「ようリーマス、遅れてすまんな。これでもアトリウムから直通で急ぎで来たんだが」
「大丈夫だよシリウス、君やジェームズが約束の時間に遅れるなんて何時ものことさ、鼻の効く肉球の友よ」
「はっは、それこそ流石ってもんだな、ふわふわとした満月の友よ。いやまあ、今回は本当に余裕で間に合うはずだったんだ、まさか緊急で三つも案件が入るとは思わなくてな」
2月も半ばとなり、冬の寒さが最も厳しくなりつつも、それを超えれば春がやってくる最後の峠とも言うべき1982年のイギリス魔法界。
魔法省から直接姿現し出来る“指定地”となっているホグズミード村の外れにて。
今やイギリス魔法界の英雄の一角として名を馳せる二人、シリウス・ブラックとリーマス・ルーピンは久方ぶりに親友との再会を果たしていた。
純粋な時間で言うならば、直近に会ってから二週間程度しか経過していないのだが、双方ともに非常に多忙で濃密な時間を過ごしているためか、会うのが久々という印象になっていた。
何よりも、公人の立場というものを排して、ただの友人として私的に会う機会が全然なかったことが一番の要因ではあるだろう。
「聞くだに忙しそうだけど、闇祓い局の方はどうなんだい? あのムーディが死喰い人の残党を追いかけるための国際追跡局の局長に任命されたんだろう? その後任にはスクリムジョールがあたることになったって聞いたけど」
「ああ、その方針で進んでるが、組織再編と追跡任務の同時並行でまさにてんてこ舞いだ。元々ムーディが前線で率いるタイプの局長だったからな、事務的な仕事や組織運営の大半はスクリムジョールが担っていた以上、アイツが引き継ぐなら闇祓い局については全く問題ないんだが」
「となると、やっぱりクラウチとの主導権争いかい? 戦争の最中から、けっこうムーディと揉めてたみたいだし」
「そういうこった。ヴォルデモートという巨石がいなくなって、共通の大敵がいなくなれば、さあ今度は戦後の主導権を巡っての内ゲバの再開ってやつだ。政治の華と言えばそうなんだろうがな、ご苦労なこったよ」
今やブラック本家の当主となっているシリウスにしても、内心はともかく無関係ではいられないその問題。
何しろ、今は亡き彼の父であるオライオン・ブラックは戦争の中頃までは片側の陣営の盟主を務めていた。その後にヴォルデモート率いる死喰い人が台頭し、戦いが激化したのでその印象は薄れつつあるものの、純血名家らの力が消失したわけでもない。
戦争というものが終われば、それ以上に厄介で、下手を踏めば終わった戦争が再燃してしまう“戦後処理”という難題に取り組まねばならない。ならば、最も歴史のある家々の役目はむしろこれからが本番とも言えるだろう。
グリフィンドールを卒業し、死喰い人との激戦を繰り広げたかつての悪戯仕掛け人たちは、不死鳥の騎士団において最前線で戦い、自陣営の勝利に貢献したからこそ、今まさに異なる分野の戦いに身を投じ初めているのだった。
「戦争とは、血を流す政治である。政治とは、血を流さない戦争である。と教えてくれたのはあのダッハウ先生だったかな? 実質フリーランスに近い僕の方にまで伝わってくるんなら、相当なんだね」
「不吉だからあのクソ野郎の名前は出さないでくれ。だがまあ、戦争やってる時は、“今はそんなこと言ってる場合じゃねえ”で済んだんだがな。いざ終わってみれば、戦争中の方が物事がスムーズで分かりやすかったと恋しくなるくらいだ」
「それは君とジェームズくらいのものだろうけどね」
戦争にはそういう側面もあるとしても、死の呪文が飛び交い、何時死んでもおかしくない状態を歓迎できる人間など多くいるはずがない。
ならばこそ、ジェームズとシリウスの二人は、生粋のグリフィンドール戦士。悪く言えば“戦争屋”の適性を持っているとも言えるのだろう。
「魔法警察の方も、あっちはあっちでごたついているらしい。ジェームズが全然家に帰れないってこないだも両面鏡で愚痴っていたよ」
「それは気の毒に、というよりも、両面鏡を使うならリリーとの間に使うべきだろうに」
「リリーには、こんな草臥れてヤサグレた愚痴なんて聞かせられない。だそうだ、毎回聞かされるこっちの身にもなってくれとは思うが」
「ははは、結婚したところでジェームズの“リリー病”には改善の余地はなさそうだ」
これについては、学生時代から最早筋金入りの“リリー病”だ。
リリーへのプレゼントをどうしよう? デートの格好はこれでいいだろうか? 食事に誘うならオススメは? などなど。
こと、リリー関係でジェームズがテンパる度に、シリウスが宥め役と助言役を兼ねることになるのは何時ものことであった。たまにリーマスやピーターにもお鉢が回ってくることもあったが、頻度を比べればぶっちぎりでシリウスがナンバーワンだ。
なまじ、イケメン、名家の嫡男、プレイボーイと三拍子揃っているのが行けなかった。“遊び半分”ではあったものの、異性と付き合った数が圧倒的に多いのはシリウスであり、特定の女性と長続きしないのもシリウスであった。
だからこそ、気軽な相談相手としては適任であり、一種の自業自得とも言えよう。マートルさんを筆頭に、そもそもモテすらしない者らは“ザマアミロ天罰だ”と公言していたくらいである。(内心ではなく公言するあたりに、ドクズ悪霊共の汚染が見られる)
「まったくだ。ムーニー殿のための脱狼薬よりも、プロングス殿への“脱リリー薬”の開発に力を注ぐべきではないかなここは」
「そして、セブルスとジェームズが互いに飲ませてやろうと画策する感じかな。これであの野郎は脱落だガッハッハと」
「その薬が恋の妙薬にすり替えられているのが目に浮かぶな。一妻多夫制である以上、絶対にリリーには勝てない運命なのさ。まあ、妻が圧倒的に強いのはピーターのところも同じだが。哀れな夫達はさっさと家に帰ってこいと言われれば逆らえやしないのさ」
「まあ、そこは妻子持ち優先ってことで多めに見るしかない。せっかく戦争も終わったんだ、貧乏くじは僕ら独身組が引くべきなんだろうさ」
「そこについてだけなら、心から同意だ」
魔法戦争が終結したのは、今から3ヶ月ほど前の1981年の11月の中頃。
最大の転機となったのは無論、10月31日のヴォルデモート消失であり、その後、魔法省陣営が総攻撃を断行することにより、長きに渡った戦争には終止符が打たれた。
ホグワーツ自治領の防衛戦力であり、死喰い人と最前線で戦い続けた不死鳥の騎士団も今は解散しており、それぞれが異なる道へと歩み始めている。
ジェームズ・ポッターは、魔法警察として“治安の守り”を
シリウス・ブラックは、闇祓いとなり“追跡の猟犬”と呼ばれ
リーマス・ルーピンは、魔法戦士という肩書で“辺境の守り”につき
ピーター・ペティグリューは、聖マンゴ魔法疾患病院の癒者として人々を治療する日々
「死喰い人の連中も多くは国外に逃げ散ったらしいが、イギリス内に潜伏しているの数もなかなか馬鹿にできん。まずはそいつらの追跡と排除からか」
「何といっても、まずはラバスタン・レストレンジ。ロドルファスの方はひとまずはジェームズらに任せよう」
「都市部については、クラウチ魔法大臣殿の管轄だ。そこは閣下のお手並みに期待するさ」
そしてまた、不死鳥の騎士団の陣営がそれぞれに分かれたのは、死喰い人の幹部たちの動向に由来していた。
ヴォルデモート消失後の死喰い人の残党は大きく4つの集団に分かれ、異なる領域を持ち場としながら、虎視眈々と闇の帝王の復活と帰還のための準備を整えている。
国際テロリスト組 ~ エバン・ロジエール、バーテミウス・クラウチ・ジュニア
北海海賊組 ~ アントニン・ドロホフ、ベラトリックス・レストレンジ (イゴール・カルカロフを脅して船を用意させた)
都市ゲリラ組 ~ ロドルファス・レストレンジ
辺境潜伏組 ~ ラバスタン・レストレンジ
これらに対し、アラスター・ムーディは国際テロに備え、迅速に対処するためにイギリスに留まらず、“国際追跡局”を組織して追跡にあたり。
闇祓い局の後を継いだルーファス・スクリムジョールは、国際社会と連携可能な“網”の構築を目指してドロホフらの海賊船団の拿捕のために動き。
魔法警察を中心に、都市のゲリラ攻撃に対処するべく、ジェームズ・ポッターらは即応部隊に就任し。
そして、魔法戦争における激戦地であり、主戦場となった辺境の死喰い人拠点の追跡、探索を、シリウス、リーマスが担う。
正確には、シリウスを中心として闇祓いの追跡チームを分離し、そこにリーマスら、魔法省の所属ではない魔法戦士たちが有志連合で加わる形だ。嘱託に近い扱いとなるが、命の危険が極めて大きい仕事なので、魔法警察と同等の給与と死亡手当は保証される。
何しろ、追跡対象は躊躇なく死の呪文を使ってくる死喰い人の中でも精鋭と言っていい連中だ。戦争が終わったとはいえ、新たな殉職者は確実に出ると見込まれている。
「クラウチと言えば、皮肉といえば皮肉なもんさ。敵を倒すためなら狼人間でも何でも使うってのは、彼らしいとは思うけどね」
「戦争が終わってダイアゴン横丁あたりは平和になった。だが、まだまだ辺境では諍いが続いてる」
「そしてそこなら、僕のような狼人間にも出来ることはある。基本的には悪夢でしかなかった夜間学校だったけど、そこを学べたのは純粋に良かったことだと思ってるよ。何も、魔法族の子と同じに学校に通うだけが全てじゃないってね」
口にするのも憚られるような恐怖の体験ではあったものの。
あの幽霊と化け物たちの夜間学校の体験は、リーマス・ルーピンの人生観において大きな影響を与えている。
普通であるということが如何に素晴らしいか、そして、その平穏はどれほど簡単に破られるか。ぶっちゃけ、死喰い人よりもあのドクズゴースト三人衆の方が厄介だと思うのは果たしてリーマスだけだろうか。
「何よりも、魔法界は広いんだ。確かに狼人間は“人間にとって”危険だけど、だったら魔法生物関連の仕事に就けばいい。それを、知ることが出来た」
魔法生物の研究だったり、ゴブリンとの折衝役だったり、水中人やレプラコーンとだって様々な取引はある。そこに経済活動があるならば、護衛や通訳、様々な需要が生まれるのは道理だ。
狼人間が危険なのは“人間”だけであり、仮に噛まれてもゴブリンは狼人間にはならない。無論、爪牙で引き裂かれてしまえば死ぬこともあるだろうが。
それに、人間の中では働きにくいならばグリンゴッツで働くというのも手である。
“マグルや魔法族の多い場所”では働きにくい人狼だが、“幻想世界”へ広く眼を向ければ、活躍の場は以外とある。
マグルの歴史においても、迫害されたユダヤ人や、非人や不可触賤民などとされた者達が、それ故の専門職を持ったということは案外に多い。
同様に、魔法界の中にあっても、狼人間だからこそ出来る仕事、適した役割というものもまた確実に存在しているのだ。
魔法族の仲間との絆を重視しすぎれば、その事を忘れてしまうのもまた、盲点と言えば盲点なのだろう。
「と、噂をすれば“叫ばれない屋敷”だ」
「懐かしくもあり、ああ帰ってきたなと思う反面、二度と見たくもないような不思議な心地だよ」
「奇遇だな、俺もだよ」
シリウスは魔法省の地下8階のアトリウムからホグズミード村へと姿現し。リーマスは現在の任地である辺境からボートキーで同じくやってきていた。
ホグワーツへは直接移動できないため、二人は近況について話しつつも徒歩で移動していたわけだが、そのルートは必然、“ホグズミード行き”の時の逆を辿ることになる。
普通の生徒にとってはそうではないが、彼らにとってはここが“順路”なのである。
「あら、ブラック君にルーピン君。もう来ていたのね」
そしてその館は、イギリス魔法界でも有名な“悪霊の館”であり、ホグワーツ魔法魔術夜間学校の授業場でもあるならば。
そこに、ドクズゴースト三人衆の一角がいるのは、何も不自然なことではない。
というか、神出鬼没の他のクズ二名はいざ知らず、彼女、メローピー・ゴーントは一人の時は大抵ここにいたりする。
「お久しぶりです、メローピー先生」
「懐かしの我らが校舎へ、戻ってきました」
応じる二人も、かつての夜間学校の日常のままに。
何だかんだで、やっぱりここに来ると帰ってきたと実感できるのだから、我らが青春も本当に摩訶不思議なものだと若干呆れながら。
悪童たち、戦争を終えてここに帰還す。
*----------*
ホグワーツの校長室にて、首脳の二人が話し合っている。
アルバス・ダンブルドア校長とシグナス・ブラック副校長。
戦争は終わり、これから平和の時代が訪れると多くの民草は信じて疑わない中、勝利陣営と中立陣営を率いたそれぞれの首脳の額に刻まれた皺には、緩む兆しはまるで見えない。
確かに、ヴォルデモートの敗走により、戦争の実戦段階は終わった。
イギリスの英雄が死喰い人過激派の首魁を打ち破り、悪しき巨人の砦もまた崩れ落ちた。
一先ず、区切りを迎えたと言っていいだろう。
「しかし、一つの終わりは一つの始まりを意味するもの。特に、私の仕事はこれからが本番といったところですかな」
「うむ、大いに頼みとするところじゃ、シグナスよ。儂ではこれからの局面にものの役に立たんじゃろう」
「もとより、貴方にその部分は期待しておりませぬ。貴方は貴方にしか成せぬ役割を十全に果たした。ならば後の政治的処理は、私やルシウスの領分だ」
グリンゴッツ銀行との、取引再開にまつわる契約。
アズカバンに送る囚人と、その家族はどこまで罪人と見なすかの司法処理。
講和会議の準備、外国との折衝には国際魔法協力部が総出であたる必要があるだろう。
他にも、戦傷者の聖マンゴ魔法疾患病院での今後の身の振り方や、戦死した者らの家族への手当。孤児が発生したならばその受け入れ先も含め。
一手間違えるだけで憎悪と戦火は再燃し、終わらない泥沼に陥る可能性も高い爆弾処理のような作業。
まして、ヴォルデモートという“帝王の座”が空白となった以上、魔法省内部では新たな覇権を巡る内ゲバも起こることは疑いない。
「重ねてこれだけは言っておくが、儂は魔法大臣に就くつもりはない」
「それで構いません。マーリン勲章勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員。貴方の持つ肩書は十分すぎるほどだ。大臣職などなくとも、貴方はそこにいるだけで重きをなす。クラウチとてイギリスの英雄を無視できるはずもなし」
穏健派が担ぐとすればコーネリウス・ファッジあたりだが、圧倒的な支持を持つのは現職のバーテミウス・クラウチ大臣だ。強硬な手段には異論もあったが、こうして戦争を勝利に導いた今、彼の方針に逆らう者は左遷されることは必然として起こる。
ならば、その混乱の乗じて栄達を求める者。死喰い人の所属する名家の持っていた利権が空けば、それを漁ろうとする者、腐肉漁りも湧いて出てくる。
ダンブルドアが英雄として独裁を振るうつもりがない以上、野心家たちの炎を鎮火する手段はないのだ。
「平和とは、次なる戦争のための準備である。これは誰の言葉だったものか」
「実に悲しい言葉じゃが、賢明な警告でもあるのじゃろう。そうはならぬことを願いたいものじゃが」
「ですが、それは常に儚い望みだ。そも、マグルとは戦争を繰り返すことで進歩し続けた種族。彼らの隣を歩むならば、我々だけが争いを知らぬお嬢様のままではいられますまい。それでは、“お友達甲斐”がないというもの」
完全に距離を置くならば、全く異なる生き方を目指すのもよい。
しかし、境界線を守りながら寄り添うならば、魔法族だけが戦争を知らぬまま平和に隠れ住むという選択肢はありえまい。
戦争を知らない人間は、戦火をくぐり抜けて必死に生きている人間の気持ちなど、推し量ることすら出来ないのだから。
「マグルと書いて、戦争と読む。そのくらいの心構えでなければ」
「そこは、受け入れるしかあるまい。40年前のあの頃、ロンドンの空に鋼鉄で出来た死の翼が舞い降り、焼き尽くす爆弾が落とされたあの光景を、儂は忘れられぬ。ゲラートが起こした魔法大戦とて、戦争を知るという意味では多大な効果があった」
「我々の歴史は些か、魔法に頼り過ぎ、政治を軽んじすぎた。血を流す政治を戦争と呼び、血を流さぬ戦争を政治と呼ぶ。それがマグルというものならば、戦争を知らぬ我々は政治においても盲目であり続けたも同然」
そう、そしてならばこそ―――
「当然、お前にも働いて貰うこととなる。忌まわしき時計塔の悪霊よ」
「おや、そこで私が名指しされるとは」
校長室にいた二人の“人物”の他に、何食わぬ顔で観測していた悪霊へ、副校長は厳しく言い放つ。
「マグルの戦争の歴史、そしてその強味と弱味、何よりも強欲さ。そうしたものを今後ホグワーツの生徒にも教えてゆく必要があるならば、お前こそ適任であると、私は確信している。お前と関わる人間は、マグルらしい毒々しさを自然と身に着けていくようだ。あの根暗のウォーレンをよくぞあそこまでと、私でも感心するほどにな」
嘆きのマートルが嫉妬の念でシグナス・ブラックを死ねリア充と見るならば。
シグナス・ブラックにとって、かつては路傍の石も同然だった彼女だが、今となってはその変化に驚きを禁じえない。
「まあ確かに、リリー・エバンズとジェームズ・ポッター、そして、シリウス・ブラックとセブルス・スネイプに関する顛末は、彼女の功績と言っても差し支えないでしょう。私は何もしておりませんし、メローピーさんはやらかしただけですから」
「だが、その四名こそが、ヴォルデモートを破る決戦における要となった。シリウスは私の甥でもあるが、あの短絡的な跳ねっ返り小僧が、あそこまで清濁併せ呑む広い視野を持つに至ったのも、お前たち悪霊の活動と無縁ではない」
「特に、セブルス・スネイプとの和解ですか。彼は貴方の寮の優秀な学生、監督生でもありましたが、死喰い人陣営の情報収集について、ブラックとプリンスの連携は見事なものでした」
「狸めが、そのホットラインの発端も、お前であったと聞いているが。夜間学校の主催者よ」
「生徒個人のプライバシーと名誉に関することなので、お答え致しかねます」
まさに、どの口がほざくというものか。
悪霊教師の辞書に、プライバシー、名誉、尊厳という言葉が欠落していることなど、ホグワーツで知らぬ者はいない。
「お前は確かに、あの時計塔に縛られる観測者に過ぎんのだろう。だが、間接的ではあっても生徒はお前の影響下にある」
「厳密には私の、ではないと思われますが、まあ、大差はありませんね」
「使えるものは、全て使うべきだ。幸いにも、それがマイナスの影響となった場合において、中和することが出来る人材を校長がお持ちになっている。非常に優秀で、可憐な天使をな」
「うむ、アリアナは非常に優秀じゃ。シグナスは良いことを言う」
「はい校長。賢明にして頼りになる彼女の力を借りるならば、この者の悪影響を封じつつマグルの歴史との比較論を効率的に生徒へ教えることもできるはず」
「うむうむ、まさにその通りじゃ」
最近、副校長はイギリスの英雄の操作方法を理解してきたらしい。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。とにかく、アリアナを褒めること、アリアナの言うとおりにさえすれば、校長は簡単に頷く。
悪影響と言うならば、副校長が身につけたこの操作術もまた、時計塔の悪霊による汚染と言っていいかもしれない。
「戦時においては英雄、平時においては役立たず。これがグリフィンドールというものですかね、副校長?」
「スリザリンの私からは何も言えん」
そして、スルースキルにも長ける副校長。理事長も兼任してるだけあって、腹の探り合いや騙し合い、話術や詐術はお手の物なのだろう。
「いずれにせよ、承りました。今までも随分好き勝手にやらせていただきましたが、要するに、戦後も“私らしく”魔法史講義を行うことについて、校長、副校長連名によるお墨付き、いいえ、暗黙の了解を頂けたと」
「そういうことだ。これまでの10年間は戦時中ゆえの目こぼしという要素もあったが、以後はより徹底してマグルの何たるかを、そして、我々は何を知らず、何を知るべきかを生徒に叩き込め。手段は問わぬ。そして、非難と嫌悪は全てお前が被れ。校長閣下は何も命じておらず、許可もしていない」
「了解いたしました。非難と嫌悪はすべて私にとは、なんと素晴らしき辞令であることか。感謝いたします副校長閣下。貴方のそういうところが私は大変好みです」
心から寿ぐように、ノーグレイブ・ダッハウは首肯する。
ああそうだ、権力の使い道とはこうでなくてはならない。英雄は英雄らしくあれ、汚れなどあっては神輿としての価値を損ねる。
ならば、生徒達にマグルの汚い現実を知らしめるという文字通りの“汚れ仕事”に、これ以上の適任はあり得まい。
「では、私はこれにて。おお、素晴らしき吉報かな、これは今すぐマートルさんにも教えて差し上げねば。貴女も存分に働いて頂きますよ」
かくして、ホグワーツ生徒の受難の日々は全く変わることなく、いやむしろ悪化して続くこととなった。
第二のヴォルデモートを決して出さぬため、死喰い人に連なる者をこれ以上増やさぬため。
まさに、劇毒というべき鬼札を、教育という最重要分野において切ることとした校長室の両巨頭。
この戦後処理、果たして凶と出るか大凶と出るか。