1話 そして可哀相な男の子は生まれた
この世にクズが、三つあり
ダッハウ、マートル、メローピー
「これこそが、グリフィンドールの談話室に新たに刻まれた、謎の怪文書となります」
「誰が書いたのか、一目瞭然ね」
「あ…やっぱりわたくしも入ってるんですね」
真夜中のホグワーツにて、今日も今日とて悪霊共はあちこちを徘徊中。
グリフィンドールの寮憑きゴーストはかつての“ほとんど首無しニック”、今は“ついに完全首無しニック”であるが、別に縄張りなどがあるわけではない。好きな時に好きな場所に現れるのがゴーストだ。
まあ、マートルさんは定期的にトイレに戻らないといけないし、地縛霊なので死んだ場所から移動できない霊などもいるが、少なくともホグワーツの内部ならばそれなりに動くことは出来る。
ちなみに、鬱陶しくなるほどアクの強い悪霊共の中において、“首無しニック”は随一の良識派と言って良く、最近の渾名は“無害さん”となりつつある。
「あ、無害さんだ、おはよ~」
「おはようございます、無害さん」
という感じで、グリフィンドール生から声をかけられる機会も最近多くなったとか、この一事からも、他の悪霊が如何に“有害”であるかが分かろうというものだ。蛇と鷲の2人は常に害悪ポエムを垂れ流し、修道女殿は相も変わらず腐っておられる。そしてもはや語るまでも無い例の3人。
そして、そんな有害な悪霊の三人衆が集まって、獅子寮の談話室にて卒業生の残した文章を眺めているのであった。
「この獅子寮では、首席となった生徒が卒業の際に何か文章を残していく伝統があります。ダンブルドア先生が書き残した有名な言葉が、“より大きな善のために”ですね」
「なかなか、歴史の偉人っぽい含蓄の有りそうな言葉ね。流石だわ」
「でも、隣が隣だけに今は見る影もないですね」
これらの言葉は談話室の柱などに刻まれており、100年ほど前のアルバス・ダンブルドア卒業時にはその周辺に別の言葉もなく、ドドンッと言わんばかりにこう、威厳を放っていたのだが。
より大きな善のために アリアナの言うとおりに
油断大敵!
クィディッチに、勝るものなし
闇を祓い、決して闇に呑まれるなかれ
この世にクズが、三つあり
ダッハウ、マートル、メローピー
今ではこんな感じだ。かつての首席卒業生が校長となった後、昔の若く傲慢な己を悔い改め、それを戒める言葉を刻んだと言えば聞こえはいいのだが。
新たに残された文面を見る限り、孫可愛さに耄碌したボケ老人の戯言にしか聞こえない。グリンデルバルドが草葉の陰で嘆いていそうだ。
「しっかしまあ、早いものね。ジェームズとリリーが卒業してもう2年。あの大波乱だった結婚式も終わって、無事に子供も生まれたんだしね」
「ええ、実におめでたいことです」
「ポッターくんにとっては、無事に生まれたと言えないような状況でしたけどね……」
遡ること一週間ほど前。
ジェームズ・ポッターとリリー・エバンズ改め、リリー・ポッターとの間に目出度く第一子が誕生。ハリーと名付けられた。
「そりゃそうでしょ、生まれた子はハリー・エバンズ・スネイプだったわけだし」
「ポッター要素が皆無でしたね。流石は自分のことをリリー・エバンズの夫だと思いこんでる精神異常者」
「ダッハウ先生がまた余計な忠告なんてするから……」
魔法界ではハリー・ポッター、マグル界ではハリー・スネイプという実にややこしい男の子。
ついでながら、まだまだ赤ん坊なのでどっちに似ているとも判別し難く、母親はともかく、父親が“どっち”であるかはまだ誰も知らない。
いやまあ、魔法界に色々ある魔法薬やら魔法アイテムやらを使えば、“血縁だけに反応する”DNA鑑定めいた手段は色々とあるのだが。
なにかこう、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまうような恐怖があって、知人友人皆揃って提案すら出来ない状況となっていた。最大の理由は“恋の魔女”になってしまったリリーの輝かしい笑顔にあるだろうが。
「失敬な。ごくごく客観的な観点から、出産を控えたリリーさんへ提案しただけですよ。姉君経由でマートルさんが、ですが」
「こいつはクソだけど、今回に限ってはかなりまともな意見だったからね。聖マンゴ病院ですら最近じゃあ万全とは言い難いし、仮に忠誠の術を使っても自宅出産は守りが不安定になるし、となれば、マグルの大病院が一番安全でしょ」
「何よりも、如何なる巡り合わせかは分かりませんが、姉君であるペチュニア・ダーズリー女史も同時期に懐妊し、出産のために産婦人科を持つ総合病院に入院していたのが最大の理由です」
戦争の激化と、騎士団員の安全確保。何よりも“予言”というものの存在。
様々な要因を考慮した結果、懐妊したリリー・エバンズは妊娠4ヶ月目あたりからはエバンズ家の実家に戻っており、同じく実家に戻っていたペチュニアと共に出産に備える生活であった。
「その点においては、最大の功労者はバーノン・ダーズリー氏でしょうね。流石は新進気鋭のベンチャー企業を率いる社長です。己の妻となったペチュニア女史のみならず、その妹であるリリーさんの分の出産、入院費用まで出してくれるとは太っ腹です」
「当然よ。あたしの親友であるペチュニアの選んだ夫なのよ」
「……少しだけ妬ましいです。ああ、トム、わたしのトム……」
「おっといけません。メローピーさんの発作が始まりました」
「そういやこの子、金持ちだったリドル家から追放同然で、身重のまま一人でさまよった挙げ句に出産したんだったわね」
久々に発動したメローピーさんの発作、改めて重い人生の女である。
トム・リドル(父親)とバーノン・ダーズリー。イケメンでハンサムなのは圧倒的に前者だが、夫にするなら議論の余地なく後者だろう。
片や、決して悪人という訳ではなかったが、親の金で遊び呆けるタイプのイケメン坊っちゃんであり、メローピーさんの事件があった後も実家に戻っただけ。家を継いだという言い方も出来るが、悪く言えば親の脛をかじり。
片や、自らの手腕で小なりとはいえ穴開けドリルの製造会社を若くして立ち上げ、結婚した妻を社長夫人として何不自由させていない若社長。
「メローピーさんはしばらく放っておくとして、バーノン・ダーズリー氏についても、リリーさんの大胆な二重結婚策は大当たりだったと言えるでしょう」
「うん、実はリリーが“ああなる”前から前兆みたいのはあったのよ。ペチュニアはしっかり者だし、マグルの世界で真っ当に生きているタイプだから、バーノンみたいな地に足のついている男性と結婚する可能性は高かったからね」
「となれば、“ダーズリー家との親戚付き合い”を考えれば、ジェームズ・ポッターは論外ですね。マグル世界では存在すらしていない家ですから、イングランドという国民国家からすれば、ボートピープルの浮浪者も同然です」
国籍を持たない、パスポートも持たない、まつろわぬ民。
中世社会において洗礼を受けてないこと以上に、現代の国民国家というものは厳格であり、私生児には生きにくい場所とも言える。
ユダヤ人問題、クルド人問題、ロヒンギャ然り。マグルにはマグルで、まだまだ解決できない社会問題は山程あるのだから。
「そこなのよねえ。仮にマグル世界でもジェームズと結婚したことになると、あの子は国籍不明の浮浪者と関係もって身籠ったことになるし、もしその末に死喰い人との戦争でどちらか死んだりでもしたら」
「碌でもないヤクザまがい、不法難民まがいに股を開いて妊娠した挙げ句、巻き込まれて死んだ不良娘。というレッテルにしかなりえないでしょうね。バーノン氏の姉君の、マージ女史、でしたか。詳細な事情を説明できぬ親戚筋レベルになれば、そうとしか取りようがありません」
さらに言えば、マートルさん時代ならば“ろくに学校にも通わなかった”というおまけがつく。ホグワーツ在校は、マグル社会では学歴として見られない。
そして万が一、生まれた子のハリーだけが残されたりすれば、どのような立ち位置となるか。
“ハリー・ポッター”を引き取って育てるということは、マイナスにしかなりえない爆弾を拾うようなものであり、もしそれをただの善意から行えるならば、バーノン・ダーズリーという男性は、極めて“お人よし”としか言いようがあるまい。
何しろ、“得体のしれないヤクザの抗争”に巻き込まれて、本来無関係のダーズリーの人間にまで、被害が及ぶ可能性すらあるのだから。
別世界の戦争はあくまで、別世界の戦争であって、マグルのダーズリー家に迷惑をかけてよい理由など、本来1ミリもありはしない。
「もし仮に、ですが。得体のしれないジェームズ・ポッターと結婚したという認識であったまま、もし夫妻揃ってヴォルデモート卿との戦いで戦死し、残されたハリーを引き取ることとなったとしたら、彼はどうすると思います?」
「うーん、あたしはペチュニアの手紙経由でしか人となりは知らないけど、引き取りはするんじゃないかしら」
「己の家族を危険に晒すと承知でなお、ですか。いざとなれば、ペチュニア・エバンズとの離縁すらも選択肢としては考えられる訳ですが?」
「それはないわね。そのうえで、ハリーを絶対に魔法世界に関わらせないように、“ただのマグル”として育てようとするんじゃないかしら」
「なるほど、なるほど。ふむ、そういうこともあるでしょうし、そうでないこともあるでしょう」
「何よ、勿体ぶるわね」
「いえいえ別に。おっと、時計塔の鐘の音が聞こえてきます」
ドクズ悪霊教師は、たまにこんな時がある。
“もしも”の場合を提示し、誰かの回答を聞いた上で、何かを誤魔化すような時が。
「それにしても、病院で出産、ですか。今のマグルは本当に変わってきてるんですね」
「おお、復活しましたかメローピーさん」
「話題が二、三個前なのはご愛嬌ね」
そして、何事もなかったように会話に復帰するメローピーさん。ドクズ悪霊共の駄弁り空間では何時ものことだった。
「まあ、出産環境の変化には心から同意ね。あたしや弟のクリストファーが生まれた時ですら、まだまだ自宅出産と産婆さんが当たり前だったわよ。他にはせいぜい教会かしら?」
「ホスピタル騎士団の頃からの欧州の伝統ですね。洗礼も合わせて行えるという利点がありましたから、司教区に限らず小さな集落でも司祭、助祭が現在で言うところの産婦人科医の役割を担っていたものです。この辺りは旧教も新教も別はないでしょう」
「わたくしはマグル社会をよく知らないので、その辺もピンとこないんですよね」
ゴーントの家で生まれ育ったメローピーさんにしてみれば、キリスト教や教会という存在すらも未知の領分だ。
中世の普通の魔法族でも、“マグルはそういう感じらしい”程度には知っていたが、こと、ゴーントの家のマグル嫌いは筋金入りである。
メローピーさんの人生が悲劇に終わってしまった要因の多くに、リドル家という【現代マグルの地主】と付き合っていく方法を、何も知らなかったという教育の欠落にあることは間違いないだろう。
「ある意味では、メローピーさんの言葉にこそ含蓄があります。まさしく、ポッター、ブラックといった彼らとの関係においても同種の問題は起こり得る。ペチュニア女史まではギリギリとしても、ダーズリー家の方々からすれば、完全にアウトです」
「まあ、国籍不明のヤクザまがいと関わってる人間となんて、親戚づきあいしたくないわよね」
「言われてみればそうですね」
なるほどと、メローピーさんも納得する。要するに、ダーズリー家からすれば、ポッターだろうがブラックだろうが、ゴーント家のような“災厄の家”でしかないわけだ。
自分達とは全く関係ないところから、暴力と戦争を運んでくるのだから、悪質きわまりないのだった。
「これらもまた、マグル生まれと純血が結婚する際の境界線問題の一つです。スクイブや穢れた血問題と並んで、根の深い課題と言えます」
「あたしの時もそうだったしね。だからこそ、セブルスの奴とマグル側で結婚するのは効果ありだったわけ。“悪戯や礼儀知らずが嫌い”という点では、バーノンとセブルスは相性悪くないし」
「そういえば、スネイプ君からの手紙でも言ってました。“バーノン・ダーズリー氏はなかなかモノの分かる御仁だ”って」
何気に、こっちもこっちで文通は続いているらしい。
ただし、ダッハウには誰も手紙なんて書かない。
「バーノン氏の側にも、余分な偏見のないのが良かったのでしょうね。彼からすればリリーさんは愛しの妻と仲の良い妹ですし、セブルス氏はその夫。今はエルフィンストーン・アーカート教授の下で、妻とともに考古学の助手をやっているという社会的肩書までありますから」
「メローピーには分かり難いかもしれないけど、“知人の知人の友人”で人間関係が終わっちゃう魔法世界に比べて、マグル世界はすっごく人間が多くて、知らない他人とも歩調を合わせないとやっていけないの。だから、肩書とかが大事になってくるわけ。バーノンみたいに社長やってるなら尚更ね」
「うーん、わたくしもマグル学を専攻すべきでしょうか」
「でしたら、私の授業をどうぞ。魔法史のみならずマグル史との比較社会論も包括していますので」
「やっぱやめます」
断った。シンキングタイムゼロ。速攻で止めた。だってダッハウだもん。
「でもまあ、無事に生まれたのは良かったけど、ジェームズの根性もなかなかだわ」
「透明マントを被ってマグルの総合病院に忍び込み、新生児室にて我が子と体面を果たす父親の図。流石は、地図を作りし悪戯忍びたちです」
「流石に、ハリーちゃんに会うのに忍ぶとは思わなかったでしょうけど……」
哀れなり、ジェームズ・ポッター。
何せ、ハリー誕生時に、“精神異常者”であるため、透明マントで忍び込まざるを得なかったという悲しい父であった。
「そう言えば、ハリーの名前を付けたのはシリウスの馬鹿だったかしら?」
「ジェームズ氏がシリウス・ブラック氏に頼んだのは事実です。その後、凄まじい紆余曲折があって新生児の名前は決まったわけですが」
「そうなんですか? ハリーって、良い名前だと思うんですけど、響きはリリーさんに似てますし」
「そこは問題ありません。問題になるのはセカンドネームというか、要するにフルネームなのですが」
ハリー・ジェームズ・シリウス・アルバス・セブルス・ポッター
「というのが、生まれた赤子の正式名称(魔法界)です」
「あの馬鹿らしいというか、名付け親達のエゴがもろに出た名前になったわね」
「これは酷い」
この名前を一生背負っていくことになる、ハリー少年の人生にどうか幸あれ。
「いったい、どういう経緯でそうなったんですの?」
「純粋な名前については、初期案はこんな感じだったわ」
ハリーの名付け経緯
ジェームズ ハワード
リリー ヘンリー
セブルス エドワード
シリウス アルタイル (星の名前はブラック家伝統)
「それで、名前についてはジェームズ案とリリー案を折衷するような感じに、シリウスがまとめたんだけど」
「その後、フルネームを巡ってひと悶着ありまして」
初期案
ハリー・ジェームズ・ポッター (名付け親、シリウス)
ハリー・ジェームズ・セブルス・ポッター (リリー案)
ハリー・ジェームズ・セブルス・シリウス・ポッター (ジェームズ案、内心セブルスを追い出したいが、妻の手前難しいので、親友をねじ込んだ)
「こうして、どんどん名前が増えていきまして」
「この段階で、セブルスとシリウスが揉めに揉めたわ。ついでに言うと、数占いの観点からも文字数が良くなかったらしいわね」
「なんて醜い争いでしょうか」
「そして、さらに改訂案は続きます」
どこかを減らす → 三人とも譲らない。
誰か増やそう → リーマス、ピーター、事前に辞退。 実に賢明な判断である。
他の騎士団員 → 話を振られる前に逃げた。ムーディだけは逃げなかったが、誰もムーディの名前を入れようとは言わなかった。
「という風に、どんどん泥沼になりまして」
「そろそろ、調停者が必要な空気になってきたわけね」
親馬鹿三人の抑止力になれる人物で、縁のある人物といえば……、“魔法側”の結婚式の結び手を担った人物。
彼の名前ならば、うむ、文句はあるまい。
結果
ハリー・ジェームズ・シリウス・アルバス・セブルス・ポッター (順番は数占いのベクトル先生に選んでもらいました)
「となって、一件落着とあいなりました」
「ハリーちゃん、なんて可哀想な子なの……」
「あの三人の下に生まれたことを嘆きつつ、強く生きてくれることを祈るしかないわね」
かくなる次第で、名付け親達のエゴがもろに出た名前となった。
なお、頼られたセプティマ・ベクトル氏は非常に迷惑そうにしており、サイコロで順番を決めていたのは、ダッハウのみぞ知る。
おお神よ、どうかハリー(ジェームズ・シリウス・アルバス・セブルス)・ポッターの人生に祝福を。
プロットを変更したので、前の話は削除しました。