【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

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諸君、私は幼女が好きだ。


10話 死して楽しく疲れて眠ろう

 

 

 

 ねえ知ってる? 小さな女の子のゴーストの噂。

 

 聞いた聞いた、何でも、その子を見たらとっても幸せな気持ちになれるって。

 

 あたしが聞いた話だと、期末試験がとっても不安でノイローゼだった先輩が、凄く自信満々になって本番でも高得点だったって。

 

 なにそれすごい、お勉強の神様なのかな。

 

 いや、そういう訳でもないみたいよ。

 

 どーいうこと?

 

 彼女と別れたばかりでやさぐれてた人も、気分さっぱり元カノのことは忘れて、新しい恋人が出来たって話。

 

 マジで!? 本当!? 教えて! 今すぐ!

 

 ちょっとちょっと、そんなにがっつかないで、あ、こら、どこ触ってるの! 

 

 はいどうどう、はいどうどう、落ち着こうね。

 

 何にせよ、その子を発見しさえすれば、幸運がやってくるってことなのね。

 

 きっとそうじゃないかしら。効果は一定してないみたいで人それぞれだけど、とにかく、嫌なことは忘れて幸福な思い出が頭に浮かぶって。

 

 それで、何事にも前向きになれるから、結果的に良い運勢がやってくるんだって、例の先輩は言ってたの。

 

 いーなあ、あたしもその子に会ってみたい。

 

 そりゃ誰だってそうよ、どうやったら会えるかな?

 

 そこが完全な謎だからこその噂なの。一説には、本当に助けを必要としている人の前にだけ現れてくれる精霊だとか。

 

 あれ、それと似たような話を聞いたことがある気もする?

 

 ほら、きっとあれよ、校長先生がお話してくれるホグワーツの古いお伽噺。

 

 ああ、あれね、このホグワーツでは救いを求める生徒には、何時だって必ず助けが与えられるって。

 

 そうそうそれ、夢があってわたしも大好きよ校長先生のお話。

 

 じゃあその子は、本当に先生の言う通りの存在なのかな?

 

 ひょっとしたら、悩んでいる子を密かに校長先生が助けてくれてたり?

 

 それあるかも、校長先生はとっても優しいし、何時だってアタシらのこと見守ってくれるもの。

 

 じゃあじゃあもしかしたら、校長先生のご先祖様の守り神だったりするのかな?

 

 流石にそれはないんじゃない。だって、小さな女の子よ。

 

 でも、精霊だったり守り神さまだったりしたら、姿形は変えられるんじゃない?

 

 うん、そういうこともあるかも。小さな幸せの天使様だね。

 

 あ、そういえばもう一つ、この幸運なゴーストの子に関する噂があるの。

 

 もう一つ?

 

 ええ、その子は何時現れるか分からなくて、幸運に恵まれて出会えたとしてもすぐに見えなくなってしまうらしいんだけど。

 

 その子を追いかけるように、もうひとりのゴーストが現れたことがあるって。

 

 もうひとり? どんなゴーストだったの?

 

 それが何も分からないの。

 

 変な話ね、じゃあ何でそこにゴーストがいたって分かったのよ。

 

 うん、私もそう思って尋ねてみたんだけど、どうやら声が聞こえたらしいの。

 

 声?

 

 そう、まるでその女の子に優しく呼びかけるように、こう言っていたって。

 

 

 

 

 『待って、アリアナちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とまあ、現在ホグワーツにはこのような噂が大絶賛蔓延中でございまして」

 

 「アンタのときとはえらい違いね。まさに天と地だわ」

 

 ところ変わって、こちらはいつもの幽霊コンビ。

 

 例によって光陰矢の如しで時は流れ、悪霊教師が最初に“彼女”を発見してから、既に3年近い時間が経過している。

 

 初めはこの悪霊にしか知覚することが出来なかった少女だったが、時とともに生徒に目撃される事例も増えてきた。

 

 そして確かにマートルさんの言う通り、ノーグレイブ・ダッハウの存在が最初に噂とともに駆け巡ったのはビンズ先生が亡くなった時だったが、あのときは驚天動地の大騒ぎになっていた。

 

 やはり同じ噂であっても、ドクズ悪霊と幸せの少女では違うのかもしれない。

 

 

 

 「彼女、アリアナちゃんを巡っては何とも色々と、本当に色々とありました。ですがまあ、なにはともあれ、私にとっては随分有り難い子でして、色々とお世話にもなっています」

 

 「いい大人が幼女の世話になってどうすんのよ」

 

 「はっはっは、それを貴女が言いますか、子守には失敗することに定評のあるマートルさん」

 

 「アンタだって適性ゼロだろうが!」

 

 「そりゃそうですよ」

 

 傍目にも分かるが、ドクズ悪霊コンビは小さな子の相手には向いていない。向いているはずがない。

 

 ある日ホグワーツに現れた亡霊少女、アリアナちゃんは本当に不思議な存在で、彼女の姿をまともに捉えられる者はこの境界線のホグワーツにおいてすら稀であった。

 

 直接に触れられるのは、ある種同質の存在と言えるノーグレイブ・ダッハウだけであり、マートルさんとて直に会って話したことも数えるほどしかない。

 

 ただしもうひとり、いいや、ふたりだけ、例外となる人物がいたが。

 

 

 「そういえば、何だかんだで深くは聞いたことなかったけど、あの子の存在がアンタに頼んでいたダンブルドア先生の“お願い”ってことでいいのかしら?」

 

 「厳密にはそれだけではありませんが、まあその認識で結構です。深い事情についてはダンブルドア家の根深い因縁に抵触するので私から口にするのは契約外になってしまいます。禁則事項とでも思っておいてください」

 

 「んー、気にはなるけどダンブルドア先生はあたしの恩人でもあるし、そこはまあ深くは聞かないわ」

 

 「ありがとうございます。流石、できる女マートルさん」

 

 「こんなときだけ持ち上げんなっての。けどさあ、事情に関わんない部分くらいは教えなさいよ」 

 

 それが秘密であるならば、聞きたくなるのが人情であるのもまた事実。

 

 そして、マートルさんは人情家であり、要するに思ったことは口にするタイプなのである。

 

 

 「そうですね、本当に細かい部分は省いてざっくり説明しますと、このホグワーツには創設者の時代よりもなお古い謎の時計塔がありまして、それが何であるのかは誰も知らないという我が校最古の七十七不思議となっております」

 

 「七十七もあるの?」

 

 「派生系も含めれば、七百七十七不思議くらいはあると思いますけどね。ともかく、ダンブルドア先生の妹君、アリアナ・ダンブルドアさんがとある“大きな事故”に巻き込まれた際、その時計が幾千年の眠りから覚めた。どのような因果かは分かりませんが、彼女の身体は時空を超えてホグワーツに転移し、今も時計塔の中で眠りについているという話です」

 

 「時計塔に眠る少女、ねえ。まあなんとも、神秘的な響きね」

 

 大きな事故とやらや、アリアナが眠りについた理由については聞かない。

 

 あえて説明を省いたということは、そこがダンブルドア先生の事情に関わる部分なのだろう。

 

 

 「ダンブルドア先生はその後、教師としてホグワーツに残り時計塔を見守り続け、弟君のアバーフォース氏もホグズミード村のホッグズ・ヘッド・パブにて長い時を待っていました。しかし何十年という時が過ぎても時計は沈黙を続け、二人は半ば諦めていたらしいのですが」

 

 「あのダンブルドア先生が何も解明できないなんて、よっぽどの時計なのね」

 

 「それはもうとびっきりらしいですよ。なにせ、かのロウェナ・レイブンクローですら、タイムターナー系統の極めて特殊な時計であること以外は突き止められなかった曰くの品です。むしろ、タイムターナーがこの時計の亜流品なのかもしれませんが、真相は謎です」

 

 「そんなのをアンタが知ってるってことはつまり―――」

 

 「はい、二番目の事例が私です。ダンブルドア先生とゲラート・グリンデルバルドの“伝説の決闘”より僅かに前の魔法大戦末期。とある場所で、アリアナちゃんの事故に似たとある事件がありまして、謎の時計塔は再び稼働。今度もある条件を満たした人間が内部に取り込まれたのですが、代わりに時計から這い出てきた出自不明の謎の幽体が一つと、タイムターナーに似た懐中時計が一つ」

 

 「なるほど、それでシグナスがアンタのことを“時計塔の悪霊”って呼んでたのね」

 

 「そういうことです。当時からホグワーツにいた人物ならば、幽霊管理人が謎の時計塔の地縛霊であることは知っていましたから。マートルさんはその頃はまだ“成り立て”で自我が曖昧でしたし、トイレから離れられませんでしたからね」

 

 それはちょうど、スリザリンの継承者が秘密の部屋を開いた時期とも重なる。

 

 何がどのような因果で結ばれているかは定かではないが、しかし、無関係ということはあるまいと悪霊教師は推察している。

 

 ならばこそ、こうしてマートルさんもここにいるのだろうと。

 

 

 「直接的ではありませんが、マクゴナガル先生も無関係ではありません。先程話した私と一緒に時計塔から出てきた小さな懐中時計、便宜上、大きな時計塔を“クロノスの時計”、小さな子機といえる方を“カイロスの時計”とダンブルドア先生は呼称しておりますが、その“カイロスの時計”が唯一反応したのが当時七年生であったミネルバ・マクゴナガル女史なのです」

 

 「へえ、あのマクゴナガルがねえ……って、彼女が七年生の時ってたしか、ビンズ先生が亡くなって、アンタが魔法史の教師になった時期じゃなかったっけ?」

 

 「はい、そういうことです。その因果関係についても、ぶっちゃけ謎のままでして、当時変身術の教師であったダンブルドア先生が、学生にしてアニメ―ガスであったマクゴナガル女史に個別指導をしていたのは事実ですが、ただそれだけでもなかったのですよ。何やら色々と調べて回っていたようですが」

 

 「流石に、創始者たちですら解明できなかった時計塔ってわけね」

 

 その二人をもってしても謎の根源を突き止めるには至らず、更に時は流れ。

 

 最大の手掛かりとも言えるノーグレイブ・ダッハウをホグワーツから離すという選択肢はなく、かといって魔法省の特に神秘部などは彼や“カイロスの時計”について調べたがっている。他の省庁は別段興味もないようだが。

 

 

 「そういう訳で、私はそもそも“ホグワーツの地縛霊”とも言えるのでここを長い時間離れられません。しかし、ただの幽霊として放置するのも色々問題があり、紆余曲折の末、裏方管理人を経て“ゴーストの魔法史の教師”の座を受け継いだ次第です。まあ、どうでもいい歴史ですが」

 

 「ちょっと待ちなさい。すっごい重要なこと言ってなかった?」

 

 「いや、どうでもいいでしょう。私がどこに所属するかなど、何の意味もありませんし。魔法省でも神秘部でも、勝手に区分してくれれば手間が省けます。私は人間を観測することに興味はありますが、観測されることはどうだってよいので。まあ、観光資源にでもなれればいいじゃないですかね」

 

 まさに心底どうでもいいと言わんばかりであった。

 

 というか、謎の時計塔についてもサラリと話しているが、マンダンカス・フレッチャーの糞爆弾事件と同程度くらいの重要性しか感じてないらしい。

 

 

 「うん、よく分かったわ。間違ってもアンタには秘密は預けない」

 

 「それが賢明でしょう。なにせ、ホグワーツにおいて“秘密”とは、皆が知っているということを指すのですから」

 

 そして、皆とはすなわちノーグレイブ・ダッハウである。

 

 この魔法の城のあちこちに、幽霊は遍在しているのだから。

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 「こんにちはメローピーさん。アリアナちゃんも、ああ、そこにいますね」

 

 場所を移して管理人室。

 

 今やホグワーツ生徒のほぼ全員が探し求める亡霊少女、“アリアナちゃん”の姿がそこにあった。

 

 姿があったという表現は些か正確ではなく、透明に限りなく近い状態でうつらうつらと可愛らしくもねこけている感じであったが。

 

 

 「うーん、こうして見ると、未亡人っていうのも納得できるわね」

 

 そんなアリアナちゃんに膝枕をしているのが、彼女と同じく“成り立て”のゴースト、メローピーさんである。

 

 長い間自我を取り戻せなかった彼女であるが、“幼い子供”というものに強い執着があったのか、アリアナちゃんが姿を現して以来、これまでとは段違いの速度で念を強めている。

 

 同じ霊体同士であるとはいえ、触れ合う真似事ができるようになるまでには。

 

 

 『えぇ、オんなの子もほじがっっだがら』

 

 「無理に喋ろうとなさらなくても結構ですよ、メローピーさん。まだ貴女はゴーストとしての個我を完全に確立していないのですから」

 

 『ぞ、ゾうね』

 

 「はい、ゆっくりと、少しずつで構いませんよ。別に誰かに急かされているわけでもありませんので、のんびり行きましょう」

 

 「いや、ダンブルドア先生は早く逢いたいんじゃない?」

 

 「60年以上も待ったのです、今更数ヶ月など誤差でしかありませんよ」

 

 ノーグレイブ・ダッハウは、人の心が分からない。

 

 そのことを痛感したマートルさんであった。

 

 

 「アンタのそういうところは、まあ、別にいいけどさ」

 

 「? なにか問題でも?」

 

 「ないわ。それで、あたしやメローピーさんはまだアリアナちゃんに触れられないけど、ダンブルドア先生は大丈夫なのよね」

 

 「それは間違いなく。このアリアナちゃんは幼児退行していますが、お兄さんのことは覚えてましたから“縁”が繋がっています。彼女にお爺ちゃんと呼ばれて昇天しそうになってましたが」

 

 「嬉しかったのかしら? それとも、悲しかったのかしら?」

 

 「嬉し泣き笑いという、何とも奇妙な顔でしたね。アバーフォースさんの方はガチの号泣でしたが、あちらは喜びで感極まった、でしょう」

 

 これをきっかけに、60年ぶりにようやく兄弟仲が修復できたとか何とか。

 

 外見上の年齢差が80歳近いという前代未聞の兄妹となってしまっているが、アリアナ再誕の喜びの前では些細なことだったらしい。

 

 流石はアリアナちゃん、幸せの天使は伊達じゃない。

 

 

 

 「話を戻すけど、本来無関係なはずのアンタが彼女に触れるのは、例の時計が関係してるのね」

 

 「確証があるわけではありませんが、まあそうでしょう。共通点といえばそこしかないので」

 

 「前々から薄っすらと感じてはいたんだけどさ、アンタの常にブレてるような輪郭と、よく見えるようで見えないような黒い霧。何よりも実体と非実体を使い分けられる。アンタってつまり」

 

 「オプスキュラスに近い。神秘部の方々もそのように仮設を立てておられましたが、同時に迷ってもおられた。何しろ、吸魂鬼にも極めて性質が似通っているらしいので」

 

 物に触れられるという時点で、明らかに普通のゴーストとは異なる。

 

 魔法界には様々な魔法生物、あるいは幽体が存在するが、実体を持つ状態と幽体の如き性質を併せ持つのは多くはない。

 

 有名なところを挙げるならば、オプスキュラスと、吸魂鬼が該当する。

 

 

 「あ~なるほどね。それでか、アンタの身体の一部にゴーストが触れると、自分の未練や無念に適合する思い出を、“吸い取れる”ようになるのは」

 

 「現象としては、吸魂鬼が幸福の記憶を吸い上げるのと同じはずです。マートルさんの場合は対象が“嫉妬の記憶”になるわけですから、失恋、リア充、爆発しろなどの想いと一番親和性が高いのでしょう。とはいえこれも、全てのゴーストがそうなるわけでもないのでぶっちゃけよく分かっていないのです」

 

 ホグワーツには大量のゴーストがいるが、ノーグレイブ・ダッハウに触れて実体と非実体を使い分けれるようになったり、“吸い取り”が可能になる者は多くない。

 

 似た事例があまりに少なすぎることや、何よりも人の想いや残留思念というものの曖昧さ、複雑さもあり、大別することはほぼ不可能といってよい。

 

 まるで開けてみなければ分からないびっくり箱のように、何がどうなるのかは誰にも予測できない。

 

 

 「遍在するという特徴や、黒い霧などはオプスキュラスに似ており、他者の想念を“吸い上げる”という特徴は吸魂鬼に似ている。しかし、両者にはない地縛霊という要素も併せ持っている。つまりは、分類不能。これが現在のところの魔法省の暫定結論です」

 

 「死ぬほど頼りにならない結論だわ」

 

 「ほんとに何なんでしょうかねぇ」

 

 どこまでも他人事だった。実体がないとはそういうものなのかもしれない。

 

 

 「うん? そういえば、アンタも“吸い上げる”念があるの?」

 

 「ありますよ、今現在も進行形で」

 

 「え? 私に対しても?」

 

 「はいそうです」

 

 全く身に覚えがないマートルさん、初耳である。

 

 

 「あり得るの? だって、吸い上げるってことは生前の未練とか、強い執着が必要でしょう。人間として生きたことのないアンタにそんなのあると思えないけど」

 

 「良い着眼点です。確かに私は時計塔から“ただ這い出てきた”だけなので、別段何らかの強い未練などを持ち合わせてはおりません。しかし私は同時に観測者であります。全ての人間を歴史の教材として見ているのですから、裏返せば答えは単純です」

 

 戦争を面白いと語る観測者。

 

 あくまで、後世の歴史家の視点でのみ“現在”を見ているのであれば、観測者が願うこととは何か。裏返せば、一番イヤなこととは何か。

 

 

 「私は歴史の当事者になどなりたくない。つまりは突っかかられては困るのですから、執着などされたくない。意味はわかりますか?」

 

 「……ああ、なるほどね、すっごくよく分かるわ」

 

 要するに、人間であったことがないための逆さま現象。

 

 通常のゴーストが、“何かをしたい”という妄念を原動力にするならば。

 

 客観的な視点しか持たないこいつは、客観性を維持するために“何もしてくれるな”という念を発していることになる。

 

 それは、余計なことを何もするなという意味じゃなくて、“余計なこと、面白そうなことは大いにしろ。でも、私には何もするな”ということだ。

 

 その結果、何が起きるかというと。

 

 

 「アンタを殴ったところで無意味だから、直接どうにかしようとは思わない。どんだけ腹が立っても、口でアンタに文句を言うだけで、誰一人殴ったり魔法使ったりしなかったわね。だってアンタは、誰にも何もしないから」

 

 「ええ、結果的には、私を対象にした暴力行動に繋がるような“害したい”という念を吸い取っているのと同じですね」

 

 「つまりアンタ、“自分だけ無事ならそれでいい”ってことね」

 

 「正確に言うなら、本来存在しないも同然の私に執着したところで時間と労力の無駄。それは歴史の観測に何の意味も持たない。無意味だから止めてくれ。といったところですか」

 

 言うなれば、命を張ることなく、自分だけ絶対安全圏から戦場を撮影したいと願っているカメラマンだろうか。

 

 

 「ほんと、アンタ死ね」

 

 「しかし、死ぬ手段が分からない。私、遍在してるんですけど、本体ってどこにあるんでしょうね?」

 

 「知るか!」

 

 「ああ、生きるべきか死ぬべきか」

 

 「殴りてえコイツ、あ、分かった、今吸ったわね。ストレスが微妙に矛先ずらされた感じ」

 

 「意図的に吸ってるわけじゃなく、自動的なので止めようもないんです」

 

 それはもう、生態のようなものだから。

 

 なまじ自分も嫉妬に関してはそうなので、流石にそこには強く言えないマートルさんであった。

 

 

 「でもそうなると、アリアナちゃんもアンタと同じ特性ってことね」

 

 「イグザクトリー。そしてだからこそ、最初に言ったとおりお世話になっているのです。ええもう、彼女こそは紛うことなき天使そのもの」

 

 その特性は、吸魂鬼の正反対と言えるもの。

 

 吸魂鬼が、そこにいるだけで幸福な思い出を吸い取り、不幸な記憶ばかりが浮かんでくるならば。

 

 家族の幸せを願い、兄達の諍いを止めることを祈った彼女の“未練”が形になすものは。

 

 

 

 「彼女がそこにいるだけで、不幸な記憶は吸い取られ、幸福な思い出ばかりが浮かんでくる。今のホグワーツの生徒たちが、これほど必要としている美しきお伽噺も他にないでしょう」

 

 救いを求める生徒には、必ずや小さな天使が助けを届けに現れる。

 

 アルバス・ダンブルドアが長い生涯の全てを捧げて、願い続けたホグワーツの幸せの形。

 

 そしてその先に、彼とその弟だけの、小さな家族の願いを込めて。

 

 

 

 「もしもこの先、彼女が本当に目覚める奇蹟があるとするならば」

 

 「あの子が幸せにしてきた生徒達が、彼女自身の幸せを願ってくれたその先に、数多の想いが重なって、新たなお伽噺になった時に。ってとこかしら」

 

 「台詞を取らないでください」

 

 「あ、分かったわ。アンタを殴ることは出来ないけど、こうやって優しい言葉でアンタの台詞を奪ってやるのが一番効きそうね」

 

 「むむぅ」

 

 

 悲しくてやるせない歴史の事実がそこにあるからこそ、ハッピーエンドを願ってお伽噺は紡がれる。

 

 ならばこそ、悪霊教師のノーグレイブ・ダッハウが、小さな天使を見ながら微笑むマートルさんにこの場で勝てる道理もないのだった。

 

 

 

 亡霊少女は、死と生の狭間でホグワーツを楽しく歩き回り

 

 疲れておうちに戻ってきたら、お母さんの膝の上で眠りこけ

 

 

 




アリアナちゃんは天使
ダッハウは人間の屑

予想より長くなったので章を分けます。
次回からはジェームズやリリー達の世代の話になります。
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