【完結】お墓にお辞儀と悪戯を   作:トライアヌス円柱

22 / 72
おかしい、なぜこうなった?
気付いたら思わぬ悪霊が暴走していた……解せぬ


11話 そうだ、悪女になろう

親愛なるマートルへ

 

 貴女とこうして手紙を交わすようになって、どれだけの月日が経ったかしら? 随分前のようにも思えるし、つい最近のことのようにも思えます。

 

 リリーも今年で六年生となり、フクロウ試験の結果も我が家へ届きました。結果は何と11フクロウの学年女子首席! 可愛らしくも素晴らしい妹を持って私は本当に幸せ者です。唯一、占い学だけはリリーは専攻してませんでしたが、アレは別にいいとマグルの私でも思います。何かこう、うん、予言とか運命とか、わたしそんなに好きになれそうにないわ、なぜかしら?

 

 魔法界では17歳になった瞬間に成人祝をするそうですが、こちらの法律では現状、18歳と定められています。細かい参政権やら被選挙権を含めればもっと色々あるのですが、一般的には18歳と思っておけば問題ないでしょうね。

 

 最近わたしの方で色々と考えるのは、自動車の免許のことかしら? お父様やお母様は“車の運転は夫君に任せるもの”という割と古めかしい価値観を奉じているのよ。エバンズ家も別に名門でも何でもないと思うのだけど、お母様の家は昔は貴族に連なる家だったとも聞いているわ、何でも、“クリテンテス”というのだとか。

 

 私個人的には、車の運転くらいは出来たほうが、これからの時代の母親としてはいいのではないかと思っています。だって、仮に良き夫と結婚できたとしても、仕事が忙しければ常に家にいてくれるとも限りませんし、生まれた赤ちゃんが熱を出したときに、すぐに病院に運ぶにも自分で運転できた方がいいと思うの。

 

 お父様やお母様の時代なら、近所の人だったり近くの産婆さんだったりが最低限の医療知識を持っていたりしたそうだけど、ロンドン近郊も昔に比べてなお都市化が進む昨今においては、なかなか隣人を頼りにするには行かない状況みたいなの。

 

 その点では、貴女のいる魔法界が少しだけ羨ましいわ。出会った他人が大抵知り合いの知り合いというのは、それはそれで気苦労や親族関係の気遣いも絶えないでしょうけど、私達の世界のように、首都圏だけで何百万、下手すれば1000万人を超える人間がいるというのも、善し悪しなのでしょうね。

 

 そう言えば、“近頃の都会連中は礼儀作法がぜんぜんなっとらん”なんて、この前出会った若い人も言っていたわ。まだまだお若くて、何でも穴開けドリルの製造会社をこれから立ち上げようとしている方なのだけど、名前はなんて言ったかしら?

 

 

 そうそう殿方と言えばセブルスからも最近手紙が来るようになったわ。あの根暗男がリリーに関してじゃなくて、純粋に私にも近況報告するようになったのだから、随分と変わったものだと本当に驚いたわ。

 

 何か悪いものでも食べたのかと手紙で聞いたら、ホグワーツで貴女から散々に詰られて、自分なりにも思うところがあったと書いてあったわ。

 

 リリーを本当に大事に思っていない。自分のちっぽけな自尊心や体面ことしか考えてない。

 闇の魔術なんて学んでいる暇があったら、女の子をデートに誘うならどこか、何をプレゼントすればいいかを学びなさい。

 結婚したらどうするの? ペチュニアとは仲直りできるの? 両親にどう説明するの? そのギットギトの髪で“娘さんをください”とでも言うつもり?

 まさか、自分はそんな下らない妄想をしているのではない、リリーへの愛はもっと崇高なものだ、だとかほざくのかしら?

 はっ、お笑いぐさね、典型的なレイブンクローの根暗非モテの発想だわさ。ああ、アンタはスリザリンの底辺だったわね。

 

 軽く挙げるだけでもこんなによ。あのセブルスが私への手紙に書くくらいだから、相当厳しく言ったのね貴女。

 でもまあ、うん、昔のセブルスもあれはあれで味があったけど、私は今のセブルスの方が好感は持てるわ。遠くから見てるだけなら前のセブルスが変人度合いでは上だったかもしれないけど、仮にも妹の恋人、ひょっとしたら未来の夫候補かと考えると、昔のアイツは論外ね。

 

 私も、リリーも、セブルスも、多くのものが変わっていくのを実感します。もう変わることの出来ない貴女に言うのも残酷なのかもしれないけれど、それでもよ。

 かつて貴女が願ってくれたように、移り変わっていくこの今を噛み締めながら、リリーが選ぶ道を受け止められるよう、私も頑張っていきます。

 

 どうか、応援していてね。そして、貴女もどうか元気で。

 

 

 貴女の親友  ペチュニア・エバンズより

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 「折り入って、貴方に話したいことがあります。ダッハウ教授」

 

 幽霊たちの時間帯となった真夜中のホグワーツにて。

 

 最早日課となりつつあった夜間学校の手伝いの中で、セブルス・スネイプはそう、切り出した。

 

 

 「私に、ですか。全く予想していなかったわけでもありませんが、少々意外ですね」

 

 「黒太子同盟なるものについては、貴方もご存知でありましょう。あの男と殴り合ったあの日が懐かしくすら感じる今日このごろです。それほどに、今の魔法戦争の情勢は目まぐるしく変わり、戦況は予断を許さないものとなりつつある」

 

 「確かに、戦況は大きく変わっていますね」

 

 「それに、貴方を一度は悪霊の火で完全に葬り去ったはずなのに、次の日に何食わぬ顔でしれっと復活して普通に授業をしているのを見た時に、直接的な武力行使による排除は諦めました」

 

 「確かに、暑かったですね」

 

 「今でも殺してやりたいのは変わりありませんが」

 

 ちなみに、素晴らしい悪霊の火でしたのでスリザリンに10点、などと加点されたのだからつくづくムカつく奴である。

 

 彼にとって、シリウス・ブラックよりも殺してやりたい存在などこのドクズくらいだが、ひとまず脇に置き、セブルス・スネイプは考える。リリーを守るためには何が最善か。

 

 仮にそう、自分の願いが首尾よく叶い、リリーと己が結婚できるという奇蹟が成就したとして、その先は?

 

 この戦争、果たしてどちらの陣営が勝利を収める?

 

 自分にとって、勝利と言える結末とは何だ?

 

 

 「なるほど、マートルさんの四か条の最後の条文については、とうに果たされたのですね。その勇気、お見事です」

 

 「今となっては、リリーに告白するかどうかで悩んでいた自分の愚かさがよく分かります。時間が戻れたならば磔の呪いをかけてやりたいほどに」

 

 今のセブルスには若干の余裕がある。

 

 自分の後で、ポッターが焦って告白したとも噂に聞いたが、その時ほど優越感を覚えたこともなかった。

 

 そして、リリーが答えを出せずに悩んでいることも。

 

 少なくとも自分は、彼女に両天秤で悩んで貰えるほどには、一人前の男であれたという何よりの証なのだから。

 

 

 「彼女をこれ以上悩ますことは、私の本意ではありません。彼女の愛がポッターめに向けられるというのは腸が煮えくり返る思いもありますが、それは向こうとて同じこと。ならば、私は私にしか出来ない方法で彼女を守ることに専心すべきだ」

 

 純血の家系、騎士団と近い間柄。考えることはそれこそ多岐にわたる。

 

 様々な要素を考えたとして、この戦争においてリリー・エバンズへの直接的な脅威となる存在と言えば、やはり北部貴族連合の急進派にして武断派、死喰い人に他ならない。

 

 死喰い人という脅威に対して、“正面から”彼女を守れるのは、ポッターである。それは、冷静な客観的視点から、セブルスも認めるところだ。

 

 それに何よりも、リリー自身が闇の魔術を、人の心を害する魔術を嫌っている。

 

 例え、自分やポッターがおらずとも、彼女は年下のマグル生まれを守るために、騎士団に入って戦う道を選ぶだろう。

 

 そんなことは、リリー・エバンズという気高い女性を正面からしっかりと見ていれば、簡単に気付けることだった。

 

 

 「愚かな私は、自分にとって都合の良いリリーの姿しか見ていなかった。彼女はとても芯が強い女性であり、自分の安全のためにマグル生まれの後輩を見殺しにしながら、死喰い人に保護されることなど、望むはずがないのです。もっとも、それを私に気付かせてくれたのは、彼女の後輩のアストレア・マクゴナガルでしたが」

 

 マルシベールに唆され、かつてセブルスが考えていたこともあった保身の詭弁など、愚かしいにも程がある。

 

 そんなことをすればするほど、気高い彼女の心は、下衆な卑怯者から離れていくだろう。

 

 

 「だからこそ、そんな彼女の安全を“搦め手から”守るために貴方は今後動くつもりですか」

 

 「その通りです。私の卑屈な心が編み出した閉心術も、こうなっては有利に働く。利用できるものは何でも最大限に活用すべきでしょう」

 

 「なるほど、確かに貴方はスリザリンの監督生に相応しい、セブルス・スネイプ。貴方を選んだダンブルドア校長とシグナス副校長の目に狂いはなかった。特に前者は最近痴呆が進んできたのではと疑ってましたが、老いてなお人物眼は健在のようで」

 

 実にドクズ悪霊らしい、辛辣極まる校長への人物評である。

 

 

 「故に、貴方にお聞きしたい、ノーグレイブ・ダッハウ。貴方はいったい、“どちら側”なのですか?」

 

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 

 「とまあ、そんなことがあったのですよ」

 

 「いやぁ、驚きだわ。さんざん焚き付けてきた張本人のアタシが言うのも何だけど、あのセブルスがねえ、随分格好いい男になっちゃったものじゃないの」

 

 ところ変わって、悪霊共のいつもの溜まり場。

 

 何時になく深刻そうなセブルス・スネイプの様子に、流石の悪霊教師も真摯に応じた。と同時に、少しばかり思い詰めるところがある感じだったため、今はメローピーさんと改めて二人で話してもらっている。

 

 そして、こっちはこっちでペチュニア・リリー、ホットラインとの情報共有も兼ねて、色々と悪霊コンビが話し込んでいた。

 

 

 「それもありますが、私はむしろ、最近までジェームズ氏がリリーさんに告白していなかったことのほうが驚きでしたね」

 

 「ああー、それはアレね。グリフィンドールで稀によくあるすっぽかし現象。特にグリフィンドールらしいやつほどハマりやすいけど、ジェームズならさもありなんといったところだわ」

 

 「ふむ、グリフィンドール特有の、なおかつ告白に関する現象と言えば………なるほど、該当項目に心当たりがあります。これは確かに、ポッターさんの失点と言ってよいでしょうね」

 

 俗に言う、グリフィンドール男子病。自分の惚れている異性に好かれることに必死なあまり、一番最初にやるべき告白を忘れてしまう。

 

 面と向かって告白するのが恥ずかしいので後回しにするとかではなく、普段から四六時中想っていることで、素で忘れているのである。

 

 何しろ、リリーへのプレゼントを妨害するマートルを何とかしようと、リリーと一緒に考え込んでしまう男である。普段からリリーが大好きであることを自分にも周囲にも隠すことを一切しない男であるが、だからこその陥穽があった。

 

 

 「私が言うのもなんですが、一般に女性というものは“節目”を大切にすると聞き及びます。例え結婚して何年経過していても、男性が及びもつかないほどに誕生日や結婚記念日に重きを置くと統計にありますし」

 

 「かな~り天然入ってるリリーちゃんでも、そこはまあ、女の子だしね。それに、我が友ペチュニアの苦労に苦労を重ねたレディ教育の甲斐も少しはあるってものよ」

 

 「あくまで“少し”、なのですね」

 

 「本当に、手強かったのよ、あの子は。同室になった女子が、リリーを上回るスーパー大天然のルビー・ライトだったのも悪影響だったかしら」

 

 「あの子は大分幻想寄りでしたからね。何せアリアナちゃんと入学前からお友達でしたし、夜間学校にも時々飛び入り参加していたくらいです。初めはリリーさんが色々と窘めてましたが、朱に交われば赤くなると言いますか」

 

 グリフィンドール男子の同室、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターの四人衆も大概であったが。

 

 リリーの方もまた、なかなかに濃い面子の同室女子に恵まれたようであった。

 

 

 

 「でもまあこれはこれは、なーかなか面白い感じになってきたわねぇ~。ふっふっふ、あの根暗のスニベルス君が随分と影のあるいい男に変身したもんじゃない」

 

 「そこは同意できますね、破局の魔女の邪悪なニヤニヤ顔さえなければ」

 

 「うっさいわよ。さてさて、渦中のリリー姫様は果たしてどっちを選ぶのかしらねえ。そりゃあ、スニベルス君が既に裏方に回って支えるつもりな以上、普通に考えればポッター君の一択なわけなんですけどぉ~」

 

 なかなかそうは問屋が卸さず、理屈では割り切れない心の揺れ動きこそが、人の歴史の本質というもの。

 

 特に、恋愛というものは太古の昔から、計り知れないにもほどがある。

 

 

 「ふむ、歴史的視点から客観視しても難しい選択と言えますかね。片や、同じ寮で六年間を共に過ごし、身近にあって君を守ると宣言し、直接的な好意を寄せてくる男性。片や、ホグワーツ以前から共にあり、己は影に徹してでも君の幸せを願うと告げ、それでもまっすぐな好意だけはしっかりと残していった幼馴染」

 

 「荒れるわね、確実に荒れるわよ。ああ~、今から子供が出来た時が楽しみだわ。【ジェームズのことは愛しているわ、生まれてくるこの子も当然大切よ。でも、でもねセブ、貴方のことが、忘れられないの、わた、わたし、本当は……】」

 

 「寸劇はそこまで。例え心の蟠りはなくなったところで、今度は不倫と浮気という次の課題が出てくるとは、つくづく絡み合った人間関係ですね彼らは」

 

 純血とマグル、混血と穢れた血。

 

 魔法界の抱える歪みと課題、それらが凝縮されたかのごとくに、濃い人間関係がごった煮になっているのが悪戯仕掛人たちの周辺だ

 

 

 「だからいいんじゃないの、ああ~、滾る、滾るわあ。嫉妬の炎もいいけれど、こういう割り切れないドロドロした人間関係は最高の甘味よね。誰か専門店開いてくれないかしら」

 

 「糞みたいな店舗ですね」

 

 確実に倫理委員会と魔法省の双方から営業禁止処分を受けることは間違いなかった。

 

 

 「あ、閃いた!」

 

 「却下します」

 

 「話くらい聞いてくれてもいいじゃない!」

 

 「碌でもないことが目に見えていますので。大方、次の夜間学校の授業内容を、保健体育と赤ちゃんの作り方にしようといったところでしょう」

 

 「………なんで分かったのよ」

 

 ゴーストだけど、心なしか肩を落としている様子が分かるのが不思議である。流石は不思議の国のホグワーツ。

 

 

 「誰でも予想できます。そんなアリアナちゃんの教育にすこぶる悪い授業をしたら校長先生がいよいよ癇癪老人となって暴れだしかねませんよ。そして私はまだ死にたくありません」

 

 「あたしもアンタも死んでるでしょうに。それと、癇癪は別にいいんじゃない、最近は耄碌老人っぽいし」

 

 「徘徊老人ではないのでセーフですかね」

 

 結局、どっちもどっちなドクズ悪霊二人であった。

 

 

 「しかしまあ、ここで我らがどんなクズな妄想に浸ったところで、最後に選ぶのはリリーさんでしかありません。ことここに至った上は、ただただ見守る以外の選択肢などないように思えますが」

 

 「ま、それはそうよね。ここ四年間くらい本当に色々と後押ししてきたけど、お節介はここまで。これ以上の介入は無粋というものだわ」

 

 何が最善であるかなど、万能の神ならぬ身には知りようもないが。

 

 マートル・ウォーレンという女は、ペチュニア・エバンズの親友として、彼女の大切な妹であるリリーのために、出来る限りのことを為したと自負している。

 

 ならば後は、リリー・エバンズ自身の人生の選択の話だ。

 

 彼女とてもう六年生の16歳。誕生日が来れば魔法使いの成人として認められる年齢なのだ。

 

 

 「ジェームズを選ぶにせよ、セブルスを選ぶにせよ、存分に悩んで決めればいいわ。相談されたら助言はするけど、貴女の心の思うままに決めなさい、くらいしか言うことはないでしょうね」

 

 「彼女を取り囲む政治情勢、人間関係が殊の外複雑とはいえ、それは今更というものですからね。シリウス・ブラックの友人をやっている以上、彼らの中でそれを意識してこなかったはずもありませんから」

 

 これがリリーを巡る二人の男のどちらかを選ぶ決断であっても、切り離せぬ要素として登場するのがシリウスという男だ。

 

 リーマスもピーターも、非常に絆の深い親友ではあるが、やはり重要度においてはシリウスが一つ上をいく。

 

 ジェームズにとっては、唯一無二の親友であり。

 

 セブルスにとっては、不倶戴天の怨敵。

 

 

 「改めて考えてみれば、アイツも不思議な男よね。随分モテるし、リリーはあんなに魅力的な女の子なのに、ただの一度も思春期の男らしい感情の欠片もリリーに示すことなかったわ」

 

 「言われてみれば確かに、リーマス、ピーターの両名については恋心と呼べるかの境界線はともかくとして、“異性への好意”と定義しうる程度の想いは少なくとも三年生頃までに幾度かは抱いておりましたが、彼に関しては完璧にゼロです」

 

 「リーマスは狼人間であることと、ジェームズへの義理立てから。ピーターはアストレアに恋したことでもうそういう感情はないみたいだけど、シリウスだけは最初からゼロなのよね。ジェームズが一時期、リリーへの恋心を悪友との友情と勘違いしちゃった原因は、間違いなくアイツよ」

 

 常に傍らにいる親友が、とっても綺麗な女の子であるリリーにたいして、“悪友との馬鹿な会話”しかしないものだから。

 

 一目惚れに近いほどの好意を抱いていたジェームズが、リリーへの想いをこの友人との時間を維持したいんだと勘違いしてしまうほど、思春期の人間関係というものはややこしい。

 

 何しろ、同性異性の別はあっても、“リリーとシリウス、どちらが大切な人間か?”と問われれば、ジェームズは答えに窮するだろう。

 

 “どちらを守るか?”あるいは、“どちらを助けるか?”という問ならば、迷う時間は0.1秒もないだろうが。

 

 

 「ふむ、人を好きになるという思い。何とも測り難く、数量的に計算の厳しい概念であることです。セブルス・スネイプならば“大切な人”を問うことに意味がないですが、だからといって純粋性においてジェームズ・ポッターが劣るというものでもないのでしょう」

 

 「そ、だから難しくて、そして面白いのよ。よきかなよきかな」

 

 さてさて、グリフィンドールの妖精姫は、いったいどちらを選ぶのか。

 

 こればっかりは、運命の賽子を振ってみないと分からない。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 

 「なあパッドフット、僕はどうすればいい?」

 

 「まあ、客観的に見て、仮に今後色々あったとしても、浮気疑いでの別れ話は成立できるんじゃないか」

 

 「別れ話なんかあり得るか! 仮に僕がリリーから捨てられることがあったとしても! 僕から別れるなんて狂ってもしないぞ!」

 

 「惚れてる時点で負けなんだよなあ」

 

 一歩間違えば質の悪い粘着男だが、ことリリーに関しては常に正々堂々中央突破で玉砕する。

 

 それが、ジェームズ・ポッターという男であった。

 

 

 

 「ま、お前ほどの男にそれだけ惚れられてりゃ、女冥利に尽きるはずだきっと。今度はちゃんと忘れずに告白だって出来たんだろ? だったらからかわれることはあっても、捨てられることはないと思うがね」

 

 「そ、そうか、うん、オッケー、そうだ、そうだよな!」

 

 「ただし、お前と同じくらい一途に彼女を想っていて、リリーに憎からず想われてる男がスリザリンにもう一人いるだけだ」

 

 「ギャース!」

 

 最早人間の叫びではなかった。狂ったかポッター。

 

 というか、他人事のように論評しているが、ジェームズの告白がセブルスに遅れを取った原因はお前にもあるのだぞシリウスよ。

 

 

 「それになあ、最初のコンパートメントでの第一印象でいやあこっちが最低だったし。向こうには幼馴染に加えて、両親とも顔合わせ済みという利点がある。まして最近じゃあ姉との仲まで取り持ったとなると――厳しいな、同じ寮なのはこっちのプラス点だが、休暇中は向こうはマグル世界、こっちは魔法世界というのはマイナス点だな」

 

 リリー本人の好悪の情は別として、周辺環境を羅列すればセブルスに有利あり。

 

 ホグワーツに限ってみればジェームズ有利と思いがちだが、“エバンズ家”としてみると、ポッター家は接点皆無に等しい。ただのボーイフレンドならばともかく、結婚を前提としたお付き合いを考えるとここは不利点とも見えるだろう。(マグル社会にはそれはそれで階級差という課題もあるが、魔法族はそこまでマグル学に詳しくない)

 

 まして、肝心のリリーの心の天秤がなかなか拮抗しているとなれば、ジェームズとしては焦らざるを得ない状況である。

 

 

 「何にせよ、この6年生が勝負どころだろう。マグル生まれのリリーは、卒業とともにどう生きるかを俺達より真剣に考えなきゃならない。それに―――」

 

 「……騎士団のことか」

 

 「ああ、俺とお前は内定組だが、リリーはそうじゃない。元々これは魔法界の内輪もめで、マグル出身者を巻き込むことが間違いなんだ。まあ、今更無関係でいられるほど状況は甘くないが」

 

 グリフィンドールの彼らもまた、幾度なりとも考えたこと。

 

 リリーは、少なくともこの戦争が終わるまでは、ホグワーツを卒業した後マグルの親元で生活するべきではないか。

 

 だが、友人が騎士団の最前線で戦う中で、自分だけ逃れることを彼女が選ぶかと言うと―――

 

 

 「向こうの世界じゃ、成人は18歳らしいからな。まだ、リリーは親が許さずに戦争に行っていい歳じゃない。まずは親の方から説得してもらうのが筋ってもんなんだが」

 

 「……僕達からじゃ無理だ。マグルの常識も、法律も、何も知らない。くそっ、マグル学を取っておくべきだったな」

 

 「境界線を超えての魔法行使は、許されざる呪文以上のタブーだ。流石に貴族派の連中も、過激派の死喰い人も、実家にいるリリーや姉を害することなんてしないだろう。安全第一なら、やっぱり両親の下にいるのが一番だが、それを説得できる人材となると……」

 

 「―――忌々しいあの蝙蝠野郎しかいないってのか」

 

 「ま、向こうは同じくらい俺達のことを忌々しい糞野郎って思ってるだろうがな。思う存分殴り合って、互いを認め合うことも多少は出来たが、こりゃもう改善は無理だろ」

 

 彼らは生粋のグリフィンドール生。勇猛果敢であり、向こう見ずで蛮勇。

 

 何より、死の危険がある戦いならば、男が真正面から行くべきで、女は戦わせたくないという古い騎士道を未だに奉じる今時珍しいレベルの馬鹿共でもある。

 

 

 

 「あいつのことは信用なんかしたくない。だが…………それ以上に、信頼は出来るんだ」

 

 そして、ジェームズにとっては、実に苦々しい思いでしかないところだが。

 

 同じ想いを持っている、絶対に譲りたくないし、ぶん殴ってやりたい、消えて欲しいほど邪魔に思える。

 

 でもだからこそ、ある一点だけは信頼できる。

 

 

 「仮に、死喰い人達と戦って、僕たちが死ぬことがあったとして」

 

 その時、狡猾に立ち回っても生き残って、リリーを守り通すことのできる男がいるとしたら、それは誰か。

 

 

 “リリーを危険から遠ざけたい”

 

 

 こと、その一点に関してだけは、傍らにいる親友よりも、ジェームズ・ポッターと同じ想いを共有している相手こそ、セブルス・スネイプなのであった。

 

 

 

 

 

*----------*

 

 

 

 

 多くの思いが交錯し、一人の女性の愛を巡って、二人の男が葛藤と決断の瀬戸際にいる中で。

 

 渦中のど真ん中にいる少女、リリー・エバンズもまた、負けず劣らず、あるいはそれ以上の苦悩の中にいた。

 

 

 (わたし、一体どうすればよいのかしら? まさか、ジェームズとセブからいっぺんに告白されるなんて……)

 

 

 これまでのホグワーツでの六年間、男子生徒から告白を受けたことはそれこそ両手の指では足りないほど。

 

 ただし、そのいずれもを、彼女は思い悩むことは然程なく断ってきた経緯がある。告白を受けるつもりがないのだから、悩むふりをすることすらも相手の真っ直ぐな思いへの失礼にあたるという、実にグリフィンドールらしいと言える彼女の信念に基づいてだ。

 

 実際、そんなリリー・エバンズだからこそ、玉砕した後でも男子たちは以前を変わらず友人として接していられた。通常ならばそんなことは厳しいが、悪戯仕掛け人四人衆の存在と、“破局の魔女”という荒唐無稽と、そして失恋を癒す亡霊少女の優しさが、そんな穏やかな時間を生んでいた。

 

 しかし、だからこそだろうか。これまで彼女の穏やかな生活を守ってきた絆のいずれもが、まるで防波堤として意味をなさない究極の問いがやってきた。

 

 

 (選べないわ、そもそも、わたしがどちらのことが好きなの?)

 

 

 突きつけられた二者択一、選べるのは一人だけで、もう一人には断りの言葉を。

 

 言い換えれば、“拒絶の言葉”を突きつけねばならない。

 

 人が人を愛するという、とても貴い思いのはずなのに、必ず傷つく者、愛を得られない者が出てしまうというその矛盾。

 

 人類が生まれた頃から、およそ解消されたことのない、原初の愛の魔法であっても解決できない難題がそこにあった。

 

 

 「どうすれば、わたしはどうすればいいと思いますか?」

 

 誰かに問わずには、彼女はいられなかった。

 

 

 「難しい、とても難しい問いですね。ええ、究極のリドルというものなのでしょうか」

 

 そんな彼女に寄り添うのは、かつて愛ゆえに人生を失った亡霊の未亡人。

 

 セブルス・スネイプに己の人生を教訓として伝え、出来れば彼らに幸せをと願ってきた彼女だからこそ、しかしこの問いには答えを持たない。

 

 心のままに決めろというのは簡単だ。どこまでいっても好悪の問題である以上、選ぶのはリリーしかありえず、他人が決めていい問題ではないのだから。

 

 でも、それでも―――

 

 

 「ああ、セブ、ジェームズ。貴方達を拒絶するなんて、私には出来ないわ。だって、どっちとも離れたくなんてないもの……」

 

 目の前の少女が苦しむ様を、ただ見続けることなど出来はしない。

 

 どだい亡霊、生前の未練が形をなした魂の欠片なれば、愛という業の狭間で苦しむ少女を、他人事としてただ傍観するという選択肢だけはありはしない。

 

 ならば―――

 

 

 

 「いいですか、リリーさん。どちらを選ぶべきか、私にも分かりませんが、お伝えできること、助言できることが一つだけあります」

 

 運命は、誰もが思いもよらぬ方向へネジ曲がる。

 

 そりゃあもう、聞いた誰もがおいちょっと待てとツッコミたくなるほど斜め上の方向へ。

 

 

 「この世には、“略奪愛”という言葉があるのです」

 

 「え? りゃくだつ、あい?」

 

 そして、無垢なる天使の心に滴る、蛇の毒。

 

 その姿はまさに、イブをそそのかし禁断の果実を食させる魔王の似姿か。パーセルマウスの呪いは時を越え、とんでもないタイミングで最悪の顕現をしたのか。頼むから空気読め。

 

 

 「女だから、運命だから、愛を諦めていいなどという道理はありません。欲しいならば奪え、愛しい男はものにしろ、そう、例え、薬を使ってでも!」

 

 「く、くすりを? そんなの、いけないことだわ」

 

 「いいえ! 愛があれば全ては許されます! 愛こそは最も偉大なる力! 倫理など何ほどのものがありましょうや! 例え悪女と罵られようが、蔑まれようが、法律なんて糞食らえ! 二者択一のリドルなど知ったことか! 私にはただトムだけがあればいい! 二人のトムの愛だけがこの世の全て! 貴女だってそのはずです! リリーさん!!!」

 

 「ふ、二人の愛だけが、全て……」

 

 「そう、二人の愛、愛です。ジェームズ・ポッターとセブルス・スネイプ、二人の男を愛し、愛される。ただそのことだけを考えればよい! 道理をねじ伏せ、魔法の力の導くままに行動すれば、必ずや道は開かれます! どこかの偉い神様も言いました! 愛するならば壊せと! 汝思うがままに不浄たれと! 人間の織りなす綾模様こそが美しいと!」

 

 断言できるが、その道の先には巨大な断崖が待っていることは間違いない。

 

 何しろ、かつて愛のままに暴走し、盛大に“やらかしてしまった”重い女の言葉である。非常に含蓄と共に再現性のありそうな祝詞、いいや呪詛だった。

 

 

 

 「心の導くままに、渇望してリリーさん! 愛こそは全てだと! 魔法薬の才能に溢れる貴女は、きっと全ての愛を手に入れられる!」

 

 なんかこう、完全にテンパってませんかこの人、というかこの悪霊。

 

 

 「あ、愛こそは、全て。例え、悪女になろうとも」

 

 されば、精神汚染は感染する。恋に悩む少女の心に、純粋な善意からとんでもない爆弾が投下された瞬間であった。

 

 

 「そう! その通りです! 愛は偉大なり! ダンブルドア先生もおっしゃいました! 結婚式の結び手は是非ともお願いしましょう! 結婚式万歳!」

 

 「結婚式万歳! そう、そうよね! ジェームズのこともセブのことも大切なんだから、二人と結婚すればいいじゃない!」

 

 「え?」

 

 そしてふと、一人だけ冷静になってしまった者の悲劇。

 

 やはりゴーストは熱しやすく冷めやすいのか、聞いてはいけない言葉を聞いて、とんでもないタイミングで我に返ってしまった間の悪い女代表のメローピーさん。

 

 

 「そう、そうだったのね……やっと分かったわ、ありがとうメローピーさん! 答えが、見つかったの!」

 

 「え、あ、あの、リリーさん?」

 

 まずい、何かとてもまずい物を自分は踏んでしまったのでは。

 

 幽体のはずなのに、冷や汗の流れる感覚が何故か分かる。分かりたくなんてないのに、なぜだ神よ。おのれダッハウ、謀ったな。

 

 

 

 「決めたの! 私、悪女になるわ! ジェームズのことも、セブのことも愛して、メロメロにしちゃうようなとびっきりの悪女に!」

 

 

 この瞬間を指して、ドクズ悪霊教師は、後のホグワーツの歴史にこう記録した。

 

 

 

 “恋の魔女マジカルリリー”、爆誕

 

 

 

 ハリー・ポッターという男の子の生涯を、あまりにも想定外のベクトルから苛み続けることになる、愛に満ちた幸せ家族という、名状しがたき地獄に極めて近いけどなんか違う微妙な日常の始まりであった。

 

 




Q.リリー・エバンズ女史の倫理観が一部だけピンポイントでトチ狂った件について一言


某魔法史悪霊 「私のせいではない」

某便所悪霊  「私のせいではない」

某未亡人   「善かれと思って……」


某姉     「訴訟も辞さない」

某亡霊少女  「仲良しでいいと思うの」

某校長    「アリアナの言う通りに」

某悪戯少年  「どうしてこうなった」

某幼馴染   「ふざけるな」

某猫     「みゃあ」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。