いつの間にかこの章の主人公がマートルさんになっていた不思議
親愛なるペチュニアへ
こんにちわ。今日はいつもとは少し違って真面目なノリの話になるのだけど、良いかしら?
といってもまあ、手紙なので一方的に書き綴ることになるのですが、雰囲気作りみたいなものね。
夏休みも終わって新学期が始まり、あの小さなリリーちゃんも三年生になって、“グリフィンドールの妖精姫”と呼ばれるようになってきたわ。そろそろ淑女の嗜みも覚え始める頃でしょうし、リリーちゃん自身が恋の感情に芽生えることもあるでしょう。
そうなってくると、ある種幸せの障害にもなってしまうのが人間関係の変化というものよね。これまでは小さな家族と周囲だけを見ていれば良かったリリーちゃんだけど、あの子の美貌と魔法の才能と、何よりも人柄とその強い意志が、彼女をただの一般人に留まることを許してはくれないと思います。善かれ悪しかれ、彼女はグリフィンドールの人間関係の中心に、さらにはホグワーツの人間関係の中心にすらなるかもしれない。
彼女が今より大きくなって、子供らしい要素と淑女らしい要素を兼ね備えるようになればなるほど、人間の複雑さというか、一言では割り切れないしがらみに囚われる可能性は大きくなる。もし仮にそうなった場合、幼かった純粋な彼女を一番知る人物、つまりはセブルス・スネイプとの溝が一番多くなると私は思うの。
多分、貴女が思う以上に多くの人間が、あの子を愛し、あの子に愛されたいと願うでしょう。でも、リリーはあくまで一人だけ。彼女が人間である以上、彼女の一番になれる人間は一人だけで、今は間違いなくペチュニア、貴女なのでしょうけれど。
うん、ここから先は貴女の機嫌を損ねるかもしれないけどあえて書くわ。リリーの愛を一番に得られる人間が、今後もずっと貴女であるとは限らない。それは今から十分に心がけておいて。
セブルスはきっと、リリーに自分だけを見て欲しいと願う。他は何もいらないから、リリーさえいればと。でも、それは絶対に叶わない妄想よ。だって、私みたいな根暗ボッチなら私なんかを愛する奇特な人間だけに全ての愛は返されるけれど、リリーを愛する人はたーくさんいるの。ちょっと寂しい事実だけど、周囲から見れば“分際を弁えろセブルス、彼女はお前なんかに相応しくない”としか思われないでしょうね。特に、ジェームズやシリウスあたりからは確実に。
それはきっとペチュニア、貴女が一番理解できる苦しみであるでしょう。リリーの愛を独占したい、でも、妖精のような彼女はたくさんのものを愛して、何処かに行ってしまう。彼女を愛せば愛するほど、彼女の一番になれない苦しみはどうにもならない。
だからねペチュニア、老婆心というわけではないのだけど、悪霊らしく私はちょっかいを掛けてみようと思うの。まずはいつものような拷問めいた悪戯から始まるでしょうけど、やがては刃で心を抉るように、セブルス・スネイプに破滅の未来を突きつける、今のお前はリリーに愛される資格などないと断罪するでしょう。ふふ、神様気取りの傲慢ね。
ねえペチュニア、貴女はそれを私に望むかしら?
私はあくまでホグワーツの幽霊だから、本当に深い部分では生徒には関われない。死者は生者に関わってはいけないの。
だから、悪霊が真に生者と関わるとしたら、“言霊”を伝えることだけよ。
嘆きのマートルの言葉を聞くのは、ペチュニア・エバンズ唯一人で、貴女だけが私の行動を生者のそれにしてくれる。
私はリリーの周囲の状況の変化を、人間関係と彼女自身の心の変化を貴女に伝える。
貴女はリリーの姉だから、家族として手紙は出せる。けれど、セブルスに言葉を伝える手段を持たないわ。彼は魔法使いで、貴女はマグルだから。
それでも、ここは境界線のホグワーツ。祈りは言葉となって、境界線を越えて必ず届くわ。
彼に言ってやりたい想いを、私に教えて。どうしても私の主観も混ざってしまうでしょうけれど、絶対にきちんと伝えるから。
どんな些細な言葉でもいいから、ペチュニア・エバンズから、セブルス・スネイプへ届けたい気持ちを、ぶつけたい憤りを、託したい願いを。
貴女の心を、私は知りたい。
マートル・エリザベス・ウォーレンより
親愛なるマートル
迷惑を掛けて申し訳ありません、そして、ありがとうと言わせてマートル。
正直、貴女からの手紙を読んで、自分の気持ちを整理しきれていないわ。夏休みにリリーが帰ってきて、楽しそうにホグワーツの話をしてくれるのだけど。
うん、ええ、どうしても、思ってはいけない気持ちも湧き上がるの。そんな自分が嫌でどれだけ自己嫌悪しても、止めることはできないの。
パパに褒められるリリー、ママに抱きしめられるリリー。自慢のリリー、愛らしいリリー、私の自慢の可愛い妹。
誰もがリリーに夢中なの、昔からそうだった、パパもママもそうなのよ。決して、私ではないの。綺麗じゃないペチュニア、愛らしくなんてないペチュニア。
きっとパパもママも、私のことなんてどうでもいいと思ってる。必要なのは、リリーだけだって。そんな、ろくでなしな考えを持ってしまうから私は私が嫌いになる。
あの子が生まれたその日から、私は誰の一番にもなれたことなんてありはしない。ああ、あの子なんていなければ……
そんな醜い私に、恐ろしいことを考えてしまう自分に、嫉妬に狂った酷い姉に、いつかあの子も愛想を尽かして去ってしまうのではないだろうか。
ペチュニアは父や母の一番ではないし、やがてはリリーの一番ですらなくなってしまう。その時が来るのが、私は何よりも恐ろしい。一年が過ぎて、リリーが大人になっていくことがこんなに怖いだなんて思わなかった。
この思いを抱えたままだったら、いつか私は本当にリリーを憎んでいてしまっていたかもしれません。もしそうなった自分は、とっても醜い女になっていくのが分かるわ。
でもねマートル、これだけは言わせて、貴女に出逢えて本当に良かった。貴女からの手紙を読んで、本当に涙が出たの。
貴女にとって、リリーは一番じゃない。他のたくさんいる生徒と同じ、ただの女の子。
貴女がリリーに関わるのは、私がリリーを大切に思っているから、今回セブルスに関わるのも、私の言葉を伝えるために。
ペチュニア・エバンズこそが私の唯一だと、マートル・ウォーレンだけが言ってくれたの。
だからもう、私はきっと迷わずにいられるわ。リリーのことが大好きで、ちょっぴり妬んで、少し嫌って、それでも愛して。きっと何時までも、仲の良い姉妹のままでいられるから。
セブルスのことは、貴女に委ねます。私がセブルスをどう思っているか、私自身にすら分からない部分が多すぎて、アイツを殴ってやりたいのか、同情しているのか、同じ苦しみを抱える理解者だと思っているのか、全然わからない。
でも、今なら一つだけ言えるわ。私とアイツは同じじゃないし、私はアイツみたいに無様に捻じくれたり、とち狂ってリリーに暴言を吐いたりなんかもしない。
だってアイツにはマートルがいなくて、私には貴女がいてくれるのだから。
私が一番信頼する貴女に、リリーとセブルスのことは全て任せます。貴女の行動こそが、“ホグワーツのペチュニア”の行動だと言ってあげて。
ペチュニア・エバンズより 我が親友、マートル・ウォーレンへ
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「おお、マートルさんが燃えています。嫉妬のオーラではない、悪霊にあるまじき聖なるオーラが包み込む。そう、あれではまるでアリアナちゃんではありませんか」
「なんかこう、話しかけづらい雰囲気ですね」
事務室の隣に新設された印刷室にて。
届いたばかりの返事の手紙を読んだ体制のまま、凄まじいオーラを放っているマートルさんを遠巻きに眺めつつ、残る悪霊二人は傍観者の体で成り行きを見ていた。
「まあ、それでいいんじゃないですかね。こうなった以上は助言すらも無粋というもの。リリー・エバンズとセブルス・スネイプの関係がどうなるかについては、全てマートルさんに委ねられたということです」
「凄いです。そしてちょっぴり、羨ましい」
「そこは正直でよろしい。ゴーストとは生前の妄念の残留したものなれば、当然の感想と言えましょう。生きた人間の思いを託されることは、そうそうあることではありませんしね」
「ダッハウ先生は、違うのですか?」
「私は人であったことがありませんからね。メローピーさんやマートルさんのような正統派のゴーストとは大分違いますし、アリアナちゃんと比べてすら私はなおも異形だ。基本的にはこの世界に有り得て良い存在ではなく、矛盾した異物のようなものでしょう」
境界線を越えて、伝わる想いが物語を紡ぐのであれば。
ノーグレイブ・ダッハウを形作る物語とは、何処から境界線を越えてやってきて、誰が何を思って願った祈りであるのか。
それはまだ、誰にも分からない。その答えとなる者は、未だ生まれてすらいないのだから。
「異物、ですか? それはいったい……」
「まあ、私に関することはどうでも良いでしょう。例えどういう因果があろうとも、ここに居る私はただ歴史を観測するだけ、その行動に変化が出るわけではないのですから」
「そういう、ものなんですか?」
「自分を形作る妄念のベクトルを知る必要がなく、己のルーツを定義することにさしたる意味がない。そこがまあ、普通のゴーストとの違いなのです」
「はぁ…。で、でも、あのマートルさんの状態は“普通のゴースト”じゃあないと思うのですけれど」
「実際、珍しいことではあるでしょうね。ホグワーツに居るわけでもない遠く離れた人間、それも今の時代に生まれた年若いマグルの少女の信頼と絆を、何十年も前からいるゴーストが勝ち取るというのは。これだから、歴史というものは面白い」
ホグワーツの歴史の観測者、時計塔の悪霊こと、ノーグレイブ・ダッハウをして。
マートル・ウォーレンとペチュニア・エバンズの物語については、予想を遥かに上回る歴史群像として動き始めている。
ならば最早、俯瞰する視点しか持たぬ観測者が余計な茶々を入れるべきではない。
その行動の結果が、どのような結末になろうとも、それは今を生きる者達が決めること。
「まあ、余計な茶々を入れるつもりはありませんが、それなりに長い付き合いですので老婆心ながらも一応は確認しておきましょう」
「?」
謎めいた言葉を残してノーグレイブ・ダッハウは、マートル・ウォーレンへと語りかける。
普段の謎の道化めいた言い回しと異なり、どこか真剣味を感じさせるような雰囲気で。
「レディ・マートル。貴女は己が何者であるかをしっかりと自覚できておりますか?」
「委細正確に、私は嘆きのマートル。スリザリンの継承者によって殺された亡霊、穢れた血と呼ばれた少女の残留思念。私の慚愧は死したその時にあり、孤独を悲しみ生者を羨む。その嫉妬の念こそが私を私たらしめる縁でありましょう。相違なきや? 時計塔の悪霊よ」
「違わず、照合結果に誤りなし。クロノスの時計は貴女をマートル・エリザベス・ウォーレンと観測しました。今後もホグワーツの霊魂として理に則った在り方を期待します。偉大なる創始者達の名の下に」
「必ずや、期待には応えましょう。我が叡智の塔、レイブンクローの名にかけて」
時計塔の悪霊は観測する、ノーグレイブ・ダッハウは遍在する。
破局の魔女は嫉妬する、マートル・ウォーレンは友誼を求めた。
「ならばよしです。その自覚が薄れていないならば、残念ながら貴女の成仏の時は遠いようですね」
「あら? 何時ものように事務労働力を探す必要がなくなって喜ばしいと言ってくれないのかしら」
「それも時と場合によりましょう」
「らしくない? いいえ、アンタの場合はこれでむしろ何時の通りなのかしらね」
そして後はいつもの通りに。幽霊たちは陽気に笑う。
「ええっと、今のは?」
「ふむ、正確に説明する言葉を生憎と持たないのですが、例えて言うなら健康診断のようなものです。亡霊が生者の願いに応じて動くというのは、己の存在定義に大きな影響を与える可能性がありますから」
「それじゃあ分かりにくいでしょうが。えっと、要するにアタシがペチュニアからの手紙を受け取って、見守るだけだったこれまでとは違って本格的にリリーちゃんのために動くってのは、有り体に言って一つのタブーを超えるってことなの」
「タブー? それは、私達ゴーストが生徒に必要以上に関わることが、ですか?」
「その境界線もまた、何とも難しい定義ではあるのですが、概ねその認識で構いません。何気ない会話や必要とされる連絡事項、悩み相談程度などの“生徒からのアクションに応える”ものは禁を踏むことにはなりませんが、ゴースト側から個人的に接触するとなれば話は別です」
このホグワーツには何百という幽霊が存在してはおり、あらゆる事情に通じてはいるが。
生徒の心の中や、個人に大きく関わる領域に踏み込むことは、まずないと言って良い。それが幽霊の持つ“盟約”というものだから。
「寮憑きゴーストでさえも、生徒に必要以上に関わることは職分を越えてしまいます。裏側管理人であり、魔法史教師である私は実務面からも生徒に関わる立場にありますが、マートルさんは事務員であり生徒と直接的に関わる“縁”を持ちません」
「ただし、シグナスみたいに生前から知っていたら話は別よ。メローピーの場合はリドル先輩とかが該当するわね」
「マートルさんがよくシグナス副校長の執務室で遊んでいるのはそういう縁があるからですね。これらをあえて“ルール”と呼ぶならば、嫉妬心に基づいてカップルやイケメン、リア充を妨害する場合においてのみ、嘆きのマートルは自発的に生徒へ干渉することが出来る」
「以前、トイレの便器にグリフィンドールの生徒をぶち込んだものそういうことね。邪な意図があったかはともかくとして、恋愛脳爆発でリリーちゃんを誘おうとしている生徒に対して、嫉妬の悪霊が取り憑くってのは“物語の図式”に嵌っているわけよ」
なぜならば、ホグワーツの生徒達が、破局の魔女マートルとはそういう存在だと承知しているから。
縁があるからこそ、それを辿ってマートルは現れる。他ならぬ本人たちが、“こんなとこが見つかったら、マートルが来るかも”と思ってしまえば尚更に。
「今後、メローピーさんが生徒により関わっていくならば、“重い女メローピー”という物語をホグワーツの生徒が知り、彼ら彼女らが貴女をそういうものであると認識する必要があります。“首なしニック”しかり、“太った修道女”しかり、“灰色のレディ”しかり、“気高き男爵”しかり、彼らが名前ではなく異名で呼ばれるのもある種の相互認識に基づいた盟約と言えるわけです」
「そうした意味では、リーマスは記念すべき一人目ね。彼の口からメローピーの噂が広まっていけば、重い身の上話をしてると、重い過去をもった未亡人のゴーストが現れるって皆が思うようになれば、きっと貴女も“引き寄せられて”行くわ」
ホグワーツで発生したゴーストならば本能的に知るそれらだが、メローピーさんは外から引かれてきた外様であり、自我を持ったのも割と最近。
彼女とてぼんやりと暗黙のルールらしきものは承知していたが、改めてこうして説明されるのは初めてであった。
「なんとなく、分かったような気がします。でもそうなると、アリアナちゃんは“普通のゴースト”とは違うのですね?」
「その通りです。彼女の出自は謎の時計塔たる“クロノスの時計”に関わるものであり、さらに言えば、彼女は恐らく厳密には完全な死者ではない。亡霊でありながらも、生霊に近い属性も持っていますからね、でなくば微々たる速度であっても成長することなどありえませんし」
「まあアリアナちゃんとコイツは別枠としても、ホグワーツの普通の幽霊ってのは大体そんな感じね。アタシやこの屑ほど知名度があれば何処にだって行けるけど。何百という幽霊の大半は余程縁のある存在以外とは接触すらしないのが常なの」
例えばそう、絶命日パーティに参加して知り合ったとか。
あるいは、強大な闇の怪物にゴーストもろとも襲われたとか。
そういった“縁”のきっかけとなる出来事があって初めて、ゴーストと生徒は強い関わりを持ち始める。
「嫉妬の悪霊、破局の魔女こそがマートルである。これが一種の相互認識の“盟約”として機能し、今のマートルさんはここにある。ならばこそ、彼女がペチュニア・エバンズの願いに応じて動くならば、リリー・エバンズの背後霊にジョブチェンジすることを意味します」
深い知り合いではない多数の生徒から、“マートルはリア充を嗅ぎつけて現れる嫉妬悪霊だ”と定義されるか。
深い縁を持ち、手紙で結びつくただ一人のマグルの少女から、“マートルは私の代わりに妹を守ってくれる背後霊だ”と定義されるか。
リリーの背後霊の属性を高めるということは、嫉妬の悪霊の側面を弱めることを意味する。要は、行動の優先順位が多少変わる程度ではあるが。
「当然ですが、そうした事例では時に人格に混同が見られることもあります。妹を想うペチュニアさんの“分霊”なのか、マートル・ウォーレンという亡霊なのかの境界が曖昧になることによって。そして、そうした生者との関わりによって未練を晴らしたゴーストは、成仏していくのです」
「そういう生者との縁がないまま、何百年もゴーストやってる例もあるし。このホグワーツに残っている創始者時代の幽霊の中には、別の事情や魔法契約で縛られているタイプもいるから、一概には言えないのだけどね」
「“契約しよう、我が死後を預ける。その対価、ここに貰い受けたい”というやつですね。生前にホグワーツから多大な恩恵を受ける契約を結んでいたが故に、死後にその負債を返すという天秤の魔法。ヘレナ校長などはロウェナ・レイブンクローの叡智の髪飾りを盗んでしまうという大罪持ちですから、まあ、お母様への不孝娘のけじめというものですかね」
「ともあれ、さっきのコイツの忠告めいた言葉はそういう意味よ。幽霊にとって、理解者となる生者が現れるのはむしろ幸運なんだから喜ぶのが普通よ」
「そんなものですかねえ」
「ちなみにコイツはそっちの方面でも例外。人として生きたことがないことに加えて、まあよく分からない事情が色々とごっちゃになってる奴だから」
とはいえ、悪霊教師はまた今回のことをきっかけに彼女が成仏することがあり得ないとも知っている。
マートル・ウォーレンをこのホグワーツに、より正確にはあのトイレに縛り付ける力は、非常に強く、強固な呪いだ。
それを薄々察してはいても、口には出せない。そういう盟約だ。
サラザール・スリザリンはこの城の主人の一人であり、その意には逆らえない。ゴーストはあくまで、この城の付属物だから。
ここは境界線のホグワーツ、魔法の城のホグワーツ。
不思議があるから、魔法は神秘に満ちていられる。暴かれた秘密は最早公然の事実となってしまう。
「なるほど、ありがとうございました先輩方。何かこう、わたくしがこれからどうしていけばいいか、朧げながら見えてきたような気もします」
「それは結構なことです、頑張ってください、メローピーさん」
「貴女も頑張るのよ、メローピー」
「はい!」
両手でガッツポーズするように、頑張ります! と全身で表現するメローピーさん。
それを応援する先輩二人という和やかな光景ではあるのだが、珍しく真面目な話をしていたためか、失念していたらしい。
メローピー・ゴーントという女性は、善意で頑張れば頑張るほど、割と“やらかしてしまう”タイプの生前を持っており。
彼女が彼女なりに頑張るということが、いったいどういう結果をもたらすのか。
「ゴーストの成仏というもの、生者との関わりは実に奥の深いテーマです。魔法史の講義でも時々取り上げる議題でもありますが、ことにホグワーツは幽霊において一種の聖域とも呼べます」
「何だかんだで、こんなにゴーストがいる場所なんて他に滅多にないしね」
そもそもからして、ホグワーツという魔法の城そのものが“幽界”の側面を持つ。
境界線のホグワーツは、魔法界の都市部と辺境の境界線であり、子供と大人の境界線であり、生と死の境界線でもある。
死の飛翔を名乗ったとある男が、ホグワーツに拘るのものその辺りに理由があるだろう。
「ついでながらの話ですが、組み分け帽子はホグワーツの頭脳であり、我々ゴーストの観測情報は彼へと集約される仕組みにもなっています。もっともこれは、絵画や肖像画、石像や鎧など、ホグワーツ特急すらも含めたあらゆる備品にも言えることですがね」
「そうした意味ではプライバシーなんて、ほんとにまるっきりないのよこの城は。なんたって、特急の中の行動も含めて組分けはされるんだから」
東洋の死後裁判にも似て、キングス・クロス駅を“現世側の出発点”として、魔法の列車に乗り込んだ生徒達は、幽霊たちの跋扈する幽冥のホグワーツへ。
そこで、コンパートメントの中での行動や、培った縁、血筋、様々なものを判定された上で、行くべきコミューンへと選別される。
それまでの行動、さまざまな業を判別し、行くべき地獄を定める“冥府の裁判”という物語にあやかった部分もある。
その本質は、“どの寮で七年間を過ごすべきか”よりもむしろ、“死後どの寮の幽霊になるべきか”を判別するものとも言えるだろう。
エジプトの神話しかり、メソポタミアの神話しかり、とても古い魔法の頃からある概念故に、形を変えて現代にも伝わっていく冥界の物語があるのだから。
だからこそ、裁判長のように校長先生が座って、全ての先生と生徒が見ている中で、ある種の裁きを待つ被告席のように椅子に座って組分け帽子の判決に従う。
「入学の手紙が届いて“縁”が成り立ち、実際に魔法の城に足を踏み入れるまでの一連全てが“魔法の儀式”であり、死後裁判にもなぞらえた組分けの儀礼ということですね。我々ゴーストは存在するだけでも、こちらを“死者の領域”とすることに一役買っているわけですよ」
「だから、あらゆることには“縁”があって、意味があるわ。アタシがトイレの悪霊になったのも、貴女がリドル先輩を探してここへ来たことも、アリアナちゃんが現れたことも。そして、こうしてペチュニアとの縁が、アタシをリリーちゃんの背後霊に変えたりね」
「背後霊とはいうものの、常に後ろにいるわけでもなく。さらに言えば彼女が卒業するまでの数年間限定のものでしょうが、それでも珍しい現象なのは事実です。面白い、大いに面白くて結構です。やはり、あの悪戯四人組とリリー嬢を巡る物語は“当たり”のようです、しっかりと記録せねば」
何時ものように、生徒の事情に歴史的な面白さを求める悪霊教師の言葉を聞き流しながら。
幽冥の魔法の城において、亡霊たちはかく語る。
ここは、境界線のホグワーツ、不思議の国のホグワーツ。
来るのは簡単、帰りは怖い。招かれざる客はお断り。
運良くお招きに与れたなら、死後も続けて楽しみましょう。
さあさあ、子供たちもご笑覧くださいな。
きっと物悲しい終わりにだけはなりませんから、ご安心してお楽しみに。