「スリザリンに入りたい、ねえ。あーのスニベルス野郎、今の状況が分かってんのか。なあジェームズ」
「あー、ひょっとして、僕らには当たり前過ぎてすっかり失念してたけど、マグル生まれやマグルの方で育った混血だとしたら、戦争について何も知らないのがむしろ当たり前なのか?」
「ん? あ、そういうこともあるか………ちょっと悪いことしたかな。別に謝らねえけど」
「ふっ、君は悪いやつだな、シリウス」
「お前ほどではないぜ、ジェームズ。我が相棒よ」
「良い子なんてのは罵倒の言葉」
「問題児、恥知らずこそが褒め言葉」
「「 それが我ら、悪戯仕掛け人の本分だ 」」
思い立ったら即行動。悪戯をするなら即断即決。
面倒事が何よりも大好きで、極度の目立ちたがり屋、むしろ、目立たないと死んでしまうタイプの病持ち。
その一点においては魂の双子とも言うべき生粋の悪戯小僧こそ、ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックである。
例え入学のためのホグワーツ特急の中であっても、その矜持は微塵も変わらず。
むしろ、組分けすら済んでいないこの状況で悪戯もなにもしないことこそが、沽券に関わると言わんばかりに。
「とでも思ってないと、やってられんぜ、実際」
「戦争だからな。こういう時こそユーモアは大切さ。多少はっちゃけすぎてハメ外しても、勢いで乗り切るくらいじゃなきゃ、恐れてばっかじゃ何もできないしね」
「あのスニベルス野郎は“猪突猛進のグリフィンドール馬鹿の典型だ、君等はもっと慎重さを学ぶべきだな”なーんてほざいてやがったが、それで上手くいくのは平和な時代の特権だろうに」
「マグルの方は平和なんだろうさ。こっちだってダイアゴン横丁あたりはまだまだ戦争の気配すらしちゃいない。入学品を買いに行ったところできな臭い匂いを嗅げるはずもないよ」
「こっちは逆に、否応なしに嫌な大人の事情を知らされるってのに」
「特に君はな、シリウス。例の従姉妹殿、ベラトリックスなんてその最たる例じゃないか」
ジェームズ・ポッターはともかくとして、シリウス・ブラックの立場は現状において既に政治的騒動の渦中にあった。
何しろ彼は、ブラック長男家における嫡男であり、父のオライオン・ブラックは長男家現当主であると同時に“マグル排斥派”の政治勢力を束ねる純血貴族派の盟主。この戦争における片側の首魁というべき立場にある。
ブラック長男家は戦争の枢軸であり、その有名な屋敷、グリモールド・プレイスは今や巨大な政治拠点。
まだ戦争は魔法省内部や純血名家の屋敷から出ることはなく、政治対立が主軸の都市国家内戦の様相だが、強固な守りと情報統制を敷く以上、シリウスをグリモールド・プレイスからホグワーツへ通わせるのは論外となった。
もし、副校長がシグナス・ブラックでなければ、半ば軟禁に近い形ともなっていただろう。
そこで生まれ育つことを余儀なくされたシリウスにとって、戦争の気配というものは実に身近なものであった。
「おいおいジェームズ、あいつの名前を出すのよしてくれ。言うだけで舌が腐る、聞くだけで耳が腐るってもんだ」
「僕は会ったことはないが、そりゃまた随分な嫌いようだね」
「従姉妹だからな、昔から割としょっちゅう顔を合わせるくらいに長男家と三男家は仲が良かった。あれでも昔はけっこう妹想いで、ちょっと、いやかなりポンコツ気味ではあったけど、まあ勇敢といっていい感じではあったんだがな」
「じゃああれかい、やっぱり例のアンドロメダさんの駆け落ち騒動がきっかけ?」
「それ以外にも理由はあったとは思うけどな。そもそも、モリーさんとは在学中に何度もやりあったって話だし、プルウェット家とウィーズリー家の隠れ穴を追うように、ブラック三男家の次女がマグル生まれの男と駆け落ちだからな」
「あー、そいつは厳しいね。ライバルに油揚げさらわれたというか」
「だろう? 長女としては妹に裏切られた気分にもなったろうし、大敗北の惨めさには多少は同情してやってもいいが、そのとばっちりを受ける年下従兄弟からすればたまったもんじゃねえよ」
シリウスが8歳の頃、1968年の春辺りまでは、ブラック三男家にこれといった不穏の影は見られなかった。
当時、長女ベラトリックスは7年生で卒業間近、次女アンドロメダは4年生で、三女ナルシッサはまだ2年生。
しかし、マグル生まれを巡る政治対立は深刻さを増していき、ついに融和派のイグネイシャス・プルウェットと、排斥派のアブラクサス・マルフォイを含む多くの者らが爆破テロで暗殺されるに至る。
モリー・プルウェットとルシウス・マルフォイにとっては父を喪った忌まわしき事件であり、ナルシッサ・ブラックにとっても婚約者の父であり将来の義父を喪った事件となった。
かつ、他ならぬイグネイシャス・プルウェットの妻、ルクシリアこそが排斥派の盟主オライオン・ブラックの姉でもあったのだから、事態は混迷を極める。
純血名家はまさに、肉親同士が政治的に対立し殺し合う、血みどろの内戦に突入しつつあるのであった。
「ちょっと頭が混乱して来るんだけどさ。例の爆破テロの方が先で、ブラック家とプルウェット家がギクシャクするようになって、ただの学校の喧嘩だったものが政治的対立まで帯びるようになって、それが恋人を巡るスタンスの違いで姉妹の仲違いにも繋がって、挙げ句に、姉へのあてつけのようにモリーさんを追う形でアンドロメダさんが駆け落ちだったっけ?」
「まあ、だいたいそんな感じだ。あの人がハッフルパフのマグル生まれ、テッド・トンクスさんを好きになって、二人が恋仲になった瞬間に決まってた破滅のような気もするがな」
「嫌なもんだなあ、誰かを自由に好きになることすら出来ないなんて」
「まったくだ。だからブラック家は嫌いなんだ。何だって、誰かを好きになることが、家族と憎み合うこととイコールにならなきゃならないんだ」
それは他ならぬ、自分自身にも当てはまるからこそ、シリウスは己に流れる血が大嫌いだ。
シリウスの個人的心情は、三男家のアンドロメダと同じく、マグル生まれだろうが親友、恋人になって何が悪いというもの。
しかしそれを、父のオライオンが、母のヴァルブルガが、そして弟のレギュラスが認めることはない。結果として自分もまた、誰かを好きになることが、家族との対立の引き金になった。
本当につくづく、ブラックの血は業が深い。
モリー・プルウェットは当然として、ベラトリックス・レストレンジにしたって、心底から互いを憎んでいたわけではないだろうに。
「シグナス副校長が、その中で中立を常に保つ役が必要だっていうのも、分かる気はするね」
「確かにな。個人的には親愛なる叔父貴殿は少し冷たすぎる、硬すぎるって印象だけど、口にしたくもない従姉妹殿を初め、愛が深すぎるってのも冷静さを失っちゃあ本末転倒なんだろうな」
ひょっとしたらと思うが、一番家族の愛、身内への愛が深く重かったのはベラトリックスではなかろうか?
愛しすぎるから、愛されたいと願いすぎる。自分と同じものを好きになって欲しい、自分の嫌いなものに好意なんて向けてほしくない。
その辺りの傾向は、シリウスの母、ヴァルブルガにも強く見られた。彼女もシグナスの妹であり、ベラトリックスの叔母だ。
ああ、要するに自分は、あの母に似た従姉妹だから、これほどに嫌っているのだろう。何たる、救いようのない愛憎の連鎖。
「それで結局、ベラトリックスもお父さんと仲違いして、半ば家を出るように結婚して今やマグル排斥派の急先鋒、ベラトリックス・レストレンジと」
「レストレンジ家との婚姻自体はだいぶ前から決まっていたらしいけどな。同級生のラバスタンじゃなくて、あえて年上のロドルファスの方になったのは、シグナス叔父貴へのあてつけなのか、政治的な駆け引きだったのか、そこまでは知らんし、興味もない。ついでに言えば知りたくもないな」
知ったところで、どうせ愉快になれるような話は聞けないだろうし。
戦争に仲違い、家族の分断に駆け落ちと、本当にブラック家にはろくなことがない。
「でも、そのおかげで君がうちに来ることになったなら、僕は嬉しかったよ」
「そう言ってくれるのは君だけだぜ、親友よ」
ああ本当に、心の底から感謝している。
自分がポッター家へ移ったのはほんの一ヶ月前のことだが、そこからの一ヶ月は、それまでの11年の人生全てよりも価値のある宝石だったと断言できる。
ジェームズ・ポッターという男と出逢えなければ、自分はきっと世の中の何もかもが嫌になって、斜に構えて皮肉を口にするばかりの腐った男になっていただろうから。
「僕だけじゃないさ。父さんも母さんも、チャールズ爺さんも、ドレアお婆ちゃんも、それに、あの鬼教官イリーナさんだって君が大好きだって」
「実に有り難いが、最後の人だけは少し余分だな」
政治的対立と名家内での分裂のゴタゴタがあった結果、弟のレギュラスはアンドロメダの代わりと言わんばかりに三男家へ避難。(ひょっとしたら人質の要素もあるかもしれない)
シリウスについては嫡男であったために、どの家に預けてもバランスが厳しい。シグナスの下ですらも彼が中立を保つことが難しくなってしまう。
そこで白羽の矢が立ったのが、ブラック三男家の中では比較的離れた位置にいた一族の一人、ドレア・ブラック。
チャールズ・ポッターの妻であり、フリーモント・ポッターの母である彼女が、少なくとも戦争の間は“政治に一切関わらない”ことを条件にシリウスを預かることとなった。
シリウスを預かりたがっている名家は腐るほどあったが、それ故に誰も目的を達成できなかったという、どこぞのドクズ悪霊が歓喜しそうな一種の茶番劇であった。
ただその茶番劇が、生涯の親友との出会いのきっかけになるとは、流石にシリウスも思いもよらなかった。
誠に、人生とは合縁奇縁というしかない。
「いいじゃないか、見方を変えれば、僕たちは同級生に先んじて不死鳥の騎士団の薫陶を受けられたってことだ。卒業後の目標が出来たと思えば」
「あの人の部下になって戦う未来を思うとあまりゾッとしないぞ、マッドアイ・ムーディの下で闇祓いになるようなもんじゃないか」
ドレア・ポッターの義理の姉、イリーナ・ポッターは、つい2年ほど前までホグワーツで天文学を教えており、1968年の爆破テロ事件以来、“不死鳥の騎士団”の主戦力として集中するために教職を退いている。
ある種、どの政治派閥にも属していないフリーの傭兵とも言える立場であるため、念の為にドレア・ポッターと共同でシリウスの後見人に指名されてもいる。もっとも、“自称後見人”はスリザリン系純血名家に数十人ぐらいいたりしたが。
そのような次第で、シリウス・ブラックにとってスリザリンに入るというのは論外極まるものであった。どう考えても政治の道具として利用され尽くす未来しか見えて来ない。スリザリンに組分けでもされようものなら、その瞬間に自分は退学を選ぶ、絶対に。
第一志望は当然グリフィンドールだが、スリザリンでさえなければどこでも良いという気分はある。実際のところ、純血名家さえいなければスリザリンの気質自体はそこまで嫌いでもなかったが、純血名家のいないスリザリンは残念ながら幻想の中にしか生息していない。
そしてそんなシリウスだからこそ、例え向こうにも切実な事情があったとしても、気に入らないことはある。
こともあろうに、先程別のコンパートメントで会った新入生の奴は、こんなことを言っていた。
“僕は絶対にスリザリンに入りたいね。母さんだってそれを願ってあんなに大変なのにホグワーツへ行かせてくれたんだ”
「母親が願ったから自分もスリザリンって、そりゃあ違うだろうが……」
「ん? なんか言ったかいシリウス」
「いいや、何でもねえよ」
そういう話は、それこそよく聞く。純血名家が正妻以外に産ませたマグル女との混血だったり、先に上がったアンドロメダさんのように名家の女性がマグルと駆け落ちすることもあったりする。
血に縛られまいと行動した後で、様々な現実の困難にぶつかり、心が折れたり挫折したり、巡り巡って子供の代でより強固に血に縋る。
まるでそれは、今の自分達ブラック家の顛末、その因縁の始まりの姿のようにも思えるから。
シリウス・ブラックは、あのセブルス・スネイプとかいう男が心底気に食わない。
自分の血に宿る腐った業の、過去の鏡を見せられているような気分を味わった。
あいつも俺も、変えようと思えば血の縛りなんて跳ね除けて、何時だって何処へだって行けるはずなのに―――
「ともかく、片っ端から探検してみようぜシリウス。あんなスリザリン行きの根暗野郎なんかじゃない、もっと僕たちと意気投合できる奴らが見つかるさ」
「ああそうだなジェームズ。全くお前は何時だって前向きだな我が相棒」
「それ言っちゃあ君は負けるよ」
ならばせめて、この腐った血の因縁は自分だけで引き受け、己の救いになってくれた親友は、堂々と輝ける道を進んで欲しい。
この先もしも、スリザリン行きになるだろうあの野郎が邪魔してくることがあれば、俺がとっちめてやるまでだ。
誇るべき我が親友は、あんなスニベルス野郎に邪魔されていい存在じゃないのだから。
*----------*
「今現在、魔法世界では戦争が始まっておりますが、皆さん是非とも死にましょう。そうすればゴーストとなりてホグワーツを彷徨い、結果として私の手駒が増えます。大変良いことです。貴族の家が家族で仲違いして内戦とかテンプレ過ぎて笑えますね、ハッハッハ、馬鹿じゃないですかねこいつら。全く学ばない人類が死ぬのは大いに結構ですが、より派手に面白く、見てて楽しくなる感じで殺し合った末に死んでもらえると最高です。イギリス魔法省と名家の無様さと崩壊、その死に様は私が余さず記録しますのでご心配なく、心置きなく心安らかに戦争で死んでください。大事なことなので二回言いました」
そんな風に思っていた時期が、シリウス・ブラックにもありました。
何だこの授業は? こんな糞授業があっていいのか? コイツ仮にも教師だろ? 頭が沸いているのか? 腐っているのか?
カリキュラムの神の采配か、ダンブルドア校長の差し金か、シリウスら新入生の入学早々の記念すべき第一授業が、よりにもよって魔法史。
その第一声がこれである。最早シリウスの脳内には、スリザリンへの嫌悪も、自分の血に宿る業なんかも微塵もなかった。
およそ、この時に抱いた凄まじいカルチャーショックを、シリウスは生涯忘れることはないだろう。
まさかこの世に、ブラック家の人間なんか及びもつかない、真性のドクズゴーストが存在するとは欠片も思っていなかった。自分はブラック家が嫌いだったはずだけど、このクズ野郎に嘲笑されるとなんかこう、ブラック家の人間として怒らないといけない気がしてくる。
コイツに比べれば、ベラトリックスが教師になる方がまだましだ。例え死喰い人が講師であっても、コイツほど酷くなることはありえないだろう。
そしてすまんスニベルス、心から詫びる。お前は十分に良い奴だった。
「さて、始まりの挨拶も済んだところで恒例の授業の紹介から。私の授業では、いささか特殊な形で魔法史を学んでいただきます」
サラリと流して進めていくドクズ悪霊教師。
最初のインパクトが凄まじすぎたためか、大きな講義室に揃った四寮の生徒の誰もが呆然としたまま立ち直れていない。
シリウスとともに固まっている同室となったグリフィンドールの親友たち、ジェームズ、リーマス、ピーターにしても同様だ。
「無論、ふくろう試験が5年目にはありますので、最低限学ぶべき歴史は年表の形で後に抑えることになりますが。最悪、私が編纂しました、自動速記歴史手帳を配布しますので、そちらを使えば日常生活の知識で困ることはないでしょう」
後の時代のWikipediaのような代物。変人エメリックだの、奇人ウリックだの、検索したい名前を書き込めば、該当するページが記される。
ホグワーツにある図書館の資料と連結し、子機として機能することで、データベース理論を導入している歴史手帳で、無駄に手の込んだ作りになっているのが腹立たしい。
こんなのが作れるだけの手腕があるなら、どうしてコイツはまともに授業しないんだ。
「歴史を学ぶことの意義は、過去の教訓に学び、あなた達の人生の選択に活かすことです。先人たちの成功と失敗、栄光と挫折の歴史。それらを知り、今現在の自分たちの生活が、いかなる物語の先にあるものなのか。そして、自分たちは何を選択し、その先に何を目指すのか。その指標となるべく、歴史というものはあり、物事は記録されていくのです」
言ってることはもっともかもしれないが、コイツには記録されたくない。
一体誰が、他人事で歴史を俯瞰しながら時折思い出したように嘲笑してくるドクズゴーストに自分の人生を記録してもらいたいと思うだろうか。
「とはいえ、過去の偉人から教訓を学び取るには、貴方達の人生経験はまるで足りておりません。歴史解釈というものは多種多様にして難しく、受け取り方はそれぞれなれど、聞き流していては何の意味もありません」
そしてコイツには、人情経験がまるで足りていない。というか、皆無だった。
「この授業では、一風変わった切り口から入ります。貴方達がとっても興味があるであろう題材。無視しようにも、無視し得ない話題。すなわち、“ホグワーツの直近卒業生の歴史”から、学び始めることとします。まずはそう、モリー・プルウェット、マーリン・マッキノン、ベラトリックス・ブラックらが良いでしょう。程よく親たちが歴史的大事件で死んでくださってますので、題材には事欠きません、素晴らしい」
そしてぶち込まれるタイムリー爆弾。
なぜこう、関係者や肉親がいる中でここまで神経を逆撫でするような表現ができるんだこのクズ野郎。
「一言で言ってしまえば、ここにいる皆さんの親も祖父母も、大半はホグワーツを卒業していったのです。そして全く大人気なく戦争し、殺し合いをしていますが、大人なんて所詮そんなものです。マグル世界出身の方々だけは、残念ながら例外となってしまいますが、その辺りはご了承ください。マグルの歴史も似たようなものです」
ある一点で、こいつは平等だった。
魔法族も、マグルも贔屓していない。どっちの歴史も同じ人間の歴史であり、人間らしく下らない理由で戦争していると言っている。
「マグル世界出身の方々は、是非とも想像力で補ってください。歴史の考察するにあたり、当時の人の立場になって考え、想像力を働かせるというのはとても大事なことですので。お友達のお父さんお母さんは、どんな学校生活を送っていたのか、どんな恋物語があり、試験への苦労があり、クィディッチの青春があったのか。まあ、死んだら何の意味もありませんが、記録だけは残りますのでご安心を」
そして常に、一言多い。ここまで余分な一言ばかり付け足す屑もまれだった。
「私は幽霊なので、人間のプライバシーというものは一切考慮いたしません。歴史書というものは、歴史の登場人物のプライバシーを考慮して語らないということはありえません。忘れるなかれ、このホグワーツで“私に知られてしまう”ということは、歴史になるということです。歴史は語ってこそ意義のあるもの。ただし、語るのはあくまで“歴史”であり、解釈の一つに過ぎません。居酒屋で本人が語る過去の失敗体験とはまた別の、あくまでの歴史的客観性に基づいた、予想と推測も兼ねた可能な範囲での事実羅列であることは心の隅に置いておくように」
ならばこそ、この授業は異常極まるとも言えた。
シリウス・ブラックを代表として、この場には戦争に関わる家族を持つ生徒がいて、リーマス・ルーピンのように既に巻き込まれている者もいる。
彼らを侮辱しているとしか取れない、挑発的な発現であるはずなのに。
「なあジェームズ、この気持ちは何だ?」
「分からない。何だろうな、怒りは湧いているはずなのに、ぶつける気にならないというか」
「俺も似た感じだ。これは、そう、教科書にブラック家の先祖の悪行だの功績だのが載っているを見た時のような、“自分に関係ない誰か”の話を聞いてるような」
この幽霊教師の言葉は、客観的なものでしかない。
人間の言葉ならば宿るはずの、称賛の意思も侮蔑の意思も、受け手が十全に感じ取ることができない。全く無いわけではないのだが、どこか不完全燃焼な印象だからこそ、反発心もそこそこまでにしかならず、深く関わろうとも思えない。
ホグワーツの魔法史の授業は、教師と生徒が大きく関わることなく、歴史的事実を伝えていく。“そういうことになっているのだ”と、時計塔の鐘の音が聞こえるような。
「では、魔法史の講義を進めます。皆さん、ノートはひとまず置きましょう。実技から入りますよ」
摩訶不思議極まる悪霊の講義、魔法の城の魔法史授業が始まった。
*----------*
「例年にも増して、飛ばしていたわねあのクズ。今年の新入生たちはご愁傷さまだわ」
「……これは、良かったんでしょうか、マートルさん」
「まあ、うん、ショック療法の効果はあったんじゃないかしら? ほら、戦争が始まって、これまで以上に寮の対立、特にスリザリンへの風当たりが強くならないようにってのが、ダンブルドア先生からのゴミ屑への依頼というか、願いというか、儚い希望というか」
「今の授業の擁護は、流石に無理だと思うんですけど」
天井から授業の顛末を覗いていたマートルさんとメローピーさん。
前代未聞の初授業が終わり(口にするのも憚られる波乱が幾度かあったが)、人気の絶えた空間なのだが、何かこう、いたたまれないような空気が漂っている。
「どうせ魔法史の授業は必修科目なわけだし、いつかニトログリセリンにぶつかるくらいなら、最初からダイナマイトにして爆発させるってのは校長先生の英断だったとは思うわよ」
「……悲壮な覚悟と決断ですね」
後にアルバス・ダンブルドアは語ったという。
ノーグレイブ・ダッハウに新入生の最初の授業を任せることは、死喰い人との決戦に臨むよりも決断力と精神力を要したと。
「ともあれこれで、グリフィンドールとスリザリンの対立は緩和されるはずよ。誰を嫌うべきかは一目瞭然になったわけだし」
「だと思います、全ての悪感情がダッハウ先生に集まることは疑いありません」
「あの糞曰く、アリアナちゃんは一人しかいないから、全ての生徒の様々な悪感情を全て吸い取って回るのは流石に不可能。だけど、悪感情のベクトルを一箇所に集めれば、後はそこから吸い上げるだけでホグワーツ全体の感情の澱みをかなり改善できるって」
「となるとやはり、彼は意図的に自分に集めて?」
「いいえ、あれがアイツの素よ」
「………個性的な方ですよね」
「救いようのないクズって、はっきり言っていいのよメローピー」
最近、打ち解けてきたのかメローピーさんの名前を敬称なしで呼ぶようになったマートルさん。アリアナちゃんに対しても時々名前で読んでいるのでそちらの関係も良好だ。
ただしダッハウ、テメーはダメだ。
おかしい、ダッハウが出るだけでシリアスが全部台無しになった…