ずわい様、誤字報告ありがとうございました!
1話 いざ夜間学校開設へ
さあさあさあ、皆で仲良く墓を掘ろう
わっせ、わっせ、ほいさ、ほいさ
スコップ片手に、ツルハシを担いで、ほいさっさ
皆で掘ろう、仲良く掘ろう
死者たちの帰るための家を、迷うことのないように
さあさあ皆で、仲良く掘ろう
穴を彫りましょう、ああそうさ、我らは穴を掘るとも
偉大なる聖女の作りしこの地下墓地へ
約束されたカタコンベにと、想いと祈りが届くように
陽気にわっせわっせ、楽しくほいさほいさ
何で幽霊が穴を掘る? そこに墓があるからさ
幽霊だって穴を掘る、幽霊だから穴を掘る。
だってそう、ここは死者を迎えるための穴なのだから。
生者が掘っては、悲しい気持ちが混ざってしまう。
喜びとともに墓を作ろう、歓迎のための穴を掘ろう。
死んでも皆で一緒にいれば、きっと寂しくなんてないから。
「まったく、アタシはレイブンクローだっての、肉体労働はグリフィンドールにでもやらせなさいよ」
「出ましたねインテリ発言。たまには身体を動かさなければ健康に良くないですよ」
「ええそうね、“人間だったら”という但し書きがつく気がするけれど」
ここはホグワーツ四寮の一つ、ハッフルパフ寮に近い場所にあるホグワーツの地下道。
悪霊たちが陽気に笑いながら、松明の明かりを頼りに薄暗い地下で穴を掘る。
ツルハシとスコップ、時々トロッコや手押し車も使いながら。
ホグワーツの幽霊が穴を掘る。墓にするために穴を掘る。
働いているゴーストの数は、軽く見ても200を超える。本来は触れられないはずの石と土砂を運び出し、道具を担いでえいやこーら。
マグルの世界では絶対にありえぬ光景故に、魔法の世界の象徴的な絵画のようにも見えるが、この境界線のホグワーツではこれこそが現実。
「まったく、マートルさんはいつ迄たっても文句ばかりの劣等生ですね。あちらを見なさい、メローピーさんはあんなにも頑張って働いてくれています」
「頑張って働こうとして、邪魔になってる気がするのはアタシだけかしら?」
悪霊教師が指差した先には、掘った土砂を運び出そうと頑張ってはいるものの、何度も転びつつトロッコの道筋を塞いでしまっているメローピーさんの姿。
どうも、生前から肉体労働はそんなに得意ではなかったようで、こういった集団作業も経験がないのか、鈍臭さが際立ってしまっている。
マートルさんとてこういう肉体労働は当然得意ではないが、彼女には邪魔にならないようにしつつ、同時に疲れる仕事をさり気なく他人に押し付けるだけの悪知恵の働く頭脳があった。流石はレイブンクローの根暗ボッチ、集団作業の処世術もなかなかに卓越している。
「ここはゴーストの墓掘り場、効率などは度外視で構わないのですよ。要は、生者の力にも魔法の力にも頼らず、ホグワーツのゴーストが一丸となって“仲間を迎えるための”墓を掘ることが重要なのです」
「アンタって、墓に関してはだけは譲らないわよね。いっつもビンズ先生達のお墓の掃除だけは欠かしてないし、時間が空いたら墓作るか掘ってるし」
「墓こそは我がレゾンデートルといったところでしょうか。この作業を私に依頼したダンブルドア先生は、流石に適材適所というものを存じてらっしゃいます」
「今回ばっかりは確かに妥当な人選だと思うけど、アリアナちゃんを墓掘りに参加させるのは断固反対してたって言ってなかった?」
「ええそうです。“ならん! 断じてならん! 落盤の可能性のある危険な作業をアリアナにさせるなど絶対にありえぬ!”と。ゴーストなのですから仮に生き埋めになったところで何ら痛痒を感じないのですが」
「アリアナちゃんがからむと、途端にダメ老人になっちゃうわねあの人」
「むしろ最近、ボケ老人にならないかが不安になってきます」
これまでの60年間、己の罪に向き合いながら贖罪を重ねる巡礼者のような人生だったからか、その反動が出たのかもしれない。
偉大なるアルバス・ダンブルドア校長先生も、こと孫(妹)が絡むと年相応のポンコツ爺さんの側面が垣間見られるのであった。
「それで、若干ボケ気味のお爺ちゃん先生からの依頼で墓作ってるのは分かるけど、何の役に立つのこれ?」
「そこは出来てからのお楽しみと言いたいところですが、まあ、ご察しの通り、外では寮対抗ホグワーツOB大喧嘩選手権が始まりましたので、ヤンチャで大人げないOBたちのために、こうしてゴースト有志連合で負傷者の収容施設を作ってるわけでして」
「ええと、アンタの言う“寮対抗ホグワーツOB大喧嘩選手権”ってのは、今起きてる戦争のことで、“負傷者”ってのは、戦争の犠牲者ってことで理解OK?」
「イグザクトリー、君は正解です」
「なんつー例えしてんのよアンタは、遺族に聞かれたら祟られるわよ」
「とはいえ、実際その程度のことでしょう。イギリス魔法族の大人の9割5分はホグワーツOBであり、在学時代から寮対抗で諍いが絶えませんでした。失神呪文を撃ち合っていたグリフィンドールとスリザリンの喧嘩が、卒業後に磔の呪文と死の呪文を撃ち合う喧嘩に変わっただけのことです。別段、騒ぐほどのことでもありますまい」
やはりコイツに教師をやらせるのは大問題ではないか。マートルさんですらそう思った。
まあ、アリアナちゃんのことがある以上、絶対にダンブルドア先生は解雇しないでしょうけど、と内心諦めつつ。
「昨年あたりにも例の爆破テロ事件があり、イグネイシャス・プルウェット氏とアブラクサス・マルフォイ氏を初めとして多くの方が亡くなりました。いきなり別れ別れになっては遺族も寂しいでしょうから、ならばこその“中継待機場”をホグワーツに作ってしまおうと」
「そうね、プルウェット家の駆け落ち騒動だの、ゴブリン事件だの色々あったけど、モリーはさぞ悲しんでいるでしょうしね。その点は同意するわ」
「流石に多種族の方までは厳しいですが、死生観も種族ごとに様々ですしね。取り敢えず、魔法族がたくさん殺し殺され死んでいくのは確実となれば、ホグワーツに仮墓を作っておくのが一番です。ほうらあそこ、プルウェット家スペースと、ウィーズリー家スペースは既に完成済み」
指差す先には、雪のかまくらが並んでいるような構図で、各家のスペースが区分けられていた。
表札らしきもので一応はどの家のものかは分かるが、正直、集団墓地にしても“雑”な作りである。
「随分雑だけど、あんなんでいいの? 嫌気さして天国行っちゃわない?」
「問題ありません、所詮ここは仮宿ですし、好んでトイレに何十年の住み着いている奇抜な方もいらっしゃいますので」
「誰が好んで住み着く変態よ。アタシはあのトイレから長期間離れられないだけだっての」
「変態までは言ってませんけど」
言ってはいないけど、思っていたりはする。言わないけど。
「でもまあとにかく、これからの戦争で死んだホグワーツのOBは、ここにやってきてゴースト化するってことでいいのかしら? イグネイシャスやアブラクサスはもう来てるの?」
「単体の独立ゴーストとは少し異なりますが、まあ、ゴーストと思って問題ないです。ただし、基本的に実体化は出来ませんし、我々のように見える状態にもすぐにはなれません。しばらくは霊魂になってこの地下墓地で待機していることになります。ちなみに、イグネイシャスさんとアブラクサスさんはもういますよ」
「ふーん、まあ、ゴースト化の資質はそれぞれだしね」
「彼らが半実体化して家族の元に還る“ゴーストの墓参り”時期となれば、ハロウィーンの夜か、ワルプルギスの夜でしょうね。命日は個々人の都合によるので、余程特殊な事情がない限りは厳しいですね。やはりそういうものは、万国共通の物語に乗っかる形が一番良い」
この魔法界に広く存在し、マグル世界の人間たちが“そういうもの”だと幻想に描いている死生観。
世界中のそれぞれのコミュニティにおける“共有幻想”によって成り立つ“共有魔術”とでも言うべきだろうか。
「マートルさんという前例がありますので、後は応用です。ホグワーツに七年在籍し、卒業していったという“縁”をアンカーとし、やってきた霊魂を私と遍在連結させることで記録保存。個々の魂のケアについては、メローピーさんとアリアナちゃんにお願いする感じですね、まあ、死者の数が増えれば自ずとゴースト同士のコミューンも出来ていくでしょうけど」
その辺りの精神的な部分については、四角四面に定める必要はない。
人間が生きるための国家機構というものが杓子定規であり、法という鎖で互いを縛り上げるものならばこそ、せめて死後は自由で奔放な友人知人の集まりを。
それが、魔法族の墓における心意気というもの。
「アリアナちゃんはともかく、メローピーさんはケア担当で大丈夫なの?」
「アリアナちゃんへのお母さん的な気質を鑑みるに、まあ大丈夫でしょう。最近になって話を聞いてみて分かったのですが、意外な事実もありましたし」
「意外な事実?」
「それが奇妙な話で、メローピーさんが自我を持ったのは、ちょうど貴女がゴーストになったあたりらしいんですよね」
「てことはなに? あたしが死んだ頃には、魂の残り滓みたいな状態から、自我を持てるくらいにはなってたわけ? でも、その後けっこう長い間アタシらと意思疎通は出来なかったわよね。そんなのあり得るの?」
「そうですねえ、思いつくこととしては、彼女がゴーストになったきっかけである息子さんに何かあったか。残留思念になって息子を見守っていたけれど、不慮の事故で死んでしまい。恨みパワー全開でゴーストとしての自我を持つに至った、とか」
「うーん……、まあ、なくはないかもしれないけどさ。それだけじゃ弱くない?」
「それはそうなのですよね。強力な闇の魔術を用いてすらも、魂を強化するなんてのは至難の技ですし、そもそも、魂は基本的にすり減るもので、他所から足されるものではありません。それが可能なのは私か吸魂鬼、変則的にアリアナちゃんくらいのものですが」
「でも、メローピーさんはあんたみたいなヘンテコでも、吸魂鬼でもないでしょ」
「その通りです。元々家族に恨みがあって、悪霊になって取り付いていたとかならまだしも、亡くなってから15年近くもただの残留思念だったというのに、それがいきなり活性化して、ゴーストに近い自我を持ち始めるというのは明らかに異常です。ということは、普通ではない異常な何かがあったのでしょう」
「あるいは身内か、って、んん? そういえば、メローピーさんの探してた“トム”って、結局リドル先輩のことで良かったの?」
アリアナちゃんのことに気を取られ、そちらのことを思わず失念していたマートルさん。
考えてみれば、割とタイムリーな話題なのだった。
「ほぼ間違いありません。どうにも彼女の“その辺りの記憶と認識”が曖昧なのが気になるところではありますが、トム・マールヴォロ・リドルと息子に名付けたとおっしゃってましたので、貴女の一つ上のスリザリン生、トム・リドル氏で間違いないでしょう」
「でも、リドル先輩って確か、例の爆破テロで死んでなかったっけ?」
「魔法省の公式発表ではそうなってますね。彼の僅かな肉片と髪の毛だけが残されていたとか。テロ自体も例の“闇のおじさん”が主犯格とも噂されてますが結局のところは不明。ただ、彼の魂が“こちら”に来ていないのは間違いないので、生きている可能性も相当あるのではと私は思っています」
「あ、リドル先輩、こっちにはまだ来てないんだ」
「メローピーさんの心情としては微妙ですねえ。こちらに来ていていれば即座に再会できますが、それすなわち息子の訃報と同義。来ていないならば生きている可能性は高まりますが、彼女がホグワーツを出られない以上、行方不明の息子さんを探すことも難しい。爆破テロの標的にされたくらいですから、隠れ潜んでいる可能性も大いにありますしね」
「んー、確かに難しいわね。はぁ、なかなかうまく噛み合わないなあ、これもぜーんぶ、あのヴォルヴォルなんちゃらのクソ野郎のせいね」
最近魔法界を騒がしている勢力の一つに、“死喰い人”と名乗る武装集団を中心に急速に拡大している一派がある。
その首魁と見られているのが、謎の人物“ヴォルデモート卿”である。最近は【例のあの人】というキーワードも浸透し始めた。
“今を時めくあの人”
“噂のあの人”
“変なおじさん”
“例のあの人”
“名前を言ってはいけないあの人”
“闇の帝王”
これは裏話となるが、日刊預言者新聞の有力記者を買収したり、週刊魔女の編集者に服従の呪文をかけたりと、【例のあの人】というワードを定着させるのに5年以上の時間と労力がかかっている。
その過程で、一時期“変なおじさん”扱いされたのは焚書すべき黒歴史である。ヴォルデモート卿が魔法大臣になった暁には、真っ先に“禁句”設定することにしている。
(なお、闇の印を持つものが口にした場合は、永久脱毛とギックリ腰と上下総虫歯と尿道結石と花粉症の複合呪いが発動する仕組みになっているとの噂)
「あと、あまり関係ない話ですが、メローピーさんの家名については分かりましたよ」
「へぇ、なんての?」
「ゴーント、だそうです。誤りがなければ聖28家に数えられている純血の家にして、サラザール・スリザリンの直系とも伝わる蛇語使いの家。事実なら、トム・リドル氏がスリザリンに組分けされたのも大いに納得です」
「メローピー・ゴーントねえ、でも、彼女がそのゴーントの家のことをあまり好きじゃないなら、呼ばないほうがいいかしら?」
「まあそれが無難でしょう。死してなお藪をつついて蛇を出すこともありません」
「蛇語だけに?」
「あまり上手くないですね」
そんなこんなの、ホグワーツに形作られつつある死者の世界、地下墓地での一幕。
地上の人間世界で戦争があろうとも、幽冥の住人たちにとってはどこ吹く風。仲間がやって来るのならば、大いに歓迎しようと宴会準備を始める始末。
あいも変わらず、悪霊たちは人でなしであった。
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「という訳でしてメローピーさん、貴女には夜間学校の教師を引き受けていただきたいのです」
「わ、わたくしがですか?」
最近はアリアナちゃんの影響を受けてか、かなり滑舌良く喋れるようになった謎の未亡人改め、メローピー・ゴーントさん。
ホグワーツの幽霊に宿題もテストもないが、有給も休みもない。
いざとなればまさに眠ることなく四六時中働かされるので、実はかなりブラックな職場と言えるのかもしれなかった。下手したら屋敷しもべ妖精よりも。
「いつかアリアナちゃんが現れる日が来るとは予想というか期待はされていたので、構想だけは十年以上前からあったのです。こうして彼女が形をなし、どうやら普通の子供より遅い速度ではありますが成長もしている様子なので、ダンブルドア校長先生より是非学校に通わせたいと」
アリアナちゃんは幽体ではあるが、属性は正反対ながらも吸魂鬼と同じ特徴も持っている。
限定的ながら条件が揃えば飲んだり食べたりの真似事も出来るし、通常よりはだいぶ遅い速度だが、成長らしき変化も見られている。
なので、孫ボケ爺さ――ゴホンゴホン、偉大なるアルバス・ダンブルドア校長は、公平さに満ちた慈愛の精神から、彼女のような存在でも迎え入れられるような【ホグワーツ夜間の部】の創設を構想したのである。
繰り返すが、決して私情ではない。ホグワーツの一部を私用で無断借用している訳では断じてない。
理事会などには一切図っておらず、シグナス副校長にすら秘密にしており、このドクズ悪霊以外の手駒は動かしていなかったりもするが、私情ではない。
アルバス・ダンブルドアは、いついかなる時も公平な人である。こんな偉大な校長の解任決議なんてあり得ない。
市民、あなたは幸福ですか?
「突然の教職に色々と不安もあるとは思いますが、そう構えるものでもありません。基本的にはアリアナちゃんへの個人授業ですので」
「学校なのに、個人授業ですの?」
「現在作成中の地下墓地には卒業生の死者しか来ませんので、子供の亡霊は確保できません。このホグワーツに住む幽霊にも子供はいません。かといって、一般生徒を招けば保護者にバレますし、理事会にも通報されてしまいます」
「あ、あの、理事会に通報って、これってひょっとして違法なのではありませんの?」
「魔法法には触れておりません。あくまで、ホグワーツ校長の権限内での、ちょっとした依頼です。金銭に基づく契約ではないので賄賂などでもありません。ただし、シグナス副校長やマクゴナガル先生にはしばらくはバレないように」
つまり、いつかバレることは前提である。多分一年もたないだろうが。(ハグリッドは知っている)
というかダンブルドア先生、不死鳥の騎士団の活動は大丈夫なのだろうか? 死喰い人はそっちのけで孫の個人教育に力入れたりしないだろうな。
「え、ええと、それで私は何をしたら?」
「メローピーさんは愛の妙薬の作成に詳しいと伺いましたので、魔法薬の先生をお願いしたいのです。寮憑きのゴーストの方々が教科は受け持ってくれる予定で、ヘレナ・レイブンクロー様が光栄にも夜間学校校長を引き受けてくださいました。当然、マートルさんも教師として参加します。ただし事務員も兼任ですが」
このドクズ悪霊、【ホグワーツの地縛霊】であるためか、創始者一族には敬意を払う。
創始者の一人、ロウェナ・レイブンクローの一人娘であったヘレナ・レイブンクローは、およそこの糞教師が唯一“様付け”で呼ぶ人物であろう。
サラザール・スリザリンの直系と伝わるゴーント一族のメローピーさんにも物腰が若干丁寧で、穢れた血のマートルさんにはぞんざいだ。
やはりこいつ、割と権威にはへつらうタイプの屑だった。(ただし、権力には皮肉を飛ばすへそ曲がり)
「ま、魔法薬、ですか……」
「失敗経験があるならば、それも余さず教えてくださると助かります。歴史とは人生の積み重ね、成功も失敗も語ってこそ、後の世に生きる者達への教訓になるというものですから」
メローピーさんは生前、愛の妙薬を使ったことに強い後悔を抱いていた。
ゴーストになった今でもその念は薄れるものではないが、だが同時に、その無念を誰かに伝えたいと願うのもゴーストの性というもの。
このドクズ、拒めない餌をぶら下げることには定評があった。
「わ、分かりました。私の後悔が、アリアナちゃんや誰かが失敗しないような道標になれますように」
「ありがとうございます。流石メローピーさんは心が広い、どこぞのマートルさんとは大違いです」
そして、隙あらばマートルさんをディスっていくスタイル。
最早これは、習慣のようになっているみたいである。
「そ、それで、生徒はアリアナちゃん一人だけでよろしいのでしょうか?」
「人間のゴーストについては、彼女一人です。当然、ゴーストのための夜間学校なので、深夜開催です」
「人間の?」
「流石に一人だけでは寂しいでしょうから、魔法器物の付喪神やら、意思を持って動くようになった玩具やら、動く石像やら、そういう方々にも参加してもらおうと思っています。大西洋を越えて北米のイルヴァーモーニーからも留学生を募っているので、遠からずメンバーも決定するでしょう」
「あ、あの、一応現在で決まっている生徒を教えていただいても?」
「そうですね、ダンブルドア先生のペットの不死鳥フォークスさん、ドイツの車の幽霊のワーゲンさん、バイクのエルメスくんと、鮮血処女の付喪神のメイデンちゃんは確定済み。ギロチン先輩と電気椅子後輩については、まだ参加を決めかねているので保留です。それと、アクロマンチュラのアラゴグさんとモサグさんの息子、モレークくんも参加予定ですね」
「………」
とんでもないラインナップだった。思わず引くどころではなかった。
なぜコイツに生徒の選別を任せてしまったのか。
なぜコイツの選ぶ生徒に僅かながらでも期待してしまったのか。
了承したのは早まった決断だったかと、今更ながらに後悔するメローピーさんであったそうな。
*----------*
「おいこらクソ馬鹿、なんて返事してんのよアンタは」
そんなこんなでメローピーさんを上手く詐欺した糞幽霊が事務室へ戻ると、そこにはたいそうご立腹なマートルさんの姿があった。いつも怒られてるなコイツは。
「いきなり言われても何のことやら」
「これよこれ、ほら、最近魔法界が物騒だからって、何時もより繰り上げて早めに送ったマグル生まれへの入学案内に帰ってきた質問のふくろう便」
魔法界の昨今の情勢は、いよいよ純血派とマグル融和派に分かれての戦争の気配。
ドクズ悪霊に言わせれば、“寮対抗ホグワーツOB大喧嘩選手権”という緊張感の欠片もない表現になってしまうが、これからホグワーツに通う生徒、特にマグル生まれには死活問題と言える。
マートルさん自身、グリンデルバルドの魔法大戦の余波とも言える“スリザリンの継承者騒動”に巻き込まれ、命を失ったマグル生まれだ。
自分と同じ轍を踏ませまいと、優秀な裏方事務員でもある彼女は、ダンブルドア校長とシグナス・ブラック副校長了解の下、通常より早めにマグル生徒への入学案内を届け、じっくりと進路について考えてもらおうと色々と頑張った。
頑張ったのだが。
「アタシが色々努力してるってのに、何でアンタは一発で無にしてくれるかしらね」
「失敬な、貴女の思うところも理解していますし。その意図に違わぬように行動するよう心がけておりますというのに」
「ええ、アンタ流に考えて行動されれば最悪の結果になるのが世の常なの。こんな手紙返されたらこのペチュニアって子がますます不安になるでしょうが」
事の起こりは、エバンズ家の次女、リリー・エバンズに魔法の資質が認められ、マートルさんが入学案内を送ったことだ。
エバンズ家の長女、ペチュニアには残念ながら魔法の資質は見られないようで、このままでは姉妹は別々の学校に通うことになってしまう。
そうなっては寂しいと、ペチュニア嬢はマグル世帯からホグワーツに連絡を取るためのホットラインを用い、ダンブルドア校長先生へと自分も何とかホグワーツに入学、あるいは編入出来ないかと尋ねたのだが。
「はあ、何だってダンブルドア先生は、その返事をアンタなんかに任せちゃったのかしら」
「あれで忙しい方ですからねえ。最近は死喰い人対策で騎士団の運営にも駆けずり回っていますし、流石にマグル生まれ世帯の家族からの問い合わせにまで逐一対応していくのは無理でしょう。シグナス副校長とて、今は内戦が国際戦争に発展することの回避とホグワーツ自治領の中立を保つのに手一杯で、そんなレベルにまで手が回りませんよ」
「だからって、マグルの女の子への返事をアンタに書かせるのは不適任にもほどがあるでしょうが」
ちなみに、ペチュニア嬢へのノーグレイブ・ダッハウの返信の一部抜粋は、以下の如く。
【親愛なるペチュニア様。大変申し訳ないことながら、魔法の資質の見られない生徒がホグワーツに入学した場合、命と安全の保証をすることが出来ません。ホグワーツは過去にもマグル生まれの女生徒が怪物に殺されたという事件があり、純血名家からの差別問題に加え、昨今は魔法界において戦争も勃発しております。正直なところ、貴女の妹君、リリー・エバンズ嬢の最低限の安全に関しては責任を負うところではありますが、スリザリン生徒からの差別、中傷、呪いなどは一定数あるでしょうし、卒業後の彼女の身の安全についてまでは保証いたしかねます。どうか、その辺りも熟考なさった上で、家族一同よく協議された上でホグワーツへの入学についてお考えください】
「何なのよこの、事なかれ主義と責任逃れの塊のような屑教師の鑑が書いたのかって言いたくなる文章は!」
「今のイギリス魔法省の実態をそのまま文章にしたためた結果です。客観的に評価すれば、11歳の子供を預けるだけの信頼性はゼロですよあの組織。自分達の保身のためにマグル生まれの女生徒の一人や二人、容易く切り捨てるのが目に見えております」
「あ、うん、いやまあ、アタシの時もそうだったけどね」
「ダンブルドア先生のいるホグワーツは安全と皆さんはおっしゃいますが、逆に言えばダンブルドア先生のいないホグワーツは危険ということ。シグナス副校長は公平な方ですが、同時に冷徹な為政者でもあります。彼の天秤によって、誰かを切り捨てねばならないとなれば、やはり可能性が高いのはマグル生まれとなります」
つまり、かつてのマートル・ウォーレンと同じく、リリー・エバンズの身は、安全とは言い難い。
むしろ、守れた前例の方が少ないのだから、警戒心を持つべきというのは至極まっとうな意見ではあった。ただし、その伝え方と書き方に多大な問題があったが。
「エバンズ家の状況は軽く聞き及んでおりますが、どうにもご両親は魔女を授かったことに興奮し若干浮かれ気味らしく、危険性についてまで考えが至っていないご様子。ならば、唯一冷静そうな長女のペチュニアさんを介して、安全保障の面からも再考を促すのが一番と考えました。ただまあ、結論はあまり変わらないでしょうが」
「んー、例のリリーちゃんが、マグルの学校に行くのは無理?」
「既に発現させている妖精の魔法の資質を見るに、彼女の力は極めて強い。アリアナちゃんが、“私に似ている”とおっしゃってましたから」
「ああー、そりゃ随分なお墨付きだこと。彼女を安全のためにマグル世界に隠しても、今度はオプスキュリアルのリスクが高まるのね」
「そもそも、マグル生まれを魔法学校に招かるざるを得ない最大の理由がそれです。制御に用いる魔法の杖と、その使い方を熟知しなければ、やがては吹きこぼれた鍋蓋と同じ運命になりましょう」
最善な結末が用意されていないならば、次善を模索するしか道はない。
オプスキュリアルのリスクを減らすならば、魔法学校での就学は必須に近く、ならばこそ出来る限り安全なホグワーツ生活を心がける必要があり、帰りを待つ家族とて相応の覚悟は求められる。
リリー・エバンズが生まれ持ってしまった力は、かなり重い将来の決断を迫られる類のものであると。
「まあまだ時間があります。マートルさんが文通を重ねて、ペチュニアさんやご家族の理解を深めていけば少しは安全性もましにはなりましょう」
「さらっとアタシに押し付けたわね屑。それに、仮にも教師なら身を挺してでも生徒は守りなさいよ」
「卒業までは守りますよ。しかし問題はその後です。8年後までに戦争が終結している保証などどこにもなく、下手したらもっと悪化しているかもしれないのですから」
その時に、身の安全のためにマグルの世界に戻ることを選んだとして。
今度は学歴社会の異常発達したマグルの現状が、魔法界との“行き来”を妨げる壁として立ち塞がる。これが200年前ならば農民の娘の学歴など問われることはなかったが。
7年間をホグワーツで学んだ魔女が、その経歴を全て捨て、マグルの世界に属するというのもまた、茨の道であることに違いはないのだから。
「最悪の場合には、幽霊となった彼女を夜間学校にご招待し、アリアナちゃんの友人となっていただきましょうか」
「それ伝えたら、絶対にペチュニアお姉さんにぶっ殺されるわよ、アンタ」
「ふっ、忘れましたか、ノーグレイブ・ダッハウは遍在する」
「そして屑である」
ひょんなことから、少しだけ関わることになった(主にマートルさんが)悪霊たちとエバンズの姉妹。
それがいったい、彼女らの運命をどのような形に変えていくことになるか。
その答えが出るのは、もう少しだけ先のこと。