時々、ツッコミ担当もお願いしたい。
「儂はずいぶん長く生きてきた。過ちを犯したことは数多くある。君に教師をお願いしたことを後悔したのは一度や二度ではないが、それでも今は、良かったと思える日がいつか来ることを祈っておるよ」
「つまりは、今は後悔していると。そしてどうなるかは、未来頼みということですね。儚い望みとは思いますが」
ホグワーツの摩訶不思議さを象徴するような、実に個性的なアルバス・ダンブルドアの校長室において。
ある意味ホグワーツで最も知名度の高い名物教師、ノーグレイブ・ダッハウは定例報告のような雑談のような会話をしていた。
「はぁ、君は本当に相変わらずじゃのう。あの不思議な時計から前触れもなく這い出してきたあの時から、そろそろ20年にはなろうというのに、一切、何一つ変わっておらぬ」
「そこはまあ、仕方ないところでしょう。20年とはいっても貴方の歩んできた歳月の四分の一にも及んでいない。まして、1000年もの悠久の時を重ねたこの境界線のホグワーツに比べれば、取るにも足りぬというもの」
「1000年か、儂などには想像もつかんほどの時間じゃな。しかし、あの時計は恐らくそれを遥かに上回る、気が遠くなるほどの時間をかけて、時を刻み続けてきたように思える。ふむぅ、これは果たしてどういう意味を持つのかのぅ」
「万能の観測者に聞いてみないことには、どうにも分かりませんね。私が何者であるかということについても、ロゼッタストーンのない現状では仮説を立てるのがせいぜいですから」
「ほっほっほ、ロゼッタストーンに例えるということは、あの謎の碑文の意味が、やはり君には理解できているということかね」
「理解するという表現は恐らく正しくはなく、翻訳というのも少し異なる。1965年のこの時でも表現をゆるされるならば、“パンチカードの先を待て”というところですか」
意味があるようでないような、含蓄があるようで別にどうでも良い世間話であるような。
そんな言葉遊びを繰り返すことに定評にある悪戯老人と幽霊教師の、これがいつもの風景であった。
「パンチカードかね、ふむ、アーサーが最近仕入れたマグルの最先端の“こんぴゅーたー”にそんなものがあったような気がするかのう」
「それを最先端と言われたたら、アポロ計画に取り組んでいる方々が怒り狂うでしょうね。そろそろ月面着陸も近かろうというのに」
「月面へ、か。わしにはまだ夢物語のように聞こえるのじゃが、彼らは本当に達するのか。だとすれば、心の底から驚く限りじゃて」
「マグルの歴史の先についてはどうなるかは曖昧なものですので、確かなことは何も言えませんね。数十年後には捏造説まで飛び出すくらいはいつものこと。人類史など所詮は、数年前のキューバ危機をきっかけに、全面核戦争で滅ぶ可能性すら大いにあった蜃気楼のようなもの。いつ終わってしまっても、あるいは間違えた袋小路にたどり着いてしまっても、不思議はないでしょう」
「魔法史の教師たる君がそれを平然と言うのはどうかと思うのじゃがのう」
「魔法史の教師なればこそ、ですよ。それに私がどんな問題発言をしたところで、任命責任は校長たる貴方にあるわけですから、気楽なものです」
「ううむ、もう少しそこは責任を分かち合ってほしいところなのじゃが」
「生憎と、実体のないゴーストでして」
掴みどころのない二人ではあるが、会話から察するに分かるところはある。
すなわち、問題を起こす側と、責任を取らなければいけない側。
普通に考えるならば、自由奔放な駄目教師に振り回される苦労人の校長とも取れる構図ではあるのだが、しかし、アルバス・ダンブルドアに限って話がそう単純であるはずもない。
二人は言わば共犯関係。片方の我儘を片方が受託し、その逆に片方の迷惑を片方が請け負う。
持ちつ持たれつというべきか、何とも奇妙な連携をこの20年間保ってきた二人である。
「ところで話は変わりますが、私への苦情のふくろう便が例によってダース単位で届いたとか?」
「うむ、シグナスに捌いてもらっておるが、数え切れぬほど大量の君への抗議の手紙、及び解雇要求が届いておるよ」
「でしょうね」
すまし顔であっさりと答えるドクズ悪霊。
実に慣れたくないが、慣れてしまったため息をつきつつ、ダンブルドア校長は先を続ける。
「のうダッハウ先生や、スリザリンの親御さん方達の8割近くが君の解雇を要求しているわけなのじゃが、何か思うところはないかね」
「ふむ、それではここ20年のスリザリン寮生の私生活における、単独での繁殖行動事前訓練の回数を記録した“自慰ワン・グランプリ”の発表を次回の講義内容にすると、保護者の方々へ返事をお願いいたします」
「やめたまえ」
珍しく命令する校長先生。お爺ちゃんだって怒るときは怒るのだ。
ちなみに、このドクズ悪霊は事前訓練のみならず、ホグワーツで行われた本番に至るまで詳細に記録している。禁断のパンドラボックスを握られているようなものなので、ホグワーツのOBたちも誠に無念ながらも強硬手段には出られないのであった。
かつて一度、スリザリンの名家の当主が本気で解雇に追い込もうと活動したことがあったが、日刊予言者新聞にとあるメッセージが届いた。
“バラしますよ”
ただ一言で、あらゆる解雇活動は消え去ったという。何がどうバラされるところだったかは、誰も知らない、知りたくもない。
「まあまあ、可愛らしいものではありませんか。“親御さん達”などとはいっても、その全てはほんの20~30年前には不安に肩を震わせながら組み分け帽子を被っていた小さな生徒たちです。その子らが成長し、アハンウフンと交わり、新たな生命を育み、次代を担う者たちがホグワーツの門戸を叩く、素晴らしいことでしょう」
「その可愛らしい生徒たちが、在学中からもこぞって君への不信、反感、抗議の手紙をどっさりとわしに送ってくれておるのが問題なのじゃが」
「愛情表現のようなものでしょう。教師冥利に尽きます」
「君とは一度、教師の何たるかについてじっくりと話し合う必要がありそうじゃな」
そして多分、永遠に平行線を辿ることは疑いなかった。
片や、偉大な父として信頼と共に校長にあり、生徒たちに愛情を持って接し、愛の重要さを説くアルバス・ダンブルドア。
片や、ドクズ悪霊のくせして魔法史教師に居座り、生徒たち本人曰く誠実に(人、それを皮肉という)接し、子供達を歴史の教材としか見ていないノーグレイブ・ダッハウ。
教師には子供への愛が必要ということを説くには、究極の反面教師ではあるのだが、困ったことに任命責任はダンブルドアにあるのだった。
「別に私は、子供を授業に利用している訳ではありませんよ。貴方も含めた全ての人間を一切差別せず、歴史の教材として見ているだけです」
「うむ、なお悪いのう。抗議の手紙も納得じゃて」
「不思議なことに、“差別はいけない”と倫理は説いているのですが、“無差別”という言葉に続くのは、殺戮、爆撃、殺人などの言葉ばかり。これはつまり、差別をしない唯一の手段が大量殺戮であり、サピエンスとは皆殺し以外で差別をしない手段を持たない。つまりは、平等の愛の具現とは、すなわち絶滅であると。さあ皆さん、レッツ、アバダケダブラ」
「という内容を、先日の魔法史で講義したわけじゃな?」
「はい」
より正確には、であるからして、スリザリンの皆さん、マグルをどんどん差別するのです。差別こそは人間の本質であり、それ自体は恥ずべきことではありません。親が子供を想うことも、見方を変えれば差別なのですから、と続く。
究極の無差別とは、すなわち根絶、絶滅であると説いたその口で、マグルへの差別を推奨する。これほど問題のある授業も他にないだろう。こいつの倫理観はいったいどうなっているんだ。
「宿題として“ゴーストへの差別とはなんぞや?”と“アバダケダブラで殺されたゴーストは殺害者に何を想うのか?”も出しましたが、生徒の皆さんは色々と考えてくださいましたよ。一部スリザリンの生徒は自分の親の身の安全が非常に不安になったのか、親元へふくろう便を送っていたので、その結果がこの抗議文と拝察します」
「じゃろうのう。そんな講義と宿題を出されては、特にスリザリンの学生の不安ももっともじゃろうて」
「彼らは日頃から他寮から孤立気味ですからね。私としては少しは贔屓してあげようと善意だったのですが、不思議なことにスリザリンの親たちが慌てふためき、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローの生徒からは同情的な苦笑いのみが来たのです。うむうむ、教職とは奥が深い」
善意とはどの口がいうか。確信犯にもほどがあるだろうにお前の場合は。
温厚なダンブルドアであっても、そろそろ切れてもいいと思う。
そしてまた、実に腹立たしいことではあるが、スリザリンへの風当たりが若干収まったのは事実であった。
ダンブルドアとて、ホグワーツ四寮の対立、というか、スリザリンと他三つの憎悪が深まるのは避けたい。学校生活の中で健全に競い合うならばよいが、偏見と憎悪からは何も生まれない。愛こそが大事なのだと日頃から説いてはいるのだが。
「ホグワーツ生徒たちの結束のために、憎まれ役を買って出る。とも違うのじゃろうな、君の場合」
「当然です。嫌ですよそんなのめんどくさい」
つくづく最低の教師であった。
偏見と憎悪がこいつ一人に集中していることだけが、唯一救いと言えるだろうか。
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校長室で悪戯老人と悪霊教師が不毛な世間話に興じている頃。
理事の執務室であると同時に、副校長室ともなっている大きな部屋にて、シグナス・ブラックは件の抗議文の処理に追われていた。
校長室とは実に対象的に、ピカピカに磨き上げられた高級そうなマホガニー製の執務机に、周囲の調度の類も品格を落とさぬようにバランスを保ちつつも歴史ある高級品でかためられている。
かけられている肖像画は歴史のスリザリンの卒業生の中でも魔法大臣などの重職を歴任した偉人たち。その中央に君臨するは、シグナスからすれば曽祖父にあたる偉大なるフィニアス・ナイジェラス・ブラックである。
副校長とかつての校長はこの部屋でよく議論を交わしているが、今日に限っては闖入者によってそれは破られた。
「あーらシグナス。偉大なるご先祖様と秘密の会合はもう終わりかしら」
「お前に聞かせることなど、塵芥とてないのでな、ウォーレン」
「ふふふ、アタシをそう呼んでくれるのも最近だいぶ減ってきちゃったし、例えアンタでもまあ、生前の名残と思えば悪くないわね」
「お前らと違って、我々は老い、やがて死ぬのだ。若さが永遠であることが誇らしいか?」
「随分な皮肉ね。寂しいボッチトイレで永遠の若さ? 便所のカビとゴキブリでも相手に美貌自慢をしてろっての?」
「さて、醜女ならば目の前にいるが、美貌の持ち主とは、はていったいどこにいるのかね」
口を開いた途端に憎まれ口の応酬。
彼女の生前は決してこのような関係ではなく、そもそも輝かしい主流を行く貴人シグナスと、孤立ボッチの根暗マートルには直接の面識すらありはしない。彼女のほうが一方的にシグナスを知り、妬んでいただけである。
そんな彼女が今では、複雑な保護呪文のかけられた副校長室に忍び込めるほどになったのだから、死んで格差は少しは縮まったと言えるだろうか。
「高貴なるブラック様は相変わらず皮肉だけは素晴らしいわね」
「お前もまた、こそ泥の手口だけは相当なものだ。この部屋の保護魔法はおいそれと侵入者を許すものではないのだがな」
「あら、簡単よ。あのドクズも含めてアタシらゴーストは言わばこの魔法の城の“動く備品”だわ。本質的には絵画や石像と大差ないんだから、警戒呪文にも引っかからないし、石ころが転がり込むことまであんたの魔法は禁じてたりはしないでしょ」
副校長の執務室ということは、同僚の教師らが所用で来ることもあれば、監督生が報告に来ることもある。
このホグワーツでは外部からの煙突飛行ネットワークを閉じているので、連絡に用いられるふくろう便とて引っ切り無しだ。あまりに強固な保護呪文をかけてはそれらの連絡手段までも遮断してしまう。
マグル世界でも魔法世界でも、セキュリティを高め過ぎれば利便性が損なわれるというトレードオフ関係は、なかなか解消することが難しい。忠誠の呪文などは最たる例で、守りが強固すぎるために、シグナスのような執務に追われる人間が使えるものではない。
基本的にあれらの保護呪文は、王の墓を守るための“ピラミッドの墓守”から派生していったのだから。
「それで、便所の石ころ殿がいったい何用かね? 見ての通り私は決してお前達のように暇を持て余しているわけではないのだが」
「別に大した用事じゃないけど、ちょいっと小耳に挟んだんで確認したくてね」
「ほう、ゴースト共の情報網とやらか」
「ええ、何しろゴーストはこの城のどこにでもいるからね。それでアンタ、とっても可愛がってる娘たちを、純血名家とマグル生まれに分散させて嫁がせるつもりだって?」
「別段隠すほどのことではないがな、その通りだ」
「はぁ、しれっと言うわねえアンタ。そんなだから、お年頃の長女のベラちゃんと堅物のお父様の関係がギクシャクしてくるってのよ。アンタに認められようとあんなに頑張って監督生になったんだから、ちょっとは褒めてやってもよいでしょうに」
あの小さかったアーサー達も今や五年生となり、それぞれ立派に監督生を務めている。
グリフィンドールのアーサー・ウィーズリーとモリー・プルウェット
レイブンクローのマーリン・マッキノン
そして、スリザリンのベラトリックス・ブラックと、ラバスタン・レストレンジ
副校長は決して身内贔屓などをしない人間であるため、ブラック家長女がスリザリンの監督生となったのは、勉学優秀であると認められた結果だ。
今の監督生に名家の割合が多いのは事実だが、それはただの巡り合わせであり、彼らが優秀であることはホグワーツの皆が知っている。
「ベラが監督生となったことと、婚姻の話は別問題だ」
「だ~か~ら~、何でもかんでも杓子定規に分けんなって言ってんの。どうしてこう、仕事人間の男ってのはこんなのが多いんだか」
「事務仕事、特に重要書類には間違いなど許されんからだ。当たり前のことだろう」
「そんなクソ堅物大人の理屈なんて、思春期の女の子に分かるわけないでしょうが。はぁ、こんなのを父に持っちゃったことだけは、あの子に同情するわね。そんなだといつかグレちゃうわよあの子」
「お前のような穢れた血に同情されてもあれは喜ばん」
「ちょっとちょっと、あのドクズ悪霊じゃあるまいし、仮にも副校長が差別表現を堂々と使ってんじゃないわよ」
「構わん。私は中立を自負する身ゆえにマグル生まれを差別などはしない。“お前が”穢れていると言っただけだ」
「んだとコラァ!」
思わずべらんめえ口調になりかけるマートルさんの剣幕にもどこ吹く風。
あの幽霊教師が取り乱したところを誰も見たことはないが、この堅物副校長についても同じことが言えた。例え家族であろうとも、この男の天秤は些かたりとも揺らぐことはない。
中立を是とするシグナスには彼なりの目算があり、バランスを考えた上で血の分散を策しているのだから。
「ともあれ、普段から失言に留意するということは確かに重要だ。忠告として覚えておこう」
「はぁ、堅物につける薬は無しね。こいつにあのクズにと、ろくでなしが多すぎるのよこの学校は、少しは生徒を甘やかしてくれる飴も必要でしょうに」
「お前が言うな」
シグナスの在学中ならば、グリフィンドール生徒が最も嫌う存在と言えば、スリザリン生かその寮監あたりが常であったが。
今では、満場一致でドクズ悪霊コンビで決定だ。これは、四寮の全てに共通している。
およそこのホグワーツにおいて、四寮全てから嫌われている存在など、こいつらくらいしかいないだろう。
ただし、嫌われてはいても憎まれてはいないのが、不思議といえば不思議だったが。
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「世間はそろそろ冬支度。とはいえ衣替えの準備もなかなか進まず、四苦八苦といったところですかね」
徐々に忍び寄る戦争の気配を、冬の訪れと例えながら悪霊が廊下を彷徨う。
幽霊の本来の時間たる深夜の時間帯、完全な暗闇の中を一人、明かりもなしにのんびりと時勢を呟きながら。
「マートルさんもおっしゃっていましたが、確かに今の魔法界には飴が足りていないのかもしれませんね」
昼間の副校長と彼女の話した内容を後から聞き、傍観者、観測者としてホグワーツの今を俯瞰してみる。
なるほど、子供たちからも“無邪気さ”が若干失われつつあり、大人っぽい分別を備えた子が増えているのは確かだが、あまり健全と言える情勢でもないのだろう。
「出来ればメローピーさんに負の感情の吸い出し役を担って貰いたいところですが、いかんせん難しい。というか、多分無理ですねアレは」
“嘆きのマートル”と同じく善良な悪霊になれるかと期待はしていたが、些かアテが外れた感はある。
どうにも、彼女は随分と因果な立ち位置にいるらしいことが分かってきた。未だ全容は知れないが、あまり無関係の誰かに構う気質ではなさそうである。
「恐らくですが、重要な何かに悩んでいる人物の助言者、先導者としてはなかなか行けそうであるものの、いかんせん彼女は“重すぎる”。気軽な相談員にはあまり向いているとは思えませんね」
こればっかりは、仕方あるまい。
人間の心というのは本当に複雑怪奇で、重い人生を歩んできた人間の教訓話が求められる時もあれば、無邪気な幼子の何気ない笑顔が、全てを解決してくれる時もある。
「ふむ、私、マートルさん、メローピーさんという構図で見ると、確かにバランスが非常によろしくありませんね。どうにもマイナス側に偏り過ぎている」
クズ成分は十分すぎるほどであり、軽すぎたノリはきっと“重い女”であるメローピーさんが補ってくれるだろう。
割と人情家のマートルさんと、どこまでも人情など知らぬクズ教師の組み合わせは悪くないが、問題はプラスの感情面でのフォローだ。
「彼女もおっしゃってましたが、強い人間ならば我々だけで反面教師として十分。我々に怒り、社会の腐った鏡として憤り、自分はこうはならないと奮起してくださるだけできっと問題なく歩いていけるのでしょうが」
平和な時代であったこれまでならば、このバランスでホグワーツはやっていけたのだが。
息苦しさを感じざるを得ない戦争の季節がやってくるとなれば、この悪霊教師の神経を逆なでする授業に対して、悪戯とは言えない本当の憎悪が振りまかれることもあり得てくる。
「それはよくありません。そんな展開は人類史のありきたり過ぎて、見ていて面白くもなんともない。戦争は見ていて楽しいですが、その余波による民草の嘆きなどどうでもよいですし、まして不安から生じる不和など無様にもほどがあります」
そしてこいつは、糞野郎だった。
他人の人生は、観測していて面白い織物くらいにしか思っていないのか。
あるいは、彼を構成する基幹要素が、“そういうもの”でしかないのか。
「はてさて、どうしたものか………おや?」
その時、ゴーストの目がありえないものを捉えた。
深夜のホグワーツの廊下を音も立てずに歩く小柄な影。見たところは5~6歳程度の本当に小さな子どものようだ。
ただのゴーストならば珍しくも何ともないが、ここは学び舎ゆえに、ホグワーツで死んだ幼年期の子供は歴代一人も存在していない。
「ホグワーツに通いたかった子供霊が迷い込むことも、いいえ、ありえませんね」
まだ魔法の力を確かな形で発現していない子供が、歪な残留思念であるゴーストになることはまずない。
子供の霊は無垢ゆえに、さほど時間をかけずに成仏していき、死生観ごとの死後の世界へ向かうはずだ。
ホグワーツには、賽の河原の石積み場はないのだから。
「? あなたはだあれ?」
さらなる驚愕。その子、いいや、その娘は話しかけてきた。
言葉を発するということは明確な自我を持っているのは疑いない。しかしだとすれば、この幼女を構成する要素とはいったい……
「ふむ、この暗闇だというのに、貴女には私が見えるのですか?」
「うんそうよ。でも、あなたしか見えないの。ここはどこ?」
「なんと、私しか見えていないのですか?」
これは何とも意外な、であるならば彼女は地縛霊の類ではないということになる。
場所、建物に縁があるために留まった念ならば、絶対に“場所”を見失うことだけはない。マートルさんが己のトイレを間違うことなどないように。
「いえ、先に質問に答えるのが礼儀ですね。ここはホグワーツ魔法魔術学校。そして私は裏側の管理人と魔法史の教師をしております、ノーグレイブ・ダッハウと申します」
「ほぐわーつ?」
「はい、ホグワーツです。この名前に聞き覚えはありますか?」
「うーん、分かんない」
イマイチ掴みきれない感じではあるが、まったく覚えがないというわけでもなさそうだ。
どこかで聞いたような感じはあるが、どこで聞いたか思い出せない、といった具合だろうか。
「ふむ、困りましたね。では、貴女の縁から辿ってみることといたしましょう。お嬢さん、貴女のお名前を教えて下さいますか?」
時計塔の悪霊、ノーグレイブ・ダッハウが、その名を問うた。
ならばこそ、縁というものはついに因果を結ぶもの。
「アリアナ」
アルバス・ダンブルドアがあえて彼を教師に任命し、密かに個人的な願いを依頼していた答えがここに。
止まっていた時の歯車が動き出すその音を、確かにノーグレイブ・ダッハウは聞いたのだった。
そろそろ、原作との明確な相違点が明らかになってきます。
ダッハウが何者であるかについても、次話で少し触れます。