの方が足が速く少年は私の肩を掴んで歩みを無理やり止めてきた。
「…何の用?私、そんなに暇じゃないのだけれど」
「いやいや暇だろ。ついこの前のパーティーはどこ行ったんだよ?それが答えだろ」
「……ったく」
少年は私の事をよく理解している。故にこんな事も平気で言えるのだろう。実際お互いに何でもかんでも言い合える仲ではあるので不満では無いのだが、もう少し言い方ってものがあるだろう。私がこいつに好意がなきゃ今すぐにでも殴っている。
「また死神っていう不名誉な称号つけられたか?」
「…そんな所」
死神、こんなありきたりな称号などに意味は無い。だけど私はどういう人間か、それを表す言葉はこれしかないのだ。文字通り、死を誘う者として。
「そんな野良でフラフラして自分の心傷付けて楽しいのかよ」
「貴方には関係ないでしょ……」
「アホ。付き合いが一番長いからこそ心配してんだよ」
「別に私は貴方と付き合いが長いわけではないし……」
ハッと我に返りもう一度少年の方を見直す。言葉通り少年は声色とは裏腹に心配そうな顔をしていた。
「…ごめんなさい」
「いいよ別に。ネガ思考は今に始まったことじゃないだろ」
私は物心ついた時からネガティブな思考に陥ってしまうことが多くなっていた。別に…とかどうせ…とかそういう類の。
自分に自信がないと言われてしまえばそれまでなのだが私には厄介な本能があるからこそこうなってしまった、というのもあるのかもしれない。
「…はぁ、やっと追いついた」
「もう、バニヤったら速すぎよ…」
少年…バニヤという彼の後ろから息切れ気味で追いついた青年と少女が出てきた。
「やぁソラネ、久しぶり」
「えぇ、久しぶりね、キース。国王は元気?」
「あぁ、まだピンピンしているよ。確実にあと10数年は生きれるだろうね」
キースという名の青年は王族である。と言ってもまだ王子ではあるのだが。いやそれでも充分か。彼もバニヤと同じ冒険者である。彼は伝説に目が眩んだのではなく、王族としての成長を遂げるために来たのだとか。それにしたってこんないつ死んでもおかしくないような事を考えるなんて中々この人もぶっ飛んでるなと思った。これは内緒。
そしてもう1人、私の知らない子がバニヤの後ろに隠れている。
「…と、貴方は初めて見る顔ね。お名前は?」
「…え…と…」
人見知りな子であるのか中々言葉が出てこないようだ。もしかして私が怖いからってのもある?
「あぁ、こいつはエリー。つい最近俺らのパーティーに来てくれた期待の新人だよ」
「あら、それはそれは…」
エリーと呼ばれた子は変わらずバニヤの後ろでこちらの様子を伺っている。まぁ確かに仲間が自分の知らない人達と仲良く話していたらこうなってしまうのも仕方はないのかもしれない。見た所まだ幼いし。
「…思ったのだけれどエリーちゃんは何歳なの?まだ歳もそんなに行ってないような…」
「10歳」
「…え?」
「いやだから10歳」
…?こいつは何を言っているんだろうか。もしかして私のことを馬鹿にしているのか。なるほど。
「ぶっ!?」
私はすぐさまバニヤに張り手の1発をお見舞いしてやった。馬鹿にされたのであれば怒っても許される筈だ。
「なにすんだよ!?」
「相応だと思うけれど!?」
馬鹿にされたにしろ本当なのにしろこれは殴られても文句は言えない。だからやった。
「まぁ、ソラネの言いたい事も分かるよ。だけど安心して。加入自体は彼女の意思なんだ」
「…あんまり信用は出来ないけれど。キースが言うのなら本当なのでしょうね」
「俺に信用はないんだ」
「何でもかんでも冗談言う奴信用に足ると思う?」
「思わないねごめんね」
「にしてもこんな幼い子まで冒険者になるなんて……先行きが不安過ぎるわ……」
この所冒険者の人数が少なくなってきたのはわかっているがここまでしなくてもいいだろうに。主な原因のひとつは私なのだろうけど。
「…私、自分から望んで冒険者になったので……!」
エリーちゃんはバニヤの後ろに隠れながらも、その言葉は力強かった。固い意志があるかのように。
「…彼女、化学術士の見習いらしいんだけれど……どうやら師匠が倒れちゃったらしくてね……師匠を助ける為にお金を稼いで薬を買ってあげたいらしいんだ」
キースの口から語られた内容はありきたりで、しかしあまりにも10歳には重すぎる話だった。私の国ならまだその歳は勉学に励む時期、命を懸けて何かをすると言うには早すぎる年齢だ。ましてや人間ならまだしも相手はまだ謎多き迷宮の化物達だ。彼女が来るような所ではない。
「…そっか」
こんな年端も行かない少女をも戦場に駆り出すという元老院も元老院ではあるが。私は冒険者の中でも長い方だと思っている。そして命の重さもわかっているつもりだ。だからこそ未来ある若者達を危険に晒したくないのだ。
「そうだそうだ、んで聞きたいんだけど今暇だろ?」
「暇だなんて一言も言ってないけどね」
「パーティー解散してる時点で暇だろうに」
そろそろ失礼にあたるぞこいつ。もう1発殴るか?
「…私は死神なんだからいない方がいいでしょ」
「えっ…?」
エリーちゃんは『死神』という言葉を聞いて畏怖の感情を露わにした。
「エリー、別にソラネは怖い人ではないよ。成り行きでそうなってるだけで…」
「いいえエリーちゃん。私はものすごーく怖い人よ。仲間の事を平気で殺せちゃうんだからね」
自虐たっぷりでエリーちゃんに笑いかけた。まぁこの笑いはどう見ても悪魔の笑みにしか見えないだろうけど。自分もそういうつもりで言ったという自覚はあるし問題は無い。大ありか。
「ソラネ、それは…」
「何よ、私は事実を言っただけよ」
「…ソラネさんは、ひとごろしなの…?」
「そう、ここだけじゃなくて故郷でも数え切れない位人を殺してるの。軽く100は行くんじゃないかな?」
エリーちゃんは顔がどんどんと歪み、涙を抑えられなくなっている。キースは何とも言えぬといった顔でこちらを見ている。
言ってて自分でも嫌になる。奥底から負の感情がだんだん湧き上がってくるのがわかる。けれども止めることなんて出来ない。出来るはずもない。
「お姉ちゃんね、人を殺すと楽しくなっちゃうんだ」
「…おい、それ以上はやめろよ」
「だから前居たパーティーも…」
「やめろっつってんだろ!」
バニヤが珍しく大声をあげ、エリーちゃんだけでなくキースも驚きを隠せない顔をした。
「…お前さ、そんなに自分を傷つけるのが趣味なのか」
「そうって言ったらどうするつもり?」
「なら今すぐやめろ。少なくともエリーの前ではな」
「…別に、私の事を教えてただけでしょ。パーティーに信用を置けない人物なんて足を引っ張るだけだし」
この理論も間違っちゃいない。信用出来ない人間に背中を預けるなんて到底無理だ。逆も然りで信用されてるかも分からないのに援護なんて出来るはずもない。だからこそ私は私自身を包み隠さずエリーちゃんに教えてあげただけだ。そこに悪意が含まれてる事も分かっていながらやったが。
「私はソラネという人物をエリーちゃんに教えただけ。私が居るかどうかを3人で決めて欲しいからこそ私の事を話したの。なんか間違ったこと言った?」
「そうじゃねぇよ。無闇矢鱈に自分の事傷つけんなっつってんだよ。お前のせいでエリーが泣いてんじゃねぇか」
「…そうね。エリーちゃん、ごめんね。泣かせるつもりはなかったのだけれど」
エリーちゃんに向かって誠心誠意の謝罪をした、といってもエリーちゃんは私の故郷の謝罪を知らないだろうけど。
「う…ん……私も泣いちゃって…ごめんなさい……」
「貴女が謝ることは無いのよ。私が怖がらせちゃっただけなのだし」
エリーちゃんは少しずつだが泣き止んでいき、私に対して謝るという凄まじくいい子な面を見てしまった。この子はいい子に育つ。
「…まぁ、お前がそういうのならいいよ。俺も無理言って悪かったな」
「パーティー自体のお誘いは嬉しいけどね」
「分かってるよ。お前の言いたいことはな」
私のことをよくわかっている分バニヤは無理矢理私をパーティーに加えようとはしない。それが例え2年弱という冒険者の中じゃ長い付き合いでも。
「んじゃまた。俺らは探索に行くよ」
「ソラネ、また」
「…また今度」
3人はその場から迷宮へと向かっていった。人のすれ違いも激しく、すぐに3人は雑踏の中へ消えていってしまった。
「…はぁ…」
私は1人、誰に向けるでもない空虚な溜息を吐いた。
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世界樹の迷宮、それは数多の冒険者が命を賭して挑戦し、そして数多の冒険者が命を散らした場所。
私はその第2層で探索をしている。それは定期的な見回りがあるためである。第2層といっても第1層に近い5階は強いモンスターもいないのだが、第1層から第2層に降りたての冒険者は油断し、ここで命を落とすものも少なくない。5階の奥には凶暴な鰐も居る為、そんな冒険者達を助ける為にも定期的に見回りをしているのだ。
「といってもここ数日この辺りを通った冒険者なんて前線組位しか居ないけどね……」
前線組とは。元老院から深都なるものの捜索を命じられている冒険者達である。その冒険者達も海を渡りこの島に来たというが、到底数週間前までひよっこだとは思えないスピードで成長していき、今では冒険者ギルドの中でもトップクラスの強さを誇っている者達だ。私も何度か出会ったことはあるがあの強さは本物だ。多分数人がかりでかかっても5人のうち1人も倒せないだろう。それ程までに強大なクランなのだ。
「最近は新人冒険者も少ないし……何よりナルメルに苦戦している子達も多いからなぁ…」
第2層に入るための関門とでも言えばいいか。魔魚ナルメルは泥の中を高速で移動し大地震をも起こすことの出来る手強いモンスターだ。第1層にいるその辺のモンスターとは格が違う。
ちなみに私自身も倒すのにかなり苦労した。占星術って偉大なんだなと再確認した瞬間であった。
適当に迷宮をうろつき、今日も問題ないことを確認して帰ろうとした矢先、5階の奥で何者かが戦う音が聞こえてきた。
見回りが仕事なので無視することも出来ず、この音の方へと走っていった。
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目的地には冒険者3人が凶暴な鰐と戦っていた。1人は大盾を持つ小柄な少女で1人は故郷でも見たことある忍びの女の子、そしてもう1人はパーティーの士気を上げているこれまた小さい王族風の女の子であった。
どうやら戦闘は防戦一方のようで大盾の少女が何とか防御をしているようではあったが、決定力に欠けるのか鰐に大きなダメージは見えなかった。忍びの少女は撹乱で行動し過ぎたのか疲労が溜まってるように見え、王族風の少女は士気を高め陣形を組みながら攻撃に参加している為、身体の動きがだんだん鈍っているのがわかる。
このままではこの3人はここで息絶えてしまう。分かっているのに私自身動こうとしない。恐怖しているから。しかし恐怖しているのは鰐などではない。自分自身を恐れているのだ。
「…だからって見殺しにするのは違うでしょ!」
私は戦闘が行われている所へ走り、いざ攻撃しようという鰐とジリ貧な冒険者の間へ入った。
「…!貴女は…」
「貴女達は自分達の回復に徹して!それから大盾ちゃんはあいつの気を引いてくれると助かるのだけれど!」
「は、はい!」
「私が1回こいつを押し返す!その間に姫ちゃんは陣形を組み直して!」
「わかりました!」
「忍びちゃんは体勢を立て直したら大盾ちゃんと気を引くのを交代してあげて!」
「了解です!」
的確な指示を3人に出し3人から大きな返事を貰った。満身創痍な精神状態よりはマシになっただろう。
「さ、反撃開始!」
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陣形を立て直した彼女達は最初に見た時と見違える程動きが良くなっていた。姫ちゃんの士気向上、大盾ちゃんのしっかりとした防御、忍びちゃんの撹乱、更には的確に急所を狙う技術。
私なんて不要に思えるほど綺麗な連携を繰り出しあっという間に鰐は討伐された。
「「「やったぁ!」」」
3人の少女は勝利を喜んでいた。迷宮の中で油断は禁物とはいえこの鰐の生息域は滅多に敵が寄らないのである程度は平気だろう。何よりこのような勝利の喜びを忘れてはならないのもある。
「なんだ、私もしかしていらなかったかな?」
3人を見てつい自虐をしてしまった。ほんとに治さないとな……
「そんな事ないです!貴方がいなかったら私達は殺されていたかもしれませんし…」
「そうです!貴方は命の恩人ですよ!」
「あはは、まぁありがとう」
少女達がキラキラした目をこちらに向けられて自虐していた自分が余計気持ち悪く見えたが好意は示されているのでありがたく受けとった。まぁ今回は怪我しているところを見たのに反応しなかったので運も良かったのだろう。
「貴女達はこの階層に来たてかな?」
「…はい、お恥ずかしい話ではありますけども。5階にして気分が高揚しちゃってて…」
「そっか、まぁその気持ちは悪い事じゃないよ。ただここに来てすぐの人達は油断しがちだから気をつけてね?」
この子達もまだ若い。未来ある若者の遺体をここで見るなんてことはしたくない。
「じゃあ私は帰るから。しばらくは浅い所でしっかり修練を積むんだよ」
「あ、あの!」
ヒラヒラと手を振り帰ろうとしたが、姫ちゃんから声をかけられつい振り返ってしまう。
「…なんか用事でもあった?」
「いえ…その…」
もじもじと口ごもっている。これもしかしてマズいやつなのでは無いだろうか。
「その…もし宜しければ私達のパーティーに入って貰えませんか…!」
「…あっ…あー」
予想大当たり。こういう鼻が利くんだったらいい加減察知してその場から離れろよと自分でいつも思ってしまう。
「…ごめん、私はどこにも属さないってもう決めたから」
「…そ、そうですか……」
見てもわかるほどに姫ちゃんは下を向いてシュンとしてしまった。いや悪いのは100私なんだけども。
だけど私はパーティーに入りたくない理由がある。彼女達が嫌いとかそういう話なのではない。
「…また、殺したくないもの…」
「えっ…?」
小さい声で呟いたつもりだったのだがどうやら彼女達には聞こえてしまっていたようで全員こちらを見つめた。
「…殺すって、どういう…」
「聞かなかったことにして。そして私の事はもう忘れて二度と思い出さないで。それが貴女達の……」
言い切る直前に何者かの気配を感じ直ちに戦闘態勢に入る。状況を理解してない3人は私の行動に少し動揺していた。
「3人とも構えて!何かいる!」
言われるがまま3人は獲物を構えお互いの背中を守る。私も周囲の警戒を解かず気配を探しているが、明確な位置が全く分からない。
「どこ…!?どこにいるの!?」
右からも左からも気配がする。ここまで来てやっと最悪な状態だと思考することが出来た。
「…まさか!」
ならマズい。この状況だと真っ先に狙われるのはあの3人だ。このままでは非常にマズい!
「3人とも!その場から離れ
遅かった。陰から飛び出して来た古代魚達は一斉に3人の方へ向かい攻撃を始める。
「なっ…!?」
3人は突然の攻撃に防御体制を取る事が出来ず古代魚の攻撃をまともに喰らってしまった。更には眠りを誘う歌をも浴びせ瞬く間に陣形が瓦解していく。
度々聞こえる叫び声に我慢ならず古代魚の群れへ突撃しようとしたが、まだ隠れていた古代魚が私の進行を阻んだ。
私は周りに群がる魚を一体ずつ確実に処理していき3人の所へと向かう。
「皆!大丈夫!?」
…その現状はあまりにも悲惨だった。
大盾ちゃんは鎧をズタズタにされ、忍びちゃんも腹部から血を大量に流している。
挙句の果てに姫ちゃんは腕が片方無くなっていたのだ。
「…もう…やだよぉ……いたいよぉ……」
姫ちゃんから出る声はとても弱々しく、いつ死んでもおかしくない様子であった。
大盾ちゃんも忍びちゃんも立ち上がることも出来ずその場で動けなくなっている。
「たすけて……ください……わたしたちにできることなら…………なんでもします……せめてみんなを…」
姫ちゃんは片腕を失いながらも生を求めて私に縋りよってくる。周りにはまだ古代魚が何匹もいる。このままでは3人は助からない。
だから。
私は。
殺す事にした。
「…ごめんね、姫ちゃん」
「え」
姫ちゃんの顔は歪みながらも驚きの表情を見せ、そのまま床に転がっていった。
残った胴体は私にもたれかかって、首からは血が吹き出した。
「…えっ?姫…?」
「カエデさん…?」
あまりの出来事に大盾ちゃんも忍びちゃんも口を開けることしか出来なかった。
「ふふ……あははは!」
でももうそんなこともどうだっていい。今はただ目の前にいる敵の血が見たくて堪らない!ただただ目の前の生物を殺したい!
殺して殺して殺して!たっくさん殺して!たくさん血を浴びるの!あははははは!
私が一番の問題として抱える本能。
それはこの殺戮衝動なのである───
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「はぁ…はぁ…」
戦闘が終わると眼前にいた古代魚達は皆切り裂かれていた。それもそうだ。これは全て私がやったのだから。
「…私、また……」
またやってしまったのか。また自分自身に抗えず本能に従ってしまった。私は膝から崩れ落ちた。
自分が気持ち悪くて仕方がない。何が本能だ。私は人を殺したくて殺してるんじゃない。なのに自分自身を否定しようとしても否定できない。この本能によって自分が生きているとも実感が出来るから。これを否定したら私の存在そのものを否定するのと同義であるとわかっているから。
「…ごめんね、大盾ちゃん、忍びちゃん」
立ち上がって2人の元へ寄ろうとするが2人はずっと震えていた。それもそうか。2人は私が姫ちゃんの首を飛ばし、目の前で殺戮するところを見てしまったのだから。
震えていた大盾ちゃんだったが、そんな中でも私にひとつ問いかけをした。
「…どうして姫様を殺したんですか」
それは至極真っ当な質問であった。私はその質問に答える義務がある。
「…理解して貰えないかもしれないけれどね。姫ちゃんが大怪我をしていたからだよ。それも死の淵に立たされるほどのね」
「…!それでも!殺すだなんて…!」
「貴女達には分かる?痛くて痛くてたまらないのに死ねないっていう苦しみが。姫ちゃんも死にたがってたんだよ」
「違う!そんな事…」
「それに姫ちゃん自身からも約束されちゃったし。皆を助けてって。だから助ける為に殺したの」
大盾ちゃんは黙り込んでしまう。
わかってる。同じことを言われたら私だって反論する。そんな事くらいわかってるよ。しかも大事な人が目の前で殺されたら、ね。
「…私達が意見できることではないのかもしれません。実際こうなってしまったのは私たちの実力不足です」
「いいよ、言ってみて?」
「もっとやり方とかあったのではないでしょうか。それこそ先程のように立て直すなど」
「無理だよ。大盾ちゃんは装備がボロボロ。忍びちゃんだってわりとギリギリだったじゃない。それに姫ちゃんだって片腕を食べられててどうにもならなそうだったし」
「ですが…」
忍びちゃんも言いたい事はあっただろうが黙ってしまった。
重苦しい空気が続く。私は戦闘前に小声で呟いたことについて話した。
「…これが私がパーティーに入りたがらなかった理由。忘れてって言ったのも私を頼って欲しくなかったから」
「…どういう意味ですか」
「貴女達は冒険者になって日が浅いから私のことを知らなかったのかもしれないね」
名が売れている訳じゃないし売り出す気もサラサラないので知名人でない事は分かっている。
「私ってね、死神って呼ばれてるの。こうやって仲間をいとも容易く殺しちゃうから」
「死…神…?」
「そ。人とか化物とか問わず生き物を殺してるとだんだん楽しくなってきちゃってね。自分の身を顧みずに目の前にいる敵を全員殺すってことだけを考えちゃうようになるんだ」
「だからあの時殺したくないって…」
「姫ちゃんはさ、片腕も無くしてすごく苦しそうだった。だからせめて楽にさせてあげようと思って殺したの。このまま生きてても辛いことだらけだろうし」
1度開いてしまった口はもう塞がることは無い。自分の中の感情が全て口から出てしまっている。でも自分で止めることが出来ない。
「気持ち悪いよね。苦しそうな人を見て楽にしてあげるために殺すって。生き物を殺すのが楽しいって。私自身でもわかってる。もうこの本能のせいで何百もの人を殺した。全部理性なんて残っちゃいない。心の奥底では殺したいと思っていたから殺してた。それだけなの。私って、その程度の気持ち悪いヒトなの」
「……」
2人はずっと床を見つめていた。私の話自体が気持ちの悪いものだと自分でも自覚している。
「…ごめんね、2人には話さないとって思って。なんなら今ここで私のことを殺しても構わないよ」
「…!そんな事出来るわけ…!」
「いいんだよ。2人のことは守れたけど姫ちゃんの事は守れなかったどころか私の手で殺してしまったのだもの。逆恨みで私が殺されても何も文句は言えないよ」
いや…それは今回に限った話じゃない。過去にも私は番の片方を殺したり親を殺したり親友を殺したり等々、何度でも殺されてもおかしくない時はあった。もう今更だ。そんな冒険者たちもこの迷宮で死んでいったが。
「…でしたら私の願いを聞いてくれますか?」
「うん、いいよ。なんでも聞く」
「─────ください」
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「…は、はは…」
もうどうだっていいや。私はまたやってしまったのだから。それも、自分の歳の半分程の女の子をこの手で殺した。
もういやだ。どうして私はこんなに人を殺したがるの?どうしてこんなに血が大好きなの?こんな、こんな事が無ければ私はもっと……
「…まぁ、今となっては全てどうでもいいか」
目の前からは凄い勢いで迫ってくる鰐が居る。もう私自身も生に縋ることはやめた。曖昧にこの世界を生きていても人に迷惑かけるだけなのだから。
「…じゃあね、みんな」
全てを諦めて目を閉じ意識から手を離す。
はずだった。
「……?」
先程まですぐそこに迫ってきていたはずの鰐がこちらを攻撃してこない。何があったのかと思い目を少しずつ開ける。
「おい起きろ!こんな所で何やってんだ!」
「…バニヤ」
私の目の前で鰐の攻撃を抑えていたのはバニヤだった。盾で攻撃を防ぎ、手に持つ剣を思いっきり振り、鰐を大きく下がらせた。
「キース!いつものしたらこいつを下げろ!エリーは攻撃準備!」
「「了解!」」
簡単に、しかしそれをわかっている2人は作戦を了承し、バニヤは鰐に勇敢に突っ込んでいく。無謀ではなく、勇敢にだ。しっかり来る攻撃を盾で受け流し、隙をついて獲物を敵に確実に当てていく。やはりバニヤの戦闘能力は高いようだ。一緒に戦ったのがかなり前だったのでここまで強くなっているとは思っていなかった。
「ソラネ!今のうちに下がるんだ!私達が押している間に!」
「ソラネさん!」
「……」
「ソラネ!?聞いているのか!」
「…いいよ、もう」
「…!何言って…」
私は立ち上がり、ゆっくりと鰐の方まで歩み寄る。
「…!?おま、何してんだよ!下がれって…」
鰐は相手をするのがめんどくさいバニヤより防具を持たない私の方へ攻撃を変えたようだ。先程までバニヤを狙っていたのがすぐさま私に攻撃してきた。
「クソッ…!ソラネ!いいから下がれ!」
「…私の事名前で呼ぶなんて、久々だね」
バニヤから私の名前が出るなんてほんとに何年ぶりだろうか。出会った当時に呼ばれて以来もう呼ばれてないような気もする。
「じゃあね、みんな、さよなら」
鰐は大きな口を開け私の身体を喰いちぎった。不思議と痛みはなく、ただただ私の身体が2分割になっていることくらいしか分からない。
眠気もやってきたようで、帰ってくることの無い現実から意識を手放した─────
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「…畜生が!」
少年は悔やむ。それは鰐を仕留め損なったから、というのもあるのだろう。しかしそれ以上に悔やんでいるのは、目の前にある人であった残骸の事だろう。
後ろから青年がこちらへ歩み寄ってくる。
「…バニヤ」
「キース、エリーには見せんな。教育に悪い」
「分かってるよ。もう彼女は街に帰した。今は私達だけだよ」
「…なんでなんだよ」
バニヤは拳をぎゅっと握り締めた。それは怒りか、悲しみか。
「……多分、なのだけど。ここに来る道中に3人の少女の遺体があっただろう?あの3人は全員揃って首を飛ばされて座らされていた。やったのは多分ソラネだろう」
「…だからなんだってんだよ」
「ソラネ自身ももう限界だったということさ。あの衝動に駆られるのは。だから自暴自棄になって…」
「だったら!なんで!俺達に相談も無く!」
バニヤはキースの胸倉を掴んで大声をあげた。目からは涙もこぼれ落ちていた。
「…すまねぇ。お前に当たっても仕方がないのに」
「気にする事はない。君にとっては片想いの人だ。そんな人が自分の目の前で殺されてしまってはそうなっても仕方ない」
「………」
「…その殺された3人の少女達、どこかで見たことはあったんだ。多分第1層にいた子達だ。大方第2層にうろつく鰐に襲われてソラネが救援に入った…とそんな所だろう」
「…また、か」
「そう、まただ。だから彼女は自殺を選んだのだろう。自分で自分の首は切れない」
バニヤは青髪の遺体へと向き直し、また涙を零した。
「…俺、まだソラネに……自分の気持ちを伝えてねぇのに……好きだって事を……!なんで……なんでなんだ……!」
涙はとめどなく溢れ出ていた。バニヤは女性の遺体の手を握り、自分の想いを全て吐き出した。キースは後ろでずっとバニヤの背中をさすっていた。
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世界樹の迷宮、それは化け物の住処であり、不条理にも冒険者へと死が襲いかかる。
それは彼らとて例外ではない。
今彼らが生きているのは強いだけではなく、凄まじく運が強いからなのである。
彼女達は運がなかった。3人の少女は青髪の女性に出会ってしまったから。青髪の女性は少女達と出会ってしまったから。
運がなかった。
ただそれだけなのである。