流れそのものには大きな変化はありません。
レイブンクローの寮には、開かずの間がある。
それは数十年前からホグワーツに伝わるお伽噺の一つであり、実際に叡智の寮に属する者らはその実在を知っていた。
寮憑きゴースト、“灰色レディ”の守る部屋。
何時の頃からか、そこは彼女のみが立ち入れる領域となっており、誰であれ彼女の許可なしに立ち入ることは許されない。
ほんの数年ばかり前に卒業していった、グリフィンドールの四人の忍びたちが、何とか侵入しようと試みたが、その尽くは失敗に終わっている。
この部屋にかけられた魔法、隠匿の守りは非常に古く強固なもの。
それは教師と生徒を問わず、ホグワーツの皆の共有する常識となっていたのだが―――
「失礼いたします、レディ。やはり、ここにおられましたか」
現職の校長のみは、その例外たりうる。
創始者たちの代理人として、この城を預かり、守り通すのが校長の務めであり、使命であるために。
レイブンクロー寮のとある部屋に立ち寄ったアルバス・ダンブルドアに対し、主へ門を開けるが如くに、閉ざされた扉はひとりでに動き出していた。
「ええ、アルバス。貴方もここに来たということは、いよいよ、その時が来たのですね」
「確たる証があるわけではありませんが、恐らくは。私は久々に夢を見ました。己の過去であり、そして向き合う時が来たのだと告げるような」
「わたくしも……母ロウェナやヘルガ様が、いかなる考えであの時計塔を封印したのか、詳細までは知りません。これは、墓に持っていくべきもの。例えゴーストしてであれ、現世に残るものが知っていてよい秘密ではないと」
その部屋に鎮座する、砂時計のようにも見える何か。
それに触れてはならぬ、目覚めさせてはならぬ。
時の秘密に近づくものよ、忘れるな。深淵を覗く時――
「私やミネルバがいくら調べても、あれが逆転時計に関するものとは分かりましたが、それ以上のことは」
「“彼”もまた、不思議な存在です。今思えば、あまりにも信じがたいことではあるのですが、わたくしは生前にも、ヘルガ様が時計塔から彼を呼び出している姿を見たことがあるのです」
「それはまた、何とも奇っ怪な」
「ええ、奇っ怪なことです。むしろ、私がなぜ遥か過去に見た“アレ”を彼だと思っているかの方が気になります。知っての通り、彼の輪郭は――」
「人型であることは分かる。ゴーストであるとも感じ取れる。されど、常に何人、いいや、何十人もの人間か重なっているように、焦点が掴めない」
曖昧さ、不気味さ、それらの象徴とも言えるような存在。
如何にここが不思議に満ちたホグワーツと言えど、あの悪霊ほど謎ばかりの存在も珍しい。
「わたくしが見たものも、そんな輪郭の掴めない“黒い影”でしかなかったはず。なのに、千年もの時を経て、彼を見ると同じものだと分かってしまう」
「単純に、時計塔の中で眠っていた同一の存在が目覚めたわけではないと?」
「違います。確かに、あの時の影とは違うはずなのに、同じものとしか思えない」
「なるほど、違うはずなのに、同じもの。そこに、彼の秘密があるのやもしれませんな」
あの悪霊が、自分達とは全く違う方向から、俯瞰するように物事を観測しているのだということは、何となく察せられる。
まるで、自分はこの世に本当に存在しない。虚空の果てから、ただ視点だけを飛ばしているのだと言わんばかりに。
それが、この戦争に、もたらされた予言に、影響を与えることはあるのだろうか。
「いずれにせよ、今考えても詮無きこと。今宵、トレローニー先生の予言は成就し、そして外れることにもなりましょう」
老校長の言葉に、幽霊の彼女、灰色レディは憂いの表情を強くする。
何時頃から彼女が一人でここにいたかは定かではない。しかし、その苦悩の色は並大抵ではない重みが感じ取れる。
「……私にも、分かりません。果たして、これで正しかったのかどうか」
「それは、この世に生きる誰も分かりますまい。あの時計塔が如何なる時を刻もうとも、ここにいる我々は、ただ己の生を精一杯に歩むほかないのですから。例え仮に、我々魔法族が、迷走を続ける幼子であったとしても、いつかは親の手を離れて歩きださねば」
「ふふっ、貴方は少し変わりましたね、アルバス。悲観論者、運命論者とも言ってよかった貴方が、随分とまあ、若き頃のように猛々しくなったもので」
どれほど老いて時を重ねようと、アルバス・ダンブルドアは生きている。
死した時で止まっている、ゴーストとは、違う。
いいやそれとも、時が止まっているのは、果たしてゴーストだけなのだろうか。
「変わらねばなりませぬ。変わっていかねばなりませぬ。不甲斐なくも歳ばかり重ねたこの身ですが、アリアナと再会し、彼女に教えてもらいました。未来を良きものにしたいと願うならば、変わらなければならないのは、何時だって自分なのだと」
「例えそれが、かつての教え子の命を、その手で絶つことになっても?」
「卒業生同士に、無惨な殺し合いをさせてしまっている。その時点でアルバス・ダンブルドアは校長失格でありましょう。ならばこそ、この手で決着をつけねば。そして、必ずや勝ちましょう」
覚悟と共に、言葉を残す。
ならば後は、戦士の領分だ。叡智の寮の守護者の仕事は、もはやない。
「ならばどうか、勝って戻ってきてください。数十年前のあの日、私の不甲斐なさの犠牲となってしまったあの子も、貴方の死など望んではおりませんから」
「了解しました。あの子もまた、私の生徒でしたからな」
「生徒を守るために生徒を殺さねばならない。……これほど酷い矛盾を、最初の背負ったのは間違いなくあの人、サラザール・スリザリンだったでしょうね」
多くにとっては、伝説の人物。彼女にとっては、生前の知己。
鋼のような強い意志を備えた風貌は忘れられるはずもないが、だからといって、苦悩や嘆きと無縁であったはずはあるまい。
彼女の母が、そうであったように。
「剣は、グリフィンドールは応えましょう。守るべき者のためには、友をも討つ。それが、ゴドリックの示した勇気の形でもありました」
踵を返し、イギリスの英雄は戦場へ向かう。
明確な知らせが来たわけではない。だが、あらゆる感覚が告げているのだ。
闇の帝王を名乗る男、ヴォルデモートとの決着は、この夜に訪れるのだと。
「大丈夫? 校長先生」
「ええ、心配いりませんよ。私はゴーストですから」
老いた獅子が去った部屋に、灰色の淑女は残る。
そんな彼女に寄り添うように、時計塔の亡霊少女が、いつの間にか隣に佇んでいた。
「良い子ですね、アリアナ。どうか、貴女の未来にも、幸多からんことを」
小さな彼女の頭を愛おしむように撫でながら、初代校長ヘレナ・レイブンクローは、許されぬ己の罪、過去の咎へと思いを馳せていた。
*----------*
あらゆる人が眠りにつく深夜の学び舎にて。
叡智の寮の、「開かずの間」を見上げながら、グリフィンドールの寮憑きゴースト、“首なしニック”ことサー・ニコラス。
そして、ハッフルパフ寮の寮憑きゴースト、“太った修道女”は揃って成り行きを見守っていた。
「ヘレナ様があの部屋にお籠りになって、どれほどになりますかね?」
「およそ、一週間ほどですわ。相変わらず時間の感覚に疎いですわねニコラス」
「いやぁ面目ない。どうしても死んで以来その辺りは鈍感でして。むしろ、時間の経過に鋭い貴女のほうが珍しいのでは」
ゴーストの多くは、時間の経過に非常に大雑把な感覚しか持たない。
何しろ、生きて時間を歩んでいる人間ではないのだ。動かなければいつまでもその場に留まっていられる存在なのだから、当然とも言える。
「わたくしが留まる理由は少し特殊でして、正確に時を計ることも仕事のうちなのです」
「時を計る? まるで、ダッハウ殿のようなことをおっしゃいますな」
首なしニックと、太った修道女。
寮同士がそれなりに付き合いがあるため、基本的には良好な関係であり、時折世間話をすることも多い。
彼らのような寮付きゴーストらを含め、この城の幽霊を管理する夜間管理人こそが、ノーグレイブ・ダッハウ。
ダッハウ顕現前は、夜間管理人の仕事、すなわちゴーストの統括は「灰色のレディ」が行っていた。
しかし元が人間であるがゆえに彼女が難儀していたその職を、情報の管理という面ではこれ以上ない適正持ちのダッハウが現れた結果、彼女はその職から解放された。
ダッハウ顕現以後、彼女が多少気持ちが浮ついているのは、長年の重責から解放された喜びから、また愛する人の自由を喜ぶ男爵も、それに合わせた喜びを表現した結果、詩の朗読をし讃え合うようになった。
「思えば、彼が現れて以来、ヘレナ様も、スリザリンの男爵様もお変わりになられた。それに、貴女も―――」
しかし、それなりに親交はあるはずなのに、ふと、首無しニックは思うこともあった。
そういえば、彼女の死んだ経緯や、生前について、自分は何も知らないなと。
「まあ、それはともかく。しかし、想い人であるはずの男爵様でさえ入ること許さぬとは、あの部屋はいったい………貴女は何かご存じで?」
「いいえ、わたくしにもその理由を話してくださったことはありません。それほど、ヘレナ様にとっては他人に話したくない後悔があるのでしょう」
「そうですか……、ううむ、気になる、益々気になりますな」
「あまりレディのことを詮索するのは、紳士としてよろしいことではなくてよ」
そこは修道女らしく、騎士殿の素行を戒める。
人間関係においてはおおらかさが信条であるが、寮則は結構厳しいのが、ハッフルパフの方針だ。
だからまあ、こうした会話の経緯は、いつものことではあるのだが。
「……私はたまに、なぜかふと、疑問というか、違和感というか、そういうものを感じることがあるのです」
首無しニックは、たまに思う。いや、むしろこんなときだからというべきか。
詮索をたしなめるとは、つまるところ、“秘密を探るな”と言っているのと同じであり。
いつも、ゴーストたちが魔法の城について秘密を探ろうと思った時に、止めてきたのは彼女ではないかと。
「そう、何時もそうです。我々ゴーストが、いいや、“彼”に触れたゴーストが、半実体化するようになった者らは、時折、見ていないはずのものを見る」
ゴーストにあるのは、基本的に生前の妄念、残留思念であるはず。
ゴーストとなってからの出会いを記憶出来るのも、ある種の“場所”の記録、このホグワーツの一部であるからだ。
ホグワーツが記憶している膨大な記憶の端末でもあるからこそ、幽霊たちはこの魔法の城の“住人”として時を刻んでいく。
「違和感か、既知感か、ううむ、何とも言い難い。気の所為と言えば、それまでなのでしょうが」
「ならばそれは、気の所為なのでしょう。恐らく断言できますが、大したものではありませんよ」
「うむむ、こうして貴女に面と向かって言うのも奇妙ですが、ハッフルパフの寮憑きゴーストは、果たして、本当に“修道女”であったかと」
触れてはならぬ秘密、創始者たちの残した秘密。
それでもなお、問いは奥底に残り、疑心ではなく、純粋な疑問として心に浮かぶ。
「貴女は、誰なのです?」
「わたくしは、この城では二番目にあの時計と縁を結んだゴーストです。ヘレナ校長が最初で、随分遅れてわたくしが次に。創始者たちの頃よりあるあの時計が、如何なる由来を持つかまでは知らされてませんが、いずれ分かる時が来ると、それだけは」
問いに彼女は、機械的に応じる。
そして、首無しニックの記憶に、その言葉が残ることはなかった。
まだ、それは検閲事項。城の端末たるゴーストたちに、開放することは許されていない。創始者たちの禁則は絶対だ。
今は、まだ。
*----------*
チクタク、チクタク、チクタク、チクタク、 カチリ
四つの寮に囲まれた、ホグワーツの中心部。
様々な建物が雑多に入り組んでいるだけに、迷路の中心のように探し出すのが難しく、訪れる人も殆どいないその場所に。
1000年の時よりもさらに古く、一つの謎の時計塔があった。
何時からあるかは、誰も知らない。唯一知っていたのは、ヘルガ・ハッフルパフとロウェナ・レイブンクローの二名のみ。
そして、もうひとり、いいや、もう一つ。
ある時、時計塔から這い出してきた悪霊のみは、語ることはなくとも知ってはいるはず。
語ることは、許されずとも。
「相変わらず古い時計です。1000年見栄えが変わらないのは称賛すべきか、侘び寂びもないと嘆くべきか」
悪霊は飄々と常のまま、変わらぬ様子で佇んでいる。
同じリズムで、同じ感覚で、一定に回る秒針のように。
「ああ、あぁ。駄目、いけない、このままではいけない、愛しいあの子、トム、トムが危ない……死んでは、死んでは駄目よ」
夢遊病の患者のように、そしてある意味ゴーストとしては至極真っ当にふらつきさまよいながら。
救いを求めるように、時計塔に迷い込んだゴーストが一人。
古き純血の家、呪われた血の運命に翻弄された、哀れな女。
「おや、今夜の『発作』は随分深刻そうですねメローピーさん」
「嫌な予感が……嫌な予感がするのです。あの子に、トムに、何かがあるのでは……」
「心配はなさらず、問題はありません。このホグワーツに異常はなく貴女が感知するべきことは何もありません」
「ですが……」
不安は消えない、どうしても何かが嫌なのだと。
彼女には何もわからない。分からないはずなのに、流れぬはずの血が疼くのだ。
血を分けた同族が、血族の最後の一人が、生きた血として最後の時を迎えつつあると。
「絶やしてはいけない、滅んではいけない。どれだけ血が歪もうとも、蛇の言葉しか話せなくなろうとも、わたくしたちゴーントは、ただそれだけを……」
「それはゴーントの血の呪いでありますが、メローピーという貴女の祈りではありません。ゴーストである貴女が血に縛れるなど、ただの錯覚でしょう」
「私の祈り? ああ、トム……いえ、いいえ、穢れた血など滅んでしまえ、マグルなど疎ましくも悍ましい。純血を、純血だけを求めて…いいえ、違う。わたしはもうあの家に縛られていない。自由になったの、好きな人が出来たの。トム、貴方はわたしの――」
「思った以上に不安定のようですね。処置をしましょう。私の職務は夜間管理人でもありますから」
無機質に告げ、小さな時計が稼働を始める。
無機質に告げられ、大きな時計が稼働を始める。
チクタク、チクタク、チクタク、チクタク
憂いの篩が、魔法の杖から記憶を引き出し留めるように。
メローピー・ゴーントという亡霊を構成する情報の一部が、抽出されて時計塔へと吸われてゆく。
そこに何の感慨もなく、ただ、映写機が映像情報を記録するように。
忘れてしまえば、何の意味もないと言わんばかりに。
「貴女の遺した記憶処理は微塵も揺るがずにここに、見事なものです」
忘却術をかけられたように、呆然としながら立ち尽くすゴーストを放置しながら。
時計塔の悪霊は、静かに時を待つ。
*----------*
最後の一人、マートル・ウォーレンは、桜の木の下にて佇んでいた。
レイブンクローの寮から然程離れていない区画、生徒が教室の移動をする際に足を向けることも可能な場所に。
彼女自身、明確な意図があったわけではない。ただ、ふと気付けばそこに足を運んでいた。
「なんだか久しぶりね、ここも」
由来は一応聞き知っている。なんでも、アルバス・ダンブルドア校長先生がまだ、学生として通っていた頃に、遥か極東の魔法学校、マホウトコロより寄贈された木であるらしい。
珍しさだけなら暴れ柳と同じくらい貴重なもので、日本の魔法界では“魂吸い桜”なんても呼ばれているとか。
桜というのは、向こうでは随分と馴染みあるらしく、死者の血を吸うとか、魂が留まるとか、まあ色々と曰くを持っているらしい。
「今はハロウィンの時期だし、こうして枯れちゃってると、あまり風情があるようには思えないんだけれど」
枯れているとはいっても、葉が落ちて枝だけになっているだけ。
春になればまた花をつけ、夏には葉が生い茂って太陽の光を受け輝き、秋には命を燃やすように紅く装いを鮮やかに。
そして、こうして冬には葉が落ちて、死んだように眠りにつく。
春の訪れを、待ちわびながら。
「生と死の循環を繰り返す木か、言われて見れば、まるで人間とゴーストみたいでもあるわね」
「ふむ、貴女はこの木をそう捉えますか。私には、回る車輪、巡る転輪、時計の歯車の象徴ように見えるのですが」
そして彼女の近くには、いつものように、悪霊の姿があった。
そう、同時に。メローピー・ゴーントの記憶を吸い上げながら、悪霊はここにも存在していた。
「あらアンタ、久々にそうなってるのね」
「はは、申し訳ありません。少し映像と音声がブレるかもしれませんが、そこはご容赦を」
「相変わらずポンコツだわ。まるで壊れた蓄音機みたい」
この悪霊が同時にあちこちに現れたりするのはいつもだが、この姿を見るのは久しぶり、というか、本当に滅多に無い。
ゴーストは、死んだ人間の影とはいうが、コイツは本当に影でしかない。
こうして見ると、“人間であったことがない”というのも大いに頷ける。映画館を見たことのあるマグル生まれなら、より実感しやすいだろうけど。
「それはまた、言い得て妙ですね」
「低電圧モードみたいなその状態ってことは、アンタの本体は久々に何かしてるのかしら?」
「それは何とも」
「また何か、誰かの都合の悪い記憶を消したり、時を遡って悪巧みでもしてるとか?」
「禁則事項です」
言えないのか、まともに答える気がないのか、何とも曖昧。
普段からこういう奴ではあるが、むしろこの時のほうが本質が垣間見える気もする。
「ひょっとすると、あたしの記憶も変えてたりするんじゃないでしょうね」
「誓って、私が貴女の記憶に干渉したことはありません。貴女をあの場に縛る呪いに、私は逆らえない。城の主人に、ゴーストは逆らえない。故に、取り出すことも許されない」
「それって結局、あたしの何かを隠してるようにも聞こえるけど、まあいいわ、色々言いたいことはあるけどね、取り敢えず今は一つだけ」
そこで一つ、呼吸を置くように。
彼女自身、言葉にできない想いはあるが、それは心の奥底にしまいながら。
「アンタ、あたしの死ぬ瞬間は見ていた?」
「はい、時計塔の中からではなく、間近で観測しておりました。そういう言い付けでしたので」
「そ、ならいいわ。見えようが見えまいが、アンタはそうだったしね」
「ここは境界線のホグワーツ。ゴーストは遍在し、私は夜間管理人」
別に今更、自分が死んだ瞬間のことなんて思い出したいわけではないけど。
ただ、自分が一人で孤独に死んだわけじゃないと分かっただけでも、例えこのドクズでも、看取ってくれた存在がいるなら。
それはちょっとだけでも、救いがあったような気がするから。
一人ぼっちは、孤独はやっぱり寂しいから。
「あたしはもう、一人ってわけじゃないしね」
ふと、桜の木を見上げながら。
ペチュニアという少女の祈りが叶うことを、リリーの将来に幸あることを、彼女は祈っていた。
*----------*
1981年 10月31日
ノーグレイブ・ダッハウはかく記す
男の子は生き残り、闇の帝王は隠れた。ただし、顛末は大時計記録といささか違うものになった。
多くを語ることは今はまだ、すまい。それを語る機会は別に多くあるだろう。
重要な要素を挙げるならば、以下になる。
・ゴドリックの谷にて、ポッター家を闇の帝王が襲撃
・両陣営に援軍が駆けつけ、混戦の末、不死鳥の騎士団と死喰い人の主戦力の総力戦となる
・特筆すべきは、ダンブルドア VS ヴォルデモート
・一対一の決闘ならば、やはり英雄が勝る。グリフィンドールとスリザリンの宿命か。
・敗北を悟った闇の帝王は、己の身体そのものを悪霊の火と変え、赤子を焼き尽くさんと図った
「エバン! アントニン! ベラ! ロドル! ラバス! 我が復活の鍵は汝らにあり!」
ただし、残した言葉から察するに、既定路線の一つでもあったと思われる。
実際、主の玉砕戦術に乗じる形で、5人の死喰い人幹部が戦場からの離脱を果たしている。
おそらく、各々が別に帝王復活のための魔法具を預かっていると思われる。今後、彼らは闇に潜みながら、主の復活の機会を窺うだろう。
赤子は助かった。咄嗟に守りに入った母親と、何よりもダンブルドアの放った神秘の火「プロテゴ・アノール」によって相殺されたことが大きかろう。
ただし、完全に無傷とはいかず、ポッター家は全焼。燃え盛る家から救い出された赤子にも、“火傷の痕”は残った模様。
繰り返す、“火傷の痕”であり、“稲妻型の傷”ではない。
運命の車輪は確実に進み、しかし、異なる轍を歩んでいるのは疑いない。
「彼は、“生き残った男の子”ではありません。創造主よ、貴女の願いは、果たして叶ったかどうか」
それはついては、今後の観測結果次第で明らかになろう。
直接の介入は許されぬ観測者は、ただ記録に徹するのみ。
それでは次は、時計の針をもう少し大きく進めてみよう。